生理学研究所年報(第27巻)

生理学研究所年報　第27巻
研究会報告

5．収縮の調節蛋白質ー構造，機能および疾患ー

2005年10月25日－10月28日
代表・世話人：栗原　敏（東京慈恵会医科大学生理学講座第2）
所内対応者：岡田泰伸（生理学研究所）

（１）: トロポニンの構造と機能および疾患

大槻磐男（東京慈恵会医科大学）
（２）: 筋収縮のカルシウム調節メカニズムの構造的基礎

前田雄一郎（理化学研究所播磨Spring-8センター，ERATOアクチンフィラメント動態プロジェクト，
名古屋大学大学院理学研究科）
（３）: 筋収縮制御タンパク質トロポニンとアクチンの結合の構造基盤

若林健之（帝京大学・理工系・バイオサイエンス）
（４）: 蛍光測定からみた再構成骨格筋細いフィラメントの構造変化

三木正雄（福井大学工学部生物応用化学科）
（５）: スピンラベルEPRによるトロポニンのアクチンフィラメントにおけるカルシウム構造転移の研究

荒田俊昭（大阪大学大学院理学研究科）
（６）: アカザラガイ閉殻筋トロポニンIペプチドを結合したトロポニンC C端ドメインの溶液構造

田之倉優（東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻）
（７）: ウサギ骨格筋a-トロポミオシンの結晶構造解析：柔軟なcoiled-coil

似内　靖（理化学研究所播磨SPring-8センター構造生物化学研究室・
ERATO アクチンフィラメント動態プロジェクト）
（８）: 線虫C. エレガンスを用いたトロポニンの筋発生と動物行動の解析

香川弘昭（岡山大学大学院自然科学研究科）
（９）: ΔK210心筋トロポニンT突然変異による拡張型心筋症マウス・ノックインモデル

森本幸生（九州大学大学院医学研究院臨床薬理学分野）
（10）: 心筋トロポニン(cTn)の臨床応用について

豊岡照彦（東北大学・先進医工学研究機構・生命機能分野）
（11）: フィザルムミオシンに見られるカルシウム阻害

小濱一弘（群馬大学大学院医学系研究科臓器病態薬理学）
（12）: 筋小胞体からのカルシウムによるカルシウム放出

遠藤　實（埼玉医科大学）
（13）: リアノジン受容体1型(RyR1)のCa²⁺誘発性Ca²⁺遊離CICRの増幅率調節異常
――悪性高体温症発症機序

小川靖男（順天堂大学医学部薬理学教室）
（14）: Ca²⁺オシレーションによる細胞機能制御

飯野正光（東京大学大学院医学系研究科・細胞分子薬理学教室）
（15）: 筋小胞体カルシウムATPaseによるイオンポンピング

豊島　近（東京大学分子細胞生物学研究所）
（16）: 筋収縮における細いアクチンフィラメントの構造変化の役割

若林克三（大阪大学大学院基礎工学研究科生物工学）
（17）: 自励振動現象(SPOC)におけるアクトミオシン分子モーターの協同的機能

石渡信一（早稲田大学理工学術院物理学科理工系大学院生命理工学専攻）
（18）: アクチンフィラメントの動的多形

柳田敏雄（大阪大学大学院・基礎工学研究科・システム人間系）
（19）: 電子顕微鏡とX線回折を用いたFアクチンの構造モデリング

小田俊郎（理化学研究所　播磨研究所　放射光総合利用センター，科学技術振興機構，ERATOアクチンフィラメント動態プロジェクト）
（20）: 二本足のリニアー分子モーターが「歩く」仕組み

木下一彦（早稲田大学理工学部物理学科）
（21）: 急速凍結フリーズ・レプリカ電子顕微鏡法により明らかになったin vitro滑り運動中のミオシンクロスブリッジの動き

片山栄作（東京大学医科学研究所分子構造解析分野）

【参加者名】
平田雅人（九州大学大学院歯学研究院），吉岡利忠（弘前学院大学），石崎泰樹（群馬大学大学院医学系研究科分子細胞機能学），丸山敬（埼玉医科大学），岡田拓也（大阪大学大学院　基礎工学研究科　システム人間系），山田章（情報通信研究機構・関西先端研究センター），前田佳代（ERATO，前田アクチンフィラメント動態プロジェクト），木村澄子（千葉大学理学部生物学科），藤目杉江（個人参加），石川良樹（群馬大学医学系研究科臓器病態薬理），岡垣壮（三重大学生物資源学部），井上明男（大阪大学大学院理学部），田中悦子（横浜国立大学保健管理センター），西井清雅（東京医科歯科大学大学院），大塚由美子（東京慈恵会医科大学），渡辺賢（東京医科大学・生理学第一講座），Liou Ying-Ming(National Chung-Hsing University, Department of Life Science)，呉林なごみ（順天堂大学医学部薬理学教室），中村彰男（群馬大学大学院医学系研究科分子細胞機能学），植田啓介（大阪大学大学院理学研究科生物科学専攻），相原朋樹（大阪大学大学院理学研究科生物科学専攻），木邑智恵子（福井大学工学部），八木直人（財団法人高輝度光科学研究センター），村山尚（順天堂大学医学部薬理学教室），佐々木大輔（早稲田大学大学院理工学研究科生命理工学専攻），小澤鍈二郎（国立精神神経センター神経研究所），吉川武男（理化学研究所　脳科学総合研究センター），矢沢洋一（北海道教育大学・旭川校　健康福祉コース），尾島孝男（北海道大学大学院水産科学研究院海洋生物工学講座），田中啓之（北海道大学大学院水産科学研究院海洋生物工学講座），鈴木潜（北海道大学大学院水産科学院），浅井博（早稲田大学理工学部総合研究所顧問研究員），北澤俊(Boston Biomedical Research Institute)，杉本泰伸（大阪大学大学院基礎工学研究科），湯本史明（東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻），叶麗虹（南開大学），只野尚登（全薬工業（株）中央研究所　薬理研究部），大日方昴（千葉大学理学部生物学科），岡本洋（室蘭工業大学），本多元（長岡技術科学大学・生物系），水野裕昭（長岡技術科学大学・生物系），石島秋彦（名古屋大学工学研究科応用物理学専攻），佐藤治(University of Massachusetts Medical School, Physiology)，中郡昭人（順天堂大学医学部薬理学教室），樫山拓（順天堂大学医学部薬理学教室），小西真人（東京医科大学・生理学第一講座），山田武範（東京理科大学理学部物理学科），石井由晴(JST)，黒田正明（島根大学生物資源科学部生物科学科），本郷賢一（東京慈恵会医科大学・循環器内科），坂登光夫（全薬工業（株）），谷口美恵子（名古屋大学大学院工学部），河田溥（福岡大学医学部第二生理学），山口真紀（東京慈恵会医科大学・生理学講座第1），大野哲生（東京慈恵会医科大学・生理学講座第1），木村郁夫（東京慈恵会医科大学），葛西道生（大阪大学大学院），北浦孝（金沢大学保健管理センター），山根明（鶴見大学歯学部薬理学教室），宮崎淳一（山梨大学教育人間科学部），江藤真澄(Organization of Virginia School of Medicine)，豊田直二（熊本学園大学　社会福祉学部福祉環境学科），木村雅子（東京慈恵会医科大学・生理学講座第1），御橋広眞（日本福祉大学情報社会科学部），松岡由和（大阪大学大学院理学研究科），緒方道彦（九州大学），松尾龍人（大阪大学大学院基礎工学研究科），野々村禎昭（（財）微生物化学研究会），山下茂（東邦大学医学部生化学教室），植木正二（大阪大学大学院理学研究科生物科学専攻），盧群偉（九州大学大学院医学研究臨床薬理学），王媛媛（九州大学大学院医学研究臨床薬理学），草刈洋一郎（東京慈恵会医科大学・生理学講座第2），大内仁（東京慈恵会医科大学・生理学講座第2），森本智（東京慈恵会医科大学・生理学講座第2），福田紀男（東京慈恵会医科大学・生理学講座第2），宇髙潤（東京慈恵会医科大学・生理学講座第2），須田憲男（東京慈恵会医科大学・生理学講座第2），松葉道知（東京慈恵会医科大学・生理学講座第2），栗原敏（東京慈恵会医科大学・生理学講座第2），水野昇（生理学研究所），岡田泰伸（生理学研究所），小幡邦彦（理化学研究所），江橋節郎（生理学研究所），大沢文夫（愛知工業大学），大塚正徳（東京医科歯科大学大学院），Gergely, J.（Boston Biomedical Research Institute），Szent-Gyorgyi, A. G.（Brandeis大学），Hitchcock-DeGregori, S（Robert Wood Johnson医科大学），Solaro, R. J.（Chicago大学Illinois校），Moss, R. J.（Wisconsin医科大学），Sykes, B. D.（Alberta大学），Geeves, M.A.（Kent大学），Mogensen, J.（Skejby大学病院），Tobacman, L. S.（Chicago大学Illinois校），Huxley H. E.（Brandeis大学），Fletterick,R.（California大学San Francisco校）

