生理学研究所年報 第26巻
 研究会報告 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

19.Naチャネルと細胞機能

2004年6月24日−6月25日
代表・世話人:緒方 宣邦(広島大学大学院)
所内対応者:岡村 康司(岡崎統合バイオサイエンスセンター)

(1)
Na+チャネルと生物進化の仮説提唱
吉田 繁(近畿大学・理工学部・生命科学科)
(2)
電位センサーの動作原理
久木田 文夫(自然科学研究機構・統合バイオサイエンスセンター)
(3)
Slow removal of Na+ channel inactivation underlies the temporal filtering property in the teleost thalamic neurons
岡 良隆(東京大学大学院・理学系研究科)
(4)
マウス後根神経節ニューロンにおける電位依存性Naチャネルの機能的分類 
緒方 宣邦(広島大学大学院・医歯薬学総合研究科)
(5)
Naxチャネルの生理機能
檜山 武史(自然科学研究機構・基礎生物学研究所)
(6)
上皮型Naチャネル (ENaC) 活性化因子プロスタシンによる腎臓でのNa再吸収調節
北村 健一郎(熊本大学大学院・医学薬学研究部・腎臓内科学)
(7)
上皮型Naチャネル (ENaC) の浸透圧による制御機構
丸中 良典(京都府立医科大学大学院・医学研究科)
(8)
Nav1.6チャネルの持続性Na電流の制御機構
白幡 惠美(山形大学医学部発達生体防御学講座小児科医科学分野)
(9)
軸索起始部とランビエ節に特異的なスペクトリン細胞膜骨格の機能
駒田 雅之(東京工業大学・大学院・生命理工学研究科)
(10)
心筋Naチャネル病の分子病態
蒔田 直昌(北海道大学大学院・医学研究科)
(11)
心筋Naチャネル遺伝子変異による致死性不整脈疾患の電気生理学とコンピューターシュミレーション
井本 敬二(自然科学研究機構・生理学研究所)
(12)
てんかんとナトリウムチャネル遺伝子変異
山川 和弘(理化学研究所・脳科学総合研究センター)
(13)
寒冷誘発性低K+性周期性四肢麻痺における変異Na+ チャネルの温度依存性
杉浦 嘉泰(福島県立医科大学・医学部・神経内科学講座)
(14)
骨格筋疾患とNaチャネル異常
高橋 正紀(大阪大学大学院・医学系研究科・神経機能医学講座)

【参加者名】
吉田 繁(近畿大・理工学),山川 和弘(理化学研),高橋 正紀(大阪大大院・医),青池 太志(大阪大大院・医),緒方 宣邦(広島大大院・医歯薬),柿村 順一(広島大大院・医歯薬),鄭 泰星(広島大大院・医歯薬),松富 智哉(広島大大院・医歯薬),中本 千泉(広島大大院・医歯薬),檜山 武史(基生研),清水 秀忠(基生研),渡辺 英治(基生研),野田 昌晴(基生研),蒔田 直昌(北海道大学大院・医),杉浦 嘉泰(福島県立医科大・医),柴野 健(福島県立医大・医),岡 良隆(東京大大院・理),田中 裕之(東京大大院・理),羽田 幸祐(東京大大院・理),駒田 雅之(東京工業大大院・生命理工),鈴木 総一郎(東京工業大大院・生命理工),丸中 良典(京都府立医科大大院・生理機能制御),新里 直美(京都府立医科大大院・生理機能制御),宮崎 裕明(京都府立医科大大院・生理機能制御),倉富 忍(京都府立医科大大院・生理機能制御),北村 健一郎(熊本大大院・医学薬),安達 正隆(熊本大大院・医学薬),實吉 拓(熊本大大院・医),井本 敬二(生理研),白幡 惠美(山形大・医),久木田 文夫(岡崎統合バイオサイエンスセンター),岡村 康司(岡崎統合バイオサイエンスセンター)

