生理学研究所年報 第26巻 | |
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16.DNA構造を基盤とするゲノム生理学の展開2004年11月4日−11月5日
【参加者名】 【概要】
(1)核酸塩基識別子の設計と合成片岡正典(自然科学研究機構計算科学研究センター) 永山により開発中の透過型電子顕微鏡を用いるDNA配列直読法は多数のDNA断片を増幅することなく配列情報を画像化し,高速・低価格で配列解析を実現する方法である。この塩基配列解析法では一本鎖DNA断片中のすべての核酸塩基を正確に特定し,電子顕微鏡へ識別情報を提供する“核酸塩基識別子”の開発が鍵となる。核酸塩基識別子は核酸塩基を特定する認識部と識別情報を提供する指示部,それらを繋ぐ接続部から構成される。認識部には高い塩基選択性や識別子同士の会合抑制,各種溶媒に対する高い溶解性といった多くの要求が集中し,天然型核酸塩基の適用が困難であることが示唆された。報告者は上記要求を満たす新たな人工核酸塩基の開発を計画し,天然型の塩基対構造を基盤として,1,4-デヒドロピラジンを水素供与体,1,4-ジオキシンを水素受容体とする三環性複素環を認識部として設定した。指示部としては透過型電子顕微鏡において4種の塩基の識別に必要な高い明暗差を得るために,電子密度差の大きな周期の異なる4種の重原子会合体を設定した。接続部にメチレン鎖を採用して認識部と指示部を結合することにより核酸塩基識別子の基本設計を完成させた。未だ全合成には至っていないが,核酸塩基識別子は一本鎖DNA中の核酸塩基1個を識別する初めての分子であり,電子顕微鏡観察に止まらずその応用範囲は極めて広い。
(2)DNAインターカレーターを利用した核酸分析竹中繁織(九州大学大学院工学研究院応用化学部門) DNAは,水溶液中ダイナミックにその構造を変化させている。この変化は,塩基対のopening,breathingなどの小さな変化から三本鎖や四本鎖DNA形成にいたる大きな構造変化までさまざまである。このようなDNAの構造変化は,DNA配列に強く依存するが,DNAと相互作用するたんぱく質のみならずイオンや薬剤などにより誘起されることも知られている。演者は,これまで合成縫込み型インターカレータについて研究を行ってきた。合成縫込み型インターカレーターは,ノガラマイシンに代表される天然の縫込み型インターカレータと同様にDNA二重らせんの塩基対のopeningやbreathingに強く依存していることが明らかとなった。すなわち,縫込み型インターカレーターは塩基対開裂の隙間をぬってDNA塩基対に平衡挿入(インターカレーション)するものであった。また,これにより形成された複合体は二本鎖DNAを強く安定化させることも明らかとなった。この考えに基づいて二本鎖DNAラベル化試薬としてのフェロセン化ナフタレンジイミドを設計・合成し,これを利用したDNAの電気化学的検出法を達成した。また,この分子は,テロメア四本鎖DNAへの結合できることも最近明らかとなり,この分子を利用することによりテロメラーゼ活性の電気化学的アッセイ法を達成した。
(3)特異なDNA構造と相互作用因子鳥越秀峰(東京理科大学理学部応用化学科) 外部から加えた1本鎖核酸が標的遺伝子の発現制御領域の2本鎖DNAに特異的に結合して分子間3本鎖核酸を形成すると,立体障害で発現調節因子が当該領域に結合できず,下流の遺伝子発現が人工的に制御される。この原理に基づくアンチジーン法が注目されているが,生理条件では3本鎖核酸形成能が低いため,生体内の人工的遺伝子発現制御法としてこの方法は実用化されていない。我々はこの手法の実用化を目指し,生理条件において分子間3本鎖核酸形成能を上昇させるための研究を進めているので紹介する。 また,遺伝子発現制御領域の2本鎖DNAの一部がほどけて生じた1本鎖核酸が,他の2本鎖DNA領域に結合することにより分子内3本鎖核酸を形成する可能性が指摘されている。分子内3本鎖核酸の生物学的意義を明らかにするために,3本鎖核酸に特異的に結合するSTM1蛋白質についても,我々は研究を進めているので紹介する。 一方,ヒトの遺伝子の一塩基多型 (SNP) が生活習慣病との関連などにおいて注目され,オーダーメード医療の実現に向けてSNPに関する研究が精力的に展開されている。ミスマッチ塩基対と金属イオンとの特異的結合をはじめて見つけ,これを利用したSNPタイピングの新しい方法について,我々は研究を進めているので紹介した。