【概要】
　生理的な筋収縮のカルシウム調節タンパク質トロポニンが，我国で発見されてから丁度40年を迎える。これまで世界の各国でこの代表的な機能タンパク質の構造と機能の研究が進められてきたが，最近，我国において遺伝性障害の系統的な機能解析が行われて新たに医学につながる展望が開かれたところである。結晶構造解析の結果も報告されて構造生物学的な基盤が構築され，ポストゲノムの機能タンパク質研究の典型例となることが予想される状況になってきた。長い間不明のまま残されてきた医学的な側面についても，心臓難病の各種遺伝性疾患を引き起こすトロポニン遺伝子異常が相次いで見出されて系統的な機能解析が行われ，病因の鍵を握る調節機構の異常が明らかになってきた。その他の調節タンパク質についても最近では生理機能を指向した研究が盛んに行われている。本研究会ではこれらの筋収縮調節タンパク質の構造，機能および遺伝性障害について第一線の研究者が参集して多角的な討論を行い，今後の発展の方向を探ることを目的としている。3日間にわたって約30人が講演し，一般参加者約100人を交えて討論を行った。主要な内容は，1)トロポニン-トロポミオシン調節機構（大槻，前田，若林〈健〉，三木，荒田，田之倉，似内，香川），2)心筋収縮調節と疾患（森本，豊岡），3)ミオシン連関調節機構（小浜），4)興奮収縮連関と疾患（遠藤，小川，飯野，豊島），5)収縮蛋白質（生筋X線回折）（若林〈克〉），6)モーター蛋白質（石渡，柳田，小田，木下，片山），である。

　なおこの研究会は，トロポニン発見40周年記念国際シンポジウムおよび第33回生理研カンファレンス（オーガナイザー；大槻，岡田：講演者；国外11人，国内21人）と同時に行われた。

（1）　トロポニンの構造と機能および疾患

大槻磐男（東京慈恵会医科大学）

　我国においてトロポニンが発見されてから今年でちょうど40年を迎える。トロポニンは生理的なカルシウム収縮調節のカルシウム受容タンパク質であり，生きた筋肉内でアクチンフィラメント上に周期的に分布している。このタンパク質はトロポミオシンとともに働いて，生理的な条件下でミオシンとアクチンの収縮反応にカルシウム感受性を付与する。1960年代後半の一連の研究によりトロポニン-トロポミオシンによる横紋筋収縮弛緩の抑制―脱抑制型調節機構が確立された。

　トロポニンは，現在では3つの異なる成分（サブユニット；トロポニンC，I，T）から構成される複合タンパク質であることが確定している。トロポニンIによる抑制をトロポニンCが脱抑制が制御のキーステップと考えられるが，この2成分だけでは脱抑制はカルシウムに依存せず，さらに第3の成分としてトロポニンTが加わってはじめてカルシウム感受性収縮調節能が発現する。トロポニンT分子はアクチンフィラメント軸に沿って配向する二つのドメイン（T1およびT2）から構成され，カルシウム感受作用は分子のC端側を占めるT2ドメインに局在することが判明している。

　トロポニンの医学における意義は長い間不明のまま残されてきたが，近年各種家族性心筋症の遺伝子解析が行われて，トロポニンを含むサルコメアタンパク質に起因することが明らかとなってきた。肥大型心筋症(HCM)ではトロポニンの変異が他の変異と比べて経過が悪性なことも報告されているが，わが国でその網羅的な機能解析が行われカルシウム感受性増大が発症の鍵を握る機能変化であることが突き止められている。臨床的に肥大型とは対照的な拡張型心筋症(DCM)を引き起こすトロポニン変異では逆にカルシウム感受性の低下が起こることも判明した。拘束型心筋症(RCM)に関与するトロポニンI変異ではカルシウム感受性の大きな増加作用を示す結果が得られている。

（2）　筋収縮のカルシウム調節メカニズムの構造的基礎

前田雄一郎（理化学研究所播磨SPring-8センター，ERATOアクチンフィラメント動態プロジェクト，名大大学院理学研究科）

　江橋らによるアクチンフィラメント複合体（アクチン，トロポミオシンTm，トロポニンTnより成る）の分子模型は調節のカルシウム説の確立に際して重要な役割を果たした。これから調節のメカニズムを解明するためには，分子模型を原子構造に置き換える必要がある。1998年に我々はTnCとTnIのN端断片(1-47)の小さな複合体の結晶構造を解明した。ここに含まれる蛋白質の相互作用の構造と科学的推論により，ここに含まれないもう一つのTnC-TnI相互作用部位の構造を提案することができた。この第二の相互作用は，TnCへのカルシウム結合によって誘起されること，TnIとアクチンの間の相互作用と拮抗するとの理由から，カルシウムによって駆動される分子スイッチの本体である。これは，低カルシウム濃度でアクチン・ミオシンの相互作用を阻害し，高カルシウム濃度でその阻害を解除する。

　2003年にはヒト心筋のコア・ドメイン(TnC-TnI-TnT₂)の結晶構造を解明した。これによって分子スイッチについての上記推論が正しかったことがはっきりした。また，Tnの全体の構造もわかったが，分子スイッチの情報がさらにTmとアクチンに伝搬されるかについては未解明である。

