生理学研究所年報 第27巻
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19.DNA構造を基盤とするゲノム生理学の展開

2005年11月17日−11月18日
代表・世話人:鳥越秀峰(東京理科大学理学部)
所内対応者:永山國昭(ナノ形態生理)

(1)
ミニサテライトDNA配列が形成する特殊高次構造の生化学解析と電子顕微鏡解析
加藤幹男(大阪府立大学大学院理学系研究科)
(2)
Polypurine/polypyrimidine配列の比較ゲノム解析
金谷重彦(奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科)
(3)
特殊DNA構造に基づく人工的遺伝子発現制御とテロメア調節機構に関する解析
鳥越秀峰(東京理科大学理学部応用化学科)
(4)
酵母ゲノムにおいてヌクレオソーム形成を阻害するDNA構造による転写制御機構の解析
清水光弘(明星大学理工学部)
(5)
ほ乳類bグロビン遺伝子転写制御領域に存在する進化的に保存されたDNA構造
木山亮一(産業技術総合研究所)
(6)
人工染色体の構築と利用
池野正史(藤田保健衛生大学総合医科学研究所)
(7)
DNA塩基損傷の認識と修復機構
菅澤 薫(理化学研究所)
(8)
バクテリアのプラスミド分配に関与するらせん状構造体を視覚化する試み
仁木宏典(国立遺伝学研究所系統生物研究センター)
(9)
細胞死DNA断片化の生理学
水田龍信(東京理科大学生命科学研究所)
(10)
DNAに印された配列以外の情報を読む
大山隆(甲南大学理工学部)
(11)
地球上は細胞外DNAだらけ?―微生物バイオフィルムから見たDNA−
野村暢彦(筑波大学大学院生命環境科学研究科)
(12)
植物細胞における生体防御・プログラム細胞死・細胞周期制御のクロストーク
朽津和幸(東京理科大理工学部)
(13)
Analytic theory for DNA condensation
石本志高(理化学研究所)
(14)
ゲノム生理学研究会への提言
永山國昭(岡崎統合バイオサイエンスセンター)

【参加者名】
鳥越秀峰(東京理科大),田中宏幸(奈良先端大),木山亮一(産総研),水田龍信(東京理科大),仁木宏典(遺伝研),池野正史(藤田保健衛生大),加藤幹男(大阪府立大),菅澤薫(理化研),金谷重彦(奈良先端大),清水光弘(明星大),朽津和幸(東京理科大),石本志高(理化研),大山隆(甲南大),野村暢彦(筑波大),丁雷(生理研),福井由宇子(基生研),小澤一益(統合バイオ)

【概要】
 平成17年度大学共同利用機関法人自然科学研究機構生理学研究所研究会No.19「DNA構造を基盤とするゲノム生理学の展開」は,提案代表者:鳥越秀峰(東京理科大学理学部),所内対応者:永山國昭(岡崎統合バイオサイエンスセンター・ナノ形態生理)のオーガナイズにより平成17年11月17-18日に岡崎コンファレンスセンター2階小会議室で開催された。出席者約20名を集め,口頭発表14件が行われ,白熱した議論が展開された。主たるトピックスとしては,「DNA高次構造とゲノム機能」,「クロマチン構造とゲノム機能」,「DNA情報制御とゲノム機能」,「多様な生命現象とゲノム機能」,「DNA構造の原点から見たゲノム機能」が取り上げられた。初日の講演会終了後に懇親会が催され,さらに掘り下げた議論が展開され,参加者相互間の学問的理解が深まり,非常に有意義であった。これらの流れの中で,新しい共同研究の展開が模索されると共に,永山教授により開発されて生理学研究所に導入された位相差電子顕微鏡の共同利用の機運が高まり,「染色体の構造異常」に特に焦点を当てて共同利用を展開する方向性が提示された。

 

(1) ミニサテライトDNA配列が形成する特殊高次構造の生化学解析と電子顕微鏡解析

加藤幹男(大阪府立大学大学院理学系研究科)

