生理学研究所年報(第27巻)

生理学研究所年報　第27巻
研究会報告

7．宿主防御機構としての上皮膜機能の調節因子

2006年1月30日－1月31日
代表・世話人：中張隆司（大阪医科大学　生理学）
所内対応者：岡田泰伸（自然科学研究機構　生理学研究所　機能協関部門）

（１）: 蝸牛内直流電位の発生に対するCa²⁺の役割

森禎章¹，二村吉継²，乾崇樹²，竹中洋²，窪田隆裕¹
（¹大阪医科大学生理学教室，²同耳鼻咽喉科学教室）
（２）: 胃粘膜修復におけるイオントランスポーターの役割

中村英志^1,2,3，林周作¹，遠藤拓也¹，久保儀和¹，Susan J Hagen³，竹内孝治
（京都薬科大学薬物治療学教室¹，横浜市大大学院医学研究科臓器再生医学²
Dept. of Surgery, Beth Israel Deaconess Medical Center, Harvard Medical School³）
（３）: 顎下腺腺房細胞における振動性Cl^-分泌の律速過程を支配するNKCC活性

杉田　誠，広野　力，柴　芳樹（広島大学大学院医歯薬学総合研究科・
創生医科学専攻・病態探究医科学講座（口腔生理学））
（４）: 高浸透圧条件下における上皮細胞の調節性細胞容積増大機構の解析

高橋信之，M.V.V. Subramanyam，岡田泰伸（自然科学研究機構　生理学研究所　機能協関部門）
（５）: 熱ショック応答と上皮系感覚器の維持

高木栄一，藤本充章，林田直樹，井上幸江，中井　彰
（山口大学大学院医学系研究科生体シグナル解析医学講座）
（６）: 食塩感受性高血圧症とアルドステロンによる上皮型ナトリウムチャネル発現の異常制御

新里直美，青井渉，丸中良典（京都府立医科大学大学院　生理機能制御学）
（７）: 腎尿細管上皮細胞管腔側における有機アニオントランスポーターOATs機能発現の分子基盤：
PDZタンパク質の役割

安西尚彦¹，遠藤　仁^1,2（¹杏林大学医学部薬理学教室，²㈱富士バイオメディックス）
（８）: Proteinase-activated receptor-1 活性化ペプチドのマウス盲腸壁内神経活性化

鈴木裕一，池原修（静岡県立大学大学院生活健康科学研究科）
（９）: Helicobacter pylori 菌体毒素CagAによる胃粘膜上皮内活性酸素産生

半田修¹，内藤裕二²，石井剛志³，高木智久¹，古倉聡¹，吉田憲正⁴，吉川敏一³
（京都府立医科大学生体安全医学講座^１，生体機能分析医学講座²，
京都府立医科大学大学院生体機能制御学³，大学院消化器病態制御学⁴）
（10）: モルモット胃幽門腺粘膜におけるCOX-1とCOX-2の役割：プロスタグランジンE₂(PGE₂)放出

中張隆司（大阪医科大学　生理学教室）
（11）: アラキドン酸カスケードの制御によるがん予防

西野輔翼（京都府立医科大学大学院・医学研究科・分子生化学）
（12）: 炎症組織特異的な脱抱合酵素誘導について

大井直美，橋本堂史，後藤美保，金沢和樹（神戸大学大学院・自然科学研究科）
（13）: 骨シアロタンパク質遺伝子の発現に対するケルセチンの影響

金　東淳，小方　頼昌（日本大学松戸歯学部歯周治療学講座）
（14）: ヒト小腸Caco-2細胞への吸収代謝におけるフラボノイドの構造特異性

室田佳恵子，吉田修治，清水寿美恵，寺尾純二
（徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部食品機能学分野）

