生理学研究所年報 第27巻 | |
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9.生体膜輸送分子複合体の分子構築と生理機能2005年7月19日−7月20日
【参加者名】
(1) グリア細胞のK+・水輸送を担うチャネルの局在制御とその分子基盤日比野浩,石井優,倉智嘉久 個々の組織におけるイオン・水の極性輸送(ベクトル輸送)は,体液の適切なイオン環境の保持に不可欠である。脳アストロサイトなどのグリア細胞では,シナプスの活性化により放出された細胞外の過剰なK+を取込み,血管の方向へ放出する機能を持つ。K+-buffering作用と呼ばれるこのベクトル輸送は,Cl-を同時に運ぶため浸透圧勾配を生み,水輸送を伴う。K+・水の輸送の共役は,神経機能の恒常性維持に重要である。以前よりアストロサイトでは,電気生理学的に豊富に観察される内向き整流性K+(Kir)チャネルがK+-buffering作用を担うと指摘されていた。最近,我々はそのKirチャネルが,Kir4.1とKir5.1で構成されること,1つの細胞にKir4.1ホモ複合体とKir4.1/5.1ヘテロ複合体の2種類のチャネルが存在し各々特定の膜ドメインに局在することを明らかにした。血管周囲突起にはKir4.1/5.1へテロ複合体が発現しておりK+の放出に関与し,一方シナプス周囲ではヘテロ複合体と共にKir4.1ホモ複合体が各々異なった突起に局在しK+の取り込みに携わると考えられた。ヘテロ複合体のチャネル活性は生理的範囲内の細胞内pHで大きく制御されるため,アストロサイトではK+の放出と部分的なK+の取込みが細胞内pHにより調節されていることが示唆された。また,血管周囲突起におけるKirチャネルの局在は,ディストロフィン関連蛋白群という複合体により,少なくとも一部が決定されている可能性を見出した。これら2種類のKirチャネルは,アストロサイトに唯一発現する水チャネルであるAQP4と同じ膜上で共存していた。更に生化学的解析によって,Kir4.1,Kir5.1とAQP4はグリア型Cl-チャネルなどの機能分子と“ラフト”と呼ばれる微小膜ドメインで集積していることが明らかとなった。アストロサイトにおけるK+・水のベクトル輸送の機能的共役に,この微少膜ドメインが重要な役割を果たしていることが強く示唆された。
(2) AQP2水チャネル変異による優性遺伝形式腎性尿崩症モデルノックインマウスの作成とその解析内田信一,蘇原映誠,頼建光,桑原道雄,佐々木成 常染色体優性遺伝形式の腎性尿崩症(Autosomal Dominant type Nephrogenic Diabetes Insipidus: ADNDI)の原因として,Aquaporin 2 (AQP2)水チャネルのC末端側のframe-shift変異が知られている。以前我々は,10塩基のdeletion mutantであるmutant AQP2 (763-772 del)が,MDCK細胞においてapical membraneではなくbasolateral membraneへsortingされることを示した。このsorting異常が腎性尿崩症にどのように関わっているかを調べるために,wild-type mouse AQP2のC末端をdominant negative effect を有するhuman AQP2 (763-772 del)に組み替えたknock-in mouseを作成し,解析を行った。 Heterozygous knock-in miceは自由飲水下で多尿(5.5±1.8 vs. 0.85±0.6 ml/day, n=4, p<0.03)と尿浸透圧低下(240±54 vs. 2470±530 mOsm, n=4, p<0.001)を認めた。24時間の脱水による体重減少率も,heterozygous miceのほうが有意に高く(24.2±2.4 % vs. 13.9±1.3 % n=4, p<0.01),heterozygous knock-in miceは尿濃縮力障害が明らかであった。このADNDIの発症メカニズムを解明するため,腎集合管でのwild AQP2とmutant AQP2の免疫2重染色を行った。Mutant AQP2の殆どはbasolateral membraneへsortingされ,apical membraneにはsortingを認めなかった。