生理学研究所年報 第27巻
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20.唾液腺研究からの生理機能研究,その戦略的展開

2006年2月24日−2月25日
代表・世話人:杉谷博士(日大松戸歯)村上政隆(生理研・統合バイオ)
所内対応者:村上政隆(生理研・統合バイオ)

(1)
マウス顎下腺の器官形成過程での細胞動態:高圧凍結/凍結置換(HPF/FS)法の応用による微細構造学的解析
松浦 幸子(松本歯科大学・口腔解剖学)
(2)
唾液腺の上皮管腔形成におけるクローディンの役割
檜枝洋記(大阪大学大学院・理学研究科生物科学専攻)
(3)
ラット顎下腺腺房細胞のタイト結合と細胞骨格の構造変化
橋本貞充(東京歯科大学・病理学,口腔科学研究センター)
村上政隆 (自然科学研究機構生理学研究所・ナノ形態生理)
(4)
ラット唾液腺AQP5とAQP1に対する自律神経切除及びSNI-2011投与の影響
李 雪飛,細井和雄(徳島大学大学院・ヘルスバイオサイエンス研究部口腔分子生理学分野)
(5)
AQP5は傍輸送経路調節のシグナルを受容するのか?
村上政隆(自然科学研究機構生理学研究所・ナノ形態生理)
Murdiastuti K(Gadjah Mada大学歯学部 歯周病学, Jogjakarta, Indonesia)
細井和雄(徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス専攻口腔分子生理学)
Hill AE(Cambridge 大学, 生理学研究室)
(6)
ラット耳下腺におけるaquaporin-6の存在
松木美和子,橋本貞充(東京歯科大学口腔科学研究センター,同病理学講座)
道家洋子,佐藤慶太郎(日本大学松戸歯学部生理学)
下野正基(東京歯科大学口腔科学研究センター,同病理学)
杉谷博士(日本大学松戸歯学部生理学)
(7)
発生工学的トレーシングによる特定味覚伝導路の可視化
杉田 誠, 柴 芳樹
(広島大学大学院医歯薬学総合研究科・創生医科学専攻・病態探究医科学(口腔生理学))
(8)
ラット上唾液核細胞への抑制性シナプス入力に関する検討
藤井 昭仁(岡山大学医歯薬学総合研究科・口腔生理学分野)
(9)
摂食飼料の性状とラット顎下腺唾液分泌の分析
小橋 美由紀(岡山大学医歯薬学総合研究科・口腔生理学分野)
(10)
分泌型IgAの細胞内輸送機構
浅野正岳,小宮山一雄(日本大学・歯学部病理学)
(11)
耳下腺腺房細胞の開口放出におけるcAMP分解系の役割
杉谷博士(日本大学松戸歯学部・生理学)
西連寺央康(同・歯科麻酔・生体管理学),佐藤慶太郎(同・生理学)
(12)
耳下腺腺房細胞のアミラーゼ分泌機構におけるRabエフェクターとSNAREの関係
今井あかね,梨田智子,下村浩巳(日本歯科大学新潟歯学部・生化学・先端研究センター)
福田光則(理化学研究所・福田独立主幹研究ユニット)

【参加者名】
松浦幸子(松本歯大口腔解剖),檜枝洋記(大阪大大院理生物),橋本貞充(東京歯大),李雪飛(徳島大大院),松木美和子(東京歯大),佐藤慶太郎(日本大松戸歯),杉田 誠(広島大大院医歯薬),藤井昭仁(岡山大大院医歯),小橋美由紀(岡山大大院医歯),杉谷博士(日本大松戸歯),浅野正岳(日本大歯)今井あかね(日本歯大新潟歯),村上政隆(生理研・統合バイオ)

【概要】
 唾液分泌機能の発現にかかわる部品および解剖学的経路の大半は一部分を除き存在が確定された。しかしこれら微視的材料研究の成果は再構成され,分子レベルの知見は巨視的な機能に具体的に繋がらなければならない。これは唾液分泌研究に留まらず分子生理学研究の大きな目的である。本研究会は唾液腺を縦糸に,1)全身機能と唾液分泌と連関を自律神経/内分泌機能から観測,2)唾液腺神経支配と細胞/細胞間隙機能の活性化,3)分泌顆粒内タンパク質の存在様式と維持/放出,4)形態形成と補修のテーマを討論することにより横糸として紡ぎ,巨視的唾液腺機能を従来別個に研究されてきた分子/細胞/神経機能の研究成果を具体的に統合することを目的とし第2回目が開催された。

 

