2005年12月8日−12月9日
代表:岡部繁男(東京医科歯科大学・大学院医歯学総合研究科)
所内対応者:伊佐正(生理学研究所・認知行動発達機構)
- (1)
- トモシン-PKAによる神経伝達物質放出の制御
匂坂敏朗
1,持田澄子
2,高井義美
1
(大阪大学大学院・医学研究科・生化学分子生物学講座1,東京医科大学・生理学第一講座2)
- (2)
- 網膜リボンシナプスにおけるエクソサイトーシスの時空間分布
緑川光春,立花政夫(東京大学大学院人文社会系研究科・心理学教室)
- (3)
- Calyx of Heldシナプスにおける伝達効率飽和のメカニズム
山下貴之,上田壮志,谷真紀,高橋智幸(東京大学大学院医学系研究科・神経生理学研究室)
- (4)
- クラミドモナス光感受性チャネルを用いた神経細胞光刺激法の開発
八尾寛,石塚徹,荒木力太(東北大学(院)生命科学研究科・脳機能解析分野)
- (5)
- 視覚野における興奮性および抑制性神経結合特異性の解析
吉村由美子(名古屋大学・環境医学研究所・視覚神経科学分野)
- (6)
- ivマウス海馬神経回路における左右差の消失
川上良介1,2,伊藤功2(生理学研究所脳形態解析研究部門1・九州大学理学研究院生物科学部門2)
- (7)
- 褐色脂肪細胞でのミトコンドリアと滑面小胞体間の両方向性Ca2+ カップリングとCa2+ 流入の多面性制御機構
日暮陽子,久場雅子,須崎尚,久場健司(名古屋学芸大学・管理栄養学部解剖生理)
- (8)
- 定量的単一細胞RTマルチプレックスPCR法による急性スライス標本のラット海馬神経細胞の解析
都筑馨介,塚田昌大,小澤瀞司(群馬大学大学院医学系研究科・神経生理分野)
- (9)
- 液体打撃実験モデルラット脳海馬CA1ニューロンにおける過興奮
蓮尾博1,大場(古賀)さとみ1,2,村岡範裕2,赤須崇1
(久留米大学医学部生理学・統合自律機能部門1,脳神経外科学2)
- (10)
- 小脳長期抑圧におけるグルタミン酸受容体デルタ2サブユニットのはたらき
矢和多智,平野丈夫(京都大学大学院・理学研究科・生物物理学教室)
- (11)
- NMDA受容体複合体のリン酸化による機能調節
中澤敬信,山本雅(東京大学医科学研究所・癌細胞シグナル研究分野)
- (12)
- シナプス後部蛋白質の絶対数の定量
岡部繁男,杉山佳子(東京医科歯科大学・大学院医歯学総合研究科)
- (13)
- 内因性カンナビノイドによる線条体抑制性シナプスの伝達調節
鳴島円1,内ヶ島基政2,松井稔3,真鍋俊也3,渡辺雅彦2,狩野方伸1,4
(1金沢大学大学院・医学研究科・シナプス発達・機能学,
2北海道大学大学院・医科学研究科・解剖発生学分野,
3東京大学・医科学研究所・基礎医科学・神経ネットワーク分野,
4大阪大学大学院・医科学研究科・細胞神経科学)
- (14)
- 代謝調節型受容体を介した淡蒼球ニューロン活動の制御機構
金田勝幸1,2,喜多均1
(1Department
of Anatomy and Neurobiology, University of Tennessee, Memphis,
2生理学研究所・認知行動発達機構研究部門)
- (15)
- 前脳基底核シナプス伝達の生後発達変化
籾山俊彦(生理学研究所・脳形態解析部門)
【参加者名】
都筑馨介,齋藤康彦,高鶴裕介(群馬大・医),平野丈夫,田川義晃,川口真也,矢和多智,大槻元,関優子,鶴野瞬,北川雄一,水野秀信,宮脇寛行,畔柳智明(京大・理),八尾寛(東北院・生命科学),持田澄子(東京医科大),岡部繁男,栗生俊彦,佐藤映美,西田秀子,申義庚,川端いづみ,中澤敬信(東京医科歯科大),小松由紀夫,黒谷亨,吉村由美子,高田直樹,稲垣壮,任鳴,稲葉三枝,舟橋梨江(名大・環境),立花政夫,緑川光春(東大・院人社),高橋智幸,齋藤直人,堀哲也,鈴木大介,中村行宏,山下貴之,渡邊博康,金子雅博,山下慈郎,上田壮志,大島知子,松山恭子,コウ・アイディ(東大・医),匂坂敏朗(阪大院・医),成田和彦(川崎医科大),久場健司,久場雅子,日暮陽子(名古屋学芸大),神谷温之(北大・医),真鍋俊也,関野祐子,海津正賢(東大・医科研),伊藤功,川上良介,(九州大・理),蓮尾博(久留米大・医),早戸亮太郎(九州工・生命体),狩野方伸(大阪大・医),鳴島円(金沢大・医),重本隆一,川口泰雄,籾山俊彦,岸本卓哉,前島隆司,橘吉寿,北村明彦,西巻拓也,畠山裕康,和田浩之,足澤悦子,堀部尚子,伊佐正,金田勝幸(生理研)
【概要】
平成17年12月8-9日の2日間にわたり自然科学研究機構・岡崎カンファレンスセンターにおいて「シナプス伝達の細胞分子調節機構」に関する研究会を開催した。この研究会は平成9年から毎年開かれており,今回は約60名が参加し,15の演題が発表された。プレシナプスにおける伝達物質放出機構,シナプス後部での情報伝達メカニズム,大脳・海馬の局所神経回路構築,大脳基底核のシナプス機能,等に関する新しい実験結果が報告された。伝達物質の放出とその制御については,網膜リボンシナプスでの開口放出の光学的測定,グルタミン酸伝達の飽和に関する発表があった。シナプス後部情報伝達については,NMDA受容体のチロシンリン酸化と扁桃体でのシナプス可塑性の関連,小脳デルタ2受容体に結合し長期抑圧を制御する分子の同定,単一シナプス後部に存在するPSD足場蛋白質の絶対数の定量に関する発表があった。また局所回路構築に関連して,クラミドモナス光感受性チャネルを利用した新規の神経細胞活性化法,内臓逆位マウスにおける海馬神経回路網の変化が報告された。また大脳基底核での内因性カンナビノイドの役割,代謝型受容体による調節についての発表もあった。この研究会には,分子生物学者,電気生理学者,形態学者が参加しており,様々な観点から活発な討論が交わされ,今後の共同研究の良い契機となった。神経科学会や生理学会においては一般演題がほとんどポスターになり若手の講演の機会が減っているが,本研究会においては若手研究者による発表が多く,かつその発表は良く準備されたものであった。また様々な側面からの質問に対しても的確な回答がなされ,この会に参加する若手研究者の高い能力と広い知識を頼もしく感じた。今後もこの研究会を継続し,若手研究者育成の役割を果たす必要がある事を確認し,来年度以降の計画を立案する事となった。