同様にwild AQP2もbasolateral membraneへsortingされ,これはdominant negative effectを有するmutant AQP2との4量体形成によっておこると考えられた。しかし,wild AQP2のみのapical membraneへのtargetingもわずかに認め,Wild AQP2のみの4量体は正常なsortingが阻害されないことが示唆された。この所見はADNDI患者の比較的mildな尿濃縮力障害の特徴を説明しうると考えられた。同時にこの尿崩症マウスモデルは腎性尿崩症の治療を試みるのに有用なモデルと考えられ,現在検討を行っている。
(3) ヘテロ二量体型アミノ酸トランスポーターの局在を決定する因子金井好克,安西尚彦,平田拓,Arthit Chairougdua SLC7(solute carrier 7)ファミリーに属する12回膜貫通型タンパク質(アミノ酸トランスポーター)は,その細胞膜移行に1回膜貫通型糖タンパク質を必要とする。この1回膜貫通型タンパク質としては,4F2hc(4F2 heavy chain)とrBAT(related to b0,+-type amino acid transporter)の2つが知られ,両者はそれぞれ特定の12回膜貫通型トランスポーターとジスルフィド結合を介して連結し,ヘテロ二量体を形成する。腎尿細管及び小腸の上皮細胞においては,4F2hcは側基底側に分布し,rBATは管腔側に分布する。4F2hcとrBATのキメラ解析により,4F2hc,rBATによる12回膜貫通型トランスポーターの認識が膜貫通領域周辺により行われること,及び管腔側/側基底側ソーティングが4F2hc,rBATの細胞内ドメインにより決定されることが示唆された。 1回膜貫通型タンパク質rBATは,12回膜貫通型トランスーターBAT1と連結し,腎近位尿細管管腔側膜のシスチントランスポーターを形成する。その遺伝的欠損であるシスチン尿症の症例から,BAT1のC-末端細胞内ドメインの変異が見い出された。BAT1のC-末端には電位依存性CaチャネルCav1.2の"targeting domain"と相同な配列があり,この部分のdeletionにより,パートナーであるrBATへの糖付加が阻害され,細胞膜膜移行が障害された。これは,ヘテロ二量体複合体の小胞体からゴルジ体への移行が障害されたためであることが明らかとなった。酵母ツーハイブリッド法により,この部位には多価の足場タンパク質RACK1が結合することが明らかとなり,ヘテロ二量体複合体の小胞体からゴルジ体への移行におけるRACK1の関与が示唆された。BAT1のC-末端には複数のタンパク質間相互作用に関わるドメインがあり,これを介して多様な調節を受けると考えられる。
(4) 無機リン酸トランスポートソームの機能制御とその破綻宮本 賢一1,竹谷 豊2,伊藤 美紀子1,瀬川 博子1 腎近位尿細管におけるリン再吸収機構は,生体におけるリン代謝調節機構の中心的役割を担っている。近位尿細管上皮細胞刷子縁膜にはII型ナトリウム依存性リン酸トランスポーター(NaPi-IIaおよびNaPi-Iic)がそれぞれ存在し,様々な因子により迅速な調節を受けている。とくに,副甲状腺ホルモン(PTH)は血中リン濃度調節の重要な因子であり,type IIaおよびtype IIcのエンドサイトーシスを作用することで迅速に血中リン濃度を調節している。多くの遺伝性低リン血症では,それらのトランスポーターの調節異常が見られる。 これまでに,我々はOK細胞を用い,NaPi-IIaがapical膜の脂質マイクロドメインに局在すること,PTH依存的にマイクロドメイン上でリン酸化される80kDaの分子を見出し,この分子がERM (ezrin-radixin-moesin)タンパクファミリーの一つであるezrinであることを明らかにした。次にPTHによるNaPi-IIaのエンドサイトーシスにおけるezrinの役割について検討したところ,ezrinは,PKAおよびPKCのいずれにおいてもPTH依存的にリン酸化された。さらに,ezrinのドミナントネガティブ体(N末端側半分)を発現させたところ,NaPi-IIaの膜への局在が減少した他,PTHによるNaPi-IIaのエンドサイトーシスが消失した。Ezrinは,NHERF-1を介してNaPi-IIaと結合する一方,細胞骨格actinとも結合し,トランスポーター分子複合体の形成に関与し,apical膜へ局在化させるために重要と考えられた。