【参加者名】
岡田　泰伸（生理学研究所　機能協関），清水　貴浩（生理学研究所　機能協関），浦本　裕美（生理学研究所　機能協関），高橋　信之（生理学研究所　機能協関），井上　華（生理学研究所　機能協関），Dutta Amal Kumar（生理学研究所　機能協関），Elbert Lan Lee（生理学研究所　機能協関），沼田　朋大（生理学研究所　機能協関），温井　美帆（生理学研究所　機能協関），Abduqodir Toychiev（生理学研究所　機能協関），劉　洪涛（生理学研究所　機能協関），王　海燕（生理学研究所　機能協関），孫　新（生理学研究所　機能協関），丸中　良典（京都府立医科大学），新里　直美（京都府立医科大学），宮崎　裕明（京都府立医科大学），西野　輔翼（京都府立医科大学），半田　修（京都府立医科大学），金沢　和樹（神戸大学　農学部），大井　直美（神戸大学大学院自然科学研究科），後藤　美保（神戸大学大学院自然科学研究科），中井　彰（山口大学医学部），中村英志（横浜市大大学院医学研究科臓器再生医学），小方頼昌（日本大学松戸歯学部歯周治療学），金　東淳（日本大学松戸歯学部歯周治療学），杉田誠（広島大学医学部　口腔生理学），室田佳恵子（徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部），鈴木　裕一（静岡県立大学），林　久由（静岡県立大学），遠藤　仁（杏林大学　医学部），安西　尚彦（杏林大学　医学部），窪田　隆裕（大阪医科大学　医学部），森禎章（大阪医科大学　医学部），中張　隆司（大阪医科大学　医学部）

【概要】
　上皮膜輸送と生理活性物質の研究者間の研究成果交換の場として，平成18年1月30－31日に研究会「宿主防御機構としての上皮膜機能の調節因子」を開催した。最初のセッションで，蝸牛内リンパ腔の電位(+80 mV)維持にCa²⁺ channels活性が関わること，胃粘膜修復がmonocarboxylate transporter (DIDS–sensitive)の活性により制御されていること，顎下腺線房細胞におけるCl^-分泌の律速課程がNKCCの活性にあること，高浸透圧下における調節性細胞容積増大機構の解析から細胞容積減少によりAktの活性化が明らかとなり，アポトシースと細胞容積の関係の解明につながることなどが明らかにされた。第二のセッッションでは，熱ショック応答に関わる転写因子(HSF1)の活性が鼻粘膜嗅覚上皮の維持に必須であること，アルドステロンによるENaCの発現異常が食塩感受性高血圧症の発症原因の一つであること，腎臓尿細管における有機アニオントランスポーターの分子複合体が一つの機能ユニットとして働いていること等が明らかとなった。第三ののセッションでは，上皮膜機能に関わるプロテアーゼリセプター，ヘリコバクターピロリ菌のCagA，プロスタグランジン産生酵素COX1，COX2の役割などが議論された。最後のセッションでは天然イソフラボンの一種であるイソリクイリチゲンの発ガン予防効果，抗酸化能，抗炎症活性を持つフラボノイドが炎症部位において特異的に活性化され抗酸化能，抗炎症活性を発揮する可能性があること，ケルセチンが骨シアロタンパク質の発現を制御していること，フラボノイド吸収における構造特異性があること等が明らかにされた。生体防御の最前線に位置する上皮膜の機能とそれを制御する内因性，外因性生理活性物質についての有意義な議論がなされた。

（1）　蝸牛内直流電位の発生に対するCa²⁺の役割

森　禎章¹，二村吉継²，乾　崇樹²，竹中　洋²，窪田隆裕¹
（¹大阪医科大学生理学教室，²同耳鼻咽喉科学教室）

【目的】蝸牛内リンパ腔の約+80mVの電位(EP)は血管条上皮細胞で作られており，音の振動を電気変換する際に重要な役割を果たしている。本研究ではCa²⁺キレート剤，Ca²⁺チャネル阻害剤および賦活剤を用いて，EPの発生に対するCa²⁺の役割を検討した。

【方法】動物はモルモットを使用した。イオン選択性電極とKCl電極を用いて，内リンパ腔または外リンパ腔に薬剤を投与した時のEPと内リンパ液Ca²⁺濃度([Ca]_e)を測定した。

【結果】一過性の無呼吸負荷やCO₂-free溶液の外リンパ潅流にて，EP低下と([Ca]_e)の上昇が認められた。EGTA-AM(300 mM)溶液やCa²⁺チャネル阻害剤のニフェジピン(10mg/ml)を内リンパ腔に投与するとEPは軽度上昇し，一過性無呼吸負荷によるEPの低下は40-60%抑制された。逆に，高濃度のEGTA-AM(~1 mM)投与ではEPは低下した。さらに，Ca²⁺チャネル賦活剤のBay K 8644(10mM)を内リンパ腔に投与すると緩やかにEPが低下した。一方，EGTA-AMやニフェジピンの外リンパ腔投与では，一過性無呼吸負荷によるEP低下は抑制されなかった。

