生理学研究所年報(第27巻)

生理学研究所年報　第27巻
研究会報告

15．大脳皮質機能単位の神経機構

2005年10月20日－10月21日
代表・世話人：姜　英男（大阪大学・大学院歯学研究科）
所内対応者：川口泰雄（大脳神経回路論研究部門）

（１）: 大脳皮質の自発活動　－常同性と活動予測性とグラフパターン－

池谷裕二（東京大学・大学院薬学系研究科）
（２）: 大脳皮質局所回路における層依存的同期特性

坪　泰宏（理化学研究所・脳科学総合研究センター・脳回路機能理論研究チーム）
（３）: 大脳皮質GABAニューロンが形成するギャップ結合性ネットワークの3次元的広がり

福田孝一（九州大学・大学院医学研究科・神経形態学）
（４）: 発達期海馬における，カンナビノイド受容体によるアンチ・ヘッブシナプス

安田浩樹（大阪大学・大学院医学系研究科・神経生理学）
（５）: 神経オシレーションによる大脳皮質間機能連絡の強化

吉村　弘（金沢医科大学・顎口腔機能病態学）
（６）: 線条体の行動価値表現と大脳基底核の強化学習モデル

鮫島和行（玉川大学・学術研究所・脳科学研究施設）

【参加者名】
福田孝一（九州大学院・医），姜　英男（大阪大学院・歯），安田浩樹（大阪大学院・医），宋文杰（大阪大学院・工），金子武嗣，加藤伸郎，藤山文乃，日置寛之，大平耕司，中村公一，倉本恵梨子，田中康代，田中琢真，越水義登，雲財知，亀田浩司（京都大学院・医），青柳富誌生，野村真樹（京都大学院・情報），北野勝則（立命館大学・情報理工），吉村弘（金沢医科大学），吉村由美子（名古屋大学・環境医学研），福田敦夫（浜松医科大学・医），池谷裕二（東京大学院・薬），森田賢治（東京大学・生産技術研究所），山下晶子（日本大学・医），小島久幸（東京医科歯科大），鮫島和行（玉川大学・学術研究所），端川勉，深井朋樹，一戸紀孝，坪泰宏（理化学研究所），南部篤，伊藤南，川口泰雄，窪田芳之，大塚岳（生理学研究所）

【概要】
　平成17年10月20～21日に6人の演者による講演と議論を行なった。「大脳皮質の自発活動－常同性と活動予測性とグラフパターン－」池谷裕二氏は，カルシウムイメージング法を用いて皮質切片標本から大規模な神経活動記録を行い，自発活動の時空構造に特定の繰り返し配列が多数含まれていることを明らかにし，その配列から神経活動が予測できることを示した。「大脳皮質局所回路における層依存的同期特性」坪泰宏氏は，錐体細胞における位相応答曲線を調べ，ラット運動野では2/3層と5層錐体細胞では，それぞれ，二相性及び単相性の異なる位相応答を示すことを明らかにし，さらに二相性応答を示す細胞間に同期化が生じうる可能性をシミュレーションにより示した。「大脳皮質GABAニューロンが形成するギャップ結合性ネットワークの3次元的広がり」福田孝一氏は，大脳皮質のparvalbumin 陽性非錐体細胞は，他の60個もの同種の細胞とギャップ結合している事を示した。「発達期海馬における，カンナビノイド受容体によるアンチ・ヘッブシナプス」安田浩樹氏は，幼若な海馬で，興奮性入力が活動依存的に活動性の低い興奮性シナプスを抑圧する異シナプス性長期抑圧に，カンナビノイド受容体が関与する事を示した。「神経オシレーションによる大脳皮質間機能連絡の強化」吉村弘氏は，カフェイン投与により，スライス標本一次視覚野に発生したオシレーションが二次視覚野，脳梁膨大後野へと伝播すると，同領域を発信源とする8-10Hzのオシレーションが引き起こされ，その結果，入力信号の強化が生じることを明らかにし，オシレーションが機能的連絡を強化するという仮説を提唱した。「線条体の行動価値表現と大脳基底核の強化学習モデル」鮫島和行氏は，サルに選択肢課題をさせ，大脳皮質から線条体ではこれから選択する行動の価値を表現し，それに基づいた行動選択が大脳基底核の出力核群において行われるという強化学習モデルを報告した。個々の講演において，白熱した討論が30分以上おこなわれ，学会等では出来ない深い議論が行なわれた。

