生理学研究所年報 第27巻
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22.バイオ分子センサー研究会

2006年6月9日−6月10日
代表・世話人:富永真琴(岡崎統合バイオサイエンスセンター)
所内対応者:岡村康司(岡崎統合バイオサイエンスセンター)

(1)
Distribution of volume-sensitive maxi-anion channels in cardiomyocytes and its ATP releasing role
Amal K. Dutta,Ravshan Z. Sabirov,浦本裕美,岡田泰伸(生理学研究所・機能協関)
Yuri E. Korchev,Andrew Shevchuk (MRC Clinical Center, United Kingdom)
(2)
細胞容積センサー機能を生みだす境界面分子群の相互作用
赤塚結子(三重大学大学院医学系研究科・再生統御医学)
清水貴浩,岡田泰伸(生理学研究所・機能協関)
(3)
脳内Na+センサー:Naxチャネルの生理的役割
檜山 武史,渡辺 英治,野田 昌晴(基礎生物学研究所・統合神経生物学)
渡辺 英治(基礎生物学研究所・神経生理学)
(4)
代謝型グルタミン酸受容体シグナル伝達のリガンド依存性
立山 充博,久保 義弘(生理学研究所・神経機能素子)
(5)
機械受容チャネルの分子機構
成瀬 恵治(名古屋大学大学院医学系研究科・細胞生物物理学)
(6)
摂食行動に及ぼす視床下部AMPキナーゼの調節作用
箕越 靖彦,志内 哲也,岡本 士毅,斉藤 久美子(生理学研究所・生殖, 内分泌系発達機構)
(7)
共鳴ラマン分光法が明らかにする一酸化炭素によりON/OFFが制御される転写調節因子NPAS2のしくみ
内田 毅(岡崎統合バイオサイエンスセンター・生体分子)
(8)
PKA/Ca2+シグナルを制御する線条体神経細胞質センサーの機能的連関
西 昭徳(久留米大学医学部・薬理学)
(9)
Ca2+センサータンパク質NCS-1の神経の興奮性と生存における生理的役割
西谷 友重(国立循環器病センター研究所・循環分子生理)
(10)
Bリンパ球特異的アダプター分子BCAPの機能発現機構
黒崎 知博(理化学研究所・免疫, アレルギー科学総合研究センター)
(11)
胆汁酸誘導体によるビタミンD受容体活性化機構の解析
槇島 誠,川名 克芳(日本大学医学部・生化学)
安達 竜太郎(大阪大学大学院医学系研究科)
(12)
酸化ストレスセンサーとユビキチンライゲース:Nrf2-Keap1システムによる酸化ストレス応答機構
小林 聡(筑波大学・TARAセンター)
(13)
生理活性脂質受容体BLTとプロトン感知性受容体G2A
横溝岳彦(東京大学大学院医学系研究科・生化学分子生物学)
(14)
電位センサーをもつイノシトールリン脂質ホスファターゼの機能
岡村 康司,村田 喜理,岩崎 広英,佐々木 真理,Israil Hossain
岡崎統合バイオサイエンスセンター・神経分化)
(15)
温度感受性TRPチャネルの構造と機能
富永真琴(岡崎統合バイオサイエンスセンター・細胞生理)

【参加者名】
内田 毅,岡村 康司,岩崎 広英,久木田 文夫,佐々木 真理,Md. Israil Hossain,村田 喜理,富永 真琴,富永 知子,柴崎 貢志,飯田 陶子,稲田 仁,曽我部 隆彰,Sravan Mandadi,島貫 恵実,西井 博子,冨樫 和也,東 智広,村山 奈美枝,島 麻子,三村 明史,林 良樹,平松 弘嗣,永山 國昭(岡崎統合バイオサイエンスセンター),岡田 泰伸,Amal Kumar Dutta,清水 貴浩,浦本 裕美,沼田 朋大,温井 美帆,久保 義弘,立山 充博,長友 克広,石井 裕,箕越 靖彦,志内 哲也,東 幹人,Abduqodir Toychev,李 順姫,Elbert Lee,鍋倉 淳一,松本 希,張 一成,北村 明彦(生理学研究所),野田 昌晴,檜山 武史,清水 秀忠,渡辺 英治,山田 美鈴,堀口 吾朗,藤倉 潮(基礎生物学研究所),横溝 岳彦(東京大・院医),槇島 誠(日本大・医),川名 克芳(大阪大),小林 聡(筑波大),黒崎 知博(理化学研究所),成瀬 恵治(名古屋大・院医),西谷 友重,若林 繁夫(国立循環器病センター研究所),西 昭徳(久留米大・医),赤塚 結子(三重大・医)