よって,PTHは,ezrinのリン酸化を行い,トランスポーター分子複合体を変化させ,NaPi-IIaのエンドサイトーシスを促進しているものと考えられた。 一方,遺伝性低リン血症(XLH,ADHR,HHRH)や腫瘍性骨軟化症などでは,血中FGF-23の濃度上昇により,リン再吸収機構の抑制が見られる。FGF-23はNaPi-IIaおよびNaPi-IIcのエンドサイトーシスを促進することで,そのリン利尿作用を発揮するが,リントランスポートソームを構成するどの分子が標的なのか明らかではない。 本講演ではリントランスポートソームを構成する分子の役割とPTHによる調節機構を概説するとともに,その破綻と病態についても考察する。
(5) 肝細胞胆管側膜上に発現されるABCトランスポーターの機能と局在変動伊藤晃成,鈴木洋史(東京大学医学部附属病院薬剤部) 肝細胞胆管側膜上には,種々のABCトランスポーターが発現され,細胞内から細胞外への物質輸送に関与している。そのうち,multidrug resistance associated protein 2 (MRP2/ABCC2) は,ビリルビングルクロン基酸抱合体を基質とし,その欠損は高ビリルビン血症を特徴とするDubin-Johnson症候群の発症につながる。さらに,広範な有機アニオン系薬物をも基質とし,薬物体内動態に影響を与えることが知られていることから,演者らは,単層培養したMDCK II細胞のbasolateral膜側に,取り込みに関与するトランスポーター(Organic anion transporing polypeptides)を,またapical側膜にMRP2を発現させ,経細胞輸送を測定する実験系を確立してきた。この実験系は,in vivo胆汁排泄を予測する上で有用な系と考えられ,話題提供したい。一方,MRP2を介した還元型グルタチオンの胆汁排泄は,胆汁生成に関与しており,MRP2機能の変動により,胆汁流量の変動や胆汁うっ滞の一因となるものと考えられている。そこで,MRP2の酸化的ストレス下での内在化に特に着目し,その機構について解析を開始した。ラット遊離肝細胞を3時間接着培養し,胆管様構造を形成させた後,GSH枯渇剤としてエタクリン酸(EA)を添加した。EA添加直後より細胞内GSHは低下し,これに伴いMRP2の胆管局在率は低下した。一方,EA添加によって細胞内Ca2+の上昇とNO産生上昇が観察され,EGTAの事前添加によりNO産生およびMRP2の内在化が阻害された。また,MRP2の内在化はcPKC/nPKC阻害剤(Gö6850)によって阻害されたが,cPKC阻害剤(Gö6976)によっては阻害されなかった。更にEA添加によって,nPKC(PKCd,PKCe)の活性化(細胞質から膜分画への移行)が観察されたが,cPKC(PKCa)の局在に変化は見られなかった。これらの結果から,GSH低下を引き金とするMRP2内在化過程においては,細胞内Ca2+上昇,NO産生上昇,nPKCの膜への移行と活性化が起こっていることが示唆された。今後さらにトランスポートソームの構成成分との結合・解離という観点から,MRP2内在化機構について解析を進めたい。
(6) 脳内エネルギーと脂質恒常性における脳関門輸送関連蛋白の役割と連携寺崎哲也,大槻純男 血液脳関門と血液脳脊髄液関門は,脳と血液の物質交換を制御することで脳内恒常性維持に重要な役割を果しているが,その輸送機構は不明な点が多い。各関門を構成する脳毛細血管内皮細胞と脈絡叢上皮細胞における各種輸送担体の発現,局在,機能,調節,相互の連携を解明することは,生理的役割や病態の理解だけでなく,中枢作用薬の開発において重要である。脳内クレアチンは血液の200倍も高濃度であり,エネルギー緩衝系として役割を果し,主な供給は脳内酵素による合成であると言われてきた。しかし,血液脳関門にcreatine transporter (CRT)が発現し,血液から脳内への輸送過程が主な供給経路であった。脳は全身の25%のcholesterol (chol)を保持するが,cholの脳内合成と消失は非常に遅い。脳内cholの主代謝体24S-hydroxycholesterol (24S-OH)は,血液脳関門に発現するorganic anion transporting polypeptide (oatp2)によって半減期100分で脳から排出された。