（1）　大脳皮質の自発活動　－常同性と活動予測性とグラフパターン－

池谷裕二（東京大学・大学院薬学系研究科）

　脳は外部情報が与えられなくても自発的に活動している。従来こうした外界から孤立した神経細胞の活動は無用なノイズとして解釈されてきたが，近年我々は，自発活動には偶発レベルを越えた秩序が潜んでいることを明らかにした。カルシウムイメージング法を用いて皮質切片標本から大規模な神経活動記録を行い，自発活動のパターンを数理解析したところ，その時空構造には特定の繰り返し配列（シークエンス）が多数含まれていることが判明した。幾多の方法でデータをシャッフルすると，いずれの場合もシークエンス数が有意に減少することから，シークエンスの存在は偶発的な帰結では説明できないと考えられる。シークエンスを形成する神経活動は，古典的なホップフィールド回路とマカロック・ピッツモデルを組み合わせると，高い正確性をもって予測できることがわかった。さらに，現在進行中の研究ではあるが，視床を刺激すると流動的だった自発活動が特定ノイズパターンに固定されることから，外部入力は，皮質応答を誘発するのではなく，遷移する内部状態から特定の「相」を選択する役割を演じていると解釈される。つまり，静的な受動システムではなく，内発的に情報を生み出す「自発創生システム」として大脳皮質を捉えなおす必要がある。

（2）　大脳皮質局所回路における層依存的同期特性

坪　泰宏（理化学研究所・脳科学総合研究センター・脳回路機能理論研究チーム）

　大脳皮質には特徴的な層構造がみられ，各層を構成する神経細胞の投射先，形態，電気的性質などが層により異なることが様々な研究からわかってきた。さらにこの層構造をもつ局所回路がどのように機能しているのかを知るためには，構成要素である神経細胞の相互作用特性を調べることが必要である。そこで我々は，相互作用の基本的性質を表現する「位相応答」と呼ばれる性質を，大脳皮質の構成要素の大半である錐体細胞に対して調べた。位相応答を調べる方法は2通り知られている。発火モデルを構築しこのモデルに対して位相縮約を用いる間接的方法と，神経細胞から実験により直接位相応答を記録する直接的方法である。本研究では，近年有効であることが実験的に示されてきている直接的方法を用いた。結果として，ラット運動野ではII/III層の錐体細胞の多くは同期傾向が強いが，V層の錐体細胞の多くは同期傾向が弱いことがわかった。この細胞特性が局所回路においてどのような機能的役割を果たすのかについても，少し言及したい。

（3）　大脳皮質GABAニューロンが形成するギャップ結合性ネットワークの3次元的広がり

福田孝一（九州大学大学院・医学研究科・神経形態学）

　大脳皮質のGABAニューロンが相互にギャップ結合を形成していることが近年明らかにされた。しかし従来の電子顕微鏡的研究ではギャップ結合の存在を局所的に示すことしかできず，大脳皮質構築におけるその3次元的な分布を知ることは困難であった。最近私は技術的問題の改良により，ギャップ結合の空間的分布の検討を可能とした。ネコ視覚皮質において，一個のパルブアルブミン(PV)陽性GABAニューロンが平均60個ものギャップ結合を他のPVニューロンと形成し，樹状突起に沿った結合部位の分布は生理学的な予想を大きく越えた広がりを示し（細胞体から380ミクロンまで），ギャップ結合による連鎖は皮質内を側方にどこまでも続いていくと思われること，さらにPVニューロンの大きな樹状突起野が，光学的に記録した方位選択性カラムには束縛されない大きな重なりを示すことを明らかにした。これらの事実は，リズムと同期性の実現に関連しうる構造が，大脳皮質の中に驚くほどの密度と広がりを持って初めから用意されていることを示唆する。

