生理学研究所年報 第27巻
 研究会報告 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

4.心臓血管系におけるイオンチャンネル学の新たな展開

2006年1月24日−1月25日
代表・世話人:鷹野 誠(自治医科大学医学部)
所内対応者:岡田 泰伸(生理学研究所)

(1)
KCNQ1遺伝子スプライス異常によりQT延長症候群を発症する分子機序の解明
赤尾 昌治(京都大学大学院医学研究科)
(2)
Brugada症候群関連遺伝子異常(SCN5A,N406S)の不活性化に対するリドカインの効果
伊藤 英樹(生理学研究所)
(3)
HERGチャンネルにおける抗不整脈薬ニフェカラントの結合とfacilirtation効果に関する検討
岩田 美紀(大阪大学大学院医学系研究科)
(4)
Na+/Ca2+交換体と心血管系疾患
岩本 隆宏(福岡大学医学部)
(5)
交感神経機能とCa2+チャンネルb3サブユニット
尾野 恭一(秋田大学医学部)
(6)
リゾホスファチジルコリンによるNa+/Ca2+ 交換体mRNA量増加作用には低分子量GタンパクRhoBのゲラニルゲラニル化が関与する
木村 純子(福島県立医科大学医学部)
(7)
HCN4遺伝子の制御領域の解析
倉富 忍(自治医科大学医学部)
(8)
心筋IKSチャネルリン酸化による機能修飾に対するKCNAファミリーの影響
黒川 洵子(東京医科歯科大学難治疾患研究所)
(9)
Na+/K+ pump阻害時における心筋細胞容積変化のイオンメカニズムの解明〜包括的心筋細胞モデルに
よるシュミレーション解析〜
竹内 綾子(京都大学大学院医学研究科)
(10)
平滑筋型ATP感受性K+チャネルにおけるチャネルポア領域の分子薬理学的解析
寺本 憲功(九州大学大学院医学研究院)
(11)
KCNE1ならびにKCNE2によるKCNQ1チャネルの相互的機能調節
豊田 太(滋賀医科大学医学部)
(12)
カルシウムプローブ(G-CaMP)を用いた平滑筋カルシウム動態の解析
中井 淳一 (理化学研究所)
(13)
遺伝性不整脈患者における心臓Naチャネル病の遺伝子解析
牧山 武(京都大学大学院医学研究科)
(14)
心筋筋小胞体カルシウムATPase活性制御と心機能
南沢 享(横浜市立大学大学院医学研究科)
(15)
心筋L型Caチャンネルの活性維持機構
蓑部 悦子(鹿児島大学大学院医歯学総合研究科)
(16)
ES細胞由来心筋細胞を用いた心臓伝導傷害修復の試み
李 鍾國(名古屋大学環境医学研究所)
(17)
モルモット心室筋細胞の膜電流に対する新規NCX阻害薬SN-6の特徴について
渡邊 泰秀(浜松医科大学医学部)

【参加者名】
尾野 恭一(秋田大学医学部),木村 純子(福島県立医科大学医学部),倉富 忍(自治医科大学医学部),鷹野誠(自治医科大学医学部),古川 哲史(東京医科歯科大学難治疾患研究所),黒川 洵子(東京医科歯科大学難治疾患研究所),中井 淳一(理化学研究所),南沢 享(横浜市立大学大学院医学研究科),李 鍾國(名古屋大学環境医学研究所),渡邊 泰秀(浜松医科大学医学部),堀江 稔(滋賀医科大学医学部),伊藤 英樹(生理学研究所),豊田 太(滋賀医科大学医学部),松浦 博(滋賀医科大学医学部),赤尾 昌治(京都大学大学院医学研究科),牧山 武(京都大学大学院医学研究科),松岡 達(京都大学大学院医学研究科),竹内 綾子(京都大学大学院医学研究科),倉智 嘉久(大阪大学大学院医学系研究科),岩田 美紀(大阪大学大学院医学系研究科),寺本 憲功(九州大学大学院医学研究院),朱 海雷(九州大学大学院医学研究科),岩本 隆宏(福岡大学医学部),蓑部 悦子(鹿児島大学大学院医歯学総合研究科),韓 冬雲(鹿児島大学大学院医歯学総合研究科),亀山 正樹(鹿児島大学大学院医歯学総合研究科)

