生理学研究所年報 第27巻
 研究活動報告 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

大脳皮質機能研究系

脳形態解析研究部門

【概要】

 脳形態解析部門では,神経細胞やグリア細胞の細胞膜上に存在する伝達物質受容体やチャネルなどの機能分子の局在や動態を観察することから,シナプス,神経回路,システム,個体行動の各レベルにおけるこれらの分子の機能,役割を分子生物学的,形態学的および生理学的方法を総合して解析する。特に,各レベルや各方法論のギャップを埋めることによって脳の機能の独創的な理解を目指している。

 具体的な研究テーマとしては,1)グルタミン酸受容体およびGABA受容体と各種チャネル分子の脳における電子顕微鏡的局在を定量的に解析し,脳機能との関係を明らかにする。2)これらの分子の発達過程や記憶,学習の基礎となる可塑的変化に伴う動きを可視化し,その制御メカニズムと機能的意義を探る。3)脳のNMDA受容体局在の左右差とその生理的意義を探る。4)前脳基底核,黒質−線条体ドーパミン系等の情動行動に関与する脳内部位のシナプス伝達機構および生理活性物質によるその修飾機構を電気生理学的手法を用いて解析し,それらの分子的基盤を明らかにする。5)大脳基底核関連疾患の治療法の確立のため,神経幹細胞移植による細胞の分化,シナプス再構築や神経回路の再建に関する形態学的および電気生理学的解析を行なっている。

 

グルタミン酸受容体の定量的解析

田中淳一,足澤悦子,重本隆一

 脳内における主要な興奮性伝達物質であるグルタミン酸には,イオンチャネル型のAMPA受容体,NMDA受容体,Kainate受容体とG蛋白共役型の代謝調節型グルタミン酸受容体が存在する。我々は,従来の免疫電子顕微鏡法や新たに開発した凍結割断レプリカ標識法により,グルタミン酸受容体各サブタイプの局在を高解像度で定量的に解析している。レプリカ標識法を用いたAMPA受容体の解析では,小脳の登上線維―プルキンエ細胞間シナプスなどにおいて平方ミクロンあたり約1000個の金粒子標識を達成し,従来法に比べ桁違いの高感度と2次元的な可視化を実現した。また,ノイズ解析を用いた電気生理学的計測と組合わせることによって,機能的なAMPA受容体チャネル数とほぼ同数の金粒子の標識数が得られることを明らかにした。

 

小脳運動学習の記憶痕跡

中舘和彦,馬杉−時田美和子,王文,Andrea Lörincz,深澤有吾,重本隆一

 ある種の運動の学習が行われる過程で小脳における,平行線維−プルキンエ細胞シナプスの長期抑圧現象が関与することが知られている。しかし,実際に学習した動物において,このシナプスに存在するAMPA受容体数やシナプスの構造にどのような変化が起こるのかは知られていなかった。我々は,マウスの水平性視機性眼球運動をモデルとして一時間の学習で引き起こされる短期適応が,小脳片葉の平行線維−プルキンエ細胞シナプスにおけるAMPA受容体密度の減少を伴っていることを,凍結割断レプリカ標識法によって明らかにした。また,5日間連続の一日一時間の学習によって引き起こされる長期適応は,AMPA受容体ではなく平行線維−プルキンエ細胞シナプス自体の減少を伴っていることを明らかにした。これらの結果は,脳内に短期的に刻まれる記憶の痕跡が,長期的に安定化されるに従って,構造的な変化へと変換されることを示している。さらにこの変換に関わる分子メカニズムを解明することを目指している。

 

神経伝達物質放出関連蛋白質の局在

萩原 明,深澤有吾,重本隆一

 脳内における神経伝達物質の放出にはさまざまな機能分子が関与している。我々は凍結割断レプリカ免疫電子顕微鏡法を用いることによって,これらの分子の放出部位における異なる局在パターンを明らかにした。tSNARE蛋白質は神経終末や軸索に広く分布すると同時に放出部位にも同様の密度で存在することが明らかになった。一方,CASTなどのCAZ蛋白質は放出部位(active zone)に特異的に集積していた。また小胞性グルタミン酸トランスポーターや小胞性GABAトランスポーターが,それぞれの神経終末から放出される伝達物質を同定するために,非常に有用なマーカーとして使えることを明らかにした。