匂坂敏朗1,持田澄子2,高井義美1
(1阪大院・医・生化学・分子生物学講座,2東京医科大学・生理学第一講座)
神経伝達物質の放出において,まずシナプス小胞は,軸索輸送によりシナプス前膜(ターゲットとなる膜)に運ばれる(ターゲッテイング)。シナプス小胞は,アクテイブゾーンにおいて,シナプス前膜のCa2+チャンネルの近傍にドッキングした状態になり,さらにCa2+濃度の上昇に応答できる状態に成熟する(プライミング)。Ca2+が流入した際,Ca2+チャンネル周辺の局所的に上昇したCa2+濃度に依存して,シナプス前膜とシナプス小胞の融合が起こり,シナプス小胞内の神経伝達物質が放出される。これまで,ターゲッテイングにはRab3A系の蛋白質,ドッキングと融合には普遍的膜融合装置を構成するSNARE系の蛋白質,そしてプライミングにはアクテイブゾーン構成蛋白質が関与していることが明らかにされている。これまで,私共は,神経伝達物質の放出にSNARE系の活性制御タンパク質であるトモシンが抑制的に働くことを明らかにしている。トモシンがt-SNAREとトモシン複合体を形成し,小胞融合に必須な7S SNARE複合体の形成を抑制することにより,神経伝達物質の放出を制御している。最近,トモシンがプライミングに関与していることが明らかにされつつある。一方,PKAが,ドッキングとプライミングを制御していることが知られている。ドッキングにおいては,SNAP-25をPKAがリン酸化することにより調節することが知られているが,プライミングにおいてのPKAのリン酸化基質は,未だ同定されていない。PKAによるトモシンの活性調節を検討したところ,PKAがトモシンをリン酸化することにより,シンタキシン-1との結合親和性が減弱した。このPKAによるトモシンのリン酸化により,培養ラット上頸交感神経におけるアセチルコリンの分泌が制御されていることが判明した。また,このトモシン−PKA系は,ペプチドホルモンである下垂体アデニルシクラ−ゼ活性化ポリペプチド(PACAP)によるアセチルコリンの分泌調節に関与していた。以上の結果から,トモシンはPKAにより活性調節を受けることにより,SNARE系を介して神経伝達物質放出を制御していると考えられた。
緑川光春,立花政夫(東大・院人社・心理)
キンギョ網膜双極細胞の軸索終末部には,シナプスリボンと呼ばれる微細構造があり,その周囲には多数のシナプス小胞が係留されている。シナプスリボン直下の細胞膜にCa2+チャネルが局在し,エクソサイトーシスはこの部位に限局して生じると考えられている。双極細胞のエクソサイトーシスには,即時に放出されるプールサイズの小さな成分(RRP)とCa2+緩衝剤の影響を受けて放出が遅れるプールサイズの大きな成分(RP)がある。本研究では,シナプスリボン・Ca2+流入部位・開口放出部位の位置関係を特定し,2種類のエクソサイトーシスとの関連を調べた。
形態学的実験は,兵庫医科大学の塚本吉彦教授と共同研究を行い,キンギョ網膜の超薄連続切片を電子顕微鏡で観察して,Mb1型双極細胞の軸索終末部におけるシナプスリボンやシナプス小胞の分布を定量的に解析した。また,薬理学的にRPを増加させる操作を行った場合に,シナプス小胞の分布がどのように変化するのかを調べた。生理学的実験には,キンギョ網膜から単離したMb1型双極細胞を用い,膜電位固定下で,蛍光ラベルしたシナプスリボンの位置,脱分極によって生じるCa2+スポットの位置,蛍光ラベルしたシナプス小胞の開口放出部位を近接場光顕微鏡で観察した。
その結果,形態学的研究から,RRPを構成するシナプス小胞はシナプスリボン近傍の形質膜にドックされているが,RPを構成するシナプス小胞はシナプスリボンから離れた部位にドックされていることが示唆され,また,シナプスリボンが存在しないにもかかわらずシナプス小胞の集積した部位があり,その直下にはPSDやシナプス後細胞の突起が存在することがわかった。近接場光顕微鏡を用いた電気生理的研究から,シナプスリボンの位置はCa2+流入部位(Ca2+スポットの中心)と一致していること,RRPを構成するシナプス小胞はCa2+流入直後に大部分がシナプスリボン近傍で放出されるが,RPを構成するシナプス小胞は,EGTA(5 mM)存在下ではCa2+流入後数百ms遅れて,シナプスリボンから離れた部位で放出されることが明らかになった。
以上の結果から,キンギョ網膜のMb1型双極細胞においてはドックしたシナプス小胞とCa2+チャネルの集積部位(シナプスリボンの存在する形質膜近傍)との距離が2種類のエクソサイトーシスを生じさせる重要な要因であると考えられる。
山下貴之,上田壮志,谷真紀,高橋智幸
(東京大学大学院医学系研究科神経生理学研究室)
中枢神経系のシナプスにおいて,伝達物質放出量が増えても後シナプスの応答が増大しない場合がある。これは後シナプス受容体が伝達物質によって飽和していることが原因と考えられているが,メカニズムの詳細は明らかでない。そこで我々は,受容体飽和のメカニズムを幼若(生後7-8日)calyx of Heldシナプスを用いて検討した。この日齢のシナプスでは,小胞の放出確率を上昇させても神経刺激によって誘発されるAMPA受容体を介する興奮性後シナプス応答(evoked EPSC)の振幅が増大しないことが知られている。
