生理学研究所年報 第27巻
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細胞器官研究系

生体膜研究部門

【概要】

 当部門では,開口放出とシナプス機能を2光子顕微鏡法を活用し,更に分子生物学的方法論,パッチクランプ,ケイジド試薬や電子顕微鏡を組み合わせて可視化定量化する研究を推進してきた。本年度は,脳スライス標本内の中枢神経細胞において,ケイジドグルタミン酸の光活性化法により,単一シナプスレベルで刺激を与えたときのカルシウムシグナルを調べた。また,これまでの2光子励起法による開口放出測定を体系化して,分泌小胞の大きさを顕微鏡の空間解像と無関係にナノメータスケールで求める方法を確立した。これにより,シナプス様小胞と大型有芯小胞の開口放出様式の違いを明確にできるようになった。なお,教授の河西春郎は11月1日付けで東京大学大学院医学系に転出し,これに伴い松崎政紀助手が10月1日,高橋倫子助手が平成18年1月1日に東京大学に転出した。また,根本知己助手は生理学研究所脳機能計測センター助教授に平成18年1月1日に異動した。引っ越しは12月末より始まり,平成18年1月に完了した。平成18年3月末までに,動物施設の利用も終了し,河西も兼任解除となった。

 

2光子励起法による開口放出の研究

河西 春郎,根本 知己,高橋 倫子,岸本 拓也,兒島 辰哉,大嶋 章裕,劉 婷婷,畠山 裕康

 カルシウム依存性開口放出は神経・分泌細胞の機能の基本であるが,その分子細胞機構の解明は難航を極めている。関係する分子がわかってきても事態は改善されていない。その理由の一つは,開口放出過程は基本的に多数の分子や細胞構造を巻き込む形態過程であり,そのサブミクロンからナノの形態過程を直接的動的に観測する手法が乏しいことによる。我々はこの様な状況の打開に向けて2光子励起法の運用を試みている。本年度は2光子励起法の同時多重染色性を利用した,開口放出小胞直径のナノメータ測定法を開発し,TEPIQ(Two-photon Extracellular Polar-tracer Imaging-based Quantification)法と命名した。この方法によって,直径が55 nm,100 nm,220 nm,350 nmの小胞の大きさを推定し,これらが電子顕微鏡的な大きさとほぼ対応することを確かめた。この方法論を用いて,分泌細胞における開口放出では小胞の事前のドッキングは必要でないこと,事前のドッキングは開口放出の準備状態というより,逐次開口放出の準備状態と考えられることを明らかにし,Kasai H et al. (2005) J. Physiol. 568: 891-903,Kishimoto T et al., (2005) J. Physiol. 568: 905-915,Liu T-T. et al. (2005) J. Physiol.568: 917-929の三連報に報告した。

 

大脳錐体細胞スパインの研究

河西 春郎,松崎 政紀,早川 泰之,野口 潤,安松 信明,本蔵直樹,堀池由浩,萩原輝記

 大脳神経細胞の樹状突起のスパインは頭も首もきわめて多様で,同じ形のスパインを見出すことは困難な程である。これまで,筆者らのグループはスパイン頭部の大きさはシナプス結合強度を決め,その大きさは結合強度の変化に伴って速く変わることを明らかにしてきた。今回,2光子励起法でケイジドグルタミン酸を活性化して単一スパインを刺激しながら,スパインのカルシウム上昇を測定することにより,スパインの首の多様性がグルタミン酸受容体を通って流入したカルシウムの動態に強く影響することを明らかにした。小さなスパインの首は細い傾向があるので,単一スパインに限局した高いカルシウム濃度上昇が作りやすく,このため独立した長期増強(LTP),即ち,頭部増大の好発部位となる。一方,大きなスパインは首が太い傾向があるので,カルシウムは樹状突起に広がりやすく,濃度上昇は小さい。このことが,大きなスパインが長期増強を起こし難く,形態安定であることを説明するかもしれない。この様にスパインの頭と首は,それぞれ,シナプスの結合強度とその安定性を決める重要な因子と考えられる。これらの結果をまとめてNoguchi, J. et. al. (2005) Neuron 46: 609-622に報告した。

 

 

機能協関研究部門

【概要】

 細胞機能のすべては,細胞膜のチャネルやトランスポータの働きによって担われ,支えられている。機能協関研究部門では,容積調節や吸収・分泌機能や環境情報受容などのように最も一般的で基本的な細胞活動のメカニズムを,チャネル,トランスポータ,センサーなどの機能分子の働きとして細胞生理学的に解明し,それらの異常と疾病や細胞死との関係についても調べている。

 (1)「細胞容積調節の分子メカニズムとその生理学的役割」:細胞は容積を正常に維持する能力を持ち,このメカニズムには各種チャネルやトランスポータやレセプターの働きが関与している。これらの容積調節性膜機能分子,特に容積感受性クロライドチャネルやそのシグナルの分子同定を行い,その活性メカニズムと生理学的役割を解明する。

 (2)「アポトーシス,ネクローシス及び虚血性細胞死の誘導メカニズム」:容積調節能の破綻は細胞死にも深く関与する。これらの細胞死誘導メカニズムを分子レベルで解明し,その破綻防御の方策を探求する。特に,脳神経細胞や心筋細胞の虚血性細胞死の誘導メカニズムを生理学的に解明する。