 

海馬における長期増強現象とグルタミン酸受容体の密度変化

深澤有吾,重本隆一

 脊椎動物の中枢神経系には,樹状突起スパインと呼ばれる突起状の構造にシナプスを形成する神経細胞が多く見られ,このスパインはアクチン細胞骨格に富む点で特徴的である。既にこのスパイン上に形成されるシナプスと,学習・記憶(神経可塑性),或いは神経疾患との機能的関連性を示す知見が多く得られているが,その分子機構は明らかにされていない。そこで私は,このスパイン内アクチン細胞骨格と,実際にシナプス伝達や神経細胞の興奮性の調節機能を担う細胞膜上機能分子の局在を明らかにし,さらにこれらがシナプス機能の変化に伴ってどの様に変化するのかを明らかにすることで,シナプス可塑性のメカニズムを解明しようと研究を行っている。

 この樹状突起スパインは長さ1ミクロンほどの構造物であり,その内部構造や細胞膜表面の分子分布を明らかにするには電子顕微鏡レベルの定量的な分子局在解析技術が必要である。そこで故藤本和教授(福井県立大学)により開発された凍結割断レプリカ免疫標識法(SDS-digested freeze-fracture replica labeling)を応用し,シナプス可塑性誘導前後の神経伝達物質受容体,イオンチャネル,開口放出関連タンパク質等の分子局在を解析している。

 これらの解析を通して,生物が進化の過程で獲得した高次脳機能が,どの様に達成されているのかを理解し,学習・記憶障害などの病理や治療法の開発へと繋がることを期待している。

 

海馬NMDA受容体局在の左右差

WuYue,篠原良章,川上良介,重本隆一

 脳の機能的な左右差はヒトでよく知られているが,その分子基盤はほとんど知られていない。我々は九州大学の伊藤功助教授らとの共同研究により,マウスの海馬NMDA受容体サブユニットNR2Bが左右の海馬の対応するシナプスで非対称に配置されていることを発見した。この左右差はNR2Aノックアウト動物で増強されており,電子顕微鏡的な解析で錐体細胞シナプス特異的なNR2B標識密度の左右差を検出した。この左右差は介在神経細胞上のシナプスには存在せず,同種の神経軸索が作るシナプスにおいても,シナプス後部の神経細胞の種類の違いによって非対称性の有無が決まることが明らかとなった。このNMDA受容体量の左右差に対応して,CA1放射状層でのSchaffer collateralシナプスにおける長期増強現象は,右よりも左で強く起こることが明らかになった。さらにこの非対称性の生理的意義を解明することを目指す。

 

タグ導入によるGABAA受容体の電子顕微鏡的定量法

Mate Sümegi,深澤有吾,重本隆一

 脳内における機能分子の局在を電子顕微鏡レベルで可視化し正確に定量する方法論の開発のために,電子顕微鏡用タグの開発を行っている。さまざまなタグを付加したGABAA受容体g2サブユニットを培養神経細胞や脳に発現させ,タグ付受容体の機能と局在を電気生理学的方法と形態学的方法で調べる。g2サブユニットを欠損する遺伝子改変マウスから作成した培養神経細胞においては,GABAA受容体がシナプスに集積せず,樹状突起上に散在していた。これにレンチウィルスを用いてg2サブユニットを導入したところ,正常なGABAA受容体クラスターの形成が認められた。このシステムを使ってタグ付受容体の機能を調べている。また小脳プルキンエ細胞に発現するGABAA受容体チャネルには一個のg2サブユニットが含まれていることから,g2の数を計測することによってチャネル数を定量することを試みる。小脳での発現にもレンチウィルスによるタグ付g2サブユニットの遺伝子導入を使用している。

 