(4)テロメア1本鎖DNA領域結合蛋白質とテロメアDNAとの相互作用古川亜矢子,鳥越秀峰(東京理科大学理学部応用化学科) 真核生物の染色体末端のテロメアはG塩基に富む反復配列からなり,テロメアの3’末端は突出した1本鎖DNA構造である。テロメアの長さの変化は細胞の老化や癌化と密接な関係にあると考えられ,注目されている。テロメアの長さの調節には,テロメア伸長酵素であるテロメラーゼと共に,テロメアの2本鎖DNA領域及び3’末端の1本鎖DNA領域に特異的に結合する蛋白質が関与する。 我々は,解析が遅れている分裂酵母のテロメア1本鎖DNA領域の構造とこの領域に特異的に結合する蛋白質Pot1について解析を進めている。G塩基に富む1本鎖核酸は,一般的にNa+やK+イオンの存在下で折れ畳まり,G塩基4個が同一平面上に並んだ4本鎖核酸構造を形成することが知られている。分裂酵母のテロメアのG塩基に富む1本鎖DNA領域は,G塩基が3個以上連続すると,Na+イオンの存在下で折れ畳まり,4本鎖核酸構造を形成し得ることを我々は見つけている。また,分裂酵母のテロメアが形成する4本鎖核酸構造にPot1蛋白質を添加すると,4本鎖核酸構造がほどける可能性を我々は見つけている。
(5)テロメアDNA結合タンパク質の構造決定と核酸シャペロン活性片平正人(横浜国立大学大学院環境情報研究院) hnRNP Dは,テロメア配列のDNA及びRNAに特異的に結合するタンパク質であり,テロメアDNAの維持やRNAの寿命の制御等への関与が示唆もしくは確立されている。我々はhnRNP DとテロメアDNAの複合体の立体構造をNMR法によって決定した。これによりhnRNP Dがテロメア配列のDNAを認識するメカニズムが明らかになった。 テロメアDNAは複製のたびに短くなるが,生殖細胞等においてはテロメラーゼがテロメア配列DNAを付加する事によって,元の長さが維持されている。テロメアDNAは生理的なイオン条件下で4重鎖を形成するが,4重鎖の形成はテロメラーゼによる付加反応を阻害する。我々はhnRNP Dが,テロメアDNAの4重鎖構造を1本鎖構造に“ほどく”活性を有している事を見出した。この際hnRNP Dは,あたかもDNAに対するシャペロン分子(DNAシャペロン)として機能している。hnRNP Dは,テロメラーゼによるテロメア伸長反応を,この活性により保障している可能性がある。また類縁のhnRNP A1タンパク質が,DNAの複製においてDNAシャペロンとして機能している事を見出したので,それについても報告する。 さらに真核生物のゲノムに広く見られるGGAトリプレットリピートが,生理的なイオン条件下で,特異な4重鎖構造を形成する事を見出した。この特異な4重鎖構造の,複製,組み換え等における意義を考察した。
(6)繰り返し配列からなる一本鎖DNAの立体構造特性加藤幹男(大阪府立大学総合科学部自然環境科学科) ミニサテライト,マイクロサテライトDNAに代表される単純繰り返し配列領域は,生物ゲノム内に多数散在しており,それぞれの遺伝子座における縦列の回数は個体によって大きな多型を示す。このような多型をもたらす要因として,不等交叉や,複製時の相補鎖スリップによる伸長や欠失が考えられている。本研究会では,海水魚キチヌより単離したミニサテライト配列について,その一本鎖分子が形成する高次構造についての解析を報告する。 材料としたミニサテライトDNA配列は,30塩基対を単位鎖長とし,ポリプリン/ポリピリミジン配列からなる18塩基領域と,75% (A+T) の12塩基領域に分けられる。ゲノムから単離した6縦列反復(180塩基対)を持つDNA断片AL79は,その両外側の配列をプライマーとしてPCR増幅を試みると,鋳型に由来する正しい鎖長の産物に加えて,プラスマイナス(30の整数倍)の鎖長を持つ,伸長分子と欠失分子の生成が観察された。この伸長・欠失の原因となると想定される鋳型一本鎖DNAの特殊高次構造形成について,電気泳動移動度,電子顕微鏡,CDスペクトル,示差走査熱量測定,核酸塩基特異的化学修飾の手法によって解析した。