【概要】
 生体内の全ての細胞は,細胞内外環境の大きな変化の中でその環境情報を他のシグナルに変換し,細胞内や周囲の細胞に伝達することによって環境変化に対応しながら生存している。最近,形質膜の代謝型受容体のみならず,チャネルやトランスポーターなどの膜輸送蛋白質も,さらには細胞質内タンパク質,核蛋白質も情報センサーの働きをしていることが明らかになりつつある。これらのバイオ分子センサータンパク質は種々の化学的,物理的,生理的情報を受容して他のシグナルに速やかに変換する能力を持っている。バイオ分子センサータンパク質の構造と機能やそのシグナル変換機序を解明していくことは,生命科学の本質である「細胞の生存」を解明するうえで極めて重要である。こうした趣旨のもとに過去3年間バイオ分子センサー研究会が行われたが,バイオ分子センサーによって感知された細胞環境情報が細胞生存応答をもたらすためにいかに細胞内で情報交換・情報統合されているかについての視点が欠けていた。この点こそ,センサーが機能する本質である。そこで,バイオ分子センサータンパク質の構造と機能の解明に加えて,センサー間相互作用,情報統合にも踏み込んだ新たな研究転換を目指してこの研究会を開催した。60名余りのバイオ分子センサー研究者が一同に会し,15題の演題発表があった。対象のセンサーは,電位センサー,温度センサー,機械刺激センサー,脂質センサー,ガスセンサー,Na+センサー,Ca2+センサー,H+センサーなど多岐にわたった。活発な討論,情報交換がなされ,「バイオ分子センサー」研究の発展に有益な会であった。

 

(1) Distribution of volume-sensitive maxi-anion channels in cardiomyocytes and its ATP releasing role

Amal K. Dutta,Ravshan Z. Sabirov,浦本裕美,岡田泰伸(生理学研究所・機能協関)
(Yuri E. Korchev,Andrew Shevchuk (MRC Clinical Center, United Kingdom)

 ATP release is known to be induced by cell swelling from a variety of cell types including cardiomyocytes and to play a crucial role in purinergic signaling. Cardiomyocytes swell in various pathophysiological conditions such as congestive cardiac failure, ischemia, endotoxic shock and dilated or hypertrophic cardiomyopathies. In the present study, we examined the involvement of volume-sensitive maxi-anion channels in swelling-induced ATP release from neonatal rat cardiomyocytes in primary culture and their distribution pattern on the sarcolemmal surface. Using a luciferin-luciferase assay, ATP was found to be released to the bulk solution when the cells were subjected to hypotonic, hypoxic or ischaemic stress. The cell surface ATP level on a single cardiomyocyte, measured by a biosensor technique, was found to exceed a micromolar level. Conventional patch-clamp studies showed that all three stimuli induced activation of single-channel events with a large unitary conductance (~390 pS). The pharmacological properties of the swelling-induced ATP release and maxi-anion channel were identical to each other. The channel was selective to anions and showed significant permeability to ATP4-(PATP/PCl ~ 0.1) and MgATP2- (PATP/PCl ~ 0.16). After taking a 3-D image of the cell by a scanning ion conductance microscopy technique in which a fine-tipped patch pipette was employed as a probe to monitor the cell surface morphology, the same pipette was employed for patching the specified regions on the cells. We found that the density of functional ATP-conductive maxi-anion channel is higher in the central region of the cell body compared to the cell extensions. These results indicate that maxi-anion channels are distributed on the sarcolemma predominantly near the cell body center and serve as a pathway for ATP release in hypotonic, hypoxic and ischemic conditions.

