生理学研究所年報 第27巻
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統合生理研究系

感覚運動調節研究部門

【概要】

 2005年度は3名の総合研究大学院大学生(5年一貫制2名,後期3年過程1名)と1名の博士研究員(木田哲夫君)が新たに仲間に加わった。逆に,博士研究員として2年間共に研究を続けてきた井原綾さんが情報通信研究機構に,尾島司郎君が首都大学東京に,大学院生の秋云海君が学位を取得後に中国に帰国した。野口泰基君は在学中の業績が顕著であるため,生理学研究所では初めて早期卒業が認められ,9月に学位を取得後10月から学振の特別研究員となった。現在,留学しているのは,藤岡孝子さん(カナダ・トロントのRotman Institute),田村洋平君と和坂俊昭君(米国NIH),岡本英彦君(ドイツ,ミュンスター大学),中田大貴君と坂本貴和子さん(イタリアのキエッティ大学)の6名である。このように人事はかなり変動しているが,常に20名近くの研究者が共に研究にいそしんでいる。医学(神経内科,精神科,小児科など),歯学,工学,心理学,言語学,スポーツ科学など多様な分野の研究者が,体性感覚,痛覚,視覚,聴覚,高次脳機能(言語等)など広範囲の領域を研究しているのが本研究室の特長であり,各研究者が自分の一番やりたいテーマを研究している。こういう場合,ややもすると研究室内がバラバラになってしまう可能性もあるが,皆互いに協力し合い情報を提供しあっており,教室の研究は各々順調に行われている。脳波と脳磁図を用いた研究が本研究室のメインテーマだが,最近はそれに加えて機能的磁気共鳴画像(fMRI)及び経頭蓋磁気刺激(TMS)を用いた研究も行い成果をあげている。

 現在,日本宇宙フォーラム(テーマ:様々な環境における脳活動の研究)と科学技術振興機構「社会技術研究:脳科学と教育」(テーマ;顔認知機構)より1000万円以上の研究費をいただいており,他に文部省科研費,厚生労働省,環境省などからの研究費を含めて,競争的外部資金獲得額は総額で約5000万円に達した。研究員一同,より一層の努力を続けて質の高い研究を目指していきたいと思っている。

 

ヒト感覚−運動抑制過程の脳波,脳磁図研究

中田大貴,乾幸二,和坂俊昭,田村洋平,木田哲夫,柿木隆介

 Go/NoGo課題を用いた事象関連電位は,反応抑制過程を知る上で有用である。通常NoGo課題では刺激後140-300ミリ秒付近に特異的な電位がみられ,nogo potentialと呼ばれる。本研究ではGo/NoGo課題における事象関連電位で観察される所謂NoGo電位の起源を脳磁図脳波同時記録により検討した。刺激には手指の電気刺激を用い,ボタン押し課題を行った。脳波,脳磁図両者で,刺激後約160ミリ秒で頂点となるNoGo特異的活動が記録された。脳磁図データでの信号源推定を行ったところ,このNoGo関連活動の起源は下前頭回後部付近に推定された。従って,160ミリ秒付近にみられるNoGo関連活動の起源は前頭前野であることが明らかとなった。

(Nakata et al. Eur J Neurosci 22: 1784-1792, 2005)

 

体性感覚Go/NoGo電位への刺激間隔及び刺激確率の影響

中田大貴,乾幸二,和坂俊昭,赤塚康介,柿木隆介

 体性感覚Go/NoGo課題を用いた事象関連電位の特性を検討した。実験1では刺激頻度(ISI)を,実験2では刺激確率を変化させ,効果を調べた。実験1では,反応の振幅は変化しなかったが,頂点潜時はISIの増加に伴って長くなった。反対に実験2では,潜時に変化はなかったが,振幅はNoGo刺激確率の低下とともに増大した。このようにISIと刺激確率は異なる効果を持つことから我々は,ISIは刺激の評価の潜時に影響し,刺激確率は反応の強さに関連するのではないかと考えた。

(Nakata et al. Exp Brain Res 162:293-299, 2005)

 

運動準備期の第一次,第二次体性感覚野への異なる影響

和坂俊昭,中田大貴,赤塚康介,木田哲夫,乾幸二,柿木隆介

 手指運動時の体性感覚野への影響を脳磁図を用いて調べた。被験者が第2指を自己ペースで進展させる間に,運動とは関係なく右正中神経に電気刺激を与えた。運動開始(筋電図)を起点として,運動準備期を5区間に分け,それぞれの区間に呈示した正中神経刺激をそれぞれ加算した。正中神経刺激により誘発される20ミリ秒の成分は運動準備により変化しなかったが,30ミリ秒の成分は,-500-0ミリ秒の区間で有意に減弱した。これらは第一次体性感覚野(SI)由来の活動である。第二次体性感覚野(SII)は,刺激同側の活動は影響を受けなかったが,対側の活動は-500-0ミリ秒の区間で有意に増強した。SIとSIIでの反対の挙動は,感覚運動調節におけるこれらの部位の異なる役割を示唆する。

