生理学研究所年報(第27巻)

生理学研究所年報　第27巻
研究会報告

6．細胞死の新たな生理機能と病態における意義

2005年10月17日－10月18日
代表・世話人：垣塚　彰（京都大学大学院・生命科学研究科）
所内対応者：岡田　泰伸（自然科学研究機構・生理学研究所）

（１）: Fas/FADD/FLIPと細胞の増殖・分化

米原　伸（京都大学大学院・生命科学研究科・高次遺伝情報学分野）
（２）: M期染色体凝縮の異常によって，eEF1A1/EF-1aの発現低下を介する新しい細胞死が誘導される

小林　洋平（京都大学大学院・生命科学研究科・高次遺伝情報学分野）
（３）: Fasリガンドによるアポトーシスと炎症とがん

須田　貴司（金沢大学がん研究所・分子標的薬剤開発センター）
（４）: 抗原によるBリンパ球アポトーシス制御の機構と免疫応答

鍔田　武志（東京医科歯科大学大学院・疾患生命科学研究部・高次生命制御部門・高次生体制御学）
（５）: Akt経路による新たな細胞死抑制機構
後藤　由季子，岩井　謙一（東京大学・分子細胞生物学研究所・情報伝達研究室）
（６）: ショウジョウバエ成虫脳における細胞死と神経傷害に依存的なグリア細胞の増殖

加藤健太郎^1,2，粟崎　健^1,3，伊藤　啓^1,2
（¹東京大学・分子細胞生物学研究所，²科学技術振興機構・BIRD，³科学技術振興機構・PRESTO）
（７）: 変態中に退縮している尾で発現しているmatrix metalloproteinase-9遺伝子の解析

矢尾板　芳郎（広島大学大学院・理学研究科附属両生類研究施設・発生遺伝学研究部門）
（８）: 傷害ミトコンドリアの排除機構

柳　　茂（東京薬科大学・生命科学部・分子生命科学科・分子生化学研究室）
（９）: ショウジョウバエ食細胞によるアポトーシス細胞の認識機構

中西　義信（金沢大学・医学系研究科, 薬学部・生体防御応答学分野）
（10）: マクロファージによるインフルエンザウイルス感染細胞のアポトーシス依存貪食機構と意義

白土　明子（金沢大学大学院・医学系研究科, 薬学部・生体防御応答学分野）
（11）: フォスファチヂルセリン依存の貪食

長田　重一（大阪大学大学院・生命機能研究科・時空生物学講座・遺伝子研究室）
（12）: 小胞体ストレス応答の多様性

今泉　和則（宮崎大学・医学部・解剖学講座・分子細胞生物学分野）
（13）: ドーパミンニューロンの機能発現と病態におけるPael受容体/GPR37の役割

高橋　良輔（京都大学大学院・医学研究科・脳病態生理学講座・臨床神経学）
（14）: 神経変性疾患におけるVCPの役割の解析

垣塚　彰（京都大学大学院・生命科学研究科・高次生体統御学分野）
（15）: VCPの活性調節機構の解析

野口　昌克（京都大学大学院・生命科学研究科・高次生体統御学分野）
（16）: NF-kBによる活性酸素産生の抑制のメカニズム

中野　裕康（順天堂大学・医学部・免疫学）
（17）: カスパーゼの生体機能：アポトーシス非依存的な役割

三浦正幸，嘉糠洋陸，倉永英里奈（東京大学大学院・薬学系研究科・遺伝学教室）
（18）: 雄性外生殖器形成における細胞死シグナルの関与

倉永英里奈，三浦正幸（東京大学大学院・薬学系研究科・遺伝学教室）
（19）: 細胞縮小はアポトーシスに必要・十分条件か？

岡田　泰伸（生理学研究所・機能協関部門）
（20）: Bcl-2による種々の細胞死機構の制御

辻本　賀英（大阪大学大学院・医学系研究科・遺伝子学教室, 科学技術振興機構）
（21）: 拮抗して細胞の運命を決定するストレス応答キナーゼJNK，p38-MAPK

和田悌司，仁科博史（東京医科歯科大学・難治疾患研究所・発生再生生物学分野）
（22）: DNA損傷によって誘導されるSAPK/JNK活性化の分子機構性

仁科　博史¹，北川　大樹²，浦　誠司²，根岸　崇大²，和田　悌司¹，堅田　利明²
（¹東京医科歯科大学・難治疾患研究所・発生再生生物学分野，
²東京大学大学院・薬学系研究科・生理化学教室）
（23）: ASKファミリーによる細胞死とストレス応答の制御