GABAB受容体とカリウムチャネルの棘突起特異的共存

Akos Kulik (University of Freiburg),深澤有吾,重本隆一

 脳内における主要な抑制性伝達物質であるGABAには,イオンチャネル型のGABAA受容体とG蛋白共役型のGABAB受容体が存在する。我々は,免疫電子顕微鏡法を用いて小脳,視床,海馬におけるGABAB受容体の異なる局在を報告してきた。GABAB受容体は海馬錐体細胞の樹状突起においてカリウムチャネルと共役し,ゆっくりとした過分極をおこすことがしられていたが,今回我々は,GABABR1とGIRK2サブユニットが,海馬錐体細胞の棘突起シナプス周辺で特異的な共局在を示すことを明らかにした。このような共局在は樹状突起のシャフトにおいては認められず,2つの蛋白質は別々のクラスターに分かれて分布していた。さらにGABAB受容体の機能調節機構や脳における役割の解明を目指す。

 

前脳基底核と黒質−線条体ドーパミン系の
電気生理学的および形態学的解析

籾山俊彦

 前脳基底核は中枢アセチルコリン性ニューロンの起始核であり,記憶,学習,注意とうの生理的機能と密接に関係するとともに,その病的状態としてアルツハイマー病との関連が示唆されている。現在アセチルコリン性ニューロンへの興奮性および抑制性シナプス伝達機構および修飾機構の生後発達変化につき,ニューロン同定の新たな手法を導入しつつ,電気生理学的解析,形態学的解析を行なっている。

 黒質−線条体ドーパミン系は随意運動調節に関与し,この系の障害とパーキンソン病等の大脳基底核関連疾患とが関係していることが示唆されている。大脳基底核関連疾患の治療法の一つとして神経幹細胞移植法が期待されているが,移植によるシナプス結合や神経回路の再建に関する基礎的知見はこれまで非常に少なかった。現在,Enhanced GFP遺伝子導入トランスジェニックラットから胎生10.5日目ラットを摘出し,中脳胞部由来神経板組織を成熟ラットの線条体内に移植して,ドナー細胞の分化,シナプス再構築について形態学的および電気生理学的解析を行なっている。

 

大脳神経回路論研究部門

【概要】

 大脳皮質の各領域は,基本的に同じ構成の回路を入出力の違いに応じて変えることで,柔軟で多様な情報処理をしている。皮質はコラムとよばれる基本単位からできていると考えられているが,その内部回路についてはあまり解明されていない。皮質の中でも前頭皮質は,それが投射する線条体とともに,精神活動や運動・行動にとって重要な場所である。私たちはこれまでに前頭皮質や線条体ニューロンを,軸索投射・発火・物質発現パターンからいくつかのグループに分類し,それらの生理的性質・神経結合・伝達物質作用などを解析してきた。その結果,局所回路の基本的構成を定性的に明らかにできた。現在は,これらの構成要素から皮質回路がどのような原則で組み上げられているかを明らかにすることを目指して,各ニューロンタイプの軸索・樹状突起上におけるシナプス配置・スパイン分布,錐体細胞サブタイプ間のシナプス結合特性,非錐体細胞サブタイプから錐体細胞への神経結合を生理学的・形態学的に定量的に解析している。これらの過程を積み重ねることで,皮質回路の神経結合選択性,皮質ニューロンの生理的・形態的多様性の意味,各ニューロンタイプの役割を理解したいと考えている。そして前頭皮質における回路解析に基づいて,皮質から線条体に信号を送る錐体細胞の活動がどのように決められているのかを明らかにすることを目標にしている。

 