(Wasaka et al. Eur J Neurosci 22: 1239-1247, 2005)

 

筋収縮力依存性の,体性感覚誘発電位に対する遠心性gate効果の変化

和坂俊昭,中田大貴,木田哲夫,柿木隆介

 体性感覚誘発電位(SEP)に対する遠心性gate効果のメカニズムを知るために,自発運動中のSEPの変化を検討した。被験者は自己ペースで足関節を背屈するよう指示され,運動強度は最大自発収縮(MCV)の20%および50%の二種類に設定した。運動とは無関係に頸骨神経を刺激し,SEPを記録した。運動準備期間は,運動準備電位に従って2区間に分類した(NSおよびBP区間)。NS区間では,50%MCVのP30と,両条件のN40が静止条件と比べて有意に減弱し,かつ50%のN40は20%のそれと比べて有意に減弱していた。BP区間では,50%MCVのP30とN40が,静止条件と比べて有意に減弱した。以上の結果より,SEPに対する遠心性gate効果の程度は,運動関連領野の活動に依存すると考えられた。

(Wasaka et al., Exp Brain Res 166: 118-125, 2005)

 

足底自発運動準備期にみられる,反対側同一筋収縮によるSEPへのgate効果

和坂俊昭,中田大貴,木田哲夫,柿木隆介

 反対側同一神経支配領域の筋収縮による,体性感覚誘発電位(SEP)へのgate効果を研究するために,足関節背屈運動準備中のSEPを記録した。左足の運動を自己ペースで5-7秒おきに行い,それとは無関係に右頸骨神経を刺激した。運動準備電位に従って,運動準備期は4区間に区分した(NS, BP-1, BP-2, Pre-Bp)。NS区間では,N40が有意に減弱した。P53とN70も,他の区間と比べてNS区間で低振幅であった。運動準備期間には求心性の効果はないため,これらの結果は非運動側の体性感覚情報が遠心性に運動野からの修飾を受けることを示唆する。

(Wasaka et al., Brain Res Cogn Brain Res 23: 354-360, 2005)

 

ヒト第二次体性感覚野での顔の体部位再現

Nguyen TB,乾幸二,宝珠山稔,柿木隆介

 ヒト第二次体性感覚野(SII)での顔面皮膚領域の再現を脳磁図を用いて検討した。刺激は足,口唇および顔面3カ所(前額,頬,下顎)に行い,SIIでの再現を比較した。SIIには明瞭な配列が認められた。即ち,口唇が最も外側で,足が最も内側,顔面がその中間にあった。しかしながら,顔面の3領域では有意な差はなかった。SIIでの顔面の占める領域は小さく,有意な配列の差を検出できなかったためと考えられる。

(Nguyen et al. Clin Neurophysiol 116: 1247-1253, 2005)

 

Rolandic oscillationと運動野興奮性の機能的関連−脳磁図研究

田村洋平,宝珠山稔,中田大貴,廣江総雄,乾幸二,金桶吉起,井上聖啓,柿木隆介

 脳神経活動の同期,脱同期は運動や意識的認知に重要な役割を果たしている。これまでの研究では,中心前回の20Hzリズムは運動機能と密接に関連しているが,一方中心後回の10Hzリズムは感覚機能に関与しているとされている。本研究では,rolandic oscillationが運動野の興奮性と関連しているか否かを知るために,左運動野への1Hzの連続的経頭蓋磁気刺激(rTMS)の効果を検討した。右第二指の進展運動の際の脳磁図を記録し,rTMS群とコントロール群で比較した。その結果,rTMSは有意に20Hzリズムの運動後リバウンドを減弱させることが判明した。即ち,20Hzリズムが運動機能と密接に関連することが確認された。

(Tamura et al., Eur J Neurosci 21: 2555-2562, 2005)

 

音再現における時間の圧縮

矢部博興,松岡貴志,佐藤靖,晝間臣治,小山幸子,軍司敦子,柿木隆介,兼子直

 感覚情報の自動的判別システムの基礎となる感覚記憶は,ミスマッチ陰性電位(MMN)に反映される。先行する音の時間的イメージは,160から170ミリ秒のエポックとして感覚記憶に統合される。我々はMMNと,複雑な音の中に組み込まれた省略セグメントに対する反応時間を測定した。主な結果は,省略セグメントに対する時間は実際のものよりも早い,というもので,音の再現では時間が圧縮されることを示唆する。

