生理学研究所年報 第27巻
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18.位相差断層電子顕微鏡の医学的・生物学的応用

2006年1月26日−1月27日
代表・世話人:金子康子(埼玉大学・理学部)
所内対応者:永山國昭(岡崎統合バイオサイエンスセンター・ナノ形態生理)

(1)
Single Particle Analysis of GroEl by Zernike Phase Contrast TEM
Radostin Danev,永山國昭(岡崎統合バイオサイエンスセンター)
(2)
位相差電子顕微鏡で観るシアノバクテリアの生活環
金子康子(埼玉大学理学部)
(3)
位相差電子顕微鏡による無染色生物試料の観察〜高圧凍結・凍結超薄切片法の試み〜
新田浩二,永山國昭(岡崎統合バイオサイエンスセンター)
花市敬正,高瀬弘嗣(花市電子顕微鏡技術研究所)
(4)
蛍光タンパク質タグ法によるMycoplasma pneumoniaeの細胞構造観察
見理 剛(国立感染症研究所細菌第二部)
(5)
位相差電子顕微鏡による氷包埋を行った原核・真核細胞の観察
臼田信光,厚沢季美江,中沢綾美(藤田保健衛生大学医学部解剖学 II)
Radostin Danev,永山國昭(岡崎統合バイオサイエンスセンター)
(6)
微小管の枝分かれ−進化における意義と構造解明へのアプローチ
村田 隆(基礎生物学研究所)
(7)
生きたシアノバクテリアにおけるフィコビリソームなどの超分子を見る
仲本 準(埼玉大学理学部)
(8)
投影型X線顕微鏡による生物観察
吉村英恭(明治大学理工学部)
(9)
蛋白質トモグラフィー
岩崎憲治(大阪大学蛋白質研究所)
(10)
試料に応じた電子線トモグラフィの適用−TEM・STEM・クライオトモグラフィ−
青山一弘(日本エフイー・アイ株式会社)
(11)
TEMにおける3次元情報の構築技法(トモグラフィー)
及川哲夫(日本電子株式会社)
(12)
氷包埋を行った培養細胞の位相差電子顕微鏡による観察
厚沢季美江,臼田信光(藤田保健衛生大学医学部解剖学 II)
瀬藤光利,Radostin Danev,永山國昭(岡崎統合バイオサイエンスセンター)
(13)
位相差電子顕微鏡による脂質ナノチューブ形成過程の研究
由井宏治,神谷昌子,清水敏美(東京理科大学理学部化学科)
伊藤耕三(東京大学大学院新領域創成科学研究科)
Radostin Danev,永山國昭(岡崎統合バイオサイエンスセンター)
(14)
TEMで観る線状高分子の結晶モルフォロジー
辻 正樹(京都大学化学研究所)
(15)
位相差TEMの高分子材料への応用
登阪雅聡(京都大学化学研究所)
(16)
ブロックコポリマーの無染色TEM観察と電子線トモグラフィー
長谷川博一(京都大学大学院工学研究科)
(17)
エネルギーフィルターTEMによる高分子の可視化
堀内 伸(産業技術総合研究所ナノテクノロジー研究部門)
(18)
シリカ系ナノ細孔材料のTEM観察
佐々木優吉(財団法人ファインセラミックスセンター)
(19)
電子線ホログラフィーによるミクロ〜ナノ領域の電場・磁場の観察
平山 司(財団法人ファインセラミックスセンター)
(20)
偏光と位相差による生体試料の可視化観察−−光学顕微鏡でみる数十nmの世界−−
加藤 薫(産業技術総合研究所・脳神経情報研究部門)
(21)
アポディゼーション位相差顕微鏡の生細胞観察への適用
大瀧達朗(株式会社ニコン)

【参加者名】
青山一弘(日本エフイー・アイ株式会社),赤坂 哲(京都大学工学研究科),明坂年隆(朝日大学歯学部),秋元裕介(株式会社豊田中央研究所),厚沢季美江(藤田保健衛生大学医学部),新井善博(日本電子株式会社),石塚和夫(HREM Research Inc.),石本志高(独立行政法人理化学研究所),岩崎憲治(大阪大学蛋白質研究所),上田友彦(松下電工株式会社),臼田信光(藤田保健衛生大学医学部),及川哲夫(日本電子株式会社),大石健太郎(浜松医科大学),太田明雄(金沢大学大学院),大瀧達朗(株式会社ニコン),岡 渉(住友ベークライト株式会社),海原敏裕(豊田通商株式会社),加藤 薫(産業技術総合研究所),金子康子(埼玉大学理学部),木下圭介(トヨタ自動車株式会社),見理 剛(国立感染症研究所),近藤 裕(ヤマハ発動機株式会社),佐々木優吉(財団法人ファインセラミックスセンター),塩澤真人(株式会社豊田中央研究所),塩野谷美和子(トヨタ自動車株式会社),鈴木教友(株式会社豊田中央研究所),田中雅嗣(東京都老人総合研究所),辻 正樹(京都大学化学研究所),登阪雅聡(京都大学化学研究所),中浦 誠(株式会社三井化学分析センター),仲本 準(埼玉大学理学部),永山國昭(岡崎統合バイオ),新田浩二(岡崎統合バイオ),長谷川博一(京都大学工学研究科),服部 亮(豊田通商株式会社),平山 司(財団法人ファインセラミックスセンター),堀内 伸(産業技術総合研究所),本田敏和(日本電子株式会社),松井 孝(磐田化学工業株式会社),村田 隆(基礎生物学研究所),元木創平(日本電子株式会社),山田祐記子(京都大学大学院),山羽宏行(日本メナード化粧品株式会社),由井宏治(東京理科大学理学部),吉村英恭(明治大学理工学部),RAHMAN MD. MASUDUR(豊橋技術科学大学),高瀬弘嗣(株式会社花市電子顕微鏡技術研究所),丸山貴広(豊田通商株式会社),喜多山 篤(統合バイオ),花市敬正(株式会社花市電子顕微鏡技術研究所),Radostin Danev(統合バイオ),藤田 真(株式会社島津製作所),木下千草(ヤマハ発動機株式会社),高橋佳子(統合バイオ),谷口美惠子(名古屋大学工学部),磯田正二(京都大学化学研究所),上野清昭(日本電子株式会社),檜山武史(基生研)

