生理学研究所年報 第27巻
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計算科学研究センター

【概要】

 様々な機能性生体様物質の創生を目指している。なかでも核酸中の塩基対に注目し,4種類の天然塩基を区別することなく塩基対を形成する動的構造変化型ユニバーサル塩基とそれをオリゴヌクレオチドに導入し,配列に拘わらず多重鎖の形成が可能なユニバーサル核酸,高い塩基認識能と塩基対形成能および様々な機能を有する人工核酸塩基を開発し,それらを利用した核酸類の電子顕微鏡観察への応用について研究を進めている。

 人工核酸塩基の設計と評価に計算科学研究センターに設置された大型計算機とプログラムライブラリーを利用している。

 

核酸塩基識別子の設計と合成

片岡正典,永山國昭

 透過型電子顕微鏡を用いるDNA配列直読法は多数のDNA断片を増幅することなく配列情報を画像化し,高速・低価格で配列解析を実現する方法である。この塩基配列解析法では一本鎖DNA断片中のすべての核酸塩基を正確に特定し,電子顕微鏡へ識別情報を提供する“核酸塩基識別子”の開発が鍵となる。核酸塩基識別子は核酸塩基を特定する認識部と識別情報を提供する指示部,それらを繋ぐ接続部から構成される。認識部には高い塩基選択性や識別子同士の会合抑制,各種溶媒に対する高い溶解性といった多くの要求が集中し,天然型核酸塩基の適用が困難であることが示唆された。報告者は上記要求を満たす新たな人工核酸塩基の開発を計画し,天然型の塩基対構造を基盤として,1,4-デヒドロピラジンを水素供与体,1,4-ジオキシンを水素受容体とする三環性複素環を認識部として設定した。指示部としては透過型電子顕微鏡において4種の塩基の識別に必要な高い明暗差を得るために,電子密度差の大きな周期の異なる4種の重原子会合体を設定した。接続部にメチレン鎖を採用して認識部と指示部を結合することにより核酸塩基識別子の基本設計を完成させた。未だ全合成には至っていないが,核酸塩基識別子は一本鎖DNA中の核酸塩基1個を識別する分子であり,電子顕微鏡観察に止まらずその応用範囲は極めて広い。

 

ユニバーサル核酸の創生

片岡正典

 相対する塩基に呼応して動的に構造変化して天然型核酸塩基4種すべてと塩基対を形成しうる動的構造変化型ユニバーサル塩基を設計し,合成に成功した。本塩基の物性を吸収スペクトルや核磁気共鳴によって調査したところ,天然塩基のいずれもと塩基対を形成することが示唆された。さらに本塩基をオリゴヌクレオチドへ導入を試みて,ペプチド核酸型8量体の合成に成功した。現在8量体の物性について調査中であるが,融解温度を指標として,種々の配列の天然型のオリゴデオキシリボヌクレオチドとの複合体間に安定性の相違がほとんど見られない。

 配列を全く認識しない人工核酸はこれまでに例はなく,その波及効果は計り知れない。

 

カルボン酸を用いる新規オリゴヌクレオチド合成法の開発

片岡正典

 これまで,オリゴヌクレオチド合成はホスホロアミダイト法と呼ばれる,ヌクレオシドホスホロアミダイト単量体とヌクレオチドの5'-水酸基の縮合反応を基盤とした合成法が広く利用されており,市販のオリゴヌクレオチド合成装置でも採用されている。しかしこの縮合反応では反応性が低く高価で危険性の高いテトラゾール系活性化剤が使用されており,問題となっていた。報告者はこれまでに,反応性のみに注目してイミダゾール-強酸複合体系の活性化剤を開発してきたが,今回安全性とコストに注目したカルボン酸系の縮合剤を新たに開発した。種々のカルボン酸について調査したところ,いずれもテトラゾール系活性化剤以上の反応性を示した。それらは安価に市販されており,安全性も高いことからテトラゾール系活性化剤に代わるものとして期待される。

 

酸-アゾール複合体を活性化剤とするホスホロチオエート型人工核酸の立体選択的合成法の開拓

片岡正典

 ホスホロチオエート型人工核酸はアンチセンス分子として期待される人工核酸であるが,リン酸のリン原子上に不斉中心を有し,既存の合成法では鎖長に応じた多数のジアステレマーの混合物として得られ,詳細な実験データを得ることはできない。報告者は光学的に純粋なモノマーを調製し,独自に開発した酸-アゾール複合体を活性化剤とする鎖長伸張反応によって立体選択的にホスホロチオエート型人工核酸を合成する手法を開拓した。本手法によって,多数のジアステレオマーの中からただ一つのものを選択的に合成することが可能となり,ホスホロチオエート型人工核酸を用いるアンチセンス化学研究の進展に大きく寄与すると期待される。

 


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