シナプス前末端と後細胞から同時ホールセル記録を行い,前末端に高濃度のグルタミン酸を注入したところ,自発性シナプス電流応答(quantal EPSC)の振幅が増大し,後シナプスAMPA受容体が単一小胞由来のグルタミン酸によって飽和しないことが示された。一方グルタミン酸注入によってevoked EPSCの振幅は増大しなかった。細胞外Ca2+/Mg2+濃度比を下げて放出確率を減少させた後に同様の実験を行うとevoked
EPSCの増大が観察された。これらの結果は複数の小胞に由来する伝達物質の重複によって受容体が飽和に達することを示唆する。
しかし,この見かけ上の飽和にはAMPA受容体の脱感作が関与している可能性が考えられる。そこでcyclothiazideによってAMPA受容体脱感作をブロックした後,前末端に高濃度グルタミン酸を注入したところ,正常細胞外液においてもevoked EPSCの増大が観察され,見かけ上の飽和はAMPA受容体の脱感作によることが明らかになった。そこでoutside-out patchへの急速投与法を用いてAMPA受容体の脱感作に必要な最低グルタミン酸濃度を検討したところ,1mM以上のグルタミン酸の持続投与によってAMPA受容体の脱感作が観察された。この濃度のグルタミン酸が定常的に存在するか否かをテストするために,0 mM Mg2+液下でD-APVを投与すると後シナプス細胞から記録されるノイズレベルの低下が認められた。このノイズの振幅は,シナプス前末端のグルタミン酸をwashoutしても変化しないことから,シナプス外に由来すると結論された。常在グルタミン酸の濃度について現在検討中である。
八尾寛,石塚徹,荒木力太
(東北大学(院)生命科学研究科・脳機能解析分野)
神経細胞ネットワークの機能は,人為的な刺激入力と,それらの出力情報を解析することで研究されてきた。遺伝子工学的にニューロンに光感受性を導入することにより,分子レベルで同定されたニューロンを高い解像度で刺激できることが期待される。緑藻類の一種のクラミドモナスの眼点に分布する古ロドプシンファミリータンパク質の一つチャネルロドプシン2(ChR2)は,走光性行動における光受容を担っているが,青色光に応答する陽イオン選択的なイオンチャネル,すなわち,光受容体チャネルであると考えられている(図)。そこで,この分子を用いて神経細胞を光刺激するアイデアを持つに至った。また,この分子をPC12細胞に発現させた実験系を用いて,光感受性のキネティクスを解析し,光刺激の要件を求めた。
ChR2のアポタンパク質のC末1〜315アミノ酸に蛍光タグVenusを結合させたcDNAコンストラクトを作成し,PC12細胞に導入した。パッチクランプホールセル膜電位固定下に,青色発光ダイオード(LED)による光パルス刺激に対する電流応答を解析した。また,この分子の遺伝情報を組み込んだシンドビスウィルスベクターを作成し,マウス脳定位固定化にvivoの海馬に接種した。海馬スライスを作成し,ChR発現ニューロンにパッチクランプ法を適用し,電流固定下に青色LED光パルス刺激に対するニューロンの膜電位応答を解析した。
ChR2を発現しているPC12において,膜電位-60 mV固定のとき,LED光刺激によりピーク(不活性化成分)とプラトー(非不活性化成分)からなる内向き電流(光電流)が引き起こされた。光の強さに対し,不活性化成分は比例して増大したが,非不活性化成分は飽和する傾向を示した。活性化および不活性化の速度定数は光の強さの1次関数に従った。活性化は,不活性化に比べ約10倍速く,LEDの最大光の時定数が約2msだった。光電流は,LED光をオフにすることでmsオーダーの時定数で回復した。不活性化,非不活性化それぞれの成分の反転電位はほぼ0mVであり,Na濃度に依存した。ChR2を発現させた海馬ニューロンに対し膜電流固定下にLED光刺激により強さ依存的に脱分極し,活動電位が引き起こされた。光応答の大きなダイナミックレンジ,オン・オフの速さ,繰り返して刺激できること,非特異的陽イオン透過性などの性質から,ChR2光刺激が興奮性シナプス入力の代替手段になることが示唆された。
吉村由美子(名古屋大学・環境医学研究所・視覚神経科学分野)
大脳皮質一次視覚野では,視覚刺激の要素的特徴の抽出や,その要素情報の統合が行われ,ものを合目的的にみるための初期段階の情報処理がなされている。このような処理を可能にする神経回路の構造的・機能特性を調べるために,ラット視覚野の前額断切片標本を用い,ケージドグルタミン酸とレーザー光を用いた局所刺激法と2細胞からの同時ホールセル記録法を組み合わせて実験を行った。視覚野2/3層内,50mm以内の近距離にあった2個の錐体細胞からペア記録を行った結果,単シナプス性興奮性結合は約20%のペア間で観察され,残りの80%ではみられなかった。では20%の錐体細胞間にある興奮性結合はどのようなルールで形成されているのだろうか? この問題を検討する目的で,切片標本上の約500mm(水平方向) x 1350mm(垂直方向)の範囲内の数百ヵ所をグルタミン酸の脱ケージ化により個別に局所刺激し,それにより誘発されるEPSCを2個の細胞から同時に記録した。このEPSCに相互相関解析を適用し,両ニューロンへの共通入力の割合を調べた。単シナプス性結合が見られた錐体細胞ペアでは,両細胞が2/3層内の別の細胞や4層から高い割合で興奮性共通入力を受けていたが,直接結合していないペアでは共通入力は稀であった。5層からの興奮性共通入力,および2/3層・4層からの抑制性共通入力の割合は,錐体細胞間の結合の有無に依存せず,前者が約一割,後者が約二割であった。