【概要】
 電位依存性Naチャネルは,多細胞動物に普遍的に存在し,神経筋の興奮性を決定する重要な素子分子である。近年の研究によりNaチャネルの生理機能や分子種は,従来考えられてきた以上に多様であり,古典的な神経軸索での興奮伝導以外に中枢神経細胞での情報統合,リズム形成,神経可塑性,塩濃度調節などの役割が明らかにされてきた。その一方,電位依存性Naチャネルの機能異常は,てんかんなどの神経疾患,心疾患,筋疾患,異常な痛覚の形成に深く関わり,また不整脈治療薬,てんかん治療薬や,痛みの制御を始めとする創薬のターゲットとしても研究が盛んである。従来の電気生理学的,分子生物学的研究の蓄積は,今後益々個体レベルでの生理機能や病態の理解へ向けて統合されることが期待されとおり,ゲノム情報,生物物理学的解析,発現制御機構,モデリング,遺伝子改変動物,遺伝病,分子創薬など,様々な観点からの研究が重要性を増している。今回の研究会は,二日間に渡り開催するもので基本的には平成13年度に行なわれた生理研研究会「Naチャネルの構造と機能」に引き続く試みであるが,Naチャネルの生物物理特性だけでなく,生理機構から病態までを含む研究内容を盛り込み,統合生命科学としての将来への展望を探る。

 

(1)Na+チャネルと生物進化の仮説提唱

吉田 繁(近畿大学・理工学部・生命科学科)

 脳底部の形を複雑にしCSFの中に沈んでいる脳を頭蓋骨に嵌め込んで固定している。硬膜テントで仕切ることにより大脳・小脳等を固定している。脳の見かけの重量をCSFによって激減させ衝撃から守っている。第三脳室の底部を成すMEの上衣細胞層は,concentration-sensitive Na+ channel (Na C; c = concentration) を含むtanycytesより成る。マウス脳スライスをNa+感受性蛍光色素SBFIで染色し [Na+]o変化に対する [Na+]i変動を観察した。Na Cは[Na+]o上昇に反応するが,[Na+]o下降・浸透圧変化・TTX投与には無反応。上衣細胞層はNa+センサーであり脈絡叢の産生するCSFのNa+濃度をモニターしている。外層は浸透圧センサーでありCSFの浸透圧をモニターしている。NaCには2種類あり逆反応を示すNaCは普段は開いているが [Na+]o 上昇で閉じる。脈絡叢の近くに存在するcircumventricular organs(MEの上衣細胞層を含む)はNaCを持ちCSFのNa濃度をモニターして脈絡叢のCSF産生制御に関係していると考えられる。脈絡叢から遠いMEの外層は脳室からクモ膜下腔に出たCSFの比重をモニターして脳の浮遊状態コントロールに関係していると考えられる。NaCは動物進化に伴う脳の肥大化を推進した要因のひとつではないか?

 

(2)電位センサーの動作原理

久木田 文夫(自然科学研究機構・岡崎統合バイオサイエンスセンター・神経分化部門)

 溶液の粘性はゲート機構を遅くする。電位センサーの動きを決めるのは溶液の「粘性」であり脂質は重要でない。Paddleモデルに対する多くの反論は水溶液からの親水性試薬のS4へのaccesibilityが重要な鍵になっている。S4の大部分は水界面に露出している。柔らかい構造モデルでは,溶液粘性を感じるためにタンパク質はサブナノ秒レベルの速い細かな運動が数百万回連続して起こりサブミリ秒のゲート機構を担っていることを主張している。S4は自身の重心が電荷と共に膜電場を横切りながら,周辺の構造は不規則な構造から規則的な構造の間を変化することを示唆している。電位センサーに対する効果は粘性依存的にHodgkin-Huxley Kinetics が遅くなることであるがNaチャネルでもKチャネルでも観察される。特にKチャネルでは時間経過を決める過程の内で粘性依存性の部分が大半を占めている。ポア内の構造変化ないしはゲート電流が流れ終わってからポアが開く過程には浸透圧が関与しているがNaチャネルとKチャネルでは方向は逆である。浸透圧はポア内の水和ないしは水を含む空隙の体積が変化する際の自由エネルギー変化があれば有効であるがNaチャネルでは自由エネルギーは僅かに増大しKチャネルでは大きく減少する。最終転移に対して浸透圧の増大はNaチャネルでポアを開きにくくKチャネルでは開きやすくすることが明らかになった。