(1) マウス顎下腺の器官形成過程での細胞動態:高圧凍結/凍結置換(HPF/FS)法
の応用による微細構造学的解析

松浦 幸子(松本歯科大学 口腔解剖第2)

 マウス顎下腺の発生は胎生11日,口腔粘膜上皮が増殖肥厚し直下の間葉組織に陥入する出芽成長に始まる。上皮塊はその後,増殖と分枝を繰り返し樹状に分岐した導管とその先端の腺房に分化し基本形態がつくられる。腺原基として確認されるE13以降,上皮塊先端部は球状であり(終末球),下方成長と分枝のみでは説明できない増殖成長様式が存在することを示す。終末球・上皮細胞は重層から単層になり,腺腔・管腔を備えた腺房と介在部に形態分化し,次いで唾液の合成,分泌,輸送を行う機能的分化を遂げる。この形態変化に関与していると考えられる細胞内の可溶性物質の局在については,これまで技術的な問題から解明が進んでいなかった。そこで顎下腺の器官形成過程での細胞動態を,細胞・組織内での物質の保持,不動化に優れている高圧凍結/凍結置換(HPF/FS)法を応用した微細構造学的解析で明らかになったことを紹介し,唾液腺器官形成研究への新たな視点を提供する。

 

(2) 唾液腺の上皮管腔形成におけるクローディンの役割

檜枝洋記(大阪大学大学院理学研究科生物科学専攻)

 哺乳類の唾液腺における上皮管腔形成は,細胞シートの単純な変形・伸長によるものではなく,組織構築のダイナミックな変化を伴っている。すなわち,口腔上皮細胞シートから細胞塊が形成された後,その内部に腔が生じ,外界と通じることによって管腔構造が完成する。この過程がタイトジャンクション(TJ)やアピカル膜の新たな形成を伴っていることに着目し,マウス胎仔唾液腺の上皮管腔形成過程におけるTJ分子クローディンの役割を解析した。培養唾液腺原基におけるクローディンの発現を阻害すると,上皮管腔形成が著しく抑制された。また,アピカル膜分子の発現・局在が阻害され,アピカル膜の微細構造にも異常が見られた。クローディンがアピカル膜形成と共役することによって唾液腺の上皮管腔形成に寄与している可能性について考察する。

 

(3) ラット顎下腺腺房細胞のタイト結合と細胞骨格の構造変化

橋本貞充(東京歯科大学・病理学講座,口腔科学研究センター)
村上政隆(自然科学研究機構生理学研究所・ナノ形態生理学)

 タイト結合の選択的透過機構の解析を目的として,ラット潅流顎下腺を用いた,急速凍結法によるディープエッチング・フリーズフラクチャーレプリカ法により,タイト結合と腺腔側膜直下の細胞骨格の超微構造変化について検討した。タイト結合を構成する膜内粒子は,細胞膜直下に介在する短小な微細線維を介し,深部のアクチン線維束と直接結合していた。CCh/IPR混合刺激により,腺腔面の平滑化と分泌顆粒の融合が起こると共に,タイト結合を構成する膜内粒子の配列が変化し基底側方向に伸長した。タイト結合の膜内粒子と細胞膜を裏打ちする短小な微細線維を介して,直下のアクチン線維との直接,結合しており,タイト結合部および腺腔側膜直下のアクチン線維束は,非刺激群に比べ刺激群ではより密となっていた。このことから,腺腔側細胞膜直下のアクチン細胞骨格の動的な構造変化にともない,タイト結合の膜貫通蛋白の局在が変化し,傍細胞輸送経路の透過性が亢進する可能性が示された。

 

(4) ラット唾液腺AQP5とAQP1に対する自律神経切除及びSNI-2011投与の影響

李 雪飛,細井和雄(徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部口腔分子生理学分野)

【目的】本研究はラット顎下腺における水チャネル,アクアポリン(AQPs)の自律神経系による調節機構を明らかにする目的で行った。

【方法】7週齢雄性のSDラットを用い,顎下腺を支配する自律神経である交感神経または副交感神経切除を上頚神経及び鼓索神経を切断することにより行った(それぞれCSTD,CTDとする)。術後15日目からSNI-2011(10mg/kg),ピロカルピン(0.3mg/kg)クロロキン(50mg/kg)を連続7日間経口投与した。AQP5とAQP1の蛋白質レベルをウェスタンブロッティングで,又mRNAレベルをノーザンブロッティングとRT-PCR,リアルタイムPCRにより解析した。

