生理学研究所年報(第27巻)

生理学研究所年報　第27巻
研究会報告

3．神経科学の新しい解析法とその応用

2005年9月15日－9月17日
代表・世話人：鹿川　哲史（熊本大学　発生医学研究センター）
所内対応者：池中　一裕（生理学研究所　分子神経生理部門）

（１）: 神経幹細胞単層培養法を用いた細胞外来性因子によるシグナル伝達研究

清水　健史（熊本大学　発生医学研究センター　転写制御分野）
（２）: 電子顕微鏡を用いたシナプス関連たんぱく質の二次元的，三次元的分布観察

萩原　明（京都大学大学院医学研究科先端領域融合医学研究機構）
（３）: 脱髄疾患治療法開発へ向けた髄鞘形成機構の解明

中原　仁（慶応義塾大学医学部解剖学教室）
（４）: ウイルス様ナノ分子を用いた遺伝子送達技術

山田　真久（理化学研究所脳科学総合研究センター山田研究ユニット）
（５）: アストロサイト機能不全マウスの作出と解析

田中　謙二（生理学研究所　分子神経生理部門）
（６）: 生体分子イメージングによる病態解明と創薬の飛躍的推進

渡辺　恭良（大阪市立大学大学院医学研究科システム神経科学）
（７）: 背側由来Netrin-1による一次求心性繊維の軸索投射制御

渡辺　啓介（生理学研究所　分子神経生理部門）
（８）: 音源定位における両耳間同時検出機構の解析

久場　博司（京都大学大学院医学研究科　神経生物）
（９）: 加齢により低下する海馬錐体細胞の膜流動性

榊原　学（東海大学開発工学部生物工学科）
（10）: 嗅覚研究における多角的アプローチ：ものとりから機能解析まで

東原　和成（東京大学大学院新領域創成科学研究科）
（11）: 気分安定薬は，神経幹細胞のNotchシグナルを介して生体脳の神経新生を亢進させる

東　幹人（生理学研究所　分子神経生理部門）
（12）: 培養切片系と分散培養系の工夫による海馬歯状回顆粒細胞の研究

小山　隆太（東京大学大学院薬学系研究科薬品作用学教室）
（13）: Krypton laser-Yag laser systemによる脳梗塞−再灌流モデルマウスの作製

和気　弘明（生理学研究所　恒常機能発達機構研究部門）
（14）: 開口分泌の時空的調節機構へのアプローチ

熊倉　鴻之助（上智大学生命科学研究所）
（15）: ベンゾジゼピンによる大脳皮質第Ⅴ層のGABA作動性シナプスにおけるa7ニコチン受容体のinsertionとそのメカニズム

山本　純偉（浜松医科大学生理学第一講座）
（16）: 自発性Ca²⁺transientの消化が小脳顆粒細胞の移動の終了を惹起する

熊田　竜郎（浜松医科大学生理学第一講座）
（17）: TARPs (transmembrane AMPA receptor regulatory proteins)の多様性

板倉　誠（北里大学医学部）

【参加者名】
清水健史（熊本大），萩原明（京都大），東原和成（東京大大院），渡辺恭良（大阪市大大院・医），福田敦夫（浜松医大・医），熊田達郎（浜松医大・医），山本純偉（浜松医大・医），寺川進（浜松医大・医），熊倉鴻之助（上智大・理工），小山隆太（東京大大院・薬），高橋正身（北里大・医），板倉誠（北里大・医），榊原学（東海大・開発工），久場博司（京都大大院・医），中原仁（慶応大大院・医），東田陽博（金沢大大院・医），山田真久（理化研），中嶋一博（京都大大院・理），犬束歩（京都大大院・理），鍋倉淳一（生理研），和気弘明（生理研），北村明彦（生理研），牧野佳用子（生理研），田中淳一（生理研），檜山武史（基生研），米原圭祐（基生研），鈴木亮子（基生研），石原俊明（基生研），藤川顕寛（基生研），早坂孝宏（統合バイオ），岸本拓哉（生理研），井上剛（生理研），西巻拓也（生理研），鯨井加代子（生理研）田中嘉人（住友化学），酒井朋子（生理研），渡辺美穂（生理研），堀部尚子（生理研），深沢有吾（生理研）