　生理学によると，Tn-Tmの機能は，カルシウム濃度によってアクチン・ミオシンの相互作用が阻害―解除されるというスイッチ・メカニズムと，Tnの存在そのものがアクチン・ミオシン相互作用を活性化するという2つの要素メカニズムに分解できることを示してきた。前者のスイッチ・メカニズムの輪郭はわかってきたと思われるが，後者の活性化メカニズムの理解は今後の課題である。

　これらメカニズムを理解するには分子の結晶構造だけでは不十分で，分子の動態を理解することが必要であろう。特に，心筋症を引き起こすTnの変異とそれに起因する機能変調が解明されているので，これら変異蛋白質での動態の異常が発見されれば，アミノ酸変異―動態の異常―機能変調の相関を解明することがでよう。

　Tnコアドメインの骨格にはTnI-TnTの間に形成されるcoiled-coil構造がある。この中点近辺にGlu-244-Asp(TnT)とLys-247-Arg(TnT)の2つの心筋症発症変異が見つかっている。Coiled-coilのこの部分は曲がりやすくなっているが，他方coiled-coilのTnT側では第三のへリックスが隣接して空間に余裕がない。Glu-244-Aspの変異はこの部分に隙間を生じcoiled-coilを更に曲がりやすくすると考えられる。

　以上のような考察が妥当であるかどうか実験的に検証する必要がある。分子の動態を計測する方法が必要とされている。

（3）　筋収縮制御タンパク質トロポニンとアクチンの結合の構造基盤

若林健之（帝京大学・理工系・バイオサイエンス）

　筋収縮は細いフィラメントと太いフィラメントとの“滑り運動”によって生じている。骨格筋，心筋では，この“滑り運動”は細いフィラメントの構造変化によって制御されている。最も受け入れられている細いフィラメントの制御モデルは，カルシウムによってトロポニンが構造変化を起こし，トロポミオシンの位置をシフトさせるというものである。そしてシフトしたトロポミオシンはアクチン上のミオシン結合領域を覆い，ミオシン結合を阻害すると考えられている。現在，アクチン，トロポニン，トロポミオシンの個々の原子構造はほぼ解かれているものの，お互いどのように相互作用し，“滑り運動”を制御しているかは不詳である。お互いの相互作用を明らかにするために，まずNMR分光法によって分子量52KのトロポニンT₂CI複合体のなかに6.1kDaのモバイルドメインがあることが分かりその原子構造を決定した。このモバイルドメインはクライオ電子顕微鏡で観察されていたトロポニンアームと大きさと外形が一致した。トロポニンアームはトロポニンのアクチン結合部位として同定されてきたが，その原子構造やアミノ酸残基は不明であったが，今回のNMR分光によって，それらが明らかとなった。モバイルドメインのみを大腸菌で発現し，精製後アクチンフィラメントに結合させ，クライオ電子顕微鏡解析によってアクチンフィラメント上での結合位置がトロポニンアームと同じであることを確認した。モバイルドメインとアクチンは11個の塩橋を介して静電的に結合しており，そのうち6残基の変異は家族性心筋症をもたらすことが知られている。これらの知見に基づいて，細いフィラメントの電子顕微鏡密度マップ(Narita et al., 2001)にトロポニン，トロポミオシンの原子構造をドッキングし，低Ca濃度での細いフィラメントの原子モデルを構築した。このモデルでは，TnIのC端領域はアクチンの外側ドメインにカルシウム依存的に結合し，これに引っ張られたトロポニンのコイルドコイル領域は高Ca濃度でのトロポミオシンの位置とはクラッシュする。その結果，トロポミオシンを低Ca濃度での位置へと押すことが推測された。実際，低Ca濃度でのトロポミオシンとトロポニンのコイルドコイル領域は互いに接している。トロポニンコイルドコイル領域によって引き起こされたトロポミオシンシフトの結果として，7分子のアクチンの内で少なくとも4分子のアクチンのミオシン結合部位を覆うことになる。この結果は低Ca濃度では70%のアクチンのみが，ミオシンと結合できない状態になるという三状態モデルとも良く一致する。筋肉弛緩の分子機構を提唱した(Murakami et al., 2005)。

（4）　蛍光測定からみた再構成骨格筋細いフィラメントの構造変化

三木正雄（福井大学工学部生物応用化学科）

　アクチンフィラメント上のトロポミオシン-トロポニンは細胞内のカルシウム濃度によりアクチン-ミオシン相互作用を制御している。私達は骨格筋細い繊維は収縮と弛緩状態に応じてどのような構造変化をするのかを検出する目的で蛍光共鳴エネルギー移動法を用いて研究してきた。共鳴エネルギー移動供与体のプローブをトロポニン(Tn)サブユニットのTnI，TnTやトロポミオシンの特異的な部位に結合し，一方共鳴エネルギー受容体のプローブをアクチンの特異的部位に結合させた。これらプローブ間の蛍光エネルギー移動測定はTnIやTnTが細い繊維の3状態(relaxed, closed, open states)に対応して，細い繊維上で位置を変えることを示した。プローブをTmの全長にわたって，特異的な位置につけてアクチンにつけたプローブとの間の蛍光エネルギー移動を測定したが，カルシウム濃度変化による蛍光エネルギー移動効率の顕著な変化は検出できなかった。このことは，トロポミオシンが細い繊維上で位置を変えないことを示唆している。トロポミオシンは7つの相同領域をもつが，この2-4の領域を削除したD234Tmはカルシウムの有無によらずミオシンのATP加水分解活性を阻害することが知られている。この機能的に障碍のあるトロポミオシンを使って再構成した細い繊維上でトロポニンの位置変化は損なわれていることが分かった。このことは，トロポニンの動きが細い繊維の生理的機能状態に密接に関連していることを示唆している。ストップトフロー法と組み合わせたTnIやTnTとアクチン間の蛍光エネルギー移動測定により，細い繊維の3状態間でのトロポニンのスイッチとしての動きの速度定数を決めた。TnIやTnTの動きの速度定数を測定は，トロポニン複合体に生じるカルシウムスイッチ機能として一連の構造変化は同期して生じることを示した。3状態間のトロポニンの動きの速度は，これら動きが筋収縮の制御に密接に関わっていることを示すに十分早いものであった。トロポミオシンが動くというのは，筋収縮制御の立体障害説においては不可欠の事象であるが，蛍光エネルギー移動はトロポミオシンのいかなる動きも示さなかった。そこで，私達はトロポミオシンはアクチン-ミオシン相互作用を立体障害することによってではなく，トロポミオシン−トロポニン複合体が，アクチン繊維の分子間や分子内の柔軟性を，細い繊維の3状態に対応して制御することにより筋収縮を制御しているのではないかという新しい制御モデルを提唱している。