 ミニサテライトDNAは,一般に,ゲノムに散在している10bpから100bp程度の単位が数回から数十回縦列に繰り返している配列である。これらのミニサテライト領域においては,その縦列回数はきわめて多型性に富んでおり,その原因として不等交叉や複製時の伸長/欠失が想定されている。本研究では,海水魚Acanthopagrus latus由来の30bpを単位とするミニサテライトDNAを材料として,多型をもたらす構造要因を明らかにするために,電気泳動移動度,化学修飾,および電子顕微鏡などによる解析を試みた。

 化学修飾実験の結果から,一本鎖状態のミニサテライトDNAは,反復単位においてヘアピン様構造を形成することが示唆された。マグネシウムイオンの存在は,これらの化学修飾実験の結果に影響しなかったが,電気泳動移動度には大きく影響することがわかった。すなわち,マグネシウムイオンは,塩基対形成に影響を与えることなく,一本鎖DNA分子を凝縮させる(電気泳動移動度を大きくする)ことが示唆された。凝縮した一本鎖DNA構造は,電子顕微鏡によって直接観察された。このような一本鎖状DNAの高次構造形成は,DNA複製の鋳型鎖で起こると相補鎖の合成を一時停止することでミスアライメントを誘発したり,新生相補鎖においてはOkazaki fragment 5’側での高次構造形成を誘発したりすることで,繰り返し数の変動をもたらす原因のひとつであると考えられる。

 

(2) Polypurine/polypyrimidine配列の比較ゲノム解析

金谷重彦(奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科)

 Polypurine/polypyrimidine配列は,3重鎖構造(Triplex)のような特殊な立体構造の構築と関係し,転写制御や複製機構といった分子生物学的機能との関連が示唆されている。また現在,ゲノムプロジェクトの進展に伴って,250種以上のバクテリアに加え,ヒトやマウスのような高等真核生物のゲノム配列も決定されている。そこで,3重鎖構造のような非B型DNA構造のゲノム多様性を把握する目的で,これらのゲノムデータを基にAGまたはTC含量が90%で300bp以上の長さを閾値とし,生物種間におけるPolypurine/polypyrimidine配列の出現特徴を調べた。結果,バクテリアではArchaeaにのみ2種見つかり,どちらもMetanosarcina属であった。また,脊椎動物ゲノムでは大量のPolypu/py断片が見つかり,H.sapiensにおいて染色体間でその分布形態に特徴が見られた。更に今回,Polypu/py配列がヒト染色体の複製タイミングに与える影響について,ヒトゲノム全体に拡張して解析を行った。

 

(3) 特殊DNA構造に基づく人工的遺伝子発現制御とテロメア調節機構に関する解析

鳥越秀峰(東京理科大学理学部応用化学科)

 様々な生物の染色体の全塩基配列が明らかにされ,多数の遺伝子が同定されているが,機能未知のままの遺伝子は少なくない。機能未知の遺伝子発現を人工的に活性化・抑制して表現型を検討するのが,機能未知の遺伝子機能を推測する有力な手段である。本研究では,任意の遺伝子上流配列を認識し,下流の任意の遺伝子発現を人工的に制御し得る人工転写因子の創製を試みたので紹介する。具体的には,機能未知の遺伝子の上流配列と3本鎖核酸を形成しうる1本鎖核酸に,転写因子の活性化・抑制ドメインをつなげ,これを機能未知の遺伝子の上流配列に結合させ,機能未知の遺伝子発現を制御するものである。

 一方,染色体末端のテロメアはG塩基に富む反復配列からなり,3’末端は突出した1本鎖DNA領域である。テロメア長の変化は細胞の老化や癌化と密接な関係にある。テロメア長の調節には,テロメラーゼと共に,テロメアの2本鎖及び1本鎖DNA領域に特異的に結合する蛋白質が関与する。本研究では,分裂酵母のテロメア1本鎖DNA領域とこの領域に特異的に結合する蛋白質Pot1について解析したので紹介する。分裂酵母のテロメア1本鎖DNA領域はG塩基に富み,Na+やK+イオン存在下で折れ畳まり,G塩基4個が同一平面上に並んだ4本鎖核酸を形成した。これにPot1蛋白質を添加すると,4本鎖核酸がほどけることを見つけた。この現象と他の結果を合わせてテロメア調節機構について考察する。

 

(4) 酵母ゲノムにおいてヌクレオソーム形成を阻害するDNA構造による転写制御機構の解析

清水光弘(明星大学理工学部)