【概要】
 この研究会は,平成12年よりスタートした電子顕微鏡の研究会(“定量的高分解能電子顕微鏡法”,“電子位相顕微鏡の医学・生物学への応用”,“位相差断層電子顕微鏡の医学・生物学への応用”)の総決算とでも呼ぶべきもので,過去の蓄積が多数の共同研究者の発表という形で反映されている。また顕微鏡学会関西支部と共催で講演会・研究会を持つ機会を得たため,関心を医学・生物学の周辺にも向ける試みをした。顕微鏡学会に向けたタイトルは「ソフトマテリアルの無染色観察−見えないものを観る」であった。
 岡崎で開発された位相差電子顕微鏡法は,特に伝統的な生物電顕において有効性を発揮し始めており,無染色電顕法という新しい分野を切り開きつつある。この新しい経験を生物電子顕微鏡関係者以外にも広く知ってもらうため,研究会は,顕微鏡学会共催の形をとり,非生物分野をも包含するソフトマテリアル(有機物質,高分子,ゲル,ゾル,ガラス)一般を対象とすることとした。今まで電顕の対象となりにくかった材料の発表も含まれており,従来と一味違った研究会になった。具体的には1月26日の午後を共同研究で生まれた,位相差電顕の医学・生物学への応用成果の発表にあて,1月27日の午前を断層法(トモグラフィー)を含む生物応用の紹介にあて,午後前半を位相差電顕の一般材料への応用可能性の探究,そして午後後半を光学顕微鏡における位相差法の生物応用の紹介にあてた。見えないものを観る方法としての位相差顕微鏡法が,電顕,光顕一体となって進展していく将来の方向を予感させた。

 

(1) Single Particle Analysis of GroEl by Zernike Phase Contrast TEM

Radostin Danev,永山國昭(岡崎統合バイオサイエンスセンター)

 We discuss the application of Zernike Phase Contrast Transmission Electron Microscope (ZPC-TEM) to acquisition of image data for single particle analysis of biological samples.

 The ZPC-TEM utilizes a Zernike phase plate [1-3] which consists of a thin film with a small hole in the center. It is positioned at the back-focal plane of the objective lens. This phase plate introduces half pi phase shift to the scattered electrons leaving the central beam of unscattered electrons intact. The resulting images exhibit much higher overall contrast due to the presence of low spatial frequencies which are strongly attenuated in images acquired using a conventional TEM. The ZPC-TEM has overall “flat” frequency response compared to the “band-pass” filter characteristics of the conventional defocus phase contrast TEM.

 Data and results of single particle analysis using ZPC-TEM images are presented. Theoretical and practical aspects in the application of ZPC-TEM are discussed.

 1. K. Nagayama, J. Phys. Soc. Jpn., 68 (1999) 811.

 2. R. Danev, K. Nagayama, Ultramicroscopy 88 (2001) 243.

 3. R. Danev, K. Nagayama, J. Phys. Soc. Jpn., 70 (2001) 696.

 

(2) 位相差電子顕微鏡で観るシアノバクテリアの生活環

金子康子(埼玉大学理学部)

 ヒルベルト微分電子顕微鏡法により急速凍結したシアノバクテリアの微細構造をそのまま観察することが可能となった(1,2)。この方法により,桿状のシアノバクテリアSynechococcus sp. PCC 7942の生活環における微細構造変化を,樹脂包埋超薄切片を用いた従来法とは異なる視点から観察することを試みた。Synechococcus sp. PCC 7942は,光合成を行い分裂と細胞伸長を繰り返して増殖する原核単細胞生物である。主な細胞内構造として,光合成に関与するチラコイド膜やカルボキシソームなどが知られていたが,新たに巨大なポリリン酸体が各細胞に規則的に配置することが明らかになった。さらに細胞内におけるDNAの動態を可視化することを目指してBrdUを取り込ませた細胞の観察を行った。DNAの複製,転写,タンパク質の合成,チラコイド膜の発達,細胞分裂過程など,生きている状態に極めて近い微細構造観察の試みを通して,ヒルベルト微分電子顕微鏡法の可能性について考察したい。

 (1) Kaneko Y., Danev R., Nitta K., and Nagayama K.: In vivo subcellular ultrastructures recognized with Hilbert differential contrast transmission electron microscopy. J. Electron Microsc. 54, 79-84 (2005)

 (2) Kaneko Y., Danev R., Nagayama K., Nakamoto H.: Intact carboxysomes in a cyanobacterial cell visualized by Hilbert differential contrast transmission electron microscopy. J. Bacteriol. 188, 805-808 (2006)

 

(3) 位相差電子顕微鏡による無染色生物試料の観察〜高圧凍結・凍結超薄切片法の試み〜

新田浩二,永山國昭(岡崎統合バイオサイエンスセンター)
花市敬正,高瀬弘嗣(花市電子顕微鏡技術研究所)

