生理学研究所年報 第27巻 | |
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23.体温調節,温度受容研究会2006年9月27日−9月28日
【参加者名】 【概要】
(1) 建築環境工学あるいは環境心理学の立場からの温冷感および快適感久野 覚(名古屋大学大学院環境学研究科都市環境学専攻) 古くから,温冷感の測定には,日本語の場合「暑い」「暖かい」「どちらでもない」「涼しい」「寒い」を,英語の場合「hot」「warm」「neutral」「cool」「cold」を並べた尺度が使われている。しかし,環境が変動している場合にこの尺度では困る場合がある。例えば,夏期に屋外から冷房空間へ入った場合,屋外では「暑い」であり,入室後は「涼しい」となるが,やがて「どちらでもない」と変化する。尺度上でオーバーシュートすることになる。 一方,このオーバーシュート現象とも絡み,快適感については,「comfortable」という言葉だけでは十分捉えることができないので「pleasant」という言葉も併用するべきであるという議論がかつて起こった。現在,測定尺度としては,不快の度合いを測る片側尺度を使う場合が多いが,pleasantな状態も評価するために「快適−不快」の両側尺度が用いられることも多い。この場合は,中間点の問題が生じる。 ここでは,Gaggeが使った温度感覚,McIntyreのpositive/negative thermal pleasure,Cabanacのpleasantnessを紹介しつつ,全体を統一的に説明できる久野の二次元温冷感モデルについて説明する。環境状態と生理状態を二軸にとった平面上で,上述の現象が説明できることを示す。
(2) 体温調節における皮膚温の役割中村 真由美,依田 珠江(早稲田大学 人間科学学術院) 恒温動物でも体温は部位によって異なり,大きく変動する部位(shell)と比較的安定に保たれる中心部(core)に分かれる。つまり体温調節とはcoreの温度を調節する(制御量とする)機能と考えられる。これは基本的にはnegative feedbackにより達成されている。さらにそれに加えて,最も高頻度で出現する「外乱」である環境温変化にするfeed forwardを行うことで制御の質を高めている。環境温変化は皮膚で受容される。皮膚温の情報は特に行動性体温調節に重要な役割をはたす。そして温度に関係した感覚は「熱い・冷たい」という温度感覚と,「暑い・寒い」という温熱的快・不快感(快適感)に区別され,またそれぞれ全身の感覚と局所感覚がある。このような感覚が,1.どのような機序で発生し,2.どのような特徴を持ち,3.相互にどのように関係するか,などについてはまだ不明な点が多い。我々は皮膚温と温熱的感覚の関係性を調べることを目的として,皮膚温,局所的温度感覚・快適感をコンピュータの人体模型上に再現するシステム(データ可視化システム)を開発した。そこで得られたデータを中心に皮膚からの温度入力の,特にヒトでの特徴について概観する。
(3) 視索前野GABA受容機構を介した発熱時および寒冷時の熱産生大坂 寿雅(国立健康・栄養研究所)
ウレタン・クロラロース麻酔ラットの皮膚を2-6°C冷やすと酸素消費率が増加する(Osaka, J Physiol, 2004)。視索前野背側部にGABAを微量注入しても熱産生反応が誘起されるが,この部位にGABAA受容体拮抗薬であるbicuculline methiodide (BMI)を前投与しておくと皮膚冷却によって誘起される熱産生反応が阻止される(Osaka, Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol, 2004)。したがって視索前野のGABA受容機構が寒冷時の熱産生を介している。では,この機構は発熱時の熱産生に寄与しているであろうか。 発熱物質であるリポ多糖類(LPS, 1 mg/kg)をウレタン・クロラロース麻酔ラットに静脈内投与したところ三相性の熱産生反応がおき,極大値は約60, 100, 130分だった。心拍数は酸素消費と並行して増加し,結腸温度は単相性に1.5-2.5 °C上昇した。LPS投与後の40, 80, 120分に視索前野背側部にBMIを両側注入すると熱産生反応は阻止された。視索前野腹内側部は発熱の最終メディエーターとされるプロスタグランディン(PG)E2感受性部位であるが,この部位にPGE2を注入して誘起される熱産生,頻脈,高体温の反応も視索前野背側部へのBMI前投与によって阻止された。したがって,視索前野背側部のGABA受容機構は寒冷時のみならず発熱時の熱産生も介しており,視索前野からの熱産生出力機構であると考えられる。