 

(2) 細胞容積センサー機能を生みだす境界面分子群の相互作用

赤塚 結子(三重大学大学院医学系研究科・再生統御医学)
清水 貴浩,岡田 泰伸(生理学研究所・機能協関)

 細胞外及び細胞内の浸透圧変化に対応して自らの体積を一定に保とうとする働きは,動物細胞が生命を維持する上で必要不可欠な機能であるが,最近ではこの容積調節の破綻が細胞死につながることが明らかとなっており,細胞がいかに自らの容積をセンスし対応するかという点に注目が集まっている。細胞が一旦膨張した状態から元の体積に戻る調節性容積減少(regulatory volume decrease: RVD)の過程は,細胞内の蛋白質による情報伝達を介して,最終的には細胞内からのK+とCl流出が駆動力となり,細胞内の水が細胞外に流出することによって達成される。特にこの場合のClの通り道であるチャネルは細胞の容積上昇を感知して開口するために容積感受性Clチャネル(VSOR)と名づけられているが,最近では容積調節だけでなくアポトーシスにも深く関わっていることがわかってきている。

 我々はVSORの分子同定を目指す過程で,その制御因子としてABCトランスポータスーパーファミリーに属するABCF2を同定した。ABCF2を大量発現させたHEK細胞では,VSORの電流が抑制されることと,RVDの遅延が起こることがわかっている。また,ABCF2がアクチン結合蛋白質であるアクチニン-4と結合すること,さらにその結合量は低浸透圧刺激によって増えることを見出しており,RVD過程における細胞膜直下で,アクチン-アクチニン-4-ABCF2が相互作用して容積センサーとして働き,VSORを制御する可能性が示唆された。

 

(3) 脳内Na+センサー:Naxチャネルの生理的役割

檜山 武史,渡辺 英治,野田 昌晴(基礎生物学研究所・統合神経生物学)
渡辺 英治(基礎生物学研究所・神経生理学)

 Naxは電位作動性Naチャンネル・ファミリーに属し,体内Na+濃度付近を閾値とするNa+センサーとして働く。我々はNax遺伝子ノックアウトマウスを作成し,Naxが哺乳動物の塩/水恒常性の中枢である脳室周囲器官(CVO)に発現し,体液Na+レベルセンサーとして機能することを明らかにしてきた。Naxによって検出された情報がCVOの活動に変換される機構を調べるため,Naxの細胞内局在を調べた。免疫電子顕微鏡法と二重免疫染色法により,Naxが上衣細胞と星状細胞から広がったニューロン周囲膜状突起に特異的に発現することを示した。CVOの一つである脳弓下器官から単離したグリア細胞においてイオンイメージングを行ったところ細胞外Naレベル増加に応答した。さらに,グルコース・イメージング法を用いてCVOのNax陽性グリア細胞がNa依存的にグルコース取り込みを増加させること,その過程でNaxが重要な役割を果たすことを明らかにした。以上より,Naxを発現するグリア細胞がまず体液Naレベルの生理的増加を検出し,次にグリアのグルコース代謝の亢進を含む細胞内Na依存的な機構を介してCVOの神経活動を制御することが示唆された。非興奮性グリア細胞と興奮性神経細胞との緊密なコミュニケーションに基づいてNa恒常性の制御中枢が機能すると考えられる。

 

(4) 代謝型グルタミン酸受容体シグナル伝達のリガンド依存性

立山 充博,久保 義弘(生理学研究所・神経機能素子)

 代謝型グルタミン酸受容体1型(mGluR)について,グルタミン酸のみならず細胞外の多価陽イオンによっても活性化されること,複数種のGTP結合蛋白質と共役しうること,が知られている。すなわち,mGluR1を介するシグナル伝達の上流と下流には,複数の経路が存在する。我々は,異なるタイプのリガンドであるグルタミン酸とGd3+では,活性化されるシグナル伝達経路に差異があるという可能性を検証した。細胞内Ca2+濃度 ([Ca2+]i) 変動と細胞内cAMP濃度 ([cAMP]i) 変動を同時に記録することにより,グルタミン酸がmGluR1を介してGq([Ca2+]i上昇)とGs([cAMP]i上昇)を活性化することを確認した。これに対して,Gd3+投与ではGqの活性化は見られたが,Gsの活性化は見られなかった。この結果は,活性化されるシグナル伝達経路が,リガンドのタイプにより異なることを示している。X線結晶構造解析により,グルタミン酸のみ結合した場合とグルタミン酸とGd3+の両方が結合した場合では,mGluR1の細胞外の構造に差異があることが,明らかになっている。そのため,リガンドのタイプによりもたらされる受容体の立体構造の差異により活性化されるシグナル伝達経路に差異が生じるものと考えられる。そこで,mGluR1を介するシグナル伝達の受容体構造依存性について,FRET を用いた解析を進めている。