皮質棘突起への抑制性と興奮性入力の二重支配

窪田芳之,畑田小百合,川口泰雄

 非錐体細胞のターゲットは,細胞体や樹状突起近傍部であると思いがちであるが,実際には樹状突起末端部分にも多い。FSバスケット細胞他,非錐体細胞9個のターゲットを電子顕微鏡3次元再構築法で検討した結果,全ての細胞で,ターゲットの25-50%が棘突起である事を突き止めた。さらに,その60-95%程度の棘突起は,もう一つのシナプス入力(非対称性)を受けていた(DI棘突起)。次に,このDI棘突起を神経支配している興奮性入力が,錐体細胞由来なのか,視床からの入力なのかを明らかにした。皮質では,VGLUT1は,錐体細胞の神経終末に,一方でVGLUT2は視床由来の神経終末に発現している。これを利用して,DI棘突起に,どのVGLUT陽性神経終末が入力するかを検討した。全ての層から700余の棘突起を電子顕微鏡で観察した結果,VGLUT2陽性神経終末が入力する棘突起の約10%で抑制性入力を受ける事がわかった。

 

大脳皮質錐体細胞の発火特性の多様性

大塚岳,森島美絵子,川口泰雄

 大脳皮質錐体細胞の発火特性は多様であると考えられているが,大脳皮質が情報を出力する皮質下構造との関係は余り知られていない。そこで今回,逆行性蛍光トレーサーを対側線条体と橋核に注入することによって,それぞれの脳領域に投射する前頭皮質5層錐体細胞サブタイプを同定し,スライス標本においてホールセル記録を行い,錐体細胞サブタイプの電気生理学的特性の解析を行った。その結果,対側線条体に投射する細胞の殆どは定常電流通電に対して通電した最初の期間しか活動電位が発生しなかった。一方,橋核に投射する錐体細胞サブタイプでは記録した全ての細胞で,定常電流注入に対して持続的に活動電位が発生した。また,橋核に投射する一部の細胞では通電による発火の開始においてバースト発火を示す細胞も記録された。これらのことから,5層錐体細胞は投射先に依存して機能的に分化していると考えられる。

 

皮質介在ニューロンサブタイプにおけるスパイン形態分化

苅部冬紀,窪田芳之,川口泰雄

 前年度までに非錐体細胞の定量的分類,サブタイプごとの軸索分枝・シナプスブトン分布,樹状突起分枝・スパイン分布の定量的解析を終えたので,今年度はスパイン形態を定量的に調べた。樹状突起の光顕・電顕像を対応させてスパインを同定すると,光顕ではおよそ半数のものを数えていることがわかった。介在ニューロンの主要タイプである,FSバスケット細胞,マルティノッティ細胞,ダブルブーケ細胞のスパインを形態比較すると,その密度だけでなく長さや形も異なることがわかった。マルティノッティ細胞のスパインは長く,マッシュルームタイプの割合が高い。複数のヘッドをもつスパインもマルティノッティ細胞で多くみられた。FSバスケット細胞では逆に長く,マッシュルームタイプは少なく,複数のヘッドを持つものはみられなかった。スパイン密度・形態と樹状突起分枝パターンが関連することから,サブタイプごとに特有の入力様式があると考えられる。

 

前頭皮質5層における錐体細胞サブタイプとシナプス結合

森島美絵子,川口泰雄

 前頭皮質から線条体へ投射する細胞の機能分化を知るために,その形態と皮質外投射パターンとの相関を明らかにしてきた。今年度は,二種類の5層錐体細胞間のシナプス結合を電気生理学的に調べた。橋核に投射する錐体細胞(CPn細胞)と,対側線条体に投射する錐体細胞(CCS細胞)を逆行性標識で同定した。CCS細胞からCCSまたはCPn細胞への結合は約1割の確率でみられたのに対して,CPn細胞からCCS細胞への結合は殆どみられなかった。CCS細胞間の相互結合も同じような確率でみられた。染色した細胞を再構築すると,軸索・樹状突起コンタクトはシナプス結合していたものの間でしかみられず,その数は電流量と相関し,変動係数とは逆相関していた。CPn細胞軸索はCCS細胞樹状突起に十分近接している場合もみられたが,コンタクトは観察されなかった。前頭皮質5層錐体細胞の神経結合には投射サブタイプ間で階層性があると考えられる。