【結果】CSTDはAQP5及びAQP1蛋白質レベルに大きな影響を与えなかった。CTDはラット顎下腺の重量とAQP5蛋白質レベルを減少させたが,AQP5 mRNAレベルには顕著な影響を与えなかった。CTDラットに対するムスカリンM3アゴニスト,SNI-2011の投与は,低下したAQP5蛋白質含有量を著明に回復させ,AQP1含有量を増加させたが,ピロカルピン投与はこれらに影響を与えなかった。SNI-2011投与はAQP5及びAQP1 mRNAレベルに顕著な影響を示さなかった。CTDはリソソ−ム酵素カテプシンB,D,Eの活性を上昇させ,SNI-2011はこの上昇を抑制した。カテプシンB,D,EのmRNAレベルもCTDにより上昇したが,SNI-2011はこの上昇を抑制しなかった。リソソーム変性剤であるクロロキンの投与によりリソソームを変性させ,その機能を抑制すると,副交感神経切除により減少したAQP5の発現は回復した。

【結論】副交感神経によるAQP5発現レベルの調節は転写レベルによるのではなく,リソソーム酵素系により制御されていると考えられた。

 

(5) AQP5は傍輸送経路調節のシグナルを受容するのか?

村上政隆(自然科学研究機構生理学研究所,ナノ形態生理)
Murdiastuti K(Gadjah Mada大学歯学部 歯周病学, Jogjakarta, Indonesia)
細井和雄(徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス専攻口腔分子生理学)
Hill AE(Cambridge 大学, 生理学研究室)

 灌流額下腺(SMG)を用い,carbachol刺激による水分泌速度を電子天秤にて測定しながら,sucrose添加により灌流液の浸透圧を上昇させると,水分泌は減少する。しかし,浸透圧差により水分泌が駆動されるとした場合の予測値より大きな分泌速度の減少が観察される。この現象は,浸透圧をAQP5が感知し,傍細胞輸送が浸透圧に応じ調節されているモデルによれば説明できる(Hill & Shachar-Hill, 2006)。遺伝的にSMGのAQP5が低く発現したことをWestern-blotで確認しながらAQP5を非常に低発現させたラット (Murdiastuti, K. et al. 2002)を用い,灌流SMG高浸透圧実験を行なった結果,水分泌は水分泌が浸透圧差により駆動されるとした場合の予測値と一致した。これらのAQP5低発現ラットでは傍細胞輸送の調節が失われ,浸透圧差に従った分泌が行なわれたことを示唆している。一方,HgイオンをSMG導管から逆行性に注入するとHg濃度に依存して水分泌は阻害されたものの,高浸透圧による水分泌現象は浸透圧差で予測される変化は正常ラットと同様であった。これらの結果はAQP5と傍細胞輸送を含むフィードバック制御回路の存在を示唆している。

 

(6) ラット耳下腺におけるaquaporin-6の存在

松木美和子,橋本貞充,下野正基(東京歯科大学 口腔科学研究センターおよび病理学講座)
道家洋子,佐藤慶太郎,杉谷博士(日本大学松戸歯学部 生理学教室)

 Aquaporin (AQP)は,水を選択的に透過する機能をもつ6回膜貫通型のチャンネルタンパクとして発見された。現在,AQP0-AQP12までの13種類が同定・報告されており,さらに,水以外にグリセロール,尿素,脂質,イオンの透過機能を持つタイプも明らかとなった。AQPは細胞形質膜に局在し,ほ乳類においては,消化管,肝臓,脳,肺などの臓器に分布するとともに,細胞内小器官の膜上にも存在し,刺激に応じて局在の変化するタイプも存在する。我々は,唾液腺におけるAQPの存在を検討したところ,ラット耳下腺におけるAQP6 mRNAの発現をRT-PCRにて確認した。また,AQP6タンパク質の発現を抗AQP6抗体を用いたwestern blottingにより確認した。さらに,共焦点レーザー顕微鏡によりAQP6が介在部導管および腺房細胞のタイト結合付近に局在すること,また,bレセプター刺激により局在が変化することを認めた。これらのことから,ラット耳下腺にAQP6が発現し,分泌機能に関与する可能性が示唆された。

 

(7) 発生工学的トレーシングによる特定味覚伝導路の可視化

杉田 誠,柴 芳樹
(広島大学大学院医歯薬学総合研究科・創生医科学専攻・病態探究医科学講座(口腔生理学))