 

(3)Slow removal of Na+ channel inactivation underlies the temporal filtering property
in the teleost thalamic neurons

岡 良隆(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻)
筒井 秀和(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻)
大石 謙介(協力者)(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻)

 魚類などの脊椎動物脳の神経核は基本的な構築原理は保たれているが構成ニューロン種が少なく単純な実験系である。カワハギの「第3型糸球体核」は視覚性の入力を受け視床下部下葉に投射する神経核で,細胞種が少なく(2種)明瞭な層状細胞構築を持ち巨大なシナプス後樹状突起を含み神経核機能の解析のモデル系になる。皮質核から糸球体核への入力線維の刺激に対する樹状突起先端部でのシナプス応答について解析したところ細胞体でのシナプス応答特性は両細胞で異なり大型細胞はシナプス入力に対して単発発火のみを示し小型細胞は入力依存的にtonicな発火を示した。時間間隔を変化させながらペアの入力を与え入力の時間的な様式に対する応答は,大型細胞が長い時定数 (〜100ms) のlow-passフィルター特性を持つのに対して小型細胞は速い入力パターンにも追従して発火した。大型細胞の細胞体のlow-passフィルター特性の基礎となるイオンチャネルとしてNaチャネルが極めて遅い不活性化からの回復過程を示した(-80mvで>100ms)。各パラメーターを求め Boltzmann関数指数関数でfit及び連続化しプログラムNEURON上でNaチャネル機能の再構成を行ったところNaチャネルと Hodgkin-Huxley型のKチャネルの組み合わせで,大型細胞の基本的な単発発火特性及びlow-pass filter特性が再現できた。

 

(4)マウス後根神経節ニューロンにおける電位依存性Naチャネルの機能的分類

緒方 宣邦(広島大学大学院・医歯薬学総合研究科・神経生理学)
柿村 順一(広島大学大学院・医歯薬学総合研究科・神経生理学)
松冨 智哉(広島大学大学院・医歯薬学総合研究科・神経生理学)
鄭 泰星(広島大学大学院・医歯薬学総合研究科・神経生理学)
中本 千泉(広島大学大学院・医歯薬学総合研究科・神経生理学)

 後根神経節 (Dorsal root ganglion: DRG) などの一次知覚ニューロンに存在するNaチャネルは細胞種特異性やカイネティクスの異なる7種のサブタイプから構成されている。そのうちNaV1.8やNaV1.9は,小型侵害受容ニューロンに特異的に発現することより,病的疼痛の発現に重要な役割を担っていると考えられている。しかし実際には,これらのサブタイプのみでは説明しがたい面も多く,病態の進展には,そのほかのサブタイプも含めたNaチャネル全体のホメオスターシスの変調による求心インパルスの質的および量的変化が重要であると思われる。また中心的役割を受け持つNaチャネルサブタイプも慢性疼痛の病期により変遷していくと予想される。Naチャネルの疼痛発現における役割は,実際のところ,まだあまり解明されていない状況であり,痛覚求心路におけるNaチャネルの生理機能を総合的に解明することが先決である。DRGにおけるNaチャネル機能に関して,1) テトロドトキシン非感受性Naチャネル,NaV1.9の機能,2) 新規テトロドトキシン感受性持続型Na電流の生理学的性質,3) DRGにおける活動電位の発現メカニズムなどについての私たちの最近の研究結果を報告する。