【結論】EPの形成と維持には，内リンパ腔に面した細胞の細胞内Ca²⁺濃度を適切に保つことが重要である。

（2）　胃粘膜修復におけるイオントランスポーターの役割

中村英志^1,2,3，林　周作¹，遠藤拓也¹，久保儀和¹，Susan J Hagen³，竹内孝治
（京都薬科大学薬物治療学教室¹
横浜市大大学院医学研究科臓器再生医学²
Dept. of Surgery, Beth Israel Deaconess Medical Center, Harvard Medical School³）

【目的】胃粘膜傷害の修復過程において，上皮細胞の遊走は重要であるが，この遊走を制御するイオントランスポーターの詳細については不明である。そこで関与するイオントランスポーターについて薬理学的に解析した。

【方法】ラット胃上皮細胞株RGM1をプレートにシードし，コンフルエントになった各wellの中央に円形の損傷を作製し，0，4および8時間後における損傷面積の変化を測定した。また，RT-PCR法により，イオントランスポーターのmRNA発現を検討した。

【結果】生理的バッファー条件下において，RGM1に惹起した損傷面積は経時的に縮小した。Monocarboxylate transporter (MCT)の阻害薬であるphloretin(30-100mM)，並びにDIDS(10-300mM)は損傷面積の縮小を濃度依存的に抑制した。RGM1はMCTサブタイプの中でもMCT1を強く発現していた。

【結論】損傷の修復過程における胃粘膜上皮細胞の遊走にはMCT1が大きく関与していることが示唆された。

（3）　顎下腺腺房細胞における振動性Cl^-分泌の律速過程を支配するNKCC活性

杉田　誠，　広野　力，　柴　芳樹
（広島大学大学院医歯薬学総合研究科・創生医科学専攻・病態探究医科学講座）

　顎下腺腺房細胞では副交感神経刺激により細胞内Ca²⁺濃度が上昇し，水分泌が引き起こされる。基底側方膜に存在するNa⁺-K⁺-2Cl^-共輸送体やCl^--HCO₃^-交換体により，細胞内に輸送されたCl^-がCa²⁺依存性Cl^-チャネルを介して腺腔側に分泌されることがその水分泌の引き金となる。しかし，Cl^-分泌量を決定するものは腺腔側のCl^-チャネル活性であるのか，Na⁺-K⁺-2Cl^-共輸送体やCl^--HCO₃^-交換体の活性であるか不明である。本研究ではグラミシジン穿孔パッチクランプ法を適用し，Ca²⁺依存性のCl^-分泌の律速過程を支配する分子活性を明らかにすることを目的とする。グラミシジン穿孔パッチクランプ法では，細胞内のCl^-を含むアニオン濃度は，細胞膜に発現するチャネルおよび輸送体により調節され，生理的組成に近い状態で維持される。顎下腺腺房細胞において，グラミシジン穿孔パッチクランプ法により観察されるCa²⁺依存性の振動性Cl^-電流は，Na⁺-K⁺-2Cl^-共輸送体の阻害剤であるBumetanideにより顕著に抑制された。またNa⁺-K⁺-2Cl^-共輸送体活性を増強するGenisteinはCa²⁺依存性Cl^-電流量を増大させた。顎下腺腺房細胞では，Na⁺-K⁺-2Cl^-共輸送体活性が副交感神経性刺激によるCa²⁺依存性の振動性Cl^-分泌の律速過程を支配することが示唆された。