 生物は有害物質の摂取をさけ,必要栄養物質を摂取するために,進化の過程で味覚受容の多様性を獲得しました。哺乳類は,塩味,酸味,甘味,苦味,うま味の5つを基本味として認識します。そして味覚は5基本味の組み合わせで,認知されます。味を感知する細胞(味細胞)に発現する味覚受容体に,味物質が結合することにより惹起される味覚情報は,複数の神経細胞を介し,脳内の各種神経細胞に投射され,受容・識別されるとともに,唾液分泌反射,行動的・情動的反応を惹起します。しかし,味覚情報がどのように脳に伝達され味覚が認識されるか,また味覚刺激により誘発される反射・反応が惹起されるかについては不明な点が多く存在します。そこで自身の研究では,発生工学的アプローチを用いて,苦味および甘味情報を伝導する神経回路を可視化することで,味覚認識が脳内でいかに行われるかを明らかにしようと試みました。特にマウスにおいて,苦味受容体もしくは甘味/うま味受容体を発現し,苦味もしくは甘味/うま味を感知する味細胞に,シナプス間を移動するトレーサータンパク質(tWGA-DsRed)を選択的に発現させ,脳内でトレーサーに標識される神経細胞の位置を比較したところ,苦味と甘味の情報を伝導する脳内神経回路に差異がみられ,延髄弧束核・橋結合腕傍核・視床後内側腹側核において,甘味受容味細胞からの入力を受ける神経細胞群は,苦味受容味細胞からの入力を受ける神経細胞群に比べ,より前方に配置していました。大脳皮質味覚野と扁桃体においては,部分的重複と分離が観察されました。観察された苦味と甘味の情報を伝導する脳内神経回路の差異は,味覚識別を可能にする神経基盤の一端を示していると考えられ,このトランスジェニックマウスは,味覚受容・識別を可能にする神経細胞群の細胞機能,唾液分泌反射や行動的・情動的反応を惹起する神経回路基盤,そして神経回路の構築に関与する分子を解明するために,有効に用いることができると考えられました。

 

(8) ラット上唾液核細胞への抑制性シナプス入力に関する検討

藤井昭仁(岡山大学医歯薬学総合研究科 口腔生理学分野)

 近年,上唾液核細胞へのシナプス入力において,興奮性はグルタミン酸,抑制性はGABAAおよびグリシン受容体を介することが明らかとなった。唾液腺活動は上位中枢からの制御を受けているが,抑制性入力に注目した研究は未だなされていない。本研究では,除脳および正常ラットの矢状断新鮮脳スライス標本を用い,1)GABAおよびグリシンの潅流 2)上唾液核周囲の電気刺激で誘発される抑制性シナプス後電流をホールセルパッチクランプ法にて測定した。除脳動物の17% (n=7/41)では上位中枢からのみ抑制性入力を受けていることが示唆された。83% (n=34/41)では上位および下位中枢から抑制性入力を受けていることが示唆された。本研究において全ての上唾液核細胞は上位中枢から抑制性入力を受けていることが明らかとなった。このことから唾液分泌は興奮性入力のみならず上位中枢からの下行性抑制性入力によっても調節されていることが示唆された。

 

(9) 摂食飼料の性状とラット顎下腺唾液分泌の分析

小橋美由紀(岡山大学医歯薬学総合研究科・口腔生理学分野)

【目的】摂食時に唾液分泌が誘発されることはよく知られている。本研究では,顎下腺からの唾液分泌量を測定し,様々な性状の飼料を摂取した時の唾液分泌動態について検索した。

【方法】ラットを測定箱の中で,自由に摂食・飲水出来るよう訓練をした。訓練を終えたラットに,麻酔下で顎下腺カニューレと両側咀嚼筋筋電図用電極を装着し,唾液分泌量と咬筋活動量を測定した。

【結果】1) 3分間の唾液分泌量は粉末飼料,硬ペースト状飼料,中ペースト状飼料,固形飼料,軟ペースト状飼料の順に多かった。2) 摂食飼料の乾燥重量は軟ペースト状飼料,中ペースト状飼料,硬ペースト状飼料,そして粉末飼料と固形飼料の順に多かった。3) 3分間の筋活動量は種々の飼料で似通っていた。4) 歯ぎしりは記録中に大きな筋活動を引き起こしたが,唾液の分泌は誘発しなかった。このことから唾液分泌は,単に顎運動や歯根膜感覚だけでは生じないことが考えられた。また,飼料の水分含有量などの性状が分泌量に影響することがわかった。

 

(10) 分泌型IgAの細胞内輸送機構

浅野正岳,小宮山一雄(日本大学 歯学部 病理学教室)