抑制性細胞には多数のサブタイプが存在するが,ケージドグルタミン酸による刺激法では,刺激している細胞の種類を同定できない。そこで,抑制性細胞と錐体細胞からペア記録を行い,サブタイプを同定した細胞間で同様の解析を行った。2/3層の錐体細胞とfast-spiking細胞(FS細胞)から同時記録を行い,両細胞間の神経結合を解析した結果,47%のペアではFS細胞が錐体細胞に抑制性入力を与えていたが,そのうち約3分の2は一方向性結合だった。錐体細胞がFS細胞に興奮性入力を与えている確率はサンプル全体の19%だったが,そのほとんどすべてが双方向性に結合しており,非常に高い結合特異性がみられた。この双方向性結合ペアでは,別の2/3層錐体細胞および4層からの興奮性入力を高い割合(約20%)で共有していた。5層からの興奮性入力は,細胞ペア間の結合の有無や種類に関係なく,約一割が共有されていた。一方,2/3層錐体細胞と発火パタンに
adaptationがみられる抑制性細胞(AD細胞)から同時記録を行った結果,12%のペアでは抑制性結合のみが,9%のペアでは興奮性結合のみが同定され,全体の4%のペアで双方向性結合が観察された。それぞれのペアにおける共通の興奮性入力は稀で,入力層ごとの解析結果も差がなかった。
以上の結果より,1)2/3層内および4層から2/3層への興奮性結合は,近傍の錐体細胞やFS細胞からなる特定のニューロン群を選択的に結合することによって従来報告されている機能コラムよりもはるかにファインスケールのサブネットワークを形成し,おそらく特異性の高い情報処理計算を実行していること,また,2)5層からの興奮性入力やAD細胞由来の抑制性入力は複数のサブネットワークにまたがっており,非特異的あるいは統合的なコントロールをしていること,が示唆された。視覚野内の層構造や機能コラムの中にさらに独立な計算単位となるサブネットワークが埋め込まれており,皮質の局所神経回路がこれまで考えられてきたよりもはるかに精密な機能的ネットワークの組み合わせと,それを統合する回路によって構成されている可能性が考えられる。
川上良介1,伊藤功2(1生理学研究所脳形態解析研究部門,2九州大学理学研究院生物科学部門)
脳の非対称性は,その高次機能や局在においてこれまで明らかにされてきているが,どのようにして脳の非対称性が形成されるのかについては明らかではない。これまで我々は,マウス海馬神経回路においてNMDA受容体e2サブユニットが海馬の左右および錐体細胞の上下に非対称に分布していることを,e2サブユニット選択的阻害剤であるRo25-6981の感受性,シナプスにおけるe2サブユニットのタンパク量,およびNMDA受容体によって誘導されるLTPの生後発達を解析することにより明らかにした。
この発見はげっ歯類においても脳の神経回路は非対称であることを分子レベルから示した発見であった。しかしながら,このような脳の非対称性がいつどのように形成されるかについては明らかでなかった。
そこで我々は,体軸の左右の非対称性に着目した。脊椎動物の体軸の非対称性形成に関しては,内蔵の左右非対称性を指標とした研究があり,その発生初期段階で内蔵の非対称性を形成する分子メカニズムについては明らかにされている。内臓の非対称性を決定する遺伝子にlrd(left-right dynin)があり,この遺伝子に異常をもつivマウスは内臓正位と逆位が等比率で生まれてくる系統である。今回このivマウスの海馬神経回路はどのようになっているのかを明らかにすることを目的とし,電気生理学的手法を用いてRo25-6981の感受性およびLTPの生後発達を指標として解析を行った。その結果,これまでの研究で示した海馬のNMDA EPSCに対するRoの効果と同様に,controlのマウス(iv(+/-))ではどのシナプスにおいても有為差はみられなかったが,海馬交連切断による同側入力シナプスの解析では非対称性が観られた。しかしながら,ivマウスの海馬は内蔵の位置に関わりなく,頂上樹上突起と基底樹上突起の間で有為差がみられ,海馬交連切断マウスにおいても同様であった。これらの結果は,ivマウスにおいては脳の非対称性の形成が乱れており,またその乱れは内蔵の位置とは無関係であることが示唆された。次に,ivマウスの海馬LTPの生後発達を錐体細胞の上下で比較解析した。その結果,アダルトマウスの海馬では頂上樹上突起と基底樹上突起でのLTPは十分な大きさで誘導され,またその大きさに差は観られなかった。しかしながら,低週齢のLTPはアダルトマウスと比べ,基底樹上突起では高く,頂上樹上突起では低く抑えられていることが明らかになった。
これまでの結果は,ivマウス海馬神経回路は,内臓位置とは関係なく海馬の左右非対称性が失われていることを示している。このことから,神経回路の非対称性形成機構は少なくとも内臓の非対称形成機構とは異なることが示唆される。
日暮陽子,久場雅子,須崎尚,久場健司
(名古屋学芸大学管理栄養学部解剖生理)
熱産生器官である褐色脂肪細胞は,交感神経線維の支配を密に受け,b3受容体の活性化を介して,脂質のb酸化からミトコンドリアでの電子伝達の促進と同時に,脱共役蛋白(UCP)を活性化し,ミトコンドリアの膜電位の減少を減少し,ATPを合成することなく熱を発生する。一方,a1受容体の活性化は,IP3によるCa2+遊離と容量性Ca2+流入により細胞内Ca2+濃度([Ca2+]i)を一過性に上昇する。昨年度の研究会で,1)b3受容体の活性化によるミトコンドリアからのCa2+遊離により滑面小胞体からのCa2+遊離が起こり,これにより容量性Ca2+流入が活性化されること,2)滑面小胞体からのCa2+遊離によりミトコンドリアからのCa2+遊離が起こること,3)更なる滑面小胞体からのCa2+遊離刺激は容量性Ca2+流入を抑制することを示した。今回は,このミトコンドリアと滑面小胞体間の両方向性Ca2+カップリングの特性とミトコンドリアによる新しいCa2+流入の制御機構について報告する。