 最も生きた状態に近い透過型電子顕微鏡による生物試料観察を行う方法として,単細胞や高分子等の微細な試料の場合は氷包埋法,多細胞からなる試料の場合は凍結切片法がある。凍結切片法は弱く固定した後,ショ糖により氷晶形成を防止し凍結,切片化を行う方法が主流である。近年,多細胞からなる試料を高圧下で凍結することにより,氷晶形成を防止し,そのまま切片化し観察する高圧凍結・凍結超薄切片観察が行われはじめている。しかし,無染色凍結切片の観察は非常に低コントラストであり,深いデフォーカスをとる必要性によりコントラストを上げることによる分解能低下は避けられない。

 近年開発された位相差電子顕微鏡は無固定,無染色の生物試料を正焦点で高コントラスト観察を可能にした。このことは,より生体に近い状態の高分解能観察が可能になると同時に,細胞形態とともに分子形態の新しい知見が期待できる。

 本研究では高圧凍結・凍結切片観察が位相差電子顕微鏡に適した生物試料作製法の一方法と考え,今回は主に無処理ハムスターをエーテル麻酔し,肝臓,筋組織を切り出した後,高圧凍結,低温を保持したまま凍結切片作製,切片回収し,ヒルベルト位相差電子顕微鏡観察を行った結果を報告する。

 

(4) 蛍光タンパク質タグ法によるMycoplasma pneumoniaeの細胞構造観察

見理 剛(国立感染症研究所細菌第二部)

 マイコプラズマ肺炎の原因菌M. pneumoniaeは細胞の一端に分化した接着器官を有している。この接着器官による細胞付着性と運動性がM. pneumoniaeの病原性には必須な要素であると考えられている。接着器官はM. pneumoniae の細胞骨格様の構造によって内部からささえられて形成されていると考えられているが,その詳細な構造は不明である。今後,M. pneumoniaeの病原性を詳しく理解するためにも,接着器官と細胞骨格の詳細な構造を調べていく必要がある。我々は接着器官と細胞骨格の構造を探る一つの手段として蛍光タンパク質を利用してこれらの構造を視覚化する検討を行っている。これまでに,接着器官を構成するタンパク質のうち数種を蛍光タンパク質でラベルし,接着器官部位に局在している様子を生細胞で観察している。また,二種の蛍光タンパク質を用いた二重標識によって,それぞれのタンパク質の相対的な位置関係も比較できるようになっている。M. pneumoniaeは自律増殖が可能な最小クラスの生物であり,ゲノムサイズは約800kb,含まれるORFの数は689 個しかない。現在,これらすべてのORF産物の細胞内局在パターンを蛍光タンパク質によって視覚化することを計画している。この解析からM. pneumoniaeの接着器官と細胞骨格の未知の成分が網羅的に検索され,細胞構造に関する新たな知見が得られることを期待している。

 

(5) 位相差電子顕微鏡による氷包埋を行った原核・真核細胞の観察

臼田信光,厚沢季美江,中沢綾美(藤田保健衛生大学医学部解剖学 II)
Radostin Danev,永山國昭(岡崎統合バイオサイエンスセンター)

【目的】位相差電子顕微鏡法は,細胞内構造が本来持っている物質の密度の差によって引き起こされる電子波の位相の遅れを,位相コントラストとして可視化する。氷包埋を行った原核・真核細胞を広く観察し,医学研究への応用を試みた。

【材料と方法】氷包埋標本:大腸菌,納豆菌,各種動物の精子,ヒト血小板をカーボン薄膜を張ったグリッド上に採取した。液体窒素で冷却した液体エタン中で浸漬急速凍結固定を行った。電子顕微鏡観察:電子顕微鏡の液体ヘリウム冷却試料室に標本を移して観察した。後焦点面に炭素薄膜からなるHilbert位相板やZernike位相板を装置したJEOL JEM-3100FFC電子顕微鏡により加速電圧300kVで無染色で観察した。

【結果と考察】細菌においては,凍結保存の状態から増殖に至る過程の微細構造変化が観察された。精子においては,人工授精に適した凍結保存の状態の微細構造を観察するとともに,脊椎動物の種差を観察した。血小板においてはトロンビンによる凝集過程を観察した。以上の位相差電子顕微鏡観察から,種を問わず細胞内構造と変化を無染色の状態で観察できることがわかった。生物の有する真の構造とその動態を観察できるため,電子顕微鏡の新たな医学への応用が行える可能性が示された。

 

(6) 微小管の枝分かれ−進化における意義と構造解明へのアプローチ

村田 隆(基礎生物学研究所)

 微小管はabチューブリンヘテロダイマーが重合してできたチューブ状のポリマーで,細胞分裂における染色体の分配,細胞内輸送,細胞極性の形成・維持などに働く。細胞内の微小管重合核はgチューブリン複合体である。動物細胞ではgチューブリン複合体は中心体に局在し,微小管は中心体から放射状に伸長する。一方,高等植物の細胞は中心体を持たず,微小管の形成機構はほとんど不明であった。

 高等植物の細胞が細長く伸びる時には微小管が細胞膜に沿って並び(表層微小管列),細胞の伸長方向を制御することが知られている。表層微小管列を構成する微小管の起源を調べたところ,微小管は既存の微小管上で重合開始し,既存の微小管に対して約40°の枝状に伸び出すことがわかった。単離細胞表層を用いた無細胞系でgチューブリンの役割を解析したところ,細胞質中に存在するgチューブリン複合体が既存の微小管に結合し,微小管の枝分かれ状形成を起こさせることがわかった(Murata et al. Nature Cell Biol. 7, 961-968, 2005)。

