生理学研究所年報 第27巻 | |
研究会報告 |
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8.視知覚への多角的アプローチ−生理,心理物理,計算論22005年6月23日−6月24日
【参加者名】 【概要】
(1) 視覚長期記憶の神経機構:大脳側頭葉における双方向情報処理納家 勇治(東京大学医学系研究科) 視覚長期記憶の貯蔵庫と考えられるサル下部側頭葉皮質はTE野と傍嗅皮質の細胞構築学的に異なる2つの領域から構成されている。これらのうち,視覚新皮質に属するTE野は物体視覚を処理する視覚腹側路の最終段階に位置し,一方,辺縁皮質に属する傍嗅皮質は内側側頭葉記憶システムの構成要素とされてきた。我々は対連合記憶課題遂行中のサル下部側頭葉からこれら2つのサブ領域を区別して単一ニューロンの活動を記録し,手がかり刺激に対する視覚応答と遅延期間活動について領域間での比較を行った。その結果,TE野から傍嗅皮質へ前向きにシグナルが伝達される際,手がかり刺激の組み合わせに関する情報が急激に増大する一方,傍嗅皮質からTE野への逆向きシグナル伝達は想起された情報の伝播に関与していることが示唆された。
(2) 視覚野における網膜位置依存的表現と視覚的運動蘆田 宏(京都大学大学院文学研究科)
一般に視覚対象は動きの方向にずれて見える。これは視覚情報処理などにおける時間的遅れを補うためかもしれない。ヒトのfMRI実験では,一次視覚野において賦活位置が動きと逆方向にずれるという不可解な報告がある(Whitney et al, 2003, Science)が,この研究には実験デザインや間接的な解析などの問題があり,解釈に疑問が残る。本研究では,fMRIを用いて,動きを伴う視覚刺激の視覚野における表現を再検討した。ドリフトする同心円状正弦波への応答を偏心度マップと重ねることにより,活動量を偏心度の関数として表現したところ,V3まででは運動による位置のずれはほとんど見られず,後ろの縁で活動量が増す傾向のみが示された。つまり,Whitneyらの測定結果は支持しうるが,逆方向へのずれという解釈は支持できない。なお,網膜位置マップが不明瞭な高次視覚野では他の方法が必要となる。現在,V5で正方向へのずれを示唆する予備的な結果が得られている。
(3) サッカードによる対象の運動知覚伊藤 裕之(九州大学大学院芸術工学研究院)
サッカード時には網膜像が急速に移動するにもかかわらず,通常外界の運動は知覚されない。しかし,暗い場所で発光する対象などは,高コントラストでしかもサッカード後にマスクする像が欠如しており,容易にサッカードを対象の動きとして認識できる。今回は,逆に低輝度コントラストにおいて対象の動きが知覚される例を報告し,そのメカニズムを考察する。等輝度の色定義パタンは,サッカード時に動いて見えるが,輝度差があるパタンでは動きが見えない。輝度コントラストをもつ輪郭を同色相で重ねると色定義パタンの動きは見えなくなるが,無相関なパタンを重ねても色定義パタンの動きは見える。これらのことから,高速な色定義運動はサッカード時に抑制されずに知覚されるが,輝度と色でエッジの相関がある場合は,色の運動知覚まで抑制されることがわかる。
(4) 色の恒常性の臨界期杉田 陽一(産業技術総合研究所脳神経情報研究部門) 生後間もないサルを1年間単色光照明だけで飼育した後に,色彩感覚を検査した。単色光照明で育ったサルは,見本の色と同じ色の対象物を選ぶという見本合わせの課題では,長い訓練によって正常なサルと同じ成績が得られるようになったが,見本の色によく似た対象物を選ぶという類似性判断の課題では,正常なサルとは極めて異なった結果が得られた。この結果は,単色光サルが,正常サルとは異質な方法で色を分類していることを示している。さらに,いくつかの色の中から一つの色を選択するという課題の結果は,照明条件によって大きく変化し,単色光サルに「色の恒常性」が備わっていないことが明らかになった。
(5) 周期的同期発火による視覚情報のコーディング立花 政夫(東京大学・大学院人文社会系研究科・心理学研究室) 光情報は,網膜内で緩電位によって処理された後,神経節細胞の軸索(視神経)を伝導するスパイクによって視覚中枢に運ばれる。しかし,スパイク列には発火頻度・発火数・発火のタイミング・同期的発火や周期的発火など様々なパラメータが考えられるため,どれが視覚情報を符号化するのに使われているのかは必ずしも明らかではない。私達は,拡大する黒スポット光刺激に対するカエルの逃避行動に着目し,眼球内にGABA受容体の阻害剤を注入したときの逃避行動の変化を調べると共に,これらの阻害剤が網膜神経節細胞のスパイク発火にどのような影響を与えるかについて剥離網膜標本にマルチ電極法を適用して検討した。その結果,オフ持続型神経節細胞(ディミング検出器)群の周期的同期発火が逃避行動に関連する視覚情報を視覚中枢に送っていることが明らかになった。