【概要】
　神経科学は，脳神経系が高次機能を実現するメカニズムを理解するために動物個体・細胞・分子レベルの研究が統合された研究領域である。近年の各レベルにおける技術開発の進歩は凄まじく，それぞれのレベルにおいて目覚ましい研究成果を上げる一方で，急速な研究技術革新は，領域の細分化や専門化に拍車をかけ，神経科学の基たる複合領域研究を一研究者や一研究室単位で実現することが困難となってきている。現在から将来的視野においては，各分野のエキスパートによる共同研究がその中核となる。そして，専門分野を異とする研究者が出会い，互いの技術や知識を交換する「場」が切望されている。本研究会は，異なる解析レベルやシステムを専門とする研究者が集い，互いの技術や知識を交換し，統合的な神経科学の研究発展を図る「場」となった。特に，各研究発表に対し十分な討論時間を用意することができたため，今後の神経科学研究を担う若手研究者による発表に対し経験豊富な研究者を中心として活発な質問が出され積極的な意見交換がなされた。各発表は最新技術の紹介に留まらず，非常に高い成果が紹介され，神経科学研究の最前線の情報を研究者間で共有するに非常に有意義な研究会となった。

（1）　神経幹細胞単層培養法を用いた細胞外来性因子によるシグナル伝達研究

清水　健史（熊本大学発生医学研究センター転写制御分野）

　培養神経幹細胞や神経前駆細胞は，WntやFGFなどの細胞増殖シグナルに応答して盛んに細胞分裂するが，培養液から増殖シグナルを除去すると分裂を停止し，ニューロンなどに分化することが知られている。すなわち，FGFやWntシグナルが細胞増殖促進と同時に細胞の未分化性維持にも寄与していることが予想された。そこで，我々は神経幹細胞/神経前駆細胞をin vitroで維持，拡張する方法としてneurosphere形成法と神経上皮細胞単層培養法を採用し，それぞれの培養法の長所を組み合わせてシグナル伝達の分子機構を解析した。まず，神経上皮細胞単層培養系にFGF2を添加するとPI₃-kinase-Akt経路を介して，Wntシグナルの下流標的として知られているGSK3bの活性が抑制されることを見出した。その結果，神経上皮細胞の核内にb-cateninが蓄積し，細胞周期制御因子であるcyclin D1の発現が促進され，細胞増殖が促進されることが分かった。我々はさらに，ニューロン分化を抑制し幹細胞の未分化性維持に関与するNotchシグナルがFGF2シグナルとクロストークすることも見出した。この未分化性維持能の解析にはneurosphere形成法も用いたので合わせて報告する。

（2）　電子顕微鏡を用いたシナプス関連たんぱく質の二次元的，三次元的分布観察

萩原　明（京都大学大学院医学研究科先端領域融合医学研究機構）

シナプス周辺に分布するたんぱく質を透過型電子顕微鏡で観察する方法として，2種類の方法を紹介する。

　凍結割断レプリカ免疫標識法（SDS-FRL法）は，細胞膜面のレプリカ像を観察する従来の方法に免疫標識を応用することにより，レプリカ膜上で物質の同定や分布状態を二次元的に観察できるようにした方法である(Fujimoto, K;1995)。この方法ではたんぱく質が密に存在する場所でも受容体などが高感度に観察できたことから，シナプス前終末AZに存在する小胞分泌関連たんぱく質の分布解析を行った(Hagiwara A; 2005)。

　一方，一般的な超薄切片を用いた免疫標識法（preembedding法）で行う三次元再構築は，膜面だけでなく細胞内の構成要素と合わせて分布を観察できるという点で非常に有効な手段である。この三次元再構築によって，小脳Bergmann gliaに発現する細胞骨格系たんぱく質Sept4がシナプス周辺に分布していることがわかってきた。

（3）　脱髄疾患治療法開発へ向けた髄鞘形成機構の解明

中原　仁（慶応義塾大学医学部解剖学教室）

　昨今の研究成果からこれまで想像していた以上に髄鞘の障害が関係する疾患が多いことが分かってきている。多発性硬化症のみならず，統合失調症や躁鬱病等の精神疾患までもに髄鞘障害が指摘されるようになっている。