 

parvalbumin陽性細胞,calretinin陽性細胞への
抑制性シナプス入力と興奮性シナプス入力の割合

関川明生,窪田芳之,川口泰雄

 大脳皮質の非錐体細胞のサブタイプであるparvalbumin(PV)陽性細胞,calretinin(CR)陽性細胞にシナプス入力する興奮性と抑制性の神経終末の割合を求めた。ラット前脳の切片を,PV陽性構造とCR陽性構造をDABニッケル法で染色した。EPONに包埋した後,電子顕微鏡観察用に超薄切片を作製し,包埋後免疫組織化学法でGABA染色を施した。電子顕微鏡観察の結果,PV陽性細胞にシナプス入力しているGABA陽性神経終末は全体の1割程度で,残りは,非対称性の興奮性と思われる神経終末であった。しかし,GABAシナプス入力の大半は細胞体を神経支配していた。一部は樹状突起にシナプス入力していたが細くなるにつれ少なくなる事もわかった。一方,CR陽性細胞にシナプス入力しているGABA陽性神経終末は,全体の1/3程度であった。また,樹状突起の太さにより,比率には大きな差はなかった。

 

大脳皮質GABA細胞蛍光標識ラットの作成とその免疫組織化学的解析

平井康治,川口泰雄
平林真澄(遺伝子改変動物作製室)
上松正和(豊橋技術科学大学)
柳川右千夫(群馬大学)

 多様な大脳皮質介在ニューロンの解析を進めるために,それらを蛍光標識したラットの作成を目指した。本年度は,vesicular GABA transporter(VGAT)遺伝子を含むBACを用意し,これをもとにVenus標識ラット作成を試みた。Venusを発現する二系統のトランスジェニックラット(A,B系統)が得られた。Venus及びGABA発現を免疫組織化学で調べたところ,脳領域によって,両系統ともGABA細胞に選択的にVenusを発現している領域,片方の系統だけが,選択的に陽性で,もう一方が非GABA性細胞にも出ている領域があった。大脳皮質ではA系統でGABA陽性細胞とVenus陽性細胞がほぼ完全に一致しており,B系統では,GABA細胞のほぼ95%近くがVenus陽性であった。海馬ではA系統で非錐体細胞が選択的に標識されているのに対して,B系統ではそれらに加えてCA1錐体細胞が陽性であった。

 

心理生理学研究部門

【概要】

 PETや機能的MRIなど人間を対象とした非侵襲的脳機能画像と,電気生理学的手法を組み合わせて,短期および長期の学習に伴う脳の可塑的変化,高次脳機能の加齢変化と脳における代償機構の関連を明らかにすることを目的としている。感覚脱失における可塑的変化から派生して,異種感覚統合の脳内機構の解明を目指すとともに,言語・数処理,両手共著運動,対連合学習など認知機能全般にわたる幅広い研究を行った。

 

長期の訓練による,触覚弁別における神経基盤の可塑的な変化

齋藤大輔,定藤 規弘

 盲人が点字を読む際に,一次視覚野において神経の可塑的な変化をおこすことが知られている。この変化が,視覚の剥奪でのみおこるのか,それとも長期の触覚訓練によるものかは明らかにされていない。そこで,触覚の長期トレーニングを行った健常被験者において,可塑的な変化が起こるかを調べた。訓練を行った麻雀の牌と,訓練を行っていない点字を用い,触覚での形状照合課題を行った。その結果,訓練を行った刺激を用いた際に,一次視覚野に有意な脳活動が観察されたが,訓練を行っていない刺激では見られなかった。対照群では,どちらの刺激の場合も,視覚野の活動は見られなかった。可塑的な脳活動の変化は,視覚の剥奪や異種感覚間の対連合学習といったものではなく,長期にわたる訓練により起きることが示唆された。

 