(6) 周辺視における色の見えとその応用阿山 みよし(宇都宮大学大学院工学研究科) 視野全域における色の見えを10名の被験者において定量的に測定し,その結果をユニーク色(混じりけのない赤,黄,緑,青という色知覚)の知覚的強さの等高線図(カラーゾーンマップ)で示した。 赤,黄,緑,青のどの刺激においても,カラーゾーンマップは視野の右及び下方向に広い特性を示した。その水平及び垂直方向の非対称性の様相を,網膜視細胞,神経節細胞,空間解像度,副尺視力の非対称性と比較したところ,網膜の生理学的特性との方で高い整合性が得られた。 赤,黄,緑,青の中では,青のカラーゾーンマップが最も広く中心での色み成分を100とした場合,50%を示す領域は緑が最も狭く,青が最も広い結果と成った。カラーゾーンマップと関係する応用研究として,視野広範囲でのLED刺激の色の見えや,走行画面上での有効視野など応用的研究の結果も青刺激が広い特性となり,基礎研究と応用の深い関連が示された。
(7) テクスチャ知覚の心理物理学: 弁別機構から質感知覚まで本吉 勇(NTTコミュニケーション科学基礎研究所) 地面,森,食べ物の表面など,自然の光景はテクスチャに満ちている。人間はこうしたテクスチャの違いを容易に弁別し,その情報を図地の分離や形状の復元,さらには質感の推定において有効に用いている。ヒトの視覚系はどのようにしてテクスチャを分析し,高次の視覚課題において利用しているのだろうか? 本講演では,われわれの心理物理学的研究を中心に,テクスチャ弁別の基礎過程に関する理論的・実験的知見を概観するとともに,表面質感の知覚(明度,光沢感,透明感など)におけるテクスチャ情報のインパクトに関する最新の知見を紹介する。
(8) A conundrum of stereoscopic mechanism藤田 一郎(大阪大学大学院生命機能研究科) 両眼視差はV1で検出される。しかし,V1細胞の性質はいくつかの点で両眼奥行き知覚の性質と食い違っており,両眼奥行き知覚の成立にはV1以後の視覚領野の活動が必要と考えられる。では,どの視覚領野が両眼奥行き知覚の形成に関与しているのだろうか。choice probability解析や電気刺激実験による強力な証拠がそろっているMTが最有力候補だが,別の実験は,MT細胞が両眼対応点問題を解決していないことを示している。V4やITが両眼対応点問題を解決しているという証拠が出るに伴い,MT細胞のこのふるまいは大きな謎となってきた(「両眼対応点問題を解かずに両眼立体視に関与するということはあり得るのか?」)。われわれは最近,心理物理実験と拡張視差エネルギーモデルの解析から,V1細胞による両眼視差エネルギー計算の出力が粗い奥行き知覚を担うものの,奥行き面の知覚を伴わないことを示唆する結果を得た。この結果に基づいて,多くの生理学的知見を整合的に説明する両眼立体視メカニズムに関するわれわれの仮説を紹介する。
(9) 知覚的フィリングインが示すさまざまな性質阪口 豊(電気通信大学大学院・情報システム学研究科) 知覚的フィリングイン(perceptual filling-in/fading)とは,視覚刺激を数秒間固視し続けると,周辺視野に提示された刺激があたかも消失するかのように感じられる錯視現象である。この現象は初期視覚における神経活動の適応や伝播によって引き起こされていると考えられているが,その詳細はいまだ明らかでない。演者は,フィリングイン現象のメカニズムを探りつつ,初期視覚における情報表現様式や相互作用の機序を知る手がかりが得られることを期待して,この現象の性質を調べる心理実験を暗中模索的に行なってきた。本講演では,「差分効果」「図地非対称性」「視野の非一様性」「瞬時充填」「複数領域間の相互作用」など,これらの実験を通じて見いだされたさまざまな性質についてお話ししたい。これらの現象論的データに対して,生理学的視点,情報論的視点からご意見をいただけると幸いである。
(10) 色カテゴリー課題と色弁別課題遂行中のサルTE野細胞の色応答比較鯉田 孝和(生理学研究所) 視覚刺激が同じであっても,われわれはタスクやルールに応じて異なる行動ができる。このとき視覚野の神経活動はタスクによって影響されるだろうか。色弁別タスクと色カテゴリータスクの両方をサルに訓練し,色覚の高次領野と考えられる下側頭皮質(TE野)からニューロン活動を記録した。色刺激はCIE-xy色度図上で赤から緑に等間隔で並ぶ11色を用いた。カテゴリータスクではテスト色刺激が赤ければ固視を続け,緑であればサッケードを行う。弁別タスクではテスト色刺激の消失と同時に呈示される2つの色刺激のうち,テスト色刺激と同じ色に向かってサッケードする。その結果,タスクにより活動の強さが変化した細胞が見つかった。極端なケースでは一方のタスク実行中に神経応答がほとんど消失した。ただし,活動が変化しても多くの場合色選択性は保たれていた。このことから,タスク間の差は神経応答のゲイン変化で説明でき,タスクを示すトップダウン信号による色信号のゲーティングが起こっていることを示唆している。