Sterol輸送に関与するATP-binding cassette (ABC) transporter familyのABCA1,ABCG1,核内受容体LXRa,LXRbが,脈絡叢と条件的不死化脈絡叢上皮細胞株(TR-CSFB)で発現していた。LXR ligandである24S-OH処理によってTR-CSFB細胞のABCA1,ABCG1は誘導され,Apical方向のchol排出輸送に関して,ApoA1依存的輸送は2.55倍,HDL依存的輸送は1.38倍,ApoE3依存的輸送はApoE4依存的輸送より1.30倍誘導された。神経変性疾患などで24S-OHは変動することから,脳内cholの恒常性維持におけるこれらの輸送関連蛋白の連携は重要である。
(7) 免疫応答細胞における酸化的ストレス感受性Ca2+チャネルTRPM2の活性化機構および生理的役割山本伸一郎,原雄二,森泰生 TRPM2は過酸化水素(H2O2)などの酸化的ストレスにより活性化される Ca2+透過性チャネルである。酸化的ストレスによるTRPM2の活性化は細胞内で産生されたNAD+およびADP-riboseがTRPM2のC末端に存在するNudix motifに作用して引き起こされていると考えられているが,その詳細はまだ明らかにされていない。TRPM2は単球,好中球,およびリンパ球などで高い発現が認められている。しかしこれらの免疫細胞での生理的役割は明らかにされていない。そこで本研究では単球細胞株U937を用いて酸化ストレスによるTRPM2の活性化機構および生理的役割を明らかにすることを目的とし検討を行った。TRPM2活性化機構解明にあたり様々なストレス応答シグナルに着目した。我々はextracellular signal-regulated kinase(ERK)がTRPM2活性化に重要な役割を果たしていることをつきとめた。H2O2により惹起された [Ca2+]i上昇は TRPM2特異的siRNAおよびERK経路の阻害剤PD98059を処置することで抑制された。さらに,ERK によるリン酸化サイト(S/T-P motif)に変異をもつ TRPM2では H2O2による[Ca2+]i上昇が著しく減弱したことから,H2O2によるTRPM2の活性化はERKに制御されている可能性が示唆された。また,H2O2により細胞外Ca2+依存的な ERKのリン酸化がみられ,このERKのリン酸化はTRPM2特異的siRNA適用により抑制された。よって,TRPM2を介したCa2+流入はERKシグナリングのポジティブフィードバックを形成していることが明らかとなった。 次にTRPM2の生理的意義においてサイトカイン産生に着目した。U937においてH2O2によりERK/NF-kB を介したinterleukin-8(IL-8)発現誘導されることが報告されており,またそのIL-8発現誘導にCa2+が関与することが明らかにされているからである。H2O2によるIL-8産生誘導はTRPM2特異的siRNA,PD98059およびNF-kB 阻害剤を処置することで抑制された。さらに,H2O2による NF-kBの核内移行はTRPM2特異的siRNAやPD98059処置によって抑制された。よって,TRPM2を介したCa2+流入によって活性化されたERKはNF-kBの核内移行を惹起し,IL-8産生誘導を引き起こしていることが明らかになった。
(8) 一酸化窒素による心筋イオンチャネル制御機構古川哲史,白長喜,黒川洵子(東京医科歯科大学難治疾患研究所) 【目的】心血管系では一酸化窒素NOは,心筋保護・血管拡張・動脈効果予防などに働く重要なシグナル伝達分子である。本研究は,心筋細胞におけるNOのターゲットとなるイオンチャネルの同定,NOによるイオンチャネル制御の生理的意義,その分子メカニズムの解明を目的に行なった。 【方法】モルモット単離心室筋細胞を用いて,パッチクランプ法穿孔パッチモードによる電流記録,および免疫沈降法・Western blot法などの分子生物学的実験を行なった。 【結果】(1)NOドナー,SNP,によりICa,Lは抑制され,IKsは活性化されたが,INa・IKrには明らかな作用を認めなかった。ICa,L抑制はcGMP依存性リン酸化により,IKs活性化はcGMP非依存性であり,タンパクニトロ化によることが示唆された。 (2)NOによる心筋イオンチャネル制御は,少なくとも2つの心臓生理現象に関与する。