対連合学習を成立させるための神経基盤の解析

田邊 宏樹,定藤 規弘

 連合学習を成立させる神経基盤について検討するため,遅延型対連合学習(PA)課題と対照条件として遅延見本合わせ(DMS)課題を遂行中の脳活動を機能的MRIにより計測した。イメージング解析の結果,上側頭溝前方部の活動は,PA課題では学習の初期に活動が高く学習が進むにつれて減衰するのに対し,DMS課題では最初から活動がないことが明らかとなった。また,難しいPA課題では学習がなかなか進まないが,それに呼応するように上側頭溝前方部の活動も高いまま維持されることが観察された。これらのことから上側頭溝前方部の活動が対連合の形成(building associates)に重要な役割を果たすことが示唆された。また,PA課題遂行中の遅延期間において前頭前野と頭頂間溝の活動がみられ,この活動の強さは学習中に変化しないことを見いだした。DMS課題ではこのような活動がみられないことから,この前頭前野−頭頂間溝ネットワークが学習に必要な情報の保持とその構えを表象していることが示唆され,連合学習における上側頭溝前方部との役割の違いも明らかとなった。

 

一次体性感覚野における口腔領域の表象

宮本順(東京医科歯科大),定藤 規弘

 歯,唇,舌の,一次体性感覚野における体性局在(somatotopy)を機能的MRIを用いて検討した。中心後回頭側においては,歯は舌の上(medial),唇の下(lateral)に位置し,Penfieldの結果に適合した。一方中心後回尾側に向かうにつれ体性局在は減少した。このことは,口腔からの感覚入力は一次体性感覚野において階層的に集約されていくという理論を支持する。

 

空間情報の脳内操作における運動前野と頭頂葉の機能分担

大塩りつ,田中悟志,本田 学

 空間情報の脳内操作時に強い活動が観察される運動前野および頭頂葉の機能分担は明らかでない。本研究では,情報を静的に保持する過程には後部頭頂皮質が,保持した情報を動的に操作する過程には頭頂葉に加えて運動前野が寄与するという仮説に基づき,機能的磁気共鳴画像法を用いた検討を行った。わが国に古くから伝わる「あみだクジ」を応用した視空間情報操作課題を開発した。被験者は,第1刺激として1秒間呈示されたあみだクジパタンを15秒間保持し,第2刺激として呈示されたクジの起点と記憶されたクジの空間パタンを使って,終点にたどりつく。さらに15秒後に第3刺激として呈示されたクジの終点が,実際にあみだクジを行った終点と一致しているかどうかを判断し,選択ボタン押し反応を行った。後部頭頂皮質の有意な活動は,あみだクジパターンを保持している第1刺激後と,あみだクジを実際に行う第2刺激後の両者で観察されたが,背外側運動前野の有意な活動は第2刺激後にのみ観察された。これらの結果は,後部頭頂皮質は空間情報の静的な記憶・保持と記憶した空間情報にもとづいて行う動的操作の両者に関与するのに対して,外側運動前野は,記憶情報の動的操作により特異的な役割を果たすことを示唆していると考えられる。

 

カウンティングの神経基盤

神作 憲司,Marie-Laure Grillon,酒井朋子,定藤 規弘
Ari Johnson,Mark Hallett (NINDS)

 数は最も普遍的な概念の一つであり,カウンティングは最も単純な数的情報処理の一つと考えられる。しかしながら,カウンティングの神経基盤は未だ良く分かっていない。我々は,ヒト脳におけるカウンティングの神経基盤を明らかとする研究を行ってきている。2005年はまず,連続した刺激を明示的にカウンティングして知覚する場合と明示的なカウンティングせずに知覚する場合とを比較した。新規被験者を集め,異なる感覚モダリティからなる連続刺激を用意して,直前に呈示された刺激を構成する感覚モダリティを答えさせ,次に同じ刺激を呈示して被験者に明示的なカウンティングを行わせた。この結果,明示的にカウンティングする際の運動前野の活動が,カウンティングせずに入力モダリティを判別しながら知覚する場合に比べ有意に強くなることを示した。さらに,カウンティング中の運動前野の活動が連続刺激のリズムによらないことや,その運動前野の活動が,数字を唱えるだけでは認められないことも示した。現在は,従来数的な情報処理を行うと考えられてきた頭頂葉や前頭前野と,運動前野との役割分担やそれら相互の関係を明らかにするために,連続刺激をカウンティング(積算量1)する場合と,積算量を変えて知覚する場合とを比較する実験を行っている。