（4）　高浸透圧条件下における上皮細胞の調節性細胞容積増大機構の解析

高橋信之，M.V.V. Subramanyam，岡田泰伸（自然科学研究機構　生理学研究所　機能協関部門）

　上皮細胞は，様々な細胞外高浸透圧ストレスにさらされている。それにも関わらず，それらは常にほぼ一定の細胞容積を維持している。これは，細胞外高浸透圧条件下での容積縮小後に，NaCl取込とそれに伴う水の流入による調節性細胞容積増大(regulatory volume increase：RVI)と呼ばれる容積調節能を上皮細胞が持っていることによる。そこで「細胞外高浸透圧刺激がどのようにしてRVIが起こるのか」を明らかにする目的で次のような実験を行った。ヒト上皮HeLa細胞には様々なイオントランスポータが発現しているが，高浸透圧条件下におけるRVIは，Na⁺/H⁺ exchanger(NHE)の阻害剤およびCl^-/HCO₃^- exchanger(anion exchanger: AE)の阻害剤によって阻害された。他のトランスポータ阻害剤では抑制が見られなかったため，HeLa細胞のRVIはNHEとAEが関与するNaClの取込によるものであると考えられた。AmilorideとDIDSの共添加でHeLa細胞のRVIはほぼ完全に抑制され，その結果，細胞縮小が長時間持続されれば，さらにカスパーゼ3の活性化が検出され，アポトーシスが誘導された。RVI誘導のシグナル伝達系を解析する目的で各種リン酸化酵素阻害剤を添加したところ，Akt (PKB)の阻害剤でRVIが抑制された。高浸透圧条件下でAktはリン酸化されており，活性化されていることから，HeLa細胞でのRVIは，高浸透圧条件により活性化されたAktがNHE/AEを介したNaCl取込を促進させて達成されることが示唆された。

（5）　熱ショック応答と上皮系感覚器の維持

高木栄一，藤本充章，林田直樹，井上幸江，中井　彰
（山口大学大学院医学系研究科生体シグナル解析医学講座）

　熱ショック転写因子群(HSFs)は，一群の熱ショック蛋白質の発現を制御する転写因子群である。動物細胞はHSF1，HSF2，そしてHSF4の少なくとも3つのHSF遺伝子産物を発現している。これまでに，熱ショック応答に必須のHSF1，そしてHSF2がともに生殖臓器の形成や脳形成に必須であることが明らかにされているが，その分子機構がストレスと関連したものであるのかにつてまったく明らかにされていない。我々は，HSF1とHSF4の遺伝子欠損マウスを作成し，それらの個体レベルでの生理機能を明らかにしてきた。HSF4遺伝子欠損マウスの解析から，HSF4はレンズの維持に必須であり，発生時期特異的に分子シャペロンの発現誘導と維持，ならびにレンズ上皮細胞の増殖と分化を制御することが明らかになった。さらに，上皮系感覚臓器を調べたところ，HSF1が嗅神経上皮の維持に必須であることがわかった。やはり，HSF1は発生時期特異的に分子シャペロンの発現を誘導し，同時に細胞の増殖分化因子を制御していた。感覚器のなかでもレンズと嗅上皮は発生学的に密接に関連している。これらの研究により，熱ショック転写因子群が，上皮細胞から形成されるプラコードに由来する2つの感覚器の形成に関与していること，そしてそれらの器官の維持がストレスと関連したものであることが明らかとなった。

（6）　食塩感受性高血圧症とアルドステロンによる上皮型ナトリウムチャネル発現の異常制御

新里直美，青井渉，丸中良典（京都府立医科大学大学院　生理機能制御学）

　正常人では，高食塩食を摂取してもアルドステロンの分泌を抑制してナトリウムを排泄し，高血圧症を引き起こさないよう恒常性が維持されている。この恒常性維持には，腎臓の遠位尿細管/皮質集合管での上皮型ナトリウムチャネル(ENaC)を介するナトリウム再吸収が重要な役割を担っていることが知られている。しかし，食塩感受性高血圧症患者では，このような恒常性維持が破綻し，血圧が上昇すると考えられる。このメカニズムを解明するために，食塩感受性高血圧症モデル動物のDahl salt-sensitive (DS)とDahl salt-resistant (DR)ラットを用いてアルドステロンによるENaCの発現制御について検討した。ラットは副腎を摘出した後に，アルドステロンを腹腔内に注入し，6時間後に腎臓を摘出してENaCの発現やその発現制御に関わる因子の活性を測定した。その結果，DSラットにおいてENaCのalphaサブユニットはアルドステロンの増大に伴って発現が増大したが，betaとgammaサブユニットは発現が減少し，血漿アルドステロン濃度と逆相関した。以上のことから，アルドステロンによるENaCの発現制御異常が食塩感受性高血圧症発症の一因であることが示唆された。