(4) ヒト暑熱環境下における皮膚血管拡張反応と皮膚交感神経活動の関係上條 義一郎 ヒトの皮膚交感神経(節後線維)には発汗神経,血管収縮神経,血管拡張神経が含まれると言われている。一方,皮膚血流の神経性調節も能動性収縮と能動性血管拡張が関与しており非常に複雑である。そこで,我々は暑熱環境下における皮膚交感神経活動(SSNA)の増強と皮膚血管拡張の関係を調べるために,安静座位でwater-perfused suit を着用した被験者5名の腓骨神経からSSNAとその支配領域の皮膚血流量(LDV; レーザー血流計),発汗活動(SR),平均血圧(MAP)を同時測定した。暑熱負荷はsuit に流す水温を34℃から40℃まで2℃ずつ30分毎に上昇させ,各ステージ最終10分間にデータ収録を行った。その結果,皮膚血管コンダクタンス(CVC=LDV/MAP)はbretyliumにより局所性に収縮活動を抑制した部位において暑熱負荷上昇に従い増加したが,正常部位では変化しなかった。このことは,正常部位の能動性血管拡張が収縮活動により抑制されることを示す。また,同じ神経支配領域内の異なる2箇所で測定されたCVCを20秒毎に区切り10分間の相関関数と対応する20秒間のバースト数を求めたところ,2箇所のCVCの相関係数はバースト数増加により高くなる傾向を示した。そこで各ステージのバースト多発時(間隔<2秒)のその発生から20秒間のCVCとSRを加算平均したところ,SRの振幅は暑熱負荷40℃で大きく増加するのに対し,CVCの振幅は暑熱負荷38℃で増加し,バーストの振幅の増加と一致した。これらの結果は皮膚血管拡張にSSNAの増強が関与することを示す。
(5) 骨格筋エネルギー代謝に及ぼす視床下部の調節作用箕越 靖彦,志内 哲也,岡本 士毅,李 順姫,鈴木 敦,斉藤 久美子 骨格筋はヒトにおいて最大の臓器であり,熱産生,特に交感神経による熱産生に重要な役割を果たしていることが知られている。私どもはこれまで,熱産生を促進するホルモン・レプチンが骨格筋においてグルコース,脂肪酸の利用を促進することを明らかにしてきた。レプチンは,視床下部に作用して交感神経を活性化し,b作用を通して骨格筋でのグルコースの取り込みを促進する。また同時に,視床下部交感神経系,及び骨格筋への直接作用によって骨格筋AMPキナーゼを活性化し,脂肪酸酸化を高める。 さらに私どもは最近,睡眠・覚醒の調節に関わる視床下部神経ペプチド・オレキシンが,レプチンと同様,交感神経のb作用を介して骨格筋でのグルコース利用を促進することを見いだした。オレキシンを視床下部腹内側核(VMH)に作用させると,運動や摂食行動を惹起しない微量投与によって骨格筋支配交感神経活動を活性化し,グルコース利用を促進した。また,アドレナリンb受容体ノックアウトマウスではオレキシンによるグルコースの取り込み促進作用が完全に抑制された。オレキシンは,食餌探索行動を始め様々な行動発現に際して活性化する。このことからオレキシンは,覚醒レベルを維持するとともに骨格筋での代謝を調節することで,行動発現並びにその遂行に寄与している可能性がある。
(6) 脂肪エネルギー消費分子としてのUCP1の役岡松(小倉)優子,斉藤 昌之(北海道大学大学院 獣医学研究科) 褐色脂肪のミトコンドリアに存在する脱共役タンパク質(UCP1)は,交感神経由来のアドレナリンのb作用により活性化されて,酸化的リン酸化を脱共役し,エネルギーを熱に変換する。熱産生分子としてのUCP1が,寒冷下での体温維持に重要であることは,1)寒冷刺激により褐色脂肪への交感神経活動が増加する,2)UCP1欠損マウスやアドレナリンb受容体欠損マウスが寒冷不耐性である,などの事実からも明らかである。一方,UCP1が活性化すると褐色脂肪では細胞内の中性脂肪や血中から供給される脂肪酸が熱産生の基質として燃焼されるので,脂肪エネルギー消費分子としての機能も注目されている。そこで,エネルギー消費におけるUCP1の役割を明らかにするために,アドレナリンb3受容体作動薬を用いて検討した。b3受容体作動薬を単回投与すると,野生型マウスでは,褐色脂肪組織温度が上昇し,全身のエネルギー消費量(酸素消費量)が増加した。さらに,慢性投与すると体脂肪が減少した。しかし,UCP1欠損マウスでは何れの反応も認められなかった。また,慢性投与時には,野生型マウスにおいては褐色脂肪のみならず,通常UCP1の発現が見られない白色脂肪にもUCP1が新たに出現していた。これら異所性発現したUCP1のエネルギー消費への寄与についても検討しているのであわせて紹介したい。