 

(5) 機械受容チャネルの分子機構

成瀬 恵治(名古屋大学大学院医学系研究科・細胞生物物理学)

 機械受容チャネルは外界からの機械的刺激を電気信号に変換するイオンチャネルで,細菌からヒトに至るまであらゆる細胞に存在する。体性感覚系・心血管系などにおいて重要な役割を果たしている。

 近年,トリ及びヒト心筋より伸展依存性・カルシウム依存性カリウムチャネル(SAKCA)の単離・同定を行った。SAKCAチャネルはSTREX配列という独特な配列をもっており,このSTREX配列が伸展刺激受容活性の責任配列であることがわかった。マウス・ウサギのSTREX配列は伸展刺激感受性がなかったので,トリ・ヒトのSTREX配列と比較したところERA672-674(トリ),ERA712-714(ヒト)が重要であることが判明した。トリSTREX配列のAla674をThr674に置換,またはSTREX配列自体を除去することによりSAKCAの伸展刺激感受性を失わせることが出来た。STREX-GFPとSAKCAチャネルを共発現させたCHO細胞に発現させると細胞膜にSTREX配列が集まることがわかり,且つ,SAKCAチャネルの伸展感受性が消失した。Excisedパッチ膜の細胞質側からSTREX配列からなる合成ペプチドを投与するとSAKCAチャネルの伸展感受性が消失した。これらのことからSTREX配列は細胞膜に存在する物質と結びつき膜の張力を感知することが示唆された。

 

(6) 摂食行動に及ぼす視床下部AMPキナーゼの調節作用

箕越 靖彦,志内 哲也,岡本 士毅,斉藤 久美子(生理学研究所・生殖, 内分泌系発達機構)

 AMPキナーゼ(AMP-activated protein kinase)は,細胞内のエネルギーレベルの低下(AMP/ATP比の上昇)によって活性化し,代謝,イオンチャネル活性,遺伝子発現を変化させて細胞内ATPレベルを回復させることから“metabolic sensor”と呼ばれている。しかし近年の研究により,AMPキナーゼは,メトホルミンなどの糖尿病治療薬,運動,レプチンやアディポネクチンなどのホルモン,さらには自律神経によって活性化することが明らかとなり,AMPキナーゼが細胞内エネルギー代謝だけでなく,個体全体の糖・脂質代謝,エネルギー消費を調節することが明らかとなった。

 さらにごく最近AMPキナーゼは,エネルギー消費だけでなく,摂食行動をも制御することが判明した。我々は,レプチン,インスリン,グルコース,メラノコルチン,ニコチンなど摂食抑制因子の多くが,視床下部AMPキナーゼ活性を低下させることをみいだした。また,絶食後や摂食促進神経ペプチドAGRPによって活性が逆に上昇した。さらにアデノウイルスを用いてdominant negative (DN)あるいはconstitutively-active (CA) AMPKを視床下部に発現させると,DNは摂食抑制を,CAは摂食亢進を引き起こした。このようにAMPキナーゼは,摂食行動とエネルギー消費機構の両調節に関わるシグナル分子であり,特に視床下部AMPキナーゼは,栄養素,ホルモンの共通シグナル分子として摂食行動を制御すると考えられる。

 

(7) 共鳴ラマン分光法が明らかにする一酸化炭素によりON/OFFが制御される転写調節因子NPAS2のしくみ

内田 毅(岡崎統合バイオサイエンスセンター・生体分子)

 NPAS2は一酸化炭素 (CO) センサーとして新たに発見されたヘム蛋白質で,哺乳類の脳で発現し,転写調節因子として働く。DNAと結合するbasic helix-loop-helixドメインと2つのPASドメインをもち,酸素センサー蛋白質であるFixLやDOSと高い相同性をもつ。各PASドメインはそれぞれ1つのヘムと結合し,そこにCOが結合する。NAD(P)Hによる還元状態でBMAL-1という蛋白質とヘテロダイマーを形成し,配列特異的にDNAと結合するが,ヘムにCOが結合するとDNAから解離する。つまり,COの結合というシグナルがBMAL-1との界面に伝わり,BMAL-1とのヘテロダイマーが解離することで,DNAから遊離する。