(Yabe et al., Neuroreport 16: 95-98, 2005)

 

二次の視覚性運動処理に関わる脳部位の探索

野口泰基,金桶吉起,柿木隆介,田邊 宏樹,定藤 規弘

 人が物体の運動を知覚する手掛りには少なくとも2種類のものがあることが知られている。1つは物体と背景の明るさの違いであり,この違いに基づいた運動知覚を一次運動処理という。だが一方で物体と背景の明るさが等しい時にも人は運動を知覚できることが知られており,これを二次運動処理という。本研究では機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて一次と二次の運動刺激に対する脳の活動を比較した。その結果,一次運動の知覚時にはMT野・中心前回など従来から視覚運動処理に関係が深いとされてきた部位における脳活動が見られたのに対し,二次運動の知覚時にはこれらに加えて頭頂葉上部・上側頭領域の2箇所に有意な脳活動が見られた。これらの結果は,二次運動の知覚には後頭葉視覚野を中心とする大脳皮質領域間の広いネットワークが関わっていることを示す(Noguchi et al. Cereb Cortex 15:1592-1601, 2005)。

 

ヒト視覚腹側路における逆行性マスキング効果の時間的動態

野口泰基,柿木隆介

 ある視覚刺激の直後に2つ目の視覚刺激を提示したとき,1番目の刺激(target)は単独で提示された時よりも識別されにくくなる。Backward masking(BM)と呼ばれるこの現象はtargetへの視覚反応を弱めることが知られているが,従来の研究は機能的核磁気共鳴画像法(fMRI)が中心であったため,その変化の詳しい時間的動態については殆ど知られていなかった。今回脳磁計(MEG)を用いてヒトの視覚腹側野の活動を調べたところ,BMにおけるtargetへの視覚性誘発反応は,通常時に比べ有意なピーク振幅の減少・ピーク潜時の短縮という2つの変化を示すことが明らかになった。これらの結果はBMが従来報告されてきた反応強度の低下に加え,時間的な変化をも視覚腹側野の神経活動に引き起こしていることを示す(Noguchi and Kakigi. Neuroimage 27:178-187, 2005)。

 

脳磁図と脳波を用いた母国語および外国語の脳内処理の研究

尾島司郎,中田大貴,柿木隆介

 言葉の完全な獲得が幼少期を過ぎると不可能になるという「臨界期仮説」は,思春期後の第二言語の獲得が,思春期前の母語の獲得と質的に異なると予測する。本研究では,この仮説を事象関連脳電位(ERP)を用いて検討した。

 思春期頃に英語の習得を開始し,中級または上級の習熟度を示す日本人の2グループ,および英語母語話者が,英語の文を黙読したときの脳電位を計測した。その結果,日本人でも英語母語話者に見られる特徴的な脳反応(N400,LAN)が惹起でき,習熟度が中級から上級に上がるにつれて,より母語話者に脳反応が近づいていくことが示された。観察された発達パターンは,先行研究で報告されている子供の母語獲得のそれと酷似している。

 これらの結果は,思春期後の第二言語獲得が思春期前の母語獲得と質的に異なるという,臨界期仮説の予測に相容れない。(Ojima et al., J Cogn Neurosci 17:1212-1278, 2005)

 

『目の動き』を見たときの後頭側頭部の活動に対する顔輪郭とパーツ情報の影響

三木 研作,渡辺 昌子,本多 結城子,中村 舞子(東京慈恵医科大学神経内科),柿木 隆介

 これまで「顔の部分の動き」に対するヒトの運動視中枢(MT/V5野)の活動について調べてきた。今回「目の動き」が「点の動き」と区別されるための要因と考えられる顔の輪郭とパーツ情報の影響を検討した。仮現運動現象を利用した4種類の刺激を用いた。CDL:模式的な顔の絵(circle,dots,line)の中で目の部分(dot)が動く刺激。CD:輪郭(circle)と目(dot)のみ。DL:目(circle)と口(line)のみの。D:目(dot)のみ。

 各動きに対する誘発磁場の活動源は後頭側頭部,MT/V5野付近に位置推定された。潜時及び推定位置に各条件で違いはなかったが,活動の大きさは右半球でCDL条件が他の3条件よりも,左半球でCDL条件がDLD条件よりも有意に大きかった。

 動きそのものは違いがないにも関わらず条件によって活動の大きさに差がみられたことから,ヒトのMT/V5野で「目の動き」に対する特異的な活動が起こり,その際顔の輪郭とパーツの情報が重要な役割を担っている可能性が示唆された。