(7) 細胞外液浸透圧と体温調節鷹股 亮(奈良女子大学 生活環境学部 生活健康学講座) 体温調節機能と体液調節機能は,密接に関連し合い機能している。古くから,脱水は体温上昇時の体温調節機能を抑制することが知られている。通常の脱水は,細胞外液(血漿)量の減少と細胞外液(血漿)浸透圧の上昇を伴う複合的な刺激であるが,我々は主に血漿浸透圧が体温調節機能に及ぼす影響について研究を行い,以下の点を明らかにした。 血漿浸透圧上昇は,体温上昇時の体温調節機能を抑制する。この抑制は,体温調節反応である発汗および皮膚血管拡張反応の核心温閾値を上昇させることによる。ヒトにおける実験では,血漿浸透圧1 momol/kg H2O の上昇に対して,皮膚血管拡張および発汗の核心温閾値の上昇は,約0.03-0.04 ℃である。 血漿浸透圧上昇による体温調節反応の抑制は,少量の水分を飲み込むと一時的に解除される。血漿浸透圧上昇時に少量の水分を摂取することにより口渇感およびバゾプレッシン分泌が一時的に抑制されるが,これは口腔咽頭反射として知られている。少量の水分摂取により,浸透圧調節反応が抑制されるだけではなく,血漿浸透圧の変化を伴わずに体温調節反応の抑制が解除されたことから,血漿浸透圧上昇時の体温調節反応の抑制は中枢性であり,血漿浸透圧上昇による体温調節反応の抑制に関与する中枢部位は,浸透圧調節部位と少なくとも一部は共有していることが示唆された。 血漿浸透圧上昇による体温調節反応の抑制は,暑熱順化により減弱する。
(8) 運動時の体温決定因子:末梢からの非温熱性入力の重要性能勢 博(信州大学大学院 医学研究科 スポーツ医科学分野)
運動時の体温は,活動筋の産熱と皮膚血流・発汗による熱放散のバランスによって決定される。従来から,運動時の体温は運動強度に比例して上昇することが知られており,この原因として,勿論,活動筋からの熱産生が増加することが考えられるが,それとは別に,一定の体温上昇による皮膚血管拡張などの放熱が抑制されることも関与する。この現象が「産熱の亢進」と「放熱の抑制」が同時に起こっている点において「発熱」の現象に似ていることから,運動開始時には「脳の意志」によって体温を上昇させているのではないか,との仮説が成立する。一方,最近,我々は,1)運動時には運動強度に比例して血漿浸透圧が上昇し,この浸透圧に比例して皮膚血管拡張が抑制されること,2)この皮膚血管拡張抑制は,運動前に低張性食塩水を輸液しておけば抑制することができること,3)暑熱順化すれば運動時の皮膚血管拡張が亢進するが,この際,血漿浸透圧上昇による皮膚血管拡張抑制の感受性が鈍化していること,を明かにした。以上の結果は,運動強度に依存する体温上昇は,脳の意志によって決定されるのではなく,末梢の血漿浸透圧上昇によって体温調節反応が抑制され,「仕方なく」上昇していることを意味する。では,何のために皮膚血管拡張の抑制が起きるのか,本発表では,その合目的性についても考察する。
(9) 磁気共鳴(MR)信号を利用した脳温・深部温の評価吉岡 芳親,神原 芳行,松村 豊(岩手医大 先端医療研究センター) 磁気共鳴法の非侵襲性と磁気共鳴信号の温度依存性を組み合わせることで,非侵襲的な深部温度計測を行った。使用した装置は,GE社製SIGNA Horizon LX 3.0 Tであり,健康成人ボランティアを対象とした。測定部位は,大脳(男女各18名)と下腿部(男性5名)のヒラメ筋(中心側)と腓腹筋(外側)である。下腿部では,室温環境下(20-25℃)と共に,腓腹部表面より加温(40℃)・冷却(10℃)を行いながら内部温度を計測した。 大脳深部白質では,関心領域を,2x2x2cm3とした場合,数分程度の積算を行えば,0.2oC以内の再現性で温度計測が可能であり,経時的にもこの程度の精度で追跡・評価ができると考えられた。下腿部では,体動やそれに伴う血流の変動を考慮する必要が有ると思われたが,やや精度が低下した。男性(n=18)では,前頭葉の温度は,深部白質の温度より約0.4℃低く(p<0.05),女性(n=18)では,差がなかった。また,男性では,深部白質の温度と鼓膜温が相関したが,女性では相関しなかった。室温環境下では,腓腹筋付近の温度は,ヒラメ筋付近の温度に較べ約2℃低かった。また,腓腹部表面の温度を10℃(冷却)にすると,腓腹筋付近では,有意に温度が下がったが,中心側のヒラメ筋付近では,有意な変化は認められなかった。環境温度が下がった場合でも,下腿部中心部の温度は維持される傾向にあり,大きな温度勾配ができることが分かった。空間・時間分解能は,現段階では数mL・数分であるが,磁気共鳴法を用いることで,生理的条件下での深部温度の評価が可能である。