 細胞が外側からくびれて分裂する動物細胞と異なり,高等植物の細胞は細胞内に細胞板を形成することにより分裂する。細胞板は隔膜形成体と呼ばれる微小管構造によりつくられる。隔膜形成体の発達に伴う微小管の挙動をGFP-aチューブリン発現細胞を用いて詳細に観察したところ,隔膜形成体の発達に伴い微小管の枝分かれによる形成が起こることが示唆された。これらの結果から,高等植物の細胞は微小管の枝分かれ形成機構を獲得したことにより多様な微小管構造を形成し,特徴的な様式の細胞伸長,細胞分裂が可能になったと推測された。現在,微小管の枝分かれに働くaチューブリン複合体タンパク質を探索するとともに,微小管枝分かれ部位の微細構造の解析を進めている。

 

(7) 生きたシアノバクテリアにおけるフィコビリソームなどの超分子を見る

仲本 準(埼玉大学理学部)

 シアノバクテリア(藍藻)は,光合成細菌とは異なり光化学系I及びIIをもち,植物同様に酸素発生型の光合成を行なう原核生物で,葉緑体の起源と考えられている。光合成色素として,クロロフィル,カロテノイドの他に,フィコシアニンやアロフィコシアニンなどのフィコビリタンパク質をもつ。多数のフィコビリタンパク質が集合してフィコビリソームと呼ばれる巨大な(5〜20 x 106 Da)アンテナ色素複合体を形成する。フィコビリソームの構成ポリペプチドで,発色団をもたない数種類のリンカーポリペプチドは,高度に秩序正しく構築されたこの超分子の骨格をなすと考えられている。細胞総タンパク質量の50%にも達するフィコビリソームは窒素の貯蔵形態の一つであるとも考えられていて,栄養条件に迅速に応答してダイナミックな量的・質的変化をする。そのサイズ,細胞内の蓄積量,チラコイド膜上における規則正しい配置などの理由からフィコビリソームは顕微鏡観察に適した超分子であると考えて,細胞におけるこの超分子の構造と,その構築・分解過程(中間体・前駆体構造)の解明を研究目的とした。フィコビリタンパク質の結晶は100年以上も前に報告され,1980年代にSchirmerとHuberらによって原子レベルで構造決定がなされた。しかし,リンカーポリペプチドの不安定性故か,その構造,従ってフィコビリソームの「骨組み」の構造は未解明である。また,従来の透過電子顕微鏡による「成熟した」単離フィコビリソームの観察例はあるが,「未成熟の」ものについては解析はなされていない。

 実験材料として,「最も単純な」フィコビリソームをもつシアノバクテリアSynechococcus sp. PCC7942株を用いた。金子らは,この株が,永山らにより開発されたヒルベルト微分コントラスト(HDC)電子顕微鏡を用いた‘生きた’細胞の微細構造観察に適したものであることを示したが,カルボキシソーム(多面体顆粒)中のリブロース-1,5-二リン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ酵素のパラ結晶も高コントラストで観察可能であった(Kaneko et al., 2006)。HDC電子顕微鏡によるフィコビリソーム構造等の解析結果について報告する。

 

(8) 投影型X線顕微鏡による生物観察

吉村英恭(明治大学理工学部)

 X線顕微鏡の開発は,可視光より波長が短く高い分解能が期待されることから20世紀の初頭から盛んに行われてきたが,X線の物質に対する屈折率がほとんど1であるので光学顕微鏡のような屈折を利用したレンズを作ることができず,長い間大きな進歩が見られなかった。近年,微細加工技術が発達したことにより,フレネルゾーンプレートとよばれる回折を利用した集光光学系ができるようになりX線顕微鏡の分解能も30nm程度に達するまでになった。しかしこの光学系は効率が悪いことから非常に明るい光源が要求され,放射光施設のような大規模な実験施設でなければ利用できない欠点がある。このことは条件を変えて多くの写真を撮る必要がある生物の研究には大きな障壁となっている。ここで紹介する投影型X線顕微鏡はレンズを使わない簡単な原理のX線顕微鏡である。小さなX線光源の直下に試料を置くおくことで球面波として広がるX線により試料の拡大投影像を得る,つまり簡単に言えば「影絵顕微鏡」である。X線源は走査電子顕微鏡により収束させた電子線を走査せずに金属薄膜の1点に静止させ,そこから発生するX線を使うので,電子顕微鏡を使う程度の手軽さでX線顕微鏡像を得ることができる。分解能はX線光源の大きさで決まり,金のテストパターンを使った実験では約0.1mmが得られ光学顕微鏡よりややよい程度となっている。レンズを使っていないので厚さ数mmの試料でも全体に焦点が合うことを利用して,昆虫のマイクロCTを試みた。また,電子線を照射する薄膜の金属を変えることで異なった波長のX線を発生させることができるので,コントラストの違いから被写体の構成元素をある程度推測できる。ここでは生物体内にある鉄の粒子の存在を非破壊的に観察した例を紹介する。

 

(9) 蛋白質トモグラフィー

岩崎憲治(大阪大学蛋白質研究所)