（5）　スピンラベルEPRによるトロポニンのアクチンフィラメントにおけるカルシウム構造転移の研究

荒田俊昭（大阪大学大学院理学研究科）

　部位特異的スピンラベルEPRによりトロポニン及びトロポミオシンの構造について研究している。心筋トロポニン(Tn)CのN-ドメインG42C (B helix)とC84 (D helix)をスピンラベルしその間の距離をEPRスペクトルより計測したところ，18.4 Å (-Ca)であり，Q58C (C helix)とC84 (D helix)の距離は，18.3 Åであった。カルシウムにより～3 Å長くなりN-ドメインがclosed-open転移がおきることがわかった。TnIとの複合体形成によっても，Q58C (C helix)とC84 (D helix)の距離は変化しないが，G42C (B helix)とC84(D helix)の距離は半分程度変化するので，B helixの動きが，カルシウム結合の親和性を上げることに寄与している可能性を示唆した。さらに，パルスELDOR法によって，スキンド筋肉内に交換導入した心筋TnCのC35とC84のスピン間距離を測定した。カルシウム非存在下では，26.0 （TnC単独）と27.2 Å（筋肉）となった。カルシウム存在下では筋肉では23.2 Åに減少したが，TnC単独では殆ど変化がなかった。

　たんぱく質ドメインの回転動態や配向試料における角度をEPRで測定するためには2価性スピンラベルをたんぱく質表面へ固く結合させる必要がある。我々は光学異性体C2キラルの2価性5員環スピンラベル(S,S)-1と(R,R)-1を合成・精製し，骨格筋TnCのダブルシステイン置換変異体（セントラル・ヘリックス94Cと101C）と反応させた。スピンラベルしたTnCをスキンド筋肉に交換により導入して再構成した。交換された筋肉のCa制御機能は維持されたままであった。硬直状態の筋肉標本を線維軸と磁場とを平行にセットしたときのEPRスペクトルは，ランダム試料のそれと殆ど同じであった。このことは，TnCのセントラル・へリックスはアクチンフィラメント軸に対して広い角度分布をとっている可能性を示唆した。

　骨格筋TnIのswitch segment付近のC133にスピンラベルしたところ，TnC-I-T複合体単独では，カルシウム除去によりラベルの運動性が増大し，C133領域がTnCから解離したことを示唆した。再構成した細いフィラメントではカルシウム存在下のラベル運動性はTnC-I-T複合体単独の場合と同じであるが，カルシウム除去により固定化がおこった。この固定化はスピンラベルTnIとアクチンだけで形成したフィラメントにおける運動性と同じであった。このことはカルシウム除去によりTnCから解離したC133領域がアクチンと結合することを示唆する。C133とTnCのC44のスピンラベル間距離をパルスELDORで測定したところ30 ± 0.5 Å (+Ca)となり，結晶モデルに近い値となった。また小さい半値幅からC133領域がTnCのN-ドメインにかたく固定されていることを示唆している。

（6）　アカザラガイ閉殻筋トロポニンIペプチドを結合したトロポニンCC端ドメインの溶液構造

田之倉優（東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻）

　無脊椎動物トロポニンCは4つのEFハンドモチーフをもつものの，脊椎動物トロポニンCよりもCa²⁺結合数が少ない。無脊椎動物であるアカザラガイの閉殻筋トロポニンCは，4つのEFハンドモチーフの内，最もC末端側のSite IVにのみCa²⁺を結合する。このアカザラガイトロポニンCの構造変化と機能制御について明らかにするために，トロポニンI_129-183を結合したトロポニンCのC端ローブについて，多核多次元NMRを用いた溶液構造解析を行った。TnI_129-183は，脊椎動物骨格筋速筋トロポニンIのN末端領域に相当するペプチドであり，トロポニンCのC端ローブに結合する。NOEおよび角度情報により決定されたトロポニンCのC端ローブは，4つのa-へリックスと2つのb-ストランドから成っていた。また，2つのb-ストランドは，短い逆平行b-シートを構成していた。この構造は，EFハンド型Ca²⁺結合タンパク質として開いたコンフォメーションをとっていた。このことから，アカザラガイトロポニンCのC端ローブに始まる筋収縮制御シグナルが存在することが示唆された。

（7）　ウサギ骨格筋a-トロポミオシンの結晶構造解析：柔軟なcoiled-coil

似内　靖（理化学研究所播磨SPring-8センター構造生物化学研究室・
ERATOアクチンフィラメント動態プロジェクト）

　トロポミオシン(Tm)は，284残基400Åの長さのcoiled-coil蛋白質であり，骨格筋，および，心筋において，トロポニンとともにカルシウム濃度による筋肉の張力調節に関わっている。

　全長Tmの結晶構造解析に関しては，多くの試みにも関わらず7Å分解能の結果が登録されているのみである。これは，Tm分子特有の柔軟性が良質の結晶成長の妨げになっているためであると考えられるが，他方，この柔軟性自体がTmの本質的な機能，および，カルシウム調節に関与しているとも考えられれる。

　近年，断片化したトロポミオシンが良好な結晶を作り得ることがわかり，Tmの原子分解能結晶構造解析の糸口が見つかったものの，Tmがトロポニンコアと相互作用すると言われている機能的に重要な部位，すなわち，TmのCys 190周辺はいまだ解析されておらず，依然として詳細は不明であった。

　本研究室では，N末端側にGCN4配列を付加したトロポミオシンのC末端側断片を6種類作り，そのうち，176 -284残基を含む断片についての結晶構造解析に成功した。その結果，Heptad repeatが保たれているcoiled-coil構造が明確に曲がっており，また，局所的にみるとcoiled-coil構造のパラメータが変化している等，構造的に興味深い点が多々存在するので，ここにその結果を紹介したい。

（8）　線虫C. エレガンスを用いたトロポニンの筋発生と動物行動の解析

香川弘昭（岡山大学大学院自然科学研究科）

　線虫は2002年ノーベル賞生理学医学賞のS. Brenner, J. Sulston, R. H. Horvitzらが「器官発生と計画的細胞死の遺伝学的解析」の研究に用いた動物で今や人の研究にも欠かせないモデル生物である。遺伝子の全塩基配列と受精卵から成虫に至るまで約千の全細胞系譜が明らかにされ，いろいろな性質に対するたくさんの変異線虫が単離されており，誰にでも利用出来るようなサービス網が確立されている。私はミオシン重鎖遺伝子の全塩基配列を全生物で初めて決定したJ. Karnのもとでパラミオシン遺伝子の構造決定をした後，しばらく筋肉形成過程の研究をしていたが，筋収縮で面白いカルシウム制御系の，トロポニンの遺伝子解析を手がけた。幸いにも動物で初めてトロポニンC変異体の解析を行い論文に発表した。この解析が可能になったのは線虫では致死変異体(m/m)もヘテロな状態(m/+)で飼う事が出来るからであった。江橋先生に「トロポニンCの無い動物はどうなりますか」と尋ねたところ，帰ってきた返事は「死ぬでしょう」であった。今回この答えに対する科学的解析結果を報告する。