1つはCa2+によるイオンチャネル制御機構であり,もう1つは性ホルモンによるnon-transcriptionalなイオンチャネル調節である。前者は,calmodulin依存性NOS3活性化により,後者はPI3-kinase/Akt依存性NOS3活性化によりもたらされる。 (3)calmodulin依存性NOS3活性化にはcaveolin-3・calmodulin・NOS33分子間のダイナミックなタンパク間相互作用が関与し,PI3-kinase/Akt依存性NOS3活性化には性ホルモン受容体・c-Src・PI3-kinase・Aktを含む複数分子のタンパク間相互作用が関与する。これらにはある種の足場タンパクの関与が示唆される。 【結論】心筋細胞でのNOは動的タンパク間相互作用の変化により各種イオンチャネルを制御しすることが,心筋保護作用をもたらす。
(9) 腎臓糸球体スリット膜を支える分子複合体の解析能平林 享,神作 愛,畑 裕(東京医科歯科大学・大学院医歯学総合研究科)
腎臓糸球体のポドサイト間にはスリット膜と呼ばれる特殊な細胞間結合が存在し蛋白漏出のバリアーとして機能している。遺伝性ネフローゼの原因遺伝子産物nephrinがスリット膜を構成する接着分子であることが同定されたのに続き,スリット膜の周辺に存在する種々の分子の異常がネフローゼの原因となることが明らかにされている。従って,スリット膜の分子構築の解析は,蛋白尿を呈する疾患の分子病態の理解に重要である。 スリット膜は上皮細胞のタイトジャンクション(TJ)に由来し分子構築の点でも共通点が多い。例えば,TJの足場蛋白であるZO-1はスリット膜にも存在する。同じくTJの足場蛋白MAGI-1がスリット膜に存在することを,私たちは順天堂大学の栗原らとの共同研究で明らかにした。MAGI-1に結合する接着分子JAM4はスリット膜だけでなくポドサイトの頂端面にも分布し,その局在はMAGI-1と完全には一致しない。そこでMAGI-1の結合分子を更に探索し,nephrinがMAGI-1に結合することを明らかにした。従来知られているnephrin結合分子の多くは,puromycin aminonucleoside処理による実験ネフローゼ腎で,スリット膜の頂端面方向へのシフトに伴い,nephrinから乖離するが,MAGI-1はこの状態でもnephrinとの結合を維持している。このことからnephrin・MAGI-1の相互作用はスリット膜の基本的な枠組みを提供すると推測される。JAM4とnephrinはスリット膜でMAGI-1を介して三者複合体を形成するが,JAM4は常にスリット膜より頂端面側に留まり,スリット膜がTJと同様に頂端面と基底側面の境を形成することも示唆される。 ポドサイトにはnephrin・JAM4の他にもNeph1・FAT・CAR・ポドカリキシンなどのPDZ結合モチーフをもつ膜蛋白があり,ZO-1・MAGI-1以外にもNHERF2・CASK・LNX1などのPDZ蛋白が存在する。これらの膜蛋白と足場蛋白の特異的組合せからなる分子複合体がポドサイトに機能的な細胞膜ドメインを形作ることが想定される。
(10) 新しい微小管結合蛋白質による細胞の機能と構造の制御中西 宏之(熊本大学大学院医学薬学研究部細胞情報薬理学) 微小管は,オルガネラ輸送,細胞運動,細胞極性などの細胞機能に必須の役割を果たすと共に,中心体,繊毛などの細胞構造の基本を構築している。微小管のオーガナイゼーションは種々の微小管結合蛋白質によって制御されている。私共は,微小管が関わる細胞の機能と構造の制御機構を解析するために,新しい微小管結合蛋白質の同定を試みた。まず私共は,微小管結合蛋白質を検出する新しいアッセイ法(チュブリン・ブロット・オーバーレイ法)を開発し,この方法によってラット脳組織より新しい分子(p100と一時的に命名)を同定した。このp100はRac低分子量 G蛋白質が引き起こすラッフル膜に局在した。さらに新しい微小管結合蛋白質を同定するために,ラット脳組織から微小管と共沈する蛋白質群を収集し,それらを質量分析によって網羅的に解析して,これまで30以上の新しい分子を同定した。これらのうち,ある分子は微小管に沿って局在し,一方,ある分子は中心体や繊毛に局在した。本シンポジウムでは,これら新しい分子や微小管と生体膜輸送分子複合体との関連について議論したい。