(1) KCNQ1遺伝子スプライス異常によりQT延長症候群を発症する分子機序の解明

赤尾 昌治,辻 啓子,牧山 武,大野 聖子,土井 孝浩,吉田 秀忠,北 徹
(京都大学大学院医学研究科循環器内科)
石井 孝広(京都大学大学院医学研究科神経生物学)
堀江 稔(滋賀医科大学呼吸循環器内科)

【目的】KCNQ1遺伝子は心筋細胞において遅延整流性Kチャネルをコードし,その遺伝子異常はQT延長症候群(LQTS)の原因となる。我々は,KCNQ1遺伝子のエクソン7の最後の塩基がGからAに変化(g1032a)していたLQTSの3家系を同定し,詳細な検討を行った。この変異は以前にイントロン7のスプライス異常を来すことがすでに報告されている。

【方法と結果】リアルタイムRT-PCRを用いた定量的解析により,遺伝子変異を有する人ではエクソン欠損mRNA (D7, D7-8, D8)が著明に増加していた。アフリカツメガエル卵細胞にエクソンを欠かない全長KCNQ1 (FL)またはエクソン欠損ミュータント(MT)を発現させ,Voltage-Clamp記録を行ったところ,いずれのMTもK電流を認めず,またFLと共発現させると,FL電流に対しdominant-negative効果を認めた。次に,蛍光タンパクにより標識したFL,MTタンパクの局在を共焦点顕微鏡を用いて解析したところ,FLは細胞膜に発現するが,MTと共発現させるとMTとともに細胞内に蓄積していた。最後に,FLとMTの直接相互作用を観察するため,蛍光共鳴エネルギー転移法(FRET)を用いると,いずれのMTもFLと細胞内にて結合していた。以上より,MTは細胞内でFLと結合してFLの細胞膜への移動を妨げ,これによりFL電流に対しdominant-negative効果を発揮していると考えられる。

【結論】KCNQ1遺伝子のスプライス異常によりLQTSを発症する分子的機序を解明した。

 

(2) Brugada症候群関連遺伝子異常(SCN5A, N406S)の不活性化に対するリドカインの効果

伊藤英樹1,2,井本敬二1,堀江稔2
(自然科学研究機構 生理学研究所 神経シグナル研究部門1
滋賀医科大学 呼吸循環器内科2

【目的】心筋Naチャネルaサブユニット遺伝子の遺伝子異常によるintermediate inactivation(IM)の亢進はBrugada症候群の一因である。N406S変異は1795insDと同様にBrugada症候群に見出されたIMの亢進を認める遺伝子異常である。これらのBrugada症候群に見出されるIMの亢進を含めたNaチャネルの不活性化に対するリドカインの効果に関しては十分な報告はない。

【方法】HEK293細胞にWT,1795insDあるいはN406Sをb1サブユニットと共発現させ,パッチクランプ法にてリドカインの変異Naチャネルの不活性化に対する影響について検討した。

【成績】N406Sのリドカイン100mM下での速い不活性化 (20ms pulse)からの回復はWT,1795insDと類似していた。一方,リドカインはWT,1795insDのIM (1000ms pulse)からの回復を有意に遅延させるが,N406SのIMからの回復は逆に促進した (WT vs. WT+lido,219±57 vs. 559±150ms; 1795insD vs. 1795insD +lido,300±37 vs. 579±120ms; N406S vs. N406S+lido,361±47 vs. 167±34ms)。またリドカイン投与下の1Hz,500msの連続pulseで,N406Sの不活性化はむしろ抑制された(channel avai 1 ability,WT vs. WT+lido,82±4 vs. 71±2 %; 1795insD vs. 1795insD +lido, 67±27 vs. 60±20 %; N406S vs. N406S+lido,55±5 vs. 81±4 %)。

【結論】リドカインはN406S変異のIMの亢進を抑制した。N406S変異を有するBrugada症候群における薬物治療の可能性を示唆した。

 