　髄鞘の主たる役割は軸索の伝導において跳躍伝導を可能にする絶縁体としての機能にあると考えられ，従って原因の如何を問わず，脱髄によって引き起こされた障害は，軸索がある程度健全に維持されている前提であれば，髄鞘再生によって治癒しうると期待される。

　その最も非侵襲的なアプローチとして考えられるのは，脱髄病変にも残存し得ると考えられる内因性オリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)の外来刺激による活性化を介した髄鞘再生である。これを可能にする為には髄鞘形成（再生）機構を解明し，その応用を目指す必要がある。我々らは1998年より上記に関する研究を開始し，2003年にOPCの分化誘導機構を発見し報告した。本研究発表においては，それらを概観すると共に，更に多発性硬化症の死後脳の解析結果を報告し今後の展望について議論させて頂きたい。

（4）　ウイルス様ナノ分子を用いた遺伝子送達技術

山田　真久（理化学研究所脳科学総合研究センター山田ユニット）

　ウイルスベクターを用いた遺伝子送達技術は，毒性などが指摘され，より安全性の高い遺伝子送達技術が求められている。この様な従来の遺伝子送達技術の問題点を乗り越える技術として，我々が開発を行っているウイルス様ナノ粒子は，遺伝子とリポソームの複合体を人工脂質2重膜で包み，さらにその表面に膜透過性ペプチドOctaarginineを修飾した人工粒子である。現時点で，我々は，アデノウイルスより低い毒性を示すこと，粒子内に挿入した遺伝子をマウス皮膚に塗抹することにより体毛で遺伝子発現させることに成功している。この技術は単に皮膚のみでなく多様な組織への遺伝子送達に役立つと考えている。現在，我々は神経損傷時に神経再生を促すグリア瘢痕形成阻害薬の開発を検討している。

（5）　アストロサイト機能不全マウスの作出と解析

田中　謙二（生理学研究所　分子神経生理部門）

　アストロサイトは，神経伝達の調節，エネルギー代謝の調節，脳血管関門の形成などの脳恒常性維持に重要な役割を担う。このように多岐にわたる機能を有するアストロサイトであるが，その異常によってどのような高次脳機能障害が起こるのか殆ど分かっていない。発表者はアレキサンダー病というアストロサイト細胞内に凝集体を形成するアストロサイト特異的疾患の原因遺伝子をマウスアストロサイトで発現するマウスを作出した。作出したモデルマウスは，Creマウスとの交配によって脳内の関心領域のみでアレキサンダー病の病理を再現出来る。このマウスの病理・表現型を解析することによって，帰納的にアストロサイトの機能を明らかにすることを試みた。モデルマウスでは，カイニン酸投与に対するけいれん感受性が有意に高いこと，この結果は海馬を含む背側終脳の凝集体の有無に依存することが明らかになった。

（6）　生体分子イメージングによる病態解明と創薬の飛躍的推進

渡辺　恭良（大阪市立大学大学院医学研究科システム神経科学）

　ポジトロンエミッショントモグラフィー(PET)などの生体分子イメージングの手法を用いて，病態の分子医学的把握とその情報を有効に用いた薬効評価，また，血中のみならず標的細胞・分子への薬物動態を捉えることができる。“Seeing is believing”，“ヒトでの創薬”という当たり前のことを淡々と成していくことは，還元的手法に重きを置いてきた20世紀後半からのライフサイエンスの流れを「真のライフサイエンス」へと孵化させる必然的過程である。先進的な分子イメージングの拠点構想，研究体制，世界的動向について，研究の実例とともに解説したい。

（7）　背側由来Netrin-1による一次求心性線維の軸索投射制御

渡辺　啓介^1,2，玉巻　伸章^3,4，古田　貴寛⁴，Susan L. Ackerman⁵，池中一裕^1,2，小野　勝彦^1,2
（¹生理研・分子神経生理，²総研大・生命科学，³熊本大院・医薬・脳回路構造学，
⁴京都大院・医・高次脳形態学，⁵The Jackson Lab., Bar Harbor, ME, USA）