一條　秀憲（東京大学大学院・薬学系研究科・細胞情報学教室，CREST）

【参加者名】
垣塚　彰（京都大学　大学院生命科学研究科），安田　邦彦（京都大学　大学院生命科学研究科），野口　昌克（京都大学　大学院生命科学研究科），加藤　成芳（京都大学　大学院生命科学研究科），紺谷　千穂（京都大学　大学院生命科学研究科），福士　順平（京都大学　大学院生命科学研究科），中西　義信（金沢大学　医学系研究科），白土　明子（金沢大学　医学系研究科），渡邉　郁子（金沢大学　医学系研究科），橋本　優実（金沢大学　自然科学研究科），柳　　茂（東京薬科大学　生命科学部），仁科　博史（東京医科歯科大学　難治疾患研究所），和田　悌司（東京医科歯科大学　難治疾患研究所），浦　　誠司（東京大学　大学院薬学系研究科），根岸　崇大（東京大学　大学院薬学系研究科），長田　重一（大阪大学　生命機能研究科），鍔田　武志（東京医科歯科大学疾患生命科学研究部），渡辺　幸造（東京医科歯科大学　難治疾患研究所），三浦　正幸（東京大学　大学院薬学系研究科），嘉糠　洋陸（東京大学　大学院薬学系研究科），倉永　英里奈（東京大学　大学院薬学系研究科），粟崎　健（東京大学　分子細胞生物学研究所），加藤　健太郎（東京大学　分子細胞生物学研究所），米原　伸（京都大学　大学院生命科学研究科），大串　雅俊（京都大学　大学院生命科学研究科），小林　洋平（京都大学　大学院生命科学研究科），中津海　洋一（京都大学　大学院生命科学研究科），高橋　涼香（京都大学　大学院生命科学研究科），中野　裕康（順天堂大学　医学部），中島　章人（順天堂大学　医学部），一條　秀憲（東京大学　大学院薬学系研究科），梅田　剛（東京大学　大学院薬学系研究科），河野　泰秀（東京大学　大学院薬学系研究科），関根　悠介（東京大学　大学院薬学系研究科），早河　輝幸（東京大学　大学院薬学系研究科），後藤　由季子（東京大学　分子細胞生物学研究所），岩井　謙一（東京大学　分子細胞生物学研究所），森永　光一郎（東京大学　分子細胞生物学研究所），長谷川　強（東京大学　分子細胞生物学研究所），清水　重臣（大阪大学　大学院医学系研究科），高橋　良輔（京都大学　大学院医学研究科），王　華芹（京都大学　大学院医学研究科），小林　芳人（京都大学　大学院医学研究科），矢尾板　芳郎（広島大学　理学部），今泉　和則（宮崎大学　医学部），須田　貴司（金沢大学　分子標的薬剤開発センター），川瀬　浩司（金沢大学　大学院自然科学研究科），松本　則彦（金沢大学　大学院医学系研究科），西頭　英起（東京医科歯科大学），岡田　泰伸（生理学研究所　機能協関），高橋　信之（生理学研究所　機能協関），サビロブラヴシャン（生理学研究所　機能協関），井上　華（生理学研究所　機能協関），浦本　裕美（生理学研究所　機能協関），エルバートリー（生理学研究所　機能協関），沼田　朋大（生理学研究所　機能協関），赤塚　結子（三重大学　医学部），大滝　博和（昭和大学　医学部），養父　佐知子（昭和大学　医学部），中町　智哉（昭和大学　医学部）

【概要】
　細胞死の分子メカニズムが詳しく研究され，その素過程に関わる分子が徐々に明らかにされてきた。現在はそれぞれの分子がどのように生理機能に関わるかということに加え，ガンや神経変性疾患のような病態での役割が注目されるようになってきた。我が国の細胞死研究はその初期から高いレベルにあり，細胞死実行過程の研究では世界をリードする成果が多く出されてきた。一方，神経変性疾患における細胞死の分子解析でも世界をリードする研究者を多数輩出するにいたっている。このような状況で，精力的に細胞死研究を行っている研究者が一同に会し，その分子機構と生理学的意義に関して研究交流の場をもつことは非常に意義のあることと考え，本研究会を行った。

（1）　Fas/FADD/FLIPと細胞の増殖・分化

米原　伸（京都大学大学・生命科学研究科・高次遺伝情報学分野）

　Fasなどのdeath receptorは，アダプター蛋白質FADDを介してpro-caspase-8とdeath-inducing signaling complex (DISC)と呼ばれる複合体を形成し，DISCの中でpro-caspase-8が近接化による自己切断によって活性化し，アポトーシス誘導シグナルを発生させることが知られている。また，FLIPはcaspase-8とFADDの会合を阻害し，またcaspase-8の自己切断を阻害してアポトーシスの誘導を阻害する。一方，caspase-8はアポトーシス誘導だけでなく，NFkB活性化等の多様なシグナルを誘導する。今回我々は，FasやFADDがcaspase-8のプロテアーゼ活性に依存せずに，これらの分子に存在するdeath domainを介して神経細胞の神経突起伸長を増強させることを見いだしたので，報告した。また，ウイルス由来FLIP E8がWntシグナルをb-catenin安定化の下流で著しく増強することを見いだしていたが，この系を用いることにより，Wntシグナルがヒト腫瘍由来細胞株KBでは細胞増殖の増強を，またマウス胎児由来繊維芽細胞株や3T3細胞等の正常に近い細胞株には細胞死や増殖抑制を誘導することを見いだしたので報告した。

（2）　M期染色体凝縮の異常によって，eEF1A1/EF-1aの発現低下を介する新しい細胞死が誘導される

小林　洋平，米原　伸（京都大学大学院・生命科学研究科・高次遺伝情報学分野）

　M期における染色体凝縮は正常な染色体分配に欠かせない過程であり，不完全な凝縮により生じた異常細胞は生体から除去される必要があると考えられる。しかし，その除去機構については明らかにされていない。我々は，CHO細胞においてCREBの活性化を強く誘導すると，CREBの転写活性非依存的にM期の染色体凝縮異常が誘導されることを見いだし，この系を用いて染色体凝縮異常に対する細胞応答を解析した。