(3) HERGチャネルにおける抗不整脈薬ニフェカラントの結合とfacilitation効果に関する検討

岩田 美紀1 保坂 幸男2 木下 賢吾3 中村 春木4 倉智 嘉久1
1大阪大学大学院医学系研究科 薬理学 2新潟市民病院・循環器科
3東京大学医科学研究所 4大阪大学蛋白質研究所)

 ヒトerg関連遺伝子HERG遺伝子でコードされる心臓のIKrチャネルの阻害薬ニフェカラントは,致死的心室不整脈薬として臨床使用されている。この阻害薬によるHERGチャネルの作用機序の詳細を調べることによって,ニフェカラントや他の抗不整脈薬による効果や副作用の予測が可能になると考え研究を行っている。アフリカツメガエル卵母細胞にHERGチャネルを発現させニフェカラント投与し2電極膜電位固定法を用いて透過イオンによる巨視的な電流を測定し解析した。その結果,HERGチャネルにプレパルスとして強い脱分極パルスを与えると,低電圧で電流が増加するファシリテーション効果が惹き起こされた。一方,E-4031,ドフェチリドではその効果はみられなかった。HERGチャネルの変異解析実験より,Y652とF656がニフェカラントによるチャネル開口阻害に関与するアミノ酸残基であることが明らかになった。またホモロジーモデリングを利用したドッキングシュミレーションにより,HERGのS624とS649残基もニフェカラントと相互作用している可能性が示唆され,続いてこの残基のさまざまなアミノ酸変異体のニフェカラントによるブロックとファシリテーション効果を調べたところ,S649残基がファシリテーションに関与していることが明らかになった。

 

(4) Na+/Ca2+交換体と心血管系疾患

岩本隆宏(福岡大学医学部薬理学教室)

 Na+/Ca2+交換体(NCX)は,その名のごとくNa+とCa2+を交換輸送する細胞膜イオントランスポーターである。この輸送体は,心筋,血管平滑筋,神経,腎尿細管などに多く発現し,様々な細胞内Ca2+シグナルに密接にかかわっている。この輸送体の機能異常は,様々な病態を引き起こすことが予測されるが,その実態については未だ明確ではない。我々は,NCX阻害薬およびNCX遺伝子改変マウスを研究ツールに用い,種々疾患,特に心血管系疾患におけるNCXの役割を明らかにし,この輸送体を標的とした新たな治療法を確立したいと考えている。これまでに,血管平滑筋に発現するNCX1のCa2+流入が食塩依存性高血圧の発症に重要な役割を果たすことを明らかにした。また最近,野生型NCX1および活性型変異体の心筋特異的なトランスジェニックマウスを作製したところ,それぞれ肥大型および拡張型の心筋症を呈することを見出した。近年,心筋Ca2+シグナルの異常が心筋症の発現に関連することが想定されているが,心筋NCX1の関与については不明確である。今回作製した心筋症マウスは,NCX1の機能異常と心筋症の関係を解析するための有用なモデル動物になると考えられる。本研究会では,これらの内容を中心に心血管系疾患におけるNCX1の役割について議論したい。

 

(5) 交感神経機能とCa2+ チャネルb3サブユニット

尾野恭一,呉燦文,藤沢進,村上学,飯島俊彦(秋田大学医学部機能制御医学講座)

 交感神経終末からのノルアドレナリン放出にはN型Caチャネルが重要な役割を果たしている。Caチャネルの副サブユニットであるb3サブユニットはa1Bサブユニットと共にN型チャネルを構成することから,交感神経を介する心拍および収縮力調節に関与していることが推察される。本研究においては,野生型(WT群),b3サブユニット欠損(b3-/-)及び過剰発現マウス(Tg)を用い,in vivoでの心拍スペクトル解析を行うと共にField刺激に対する摘出心の収縮変化を測定し,b3サブユニットの機能的役割について検討した。その結果,安静時心拍数およびRR間隔のばらつきはTgマウスでは有意に増加しており,b3-/-で減少していた。bアドレナリン受容体抑制薬はマウスの心拍数を減少させ,その抑制作用はTgマウスにおいて顕著であった。Filed刺激に対する摘出心の収縮反応はb3-/-でWTに比べて有意に減弱し,Tgマウスでは有意に増強していた。以上のことから,b3サブユニットが交感神経終末からのノルアドレナリン放出に機能的役割を果たしていることが示唆された。