 単粒子トモグラフィーは,我々が開発している「電子線トモグラフィーを応用して,単離精製されたタンパク質あるいは,細胞・組織の中の超分子構造を視覚化する方法」である。その特徴として次の4つがあげられる。(1)トモグラフィーの原理に基づいているので,結果に対して信頼性がある。(2)わずか数個〜数十個の粒子から三次元構造を求めることができる。(3)計算量が少なく,一台のPCで二,三日以内に結果が得られる。(4)大きくコンフォメーションの異なる同種のタンパク質が混在している場合,一つ一つの粒子の三次元情報に基づいて粒子を分類,平均化することで,それらの構造を求めることができる。電子顕微鏡を使用したタンパク質の構造解析では,単粒子解析法が有名だが,その解析方法のため,結果として提示される三次元構造の正しさを保証する指標がない。誰しも経験する問題として,構造の収束が起こらず,解析過程で出力されるどの構造を最終的な三次元構造として決定すればよいかわからないということがある。本方法は,例え低分解能でも,すばやく信頼性のある三次元構造を出力し,さらに分解能を改善するため,引き続き単粒子解析を行う場合の適切な初期構造を提供してくれる。単粒子トモグラフィーの最終目標は,精製タンパク質ではなく,細胞におけるタンパク質の三次元視覚化であるが,現在の段階でも,強力な構造解析のツールとして我々の研究室でその成果をあげている。本講演では,実際にこの方法を用いて明らかになった,コラーゲン結合型インテグリンや,脳の層構造形成を司る細胞外シグナル分子リーリンの三次元構造を紹介する。

 

(10) 試料に応じた電子線トモグラフィの適用−TEM・STEM・クライオトモグラフィ−

青山一弘(日本エフイー・アイ株式会社)

 透過型電子顕微鏡法を三次元に拡張するためのトモグラフィの応用は,近年,大きな展開を見せている。既に装置開発の段階は過ぎ,具体的な成果の収穫期に入ったといえるだろう。電子顕微鏡法が元々の目的であった生物試料の観察に留まらず,様々な対象物に適用されるために色々なモディファイを加えられていったのと同様に,電子線トモグラフィもまたそのバリエーションを増やしつつある。

 TEMトモグラフィ 電子線トモグラフィの基本である。通常,ほとんどのものに対して適用可能。

 STEMトモグラフィ 基本的なトモグラフィ取得のシステムは通常のTEMモードと共通である。TEMモードと比較し2つの点において優れた特徴をもっている。HAADF法により試料の結晶性による回折波の影響を軽減できること,傾斜による同一像内のフォーカス不均一を回避できることである。結晶性試料,半導体試料に好適。

 クライオトモグラフィ FEIでは高傾斜ユーセントリック,ヘリウム冷却ステージを持つ極低温電子顕微鏡TECNAI-Polaraを開発した。これにより生体細胞もしくは組織の凍結切片を用いたクライオトモグラフィが可能となった。さらに,クライオトランスファー機構をもつので,急速凍結→クライオセクションにより作成された氷包埋試料の観察も可能である。

 連続切片へのトモグラフィの適用 電子線トモグラフィは試料の立体構造を解析することを目的とするが,電子線の透過能の低さのため,一般に試料の厚さに非常に大きな制約がある。超高圧電子顕微鏡を用いれば細胞レベルの厚さの解析も可能であるが,それでもまだ厚さの限界は厳然と存在する。試料を連続切片化すれば原理的にこの制限を回避する事ができる。

 

(11) TEMにおける3次元情報の構築技法(トモグラフィー)

及川哲夫(日本電子株式会社)

 透過電子顕微鏡(TEM)は,ナノスケール・オーダーでの材料研究において最も有力な観察・分析装置として広く利用されている。TEMでは試料を透過した電子で形成される2次元の透過像を観察するため,その空間分解能は 0.1 nm 前後と極めて高いにもかかわらず,試料の厚み方向の情報を精度よく求めることは困難であった。そこでこの欠点を補うために,CT(Computed Tomograph)法の原理を応用したTEM-CT法1)が最近一般化し,高分子材料や生物試料などで応用が広まりつつある。

 この技法では,多方向からの投影像を得るために試料を傾斜して観察方向を変ながら撮影を行う。図1は,試料を0度から90度まで傾斜した時のグリッド像の変化を示している。傾斜角が70度を越えると有効視野が著しく狭くなり,これが実用上の傾斜の限界となる。

 一方,試料からの正確な情報を構築するためには,撮影する画像に正確な形態情報が記録されてなくてはならない。画像のコントラストやS/Nを改善することが基本的問題として表面化している。特に厚い試料においては非弾性散乱によるバックグランドの除去が不可欠であり,一方で,試料の包埋方法2)も課題となっている。

 本講演では,これらの改善技法の例を中心にその応用例を紹介する。

 1) H. Furukawa, M. Shimizu, Y. Suzuki and H. Nishioka.; JEOL News 36 (2001) 12.

 2) A. Sato; Proc. 4th world Congress of Cellular and Molecular Biology (Poitiers) (2005) p15.