 COによるNPAS2のシグナル伝達機構を明らかにするため,共鳴ラマン分光法を用いてセンサー部位であるヘム周辺の構造について検討した。その結果,最近いくつかのセンサーヘム蛋白質で見つかっているように,Cysが酸化型のヘムに配位しており,これがヘム鉄の還元により,Hisに交換することがわかった。このHisは近傍のアミノ酸残基と水素結合をしているが,COの結合によりヘム鉄から解離し,近傍との水素結合も切断される。このようにセンサー部位であるヘムにCOが結合・解離することにより,ヘム近傍に存在する水素結合のネットワークを含む構造が変化することにより,BMAL-1とのヘテロダイマーが解離・形成し,遺伝子の発現が制御されることが明らかになった。

 

(8) PKA/Ca2+シグナルを制御する線条体神経細胞質センサーの機能的連関

西 昭徳(久留米大学医学部・薬理学)

 線条体神経には,PKAと細胞内Ca2+シグナルを統合・制御する2つのリン酸化タンパク,DARPP-32(Dopamine- and cAMP-Regulated Phosphoprotein, Mr 32 kDa)とRCS(Regulator of Calmodulin Signaling)が選択的に発現している。DARPP-32はPKAによりThr34残基がリン酸化されるとPP-1活性を抑制する。また,PKAによりリン酸化されたDARPP-32はPP-2Bにより脱リン酸化される。一方,RCSはPKAによりSer55残基がリン酸化されるとcalmodulinと結合し,Ca2+/calmodulin依存性酵素活性を抑制する。つまり,DARPP-32はPKA/Ca2+シグナルのセンサーとして,RCSはPKAシグナルのセンサーとして機能している。黒質から線条体に投射するドーパミン作動性神経は,線条体における運動機能や認知機能の調節に中心的役割を担っている。これまでの研究により,ドーパミンによる線条体神経の機能調節にはDARPP-32によるドーパミン細胞内情報伝達の増幅が重要であり,DARPP-32とRCSは機能的相互作用を示すことを明らかにした。ドーパミン情報伝達におけるDARPP-32とRCSリン酸化の機能的役割,相互作用を紹介する。

 

(9) Ca2+センサータンパク質NCS-1の神経の興奮性と生存における生理的役割

西谷 友重(国立循環器病センター研究所・循環分子生理)

 NCS-1(Neuronal Ca2+ sensor -1)は,主に神経や心臓に発現しているCa2+結合タンパク質で,もともと神経のシナプス伝達に関わる因子として知られていた。私たちは以前,NCS-1がA−タイプKチャネル(Kv4)のCa2+感受性の活性化因子であることを初めて報告したが,その後,他のCa2+チャネルやイノシトールリン酸化酵素の活性化などを介して神経伝達物質の分泌促進を行うこと,またシナプスの短期可塑性を制御することなど多様な機能を持つことが報告されている。しかし,NCS-1の興奮性細胞のサバイバル-アポトーシス経路における役割については今のところ全く報告がない。私たちは,最近の実験結果からNCS-1が,1)障害を受けた神経においてその発現量が増加すること,2)NCS-1高発現細胞が種々のストレスに対し抵抗性を示すことから,NCS-1が障害神経におけるサバイバル因子として働くという全く新規の機能を持つこと,さらに3)NCS-1がサバイバル促進作用を持つ神経栄養因子GDNFの下流に存在しその作用を仲介するという,神経栄養因子とCa2+センサーの新たな相互関係を明らかにしつつある。本研究会では,私たちの最近の知見を中心にNCS-1の持つ多彩な機能について紹介し,バイオ分子センサータンパク質としてのNCS-1の生理的意義について議論したい。

 

(10) Bリンパ球特異的アダプター分子BCAPの機能発現機構

黒崎 知博(理化学研究所・免疫, アレルギー科学総合研究センター)

 Bリンパ球受容体(BCR)を介する抗原認識によって引き起こされるシグナルは,B細胞の分化・活性化に必須であり,したがって,BCRシグナルの分子機序解明は依然として重要な課題である。