 口腔は消化器系・呼吸器系組織の門戸であり,常に外来抗原にさらされている。これら抗原の生体内への侵入は,血清由来のIgG分子を中心とする全身免疫および唾液腺をはじめとする口腔由来の局所免疫(粘膜免疫)により制御されている。局所免疫において主体的働きを担う分子が分泌型IgA(S-IgA)であり,IgA2分子(2量体IgA)とjoining chain (J chain)および2量体IgAのレセプターであるpolymeric immunoglobulin receptor (pIgR) の細胞外領域であるsecretory component (SC)から構成されている。これらS-IgAの構成成分であるIgAおよびJ chainは上皮下の形質細胞により,またSCは上皮細胞により産生される。上皮細胞内のS-IgAの輸送経路についてはMDCK細胞のシステムにより多くのことが解明されて来た。本発表ではS-IgAの上皮細胞内輸送経路について概説し,最近新たに注目されているpIgRの機能についてまとめてみたいと考えている。

 

(11) 耳下腺腺房細胞の開口放出におけるcAMP分解系の役割

杉谷博士,佐藤慶太郎(日本大学松戸歯学部 生理学講座)
西連寺央康(日本大学松戸歯学部 歯科麻酔・生体管理学講座)

 耳下腺腺房細胞においては,bアドレナリン受容体刺激により細胞内cAMP濃度の上昇が起こり,消化酵素アミラーゼの開口放出が引き起こされる。細胞内cAMPの合成に関しては,受容体に共役した三量体GTP結合タンパク質の活性化に引き続くアデニル酸シクラーゼの活性化に依存する。一方,cAMP分解は,分解酵素であるcyclic nucleotide phosphodiesterase (PDE)が担っている。現在,PDEには基質特異性,阻害剤親和性,活性調節機構等が異なる11種類のPDEファミリーが報告されている。我々は,ウサギ耳下腺腺房細胞のアミラーゼ開口放出におけるcAMP分解系の役割を検討した。

 アミラーゼ分泌に対するPDE阻害剤の効果を検討したところ,非刺激時のアミラーゼ分泌に対する効果は認められなかったが,rolipramの存在下でbアゴニストであるイソプロテレノールによるアミラーゼ分泌が促進された。細胞内cAMP濃度に対するrolipramの効果を検討したところ,イソプロテレノールによるcAMP産生が有意に促進された。陰イオン交換カラムによりウサギ耳下腺腺房細胞のcAMP-PDEを部分精製したところ,Ca2+,カルモジュリン,cGMPなどには非依存性の活性を示した。また,部分精製画分において抗PDE4B抗体と反応するバンドが認められた。さらに,抗PDE4B抗体を用いて免疫沈降を行った後の部分精製画分にはcAMP-PDE活性は認められなかった。

 以上の結果より,ウサギ耳下腺腺房細胞ではPDEファミリーのうちPDE4Bが存在し,b受容体の活性化を介する調節性開口放出の調節に関わることが示唆された。

 

(12) 耳下腺腺房細胞のアミラーゼ分泌機構におけるRabエフェクターとSNAREの関係

今井あかね1,梨田智子,下村浩巳1,2,福田光則3
(日本歯科大学新潟歯学部1生化学講座・2先端研究センター,3理化学研究所・福田独立主幹研究ユニット)

 我々はラット耳下腺腺房細胞内のsoluble N-ethylmaleimide-sensitive fusion attachment protein receptor(SNARE)の局在とイソプロテレノール(IPR)刺激によるアミラーゼ分泌に対するRab27とそのエフェクターの関与を明らかにしてきた。Rabは真核細胞において細胞内膜輸送をコントロールする低分子量GTPaseでエフェクターによって制御を受けている。一方,唾液腺の開口分泌メカニズムにSNARE仮説を当てはめた検証がなされてきたが,具体的には不明な点が多かった。この別々と思われてきたメカニズムの共役を解明するために,Rab3, Rab8, Rab27の共通エフェクターであるSlp4-a/granuphilinとt-SNAREであるsyntaxinの相互作用がアミラーゼ分泌に関与しているかどうかを調べた。COS-7細胞にSlp4-a, Munc18-2, syntaxin2または3を発現させ相互作用を調べた結果,Munc18-2依存的にSlp4-aとsyntaxinが結合した。また,Slp4-aのsyntaxinとの結合ドメインであるSlp4-a-linker domainのGST融合タンパク質あるいはSlp4-a-linker domainに対する抗体をストレプトリジンO処理腺房細胞に導入すると,濃度依存的にIPR刺激によるアミラーゼ分泌を阻害した。これらの結果から,IPR刺激によるアミラーゼ分泌にSlp4-aとsyntaxinの相互作用が関与していることが示唆された。

 


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