 

(6)リゾホスファチジルコリンによるNa+/Ca2+交換体mRNA量増加作用には低分子量GタンパクRhoBのゲラニルゲラニル化が関与する

前田佐知子,松岡功,木村純子(福島医大・医・薬理)

 我々はこれまで,ラット心筋由来H9c2細胞で,Na+/Ca2+交換輸送体(NCX1)のmRNAの発現がHMG-CoA還元酵素阻害薬フルバスタチン(Flv)で抑制され,リゾホスファチジルコリン(LPC)で亢進することを見出し報告してきた(Mol Pharmacol. 2005)。また,その機序に,低分子量GTP結合蛋白質RhoBの抑制または活性化がそれぞれ関与することも明らかにした(Mol Pharmacol. 2005)。RhoBはコレステロール合成経路におけるメバロン酸の代謝産物であるファルネシルピロリン酸(FPP)またはゲラニルゲラニルピロリン酸(GGPP)によりイソプレニル化を受けて活性化されることが知られている。この性質は,ファルネシル化は受けず,ゲラニルゲラニル化のみで活性化されるRhoAやRhoCと異なる。そこで今回我々は,LPCによるNCX1mRNA増加作用にGGPPとFPPのうちどちらが優勢に関与するかを調べた。

 H9c2細胞をFlvで24時間処理してNCX1 mRNA量を減少させ,その後,Flv存在下にLPCを添加してもNCX1 mRNA量は減少したままだった。しかし,Flv存在下でGGPPまたはFPPを作用させると,減少したNCX1 mRNA量は,それぞれFlv処理をしないコントロールレベルまで回復した。一方,Flv存在下でLPC+GGPPを作用させると,NCX1 mRNA量はコントロールレベルよりもさらに有意に増加した。LPC+FPPの添加では有意な増加は見られなかった。これらの結果から,LPCによるNCX1mRNA発現量の増加作用には,RhoBのゲラニルゲラニル化による活性化が関与しており,ファルネシル化は関与していないことが示唆された。

 

(7) HCN4遺伝子の制御領域の解析

倉富忍,鷹野誠(自治医科大学 医学部 生理学講座生物物理学部門)

 心臓ペースメーカーチャネルHCN4は,胎生期は心臓全体に発現しているが発生が進むと洞房結節など刺激伝導系に限局する。だが肥大心では心室筋に再発現し不整脈への関与が示唆されている。しかしその発現制御は不明である。

 これまでの研究で抑制性転写因子NRSFの変異体を心臓に発現する遺伝子改変マウスではHCN4の発現が上昇することがわかっている。またデータベース検索によりHCN4遺伝子のイントロンにNRSFの結合モチーフ(NRSE)の存在を見いだした。そこで本研究では,HCN4遺伝子発現における転写制御領域の解析を行った。

 まず,HCN4遺伝子上流領域の様々な長さのDNA配列を単離し,胎仔及び新生仔ラットの初代培養心筋を用いたルシフェラーゼレポーター解析を行った。結果,上流847 bpの領域が最小プロモーターであった。このプロモーターは新生仔より胎仔心筋で高い活性が見られ,発生における発現様式を再現していた。しかし薬物による心肥大刺激には反応しなかった。そこでプロモーターにNRSEを含むイントロンをつなぎ同様の解析を行った結果,心肥大刺激でNRSFによる転写抑制が解除されることが判明した。以上より上流プロモーターとイントロンの双方の作用によってHCN4の発現が再現されることがわかった。

 

(8) 心筋IKsチャネルリン酸化による機能修飾に対するKCNEファミリーの影響

黒川洵子,古川哲史(東京医科歯科大学難治疾患研究所生体情報薬理学分野)