培養したラット褐色脂肪細胞にCa2+イメージング法と蛍光によるミトコンドリア膜電位測定法を応用した。ミトコンドリアの脱共役剤であるFCCPの投与により,3相性の[Ca2+]i上昇が起こり,第1相はミトコンドリアの膜電位減少を伴い,第2相と第3相は外液のCa2+除去により消失し,外液のpHの上昇により顕著に促進されるが,Na+除去では影響されない。従って,第2相と第3相は細胞外からのCa2+流入により発生し,このCa2+流入による[Ca2+]i上昇は細胞膜のCa2+ポンプの活動により処理されることが解った。第3相は昨年報告したとおり容量性Ca2+流入によるが,第2相はミトコンドリア膜電位変化と第3相の発生に密接に関係する。すなわち,第2相の立ち上がりはミトコンドリア膜電位の再分極相に一致し,第3相が発生するとその発生は抑制される。ミトコンドリアから滑面小胞体へのカップリングと滑面小胞体からミトコンドリアへのカップリングは,細胞によりかなり異なることが解った。FCCPによる[Ca2+]i上昇の第3相中の発生が,一群の細胞では発生しない。さらに,サプシガーギンによる容量性Ca2+流入の活性化中でのFCCPによる[Ca2+]iの変化は,細胞により大きく異なり,サプシガーギン投与前より[Ca2+]i上昇が大きくなるもの,逆に小さくなるもの,あるいは,消失するものがられた。
以上の結果は,ミトコンドリアと滑面小胞体が機能的に両方向性に連関し,2種の細胞膜でのCa2+流入機構を2面性に制御し,この制御機構が細胞の異なる条件下で,多様に変化し,ノルアドレナリンのa1作用とb3作用を介して,ATPの生成とエネルギー散逸のバランスを巧妙に制御することが示唆される。
都筑馨介,塚田昌大,小澤瀞司(群馬大学大学院医学系研究科・神経生理分野)
中枢神経系では,機能分子が異なった目的に使われている。AMPA型グルタミン酸受容体のサブユニットGluR2を例にとれば,そのノックアウトマウスは正常に誕生するが,空間学習の障害,パブロフ型刺激報酬学習障害といった記憶学習の障害が見られるばかりでなく,雄マウスの性行動の減少といった行動の異常が見られる。GluR2を構成要素に持つAMPA受容体に阻害作用を示すバルビタールの作用は,GluR2のノックアウトマウスでは弱いことが予想されたが,実際は逆で,麻酔にかかり易い。その理由は,抑制性ニューロンに対する抑制がおこりにくいためであると説明されている。このように,素子として働くひとつひとつの機能分子が様々なニューロンのネットワーク上の演算に影響を与えた結果として,個体レベルでの機能変化は生じる。したがって,ひとつひとつの機能分子の役割は,どの細胞において発現し,また,その分子がどれだけの重みを持って働いているかという文脈の中で論じられなければならない。以前私たちは,ラット大脳皮質体性感覚野の急性スライス標本より,ホールセルパッチクランプ法によってその細胞の発火特性を調べたのち,細胞質mRNAをパッチ電極内に回収し,逆転写反応後,マルチプレックスPCRを行って,mRNAの発現プロファイルを調べ報告した。錐体細胞は相互に類似性が高いのに対し,紡錘形をした介在ニューロンは多様性が高く,これを3つのグループに分類した。しかし,同一細胞種に属するニューロンの分子的多様性については明らかになっていない。本研究では細胞種の分類が詳細になされているラット海馬を用い,急性スライス標本において4種類の細胞(CA1錐体細胞,CA3錐体細胞,歯状回顆粒細胞,介在ニューロン)における32種類の遺伝子の発現プロファイルを調べた。
【方法】生後15-20日齢のラット海馬より急性スライス標本を作製し,電気生理学記録を行ったのち細胞質をパッチ電極内に回収し,直ちに400分子のAMPA受容体サブユニットGluR2に対する内部標準物質RNAを加え,ランダムプライマーを用いて逆転写を行った。小胞型グルタミン酸トランスポーター(VGluT1,VGluT2),グルタミン酸脱炭酸酵素(GAD65,GAD67),カルシウム結合タンパク質,神経ペプチドなど,32種類の遺伝子を増幅するプライマーを混合したプライマーカクテルにより,25サイクルのPCRを行って第一段の増幅を行った後,単一遺伝子を増幅する第二段のPCRを行い,個々の遺伝子の発現を調べた。
【結果】パッチクランプ法によって細胞質を回収した73個の細胞において,平均して8.7種類の遺伝子が検出された。検出された遺伝子の数は4種類の細胞間で有意差がなかった。細胞種に特徴的に検出されるmRNAも存在したが,多くのmRNAは細胞種が違うことによって検出される確率が異なるという確率的分布パターンを示した。遺伝子の検出確率からc2乗検定によって4種類の細胞の発現プロファイルの違いを調べたところ,CA1ならびにCA3錐体細胞と介在ニューロンの差異が最も大きく,次いで歯状回顆粒細胞と介在ニューロン,CA1錐体細胞ならびにCA3介在ニューロンと顆粒細胞の順であった。CA1錐体細胞とCA3錐体細胞の差異は小さく,調べたすべての遺伝子において同一細胞種内での検出確率のばらつきのレンジ内にあった。発現した遺伝子相互の相関は,GAD65とGAD67に高い相関が見られた。VGluT1とGAD65およびGAD67の間に高い逆相関が見られたが,VGluT1とVGluT2の間には相関性は見られなかった。一方,NMDA受容体サブユニットNR2DとAMPA受容体サブユニットGluR4はGAD65およびGAD67と高い相関を示した。