　染色体凝縮異常を誘導した細胞においてTime-lapse imaging解析を行ったところ，M期において染色体分離を完了できないまま細胞は多核化し，その後に細胞死が誘導されて死滅する様子が観察された。この細胞死について詳細に解析した結果，この細胞死はcaspase非依存的な経路で主に誘導されており，この細胞死が誘導される際にeEF1A1/EF-1aの発現量がmRNAの転写後調節によって劇的に減少していることが明らかとなった。さらに，外来性eEF1A1を発現させることによりこの細胞死が顕著に抑制されたことから，この細胞死にはeEF1A1の発現低下が深く関与していることが示された。以上の結果から，M期染色体凝縮不全により生じた異常細胞はeEF1A1の発現低下が深く関与する新しい細胞死経路を介して除去されることを我々は報告した。

（3）　Fasリガンド(FasL)によるアポトーシスと炎症とがん

須田　貴司（金沢大学がん研究所・分子標的薬剤開発センター）

　FasLはデス因子として有名であるが，生体内では炎症誘導作用も示す。また，肝炎など種々の炎症性疾患の動物モデルでは，FasLを阻害すると治療効果が得られる。さらに，慢性肝炎から肝がんを発症する動物モデルでは，抗FasL抗体の投与で肝がんの発生も抑制された。抗FasL抗体のこれらの効果は，FasLの炎症誘導作用を抑制するためと考えられる。FasL発現細胞をマウス腹腔に移植すると，激しい好中球の浸潤が誘導される。この時腹腔内にはIL-1b，IL-6，IL-17，IL-18，IL-23などが検出される。IL-1bはFasLでアポトーシスを起した好中球等の炎症細胞から分泌され，血管内皮細胞などに作用してKCやMIP-2の産生を誘導し，炎症細胞の更なる浸潤を誘導する。IL-17もKC産生を誘導し，好中球浸潤に寄与するが，IL-17はFasLの直接作用ではなく，IL-1bとIL-23の相乗作用で腹腔T細胞より産生される。これに対し，IL-23はFasLの直接作用で樹状細胞から産生される。また，FasLはヒト胎児腎細胞株HEK293にNF-kB活性化を介してIL-8の産生を誘導する。FasLはアポトーシスの場合と同様，FADDやcaspase-8を介してNF-kBの活性化を誘導する。

（4）　抗原によるBリンパ球アポトーシス制御の機構と免疫応答

渡辺　幸造，佐藤　元彦，小野寺大志，外園　泰久，若林　千里，安達　貴弘，鍔田　武志
（東京医科歯科大学大学院疾患生命科学研究部・難治疾患研究所）

　CD22およびCD72分子はBリンパ球抗原受容体(B cell antigen receptor; BCR)を介するシグナル伝達を負に制御することにより，Bリンパ球のアポトーシスを制御する抑制性BCR共受容体である。我々は以前，CD22によるBCRシグナル制御が，BCRを構成する免疫グロブリンのクラスにより異なり，IgM-BCRやIgD-BCRを介するシグナル伝達は負に制御するが，IgG-BCRを介するシグナル伝達は制御しないことを示した。今回，我々は，CD22がIgA-BCRを介するシグナル伝達を負に制御するが，IgE-BCRを介するシグナル伝達は制御しないことを明らかにした。これらの結果は，IgG-BCRおよびIgE-BCRを介するシグナル伝達が，IgM-BCRやIgD-BCRを介するシグナル伝達に比べ亢進していることを示しているが，実際にそうであることをin vitroおよびin vivoで明らかした。これらの結果は，IgGやIgEを産生する記憶B細胞が，IgM-BCRおよびIgD-BCRを発現するナイーブB細胞に比べ抗原刺激により活性化されやすいことを示している。このようなメカニズムが，記憶免疫応答における迅速で大量の抗体産生に関与することが強く示唆された。また，我々は，CD22のシグナル制御解除に関わるIgGおよびIgEの領域の同定を行った。

（5）　Akt経路による新たな細胞死抑制機構

岩井　謙一，後藤　由季子（東京大学・分子細胞生物学研究所・情報伝達研究室）

　約40%のガン細胞において異常な活性化が見られる代表的な癌遺伝子のひとつであるAktは多くの系で細胞生存促進に中心的な役割を果たす。これまでAktの細胞生存促進におけるターゲットのほとんどは，アポトーシスシグナル経路におけるミトコンドリアの膜透過性の上昇（シトクロムCなどの放出）より上流の因子であった。しかしながらAkt経路が活性化している細胞ではシトクロムCがミトコンドリアから放出された後の状態であっても生存が維持されるという状況証拠が示されており，シトクロムCから下流のAktのターゲットの存在が示唆されていた。ミトコンドリアから放出されたシトクロムCはApaf-1のコンフォーメーション変化を引き起こすことによりApaf-1とCaspase-9の活性型複合体Apoptosomeの形成を誘導し下流のCaspaseカスケードを活性化する。本研究において我々は，AktがシトクロムCによるApoptosomeの活性化を阻害することを示し，また，Aktの直接のターゲットの候補を同定したのでこれについて報告した。