図1.高傾斜リテイナーを用いた試料傾斜によるグリッド像の変化

図1.高傾斜リテイナーを用いた試料傾斜によるグリッド像の変化

 

(12) 氷包埋を行った培養細胞の位相差電子顕微鏡による観察

厚沢季美江,臼田信光(藤田保健衛生大学医学部解剖学 II)
瀬藤光利,Radostin Danev,永山國昭(岡崎統合バイオサイエンスセンター)

【目的】位相差電子顕微鏡観察では,生物材料を無染色で高コントラストに観察できる。この特徴をいかして,化学固定・脱水・樹脂包埋・染色という,人工的な作業を細胞に加えることなく,培養細胞の構造を直接観察することを試みた。

【材料と方法】PtK2およびHEK293細胞は,10%FBSを添加したDulbecco 変法MEMで炭素薄膜を張ったプラチナメッシュ上に培養した。一部の細胞では微小管阻害剤nocodazoleを作用させ,細胞構造の変化を観察した。比較のために,ラット肝臓を材料として細胞分画法により得た細胞小器官と,ラット脳より得た微小管(twice-cycled microtubule)を観察した。氷包埋:液体窒素で冷却した液体エタン中で浸漬急速凍結固定を行った。電子顕微鏡観察:電子顕微鏡の液体ヘリウム冷却試料室に標本を移して観察した。後焦点面に炭素薄膜からなるHilbert 位相板を装置したJEOL JEM-3100FFC電子顕微鏡により加速電圧300kVで無染色で観察した。

【結果と考察】単離した細胞小器官と微小管は,まるで染色を行ったように高コントラストで観察できた。培養細胞においては,核周囲の厚い構造は観察できなかったが,辺縁部では,細胞骨格・細胞小器官が明瞭に観察された。nocodazoleを細胞に作用させ蛍光抗体法で観察すると微小管が消失していたが,位相差電子顕微鏡観察によって構造変化が確認できた。つまり,氷包埋と位相差電子顕微鏡を組み合わせて用いると,極めて生きている状態に近い細胞超微構造とその動態を直接観察できることが示された。

 

(13) 位相差電子顕微鏡による脂質ナノチューブ形成過程の研究

由井宏治,神谷昌子,清水敏美(東京理科大学理学部化学科)
伊藤耕三(東京大学大学院新領域創成科学研究科)
Radostin Danev,永山國昭(岡崎統合バイオサイエンスセンター)

【緒言】ある種の脂質分子は水中で自己集合しnmオーダーのチューブ状構造体「脂質ナノチューブ」を形成する。カーボンナノチューブが疎水性であるのに対し,脂質ナノチューブは親水性であることが特徴で,タンパク質やDNA等の生体高分子の包接や,ドラッグデリバリーのキャリア等の応用が期待されている。脂質分子の自己集合過程の理解は,物理化学的に興味深いだけでなく,内外径の制御といった応用の観点からも重要であるが,未解明な点が多い。そこで瞬間凍結法と位相差電子顕微鏡法とを組み合わせ,脂質ナノチューブの自己集合過程の直接観測を試みた。

【実験】糖脂質分子(N-(11-cis-octadecenoyl)-b-D-glucopyranosylamine)5mgを水100ml中に加熱分散させ,2.5度/分の速度で冷却した。自己集合の盛んな60度に達した際にサンプリングし急速凍結した。測定は液体ヘリウム温度(4K)でJEM-3100FFC(JEOL)を用い,ヒルベルト干渉法を用いてコントラストを上げた。

【結果と考察】本脂質ナノチューブの最終内径・外径はそれぞれ50nm,200-300nmであるが,まず脂質2分子膜5-6層が,定まったピッチで順次巻いてチューブの芯となる構造(内径130nm,外径180nm)が急速に形成されることが判明した。さらにこの芯チューブの内外に脂質2分子膜が順次積層し,最終形態に至ることが分った。これは脂質ナノチューブのごく初期の段階を直接追跡した初めての例として大変興味深い。これまで脂質ナノチューブの形成過程は,形成の早さ,サンプルの薄さ,適切な染色法のなさにより,一般に電子顕微鏡観測が困難であったが,位相差法と急速凍結法を用いることで直接観測が可能になり,本手法の有機自己集合体研究への有用性が明らかになったといえる。

 

(14) TEMで観る線状高分子の結晶モルフォロジー

辻 正樹(京都大学化学研究所)

 ポリエチレンやイソタクチック・ポリスチレンのように立体規則性の良い一次構造を有する屈曲性線状高分子は,通常,分子鎖が折りたたまれた結晶,言わば分子内結晶を作る。即ち,これらの高分子を溶融状態から,あるいは溶液から結晶化させると,薄板状の結晶,いわゆるラメラ晶を形成し,分子鎖はその板面にほぼ垂直に充填され,上面と下面で折りたたまれている。例えば,希薄溶液からは孤立した薄板状「単結晶」が生長し,また時には溶融状態からはラメラ晶から成る「球晶」が高次構造として形成されるが,それらの結晶成分の割合を表す「結晶化度」は100%とは成り得ず,必ず非晶成分が残る。

 本講演では,溶融紡糸によって得られる合成繊維のモデル試料として,溶融状態から「ずり歪み」下で結晶化させた一軸配向薄膜中における「シシカバブ構造」や,静置場で結晶化させた時に得られる固体構造のモデル試料として,2次元球晶構造を有する薄膜のモルフォロジーなどをTEM観察した例を紹介する。これらの結果から得られる情報は,繊維など結晶性高分子固体の力学物性等と固体構造との間の関係を考察するうえで,また,力学物性等の向上した高分子材料を創製するうえで重要であると考えられる。因みに,これらの試料の結晶モルフォロジーを調べる際には,制限視野電子回折や暗視野観察が主たる手法になるため,また場合によっては個々の微結晶の配向状態や格子欠陥等の知見を得るため高分解能観察も行うので,基本的には無染色観察を行っている。

 

(15) 位相差TEMの高分子材料への応用

登阪雅聡(京都大学化学研究所)