蓮尾博1,大場(古賀)さとみ1,2,村岡範裕2,赤須崇1
(久留米大学医学部生理学・統合自律機能部門1,脳神経外科学)
頭部外傷後の記憶,認知障害,てんかんなどの機序の一つに海馬の損傷が想定されているが,それが引き起こされる機序についてはまだ不明の点が多い。今回我々は,中等度の実験的頭部外傷後の海馬CA1領域の神経活動について膜電位感受性色素(RH482)を用いた光学的測定法(Fuji HR Deltaron 1700 system)と電気生理学的記録法を応用して検討した。頭部外傷は,液体打撃装置(Dragonfly HPD-1700)を用いて,ペントバルビタール麻酔下に,中等度圧(4.2気圧)の打撃を左側頭頂骨に空けた直径約3mmの開窓部を介して1回与えた。外傷後1週間のWistar系rat(250-300 g)から海馬水平断スライス標本(厚さ400 mm)を作製し,CA1領域でSchaffer側枝の電気刺激(10, 20, 30, 40, 50 Vの5段階の刺激強度)による光学的応答を記録した。光学的応答にはテトロドトキシンに感受性のある時間経過の早い応答(fast peak)と興奮性アミノ酸受容体アンタゴニストに感受性のある時間経過の遅い応答(slow peak)が認められた。これらの応答をコントロール群(Sham群)と外傷群で比較した結果,外傷群ではSham群に比較して傷害側(左側)および反対側(右側)を問わず光学的応答の増強を認めた。その増強の程度は30V刺激の場合fast peakで約60%,slow peakで約100%の増強であった。次に外傷後過興奮を指標として,外傷後比較的早期(早期投与群:30分と90分の2回)とそれより遅れて(遅延投与群:240分と300分の2回)ジアゼパム(10 mg/kg)を腹腔内投与したそれぞれの群における光学的応答を比較検討した。この時,ジアゼパム投与により引き起こされる体温下降による影響を少なくするためにヒートパッドをラット体下部に敷いて体温をコントロールした。この結果,ジアゼパム早期投与群ではsham群と同等の応答を,また遅延投与群では外傷群と同等の応答を示した。
以上の結果より,外傷後1週間における海馬CA1領域の神経活動が促進されていること(外傷後過興奮)が確認された。また,この外傷後過興奮が早期に腹腔内投与されたジアゼパムにより抑制され,外傷後遅延投与では抑制されないことからジアゼパムの過興奮抑制効果を得るには,早期投与が必要なことが示唆された。外傷後の障害発生機序としては早期にグルタミン酸やGABAの放出が数倍に増加することが報告されており,我々が作製した外傷モデルにおいても外傷7日後にみられるグルタミン酸作動性シナプスの過興奮がグルタミン酸過剰に関与していること,また頭部外傷後早期のジアゼパム投与はグルタミン酸過剰による障害を軽減していることが示唆された。
矢和多智,平野丈夫
(京都大学大学院 理学研究科 生物物理学教室)
イオノトロピックグルタミン酸受容体デルタ2サブユニット(GluRd2)は,小脳プルキンエ細胞で特異的に発現しており,小脳長期抑圧発現に必須であることが知られている。しかしながら,GluRd2がどのようにして長期抑圧誘導に関わるのかは分かっていない。私たちは,GluRd2欠損マウスから調整した培養プルキンエ細胞に様々な変異を持ったGluRd2を発現させることにより,GluRd2の長期抑圧誘導に関わる部位を決定し,さらにGluRd2がどのように長期抑圧に関わっているかを明らかにすることをめざしている。GluRd2はC末端細胞内に151のアミノ酸を持つが,膜貫通部位から数えて約20アミノ酸を残したサブユニットを発現させた細胞では野生型サブユニットを発現させた細胞と同様に長期抑圧を誘導できた。しかし細胞内C末端13アミノ酸のみを残したサブユニットでは長期抑圧を回復できなかった。また,C末細胞内領域の14から20番目のアミノ酸であるSKEDDKEを野生型に発現させることで長期抑圧を抑制することができた。この部位に結合する分子をyeast two hybrid法により探索したところ,PICK1 (Protein interacting with C Kinase 1)がSKEDDKE依存的にGluRd2に結合することが判明した。PICK1は小脳長期抑圧や海馬における可塑性において重要な役割を担っていることが知られている分子である。これらのことから,GluRd2はPICK1と結合することで長期抑圧に関与していると考えられる。
中澤敬信,山本雅(東京大学医科学研究所・癌細胞シグナル研究分野)
NMDA型グルタミン酸受容体(NMDA受容体)は興奮性シナプス伝達を担い,中枢神経系における神経細胞の発達・分化や記憶・学習といった脳高次機能,及び神経細胞死に必須な役割を果たしている。NMDA受容体複合体はPSD-95,Shank ,Homerなどの足場タンパク質,CadherinやCateninなどの接着分子,Actin,a-actinin2,Spectrinなどの細胞骨格系分子,CaMKII,ERK,Fynなどのキナーゼ分子,及び様々な情報伝達系分子から構成されている。NMDA受容体機能の発現にはそれら分子の適切な時空間的調節が重要であると考えられる。