 BCRを介するシグナルの第一段階はSykをはじめとするチロシンキナーゼの活性化によって生じるが,私たちはSykの生理的基質BCAPを単離し,この分子のノックアウトマウスを作製することにより,まず,その生理機能を探索した。BCAP欠損マウスではBリンパ球の最終分化の障害,およびT細胞非依存性免疫応答の低下が認められ,このB細胞特異的アダプター分子BCAPがBCRの下流で働き,生体において重要な役割を担っていることを明らかにした。更に,なぜこのようなBリンパ球の最終分化の障害が生じるかをin vitroの実験を駆使して探索した。その結果,BCAP欠損B細胞は野生型B細胞に比し,生存・増殖反応を司っている転写因子c-Relの減少が認められた。このc-Relの減少がvivoにおいても重要な機構であることは,BCAP欠損マウスより採取した骨髄細胞にc-Relを強制発現すると,Bリンパ球の最終分化が回復することにより確かめられた。

 

(11) 胆汁酸誘導体によるビタミンD受容体活性化機構の解析

槇島 誠,川名 克芳(日本大学医学部・生化学)
安達 竜太郎(大阪大学大学院医学系研究科)

 活性型ビタミンD3の受容体であるビタミンD受容体(VDR)は,カルシウム代謝や骨代謝の調節のみならず,免疫調節,細胞の分化誘導など様々な生理作用を有することが知られている。我々の研究により,核内レセプターFXRに加えてVDRも胆汁酸の受容体として機能することが明らかになった。

 活性型ビタミンD3(内分泌シグナル)と二次胆汁酸であるリトコール酸(生体異物シグナル)の2種類のリガンドに反応するVDRとこれらのリガンドとの構造活性相関を明らかにするために,VDR変異体に対する活性型ビタミンD3とリトコール酸の作用を比較検討し,VDRのリガンド結合ポケットへの結合様式の相違を明らかにしたが(平成15年度バイオ分子センサー研究会),今回はリトコール酸誘導体のVDRに対する効果を検討した。リトコール酸の3位水酸基の修飾によりVDRに対する活性が増加した。検討した誘導体の中でリトコール酸アセテートが最も強くVDRを活性化した。リトコール酸アセテートのFXRに対する作用は弱く,PXRには作用しなかった。リトコール酸3位修飾体のうち,イソリトコール酸やウルソコラン酸はリトコール酸よりも強力にFXRを活性化したが,VDRには作用しなかった。活性型ビタミンD3とリトコール酸とでは,VDRに対する結合様式のみならず,VDR-RXRヘテロ二量体としての活性化様式に相違があるとの報告もあり,VDRの生理機能を解明する上で胆汁酸誘導体の利用は有用であると考えられる。

 

(12) 酸化ストレスセンサーとユビキチンライゲース:Nrf2-Keap1システムによる酸化ストレス応答機構

小林 聡(筑波大学・TARAセンター)

 外来ストレスに対する生体防御機構では,センサーによるストレス感知と細胞内因子へのシグナルの伝播,そして最終的には,転写因子の活性化による防御系遺伝子の誘導的発現という一連の秩序だったプロセスにより,恒常性維持がもたらされる。近年我々は,活性酸素種や食餌性異物である親電子性物質に代表される“酸化ストレス”に対する生体防御機構において,Nrf2-Keap1システムがきわめて重要な機能を有していることを,分子生物学ならびに遺伝子破壊マウスの解析を通じ証明してきた。転写因子Nrf2は,酸化ストレス応答遺伝子を発現誘導するメインプレーヤーであり,一方Keap1はNrf2の核移行を阻害する抑制性因子である。最近我々は,Keap1が2つのシステイン残基により酸化ストレスを感知する“センサー”として機能していること,さらに非ストレス下ではNrf2を分解抑制させる“ユビキチンライゲース”としても機能することを明らかにした。また,このストレス応答制御機構の破綻と疾患の相関を示唆する知見として,ヒト肺ガンにおけるkeap1遺伝子変異を見出している。このことは,ストレス応答の抑制機構もまた生体の恒常性維持には重要であることを意味している点で,興味深い。本発表では,酸化ストレス応答制御におけるKeap1の分子機構を中心に,その生理的意義に関しても考察したい。

 

(13) 生理活性脂質受容体BLTとプロトン感知性受容体G2A

横溝 岳彦(東京大学大学院医学系研究科・生化学分子生物学))