 透過型電子顕微鏡(TEM)は原子の大きさに迫る高い解像力を持っている装置だが,物質の微細構造を観察するためには解像力に加えて像のコントラストが必要である。高分子試料は一般に像のコントラストが低いため,通常は特定の部分に重金属原子を付着させる「染色」「シャドウイング」などの前処理を行い,コントラストを高めた試料を観察している。しかし,これらの前処理手法が適用できないため,内部構造の判定できない試料も数多く存在している。また,染色法の場合はナノスケールの構造が染色過程で元の構造と変わってしまう可能性がある。こうした問題に対して,これまで元素分析の手法を組み合わせる試みが成されてきたが,多量の電子線を照射する必要があるため電子線損傷という別の問題が引き起こされていた。あるいは,非常に大きなデフォーカスで観察する手法も提案されているが,この場合も分解能がかなり犠牲となってしまう。

 こうした問題を解決すべく,位相差TEMが開発された。この装置は位相差光学顕微鏡と同様に位相板を後焦点面に配置しており,散乱ビームと非散乱ビームの間に干渉を生じさせて無染色試料も高いコントラストで観察できる。この場合,正焦点付近でも高いコントラストが得られるので,デフォーカスコントラスト法とは異なり分解能を大きく犠牲にする事も避けられる。例として,カーボンブラックを充填した天然ゴムの場合は,カーボンブラック粒子と同時に,コンパウンディングに用いられるステアリン酸の結晶格子も撮影されていた。また,ブロックコポリマーやその他の高分子試料も,無染色のまま高いコントラストで観察された。この様に高分子材料の分野でも,位相差TEMによる無染色観察で研究の幅が大きく広がると期待される。

 

(16) ブロックコポリマーの無染色TEM観察と電子線トモグラフィー

長谷川博一(京都大学大学院工学研究科)

 ブロックコポリマーは異種の鎖状高分子を共有結合で連結した自然界には存在しない構造を持つ高分子であるが,その連結効果により様々の興味深い現象が発現する。「ミクロ相分離」もその一つであり,互いに非相溶な高分子を成分とするブロックコポリマーは,分子のサイズ程度である数十〜数百nmの周期と,1,2,3次元の様々な幾何学的パターンを持った規則的な相分離構造を形成する。これらのパターンを利用した電子材料,パターンドメディア,ナノコンポジット,ナノ多孔体,フォトニッククリスタルなどのナノ材料の開発研究が盛んであるが,TEMによるミクロ相分離構造の観察は不可欠である。

 ジエン系高分子を一成分とするブロックコポリマーのTEM観察には従来からオスミウム酸染色法が用いられてきたが,ポリアセチレンなどの機能性高分子を成分とするブロックコポリマーには染色不可能なものが多く,無染色TEM観察法の開発が望まれていた。近年,エネルギーフィルタリングTEMや位相コントラストTEMが開発され,無染色観察が可能となった。我々はこれらの手法を用いていくつかのブロックコポリマーについてミクロ相分離構造の無染色観察を行い,良好な結果を得た。また,複雑なミクロ相分離構造や構造欠陥の研究には3次元構造の観察が有効であるが,我々は電子線トモグラフィーを用いることにより興味深い構造や現象を見出すことができた。講演ではこれらの手法を用いたいくつかの研究例を紹介する。

 

(17) エネルギーフィルターTEMによる高分子の可視化

堀内 伸(産業技術総合研究所ナノテクノロジー研究部門)

 高分子は軽元素のみから構成されるため,TEMでの観察には重金属による染色が必要にある。エネルギーフィルターTEM(EFTEM)により,試料を透過した非弾性散乱電子を分光し,結像することにより,無線色により良好なコントラストで高分子を観察することが可能であり,さらに,元素マッピング,EELSを併用することにより,構造を定量的に解析することが可能となり,得られる情報量は通常のTEMに比べはるかに高くなる。高分子界面は,複合材料,塗膜,接着など高分子材料のいろいろな局面において材料の性能,機能に影響を与える。我々は,高分子界面の解析にEFTEMを適用し,界面ナノ構造と物性との相関に関して研究を行ってきた。本講演では,元素マッピングによる高分子界面の可視化とImageEELSによる元素組成の定量的解析を行い,界面接着強度と界面ナノ構造との相関,及びゴム材料における無機フィラーとゴムとの相互作用に関する研究例を紹介する。

 

(18)シリカ系ナノ細孔材料のTEM観察

佐々木優吉(財団法人ファインセラミックスセンター)

 酸化珪素を主な成分とするナノ空間材料(ゼオライトやメソポーラスシリカ)は,0.4nm〜数nmの細孔チャンネルが規則的に三次元配列している。ナノ空間材料の多くは準安定相であり,電子線照射によって短時間で非晶質化する。ナノ空間材料の高分解能TEM観察を実現するためには,高感度記録媒体を用いた低電子線照射量観察が最も有効であり,これによって空間分解能0.2nm以下の像を得ることが可能である。

 ナノ空間材料は,結晶構造に由来して形成される微細な細孔チャンネルが機能場として利用される。本研究では,CCDカメラを用いた低電子線照射量観察を行い,ナノ空間材料内の細孔チャンネルの高分解能TEM観察を実現するともに,イオン交換能を有するSi-Al-O系ゼオライトの高分解TEM観察像の画像定量解析を試みた。その結果,イオン交換 (Na+⇒Ag+) 状態が,像観察によって判別可能であることを確認した。

 また,層状ケイ酸塩内での有機カチオンのミセル形成によって,非晶質酸化珪素を壁とする直径約3nmの細孔チャンネルが一次元に規則配列したメソポーラスシリカが形成される過程を,低電子線照射量観察によって解明した結果についても紹介する。

 

(19) 電子線ホログラフィーによるミクロ〜ナノ領域の電場・磁場の観察

平山 司(財団法人ファインセラミックスセンター)