 多くの真核生物遺伝子の転写は,クロマチンの構造変化を介して制御されていると考えられているが,このことをin vivoで検証する方法は限られている。この問題に対して,我々は,出芽酵母ゲノムの正確な位置に,比較的短い,様々なヌクレオソーム阻害配列を導入することによって,局所的クロマチンの機能を解析する新しいアプローチを確立した。出芽酵母a-細胞特異的遺伝子BAR1のプロモーター領域に,An•Tnと(CG)n•(CG)n配列(それぞれB構造とZ-DNAを形成できる)を挿入し,a2/Mcm1pによる転写抑制におけるヌクレオソームポジショニングの機能について解析した。Anまたは(CG)n配列が長くなるほど,a細胞におけるBAR1の脱抑制が大きくなった。そして,このBAR1の脱抑制が見られたAnまたは(CG)nを挿入したプロモーターでは,ヌクレオソームポジショニングが破壊されていることが示された。したがって,ヌクレオソームポジショニングはa-細胞特異的遺伝子の転写抑制機構に本質的な役割を持つことが実証された。このアプローチの普遍性を調べるために,無機リン酸飢餓状態で誘導発現されるPHO5 遺伝子の発現制御におけるヌクレオソームの機能の解析も進めている。

 

(5) ほ乳類bグロビン遺伝子転写制御領域に存在する進化的に保存されたDNA構造

木山亮一(産業技術総合研究所)

 ヌクレオソームは1細胞中に約107個あり,それらが隣り同士や離れた者同士の間で相互作用をしていることから非常に複雑であり,特に高次のクロマチン構造と機能との関係については研究が余り進んでいない。我々は,このような複雑なクロマチンの状態を解析する作業仮説として,「ヌクレオソームには階層構造(hierarchy)がある」と考えている(1- 3)。すなわち,全てのヌクレオソームが同じような挙動を示すわけではなく,機能的に重要なヌクレオソーム(key nucleosome)のグループとそうでないものがあるということである。我々は,今回,ジヌクレオソーム(ヌクレオソーム二量体)の解析結果(4, 5)をもとに,約30個以上のグロビン遺伝子プロモータ領域に関して塩基配列の比較を行い,遺伝子の転写開始点から200〜400 bp上流の領域に高等動物において進化的に保存された領域を見いだした。この領域は,塩基配列自体の相同性は低いが,AA-あるいはTT-ジヌクレオチドの高い出現頻度を特徴とし,折曲り構造(ベントDNA構造)を示した。また,ヒト,マウス,ラビット及びギャラゴの4つの種における18個の遺伝子領域の解析からAA-ジヌクレオチドの平均の周期は約13 bpであった。このような領域が進化的に良く保存されていることは,ヌクレオソームの配置の情報が既にゲノムDNAに記されていることを意味すると考えられ,グロビン遺伝子の転写反応にとって重要な意味を持つことが示唆される。

 1. Onishi & Kiyama. Nucl. Acids Res. 29, 3448-3457, 2001:

 2. Kiyama & Trifonov. FEBS Letters 523, 7-11, 2002:

 3.Onishi & Kiyama. Recent Devel. Nucl. Acids Res. 1, 131-150, 2004:

 4. Kato et al. J. Mol. Biol. 332, 111-125, 2003:

 5. Kato et al. J. Mol. Biol. 350, 215-227, 2005.

 

(6) 人工染色体の構築と利用

池野正史(藤田保健衛生大学総合医科学研究所)

 遺伝子の発現制御や,遺伝子の次世代への伝達を担う染色体は,ゲノムDNAを精密かつ柔軟に調整する構造体であり,細胞周期に伴いダイナミックにその構造を変化させる。染色体が保有する3機能領域,複製起点・セントロメア・テロメアにより,染色体は細胞核内に安定に維持される。この染色体の機能領域はゲノム配列に依存して形成される。私たちはこれまでに,ヒト-アルファサテライトDNAを用いて,ヒト細胞染色体とは独立に存在しうる「人工染色体」を構築し,ゲノム配列に基づく染色体の構造形成を示した。人工染色体の構築は再現的であると同時に,一度細胞内で構築された人工染色体を微小核融合法により様々な細胞株に移すことがでることから,遺伝子導入ベクターとしての利用開発に取り組んでいる。また,遺伝子発現領域などの染色体機能領域を人工染色体上に再現することが可能であり,染色体機能の解析系を構築している。本研究会では,ヒト型遺伝子を付加した人工染色体を保有する細胞やマウスの作製と,人工染色体からの遺伝子発現や人工染色体の次世代への伝達安定性について紹介する。