(7)転写によるDNA高次構造の変化と組換え水田龍信(東京理科大学生命科学研究所分子生物学部門) 免疫グロブリン遺伝子クラススイッチ組換えは,各C領域上流イントロン内の,繰り返し塩基配列を特徴とするS (switch)領域で起こる。遺伝子組換えに先立ち,S領域non-coding RNAの転写と,この転写産物の基質DNAへの結合が必要だとされている。我々は,この特殊な転写産物の機能を解析するために,S領域塩基配列を組み込んだプラスミドDNAを基質に,様々な条件下,試験管内で転写させ,その産物を原子間力顕微鏡により一分子レベルで可視化した。その結果,S領域non-coding RNAが基質DNAと複合体を形成すること,このRNA-DNA複合体は不安定で,その構造維持のためには陽イオンが必要であること,この複合体形成により,スーパーコイルプラスミドDNAが弛緩し,オープンサークル構造を呈すること,S領域non-coding RNAは凝集しやすく,グアニンに富んだ塩基配列が,その凝集のしやすさを決定していることが明らかとなった。以上,原子間力顕微鏡による一分子可視化技術により,S領域non-coding RNAとDNAの結合による染色体高次構造の特異的変化がクラススイッチ組換えの誘導に深く関与していることが示唆された。
(8)光応答性遺伝子発現を制御するシス配列とトランス因子朝山宗彦(茨城大学農学部資源生物科学科分子遺伝学研究室) 地球上の生物の営みは,太陽光と光合成生物によって生産される酸素や有機物に依存している。藍藻の祖先は,地球上に酸素をもたらした最初の光合成生物とされ,また高等植物葉緑体の起源と考えられている。原核生物である藍藻は,培養も容易であり,遺伝学的・生化学的な解析も行える事から,光合成遺伝子などの発現調節機構を解明するための優れたモデル生物になっている。こうした観点から我々の研究グループは,光合成遺伝子psbA遺伝子の光応答性発現に注目し,その制御機構の仕組みを解析している。現在までに,転写レベルで働く「正」のシスエレメントとして,ベントDNA構造(NAR, 2002, 30:4658-4666)やUPE配列 (BBB, 2003, 67:1382-1390)または転写装置であるRNAポリメラーゼ(シグマ因子)が関与するプロモーター配列の同定に成功している (JMB, 2003, 325:857-872; GTC, 2004, in press)。また,シスエレメントに働くトランス因子として,光誘導性のシグマ因子を光合成生物において初めて発見した(FEBS Lett., 2003, 554:357-362)。一方,転写後レベルでの「負」の制御因子に関しては,暗黒条件下でmRNAの不安定性を引き起こすAU-box配列 (NAR, 2001, 29:1835-1843) と,それを標的配列にして働くエンド型RNaseの同定と機能解析に取り組んでいる。今回は,これら光応答性遺伝子発現調節機構における転写・転写後レベルでの2段階制御モデルを報告すると共に,最近明らかになってきた藍藻の寿命に関与するシグマ因子の働きを,ゲノム構造の維持や代謝の面と絡めて論じた。
(9)DNAから見たヌクレオソームの相互作用と協調現象木山亮一(産業技術総合研究所生物機能工学研究部門) クロマチン研究の難しさは,1細胞中に存在するヌクレオソームの数が約107個あり,それらが隣り同士や離れた者同士の間で相互作用をしていることにある。クロマチンの形成は,DNA複製や染色体形成の際だけでなく,転写反応の際に遺伝子の発現を活性化したり不活性化したりする場合や活性化クロマチンの境界を形成する際にも重要と考えられる1。このような複雑なクロマチンの状態を解析するには,その基本となるヌクレオソームをある基準をもって分類することが重要な鍵になる2。特に,多くのヌクレオソームに関してある一定の基準があてはまるかを調べるためには,ゲノム構造を網羅的に調べて,コンピュータを用いた構造解析を利用する必要がある。我々は,今回,約30個以上のグロビン遺伝子プロモータ領域を解析することにより,進化的に保存された新たな制御領域を見いだした。この領域は,それぞれの遺伝子の転写開始点から200〜400bp上流の領域で,A+T-richでAA-あるいはTT-ジヌクレオチドの高い出現頻度を特徴とする。また,この領域は,ベントDNA構造を示すだけでなく,実際にヌクレオソームの位相決定にも関与している3。このような領域が進化的に良く保存されていることは,ヌクレオソームの配置の情報が既にゲノムDNAに記されていることを意味すると考えられ,グロビン遺伝子の転写反応にとって重要な意味を持つことが示唆される。また,このようなヌクレオソームがゲノムDNA上に存在することによりクロマチン全体の挙動を制御しているのではないかと考えられる。 1. Onishi & Kiyama. Recent Devel. Nucl. Acids Res. 1, 131-150, 2004.