　線虫のトロポニンCには他の無脊椎動物のようにカルシウム結合部位が2つあり，それぞれの部位に変異を起した遺伝子を持つ線虫を作成してその発生過程と虫の行動を調べた。サイト2に変異を持つ線虫は途中まで野生型と殆ど変わらないが成虫になると動きが遅くなり，排卵や排泄が出来なくなった。おそらくサイト2へカルシウムが結合しない為に筋収縮の制御ができなくなったのだろう。興味あることに筋繊維の形態は野生型と変わらないのに周りの細胞の伸展異常も観察された。サイト4の変異したトロポニンCはカルシウム結合しないばかりかトロポニンIとも結合せず，筋繊維形成も起こらず線虫は致死になった。トロポニンCの末端のへリックス部分はトロポニンIとの結合に必須であるが，アミノ酸置換で末端へリックスの方向が変えると機能しなくなった。

　線虫を使うとこれまでのような蛋白質レベルの分子間相互作用に加えて，試験管内の結果が動物でどのようになるかを解析出来る。人の蛋白質には幾つかのアイソフォームが存在して解析が困難であるが，線虫モデルを使うと形態から生理まで，何がどのように起こるかを動物の成長過程を通して観察出来る。科学実験が素晴らしいのは，結果を基に次の解析が誰にでも出来ることである。

（9）　DK210心筋トロポニンT突然変異による拡張型心筋症マウス・ノックインモデル

森本幸生（九州大学大学院医学研究院臨床薬理学分野）

　拡張型心筋症を引き起こす心筋トロポニンT遺伝子DK210突然変異を導入したノックインマウスを作製した。このマウスは同じ変異をもつヒトに非常に類似した病態を示し，両心室内腔の拡張とともに心臓の明らかな拡大を示した。ヘテロ接合体ミュータントマウスの半数が7ヶ月令までに突然死し，ホモ接合体ミュータントマウスではより顕著な心拡大と両心室内腔拡張を生じ，すべてのマウスが6ヶ月以内に心不全に陥ることなく突然死した。インビトロおよびインビボの解析から，この拡張型心筋症モデルマウスではカルシウム感受性の低下による心筋収縮力低下に対する代償機構として心拡大と心室内腔拡張が生じ，心臓ポンプ機能自体はそれによって代償され正常に保たれていることが強く示唆された。心電図長期モニタリングにより，突然死は心室細動によるものであることが明らかになった。DNAマイクロアレイ解析により，このマウスの心臓ではホスホジエステラーゼ遺伝子発現量が有意に低下しており，それによるcAMP増加を通して細胞内カルシウムトランジェント・アンプリチュード増加が生じていることが示唆された。以上の結果から，カルシウム感受性の低下による心筋収縮力低下に対する機能的代償機構として細胞内カルシウムの増加が生じているが，同時におそらく細胞内カルシウム過負荷による不整脈発生の危険性を高めることによって心室細動による突然死を導くと考えられる。

（10）　心筋トロポニン(cTn)の臨床応用について

豊岡照彦（東北大学・先進医工学研究機構・生命機能分野）

　急性心筋梗塞の生化学的診断として血中クレアチンキナーゼ活性が有用であることは，杉田，江橋と沖中によって報告された。クレアチンキナーゼ(CPK)の中でも心筋細胞内に選択的に含まれるMB型は現在でも心筋細胞膜が障害されて細胞内から，リンパ液として流出し，胸管から大循環に入り，最終的に循環血液中で検出されるCPK活性は，心筋障害を示す有力な証左となる。血中の経時変化として虚血発症2時間後から検出され始め，6時間後にピークに達し，後は漸減して48時間後には検出されなくなる。従って，臨床的に発症後3日以上経過した症例では診断が困難になる欠点が有った。最近は活性でなく，免疫学的にELISAやラジオイムノアッセイとしてCPKタンパクを検出する方法は感度が増すため，一部に用いられて来たが，特異性の点で脳内に存在するBB型クレアチンキナーゼと交差反応を示す難点が有った。

　こうした隘路を越える手段として心筋細胞に特異的に存在する蛋白が血中に漏出したレベルにより心筋細胞膜障害の診断材料として，近年心筋のトロポニン-I(cTn-I)，またはトロポニン-T(cTn-T)が注目されている。cTn-IとcTn-Tは心筋細胞内で80-90%がthin filament上のトロポミオシンと結合しているが，残りは細胞質内に浮遊して，前者と動的平衡状態に有ると考えられている。細胞膜の傷害により心筋虚血発症後，約4時間後から血中で検出され始め，18時間後にピークに達した後，減少するが24時間後に再度増加して2相性を示す。前者は細胞質に浮遊していた成分を，後者はthin filamentからの離脱を反映すると考えられる。実際，イヌの冠動脈結紮により心筋梗塞モデルを作成して，虚血部から天然アクトミオシン(NAM)を作成して江橋らの方法で超沈殿測定を行うと，NAMの超沈殿現象は起こるがCa²⁺感受性のみ低下する。これはミオシンとアクチンの機能は虚血部でも長時間保たれるが，収縮調節系のタンパクが選択的に失活して行くプロセスを示唆する。この現象は結紮4時間後に心内膜側から始まり，6時間目には心内膜，心外膜両者で認められ，24-48時間後にはCa²⁺感受性が完全に消失する。SDSゲル電気泳動の結果，cTn-IとcTn-Tが選択的に減少したことから説明される。

　以前は抗体の特異性が低く，骨格筋由来のタンパクと識別できなかったため，骨格筋損傷も含む胸部外傷や腎機能低下状態では診断に支障を来たした。これはepitopeを厳選して，高力価の抗体により解決された。また，cTn-IとcTn-Tの間には検出感度に大差が無く，むしろ抗体の力価が有用性を決定すると思われ，世界的には両方が用いられている。

　更にcTnの有用性は最近，大きな広がりを見せ，急性心筋梗塞，各種の心筋炎や心臓外傷の診断の他に，患者の予後判定にも用いられる事から，緊急手術適応から治療不要の症例に至るまで，患者の治療に際して層別化する際の有力な判断根拠として最も信頼される指標となっている。

（11）　フィザルムミオシンに見られるカルシウム阻害

小濱一弘（群馬大学大学院医学系研究科　臓器病態薬理学）

　フィザルムミオシンIIアイソフォームには特異な性質があり，このCa²⁺結合した場合，ATPaseとモーター活性が阻害される。ミオシンの構造，機能そして制御をさらに解析するためミオシンの活性部位，即ちヘビーメロミオシン(HMM)を発現蛋白質化した。即ち，HMM部分を作るミオシン重鎖，Ca結合軽鎖及びリン酸化軽鎖のcDNAをすべてクローニングし，これらを組み込んだバキュロウィルスを作成した。Sf-9細胞を感染させ，HMMを発現蛋白質として得た。そしてHis-Tagを手がかりにHMMを精製した。同時にCa結合軽鎖についてはEF-ハンドCa結合ループを作る3種のアミノ酸をアラニンに換えて，Ca²⁺の結合性を完全に失わせたミュータントを作り，HMMに組み込んだ。正常及びミュータントHMMはATPase活性を持ち，アクチンにより活性化された。カルモジュリン依存性蛋白質キナーゼのcDNAを新たにフィザルムより得て，大腸菌で発現させた。このキナーゼによりリン酸化軽鎖リン酸化させるとこのATPase活性はさらに上昇した。HMMのモーター活性は，インビトロオーティリティー・アッセイにより検出した。リン酸化により，活性は上昇し，Ca²⁺を欠損する時に速く，Ca²⁺の存在する時に遅くなった。しかしミュータントHMMではCa²⁺の有無にかかわらず速いままでカルシウム阻害が見られなかった。