 

(5)Naxチャネルの生理機能

檜山 武史(自然科学研究機構・基礎生物学研究所)

 Naxチャネルは電位感受性や不活性化に必須の配列が失われており機能が不明であった。そこでlacZ遺伝子の挿入によるノックアウトマウスの解析を行った。Naxチャネルは主に脳室周囲器官 (CVOs) に発現し,水と高張食塩水の摂取選択性を調べる行動実験を行った。脱水状態においては野生型マウスは水を大量に摂取し食塩水を回避するが,ノックアウトマウスは味覚に異常が無いにも関わらず食塩水を回避せず両者を区別無く摂取することがわかった。高張食塩水を脳室内に注入しCVOsを直接的に高Na液で刺激した時にも,野生型では食塩水忌避行動が出現するのに対しノックアウトマウスではみられなかった。アデノウィルスを用いてノックアウトマウスの脳内にNax遺伝子を再導入したところ,一部のマウスにおいて,脱水時における食塩水回避行動が回復したことが確認された。また,Naxを発現している部位の初代培養細胞を用いて細胞外液のイオン濃度を変化させたところNax発現細胞は10 mM程度の細胞外Naの上昇に応答して,細胞内ナトリウムイオン濃度が大幅に上昇することを見出だした。この応答はノックアウトマウス由来の細胞においては観察されなかったが,Naxプラスミドの導入により応答が出現した。Naxは体液塩濃度を検出するNaセンサーとして働いており,脳弓下器官が個体の塩分摂取行動制御の一次中枢として機能していると結論した。

 

(6)上皮型Naチャネル(EnaC)活性化因子プロスタシンによる腎臓でのNa再吸収調節

北村 健一郎(熊本大学大学院医学薬学研究部腎臓内科学)
冨田 公夫(熊本大学大学院医学薬学研究部腎臓内科学)

 上皮型Naチャネル (ENaC) は腎臓でのNa再吸収量を調節し,体液の恒常性や血圧の維持に重要な役割を果たしている。セリンプロテアーゼのプロスタシンをラット腎臓よりクローニングし,アフリカツメガエル卵母細胞にプロスタシンとENaCを共発現させるとアミロライド感受性Na電流を著明に活性化する。免疫組織学的検討ではプロスタシンは近位尿細管および皮質集合尿細管の管腔側膜に強く発現し,皮質集合尿細管では主細胞の管腔側膜においてENaCと共局在する。アルドステロンがENaCおよびプロスタシンの発現を増強し,相互作用によってNa再吸収が増加し,原発性アルドステロン症患者の尿中に多量のプロスタシンが排泄され,副腎腺腫摘出によりプロスタシン排泄量が減少する。TGF-β1は尿細管細胞においてアルドステロンによるNa再吸収を阻害する作用があり,ENaCの発現抑制を伴っているという報告がある。TGF-β1はプロスタシンの発現も抑制することが判明し,TGF-β1はENaCおよびプロスタシンの発現抑制を介してNa利尿へ働く可能性が考えられた。セリンプロテアーゼ阻害剤であるメシル酸ナファモスタットがプロスタシンの発現抑制を介しNa再吸収を抑制することをin vitroおよびin vivoで明らかにし臨床におけるメシル酸ナファモスタットの副作用である低Na血症および高K血症の発症にプロスタシンが関与するかもしれない。

 

(7)上皮型Naチャネル(EnaC)の浸透圧による制御機構

新里 直美(京都府立医科大学大学院・医学研究科・生理機能制御学)
丸中 良典(京都府立医科大学大学院・医学研究科・生理機能制御学)