(10)DNA構造によるクロマチンの改変と転写制御清水光弘(明星大学理工学部化学科) クロマチンの基本単位であるヌクレオソームは,遺伝子発現を制御する機能構造体としての役割を持っている。プロモーターなどの領域では,ヌクレオソームがしばしば正確な位置に形成されて,遺伝子の発現制御に関与していることが報告されている。一方,ヒトゲノムには,反復単位11塩基以下のマイクロサテライト配列が65万コピーも存在するが,その機能は不明である。このような単純な反復配列はヘアピン構造,左巻きZ-DNA,slipped structure,三重鎖,四重鎖などの特殊なnon-B型DNA構造を形成できる。我々は,出芽酵母ミニ染色体を用いて,in vivoで単純反復配列がヌクレオソーム形成を阻害したり,また逆にヌクレオソーム形成を促進することを示した。すなわち,DNAの構造はゲノムにおけるクロマチンの構築の重要な因子の一つである。このようなDNAの構造的性質を利用して,出芽酵母ゲノムa-細胞特異的遺伝子BAR1のプロモーター領域のクロマチンを改変し,α2/Mcm1pによる転写抑制におけるヌクレオソームの機能について解析した。その結果,ヌクレオソームポジショニングは,細胞型決定に関与する遺伝子の転写制御に重要な役割を果たしていることが示された。
(11)コンフォメーションコードの解読に向けて大山隆,福江善朗,隅田周志,西川純一,井上正太郎 DNAには,WatsonとCrickの二重らせん構造の他にも,Z型DNA,ベントDNA,三重鎖・四重鎖DNAなど,十数種類にも及ぶ多様な高次構造が存在する。加えて,DNAには柔軟な領域や硬い領域,それに“曲げ”に対する異方性をもつ領域が数多く存在する。最近になって,これらの高次構造や特性が遺伝情報の一つとなっていて,世代を越えてクロマチン構造を再現するために機能したり,遺伝子発現の制御に関与していることが明らかになってきた。また,染色体の構築や,エピジェネティクスの制御にも関与している可能性が議論されはじめた。 我々はこれまでの研究で,転写活性化因子などのアクセスを保証するためのクロマチン構造の維持に負の超らせんを擬態したベントDNA構造が寄与していることを明らかにしてきた。さらに最近,ヒトのプロモーター配列1871種とマウスの同配列196種を解析した結果,TATAボックスとイニシエーターが,ゲノム上の他の領域には見られない共通の機械的特性を有していることを発見した。これらの特性は,TBPやTAFII250,TAFII150のtarget-site selectionに寄与している可能性がある。本研究会では,これらの知見を中心に我々の研究における最近のトピックスについて紹介した。
(12)22番染色体の全塩基配列解明と全遺伝子同定を目指した網羅的緻密解析蓑島伸生1,2,佐々木貴史2,塩濱愛子2,細野克博2,楊浩2,泉山朋大2,清水信義2 22番染色体の全塩基配列決定は慶應義塾大学と英米の共同研究で完遂し,ヒト染色体として初めて1999年12月に発表した。その際,予測遺伝子も含めて545遺伝子の存在を報告した。その後,同染色体上の全遺伝子の同定と機能解析を目指して,手作業による塩基配列の「網羅的緻密解析」と実験によるcDNAの単離を行っている。その結果,現在までに長腕の約50% に相当する22cen-q12.2(16Mb)の解析を終了し,新たに16個の遺伝子の存在を確証した。本演題では,全塩基配列決定の詳細と「網羅的緻密解析」について報告するとともに,上記16遺伝子の中から2遺伝子 (DGCR8,YPEL1) に関して発表する。DGCR8は,22q11.2欠失症候群の最小共通欠失領域1.5Mbの中から発見し,ヒト,マウスともにcDNAをクローニングした。DGCR8タンパクはWWモチーフ,二重鎖RNA結合モチーフ(dsrm)を有する。マウス胚に対するin situハイブリダイゼーション実験で,上記疾患の症状発生組織,器官(胸腺,口蓋原基など)で特異的発現が見られ,疾患との関連が注目される。一方,同じく22q11.2上のYPEL1は,昆虫のタンパク質Yippeeに相同性を有し,ヒトゲノム上に他に4コピーのパラログ (YPEL2〜YPEL4) を持つので,この群の遺伝子をYPELファミリーと命名した。データベース検索により,YPELファミリー遺伝子はほとんどの真核生物(動物,植物,真菌類)に存在することもわかった。培養細胞に対する免疫蛍光染色で,YPELファミリー遺伝子は細胞分裂に関連する機能を有する可能性が示された。