（6）　ショウジョウバエ成虫脳における細胞死と神経傷害に依存的なグリア細胞の増殖

加藤健太郎¹，粟崎　健²，伊藤　啓³
（¹東京大学分子細胞生物学研究所，²科学技術振興機構・BIRD，³科学技術振興機構・PRESTO）

　神経回路形成の最後の段階では，過剰な神経細胞がプログラム細胞死を起こす。細胞死が引き起こされる要因については数多くの研究がある一方で，細胞死と周囲の組織との関わりに着目した研究はほとんどなされていない。我々はショウジョウバエ成虫脳を実験対象として，神経細胞のプログラム細胞死がグリア細胞の増殖を引き起こすこと，神経損傷に対してもグリア細胞が増殖すること，ほ乳類において炎症反応に深く関与することが知られているTNFaと同じファミリーの一員であるEigerがこの両方のグリア細胞の増殖に関わっていることを見いだした。このことから回路形成の一過程である神経細胞のプログラム細胞死は，神経損傷と共通の機構によってグリア細胞の増殖を引き起こしていることが示唆される。また，Eiger変異体では過剰な神経細胞の細胞死が観察され，発生の一過程であるプログラム細胞死が周囲の組織に二次的な細胞死を引き起こしうることが明らかになった。このことからEigerあるいは増殖したグリア細胞がこのような二次的な影響を抑えることで適切な神経回路形成に貢献していると考えられる。

（7）　変態中に退縮している尾で発現しているmatrix metalloproteinase-9遺伝子の解析

藤本　健太，中島　圭介，矢尾板　芳郎
（広島大学大学院・理学研究科附属両生類研究施設）

　無尾両生類の変態は，ほぼ全身の形態・機能変化をもたらすもので劇的である。特に尾の退縮は，体長の2倍以上の長さがあったものが数日のうちに無くなってしまう。この両生類の変態は甲状腺ホルモン(TH)の血中増加によって引き起こされることが知られているが，その分子機構の多くは明らかになっていない。尾の退縮過程には，細胞外基質分解酵素(Matrix metalloproteinases; MMPs)が増加し，構造破壊，足場を壊すことによる細胞死誘導に重要な役割を果たすと考えられている。我々は，differential hybridizationにより，従来報告されていたMMP-9と異なる，退縮する尾で特異的に誘導されるMMP-9TH cDNAを同定した。Xenopus tropicalisのゲノム解析により，MMP-9とMMP-9THは直列に遺伝子重複していることが示された。MMP-9は初期発生で発現しているが，MMP-9THは退縮している尾，鰓，再構成している腸，神経系，TH処理で細胞死を起こしている，尾由来の筋芽細胞株(XLT-15)でmRNAが検出された。それらの発現にはプロモーターにある甲状腺応答配列が関係していた。MMP-9の遺伝子重複は6000万年より以前に起きていたと予想され，これがXenoupus属以外の無尾類全体に存在するのかどうかは興味深い。

（8）　傷害ミトコンドリアの排除機構

柳　　茂（東京薬科大学・生命科学部・分子生命科学科・分子生化学研究室）

　ミトコンドリアはエネルギーを産生する重要な細胞内小器官であり，進化論的には好気的バクテリア細胞が真核細胞に共生することによって獲得されたと考えられている。しかしながら，機能低下もしくは傷害を受けたミトコンドリアは活性酸素を漏出することにより細胞に障害を与えることが知られている。最近，私たちは傷害を受けたミトコンドリアの排除機構に関わる蛋白質（ミトコンドリアセプチン）を見いだした。ミトコンドリアセプチンは傷害ミトコンドリアを特異的に認識し，独特の封入体を形成し細胞外へと放出，あるいはリソソームとの融合を促進する活性が認められた。現在，ミトコンドリアセプチン欠損マウスを解析中であるが，予備的な実験結果において，ある種の自己免疫疾患との類似性が示唆されたている。一方，ミトコンドリア側にも宿主の監視を免れようとするメカニズムに関与する新規のミトコンドリアユビキチンリガーゼが同定された。今後，ミトコンドリアをバクテリアの一種と捉えなおすことにより，新しいミトコンドリア生物学の展開が期待できるかもしれない。

（9）　ショウジョウバエ食細胞によるアポトーシス細胞の認識機構

真中　純子，倉石　貴透，白土　明子，東田　陽博，中西　義信
（金沢大学大学院・医学系研究科）
Istvan Ando(Hungarian Academy of Sciences)，Bok-Luel Lee(Pusan National University)

　食細胞はアポトーシス細胞表層の目印分子を認識して貪食を行う。線虫の遺伝学的解析で，貪食を誘導する情報伝達経路が二通り存在することが示された。しかし，これら経路の最上流に位置するはずの2組の貪食受容体と目印分子のうち，見つかっているものはCED-1と呼ばれる受容体のみである。発表者らは，ショウジョウバエを使って残りの分子の同定をめざしている。昨年度の本集会では，CED-1のショウジョウバエホモログであるDraperが貪食受容体として働くことを報告した。今年度は，Draperが認識する目印分子及びDraper以外の受容体と目印分子の候補を得たことを紹介する。