 真空中や試料中の電場・磁場を電子線ホログラフィーで観察することを顕微鏡学的に表現すれば,「純位相物体を透過した電子波の低空間周波数位相情報を強度情報に変換して画像表示する」ということになる。また,これは「見えないものを無染色で観る」という本講演会の趣旨にぴったりあてはまる。

 電子線ホログラフィーは,Gaborが電子レンズの収差を補正するという目的で1940年代に考案した手法であり,ホログラムの撮影と像再生の2段階の操作よりなる結像方法である。ホログラムは電界放出型電子銃を持つ電子顕微鏡を用いて,試料や観察したい空間を通り抜けた電子波(物体波)と何も存在しない空間を通ってきた電子波(参照波)を重ね合わせて干渉させることによって得られる。この2つの電子波を干渉させるのに使うのが電子線バイプリズムである。得られた干渉縞は「ホログラム」と呼ばれ,試料の位相情報は干渉縞の曲がりとしてフィルムやCCDカメラ等に記録される。

 撮影したホログラムは,以前はマッハツエンダー干渉計と呼ばれる光学装置を用いて再生したが,最近ではコンピューターを用いた解析が主に用いられるようになった。フーリエ変換等を用いて位相情報を抽出し,試料直下の複素波動場を求めることができる。複素波動場は視覚的に表現しにくいので,位相の傾きを濃淡で表す「位相分布像」や同じ位相値の部分を等位相線として結ぶ「干渉顕微鏡像」などで表現する。

 

(20) 偏光と位相差による生体試料の可視化観察−−光学顕微鏡でみる数十nmの世界−−

加藤 薫(産業技術総合研究所・脳神経情報研究部門)

 この発表では,偏光と位相差による,位相物体としての生体試料の光学顕微鏡観察のエッセンスを取り扱う。

【偏光観察の概説】複屈折は光学的異方性の一つである。偏光顕微鏡で観察できる。複屈折の観察は,位相差と関係が深い。複屈折性の試料の界面で,光波は,o波とe波という2つの波に分かれる。試料透過後にo波とe波の間に位相差(リタデーション)を生じるが,偏光顕微鏡は,o波とe波の位相差を検出するのである。

【偏光顕微鏡とシンヤスコープ】最も簡便な偏光顕微鏡は,対物側,コンデンサー側に,1対の偏光器を取り付けたものである。しかし,実際に,偏光器を顕微鏡の中に組み込むと,偏光特性の劣化が生じる。例えば,偏光器だけの状態で,消光比が100万でも,同じ偏光器を顕微鏡に組み込むと,消光比は低下してしまう。これを改善したのが,レクティファイアー(井上信也博士の考案)である。この顕微鏡で,井上らは,精子内部の染色体の構造が調べ,細胞中のDNA構造の最初の知見を出した。

【Polscope】偏光顕微鏡での解析では,回転ステージでの試料の回転操作が必須で,画像処理には馴染まない。そこで,試料を固定し,偏光波の振動方向と状態を電子制御し,サンプルのリタデーションを計測する顕微鏡システム(PolScope)が考案された。私はこのシステムの立ち上げと生体試料観察への応用に取り組み,神経成長円錐内部のアクチン繊維束(直径数十nm)を無染色で可視化することに成功した。movieを交えて紹介する。

【偏光から位相差へ】偏光顕微鏡は,生細胞内の微結晶を観察できるが,ランダムな方向をとる蛋白は観察できない。蛋白質の量比を捉えるには,位相差顕微鏡の方が適している。私は大瀧と共同で,位相差顕微鏡の改良に取り組み,アクチンの網目の可視化に成功した。

 

(21) アポディゼーション位相差顕微鏡の生細胞観察への適用

大瀧達朗(株式会社ニコン)

 位相差顕微鏡は,生細胞の無染色観察に威力を発揮する。近年我々は,位相差顕微鏡の欠点であるハロを減じ,位相差の検出力を高めたアポディゼーション位相差法を開発した。最近開発した開口数1.30の油浸アポディゼーション位相差対物レンズは,光学顕微鏡の解像限界以下の微細構造,例えば細胞小器官のアクチン束や顆粒等の観察に適する。このアポディゼーション法の原理と生細胞観察について述べる。

 位相差法による像コントラストは,位相物体で生じる直接光と回折光の変調した合成で得られる。位相差が微小な場合,回折光強度は位相差に比例する。検出力を高めるためには直接光の強度を弱めると良いが,検出力を高めるほどハロが発生しやすい。不要なハロは,細胞全体など大きな構造に多く見られる点に着目し,大きな構造だけを選択的に低コントラストにするのがアポディゼーション法である。構成は,顕微鏡の対物レンズ内に置かれたリング形状の位相板に,アポディゼーション帯と呼ぶ吸収帯を設ける。アポディゼーション帯の作用で所定の大きさの物体で生じる回折光の強度を減じ,その大きさの物体の像コントラストを低くする。一方,微細な観察対象の回折光の大部分は変調が無く,高コントラストの像が得られる。

 結果は,直径20 - 60 nmのアクチン束やストレスファイバーを無染色の生細胞内で可視化できたことに加え,明るい光学系を利用してタイムラプス像として捉えた。ミトコンドリアや核膜も良好に可視化できている。さらに特徴的なことは,像の低周波数成分を低コントラストにする効果で,断層的な像を得ることができる。このようにアポディゼーション位相差法は,生細胞の微細構造を無染色のまま観察する方法として優れており,特に生細胞の動的観察に有効な方法である。


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