(13)ヒトゲノム解読から学ぶヒト遺伝子構造の特徴浅川修一,清水信義(慶應義塾大学医学部分子生物学教室) 我々は国際共同研究の一員として,ヒト2番,6番,8番,21番,22番染色体の特定領域を対象にゲノムシーケンシングを推進し,合計45Mbの塩基配列を解読した。その過程で発見した家族性パーキンソン病原因遺伝子Parkinが約1.4Mbという超巨大遺伝子であることや,8番染色体から見いだしたCSMD3がCSMD1,CSMD2と遺伝子ファミリーを構成し,その平均サイズが1.3Mbという遺伝子ファミリーとして最大級のサイズであることなどを見いだした。一方,我々が21番染色体から見いだしたKAPファミリーは毛髪の主成分であるが,そのコード領域が最小クラスの遺伝子ファミリーであった。本研究会ではまずヒト遺伝子のゲノムサイズに注目して,その特徴を論じた。 また我々はヒトゲノムのタンパク質をコードする遺伝子全てについて,その転写領域,すなわちエキソンおよびイントロン部分の塩基組成を調べたところ,明らかなストランドバイアスがあることを見いだした。これらの遺伝子領域に見られるストランドバイアスについて,その生成のメカニズムや生物学的意義について論じた。
(14)polypurine/polypyrimidine配列の比較ゲノム配列解析田中宏幸,黒川顕,金谷重彦(奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科比較ゲノム学講座) polypurine/polypyrimidine配列は,3重鎖構造 (triplex),十字架型構造 (cruciform),さらには4重鎖構造などの特殊な立体構造(本研究ではこのような特殊なDNAを非B型DNAと呼ぶ。)を構築と関係し,転写制御,クロマチンのリモデリングなどの複製機構を例とした分子生物学的機能との関連が示唆されている。ゲノムプロジェクトの進展に伴って,約160種のバクテリア,2種の酵母,5種の多細胞生物(線虫,キイロショウジョウバエ,シロイヌナズナ,ヒト)のゲノム配列が決定された。非B型DNA構造のゲノム多様性を把握する目的で,これらのゲノム配列データを基にpolypurine/polypyrimidine配列の出現特徴を解析した。それぞれのゲノム鎖に対して90%以上のAG%あるいは10%以下のTC%を有する300 bp以上の領域(pur/pyr-stretchと呼ぶ)の頻度を検討したところ,バクテリア(96種)についてはpur/pyr-stretchがゲノム上に存在しないという結果が得られた。一方,シロイヌナズナでは4個,線虫では18個,キイロショウジョウバエでは2個のpur/pyr-stretchが得られた。さらに,ヒト染色体では全体で約5,500個,マウスでは約14,000個,イヌでは約5,900個,ゼブラフィッシュでは約900個のpur/pyr-stretchが得られた。このように脊椎動物ゲノムにおいて特にpur/pyr-stretchが非常に多数存在するため,脊椎動物に特異的に見られるゲノムの立体構造に関わる因子であると推測される。それぞれのpur/pyr-stretchを3-6連続塩基の出現頻度に分解し,相関解析によりこのようなpur/pyr-stretchの類似性を検討した。ヒト染色体において相関係数0.99を閾値としてpur/pyr-stretchを分類したところ130個のグループに分類された。最も大きなグループは9個のpur/pyr-stretchから構成された。これらのpur/pyr-stretchはChr1-ID116,Chr3-ID110,Chr3R-ID130,Chr4R-ID121,Chr9-ID31,Chr12-ID116,Chr12-ID76,Chr18-ID34,Chr19R-ID99であり,ヒト染色体では異なった染色体に非常に類似性が高いpur/pyr-stretchが得られた。また,非常に類似性の高いpur/pyr-stretchが同一の染色体で多数存在するという結果も同時に得られた。脊椎動物ではpur/pyr-stretchが非常に多く存在し,染色体内あるいは染色体間を関連付ける立体構造因子であると推測された。