 

両手鏡像運動時の右一次運動野の活動低下

荒牧 勇(科学技術振興機構),本田学,定藤規弘

 両手協調運動において,同名筋を同時に動かす運動パターン(鏡像運動)は他のパターンに比べて極めて安定である。この理由として,鏡像運動では優位半球による同側性運動指令が寄与している可能性が考えられる。本研究はこの仮説を検証するために,fMRIを用いて両手鏡像運動と非利き手による片手運動の脳活動を比較した。被験者は3Hzのガイド音にあわせて,両手鏡像運動,両手非鏡像運動,右手運動,左手運動の4つの条件で指タッピングを行なった。その結果,右一次運動野の活動が,両手鏡像運動条件において左片手運動条件よりも有意に低いことが観察された。両手非鏡像運動条件ではこのような低下は観察されなかった。こうした結果は,左手の制御に関して左一次運動野からの同側性運動指令の寄与が高くなることを示唆しており,このことが鏡像運動パターンの安定性の強さに関与していると考えられる。

 

皮肉課題に関するfMRI研究

内山仁志(鳥取大学),小枝達也(鳥取大学),定藤規弘

 皮肉の理解には話者の意図を認識するための複雑な心的処理を必要とする。自閉症児では他者の心的状態を忖度する能力(mentalizing)と皮肉を理解する能力に障害が見られ,両者には明確な関係があるといわれている。これはmentalizingが,皮肉のような語用論的・非字義的言語理解において重要であることを示唆している。今回我々は皮肉の検出に関わる神経基盤を機能的核磁気共鳴画像法を用いて検討した。被験者は状況文とそれに続く登場人物のコメントの2文で構成される文章を読み,そのコメントの意味内容が文脈によって皮肉なのか皮肉でないかの判断を行なった。その結果,皮肉検出の神経基盤として左側頭極,左上側頭溝,前頭前野内側部,および下前頭回(Brodmann's Area(BA)47)の賦活が観察された。これらの領域はそれぞれmentalizingと言語処理に関わる神経基盤としても知られており,皮肉の検出にはこれらの神経基盤が関与しているものと思われる。特に左のBA47は状況文提示時よりもコメント提示時でより顕著に賦活しており,この領域が皮肉検出時におけるmentalizingと言語処理の相互作用のある領域であることも示唆された。

 

左下前頭回における文法処理機能の分離

内山祐司,豊田浩士,本田学(大阪教育大学),吉田晴世(大阪教育大学),
河内山隆紀(香川大学),江部和俊(豊田中央研究所),定藤規弘

 文法処理に特異的な神経基盤をfMRIを用いて同定した。文章理解に関わる神経基盤を同定するために文法判定課題と短期記憶課題の脳活動を比較した。またガーデンパス文と同じ単語で構成されるが異なる並びからなるガーデンパスでない文を使って文法的処理負荷に応じて変化する神経活動を評価し文法処理に関する神経基盤を同定した。ガーデンパス文は構文分析の過程で誤った分析を起こすことで文法的処理負荷を増加できる。

 短期記憶課題では両側の頭頂−前頭領域と皮質下構造で非常に広い活動が観察された。これに対して文章理解は左ブロードマンエリア(BA)45と47を含む下前頭回と左上側頭回から縁上回にかけての領域が活動した。ガーデンパス文を使って抽出した文法的な処理領域は,左BA45,BA46,前補足運動野と右小脳であった。

 左下前頭回において背側BA45を含む背側下前頭回は短期記憶課題で,より高く活動したのに対し腹側の前部下前頭回(BA47)は意味的処理でより高く活動しており,背側−腹側間の機能勾配を形成していた。文法的処理に特異的な領域の腹側BA45は,これらの領域の間に位置していた。このことは,左腹側BA45が短期的言語記憶と他の言語的プロセスをつなぐノードである可能性を示唆する。

 


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