(11) 脳損傷に伴う視覚選択のトップダウン・コントロールの障害熊田 孝恒(産業技術総合研究所人間福祉医工学研究部門) 前頭葉損傷患者に視覚選択課題を実施した研究を報告する。第1の研究では,特徴探索課題を用い,特定の種類の標的にのみ反応をする条件と,あらゆる標的に反応をする条件を設けた。右前頭葉損傷者(YW)は,特定の標的に反応をする条件のみで顕著な障害を示した。あらゆる標的に反応をする条件では障害が認められなかったことから,ボトムアップの情報処理過程は障害されておらず,特定の特徴に加重するトップダウン過程の障害と解釈された。第2の研究では,左前頭葉損傷者(DS)に反応すべき視覚属性選択を指示に従って切り替える課題(例えば,色つきの文字を提示し,色に反応する課題と文字に反応する課題を切り替える)を課したところ,大きな切り替えコストを示した。この結果から,直前の視覚属性に対する重み付けを破棄して,新たな属性に重み付けをセットする過程に障害があると考えられた。これらのデータに基づき,前頭葉機能と視覚選択の関連について議論する。
(12) 初期視覚系における刺激特徴依存的な反応特性の変化:視床ー皮質間結合の見直し佐藤 宏道(大阪大学大学院医学系研究科認知行動科学) 一次視覚野(V1)ニューロンに見られる刺激特徴抽出性や,刺激文脈依存的反応修飾(CRM)は,大脳皮質内の機能構築様式を解明するための格好のモデルとして研究されている。しかし我々がネコのLGNにおいてニューロン活動を記録してV1と比較したところ,LGNやV1の刺激特徴選択性が,刺激のサイズや空間周波数に依存して変化することを見出した。特に,1)LGNニューロンにおいて受容野よりも大きな刺激を用いた場合には明瞭な方位チューニングが生じた。2)LGNニューロンにおいてもCRMに方位コントラスト依存性が見られた。3)低空間周波数にチューニングし,CRMの見られないLGNニューロンにおいて高空間周波数の刺激を用いた場合には,明瞭なCRMが観察された。4)V1ニューロンの方位チューニングは刺激サイズが大きくなるとシャープになった。これらの結果はLGNレベルの方位選択性およびCRMの方位コントラスト依存性が,V1ニューロンのそれの根拠となっている可能性を示唆する。
(13) 網膜疾患に起因する大脳視覚野の再構築は起こりうるか仲泊 聡(神奈川リハビリテーション病院・東京慈恵会医科大学) 視野の同一部位から入力を受ける左右眼の網膜ニューロンは,それぞれ大脳のV1で隣接したコラムに投射することが知られる。この左右眼の網膜対応部位がともに傷害されると,両部位から投射を受けるV1のニューロンの活性が不活化する。しかし,それは一時的であり,数ヶ月後には傷害部位の周囲網膜からの信号を受けるようになることがネコを用いて示されている。ところが,サルを用いた同様の実験の追試では,この再構築がまったく生じていないと最近報告された。ヒトにおいても,両眼の対応部位に病巣を有する患者で同様の事が生じると予想される。このような患者におけるfMRI実験が複数の施設で行なわれている。我々も若年性黄斑変性1名,加齢性黄斑変性2名,網膜色素変性2名の視覚野マッピングをfMRIを用いて行ない,網膜疾患に起因する大脳視覚野の再構築の有無について検討したので報告する。
(14) 道順のコーディング:内側頭頂葉ニューロンの機能泰羅 雅登(日本大学 大学院総合科学研究科・医学部先端医学講座) 近年,脳梁膨大部後部から内側頭頂葉に限局した損傷で「道順障害」と呼ばれる特異な見当識障害が生じることが報告されている。このような患者は,見ている風景や建物から,自分のいる場所がどこであるかということは認識できるが,特定の目的地に向かおうとすると,どちらの方向に進んでよいのかわからず,道に迷ってしまう。この症状のもとにある神経メカニズムを探るため,我々は,バーチャルリアリティによって,2階建てのビルディングを構築し,その内部をジョイスティック操作によって移動するナビゲーション課題をサルにトレーニングした。課題遂行中に,サルの内側頭頂葉から単一ニューロン活動を記録し解析したところ,この領域の神経細胞の多くが場所の情報と,行動の情報を統合しているデータを得た。この結果は,内側頭頂葉の神経細胞が,いわゆる「道順」を構成する事に関与している可能性を示唆している。
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