 

倒立顔情報処理に関わる左右半球間差:事象関連電位を用いた検討

本多 結城子,渡辺 昌子,三木 研作,中村 舞子(東京慈恵医科大学神経内科),柿木 隆介

 一般に正立顔の情報処理は右半球が優位であるとされているが倒立顔に関して左右半球の機能差は明らかでない。顔刺激(正立顔,倒立顔)を左右半視野呈示した際の事象関連電位を記録し顔認知特異的成分(N170)の左右半球間差を検討した。

 その結果,すべての被験者において刺激呈示後150-250msに側頭部から後頭部で大きな陰性成分(N170)が記録された。振幅は両半球とも正立顔と比較し倒立顔で増大していた。右半球では,正立顔と比較し倒立顔で潜時が延長していたが,左半球では明瞭な延長はみられなかった。半球間伝達時間は,左半視野に倒立顔刺激が呈示された際のみ短縮がみられた。右半球は正立顔の全体的な情報処理を速やかに行い,倒立顔に対する部分的情報処理は別に行われていることが示唆された。一方,左半球では倒立顔刺激に対し潜時の延長はないことから,正立顔,倒立顔双方に対し部分的情報処理を行っていることが示唆された。

 

 

生体システム研究部門

【概要】

 私達を含め動物は,日常生活において周りの状況に応じて最適な行動を起こしたり,あるいは自らの意志によって四肢を自由に動かすことにより様々な目的を達成している。このような随意運動を制御している脳の領域は,大脳皮質運動野と,その活動を支えている大脳基底核と小脳である。逆にこれらの領域に異常があると,随意運動が著しく障害される。本研究部門においては,このような随意運動の脳内メカニズムおよびそれらが障害された際の病態を調べること目的としている。

 これまで主に霊長類を用いて研究を行ってきたが,今年度より新たにげっ歯類を用いた研究プロジェクトが立ち上がった。マウスには,ミュータント,ノックアウトなど様々な機能異常や疾患モデルが存在するので,新たな研究の展開が期待される。霊長類を用いた実験に関しても,研究部門内に実験動物飼育設備が完成したことで,より効率的に遂行出来るようになった。また,喜多 均教授(米国テネシー大学)も昨年度と同様に平成17年6月〜7月,平成18年1月〜3月まで滞在し,精力的に共同研究を行った。

 

淡蒼球へのGABA作動性入力について

南部 篤,橘 吉寿,知見聡美
喜多 均(テネシー大学医学部)

 淡蒼球外節と内節は,大脳基底核の入力部である線条体からGABA作動性入力を受けている。また,淡蒼球外節も,淡蒼球内節と軸索側枝を介して淡蒼球外節にGABA作動性投射をしている。これら2種類のGABA作動性入力によって,淡蒼球の活動性がコントロールされていると考えられる。今回,覚醒下の霊長類を用いて,これらのGABA作動性入力による制御様式を,細胞外記録法と局所薬物注入により検討した。主要な興奮性入力源である視床下核をブロックすると,線条体単発刺激で淡蒼球外節には長い抑制と,淡蒼球内節には短い抑制が惹起され,どちらもGABAA受容体拮抗薬で消失した。線条体の連続刺激では,GABAB作動性の反応が記録されたが,これは線条体由来ではなく,淡蒼球外節由来であると考えられた。GABAA受容体拮抗薬,GABAB受容体拮抗薬何れでも淡蒼球外節/内節の自発発射頻度が上昇した。以上の結果は,淡蒼球外節から淡蒼球外節/内節へのGABA作動性投射が,GABAB受容体を介して働き,これらの活動性をコントロールしていることを示唆する。

 

上肢到達運動課題実行中の線条体介在ニューロンの役割

畑中伸彦,高良沙幸,橘 吉寿,南部 篤

 線条体は大脳皮質運動野から生じた運動情報を受ける大脳基底核の主な入力核である。淡蒼球に投射するGABA作動性の投射細胞がそのほとんどを占めるが,線条体内部でシナプスし投射細胞へ影響を与える介在細胞が存在している。これら介在細胞はGABA作動性細胞とコリン作動性細胞に大別できるが,実際の運動中にそれぞれがどのような役割を担っているのか,いまだ未解明のままである。今回われわれは単一ニューロン記録と薬物の微量注入を併用し,線条体投射細胞への介在細胞からのGABA性入力を神経薬理学的に遮断し,投射細胞の実際の運動中の活動がどのように変化するか観察した。その結果,線条体投射細胞はGABA性入力によって空間的,時間的な活動の調節を受けていることが示唆された。今後はコリン作動性介在細胞からの入力を遮断し,その役割について検討してゆく予定である。