（7）　腎尿細管上皮細胞管腔側における有機アニオントランスポーターOATs機能発現の分子基盤：
PDZタンパク質の役割

安西尚彦¹，遠藤　仁^1,2（¹杏林大学医学部薬理学教室，²㈱富士バイオメディックス）

　SLC22に分類される有機アニオントランスポーターOATsは主として腎尿細管に存在し，薬物や毒素などの生体異物の解毒・排泄に関与するだけでなく，ラジカルスカベンジャー作用を持つ尿酸などの内因性物質の再吸収等を介して生体の防御に重要な役割を果たしている。近年腎尿細管上皮細胞頂上膜（管腔側）に存在するトランスポーターは，その細胞内C末端のPDZモチーフを介し，NHERF familyと呼ばれるタンパク質と結合して，PDZネットワーク上に存在し，機能を発現させることが報告されている(Anzai et al., Curr Opin Nephrol Hypertens, 2005)。我々の同定したOATsである尿酸トランスポーターURAT1及び有機アニオントランスポーターOAT4も，酵母ツーハイブリッド法を用いた解析により，PDZタンパク質と結合することが明らかになり，その結合が細胞膜上発現を安定化・増加させ，輸送活性の増加につながることを報告した(Anzai et al., J Biol Chem, 2004: Miyazaki et al., J Am Soc Nephrol, 2005)。その後有機アニオン輸送に関与する他の分子もPDZタンパク質と結合することが明らかになり，PDZネットワークを介して形成された分子複合体が一機能ユニットとして腎臓における有機アニオン輸送に関与するという可能性が示唆された。

（8）　Proteinase-activated receptor-1 活性化ペプチドのマウス盲腸壁内神経活性化

鈴木裕一，池原修（静岡県立大学大学院生活健康科学研究科）

　Proteinase-activated receptor(PAR)は生体に広く分布し，様々なproteaseにより活性化され，炎症反応を始め多くの生体調節にかかわっている。PARはタイプ1から4まで知られているが，本研究はタイプ1のPARを活性化するペプチド，PAR1-APを用い，マウス盲腸粘膜下神経に対する効果を検討した。Ussing chamberを用い短絡電流(Isc)測定を行ったところ，PAR1-APの漿膜側投与はTTX感受性のIscの上昇を引き起こした。この上昇に対する阻害剤の効果を検討した結果，粘膜下神経にPAR1受容体が存在し，その活性化により主としてtachykinergic neuronを介したCl分泌が引き起こされること，またcholinergic neuronも一部関与すること，さらに，ヒスタミン，アラキドン酸カスケードの活性化も起こすこと，が示唆された。PAR1はthrombinで活性化されることが知られているので，この効果は腸組織の炎症反応（血漿成分の浸出）に伴う腸液分泌亢進反応に関与していると考えられる。

（9）　Helicobacter pylori菌体毒素CagAによる胃粘膜上皮内活性酸素産生

半田　修¹，内藤裕二²，石井剛志³，高木智久¹，古倉　聡¹，吉田憲正⁴，吉川敏一³
（京都府立医科大学生体安全医学講座^１，生体機能分析医学講座²，
京都府立医科大学大学院生体機能制御学³，大学院消化器病態制御学⁴）

　Helicobacter pylori (H. pylori )特にCagA陽性菌株の感染は萎縮性胃炎や胃癌の危険因子である。しかしCagAによる胃粘膜上皮細胞応答に関しては未だ不明な点が多い。今回我々は CagAが胃上皮細胞の活性酸素産生に及ぼす影響についてin vitroで検討をおこなった。ラット胃粘膜上皮由来のRGM1細胞にcagA遺伝子をテトラサイクリン制御下(Tet-off system)に発現させ，細胞内CagA発現，活性酸素産生，NFkB活性化などにつき検討を行った。Non-transfected RGM1とMockではTetracyclinの有無にかかわらずCagA発現は認めず，活性酸素産生，NFkB活性化も認めなかった。CagA transfected RGM1ではTet-offによりCagA発現を認め，活性酸素産生，NFkB活性化を認めた。蛍光色素を用いた検討ではCagAの発現により主にミトコンドリアから活性酸素産生がおこっていることが推測された。