 KCNQ1とKCNE1から構成される心筋IKsチャネルは,交感神経刺激下において,プロテインキナーゼAによりリン酸化されることにより,外向きカリウム電流を増大させ,心筋活動電位を短縮させる。この機能修飾機構には,A-キナーゼアンカー蛋白(Yotiao)を含むチャネル分子複合体が関与しており,bサブユニットであるKCNE1の共役も必要とされる。KCNE1のカルボキシル(C)末端の変異体を用いた電気生理学的実験と分子生物学的実験により,76番目のアスパラギン酸とそれを含むC末端上流部分とKCNQ1との相互作用が機能修飾に必要であることを示した。さらに,他のKCNEファミリーのリン酸化による機能修飾への影響を調べたところ,KCNE3ではなくKCNE2のみが機能修飾に必要であることが機能解析から示された。KCNEファミリーはサブタイプ間でC末端の相同性が低いことから,KCNEファミリーのC末端がKCNQ1のリン酸化による機能修飾に重要であると推測される。以上の結果より,分子複合体を介したIKsチャネルのリン酸化による機能修飾には,KCNEファミリーのC末端がKCNQ1チャネルと機能的に相互作用することが必要であることが示唆された。

 

(9) Na+/K+ pump阻害時における心筋細胞容積変化のイオンメカニズムの解明
〜包括的心筋細胞モデルによるシミュレーション解析〜

竹内綾子,辰巳秀爾,松岡達,野間昭典
(京都大学大学院医学研究科細胞機能制御学)

 モルモット心筋細胞容積に対するNa+/K+ pump阻害並びに各イオンコンダクタンス変化の影響を調べた。ouabainによってNa+/K+ pumpを完全に阻害したが,細胞容積(細胞幅を測定)は3時間経っても殆ど変化しなかった(実験1)。この原因として細胞膜Na+及びCl-コンダクタンス(PNaPCl)が極めて小さいことが予想されたため,isoproterenol処理によってPClを増大させてNa+/K+ pumpを阻害したところ,意外にも50分程度の遅れの後,急速に細胞膨化が観察された(実験2)。包括的心筋細胞モデル,Kyoto modelで実験1を再現するためには,sarcolemmal Ca2+ pump(PMCA)をモデルに追加する必要があった。PMCAはouabain作用下Ca2+の蓄積を抑制し,それによってNa+/Ca2+交換機転はCa2+ 濃度勾配で駆動され,Na+を細胞外へ排出する。これによって細胞膨化が遅延する。実験2の遅延を伴った細胞膨化は,細胞膜の脱分極,Ca2+チャネルを介するCa2+ 流入,Ca2+の蓄積によるPNaの上昇,Cl-イオンの蓄積が相補的に作用しあい,急速に細胞容積の増大をもたらすことがモデルから示された。複数の因子が関与する細胞容積調節を理解するには実験のみでなく,シミュレーションによる解析が不可欠である。

 

(10) 平滑筋型ATP感受性K+チャネルにおけるチャネルポア領域の分子薬理学的解析

寺本 憲功(九州大学大学院医学研究院生体情報薬理学)

 近年の分子生物学的研究結果によりATP感受性カリウムチャネル(KATPチャネル)は2つの独立した蛋白質,すなわちスルフォネルウレア受容体(SUR)と内向き整流性K+チャネル(Kir6.x)のサブユニットのそれぞれヘテロ構造になっていると考えられている。しかし血管平滑筋以外の平滑筋型KATPチャネルについてはその分子構造の組み合わせが未だ不明のままである。本研究では下部尿路系平滑筋型KATPチャネルの内向き整流性特性に関して特にチャネルポア領域についての分子生物学的構造の解析を行った。

 ブタ尿道平滑筋細胞において140 mMのK+ 濃度下(140 mM/140 mM K+)ではlevcromakalimは濃度依存的に内向き電流を増強させ同様に脱分極側では内向き整流性を示した。またcell-attach法でも同様にlevcromakalim投与により惹起されたglibenclamide感受性KATPチャネルは脱分極側で内向き整流性を示した。inside-out法ではpolyamine投与で140 mMのK+ 濃度下の脱分極側においてUDP活性化KATPチャネルの電流の内向き整流性がさらに増強された。cell-attach法下でPdBu投与によりKATPチャネルは活性化されたがphorbolエステルの不活性化体である4a-PDD投与では活性化されなかった。またブタ尿道平滑筋を用いたRT-PCR法でKir6.1とKir6.2の両mRNAのフラグメントが観察された。またrecombinant KATPチャネルのhetero-concatemericのKir6チャネルを強制発現させた系においてもcell-attach法下でPdBu投与によりチャネルは活性化されたがphorbolエステルの不活性化体である4a-PDD投与では活性化されなかった。内向き整流性に関わるブタ尿道平滑筋KATPチャネルのチャネルポア領域は分子薬理学的にKir6.1とKir6.2のヘテロ構造を呈している可能性が示唆された。またヒト膀胱平滑筋型KATPチャネルの内向き整流性特性に関しても最近の知見をご紹介していきたい。