 

上肢到達運動課題実行中の線条体投射ニューロンの活動様式

畑中伸彦,高良沙幸,橘 吉寿,南部 篤

 大脳基底核は大脳皮質−基底核連関の一部として,運動の遂行,企図,運動のイメージ,習慣形成などに関わるとされている。これまでの神経トレーサーを用いた解剖学的な,あるいは大脳皮質に埋入された慢性刺激電極からの応答を調べた電気生理学的な研究で,大脳皮質から大脳基底核への主な投射先である線条体では,一次運動野(MI)や補足運動野(SMA)からの入力が内外側に分離し,中央部で一部重なり合うことが示されている。しかし実際にサルが運動を行っている時に,MIやSMAだけから入力を受けている線条体の細胞と両者から入力を受けている細胞ではどのような活動の差があるのか確認したデータは未だ報告されていない。本年度は上肢の遅延期間付き到達課題を学習した霊長類のMI,SMAに慢性刺激電極を埋入し,実際に運動を行っているサルの線条体投射細胞の活動特性と,それぞれが入力を受ける大脳皮質運動野の組み合わせについて実験を行った。その結果,MIから入力を受ける線条体の投射細胞は運動そのものに強く関連し,SMAから入力を受ける細胞は運動前の遅延期間からその活動を開始していることが解った。また,両者から入力を受ける細胞は,運動前,運動中に活動を示し,両者からの入力が線条体の投射細胞で再現されていることが解った。

 

パーキンソン病モデル動物における異常な淡蒼球ニューロン活動

橘 吉寿,岩室宏一,南部 篤

 従来,パーキンソン病(PD)の病態生理として,淡蒼球外節における過度の発射頻度の減少,内節での増加が考えられてきた。しかしながら,ニホンザルのPDモデルを用いた我々の研究において,これまで報告されてきたような淡蒼球での顕著な発射頻度の変化は認められなかった。今回,新たにタイワンザルを用いて,PDモデルサルを作製し,淡蒼球の発射活動を記録・解析した結果,正常サルでは観察されないb帯域のoscillatory burst dischargeといった異常な活動パターンが観察された。また,淡蒼球外節・内節に主要な興奮性入力を送る視床下核においても,同様のb帯域のoscillatory burst dischargeが観察された。独自に開発した局所薬物注入法により,淡蒼球ニューロンから記録を行いながら,局所にグルタミン酸受容体拮抗薬を作用させ,視床下核から淡蒼球への興奮性入力を遮断したところ,淡蒼球ニューロンのoscillatory burst dischargeは消失した。これらの結果は,淡蒼球ニューロンでのoscillatory burst dischargeが視床下核からのグルタミン酸作動性入力により生成されている可能性を示唆し,今後のパーキンソン病治療の生理学的基盤になると考えられる。

 

ジストニアの病態に関する研究−ジストニアモデル動物におけるニューロン活動の記録

知見聡美,田 風,南部 篤
高田昌彦(東京都神経科学総合研究所)

 ジストニアは,作動筋と拮抗筋に同時に起こる筋収縮により,体幹,四肢の異常運動を示す疾患である。臨床例から,大脳基底核出力核の活動性が減少していると考えられているが,病態の解析を行うための適当なモデル動物が存在しなかったことから,正確な病態については未だ明らかにされていない。マウスには,突然変異体や遺伝子改変動物が豊富に存在し,近年,数種類のマウスがジストニアのモデルとして提唱されている。本研究は,これらのマウスにおいて,運動制御の高次中枢である大脳基底核および小脳のニューロン活動を覚醒条件下で記録することにより,ジストニアの病態を解明することを目指している。本年度は,全身性にジストニア症状を示すミュータントマウスであるWriggle Mouse Sagamiにおける解析を行った。大脳基底核の出力核である脚内核および黒質網様部ニューロンについては,自発発火頻度と様式,および大脳皮質の刺激に対する応答様式において,正常マウスと比較して有意な差は見られなかった。これに対し,小脳皮質プルキンエ細胞の平均発火頻度は,正常マウスに比べて著しく低いことがわかった。このことから,少なくともこのモデル動物においては,プルキンエ細胞の発火頻度の低下がジストニア症状出現に関与していることが示唆された。今後,小脳の出力部である小脳核ニューロンの活動記録や,小脳皮質への薬物投与によってプルキンエ細胞の活動性を増大させたときに症状の改善が見られるかどうかの検討などを行い,ジストニア症状出現の小脳機構を明らかにする予定である。

 


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