(15)遺伝子重複によるゲノムの進化山崎清1,金谷重彦2,黒川 顕2(1大阪大学遺伝情報実験センターゲノム情報解析分野, 生命はバクテリアからヒトに至るまで,ポイントミューテーションだけにとどまらず,IS,Tn,プラスミド,ファージ,ウイルスなどによる遺伝子水平伝播,または遺伝子重複,遺伝的交配などのさまざまな方法で進化を繰り返してきた。1995年,Haemophilus influenzae,インフルエンザ菌,約1.8Mbpsのゲノム全配列が明らかにされて以来,現在までに160を超える生命のゲノム全配列が解析されている。さらに,2005年までには約300種にもおよぶ原核生物および真核生物のゲノム全配列が公開されようとしている。これらゲノム全配列が明らかとなっている種の中で,最も遺伝子数が少ないものはMycoplasma genitaliumで約500遺伝子である。しかしながら,ヒトにおける全遺伝子数はおおよそ2〜2万5千遺伝子とされており,M. genitaliumの約60倍もの遺伝子をコードしている。生命が地球上に誕生してからヒトに至る約40億年におよぶ進化の途上で,どのようにしてこれだけの遺伝子のバリエーションを確保してきたのであろうか。本研究では,遺伝子のバリエーション獲得の方法として遺伝子重複に着目し,ゲノム全配列が公開されている各生物種内における遺伝子重複の頻度を解析した。
(16)ヒトセントロメアクロマチンファイバー上での動原体タンパク質CENP-A結合部位のマッピング杉本憲治(大阪府立大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻) ヒトアルホイドDNAは約170bpの繰り返し単位からなり,染色体ごとに特異的な配列と繰り返し単位を持つ。しかも,幾つかの染色体では同一染色体においてもこの繰り返しには違いが見られ,セントロメアタンパク質CENP-Bが結合する配列に富むものとそうでないものが存在することが知られる。あらかじめ動原体タンパク質CENP-AをGFP融合型タンパク質として発現させたヒト細胞株MDA-AF8-A2を作成し,静止期核を界面活性剤を用いて穏やかに処理することでクロマチンファイバー標本を作成した。1番,7番染色体についてそれぞれの2種のアルホイドDNAサブファミリー (A3-2, pSD1-1, D7Z1, D7Z2) をプローブにin situハイブリダイゼーションを行いセントロメアDNAを検出するとともに,CENP-Aを抗GFP抗体を用いて同時に検出し,これら3者の位置関係を解析した。1番染色体においてCENP-A結合部位はCENP-B結合配列に富むA3-2ファミリー上で,CENP-B結合配列がまれなpSD1-1ファミリーの末端付近にマップされ,7番染色体では2ケ所検出されたものの,一つはD7Z1上でD7Z2と重なる部分のD7Z1に近い位置にマップされた。さらに超音波処理したクロマチンを抗GFP抗体を用いて免疫沈降し,この画分を用いて染色体7番の2種のアルホイドDNAについてPCR増幅を行ったところ,D7Z2配列が約2倍多く含まれていた。