NMDA受容体自身もFynチロシンキナーゼが触媒するリン酸化によって迅速な制御を受けているという知見が蓄積されつつある。我々はNR2B上の主要なリン酸化残基としてTyr-1252,Tyr-1336,Tyr-1472を同定し,それらがFynによってリン酸化されることを示してきた1)。また,Tyr-1472をフェニルアラニンに置換したノックインマウス(YF/YFマウス)を作製し解析を行ったところ,YF/YFマウスは扁桃体依存的な脳高次機能に異常があり,NR2Bのシナプス上での局在にも異常が見られることが明らかになった。Tyr-1472にはa-actinin2やエンドサイトーシス時のアダプターとして機能するAP-2がリン酸化依存的に会合することを見出しており,Tyr-1472のリン酸化はNMDA受容体とそれらの分子との会合を調節することによって扁桃体機能に必須な役割を果たしていることが示唆された2)。またTyr-1336にはPI-3 Kinaseのp85サブユニットがリン酸化依存的に会合することを見出した。虚血誘導時にNR2B-p85の会合が増強されることから,Tyr-1336のリン酸化は虚血誘導時のNMDA受容体を介したシグナル伝達調節に関与していることが示唆された。
我々は,さらにFynの基質の一つとして新規RhoGAP分子p250GAPを同定した3)。p250GAPはNR2Bと会合し,スパインに局在している。またp250GAPはNMDA受容体の刺激に応じて脱リン酸化される。p250GAPを過剰発現することによって,スパインの形態異常が引き起こされることからp250GAPはNMDA受容体の活性に応じたスパインの形態形成に関与している可能性を考えている。
以上のデータから,Fynは後シナプスにおいて様々な分子をリン酸化することによって脳高次機能を調節していることが明らかになった。
Reference
1) T. Nakazawa et al., J. Biol. Chem. 276:
693-699 (2001)
2) T. Nakazawa, A.M. Watabe, S. Komai et al.,
submitted
3) T. Nakazawa et al., Mol.
Biol. Cell 14: 2921-2934 (2003)
岡部繁男,杉山佳子(東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科)
我々の研究室では海馬におけるグルタミン酸作動性シナプスの動的な性質を捉える為に,培養海馬神経細胞を利用してシナプス後部蛋白質の蛍光イメージングを行っている。グルタミン酸作動性シナプスのシナプス後部の形質膜直下にはシナプス後肥厚部(PSD)と呼ばれる構造が存在する。PSDは多種類の膜蛋白質・足場蛋白質・シグナル分子・細胞骨格蛋白質の複合体であるが,その分子組成および分子構築の原理については不明の点が多い。
今回4種類の代表的なPSDの足場蛋白質(PSD-95, GKAP, Shank, Homer)について,その単一シナプスあたりの分子数を推定した。まず全反射顕微鏡で測定したGFP1分子の蛍光強度を基礎として,直径40 nmおよび100 nmの蛍光ビーズの蛍光強度がGFP何分子に相当するのかを算定した。次にGFP融合PSD蛋白質を発現させた培養海馬神経細胞において,既にキャリブレーションした蛍光ビーズとの蛍光量の比較を行う事で,単一シナプスに存在する,蛍光を発しているGFP分子の数を求めた。次に培養神経細胞における各GFP融合蛋白質のchromophore形成効率を,大腸菌より精製したchoromophore形成効率が既知のGFP標本と比較する事により推定し,単一シナプスにおけるGFP融合PSD蛋白質の総数を求めた。最後にGFP融合PSD蛋白質を発現する培養海馬神経細胞と,過剰発現を行っていない細胞との間での各足場蛋白質発現量の比率を求め,内在性のPSD蛋白質の数を推定した。成熟した培養海馬神経細胞において,興奮性細胞のシナプス後部には,平均して270個のPSD-95
family蛋白質,170個のGKAP
family蛋白質,310個のShank
family蛋白質,340個のHomer
family蛋白質が存在する事が明らかとなった。また培養の経過と共に単一シナプスに存在するPSD蛋白質の量は増加し,培養二週間目以降はその絶対数が安定化する事もわかった。
以上の結果は,4種類のPSD足場蛋白質全体の単一シナプスあたりの平均質量が約100 MDaに相当することを意味している。T. Reeseの研究室から最近発表されたデータによると,脳より精製されたPSDの平均質量は1000 MDaにあたる(PNAS 102(2005)11551-11556)。従って4種類の足場蛋白質の占める質量はPSD全体の10%に相当する事となり,PSDを維持する構造としてこれら4種類の蛋白質の形成する複合体が主要なコンポーネントである事が確認された。
鳴島円1,内ヶ島基政2,松井稔3,真鍋俊也3,渡辺雅彦2,狩野方伸1,4
(1金沢大院・医・シナプス発達・機能学,2北海道大院・医・解剖発生,3東京大・医科研・基礎医科学・神経ネットワーク分野,4大阪大院・医・細胞神経科学)
内因性カンナビノイドは脳のさまざまな部位で逆行性の抑制性シグナル伝達物質として働いている。内因性カンナビノイドはシナプス後細胞の脱分極に伴うCa2+流入およびGq/11タンパク共役型代謝型受容体の活性化により合成・放出されることが知られている。本研究では,大脳基底核神経回路の入力核であり,カンナビノイド受容体(CB1受容体)が多く発現している線条体に注目し,内因性カンナビノイドによるシナプス伝達修飾機構について解析した。