　背根神経節(DRG)に存在する神経細胞は軸索を皮膚などの末梢組織（末梢枝）と脊髄（中枢枝）両方に伸ばし，中枢へ感覚情報を中継する。発生初期において，DRG axonは脊髄侵入後，まず脊髄背側部に後索を形成する。その後，軸索側枝を外套層の標的細胞に伸ばす。この2つの過程の間には“waiting period”と呼ばれる時差があり，緻密な神経回路網の形成の一端を担っていると考えられている。しかしながら，waiting period形成の分子機構についての知見は乏しい。

　Netrin-1は神経管腹側由来の軸索誘導分子である。我々はこの分子に注目し，背側部で一過性に発現するNetrin-1がDRG axonに対するwaiting periodをつくり出し，その軸索投射に深く関わることを明らかにした。本研究会では，Netrin-1の機能の新たな一面について紹介したい。

（8）　音源定位における両耳間同時検出機構の解析

久場　博司（京都大学大学院医学研究科神経生物）

　層状核(NL)神経細胞は両耳からのシナプス入力の同時検出器として働くことにより音源定位に関わる。今回，このNL細胞の同時検出機構を，電気生理学的及び組織学的手法を用いて解析した。NL細胞の同時検出精度は非常に高く，この高い精度は，低閾値で活性化するDTX感受性K電流がEPSPの時間経過を加速することにより実現された。一方，NL細胞は，特徴周波数(CF)に応じてその機能と形態が異なる。特に，同時検出の精度はmid-high CF領域の細胞で高く，これはこの領域の細胞がKチャネル，特にKv1.2を多く発現することによった。さらに，mid-high CF細胞では，軸索起始部がミエリンで覆われ，かつ細胞体は受動的であった。活動電位の発生部位が細胞体から電気的に離れていることは，高頻度の入力を受けるmid-high CF細胞が，正確に情報を統合，出力する上で重要であると考えられた。

（9）　海馬錐体細胞の膜流動性は加齢により低下する

榊原　学（東海大学開発工学部生物工学科）

　加齢に伴って，海馬神経細胞の受容体が減少し，細胞膜の粘性が増加するとの報告がある。この脳神経細胞の膜における変化は，老化に伴う学習・記憶能力の減退と関係付けられることが多い。本報告では若齢動物と老齢動物の海馬神経細胞の膜流動性を共焦点顕微鏡システムで蛍光退色回復法により検討した。海馬スライス標本をDiI－Cで染色し，錐体細胞細胞体の一部を直径1.2mmの小光点で退色させ，その後の蛍光強度の回復過程を解析した。回復過程は，1次の拡散過程で近似され，回復率，拡散係数，輸送係数，時定数などで特徴づけられる。加齢動物の海馬錐体細胞の膜流動性は，時定数において若齢動物に比較して有意に大きく，一方，拡散係数，回復率はいずれも有意に小さかった。これらの結果は，これまでの報告を裏付けるもので，加齢に伴って膜の流動性が低下することを示すとともに，水迷路試験で評価される動物の空間認知機能の減弱と平行している。

（10）嗅覚研究における多角的アプローチ：ものとりから機能解析まで

東原　和成（東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻分子認識化学分野）

　網羅的解析が容易にできるゲノム時代において，現象を見据えた古典的王道的戦略，例えば，活性天然物同定から受容体遺伝子決定と機能解析というアプローチは労力とリスク性ゆえに避けられがちだ。我々は，嗅覚受容体の機能解析を，単一匂い応答嗅神経細胞からの機能的クローニングという逆転の発想で成功させた。また，昆虫の性フェロモンの機能解析には，分子生物学的手法と電気生理学的手法を融合させて成功した。最近は，マウスの性フェロモンを探索・精製していく課程で，ゲノムに埋もれていた分泌タンパク質をコードする新規遺伝子ファミリーを発見した。これらすべての成果は，網羅的スクリーニングでは得られなく，様々な手法を融合させて現象と機能を見据えた多角的アプローチではじめて可能となったものである。本セミナーでは，匂いとフェロモンを感知する仕組みに迫るために我々のとった戦略の背景・意義を概説し，ポストゲノム時代における網羅的機能解析戦略に対峙する。