 

(7) DNA塩基損傷の認識と修復機構

菅澤 薫(理化学研究所)

 ゲノムDNAは活性酸素や放射線,化学物質などによって絶え間なく損傷を受けている。DNA損傷は転写や複製の妨げとなり,細胞死や突然変異,ゲノム不安定化等をもたらすことによって,がんなどのさまざまな病態を引き起こす可能性がある。このような事態を未然に回避するための防御機構として,種々のDNA修復機構が生物にとって重要な役割を果たしている。

 DNA損傷の大部分は,塩基部分の損傷と単鎖切断によって占められる。しかしながら,長大なゲノムDNAに発生した数少ない損傷塩基を,圧倒的過剰に存在する正常塩基の中から見つけ出して修復するのは決して容易なことではない。我々は,紫外線や化学物質によって誘起される種々の塩基損傷を対象とするヌクレオチド除去修復(NER)機構に着目し,C群色素性乾皮症(XPC)タンパク質を含む複合体の機能が損傷部位の認識と修復反応の開始に必須であることをこれまで示してきた。XPC複合体の生化学的な性状解析から明らかになった,NER機構が化学構造上まったく共通性を持たない種々の塩基損傷を認識するための分子基盤,およびNER反応の分子機構について議論する。

 

(8) バクテリアのプラスミド分配に関与するらせん状構造体を視覚化する試み

仁木宏典(国立遺伝学研究所系統生物研究センター)

 バクテリア,すなわち原核細胞での染色体の移動機構に関してその分子的なメカニズムは長らく不明である。特に,真核細胞の染色体分配で重要なチューブリンやアクチンが原核細胞には存在していないことから,全くことなる染色体の移動機構が考えられてきた。しかしながら,チューブリンやアクチンといった細胞骨格タンパクが原核細胞に見いだされ,その一部はDNAの移動機構に関与していることが近年,明らかにされた。

 バクテリアの性決定因子であるFプラスミドは固有のプラスミド移動機構を持っており,これは3つの遺伝子により構成されている。この移動の分子機構を明らかにするため蛍光タンパク標識方法を利用して,生きた細胞内でプラスミドの移動とその移動のためのモータータンパク質SopAを観察した。プラスミドとSopAタンパク質は細胞内をそれぞれ周期的に移動しその局在を変化させる。このとき,SopAタンパク質は細胞の極付近に凝縮し強い蛍光輝点として観察される。さらに,この構造とは別に,SopAタンパク質は繊維状の構造体を形成し,細胞内をらせん状に走る。この構造が,プラスミドの移動とその方向性の決定に重要な働きを持つものを考えられる。らせん状SopAの構造変化を生きた細胞内で追い,プラスミドの運動性を作り出す機構を探っている。

 

(9) 細胞死DNA断片化の生理学

水田龍信(東京理科大学生命科学研究所)

 多細胞生物の細胞死は,顕微鏡下での形態学的特徴から,ネクローシスとアポトーシスの2つに大別される。過剰な外的刺激による強引な細胞死であるネクローシスに対して,アポトーシスは遺伝子に制御された自発的な細胞死であり,形態形成,神経系,免疫系の確立など,基本的な生命現象に深く関与している。しかし,その生理的メカニズムに関しては不明な点が多い。アポトーシスの生化学的特徴として有名なものに,ヌクレオソーム単位でのDNA断片化がある。この現象はリンカー部位でのDNAの切断として説明されているが,コアのヌクレオソーム単位が146塩基対に対して,観察されるDNA断片が180〜200塩基対とやや長く,単純にリンカー部位での切断だけでは説明できない。我々はこれまで,アポトーシス時のDNA断片化を触媒する酵素の一つに注目し解析を行ってきた。その結果,この酵素が働くためにはリンカーヒストンが必要であることを見出した。このことは,リンカーヒストンのリンカーDNA結合部位がこの酵素の標的となることを示している。リンカーヒストンは染色体の折り畳みに必須とされてきたが,染色体の分解にも重要な機能を有することが示唆された。