（12）　筋小胞体からのカルシウムによるカルシウム放出

遠藤　實（埼玉医科大学）

　我々は，低濃度のカフェインが骨格筋のスキンド・ファイバーに一過性の大きな収縮を起こし，さらにそれが数分以上に及ぶ間隔で自発的に反復して起きる事実を発見し，そのメカニズムを追及して，カルシウム・イオン(Ca²⁺)自身が筋小胞体からのCa²⁺放出起こすことを見出した。この事実を我々は1968年の国際生理科学連合の会議で発表したが，同会議でFordとPodolskyもやや異なる実験事実から同じ結論を得て報告している。

　その後，我々はCa²⁺によるCa²⁺放出(calsium-induced calcium release[CICR])の諸性質を調べ，Ca²⁺放出作用のCa²⁺濃度依存性を明らかにし，高濃度のCa²⁺は逆にCa²⁺放出に抑制的に働くこと，Mg²⁺はCa²⁺のCa²⁺放出作用には競合的に拮抗するが，高濃度の抑制作用は共有すること，procaineはCICRのCa²⁺感受性を変えずにCa²⁺を放出すること，caffeineはCICRのCa²⁺感受性を高め，かつ最大Ca²⁺放出速度を増大すること，adenine化合物はCICRのCa²⁺感受性を変えずにCa²⁺放出を促進すること，等を次々に明らかにした。

　1980年代後半に，骨格筋小胞体のCa²⁺放出チャネル蛋白が生化学者たちによって単離，精製され，その一時構造も決められた。その単離はryanodineの特異的結合を利用して行われたので，得られたチャネル蛋白はryanodine受容体(RyR)と呼ばれる。現在RyRには骨格筋型(RyR1)，心筋型(RyR2)，脳型(RyR3)の3種が知られている。これらRyRは，脂質2重膜に埋め込むとすべてCICRの性質を示すことが明らかにされている。

　RyR1をノックアウトすると興奮収縮連関が遮断されるので，RyR1は生理的なCa²⁺放出チャネルである。しかし，骨格筋の生理的Ca²⁺放出はCICRを介するものではない。このことは，CICRの抑制薬が生理的Ca²⁺放出を全く抑制しないことから明らかである。すなわち，RyR1は生理的な刺激とCa²⁺による刺激に対してそれぞれ異なる開口モードで反応する。従来から知られているRyR1開口物質は全てCICRモードで開口するものであったが，我々は最近clofibric acid等が生理的モード類似の開口を起こすことを明らかにした。

　RyR1のCICRモード開口の異常は，吸入麻酔時に稀に起きる悪性高熱を引き起こす。Halothaneその他の吸入麻酔薬は全てCICRを促進するが，正常人ではそれによって何事も起こらない。しかし，悪性高熱患者はほぼ全ての骨格筋のCICRが亢進していて，その人たちのCICRが吸入麻酔によりさらに促進されると，Ca²⁺放出がCa²⁺ポンプの取り込み能を上回ってしまい，高濃度のカフェインを投与した時と同様な状況になって筋収縮が起こり，その結果，異常熱産生による高熱を発するに至る。悪性高熱に著効を示すdantroleneは実際CICRを抑制することも証明した。

　一方，哺乳動物の心筋では，骨格筋と違ってCICRが生理的興奮収縮連関のメカニズムであると考えられている。すなわち，興奮時に膜電位依存性Ca²⁺チャネルを通じて細胞外から流入したCa²⁺がRyR2を開口してCa²⁺放出を起こし，心筋収縮を惹起する。その際，CICRの比較的低Ca²⁺感受性と膜電位依存性Ca²⁺チャネルおよびRyR2の対向配置の結果，CICRの性質上起こりがちなall-or-none的Ca²⁺放出は起こらず，生理的要請に応じたCa²⁺放出量，したがって収縮力の調節が可能になっている。

（13）　リアノジン受容体1型(RyR1)のCa²⁺誘発性Ca²⁺遊離CICRの増幅率調節異常
―悪性高体温症発症機序

小川靖男（順天堂大学医学部薬理学教室）

　悪性高体温症(MH)は吸入性全身麻酔薬使用時に生じる頻脈，呼吸性及び代謝性アチドーシス，急激な体温上昇と持続的高体温，筋拘縮等の症状を伴う遺伝的疾患である。種々の遺伝子変異が報告されているが，主要なものは骨格筋Ca²⁺遊離チャネルであるRyR1のミスセンス変異である。報告されている変異部位はregion 1-3の3つの部分に集中している。しかしなぜCICRが亢進しているかについては未だ定説が無い。

　我々は精製したRyR1の活性は別のアイソフォームであるRyR3活性とほぼ同等であるが，筋小胞体(SR)でのRyR1は著しく活性が低い状態にあること，RyR精製に用いる表面活性剤であるCHAPSによりこの抑制が選択的に解除されることを見出した。

　Ikemoto らはRyR1のL2442－P2477に対応するDP4ペプチドがRyR1のCICR活性を選択的に促進するが，R2458C変異に相当するDP4-mutペプチドには作用が無いことを見出した。これらの結果を基にregion 1（RyR1の35-615に相当する部分）とregion 2（RyR1 の2000-3000に相当する部分）とが相互作用することによりCICR活性が低い状態にあるが，DP4やregion 2のR2458Cの変異はこのinterdomain interaction を弱めCICR活性を高めると結論し，interdomain interaction 仮説を提唱した。

　我々はCHAPSのCICR促進はDP4の作用と共通な機序によることを示した。つぎにヒトMHの動物モデルとしてよく知られているRyR1のR615C変異を持つブタストレス症候群を示すブタ骨格筋のSR小胞を用いて検討した。正常型，変異型共にRyR1の含有量，SDS-PAGE上の移動度に差は無かった。正常型RyR1の活性は抑制されているのに対し，変異型RyR1の活性が8-9倍高かった。Ca²^＋依存性，Mg²⁺感受性，ATP感受性，ダントロレン感受性，FKBP12感受性に両者に差が無いこともわかった。大量のPi存在下にATPでCa²⁺を取り込ませたSR小胞からのカフェインによるCa²⁺遊離を調べたところ，変異型の方がカフェイン感受性が見かけ上5倍程度高い事がわかった。