（11）　気分安定薬は，神経幹細胞のNotchシグナルを介して成体脳の神経新生を亢進させる。

東　幹人，池中　一裕，等　誠司（総合研究大学院大学，生理学研究所分子神経生理部門）

　神経幹細胞は発生期にだけでなく，成体脳にも限られた領域に存在し続け，生涯を通して神経新生を行っている。また成体脳に存在する神経幹細胞の数は正確に制御されている。しかし近年，ストレスなどの精神的要因によって成体脳で維持されている神経幹細胞の数が変化する事が示唆され始めてきている。

　我々は精神疾患の一つである双極性障害の治療に用いられている気分安定薬を用いて，気分安定薬の作用効果と神経幹細胞が成体脳で維持されているメカニズムを明らかにする事を試みている。双極性障害は，躁状態とうつ状態を繰り返す精神疾患である。治療に用いられる気分安定薬としてはリチウムなどがある。これまでにリチウムの作用点を調べている研究は多く成されてきたが，気分安定薬としての共通のメカニズムはほとんど分かっていない。

　In vivoとIn vitroでの神経幹細胞と気分安定薬を用いた実験結果から，我々は成体脳において気分安定薬の共通の薬理作用が，神経幹細胞のNotchシグナルを活性化させ神経幹細胞の自己複製能を亢進することにある事を明らかとした。

（12）　培養切片系と分散培養系の工夫による海馬歯状回顆粒細胞の研究

小山　隆太（東京大学大学院薬学系研究科薬品作用学教室博士課程3年）

　海馬歯状回顆粒細胞は，嗅内野皮質からの入力を海馬内へと伝達する。同細胞は発火閾値が高く，バースト状発火も維持され難い為，歯状回は興奮性入力を最初に制御する関門となる。しかし，海馬を発作焦点とする側頭葉てんかん患者の歯状回では顆粒細胞の軸索である苔状繊維が異常発芽し，反回性興奮回路を再編成する為にこのシステムが乱され，発作の悪化に繋がる。

　この異常発芽機構解明の為に，海馬切片の共培養系及び，切片上に顆粒細胞を分散培養する系を発案して，まず正常時の苔状繊維の軸索誘導機構を検討した。その結果，異常発芽には歯状回門における何らかの因子の急峻な上昇が必要であるとの仮説に至り，側頭葉てんかんにおいて同部位で発現が上昇するBDNFに着目した。現在までに，同分子を含有した微小ビーズを海馬切片上に配置した培養系及び，顆粒細胞の分散培養系を用いて，BDNFが異常発芽を誘起し得る事を示した。また，現在は培養切片系を利用して，乳幼児期の海馬における細胞新生機構を検証している。

（13）　Krypton laser - Yag laser system による脳梗塞－再灌流モデルマウスの作製

和気弘明¹，八尾博史²，鍋倉淳一¹（¹生理研恒常機能発達機構研究部門 ²国立肥前療養所）

　光感受性色素であるローズベンガル液に568nmの波長のKr laserを照射することにより酸化作用を発生させることができる。血液中にローズベンガルを注入し，Kr laserを照射することにより血管内皮細胞に反応性に酸化障害を与え，血小板の凝集を引き起こし，血栓が形成される。さらに形成された血管閉塞部にパルスレーザーであるYag laserを照射することにより，閉塞部の再貫通させることが可能である。

　この方法を利用し，マウスでは開頭せずに任意の脳表面の血管を塞栓閉塞することができ，任意の時間後に再灌流させることが可能となった。この技術を利用すると，これまでの脳虚血モデル作成法では作成できなかった，脳虚血後の細胞生存/死の境界領域であるペナンブラ領域の非侵襲的作成が可能となり，各種解析に用いることができる。