 (3)「バイオ分子センサーチャネルの分子メカニズムの解明」:イオンチャネルはイオン輸送や電気信号発生のみならず,環境因子に対するバイオ分子センサーとしての機能を果たす。アニオンチャネルやATPチャネルの容積センサー機能およびストレスセンサー機能の分子メカニズムを解明する。

 

大脳皮質神経細胞における容積感受性クロライドチャネル:その性質と容積調節への関与

井上 華,岡田泰伸

 容積感受性外向整流性(VSOR)アニオンチャネルはほとんど全ての動物細胞に発現し,細胞容積調節に関与しているが,これまでに大脳皮質神経細胞におけるこの発現は不明であった。ホールセルパッチクランプ下で初代培養大脳皮質神経細胞を低浸透圧によって膨脹させるとアニオン電流が活性化した。その電気生理学的性質は,外向整流性,低フィールドアニオン選択性,高陽電位での不活性化,中間型シングルチャネルコンダクタンスで,その薬理学的性質も含めてVSORチャネルとよく一致した。このように,皮質神経細胞にもVSORチャネルが発現していることが明らかになり,図1のように浸透圧性膨脹後の皮質神経細胞の容積調節に本チャネルが関与していることが明らかになった。これらの結果は次論文に報告:Inoue, Mori, Morishima & Okada 2005 Eur J Neurosci 21:1648-1658.

図1:大脳皮質神経細胞の調節性容積減少。膨張した神経細胞ではVSORチャネルとKチャネルの並列的活性化によりKClが流出することで水の流出が起こり容積が減少する。

図1:
大脳皮質神経細胞の調節性容積減少。膨張した神経細胞ではVSORチャネルとKチャネルの並列的活性化によりKClが流出することで水の流出が起こり容積が減少する。

 

ヒト上皮培養細胞の容積調節性水流入における水チャネルの役割

木田 肇,高橋信之,清水貴浩,森島 繁(福井大学),岡田泰伸

 ヒト上皮Intestine 407 細胞において浸透圧性細胞膨張後に起こる調節性容積減少(RVD)時の水輸送経路について検討した。水の透過係数の計測から水チャネル(アクアポリン)の関与が推定された。事実,水チャネル阻害剤がRVDを抑制した。さらにRT-PCR法と免疫染色法から本細胞にはアクアポリン3(AQP3)の発現が明らかとなった。そこで,アンチセンスオリゴヌクレオチド処理によりAQP3の発現を抑制したところ,RVDが有意に阻害された。それ故,本細胞の容積調節性水輸送経路としてAQP3が,図2のように本質的な役割を果たすものと結論された。本研究結果は次論文に発表:Kida, Miyoshi, Manabe, Takahashi, Konno, Ueda, Chiba, Shimizu, Okada & Morishima 2005 J Memb Biol 208: 55-64.

図2:調節性容積減少メカニズムにおけるアクアポリンの役割

図2: 調節性容積減少メカニズムにおけるアクアポリンの役割

 

心筋細胞アポトーシスにおけるVSORアニオンチャネルの役割

Wang Xiaoming,高橋信之,田辺 秀,浦本裕美,岡田泰伸

 添加された容積感受性外向整流性アニオンチャネル(VSOR)ブロッカーはミトコンドリア仲介性アポトーシス誘導剤によるラット心筋初代培養細胞アポトーシスを有意に抑制した。さらにVSORブロッカーは,虚血・再灌流によって引き起こされるアポトーシスも抑制した。この抑制作用は活性酸素種(ROS)の産生が急増する再灌流時に添加された場合のみに認められた。このように心筋細胞のアポトーシスにはVSORの活性化が必要であり,虚血・再灌流では再灌流時に産生されるROSがVSOR活性化に関与する(図3)。これらの成果は次論文に掲載:Tanabe et al 2005 FEBS Lett 579,517-522; Takahashi et al 2005 Cell Physiol Biochem 15,263-270; Wang et al 2005 Cell Physiol Biochem 16,147-154.

図3:心筋細胞アポトーシスの誘導とVSOR活性化抑制によるその阻害
図3:心筋細胞アポトーシスの誘導とVSOR活性化抑制によるその阻害

 

アポトーシス死の達成には細胞内ATPレベルの正常以上の上昇が必要である

Zamaraeva Maria,Sabirov Ravshan,岡田泰伸

 アポトーシス時の細胞内ATP濃度([ATP]i)変化のリアルタイム測定を,種々の細胞の細胞質にルシフェラーゼを強制発現させて行った。ミトコンドリア刺激,デスレセプター刺激,核クロマチン刺激のいずれのアポトーシス誘導によっても,[ATP]iは1.25 mMから数mMに上昇し,この高[ATP]iはカスパーゼ3活性化時やDNAラダー形成時にも維持された。このATP増は解糖反応を停止させると消失し,この時には[ATP]iは正常レベルに保たれているにもかかわらず,カスパーゼ活性化もDNAラダー形成も阻止された。このように,アポトーシス細胞では[ATP]iの上昇が見られ,これがアポトーシス死実行に不可欠であることが結論された。これらの結果は次論文に報告:Zamaraeva, Sabirov, Okada et al 2005 Cell Death Different 12: 1390-1397

 


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