　貪食標的細胞の抽出液中に，Draper細胞外領域に結合するタンパク質を見出した。この分子は，アポトーシスに依存して細胞表層に出現すると示唆された。また，体液細胞表層に結合するモノクローナル抗体群の中に，貪食反応を阻害するクローン#16が見つかった。#16抗原の阻害とDraperの阻害とは相加的であり，両者は独立した貪食受容体として機能すると推測された。さらに，哺乳類で貪食に関わるとされている小胞体分子シャペロンのカルレティキュリン(CRT)の関与を調べた。標的細胞について抗CRT抗体での前処理やCRTのRNAiを施すと，貪食程度が低下した。よって，CRTは貪食目印分子として働くと考えられた。

（10）　マクロファージによるインフルエンザウイルス感染細胞のアポトーシス依存貪食機構と意義

白土　明子，中西　義信（金沢大学大学院・医学系研究科，薬学部・生体防御応答学分野）

　インフルエンザウイルスの感染により，細胞はアポトーシスを起こす。この現象は，感染細胞が死ぬことによりウイルス増殖を抑制するという，感染症から生体を守るための防御反応であると推測される。しかし，in vitroの実験ではインフルエンザウイルスは感染細胞がアポトーシスによって機能を失う前に増殖してしまい，生体防御機構としての意義が示されていなかった。私たちの研究により，これは食細胞が共存していなかったためであることが判明した。

　マクロファージを共存させると感染細胞は細胞内のウイルスごと貪食され，これによりウイルス増殖がほぼ完全に停止した。この貪食反応の選択性は，アポトーシスに伴って感染細胞表層に出現する膜リン脂質ホスファチジルセリンがマクロファージに認識されることで規定されていた。また，効率よく貪食されるためには，感染細胞の表層に発現するインフルエンザウイルスのエンベロープタンパク質であるノイラミニダーゼの活性が必要とされた。ノイラミニダーゼはマクロファージ表層のシアル酸を切除することで，マクロファージの貪食活性を促進すると分かった。さらに，インフルエンザウイルスを感染させたマウスに貪食阻害剤を投与すると，肺での炎症の程度が大きくなり生存率が顕著に低下した。

　以上の結果から，インフルエンザウイルス感染によるアポトーシスは感染細胞に貪食のための目印を付ける反応であり，ウイルス感染細胞の貪食除去はインフルエンザから生体を守るための機構だと考えられた。

（11）　フォスファチヂルセリン依存の貪食

長田　重一（大阪大学大学院・生命機能研究科・時空生物学講座・遺伝子研究室）

　私達は，マクロファージによるアポトーシス細胞の貪食に関与する分子として，MFG-E8を同定した。MFG-E8はアポトーシスを引き起こした細胞に提示されるリン脂質phosphatidylserine(PS)を認識し，死細胞をマクロファージへ橋渡しする。MFG-E8を欠損するマウスの脾臓・胚中心には貪食されない死細胞が残存し，マウスは自己抗体の産生を伴った自己免疫疾患を羅患する。一方，マクロファージに貪食された死細胞のDNAはリソソームに存在するDNase IIによってさらに分解される。DNase II遺伝子を欠損するマウスでは胎児肝臓をはじめとして，種々の臓器に未分解のDNAを蓄積したマクロファージが認められる。ところで，マウスの胎児肝臓に存在するBlood islandのマクロファージは赤血球前駆細胞から脱核した核を貪食する。最近，私達は，赤血球前駆細胞から遊離した核の表面にPSが暴露され，マクロファージはこれを認識することにより核を貪食することを明らかにした。

発表論文: Yoshida H. et al. Nat. Immunol.6: 49, 2005; Yoshida H. et al. Nature 437:754, 2005

（12）　小胞体ストレス応答の多様性

今泉　和則（宮崎大学・医学部・解剖学講座・分子細胞生物学分野）

　小胞体ストレスは神経変性疾患をはじめとする様々な疾患の発症に密接関わる。このような疾患の治療薬開発のためにも小胞体ストレス応答の全貌解明が望まれている。我々は小胞体ストレスに対し強い抵抗性を示すアストロサイトで特異的に発現する新規小胞体ストレスセンサーOASISの同定に成功した。OASISは，1)小胞体ストレスに応答して膜内切断を受ける，2)切断された断片は核内に移行する，3)CREおよびERSE配列に結合して分子シャペロンGRP78/BiPの転写を誘導する，4)小胞体ストレス誘導性細胞死を抑制することなどの機能を有することを明らかにした。

　小胞体ストレスの際にプロテアゾームが活性化(ERAD)し，異常タンパク質の分解に寄与することは良く知られている。このERADに加え，異常タンパク質を分解するシステムとしてオートファジーが活性化している可能性を見出した。小胞体ストレスを負荷した細胞ではオートファゴゾームが細胞質内に多数観察され，オートファジーのマーカー分子も活性化していた。オートファジーが起こらないATG5欠損細胞では，小胞体ストレス誘導性細胞死を増強したことから，オートファジーによるタンパク質分解系は小胞体ストレスから回避するために必須の役割を担っていることが示唆された。