 腎遠位尿細管上皮組織での上皮型Naチャネルを介するNa再吸収は,血圧調節や体液量維持に重要な役割を果たすことが知られており,アルドステロン,抗利尿ホルモンや血漿浸透圧により緻密に制御されている。我々はこれまでに遠位尿細管でのNa再吸収が低浸透圧(血漿浸透圧低下)刺激により促進されることを報告してきたが,そのメカニズムは十分に理解されていない。そこで,本研究では,低浸透圧刺激によるNa再吸収の制御機構を明らかにするために,低浸透圧刺激によりNa再吸収に寄与する上皮型Naチャネル (ENaC) の遺伝子発現を介するメカニズムについて検討した。我々は,腎遠位尿細管由来の培養細胞であるA6細胞に長時間の低浸透圧刺激を与えると,ENaC α-subunit (αENaC) のmRNAが増大し,Na再吸収が促進されることを見い出した。さらに,このαENaCの転写レベルでの増大は,Na+/K+/2Cl- cotransporterの活性化剤としてのフラボンやClチャネル阻害剤により著しく抑制され,更にナトリウム再吸収も減少していた。これらの結果は,低浸透圧刺激によるNa再吸収の制御機構に,クロライド輸送を介する細胞内クロライド濃度変化が関与していることを強く示唆している。

 

(8)Nav1.6チャネルの持続性Na電流の制御機構

白幡 惠美(山形大学・医学部・発達生体防御学講座・小児医科学分野)

 ヒトNav1.6遺伝子をクローニングし培養細胞系(tsA201) に発現させパッチクランプ法を用いて検討した。Nav1.6遺伝子単独発現により顕著な持続性内向き電流を認めた。持続性電流の成立はNav1.6チャネルによるデフォルトの性質であり軸索など持続性電流が認められない部位では何らかの因子により抑制されるのではないかと考え,ランビエ絞輪のAnkyrin Gに着目した。Nav1.6とAnkyrin Gとを共発現させたところ,持続性電流は著減しまた不活性化曲線は顕著なシフトを認めた。Ankyrin Gにより不活性化のゲーティングが変化することが示された。この変化はAnkyrin BやAnkyrin B/Gキメラのうち膜蛋白結合部位がAnkyrin Bのものではみられなかった。β1サブユニットの共発現でも認められなかった。Nav1.6チャネルの細胞内リンカー部位にあるアンキリン結合ドメインを欠失させるとAnkyrin Gによる持続性電流の減少効果は減弱していた。Nav1.6がAnkyrin Gの膜蛋白結合部位と直接作用してチャネルを膜表面に集族化させ不活性化ゲートを変化させると考えられた。Ankyrin Gによる持続性電流の抑制は成熟したランビエ絞輪での電流を反映し興奮を忠実に速く伝導するために必要な機構として理解できる。さらに脱髄による興奮性の変化にこの機構が関連している可能性がある。

 

(9)軸索起始部とランビエ節に特異的なスペクトリン細胞膜骨格の機能

駒田 雅之(東京工業大学大学院・生命理工学研究科)

 ジーントラップと呼ばれる方法を用いてマウスES 細胞にランダムな挿入変異を導入したところ,ホモ接合体が全身の細かな震えと後肢骨格筋の硬直を呈する変異体を得,β-スペクトリンの新規メンバーであるβIV-スペクトリンが欠損していること,その遺伝子発現が神経細胞にほぼ特異的であること,さらにβIV-スペクトリンが神経細胞の軸索起始部とランビエ節に特異的に局在することを見出した。βIV-スペクトリン欠損マウスの神経細胞における電位依存性NaチャネルとアンキリンGの局在を調べた結果,その局在レベルが野生型マウスと比べて大きく低下していることが明らかとなった。βIV -スペクトリンを含む膜骨格構造がアンキリンGとの結合を介して軸索起始部とランビエ節における電位依存性Naチャネルの局在安定化に必須の役割を果たしていること,そしてその欠損マウスでは活動電位の発生と維持における異常が震えや骨格筋硬直といった症状を引き起こしていることが示唆された。

 