(11) IRSp53のRCBドメインによる細胞膜の変形機構末次 志郎(東京大学医科学研究所腫瘍分子医学研究分野) 代謝過程に起こる細胞膜の変化と細胞骨格は密接に結びついている。エンドサイトーシスによる膜輸送では,まずamphiphysin,dynamin,clathrinなど脂質結合タンパク質が誘導する細胞膜の内側に向かった変形により小胞が形成される。次に,N-WASPによって細胞骨格の再構成がおこって小胞の移動がおこる。これに対し,細胞の移動先端やファゴサイトーシス,マクロピノサイトーシスなどの他の輸送系では,細胞膜が大きく外側に変形し,仮足構造が作られる。仮足形成では膜結合タンパク質による細胞膜の変形は知られておらず,細胞骨格の再構成が細胞膜の外側に向かった変形を誘導すると考えられてきた。私は,IRSp53の構造解析の結果から,エンドサイトーシスに関わるamphiphysinのBARドメインとIRSp53のRCBドメインが類似の構造を持つことを見いだした。さらにIRSp53のRCBドメインは細胞膜を変形させることができることを見いだした。IRSp53は仮足構造形成に関わるタンパク質であるので,膜結合タンパク質による細胞膜の変形が,エンドサイトーシスのみならず外側に向かった細胞膜変形を含むさまざまな過程に関わる普遍的なメカニズムであることを示唆している。
(12) 小胞輸送系に介在する低分子量G蛋白質Rab5とその制御因子RINファミリー梶保 博昭1,堅田 利明1,仁科 博史2 細胞はエンドサイトーシスやエキソサイトーシスを介して外界との物質交換を行っており,低分子量G蛋白質であるRabファミリーがこれらを制御していることが明らかにされている。中でもRab5はエンドサイトーシスの初期段階(細胞表層から初期エンドソームまでの輸送経路)で必須の役割を果たしている。我々はRab5の新規相互作用因子としてRIN2,RIN3を単離・同定してきた。RIN2,RIN3はH-Rasと相互作用することが知られているRIN1と高い相同性を有し,SH2 ドメイン,Proに富むSH3ドメイン結合領域,Rab5のGEFに保存されたVps9ドメイン,Rasに結合し得るドメインなど様々なシグナル関連ドメインを有するユニークな蛋白質群である。我々はRINファミリーの機能解析を進め,その結果1)RIN2,3がRab5に対するGEF活性を有し,さらに通常のRab5-GEFと異なりGDP型,GTP型Rab5の両方に結合すること,2)RIN2,3がHeLa細胞内で小胞状の局在を示し,各種Rabファミリーと共発現させたところRab5特異的に共局在したこと,3)RIN3が形成する小胞を蛍光トランスフェリンが通過していく様子が観察されたこと,4)RINファミリー相互作用因子としてクラスリン被覆小胞の形成に関与するアンフィファイシンIIを同定しC末端のSH3ドメインを介してRIN2,3のプロリンに富む領域と結合することを明らかにした。以上の結果より,RIN2,3がRab5のGEFかつGTP型を安定化する因子として機能し,アンフィファイシンIIと相互作用して初期エンドサイトーシスの輸送過程を制御する因子であると考えられる。
(13) 多光子励起過程を用いた開口放出・溶液輸送機構の解析根本知己1,岸本拓哉1,2,緒方衝1,3,兒島辰哉1,大嶋章裕1,河西春郎1,2 多光子励起過程を用いた細胞機能の可視化解析(2光子顕微鏡)は,中枢神経系を中心に様々な組織の細胞生理学的研究に広がってきた。ここでは本手法の特徴と今後の展開について,膵臓外分泌腺細胞の開口放出,溶液輸送現象を例に報告する。この2光子顕微鏡の近年の広がりは,励起光が近赤外領域であるため生体標本に対し低吸収低散乱性であること原因する組織的標本深部断層像の高い空間分解からもたらされている。この低吸収性は生体試料に対する侵襲性が低いことをも意味し,長時間に渡って安定的なライブイメージングを可能たらしめている。さらに多光子励起の場合,1光子励起波長の離れた複数の蛍光色素も同時に励起できることが多い。これらの特徴を生かし,我々は外分泌腺房の生理的なCa2+濃度上昇の定量的測定と単一の融合細孔形成の可視化を初めて同時に可能とした。さらに我々は逐次開口放出という新しい様式が用いられていることを初めて見い出した。この様式は様々な分泌細胞で確認されつつあり,我々も副腎髄質クロマフィン細胞,膵臓b細胞でも使われていることを実証する共に,膜融合のSNARE仮説に基づくモデルを提出し検証している。