 

(11) KCNE1ならびにKCNE2によるKCNQ1チャネルの相互的機能調節

豊田 太1・上山久雄2・丁 維光1・松浦 博1
(滋賀医科大学1細胞機能生理学,2分子病態生化学)

 KCNQ1はShaker型電位依存性K+チャネルサブユニットであり,生理的にはKCNE1と会合することで心筋IKsチャネルを構成すると考えられている。一方で,心臓にはKCNE1以外のKCNE蛋白(すなわちKCNE2-KCNE5)も発現しており,近年これらのいずれもがKCNQ1と機能的に会合しうることもin vitro発現系で示されてきている。本研究ではKCNE2によるKCNQ1チャネルの機能調節についてパッチクランプ法を用いて検討した。 KCNQ1をKCNE2とCOS7細胞に共発現させるとEK付近で逆転する常時活性型の時間非依存性電流が誘発された。一方,KCNQ1をKCNE1ならびにKCNE2の両方と共発現させると心筋IKsに類似した時間依存性電流のみが記録された。しかしながら,KCNQ1とKCNE1のみで構成される電流に比べ活性化の膜電位依存性が約10 mV脱分極側にシフトしており,また脱活性化キネティクスも促進していた。さらに,メフェナム酸により脱活性化が遅延する程度もKCNQ1/KCNE1チャネルに比べ有意に減弱しており,心筋IKsチャネルに近い感受性を示した。KCNE2がKCNE1と共にKCNQ1チャネル機能を修飾し,心筋IKsの性質を制御する可能性について考察したい。

 

(12) カルシウムプローブ(G-CaMP)を用いた平滑筋カルシウム動態の解析

中井淳一(理化学研究所・脳科学総合研究センター・記憶学習機構研究チーム)

 G-CaMPはGreen Fluorescent Protein(GFP)にカルモジュリンとミオシン軽鎖キナーゼのM13配列を結合したカルシウム感受性蛋白質で,DNAによりコードされているので,適当なプロモーターを用いることによりG-CaMPを組織特異的に発現させることが可能である。

 我々は平滑筋特異的なミオシン重鎖プロモーターを用いてG-CaMPを平滑筋に特異的に発現するトランスジェニックマウスを作製し,そのカルシウム動態を解析した。平滑筋をアゴニストにより刺激することにより蛍光の増加が観察された。また膀胱平滑筋において末梢神経を刺激することによりflashとwaveの2種類の細胞内カルシウム増加現象が観察された。これらは1つの平滑筋細胞内で見られることがあり,flashは低頻度刺激で主に見られ,waveは高頻度刺激により主に見られた。さらに神経刺激を低頻度から高頻度を変えると,flashからwaveへとModeが変化する現象が観察された。

 また,G-CaMPをNaポンプと結合させることにより細胞内の局所のカルシウム動態の測定を試みた。その結果,筋小胞体(SR)近傍でのカルシウム動態がその他の細胞質部位のカルシウム動態と異なることが明らかとなった。

 

(13) 遺伝性不整脈患者における心臓Naチャネル病の遺伝子解析

牧山 武,赤尾 昌治,辻 啓子,土井 孝浩,大野 聖子,春名 良純,吉田 秀忠,北 徹
(京都大学大学院医学研究科循環器内科)
蒔田 直昌(北海道大学大学院循環器内科)
堀江 稔(滋賀医科大学呼吸循環器内科)

【目的】SCN5A遺伝子は心臓Naチャネルのaサブユニットをコードし,その遺伝子異常は様々な不整脈を引き起こす。我々は日本における遺伝性不整脈患者において心臓Naチャネル病の分布・頻度を調べるためにSCN5Aの遺伝子解析を行った。