 

(10) DNAに印された配列以外の情報を読む

大山隆,福江善朗,井上正太郎,隅田周志,棚瀬潤一(甲南大学理工学部)

 DNAの塩基配列と構造は,コインの表と裏のように切っても切れない関係にある。したがって,同じ塩基配列をもつDNAが同じ構造をもつことは当然としても,意外なことに,異なった塩基配列をもつDNAが同じような高次構造をとったり,似たような機械的特性をもったりする場合がしばしばある。最近になって,DNAのこのような高次構造や特性は遺伝情報の一つ(高次の遺伝情報)となっていて,世代を越えてクロマチンを再現するために機能したり,遺伝子発現を保証するためのクロマチンの構築や維持に寄与したりしていることが明らかになってきた。

 我々はこれまでの研究で,負の超らせんを擬態したベントDNAがクロマチン内のDNAの空間的位相を制御して,転写活性化因子などが標的配列に結合できるようにしていることを明らかにしてきた。これとは別に,最近我々は,クラスII遺伝子のプロモーターには共通の機械的特性があることを発見した。興味深いことに,プロモーターとは無関係なDNA断片にこの特性をもたせると,この断片が細胞内でプロモーターとして機能することが明らかになった。また我々は,DNAが自己集合する性質をもっていることも見出した。DNAの自己集合は生理的濃度のマグネシウムイオン存在下で起こり,混合DNA溶液中でも起こる。この現象は,反復配列の折り畳みや,相同的組換え,減数分裂時の染色体対合など,さまざまな生命現象に関与している可能性がある。本研究会では,DNAのコンフォメーションや機械特性に隠された遺伝情報とDNAの自己集合現象の生物学的意義について議論する。

 

(11) 地球上は細胞外DNAだらけ?−微生物バイオフィルムから見たDNA−

野村暢彦(筑波大学大学院生命環境科学研究科)

 海洋に浮遊する細胞外DNAの大規模解析がVenterによりなされ約二千種に属する新規遺伝子が検出された。海洋以外にも多くの地球環境で細胞外DNAの報告が相次いでいる。また,それらのDNA長は数十キロbpという遺伝子情報を有するのに十分な点も興味深いところである。

 一方,その地球環境上のあらゆるところで微生物は同種あるいは異種の微生物細胞と細胞外高分子物質(細胞外マトリクス)からなるバイオフィルムを形成し集団生活を送っていることが明らかとなってきている。興味深いことに,このバイオフィルムを構成する細胞外マトリクス中には細胞外DNAが含まれており,DNase処理を行うとバイオフィルム形成能が失われる。それはDNAが細胞内の遺伝情報の発現や維持だけでなく,細胞外においては“遺伝”とは全くことなる働きを司っている可能性を有していることを示唆している。

 以上の背景を中心に,微生物バイオフィルム形態の三次元時空間解析からのDNAについてと,さらにDNAの物性についての研究を紹介させていただき議論の材料とさせていただく

 

(12) 植物細胞における生体防御・プログラム細胞死・細胞周期制御のクロストーク

朽津和幸(東京理科大理工学部)

 植物は動物のように移動して不利な環境から逃げる代わりに,病原体の感染を認識し,生体防御応答を誘導するなど,悪環境や外敵から自分を守る巧妙な自然免疫システムを進化の過程で獲得して来た。感染防御応答の過程では,感染部位の細胞が自律的な細胞死を起こすと同時に,周辺の組織で迅速な防御遺伝子発現や抗菌性物質の合成などが誘導され,病原体の増殖と拡散を阻止する。この細胞死は,動物のアポトーシスとの類似点や相違点が指摘されているが,その機構は未解明の点が多い。病原菌由来のタンパク質を感染シグナルとして認識し,高度に同調的に自律的な細胞死が誘導される培養細胞を用いた実験系を構築し,解析した結果,自然免疫・細胞死シグナル伝達系が細胞周期の時期により厳密に制御され,細胞死に先立ち細胞周期が特定の時期に停止するという,細胞周期と細胞死のクロストーク機構の存在が明らかとなった。細胞死制御の分子機構を解析するため,動植物ゲノムの比較解析の新しい手法を開発し,新規細胞死制御因子の同定と機能解析を試みている。アポトーシス抑制因子IAPの相同遺伝子は植物ゲノム中に見出されないが,BIRドメインと共通の起源から進化したと考えられるBLD (BIR-like domain)を持つ新規遺伝子群ILPファミリーを発見した。ヒトにもILPが存在し,HsILP1はヒト培養細胞のアポトーシスを抑制することが明らかとなった。