（4）　発達期海馬における，カンナビノイド受容体によるアンチ・ヘッブシナプス

安田浩樹（大阪大学・大学院医学系研究科・神経生理学）

　活動に応じてシナプス伝達を強化するヘッブシナプスは，海馬における学習・記憶の形成，活動依存的な神経回路の再構築に関与すると考えられている。ただ，幼若な神経組織においては抑制系の発達が乏しく，大きな興奮性増加を伴う可塑的変化は病的興奮を起こす可能性がある。幼若海馬には成熟期とは異なり，PKAによって生じる，比較的小さな長期増強が生じることを報告した(Yasuda et al. 2003)。一方，幼若な海馬では，興奮性入力が活動依存的に興奮性シナプス自身を抑圧するメカニズムが発達しており，長期増強に伴って，高頻度刺激を受けないシナプスに異シナプス性長期抑圧が生じた。活動の低いシナプスを抑圧して活動の高いシナプスを相対的に増強することにより，小さな長期増強を補完するメカニズムであると考えられる。この異シナプス性長期抑圧は①若いほど程度が大きく，②生後数週間にわたって観察され，発達とともに消失する。③カンナビノイド受容体が関与していて，④細胞内だけではなく，細胞間に広がっている可能性がある。

（5）　神経オシレーションによる大脳皮質間機能連絡の強化

吉村　弘（金沢医科大学・顎口腔機能病態学）

　大脳皮質における神経オシレーション活動の，皮質間信号伝播への影響を調べた。中枢神経賦活剤であるカフェインが，脳スライスに含まれる神経回路の機能を効果的に増幅することがわかってきた。このカフェインをラット視覚野スライスに適用し，光学的計測法を用いて，一次視覚野の白質刺激によって引き起こされる神経活動の振る舞いを動的に観察した。一次視覚野に発生した信号は，二次視覚野さらに脳梁膨大後野へと伝播し，二次視覚野浅層および脳梁膨大後野深層を発信源とする8-10Hzのオシレーションを引き起こした。それぞれの振動源からNMDA受容体の活動に依存する振動性信号が配信され，この振動性活動は，一次視覚野から二次視覚野を経て脳梁膨大後野へと向かうnon-NMDA受容体依存性の入力信号を強化する役割を担っていた。これらの実験結果から，ある間隔で局在する振動装置が大脳新皮質－大脳辺縁系間における機能的連絡を強化する，という仮説が導き出された。

（6）　線条体の行動価値表現と大脳基底核の強化学習モデル

鮫島和行（玉川大学・学術研究所・脳科学研究施設）

　これからすることを決定するとき，その結果の良さを評価することは重要になる。大脳基底核は運動や報酬に関わることがこれまで示唆されてきたが，報酬の情報が意志決定にどのように関わるのかは，まだわかっていない。我々は意志決定時の大脳基底核の機能を調べるために，サルに各行動に割り付けられた報酬の確率に基づいて二つの選択肢から一つを選ぶ課題を訓練し，線条体から細胞外電気記録を行った。選択行動直前の線条体投射細胞の活動のうち2/3がある1つの行動選択に対する報酬予測（行動価値）を表現し，より少ない細胞で相対的な価値，もしくは行動選択そのものを表現していた。この結果は，大脳皮質から大脳基底核の入力部である線条体ではこれから選択する行動の価値を表現し，それに基づいた行動選択が大脳基底核の出力核群において行われ，行動の結果得られる報酬によって行動価値が更新される，という強化学習モデルを示唆する。



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15．大脳皮質機能単位の神経機構

（1） 大脳皮質の自発活動 －常同性と活動予測性とグラフパターン－

（2） 大脳皮質局所回路における層依存的同期特性

（3） 大脳皮質GABAニューロンが形成するギャップ結合性ネットワークの3次元的広がり

（4） 発達期海馬における，カンナビノイド受容体によるアンチ・ヘッブシナプス