 生理活性脂質は産生細胞への刺激に伴って産生され,標的細胞に作用したのち速やかに分解されるという特徴を有する。生理活性脂質の作用は細胞膜に存在するGタンパク質受容体(GPCR)と核内受容体を介して行われる。ロイコトリエンB4(LTB4)は,好中球の活性化因子として知られる生理活性脂質であり,我々はLTB4高親和性受容体BLT1と低親和性受容体BLT2を同定し,解析を進めている。共にGi/o,GqファミリーのGタンパク質を活性化するGPCRであるが,BLT1は白血球特異的に,BLT2は比較的広範な発現を示す。BLT1欠損マウスでは,好中球が関与する古典的炎症モデルにおいて減弱した反応が見られることに加え,Th1型,Th2型免疫反応にも異常が観察され,LTB4が免疫反応においても重要なメディエーターであることが明らかになりつつある。G2Aはかつてリゾリン脂質であるLPC(リゾフォスファチジルコリン)の受容体であると報告されたが,我々は最近,G2Aが細胞外のプロトン濃度を感知するプロトンセンサーであること,LPCはむしろG2Aに対して抑制的に作用することを見いだした。これまでに得られた知見を総括し,今後の展望を討論したい。

 

(14) 電位センサーをもつイノシトールリン脂質ホスファターゼの機能

岡村 康司,村田 喜理,岩崎 広英,佐々木 真理,Israil Hossain
(岡崎統合バイオサイエンスセンター・神経分化)

 従来,膜電位センサーはイオンチャネル固有の構造と考えられ,膜電位変化によるシグナル伝達についての研究は,イオンチャネルまたはトランスポーターなどのイオンの出入りを制御する分子に限定されてきた。我々はホヤゲノムからイオンチャネル関連分子を網羅的に検索した (Physiol. Genomics, in press) ところ,電位依存性チャネルの電位センサーを有しながらイオンが通るポア領域を欠き,その代わりにC末端側にガン抑制遺伝子として知られるPTENと相同性の高い酵素ドメインを有する新規分子を見出した。この分子は電位センサーがイオン通路以外の機構を制御する始めての例であり,現在論争になっている電位センサーの動作原理を理解する上でも,また膜電位変化の生理的役割を捉えなおす上でも,新たな視点を提供する。昨年度本研究会では,この分子がチャネルと同様なゲート電流を示し電位感受性をもつこと,in vitroにおいてPIP3の燐酸を脱リン酸化するホスファターゼ酵素活性を有すること,またKチャネル活性を指標とした実験からその酵素活性が膜電位に依存して変化することなどを報告した (Nature, 2005)。今回は,1.これまでKチャネル活性を指標として解析してきたVSPの電位依存的酵素活性が,PIP2の可視化によっても確認できたこと,2.酵素活性の膜電位依存性がS4様のドメインの特性で規定されること,3.脊椎動物の相同分子がCi-VSPと同様に電位依存的ホスファターゼの性質をもつこと,について新たな知見を得たので報告する。

 

(15) 温度感受性TRPチャネルの構造と機能

富永真琴(岡崎統合バイオサイエンスセンター・細胞生理)

 哺乳類には現在までに6種類の温度感受性TRPチャネルが知られており,それぞれが特異な活性化温度閾値を有する(TRPV1 > 43度, TRPV2 > 52度, TRPV3 > 32-39度, TRPV4 > 27-35度, TRPM8 < 25-28度, TRPA1 < 17度)。TRPV1の活性化温度閾値は固定したものではなく,PKCによるリン酸化によって10度以上も変化する。TRPV4の温度閾値は体温近傍であるが,TRPV4は感覚神経にはほとんど発現せず,表皮ケラチノサイトや視床下部視索前野に発現することから,皮膚での温度受容や体温調節にも重要な働きをしていることが推測される。新生仔マウスのケラチノサイトの培養系を確立し,発現するTRPV4ならびにTRPV3の機能的な発現をCa2+-imaging法で確認した。さらに,前回の本研究会で新規温度感受性TRPチャネルTRPM2を報告し,TRPM2が膵b細胞でのインスリン分泌に関与することを発表したが,TRPM2はKATPチャネル非依存的,cAMP依存的なインスリン分泌に関わることが明らかとなった。また,種々のTRPチャネルの機能を制御することが報告されている2-APBがTRPM2活性を強く抑制することを見出した。


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