 

(13) Analytic theory for DNA condensation

石本志高,菊池伯夫(理化学研究所)

 二重らせんDNA鎖は,多量のマイナス電荷をまとう高分子一本鎖である。しかし,適当な水溶液中では電荷がさえぎられ自由な半屈曲性高分子鎖となる。さらに,spermine(4+),spermidine(3+),Mg2+等のプラスの多価イオンを加えると,鎖間にファンデルワールス力に似た短距離有効引力が生じることも知られていた。加えてここ十年の研究で,トロイド状(ドーナツ状の形態)に巻きついた状態が基底状態の第一候補であることが分かってきた。このDNA凝縮と呼ばれる現象では,運ぶ遺伝情報や線状・環状の違いに依らず,またDNAの全長にも鈍感で,経験的に一定の半径に巻きつくことが知られている。DNA輸送等DNAマニピュレーションへの応用が期待されている。

 これら構造転移に関する物理的過程は,数理モデルでモデル化され,自由エネルギーに関して分子動力学やモンテカルロ計算で一定の理解が得られてきた。けれど,引力ありでは非常に煩雑になり,また,これらのアプローチでは予言性を持つ解析的な理論に至らない。我々は,このモデルをファインマン的な経路積分において引力項付きで定式化し,解析的にトロイド状態を導出した。さらに,構造を決めるパラメータを発見し,これを基にウィップ(ロッド)−トロイド相転移や共生相,グロビュール−トロイド相転移,コイル−ウィップ相転移等,構造相転移を議論する。

 

(14) ゲノム生理学研究会への提言

永山國昭(岡崎統合バイオサイエンスセンター)

 この研究会の主旨は分子生物学を越えたDNA情報の生物学的,生理学的活用にある。昨年もゲノム構造研究は,配列構造から物理構造へと肉薄し,本丸のクロマチン立体構造へ向かうべしと提言した。今年はさらに踏み込んだこの研究会の出口について社会連携的提言を行いたい。

 2002年よりスタートしたもう1つの研究会「電子位相顕微鏡の医学的・生物学的応用」は大変生産的で,約10の研究グループと共同研究を行い,特許4件,論文発表済6報,投稿予定5報の成果をあげた。さらに来年度研究会の延長線上に,私を代表者とし研究会メンバー数人を分担者とする特別推進研究を応募するまでいたった。その内容は位相差電子顕微鏡法をさらに発展させ,トモグラフィーと融合し,生命時系列現象の「4次元アトラス」作りを行うものである。無染色氷包埋法の確立により生物電顕の効率が100倍向上したことがこうした時間空間4次元電顕(4次元アトラス)の作成を可能にしている。

 ゲノム生理学研究会もこうした大型のプロジェクトに発展する余地を持っている。しかし,そのためにはしっかりとした研究会の出口が見えなければならない。

 体細胞遺伝変異による癌関連病,生殖細胞遺伝変異による遺伝病等の診断に染色体構造異常の検出は欠かせない。しかし何を持って染色体構造異常を定義するのか。この研究会はそこに切り込めるはずだ。我々はDNA配列構造,DNAトポロジー構造,DNA物理構造,クロマチン構造,染色体構造,核構造など幅広い階層構造を研究対象としており,これらの相互連関をつかまえられる数少ない研究者集団と言える。現在,国はポストゲノムのプロジェクトとして「染色体構造異常と病態診断」を大きな目玉にしようとしている。ここを1つの出口と見据え,社会への提言可能な研究者集団に成長し,我々独自のプロジェクトを提案できる実力を身につけたい。


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