　以上のことは少なくともregion 1，2に変異を起こすMHでは両region間のinterdomain interaction が重要であることを支持する。

（14）　Ca²⁺オシレーションによる細胞機能制御

飯野正光（東京大学大学院医学系研究科・細胞分子薬理学教室）

　細胞内Ca²⁺濃度が周期的に増減するCa²⁺オシレーションは，細胞機能制御に深く関わっている。我々は，Ca²⁺オシレーションの生理的意義と発生メカニズムについて研究を進めてきた。まず，Ca²⁺依存性転写因子NFATの核移行と細胞内Ca²⁺濃度変化の関係を解析して，Ca²⁺オシレーションの意義を追究した。その結果，NFATは一過性のCa²⁺濃度上昇を脱リン酸化状態として7分間程度記憶するため，記憶保持時間よりも短い間隔でCa²⁺オシレーションが起こると核移行が生じる。これによってCa²⁺オシレーションの頻度による核移行制御が行われる。また，持続してCa²⁺濃度を上昇させる必要がないので，Ca²⁺オシレーションにはシグナル伝達の効率を高める意義があることが明確になった。次いで，オシレーションの発生機構を解析した。まず，Ca²⁺感受性ミュータントIP₃受容体を用いた実験により，IP₃受容体のCa²⁺感受性を介する自己再生産的Ca²⁺放出がCa²⁺オシレーション形成に必要であることを明らかにした。さらに，周期性を決定するメカニズムを明らかにするためCa²⁺ストア内Ca²⁺濃度を経時的にモニターした。その結果，小胞体とミトコンドリア間のCa²⁺のやり取りが周期を決定することが明らかになった。このような成果により，Ca²⁺オシレーションの意義と機構が明らかになってきた。

（15）　筋小胞体カルシウムATPaseによるイオンポンピング

豊島　近（東京大学分子細胞生物学研究所）

　骨格筋の筋小胞体カルシウムATPase(SERCA1a)はP型イオン輸送ATPaseを代表するカルシウムポンプであり，994残基の単一ポリペプチド鎖からなる膜蛋白質である。3つの細胞質ドメインと10本の膜貫通へリックスからなる。筋小胞体にあっては，筋収縮時に筋細胞中に放出されたカルシウムを筋小胞体中に取り込み，弛緩をもたらす。そのためにATPの化学エネルギーを利用する。我々はこのイオンポンプのX線結晶構造解析とその結果に基づく分子動力学計算に取り組んできた。現在，反応サイクル全体をカバーする6つの中間状態の構造を決定することができ，能動輸送の分子機構の概略は理解できたといってよい。また，ATPや燐酸化が何をしているのか，100%近いエネルギー変換効率が何故可能なのか，一見無駄にしか見えないプロトンの対抗輸送の役割は何なのか，といった本質的疑問にも答えられるようになってきた。本講演では，詳細に踏み込める時間的余裕はとてもないが，カルシウムATPaseによるイオンの能動輸送機構を原子構造から概観する。

（16）　筋収縮における細いアクチンフィラメントの構造変化の役割

若林克三（大阪大学大学院基礎工学研究科生物工学）

　筋収縮における力発生過程において，太いフィラメントから突き出たミオシンクロスブリッジと細いフィラメントのF-アクチンがATP加水分解の自由エネルギーを使って相互作用するときコンフォメーションを変え，それが力発生に関係すると云われている。しかしながら，力発生と関係するコンフォメーションの変化についての研究の多くはミオシンクロスブリッジに関するもので，それらはレバーアーム仮説をサポートするものである。力の発生はミオシンとアクチンフィラメントとの相互作用で起こるので，アクチンフィラメントはミオシンと等しく力発生のメカニズムに重要な役割を果たしているはずである。さらに，骨格筋の収縮はアクチンフィラメント上のトロポミオシンに結合したトロポニンへのカルシウムイオンの結合によってスイッチされ，アクトミオシン相互作用を調節することによって実現している。最近，細いアクチンフィラメントが収縮の全過程で構造変化を起しているという明確な実験結果が蓄積されている。本講演では我々のX線回折の研究で明らかにしてきた骨格筋の筋収縮の制御過程や力発生過程で起きている細いアクチンフィラメントの構造変化を示し，アクチンフィラメントの構造変化が筋収縮の制御やミオシンとの相互作用による力発生のメカニズムに直接的に関与していることを議論する。

　次に示す結果はこの議論に強く関係する実験事実である。(1)カルシウムイオンのトロポニンへの結合はアクチンフィラメントの左巻きらせんを緩めて短縮させる。続く，ミオシンと相互作用して力を発生する過程ではアクチンフィラメントは左巻きらせんを捻って伸長する。この伸長量はサルコメアの弾性要素の伸びの60%を占める。伸びの変化は張力発生と並行して起こる。(2)力発生中には細いフィラメントは，アクチンサブユニットのドメイン構造と制御タンパクTMの配置を変えることで4回回転対称性を強めるような構造変化を起している。(3)ミオシン頭部はATP加水分解中にレバーアームを大きく変化させる。この運動モードにはレバーアームのねじれと傾きの成分が主要なものとして含まれている。(4)ミオシンフィラメントもアクチンフィラメントと同様な捻れと伸びの変化を起している。筋収縮はこのような両フィラメントの弾性的な構造変化が共役することで実現されている。

　また，制御タンパク由来の反射の時分割測定から制御タンパク質の構造変化が2段階過程で起こることが示された。最近明らかにされたトロポニン分子のコアドメインの細いフィラメント上での配置がX線とFRETデータを基に解析され，コアドメインの長軸がトロポミオシンストランドと直交していることが示された。さらにトロポニンTの構造を考慮した解析が進められいると制御のおけるトロポミオシンシフト説に関する疑問が解かれるかも知れない。

（17）　自励振動現象(SPOC)におけるアクトミオシン分子モーターの協同的機能

石渡信一（早稲田大学理工学術院物理学科理工系大学院生命理工学専攻）

　1970年代初頭に行ったアクチンフィラメントの柔らかさの研究，とくにアクチン・トロポミオシン・トロポニン複合体の柔らかさがCa²⁺添加によって可逆的に上昇するという研究(Fujime & Ishiwata, 1971-1974)を思い起こし，この研究が江橋先生（文子先生）のもとでトロポニンの精製方法（若林変法）を教えていただいたことによることを述べる。その後，アクチンの柔らかさと，そのCa²⁺による制御やミオシンとの相互作用による変化が，筋収縮・制御機構に深く関与していることを期待しつつ研究を続けてきたが，決定打を出すまでに至っていない。今回は，筋収縮系に見られる自励振動現象(SPOC)のメカニズムと，この筋収縮系固有の性質が，心拍機能の基盤となっている可能性を述べる。すなわち我々は，ラット，ウサギ，（イヌ），ブタ，ウシの心臓から調製した細い心筋線維束が，ある濃度以上のCa²⁺濃度という生理的な環境下で，自発的に振動すること，しかもその振動周期が，それぞれの動物の静止心拍と直線関係にあることを見出したのである。発生力の振動は長続きしないが，光学顕微鏡でみると筋節の振動は長時間にわたって持続する。この事実をもとに，ペースメーカー細胞に始まる，Ca²⁺を仲立ちとする上位の制御機構は，この筋節固有の自励振動を同調させる役割を担っているという，全く新しい概念を提出する。