さて,実際の2光子顕微鏡で多光子励起が生じるのは,焦点近傍の1フェムトリットル以下の領域である。この局所性をケージドカルシウムの活性化に用いれば,任意のタイミングで人工的に細胞内に極微小なCa2+ドメインを出現させることが可能となる。これを用いて,我々は膵臓外分泌腺細胞膜上のCa2+依存性塩素チャネルの機能マッピングに成功し,水・電解質輸送のpush-pullモデルの実証を行った。また鼻粘膜上皮腺で輸送現象の断層イメージングに成功した。このように多光子励起過程は膜系の動態やイオンチャンル機能の生理的解析に有効な方法論であり,トランポートソーム機能発現を支える分子機構の解明に有効であると考える。
(14) 1分子ナノバイオロジーが明らかにする細胞膜のデジタル式信号変換機構楠見明弘(京都大学再生医科学研究所/工学研究科マイクロエンジニアリング専攻, 最近,さまざまなシグナル伝達分子の挙動や相互作用・活性化などを,生きている細胞において1分子レベルで見ることに成功しつつある。このために,1蛍光分子観察,1分子FRET,1粒子追跡,1分子捕捉と操作などの方法を,生細胞中で使えるように工夫してきた。1分子ごとに見ると,多数分子の平均の観察ではわからない機構や現象も見つかるであろう,と思いながら研究していたのであるが,本当に面白いことが出るのかどうか不安でもあった。実際にやってみると,予想以上に面白いことが次々とわかってきた。 最も重要な発見の一つは,実に多くのシグナル伝達の素過程に,活性化された分子とエフェクターとの結合を促進したり安定化させる scaffolding protein または,足場として働くような細胞内のマイクロドメイン(例えばラフト)がかかわっていることである。それらのタンパク質や足場ドメインが形成する短寿命シグナル複合体(1秒以下の寿命であることが多い)が,このようなシグナルの受け渡しの素過程を担っているように思われる。細胞全体としてみると分のオーダーのシグナル変換が見えていても,それらは,1分子のレベルではパルス状の活性化パターンをもっており,そのようなきわめて短時間のシグナル伝達の素過程の重ね合わせが,分単位のアナログな変化の基礎をなしているようなのである。これは,シグナルシステムとしては,1分子のレベルでは,分子は殆ど常にOFFの状態に保たれており,1瞬だけONになるという方式が進化の過程で選ばれたことを示している。
(15) 表面形状と物性から見た蛋白質間相互作用様式の予測法の開発木下 賢吾(東大医科研・ヒトゲノム解析センター) 近年さまざまな実験的手法により,どのタンパク質ペアが相互作用するかの情報は蓄積されてきた。それに伴い,それらがどのように相互作用するのかを予測する方法の開発が求められている。 そこで我々は(1)ホモオリゴマータンパク質の相互作用部位の網羅的な比較分類と解析から相互作用部の特徴抽出を行い,(2)アミノ酸配列の進化的保存度と分子表面の相補性に着目したドッキング法の開発を行った。 (1)に関しては,SCOPデータベースを使って用意した重複のない374のホモオリゴマーを同定し,比較分類を行った。まず大まかな分類としてdimer型, cyclic-oligomer型,巻き付き型の3種類に分類し,dimer型に関してはさらに,dimerの対称軸方向への広がり具合から平行型,垂直型,均等型の3種類,合計5種類の型への分類をおこなった。その結果,これらの分類と,静電ポテンシャル及び疎水性度の分布の間に相関を見いだすことができた。また,この解析を利用して,生物学的に意味のある相互作用と,結晶学的な接触とを区別する手法の開発を行った。 (2)に関しては,冗長性を取り除いた265のヘテロオリゴマーに関して,相互作用の種類と機能で大まかに分類し,その分類毎に相互作用部位の進化的な保存度の解析を行った。その結果,シグナル伝達系での相互作用部位の高い保存度を確認することができた。この知見を利用して,蛋白質相互作用部位の予測法を開発するために,表面の形状の相補性と進化的な保存度を評価基準とした表面での複合体予測法の開発をおこなった。この方法をシグナル伝達系の複合体の構造(7複合体)に適用したところ,1例は複数の保存部位を持つタンパク質で必ずしもうまく行かなかったが,残り6例で結晶構造とほぼ同一の解を得ることができた。
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