（13）　ドーパミンニューロンの機能発現と病態におけるPael受容体/GPR37の役割

高橋　良輔（京都大学大学院・医学研究科・脳病態生理学講座・臨床神経学）

　パーキンソン病(PD)は黒質ドーパミンニューロンの比較的選択的な変性脱落によって，進行性で深刻な運動障害をきたす，高齢者に多い神経変性疾患である。PDは通常孤発性であるが，5-10%の症例で家族性発症をみる。常染色体劣性遺伝性パーキンソニズム(AR-JP)の病因遺伝子として同定されたパーキンはユビキチンプロテアソーム蛋白質分解系で重要な役割を果たすユビキチンリガーゼという酵素であり，蛋白質分解系の破綻がPDの発症に関わることを示す強い証拠を提供している。我々はパーキンの基質蛋白質として構造異常を起こしたパエル受容体を単離し，パーキンの変異によって分解されなくなったパエル受容体が蓄積し，小胞体ストレスを引き起こして神経変性が生じるという仮説を提唱している。パエル受容体を脳で発現するショウジョウバエではドーパミンニューロンの選択的細胞死が起こるうえ，ウイルスベクターでパエル受容体を導入したラットの黒質は細胞死に陥り，この細胞死は小胞体ストレスによるものであるらしいことも明らかになっている。さらにパエル受容体を脳で過剰発現するトランスジェニックマウスで加齢とともにドーパミン神経の変性脱落が起こることもわかり，AR-JPのモデルになるかどうか解析中である。

（14）　神経変性疾患におけるVCPの役割の解析

垣塚　彰（京都大学大学院・生命科学研究科・高次生体統御学）

　神経変性疾患は，疾患ごとに特定の中枢神経領域が障害を受け，その結果，特有の症状（痴呆・運動失調・異常運動・筋力低下等）を示すため，多くの疾患に当てはまる統一的な発症機構を明らかにすることはできないと考えられてきた。しかし，近年になり，多くの神経変性疾患に共通して，異常蛋白質の蓄積と細胞質の空胞化を伴う神経細胞死が認められることが再認識されるようになり，神経が変性・消失する過程には，似通った分子機構が存在するという考えが広まってきた。我々は当初より異常タンパク質の蓄積・凝集が神経変性・神経細胞死を引き起こす本体であると考え，ポリグルタミンをモデルに用いて神経変性疾患の発症メカニズムの解析を行ってきた。その結果，AAA ATPase蛋白質の一つp97/VCPが神経変性疾患において重要な役割を果たす可能性を見出した。本発表では，1)ATPase活性の消失したVCPは，細胞に空胞変性と細胞死を誘導すること，2)VCPがいろいろな蛋白質修飾を受けること，3)神経変性疾患で共通するVCPの蛋白質修飾が起きている可能性があること，4)蛋白質修飾によってVCPのATPase活性が制御されること，を紹介し，VCPが関わる神経変性疾患に共通する発症機構と神経変性疾患の治療ターゲットとしてのVCPの可能性を議論した。

（15）　VCPの活性調節機構の解析

野口　昌克¹，高田尚寛¹，木村　洋子²，萬野　篤¹，村上　克洋¹，
小池　雅昭¹，大泉　宏¹，堀　清次¹，垣塚　彰¹
（¹京都大学大学院・生命科学研究科・高次生体統御学分野，
²東京都臨床医学総合研究所・腫瘍細胞研究部門）

　活性酸素(ROS)の過剰な発生は，様々な疾病を引き起こすと考えられている。VCPは，AAAファミリーに属する蛋白質で，細胞周期，膜融合そして蛋白質分解など多様な細胞機能に関与している。これまで我々は，ATPase活性を失った変異体VCPが異常蛋白質の蓄積や空胞形成を誘導し，最終的に細胞死を引き起こすことを示してきた。しかしながら，VCPのATPase活性を制御する分子機構は明らかとされていなかった。今回我々は，ROSがVCPのATPase活性を低下させることを見いだした。さらに，ROSによるATPase活性の制御に必須な1つのシステイン残基を特定し，別の酸化を受けないアミノ酸に置換することでROS耐性型VCPを得ることが出来た。また，ROSによるVCPのレドックス制御が，蛋白質分解の制御機構に関与する可能性を示した。さらに，酵母を用いて，in vivoで細胞死の誘導に関与することを示した。以上の結果から，VCPがROSの重要なターゲットの一つであり，ROSによるVCPのATPase活性の低下が，細胞障害および死に関与していることが示唆された。過剰なROSによるVCPの機能障害が，神経変性疾患やがんなどの発症機構に関与していることが推測される。

（16）　NF-kBによる活性酸素産生の抑制のメカニズム

中野　裕康（順天堂大学・医学部・免疫学）

　NF-kBの活性化の障害された細胞では，活性酸素(ROS)の蓄積が生じ，遷延化するc-Jun N-terminal kinase (JNK)の活性化が誘導されることを，我々はこれまでに明らかにしてきたが，その分子メカニズムの詳細は不明であった。今回，我々はNF-kB欠損細胞では，アポトーシス抑制タンパクであるc-FLIPがTNFa刺激により速やかに分解されることを見いだした。逆にc-FLIPを発現させることにより，NF-kB欠損細胞で生じるROS産生やJNKの活性化が抑制されることが明らかとなった。さらに興味深い事に，HeLa細胞やHCT116細胞でsiRNA法によりc-FLIPをノックダウンさせるだけでTNFaや抗Fas抗体刺激により遷延化するJNKの活性化およびROS産生が誘導されることが初めて明らかとなった。この時生じるROSやJNKの活性化はカスパーゼ阻害剤であるz-VAD-fmkにより完全に抑制されることより，c-FLIPがcaspase系の抑制を介してこれらを抑制していることが示された。以上より，NF-kBはc-FLIPのタンパクレベルを維持することによりROS産生やJNKの活性化を抑制していることが示された。