（10）　モルモット胃幽門腺粘膜におけるCOX-1とCOX-2の役割：プロスタグランジンE₂(PGE₂)放出

中張隆司（大阪医科大学　生理学教室）

　モルモット胃幽門粘膜におけるプロスタグランジンE₂(PGE₂)放出について検討した。胃幽門粘膜は非刺激時にPGE₂を放出していた（基礎放出）。Acetylcholine(ACh)はこのPGE₂放出を[Ca²⁺]_iの上昇を介して約3倍に増加させた（ACh刺激性放出）。PGE₂放出はアラキドン酸により増加し，PLA₂阻害剤，COX阻害剤(aspirin and indomethacin)により抑制された。COX-1阻害剤(SC560, 100nM)は基礎PGE₂放出は抑制しなかったが，ACh刺激性PGE₂放出は抑制した。反対にCOX-2阻害剤(NS398，20 mM)は基礎PGE₂放出を抑制したが，ACh刺激性PGE₂放出は抑制しなかった。さらに単離幽門上皮細胞ではCOX-1阻害剤のみがPGE₂放出を阻害し，COX-2阻害剤による抑制は認められなかった。これらの結果は基礎PGE₂放出は間質細胞のCOX-2により維持されており，ACh刺激性PGE₂放出は粘膜上皮細胞のCOX-1により維持されていることを示している。本研究の結果から，胃幽門粘膜では，間質細胞のCOX-2により産生されたPGE₂により粘膜の恒常性が維持され，上皮細胞のCOX-1により産生されたPGE₂により粘膜分泌のautocrine mechanismが維持されていることが明らかになった。

（11）　アラキドン酸カスケードの制御によるがん予防

西野輔翼（京都府立医科大学大学院・医学研究科・分子生化学）

　宿主防御機構として上皮膜のリン脂質から供給されるアラキドン酸の代謝産物が重要な役割を果たしているが，その過剰産生は逆にがん等の疾患の原因となることが明らかとなっている。そこで，アラキドン酸カスケードを進行させるホスホリパーゼA2(PlaseA2)，シクロオキシゲナーゼ(COX)，リポキシゲナーゼ(LOX)等の過剰亢進を抑制することによってがん予防を行う戦略が提案され，多彩な研究が進められてきた。

　たとえば，大腸発がん過程においては，COXが重要な役割を果たしていることが知られている。そしてCOX阻害作用を示すアスピリン投与によって大腸がんの発生が抑制されることを示唆する結果がヒトを対象とした研究によって得られたことをきっかけとして，実用化へ向けた試みが展開されるようになった。現時点では合成薬剤を用いた研究が先行しているが，天然化合物の応用も今後の課題である。そこで，甘草やラッキョウなどに含まれている天然フラボノイドの一種であるイソリクイリチゲニン（抗炎症作用を示し，皮膚発がんを抑制することが以前に報告されていることに加えて，最近になって前立腺がんの増殖抑制効果を示すことも明らかとなっている）を取り上げて検討した。その結果，アゾキシメタン(AOM)で誘導される大腸前がん病変および大腸がんの発生が抑制され，また誘導型COX(COX-2)の発現亢進が抑制されることも明らかとなった。