（14）　開口分泌の時空的調節機構へのアプローチ

熊倉　鴻之助（上智大学生命科学研究科）

　神経細胞あるいは内分泌細胞からの開口分泌機構では，分泌部位への顆粒供給，あるいは細胞内形質膜直下の顆粒運動が複数の因子による時空的調節を受けていると思われる。我々は，形質膜直下への分泌顆粒の供給および局在の時空的調節を理解する目的で，クロマフィン細胞を用いて，蛍光標識をした分泌顆粒の細胞内運動のイメージ解析を行っている。細胞内の分泌顆粒の運動は，高速，中速，低速の3群に分類でき，静止時の単一細胞あたり，60%は速い速度で，30%は中速で運動し，残りの10%は低速もしくは停止状態にある。低速もしくは停止顆粒の分布は，脱分極刺激下で60%に増加する一方，脱分極刺激を取り除くと再び10～15%に戻る。一方，脱分極刺激を取り除いた後に，中速で運動する顆粒成分は50%に増加する。これらの顆粒成分の特徴を解析した結果，我々の実験系で観察している顆粒動態は形質膜から90～900 nmの距離範囲の動態であることから，この空間での顆粒供給や動態の時空的調節が開口分泌に至る直前の重要な過程であり，PKCや運動蛋白系による調節の標的の一部であることが示唆された。

（15）　ベンゾジアゼピンによる大脳皮質第V層のGABA作動性シナプスにおける
a7ニコチン受容体のinsertionとそのメカニズム

山本純偉，福田敦夫（浜松医科大学　生理学第一講座）

　ベンゾジアゼピン(BZP)系鎮静薬のミダゾラム(MDZ)のpresynaptic GABAergic neuronへの作用を生後2週のラットの脳スライス標本を用いて調べたところ大脳皮質体性感覚野第V層の錐体細胞の微小シナプス後電流(mIPSC)の頻度を増加させることがわかった。他のBZP系薬物では増加作用がなかったことから，GABA_A受容体以外を介した機序であることが示唆された。我々はMDZがGABA作動性介在ニューロンのpresynaptic a7nAChR受容体を介してmIPSCの頻度を増加させることにより抑制性シナプス伝達を増強していることを明らかにした。さらに，機械的急性単離した錐体細胞を用い光学的にMDZがシナプスで7nAChR受容体の細胞膜表面へのinsertionを起こし，それにはPKCが関与していることを明らかにした。また，この作用は第V層に特異的に観察された。

（16）　自発性Ca²⁺ transientの消失が小脳顆粒細胞の移動の終了を惹起する

熊田竜郎^1,2，小室仁²，福田敦夫¹（¹浜松医科大学・生理学第一，²Dept. of Neurosciences, The Cleveland Clinic）

　外顆粒層で最終分裂を終えた小脳顆粒細胞は，皮質層特異的に細胞移動の速度や様式，細胞形態を変化させながら移動し，最終目的地である内顆粒層に到達する。今回，我々はこの皮質層特異的な細胞移動の制御にCa²⁺シグナリングが関与する可能性を検討するために，新生児期のマウス小脳スライス標本を用いて，移動中の顆粒細胞のリアルタイム観察と同時に細胞内Ca²⁺イメージングを行った。その結果，1)移動中の顆粒細胞は，各皮質層にある移動経路において特異的な自発性細胞内Ca²⁺レベルの変動を示す。2)Ca²⁺ transientsの発生頻度は顆粒細胞の移動速度に正に相関する。3)顆粒細胞が移動を終了する内顆粒層深部では，細胞移動の終了に先行してCa²⁺ transientの消失が起こる。4)薬理的にCa²⁺シグナリングを変化させることにより細胞移動の停止のタイミングを変化させることができる，ことが明らかになった。以上の事から，自発性Ca²⁺ transientが小脳顆粒細胞の移動を制御し，その消失により細胞移動の終了を惹起すること示唆された。

（17）　TARPs(transmembrane AMPA receptor regulatory proteins)の多様性

板倉　誠，高橋　正身（北里大学　医学部）

　AMPA receptorは中枢神経系において主要な神経伝達物質グルタミン酸の受容体である。近年，stargazin/g-2がAMPA receptor のシナプスへの局在化やチャンネル機能制御に重要な働きをしていることが明らかになりつつある。Stargazin/g-2にはAMPA receptorに結合するファミリー分子(g-3，g-4，g-8)が存在し，これらはTARPs(transmembrane AMPA receptor regulatoryproteins)と名づけられている。しかしながら，stargazin/g-2以外のTARPsファミリー分子についてはほとんど研究がなされていない。本発表では海馬に多く発現しているg-8とstargazin/g-2を比較することによってTARPsファミリーの局在や機能の多様性を報告する。



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