（17）　カスパーゼの生体機能：アポトーシス非依存的な役割

嘉糠　洋陸，倉永　英里奈，三浦　正幸（東京大学大学院・薬学系研究科・遺伝学教室）

　カスパーゼ活性が細胞死ではなく細胞分化過程に関わるとの知見が蓄積してきている。カスパーゼ活性化因子Apaf-1(Dapaf-1)の変異体において，ショウジョウバエ背部剛毛（外感覚器）の増加が観察され，この領域のカスパーゼ活性が剛毛の発生に関与することが考えられた。剛毛前駆細胞でカスパーゼ活性化インジケーターSCAT3を発現させたところ，羽成虫原基でのScabrous陽性細胞クラスターで弱いながらカスパーゼの活性化が検出された。羽成虫原基における死細胞をTUNEL法で観察するとScabrous陽性細胞クラスターには殆どシグナルが観察されず，Scabrous陽性細胞クラスター内でのカスパーゼ活性化は細胞死以外の機能を持つことが予想された。遺伝学的なスクリーニングによって剛毛の増加にWgシグナルの関与が示唆され，ほ乳類GSK3bホモログであるShaggyアイソフォームSgg46がカスパーゼによって切断・活性化することにより，外感覚器前駆細胞の数の調節に関与することが示された。カスパーゼは基質特異性の高いエンドペプチダーゼであり，活性化の度合いによって細胞死以外のシグナルを伝える分子の活性調節を行うことで，様々な生理機能に関わることが考えられる。

（18）　雄性外生殖器形成における細胞死シグナルの関与

倉永英里奈，三浦正幸（東京大学大学院・薬学系研究科・遺伝学教室）

　我々はショウジョウバエをモデルとして細胞死のシグナル経路を解析してきたが，我々を含む複数のグループによって細胞死実行プロテアーゼであるカスパーゼ活性と雄性外生殖器の形態形成との相関が見出されてきた。ショウジョウバエの雄性外生殖器は，雄の体内で観察される直腸を360度取り囲むように配置される射精管の形態から，その形成時に回転することが発生の重要なステップとされているが，カスパーゼ阻害による雄性外生殖器の形成不全はこの段階においての回転が不完全となってしまうと考えられた。本研究において我々は，蛹期における雄性生殖器の回転をen-GAL4/UAS-mCD8-GFP系統のハエを観察することでイメージングすることに成功した。生殖器の回転は，カスパーゼ阻害剤のp35を発現させた系統(en-GAL4/UAS-mCD8-GFP UAS-p35)で途中停止したことから，細胞死シグナルが雄性生殖器と内部後腸の正常配置の制御に関与している可能性が考えられた。今回，FRETを利用して作製したカスパーゼ活性化のインディケーター(SCAT)を雄性外生殖器形成のライブイメージングに導入し，回転時またはその前後において「いつ，どこで」細胞死シグナルの関与が見られるか解析したので報告したい。

（19）　細胞縮小はアポトーシスに必要・十分条件か？

前野　恵美¹，温井　美帆¹，高橋　信之¹，清水　貴浩¹，沼田　朋大¹，若林　繁夫²，岡田　泰伸¹
（¹生理学研究所・機能協関部門，²循環器病センター研究所・循環分子生理部）

　アポトーシス性容積減少AVDは，チトクロームc放出やカスパーゼ活性化，DNAラダー，アポトーシス小体形成などに先立って発生し，KCl流出によってもたらされる。K⁺チャネルやCl^-チャネルのブロッカー投与によってAVDの発生を阻止すると，アポトーシス刺激を与えても，アポトーシス性諸反応が全く見られなくなる。ところで，多くの細胞は高浸透圧細胞外液中に置かれて容積減少が物理的に強いられても，やがて元の容積近くにまで戻っていくという容積調節能RVIを持っている。RVIを示す細胞においては高浸透圧負荷のみによってアポトーシスが誘導されることはないが，RVI能を欠く細胞においては高浸透圧負荷のみによってアポトーシス死が誘導される。RVIに関与するNa⁺/H⁺アンチポータNHE1を欠く変異線維芽細胞はRVI能を失っており，高浸透圧負荷によってアポトーシスがもたらされた。しかしながらこの細胞にNHE1を強制発現させてRVI能を復活させると，高浸透圧負荷によるアポトーシスは見られなくなった。細胞外をNa⁺-free液や低Cl⁻液にすると，等浸透圧条件であるにもかかわらず細胞縮小が持続的に認められ，これによってアポトーシスも誘導されることが明らかとなった。従って，細胞容積の減少の持続がアポトーシス誘導の必要・十分条件であることが示唆された。