(10)心筋Naチャネル病の分子病態

蒔田 直昌(北海道大学大学院・医学研究科・循環病態内科学)

 先天性LQT3変異:αKPQ, R1623Q:Xenopus oocyteにLQT3変異αKPQチャネルを発現させると持続性遅延電位が観察された。遅延電流に一致したburst状のチャネル再開口が観察された。分子機構としてmodal gatingが考えられた。LQT3変異R1623Qは,αKPQと同様の機能異常のほかに,電流decayの遅延と活性化の膜電位依存性の低下が認められた。2,Brugada症候群T1620M:Brugada症候群の病態としてSCN5Aのloss-of-functionによって活動電位の初期成分において相対的にItoが優位になり心内膜・外膜の電気勾配が増加する。T1620Mを培養細胞tsA-201にα1サブユニットと共発現させ32℃でパッチクランプをおこなうと,fast inactivationとslow inactivationの中間の不活性化 (IM) が亢進していた。3,後天性QT延長症候群変異 L1825P:普段は正常の心電図を示し薬剤などによりQTが延長し不整脈を発症するものを後天性LQTSと呼ぶ。IKrブロック作用を有するシサプリドによって発症した後天性LQTS症例にSCN5A変異L1825Pを同定した。L1825Pは,LQT3に特徴的な遅延電流を示すと同時に不活性化の膜電位依存性の過分極方向へのシフト活性化の脱分極方向へのシフトIMの亢進というloss-of-functionを示した。「再分極予備能」によって代償され顕性化しなかったがシサプリドのIKrブロック作用によって破綻しL1825Pの機能異常が顕性化する。

 

(11)心筋Naチャネル遺伝子変異による致死性不整脈疾患の電気生理学と
コンピューターシュミレーション

伊藤 英樹(生理学研究所・神経シグナル部門)
井本 敬二(生理学研究所・神経シグナル部門)

 抗不整脈薬はNa電流を低下させ増悪させるがピルジカイニドの投与でST上昇を認めなかったBrugada症候群に新変異 (N406S) を見出し,電気生理学的特徴を発現系で解析した。活性化,不活性化の電位依存性は16mV, 10mV脱分極側へ偏していた。N406Sは速い不活性化からの回復は有意に促進していたが遅い不活性化からの回復は遅延していた。シュミレーションで活性化の電位依存性の変化と遅い不活性化の亢進が本症例の病態に寄与していた。ピルジカイニドによるtonic blockはN406Sにおいて変化を認めなかったがuse-dependent blockは消失していた。キニジンによるtonic blockは増大しておりuse-dependent blockもWT,1797insDと比較して亢進していた。活性化の電位依存性の変化と遅い不活性化の亢進が原因であると考えられた。ピルジカイニドによるuse-dependent blockは本変異で消失しておりprovocation testの結果との因果関係を示唆した。一方キニジンに対する薬剤反応はWT,1797insDと比較して亢進していた。ある特定の1種類のみによる抗不整脈薬の反応が陰性であっても他の薬剤の反応は同様とは限らず本変異のように薬剤結合部位に関係する遺伝子異常ではprovocation testの判定には注意を要することが示唆された。

 

(12)てんかんとナトリウムチャネル遺伝子変異

山川 和弘(理化学研究所・脳科学総合研究センター・神経遺伝研究チーム)