線条体出力細胞である中型有棘ニューロン(MSニューロン)からwhole cell記録を行い,興奮性および抑制性シナプス応答(EPSC,IPSC)を観測すると,IPSCでのみ,シナプス後細胞の脱分極によるシナプス伝達の一過性の減少が観測された。このIPSCの抑制は,CB1受容体の阻害薬(SR141716)により消失したことから,内因性カンナビノイドによるシナプス伝達調節であると考えられる。次に,MSニューロンへのシナプス入力はコリン作動性介在ニューロン由来のアセチルコリンにより修飾されることが知られているため,ムスカリン受容体と内因性カンナビノイドの関係について解析した。ムスカリン受容体の賦活薬(oxotremorine-M)を投与すると,EPSC・IPSCともに振幅が減少したが,IPSCに対する効果のみ,SR141716により阻害された。また,低濃度のoxotremorine-M存在下では,弱い脱分極によっても内因性カンナビノイドによるシナプス伝達抑制が誘起されることも示された。これらのoxotremorine-M の効果は,細胞内のGタンパク阻害薬(GDPbS)の投与,M1受容体の特異的阻害薬であるpirenzepineの投与,およびM1受容体ノックアウトマウスで消失したことから,MSニューロン上のM1受容体が関与していると考えられる。以上の結果より,MSニューロンへの抑制性入力に対して,MSニューロンの脱分極,MSニューロン上のM1ムスカリン受容体の活性化および弱い脱分極と弱い受容体活性化の組み合わせにより,内因性カンナビノイド系を介した逆行性シナプス伝達抑制が起こることが明らかとなった。
金田勝幸1,2,喜多均1
(1Department of Anatomy and Neurobiology, University of Tennessee,
Memphis
2生理学研究所 認知行動発達機構研究部門)
大脳基底核の主要な核の一つである淡蒼球は,GABA作動性抑制性入力とグルタミン酸作動性興奮性入力を受けている。淡蒼球ニューロンの高頻度の自発発火は,イオンチャネル型グルタミン酸受容体およびGABAA受容体を介して制御されていることが知られている。一方で,代謝調節型グルタミン酸受容体(mGluRs)やGABAB受容体の淡蒼球での機能的な役割については,その豊富な発現にもかかわらず,不明の点が多い。そこで本研究では,これらの代謝調節型受容体がシナプス性に活性化されるのかどうか,また,その活性化が淡蒼球ニューロン活動に影響をあたえるのかをラット脳スライス標本を用いてホールセル記録法により検討した。淡蒼球あるいは内包の連続刺激(50 Hz,20発)は,速いEPSPs/IPSPs,遅いIPSP(slow IPSP, sIPSP),およびそれに続く遅い持続的な脱分極(slow depolarization, sDEPO)からなる応答を誘発した。sIPSPは淡蒼球の,また,sDEPOは内包の刺激でそれぞれより頻繁に誘発された。NBQX,CPP,およびgabazine(それぞれAMPA/Kainate,NMDA,およびGABAA受容体アンタゴニスト)のバス適用で速いEPSPs/IPSPsはブロックされた。GABAB受容体アンタゴニストのCGP55845はsIPSPを抑制し,sDEPOを増大させた。sDEPOはmGluR1選択的アンタゴニストにより部分的に抑制された。sIPSPとsDEPOはいずれも刺激のパルス数と頻度依存性を示した。セルアタッチ法により淡蒼球ニューロンの自発発火活動に対する連続刺激の効果を調べたところ,淡蒼球の刺激ではCGP55845感受性の発火のポーズが観察され,内包の刺激ではmGluR1アンタゴニストに部分的に感受性を示す発火頻度の上昇が観察された。一方,CGP55845のバス適用はNBQX感受性のEPSCsのアンプリチュードには影響を与えなかったが,gabazine感受性のIPSCsのアンプリチュードを有意に増大させた。この結果は,シナプス終末に存在するGABAB受容体の刺激がGABAの放出を抑制していることを示唆している。以上の結果は,淡蒼球に発現するmGluR1とGABAB受容体がシナプス性に放出されたグルタミン酸とGABAによりそれぞれ活性化されうることを示しており,代謝調節型受容体が淡蒼球ニューロンの活動制御に関与していることを示唆している。
籾山俊彦(生理学研究所・脳形態解析部門)
中枢神経系のシナプス伝達には複数種のカルシウムチャネルが関与していることが知られている。げっ歯類の中枢スライス標本を用いた最近の電気生理学的研究によれば,いくつかのシナプスでは生後2-3週間でN型カルシウムチャネルの関与が消失してP/Q型およびその他のカルシウムチャネルにより伝達が制御されるようになること,別のいくつかのシナプスでは生後50日位までN型チャネルの関与が変化なく持続することが報告されている。
大脳基底核あるいは前脳基底核では,成熟動物脳のスライス標本からの記録が困難であったためにシナプス伝達の生後発達に関する情報が得られなかったが,私は最近いくつかの技術的改良を試み,生後数ヶ月までのラット脳のスライス標本からのホールセル記録法を確立して,生後発達変化を解析した。これらの核の3つのシナプスで解析を行なった結果,いずれも,上記の2つの生後発達パターンの中間的特性を示した。すなわち,生後40-60日までにN型チャネルの関与が徐々に減少するが,完全には消失しない,また,N型チャネル関与の減弱とともに,P/Q型チャネルの関与が増大する,というパターンであった。中枢シナプス伝達を制御するカルシウムチャネルの生後発達変化は多様であることを示唆するデータと考えられる。このようなシナプス形成以後の変化は,大脳基底核,前脳基底核の生理的機能,生理活性物質によるシナプス伝達修飾機構,さらに病態との関連からも興味深い。