（20）　Bcl-2による種々の細胞死機構の制御

清水　重臣，辻本　賀英（大阪大学大学院・医学系研究科・遺伝子学教室, 科学技術振興機構）

　オートファジー様(type II)細胞死は，アポトーシス（type I細胞死）とは異なる範疇のプログラム細胞死である。アポトーシス制御分子であるBcl-2ファミリー蛋白質のうち，Bax/Bakはミトコンドリアを経由するアポトーシスに不可欠であることが，Bax/Bakダブルノックアウト(DKO)マウスの解析より明らかにされている。我々は，このBax/Bak DKOマウス由来のembryonic fibloblast(MEF)を用いて，①エトポシドなどのアポトーシス誘導薬を投与すると，アポトーシスが観察されない代わりに，オートファジー様細胞死が誘導されること，②この細胞死はBcl-x_Lにより制御されていること，を見いだした。

　今回，我々はこの細胞死の分子機構の詳細を解析し，(1)DKO MEFにエトポシドを投与しオートファジー様細胞死を誘導した際には，JNKの活性化が観察されること，(2)JNK阻害剤やJNKドミナントネガテ_イブ遺伝子の導入により，この細胞死が緩和されること，(3)アミノ酸飢餓など，通常のオートファジーの際にはJNKの活性化は見られないこと，を見出した。これらの事実より，オートファジー様細胞死の誘導にはJNKの活性化が重要な因子であると考えている。

（21）　拮抗して細胞の運命を決定するストレス応答キナーゼJNK，p38- MAPK

和田　悌司，仁科　博史（東京医科歯科大学・難治疾患研究所・発生再生生物学分野）

　細胞は目まぐるしく変遷する環境変化（ストレス）の中でバランスをとりあい，増殖，分化，再生など多様な生理現象に対応している。バランスの破綻はときに，がん化，過剰な細胞死，早期老化を導くきっかけとなりうる。我々はストレス応答キナーゼJNK経路が，アポトーシスとは独立した機能として，細胞増殖亢進，がん化，老化抑止に寄与し，ストレス存在下における細胞のバランスを制御している可能性を明らかにした。一方，p38MAPK経路は，JNK経路と同じファミリーメンバー，遺伝子進化系譜に属することから，JNK経路と類似した機能を持つことが考えられた。しかし，意外にも，p38MAPK経路は，JNK経路とバランスを取り合う相手として細胞増殖停止，がん化抑制，老化促進に働き，さらに，JNK経路抑制において見られた表現系をレスキューすることが明らかとなった。このことから，新たなる知見として，起源を同じくするストレスキナーゼJNK，p38-MAPKは進化の過程で拮抗する機能を獲得し，お互いにバランスを取り合い，細胞増殖，がん化，細胞老化などの細胞の「運命」を決定するようになったと考えられる。本セミナーではさらに両者のバランスのメカニズムについても論議する。

（22）　DNA損傷によって誘導されるSAPK/JNK活性化の分子機構

仁科　博史¹，北川　大樹²，浦　誠司²，根岸　崇大²，和田　悌司¹，堅田　利明²
（¹東京医科歯科大学・難治疾患研究所・発生再生生物学分野，
²東京大学大学院・薬学系研究科・生理化学教室）

　SAPK/JNKシグナル伝達系は様々なストレスに応答し，細胞死，細胞増殖，細胞老化などの細胞の運命を制御する。受容体刺激など細胞膜を介するSAPK/JNK活性化の分子機構に比べて，DNA損傷によって誘導される核からのシグナル経路については未だ不明の点が多い。本研究会では，DNA損傷によって誘導されるHeLa細胞のSAPK/JNK活性化にDaxxと癌抑制遺伝子産物Ras Ras association domain family 1C (RASSF1C)が関与することを見出したので報告する。1)Daxxはpromyelocytic leukaemia-nuclear bodies(PML-NBs)に局在し，DNA損傷によってユビキチン化され分解された。2)RASSF1CはDaxxと結合し，PML-NBsに共局在していた。3)RASSF1CはDaxx分解に依存して，核から細胞質に移行した。4)核から放出されたRASSF1Cは細胞質の微小管と結合し，SAPK/JNK活性化誘導やアポトーシス誘導に関与した。すなわち，核内PML-NBsに存在するDaxx-RASSF1C複合体がDNA損傷のセンサーとしてとして機能し，RASSF1Cの細胞質への放出を介して，SAPK/JNK活性化誘導するという興味深い分子機構を見出した。

（23）　ASKファミリーによる細胞死とストレス応答の制御

一條　秀憲（東京大学大学院・薬学系研究科・細胞情報学教室，CREST）

　Apoptosis Signal-regulating Kinase(ASK)1はJNKとp38MAPキナーゼの上流に存在するMAPKKKである。これらのMAPキナーゼ経路は，様々な環境ストレスに応答して細胞の生死や分化をはじめとする多様な生物活性をコントロールするためのシグナル伝達系として機能している。ASK1ノックアウトマウスの解析により，ASK1が酸化ストレスや小胞体ストレスによるアポトーシスに必要なシグナルであることが明らかになり，またASK1がポリグルタミン病やアルツハイマー病において認められる神経細胞死のメディエーターとしてこれらの疾患に関わっていることも示唆されている。一方，ASK1は一部のToll-like Receptorの下流で主にp38の活性化を選択的に担うことによって自然免疫応答に必須の働きをすることも明らかになってきた。本研究会では，活性酸素(ROS)によるASK1の新たな活性制御機構について紹介するとともに，ASKファミリー経路を介するストレス応答機構ならびにその病態生理学的役割について報告する。



Copyright(C) 2006 National Institute for Physiological Sciences