（18）　アクチンフィラメントの動的多形

柳田敏雄（大阪大学大学院・基礎工学研究科・システム人間系，
科学技術振興機構・ソフトナノマシンプロジェクト，
大阪大学大学院・生命機能・ナノ生体）

　タンパク質の構造は自由エネルギー最小値の近傍で安定化していると考えられている一方で，準安定な構造を多数持ち，熱エネルギーによってそれらの間をゆっくり揺らいでいるとも考えられている。近年，タンパク質内のヒステリシスの存在が実験的に示唆され(Lu 1998, Ishijima 1998)，タンパク質の遅い構造揺らぎがタンパク質の機能に重要な役割を果たしていると考えられるようになってきた。これまで我々は，アクチン分子は構造的な多状態を持ち，ミオシンとの相互作用によりその分布が変化する事を示してきた。我々は，従来の1分子蛍光エネルギー移動(FRET)顕微鏡を改良し，これまでより長い時間（～分）アクチン1分子内FRETを計測することでアクチンには秒オーダーの遅い構造揺らぎがあることを見いだした（光学的なシャッターを用いてドナーとアクセプターを交互に励起し，蛍光像をモニターすることでブリンキングとFRETを明確に区別した）。下図では，アクチンの構造が少なくとも3つの状態を秒オーダーの時間間隔で遷移していることを直接確認できる。FRET効率の時系列解析からアクチンの構造揺らぎの時間特性も調べた。観察された構造ゆらぎは，Fアクチンの回転に由来している可能性が高い。Fアクチンの回転を考慮した筋収縮の分子メカニズムを提唱する。

（19）　電子顕微鏡とX線回折を用いたFアクチンの構造モデリング

小田俊郎（理化学研究所　播磨研究所　放射光総合利用センター，
科学技術振興機構，ERATOアクチンフィラメント動態プロジェクト）

　アクチン重合体の構造モデルは高い精度で明らかになっていない。最近，2つの重要な結晶構造解析―forim-actinの複合体とcrosslink2量体―が行われた。これらの結晶中でアクチンは直線状重合体を形成していた。では，F-アクチンの螺旋構造形成に必要なものは何であろうか？　この問いに答えるために，Fアクチンの構造モデル作成を行った。まず，F-アクチンゾルを調製し，X線繊維回折パターンを記録した。次に，直線状重合体のサブユニットの向きにアクチンの結晶構造を置き，弾性体近似したアクチン分子の基準振動の方向に構造変化させ回折パターンとあわせ，最後に，回折とモデルの残差をエネルギー項に入れた分子動力学シミュレーションを行った。得られた構造変化は，ヌクレオチド結合クレフトの底面を支点とした2つのドメインの交差運動である。これにより，長いピッチのストランド内の第4サブドメインと第3サブドメイン，また，ストランド間の第4ドメインと第1ドメイン，が相互作用できる。この2つの相互作用は螺旋形成に必須で，この第4ドメインがそのkeyとなっている。

（20）　二本足のリニアー分子モーターが「歩く」仕組み

木下一彦（早稲田大学理工学部物理学科）

　ミオシンやキネシンなど，2本足のリニアーモーターは，2本の足に左右の区別がなく，しかも2本の脚（coiled-coilの分かれ目とmotor domainの間の部分を脚と呼ぶことにする）の付け根は2回対称の形でより合わさっている。Processiveな分子モーターがヒト並みに「歩く」とすると，2つの爪先を両方前方に向けて着地する瞬間があるはずだが，そのためには脚がよほど捻れやすくないといけない。実際，ミオシンの脚の付け根部分やキネシンの脚全体は，自在継ぎ手のように自由回転を許すように見える。

　自在継ぎ手の存在を認めると，持ち上げた脚を積極的に前方に振り出す仕掛けは存在し得ないから，ブラウン運動に頼らざるを得ない。ブラウン運動自身は前後を区別しないから，前方への着地を保証する仕掛けが必要である。多くの研究者は，ミオシンでは着地した足首の曲げによる脚の前方への回転，キネシンなら脚(neck linker)のドッキングにより，持ち上げた脚の付け根（ブラウン運動の支点）が前方に移動して，ブラウン運動が前方にバイアスされると考えている。

　本当にこれでよいのか。胴体部分に（光ピンセットなどで）後ろ向きに力をかけたら，前方バイアスどころか支点が後ろに引き戻されかねない。ミオシンVですら脚は堅くないし，キネシンのドッキングエネルギーは小さい。

　前方着地を保証するには，ヒトと同様，持ち上げた足の爪先を下に下げればよい。こうすると，脚が前方に振り出されたときは足裏がちゃんとレールに向くが，後方だとそっぽを向いてしまう。爪先上下（持ち上げた足首の曲げ伸ばし）は，結晶構造からも示唆される。

　後は，両足着地から後足を選択的に持ち上げる仕組み（石渡らが示した歪み依存の反応制御）を加えれば，2足歩行が可能に思える。

（21）　急速凍結フリーズ・レプリカ電子顕微鏡法により明らかになったin vitro滑り運動中の
ミオシンクロスブリッジの動き

片山栄作（東京大学医科学研究所　分子構造解析分野）

　ミオシン頭部S1にATPが結合するとレバーアーム部分が強く屈曲することが結晶回折により明らかになり，そのように屈曲したクロスブリッジがアクチンに結合したまま伸展して硬直複合体に移行することが滑り運動の張力発生の源であろうと想定する「レバーアーム首振り説」が提唱されている。われわれはその真偽を検証するために，空間分解能とコントラストの高い急速凍結フリーズ・レプリカ電子顕微鏡像を用いてアクトミオシンのin vitro滑り運動に伴うミオシン頭部の構造変化を解析してきた。原子モデル表面の凹凸からコンピュータ・シミュレーションにより作成したレプリカ画像を実際の観察により得られた電子顕微鏡像と比較することにより，滑り運動中には，これまで結晶回折では報告されていないATP型とは逆向きに屈曲したクロスブリッジが大半を占め，その構造は，ADP 存在下，SH1とSH2を化学架橋したミオシン（pPDM型）に酷似していることが判明した。この時，上位50K下位50Kサブドメインを含む面はアクチンにほぼ平行であるが，硬直複合体では同じ面はアクチンに垂直に近く，その間に頭部の長軸周囲の回転が起きる可能性が推定された。実際，pPDM型の構造を有する頭部がアクチン上で回転して結合方向を変え，硬直複合体に至る直前であろうと思われる画像も検出されたことから，レバーアームの伸展は確かに起きるが，構造変化の様式は従来の説とは異なりわれわれの見出した構造こそが，首振り直前に実現することが示された。以上の解析の結果，アクチン結合ミオシンは，アクチン軸に沿った，「揺れ」と見られる運動と，首振りに対応する前記の伸展運動の2種類の動きを行う可能性が示唆された。後の過程がミオシン-Vの「歩行」と称されるプロセッシブな運動に対応する可能性を推測し，歩行中のミオシン-Vの電子顕微鏡像を解析した。結果は想像された通りであり，ミオシン-Vの歩行運動においても，首振り直前の構造はATP結合型ではなく，われわれの見出した逆方向の屈曲構造を取る可能性が高い。柳田らは，ミオシンが1分子のATPを加水分解によりアクチンの進む距離は負荷の大きさにより可変であるとする化学・力学エネルギーの「ル－ス・カプリング」の概念を提唱しているが，上記の「揺れ」と「首振り運動」とを適切に組み合わせれば，そのような概念を合理的に説明することも可能かも知れない。



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