【方法】194人の遺伝性不整脈患者(先天性QT延長症候群123人,ブルガダ症候群62人(症候性は34人),家族性洞不全症候群8人,家族性心房細動1人)において末梢血白血球細胞よりDNAを抽出。高速液体クロマトグフィー(WAVE),DNAシークエンシングを用いSCN5Aの遺伝子異常,一塩基多型のスクリーニングを施行した。

【結果】18人の遺伝性不整脈患者において15のSCN5A異常を検出した。(先天性QT延長症候群11/123,8.9%,ブルガダ症候群症候性4/34 11.8%,無症候性1/28 3.6%,家族性洞不全症候群2/8 25.0%)8つの遺伝子異常(V113I,R179X,F532C,H1200T,A1746T,N1774D,K1859E,G1935D)は新規なものであった。また,SCN5Aの一塩基多型,H558Rは,modifierとして知られ,Naの電流密度を低下させると報告されている。我々は25人の患者においてヘテロなH558Rを検出した。その頻度(25/194,12.9%)は,正常コントロール(13/110,11.8%)と比べほぼ同じであった。しかしながら,ホモのH558Rを1例認め,失神発作のある徐脈患者であった。

【結論】日本における遺伝性不整脈患者において最も大きなSCN5Aの解析報告であり,SCN5Aは様々な不整脈において認められた。遺伝子異常と病態との関係については更なる機能解析による検討が必要である。

 

(14) 心筋筋小胞体カルシウムATPase活性制御と心機能

南沢 享1,志村 美英2,竹島 浩3
1横浜市立大学 大学院医学研究科 循環制御医学
2横浜市立大学 大学院医学研究科 病態制御内科学
3東北大学 大学院医学系研究科 医化学分野)

【要旨】心筋細胞内Ca2+は心筋細胞が収縮弛緩を繰り返すために必須であるとともに,細胞内シグナル伝達系のセカンドメッセンジャーとして重要である。心筋細胞内では,Ca2+は筋小胞体に貯蔵されており,その放出においてはライアノジン受容体,再吸収においては,筋小胞体Ca2+ATPase(SERCA2a)による能動輸送が中心的な役割を果す。心筋筋小胞体機能の低下,特にSERCA2a活性低下は,心疾患の発症・病態悪化に重要であり,SERCA2a活性を回復させることで,各種心疾患の治療が可能となる。従来,SERCA2a活性を制御する蛋白として,phospholambanの機能がよく調べられてきたが,われわれは新たなSERCA2aの機能制御因子として,1)phospholamban相同性をもつ筋小胞体膜蛋白sarcolipin,2)筋小胞体内カルシウム結合蛋白sarcalumeninに注目し,遺伝子改変動物を利用して,SERCA2a活性調節の役割を検討してきた。sarcolipinは心筋に過剰発現させると,phospholamban同様に,心機能の低下を生じる。sarcolipinは心房筋に特異的に発現しており,心房筋におけるSERCA2a活性調節の中心的働きをしている可能性がある。sarcalumenin欠損マウスでは心機能,筋小胞体へのカルシウム再取り込みが低下しており,圧負荷により,より心機能が低下し,死亡率が有意に高くなる。sarcalumeninは筋小胞体内でSERCA2aと蛋白相互作用により,その活性と蛋白発現を制御している可能性がある。本研究会ではこれらの分子を中心に,SERCA2a活性調節機構について,発表する。

 

(15) 心筋L型Caチャネルの活性維持機構

蓑部悦子,韓 冬雲,王 午陽,Zahangir A. Saud,聶 宏光,徐 建軍,はお麗英,亀山正樹
(鹿児島大学大学院医歯学総合研究科 神経筋情報生理学分野)