　イソリクイリチゲニンは肺発がんを抑制することも確認しているので，がん予防に極めて有望な天然化合物と考えられる。

（12）　炎症組織特異的な脱抱合酵素誘導について

大井直美，橋本堂史，後藤美保，金沢和樹（神戸大学大学院・自然科学研究科）

　フラボノイドは抗酸化能や抗炎症活性などを有すると報告されているが，生体内ではその水酸基の一部がグルクロン酸あるいは硫酸抱合された形態で血流を循環している。抱合体は体細胞内には取込まれず，タンパク質にも作用しないので，生理活性はない。しかし下位らの報告によると，リポポリサッカライドなどで炎症を誘発した場合に，脱抱合酵素のb－グルクロニダーゼ活性が上昇する。したがって，生体異物であるフラボノイドは，生体が健常な場合は生理活性を示さない抱合体として循環して尿に排泄されるが，炎症組織が存在すると脱抱合されてその炎症修復に機能する可能性が高いと考えられる。本報告では，これを証明するために，ラットにジエチルニトロソアミンとフェノバルビタールで肝臓特異的に前がん病変を誘導し，b－グルクロニダーゼ活性と，フラボノイドの脱抱合を測定した。b－グルクロニダーゼ活性は，前がん病変を誘導した肝臓で特異的に，対照群の452.3±31.7 nmol/mg protein/hから624.3±97.0 nmolに有意に上昇していた。この活性上昇は，腎，心，脾臓，胸腺，血漿など他の臓組織では観察されなかった。また，肝臓では，ケルセチンの抱合体量が減少し，アグリコン量が対照群の69.9±8.1 nmols/gから，前がん病変群149.5±60.5 nmols/gに有意に増加していた。一方，前がん病変誘導と同時にケルセチンを連続経口投与したときには，GST-P陽性細胞巣の発生数が75%に抑制された。前がん病変形成組織は特異的にb－グルクロニダーゼ活性を上昇させ，血中のケルセチン抱合体を脱抱合して病変組織にアグリコンとして取込んでいると考えられた。

（13）　骨シアロタンパク質遺伝子の発現に対するケルセチンの影響

金　東淳，小方　頼昌（日本大学松戸歯学部歯周治療学講座）

　骨シアロタンパク質(BSP)は石灰化組織特異的に発現し，アパタイト結晶形成能を有することから，初期の石灰化における役割が注目されている。ケルセチンはフラボノイドの1種で，骨代謝に対する効果が報告されているが，その機序は明らかではない。そこで今回我々は，BSPの転写に対するケルセチンの効果に関して検索を行った。

　ラット骨芽細胞様細胞(ROS17/2．8)に5 mMのケルセチンを作用させ，BSP mRNA発現に対する影響をノーザンブロット法にて検索を行った結果，12時間刺激後にBSP mRNA量は増加した。BSPプロモーターを挿入したルシフェラーゼプラスミドを上記細胞に導入し，BSPの転写活性に対するケルセチンの効果を検索した結果，転写開始点よりも-116塩基対上流までのBSPプロモーター配列を含むコンストラクトにおいて，転写活性の上昇が認められた。プロモーター配列と核内タンパク質との結合をゲルシフトアッセイにて検索した結果，cAMP応答配列，FGF2応答配列およびホメオボックス応答配列への核内タンパク質の結合量がケルセチン刺激後に上昇した。以上の結果は，以前に我々が報告したイソフラボンの結果と異なることから，その差異に関して今後検討の予定である。

（14）　ヒト小腸Caco-2細胞への吸収代謝におけるフラボノイドの構造特異性

室田佳恵子，吉田修治，清水寿美恵，寺尾純二
（徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部食品機能学分野）

　植物性食品中に広く存在するフラボノイドは主に小腸において吸収され，腸管細胞内で解毒代謝を受けグルクロン酸/硫酸抱合体として体内へと輸送される。本研究では，ヒト結腸ガン由来ながら小腸吸収細胞のモデルとして汎用されているCaco-2細胞を用いて，異なる構造をもつフラボノイドの腸管吸収と代謝を比較し，その構造の違いによる特性について検討した。

　代表的なフラボノール型フラボノイドであるケルセチンは，Caco-2細胞内でグルクロン酸/硫酸抱合化やメチル化を受けた代謝物として刷子縁側から排出される一方で，基底膜側への輸送，すなわち吸収がおこる。この特徴はフラボン/フラボノール型の分子種に共通してみられたが，イソフラボノイドでは細胞内代謝を受けていないアグリコンが基底膜側へ輸送される割合が高かった。そこで，フラボノイド類とイソフラボノイド類を同時に細胞に添加し，吸収代謝に与える影響を調べたところ，フラボノイドの共存によりイソフラボノイドアグリコンの吸収量が増加した。またフラボノイド同士の同時添加は総吸収量を増加させる一方，イソフラボノイド同士の同時添加は代謝物生成を抑制しアグリコンの吸収量を増加させることが示唆された。

　以上の結果より，Caco-2細胞内の第二相解毒酵素群はイソフラボノイド型分子よりフラボノイド型分子を好んで代謝することが推定された。



Copyright(C) 2006 National Institute for Physiological Sciences