(17)走査型光プローブ顕微鏡の開発と遺伝子検出への応用吉野智之(独立行政法人食品総合研究所食品工学部計測工学研究室) 我々は,走査型プローブ顕微鏡 (SPM) のひとつである走査型光プローブ顕微鏡(SNOMまたはNSOM:Scanning near-field optical microscope)を生物学分野に応用できるように改良した。SNOMは光ファイバを鋭く尖らせた探針(光プローブ)をSPMと同じ原理で制御することで,形状と同時に蛍光強度が計測できる。また,DNA- nanoFISH法は,FISH(Fluorescence in situ hybridization) 標識したDNAを直線的に基板に固定し,SNOMで直接的にDNA上の遺伝子を解析する技術である。ここではλファージea47遺伝子の15塩基配列のPNA(peptide nucleic acid)とλファージDNAの全長をそれぞれAlexsa532,YOYO-1で染色した。このDNAをMethyltrimethoxysilane処理したマイカ上に吸上げ法により配向させた後,大気中,室温でSNOM計測を行った。蛍光はAPD (avalanche photodiode)で検出した。それぞれの蛍光像を重ねた結果,特定のDNA部位に蛍光標識信号が検出できた。このように,蛍光標識信号の計測が可能なことは,従来の光学顕微鏡や電子顕微鏡では考えられなかった新たな情報の収集が可能になるものと期待できる。
(18)走査型光プローブ顕微鏡の染色体解析への適用杉山 滋(独立行政法人食品総合研究所食品工学部計測工学研究室) 染色体はDNAとタンパク質が複雑に組み合わされた複合体であり,その機能と構造の相関にはまだ不明な点が多く残っている。染色体の構造の理解を深めるには,ナノレベルの分解能での高次構造解析を進めることが重要である。我々の研究室では,走査型光プローブ顕微鏡(SNOM/AFM, scanning near-field optical/atomic force microscope)の生物学分野への適用を進めており,これまでにDNA,染色体,細胞などの生体試料のSNOM/AFM観察を実現してきた。ここでは,SNOM/AFMを染色体構造解析に適用する試みについて紹介した。 これまでに,SNOM/AFMによるFISHシグナル(テロメア及び45SrDNA)を行ない,通常の蛍光顕微鏡では一点としてしか観察されないFISHシグナルを約250nm離れた2つの領域として検出することに成功している。また,蛍光像と同時取得した形状像を比較することにより,蛍光強度の分布と染色体のクロマチンファイバー配置との関係についてのデータを得ることも可能である。これらに加えて,現在,単一遺伝子のFISHシグナル検出によるマッピングや免疫蛍光染色との組み合わせによる染色体タンパク質の局在解析も試みている。SNOM/AFMによる高分解能観察には,試料の前処理法等の検討すべき点も多いが,将来的に染色体高次構造解析の有用なツールになりうると考えている。
(19)ゲノム生理学研究会 総括と展望永山國昭(自然科学研究機構岡崎統合バイオサイエンスセンター) DNAの構造は今2つの言葉で語られている。1つ目は「化学構造≡塩基配列」,もう1つは「物理構造≡トポロジー」である。両者はA-T,G-Cという塩基間の特異結合を用いて翻訳される。いやむしろ,塩基配列を知ってトポロジーを推測するという翻訳法が主流だと言ってよい。しかし両言語を媒介する特異結合は自然言語と同じように多義的である。すなわちA-A,G-G,A-G等々のminor結合も常に存在する。従って翻訳によるトポロジー推測は物理計測により実証されなければならない。その方法としてDNA研究で久しく忘れ去られていた電子顕微鏡を採用したい。こうした理念をかかげ,4年前に府立大の加藤助教授が私の研究室に訪れた。本研究会はそのときから始まった共同研究がきっかけとなり誕生した。 私の土俵である生物物理の立場からみると実はもう1つ構造の言葉がほしい。「物理構造≡立体構造」である。そして塩基配列⇔トポロジーという2大言語対応を塩基配列⇔立体構造の新言語対応に一気に昇華させたい思いがある。in vitroでのこうした研究は必ずやゲノム生理学の本丸であるin vivoでのクロマチン立体構造/動態と遺伝子特異発現/機能の対応解明に導くと信ずる。 新規開発した電子位相顕微鏡が果たしてどの程度この研究会に寄与できるか,位相法の原理を解説し,位相法の応用(蛋白質,ウイルス,バクテリア,細胞,オルガネラ)を紹介した。
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