 L型Caチャネル(Cav1.2)の活性には細胞内因子が必要で,cell-freeパッチ等の条件下では開口しない(run-down現象)。このチャネル活性維持機構を解明する目的で,モルモット単離心室筋細胞を用いた実験を行い,心筋cytoplasm+ATP(3mM),カルパスタチン(CS)+ATP,カルモジュリン(CaM)+ATPによりチャネル活性が維持されることを見出した。CSの効果はCaMより弱いが,カルパイン阻害部位でないN末部のL-domainに対チャネル効果が限定され,特異的な作用であると考える。一方,CaMはinside-out パッチ条件下で,生理的濃度(0.3〜1mM)で強い対チャネル効果を示し,on-cellパッチ下と同レベルの開口確率(〜100%)を生じさせる。更に,より高濃度(2-4mM)では,200-300%の効果を示す。これより,CaMは最も重要なチャネル活性維持因子であると結論される。更に,run-downの緩徐相にAキナーゼやCaMKIIにより阻止されるので,リン酸化もチャネル活性維持に関わることが示唆される。

 

(16)ES細胞由来心筋細胞を用いた心臓伝導障害修復の試み

李鍾国1,日高京子2,湯淺大祐1,三輪佳子1,角三和子1,安藤萌名美1,森崎隆幸2,児玉逸雄1
1名古屋大学環境医学研究所循環器分野
2国立循環器病センター研究所バイオサイエンス部)

 胚性幹(ES)細胞由来心筋を用いた細胞移植が,完全房室ブロックなどの心臓伝導障害に対する新しい治療となりうるか−その可能性について調べた。マウスNkx2.5-GFPノックインES細胞から分化した胚様体から,Fluorescence Activated Cell Sorterを用いて心筋細胞に分化した細胞(ES cell derived cardiac myocyte:ESCM)を分離した。外科的手技により作成した完全房室ブロックマウスの房室結節部にESCMを約20万個移植し,心電図モニタリングを行った。10日後に心臓を摘出し,免疫組織染色によりgap ジャンクション (connexin40,43)の発現を調べた。その結果,PBSを注入したSham群においては,全経過中房室ブロックが持続したが,ESCM移植群においては5例中4例で洞調律への変換が見られた。免疫組織染色では,Sham群においては,房室結節部に線維化が見られ,connexine43発現の不連続性が見られた。一方,ESCM移植群においては房室結節領域にESCMが存在し,connexine40,connexine43を発現して周囲のhost心筋細胞との間にgap結合を形成していた。これは,ES細胞由来心筋細胞移植が徐脈性調律異常に対する新しい治療的アプローチとなる可能性を示唆する。

 

(17) モルモット心室筋細胞の膜電流に対する新規NCX阻害薬SN-6の特徴について

渡邊泰秀1,岩本隆宏2,木村純子3
1浜松医科大学医学部基礎看護学講座疾病科学,
2福岡大学医学部薬理学,3福島医科大学医学部薬理学)

 我々は,モルモットの単離心筋細胞を用いてホールセルクランプ法によりINCXとそれ以外の膜電流を記録し,それら電流に対するSN-6の作用を検討したので報告する。両方向型INCX,片方向型外向きINCX,片方向型内向きINCXはランプ波で記録した。それぞれの条件は細胞内液と細胞外液の組成を変えることによって整えた。SN-6は濃度依存性に両方向型電流を抑制した。両方向型外向き電流と内向き電流に対するSN-6 の IC50値はそれぞれ2.3mM ,1.9mMであった。片方向型外向き電流のIC50値は0.6 mMであった。片方向型内向き電流に対する作用は10 mM の高濃度でも22.4%の抑制を示すに過ぎなかった。また,両方向型外向き電流に対して細胞内Na+濃度依存性にSN-6の抑制は強くなった。ピペット内にトリプシンを投与すると,SN-6のNCX電流に対する抑制作用は変化しなかった。このことは,SN-6のNCX電流に対する抑制作用は細胞内側からではないことが示唆される。以上から,SN-6は,同じ誘導体であるKB-R7943類似のNCX抑制作用と抑制形式を示した。

 さらに,心室筋細胞で,活動電位をカレントクランプ法,電位依存性膜電流であるNa電流,Ca電流,K電流をホールセルクランプ法で記録し,それぞれに対するSN-6の作用を調べた。10mMのSN-6はNa電流,Ca電流,K電流を抑制し,活動電位幅を短縮させた。同じベンジルオキシフェニル誘導体と比較すると,SN-6は,SEA0400よりもINCXを抑制する濃度は高く選択性も低いが,KB-R7943と同程度の効力を持つNCX抑制薬であることが示唆された。

 


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