 SCN1A:熱性痙攣プラス (GEFS+) は,SCN1Aの変異が報告された。重症乳児ミオクロニーてんかん (SMEI) でもSCN1Aの変異が報告された。GEFS+患者で見られるSCN1Aの疾患変異は全て優性遺伝するミスセンス変異であるのに対し,SMEI患者ではほとんどが2/3がナンセンスもしくはフレームシフト変異であり,1/3がミスセンス変異である。GEFS+で見出されたSCN1A変異の電気生理学的解析は複数のグループにより行われている。SMEI変異についてナンセンス変異で分断されたチャネルで電流が流れなくなること,SMEIでみられたミスセンス変異を持つチャネルでも電流が落ちることを確認した。SCN2A:ナトリウムチャネルNaV1.2をコードする遺伝子SCN2AにつきGEFS+患者で不活化の遅れ定常時不活化曲線の過分極側へのずれなどの異常を示す変異R188Wを見いだした。SCN2Aのミスセンス変異は良性家族性新生児乳児けいれん (BFNIS) でも報告された。難治性てんかんを有する患者でSCN2Aのde novoナンセンス変異を見出しdominant-negativeな効果を持つことを明らかにした。SCN1AのSMEI変異ではdomi-nega効果の報告は無いが,組織内分布・細胞内局在に違いはあっても両者の遺伝子変異の間に,共通する疾患メカニズムが存在することを示唆する。

 

(13)寒冷誘発性低K+ 性周期性四肢麻痺における変異Na+チャネルの温度依存性

杉浦 嘉泰(福島県立医科大学・医学部・神経内科学講座)

 eyelid myotonia, grip myotoniaが認められ寒冷曝露により血清K+の低下と四肢筋力低下を呈する家系においてNav1.4のP1158S点変異を報告した。気温とK+濃度の相関が明らかで低温曝露により低カリウム血症と緩性麻痺を来たしP1158S変異チャネルの温度依存性が示唆された。一方ミオトニアは反復運動で改善し気温との相関は明らかではなかった。 P1158S Nav1.4 cDNAを作製し変異Na+チャネルの温度と電気生理学的特性の関連を検討した。P1158S変異ではactivation curve,inactivation curveが,22℃ではwild typeに比して過分極側へシフトしたが32℃ではWTとの有意差は認められず,P1158S変異では温度依存的な電位依存性の変化が明らかとなった。 P1158Sのゲート特性をコンピュータモデルに挿入し温度と神経症状の関係を検討した。P1158S変異では細胞外K+ 濃度が低く膜のK+透過性が低い場合22℃では脱分極が持続し麻痺の状態となった。細胞外K+濃度が正常の場合反復放電が認められた。 32℃では細胞外K+濃度に拘わらずP1158Sでは反復放電が認められた。症状をよく再現しており症状発現には変異の温度依存性と細胞外K+濃度が重要と考えられた。治療として経口カリウム製剤により低カリウム血症を補正すると麻痺発作の改善が認められた。

 

(14)骨格筋疾患とNaチャネル異常

高橋 正紀(大阪大学大学院・医学系研究科・神経機能医学(神経内科))

 骨格筋型Naチャネルαサブユニット (SCN4A) の変異は筋強直(ミオトニー)や一過性の麻痺を主徴とする疾患(高カリウム性周期性四肢麻痺,先天性パラミオトニー,カリウム惹起性ミオトニーなど)の原因である。fast inactivationとは別の不活性化slow inactivationの生理病態的意義が注目されている。骨格筋型チャネルでは高カリウム性周期性四肢麻痺においてslow inactivationの障害が麻痺の出現に関与することなどが明らかとなってきている。ミオトニー症状の緩和のためには抗不整脈薬・抗てんかん薬などが有効であり投与のしやすさなどから臨床ではメキシレチン (mexiletine) が使用される。メキシレチンなどの抗不整脈薬はNaチャネルのドメインIVなどの膜貫通セグメント6を中心とする部位に結合しブロックすると推定されている。上述のミオトニーを呈する疾患の中にはこの部位に変異を有するものもある。これらの疾患変異チャネルにおけるメキシレチン親和性を検討した。不活化 (fast inactivation) 状態に対する親和性が2倍程度増強ないし減弱している変異が認められた。実験で求められたパラメーターを用いてuse-dependent blockをシミュレーションし結果をよく一致することも確認された。


このページの先頭へ年報目次へ戻る生理研ホームページへ
Copyright(C) 2005 National Institute for Physiological Sciences