(10) 生体リズムと体温山仲 勇二郎,高須 奈々,橋本 聡子,本間 研一(北海道大学大学院医学研究科第一生理学講座) 昼夜変化のない環境下で深部体温リズムを長期にわたり測定すると被験者の約20%の被験者で睡眠覚醒リズムと乖離し,それぞれの周期でフリーランする内的脱同調がみられる。内的脱同調はヒトの生物時計が複数の振動体により構成されることを示唆しているが,振動体の局在や振動体間の同調機序については不明である。 当教室では脱同調パラダイムを用いて,ヒトの睡眠覚醒リズムが強制的なスケジュールにメラトニンリズムとは関わりなく同調すること。しかし,身体運動を加えることにより,メラトニンリズムの同調も促進されることを示し,いわゆる非光同調の機構を明らかにすることにより,この問題へアプローチすることが可能と考えられた。今回は,ヒトの生物時計の2振動体仮説,体温リズムの解析法について述べる。また,身体運動が生物時計に与える影響について検討した隔離実験データを報告する。
(11) 冬眠中のハムスターのエネルギー代謝と抗酸化機構橋本 眞明,Peter G. Osborne(旭川医大・第一生理) 室温4±1℃恒暗下で冬眠中のシリアン・ハムスター(Mesocricetus auratus)は,直腸温6℃,呼吸はBiot様で4〜6分に一回4〜6呼吸が連続し,心拍は不整で4〜8回/分,エネルギー代謝は覚醒安静時の1〜5%程度である。覚醒を開始すると心拍と呼吸は規則的になり,5〜6時間で覚醒に至る。褐色脂肪組織(BAT)の温度変化が検出されるのは心電図に変化が現れてから1〜3時間後である。温度上昇が始まると2〜3時間で30℃以上も体温が上昇し,エネルギー代謝の盛んな臓器は強い酸化ストレスに曝され,冬眠動物にはそれに対処する生得的機構が存在すると思われる。脳の局所活動(エネルギー代謝)は局所血流とよく一致することが知られているが,覚醒中の脳血流はBAT温度上昇に伴い,急激に増加する。体内抗酸化物質の一つとされるアスコルビン酸(AA)はゲッ歯目動物では肝臓で合成され血液で運ばれ,活性酸素種による酸化産物デヒドロAAとなり,局所的にグルタチオンによる還元をうけ再生される。冬眠からの覚醒中の動物で血漿,脳脊髄液,脳組織中のAA,尿酸,グルタチオン濃度を測定した。組織中AA,グルタチオン共に変化はなく,血漿中,脳脊髄液中の尿酸,グルタチオンは覚醒に伴い増加,AAは減少した。
(12) ヒトの体温調節における脊髄の役割についての仮説紫藤 治,丸山 めぐみ,アブドゥル・ハク(島根大学医学部 環境生理学講座) 脊髄はその加温や冷却により対応する体温調節反応が発現することから,体温調節機構の一翼を担っていると考えられる。しかし,その生理的役割については未だ解明されていない。脊髄は硬膜に包まれ脊柱管内に存在し,その周囲には良く発達した前後の内椎骨静脈叢が存在する。脊柱管内の椎骨動脈叢は上行腰静脈や腰静脈を介し,腸骨静脈や下大静脈と連絡するが,これら静脈には弁が存在しない。従って,腹腔内圧が上昇した時には,腹腔内の静脈血が椎骨に囲まれて変形し難い静脈叢へ移動すると考えられる。これらから,我々は次の仮説を考えた。下肢運動中には活動筋を経由した体内で最も温度の高い静脈血が下肢から躯幹部へ帰還する。この時,運動による腹筋の収縮や呼吸運動により腹腔内の静脈が定期的に圧迫され,下肢から帰る高温の静脈血の多くが脊柱管の静脈叢内を経由して,右心房へ帰還する。この結果,脊髄は高温の静脈血により周囲から加温され,皮膚血管拡張や発汗などの体温調節反応を迅速に起こすと伴に,その反応強度を増加させる。今回はこの仮説を検証する第一歩として,下肢運動後の腹部静脈造影をdirect contrast-enhanced MR venographyにより行った。
(13) UCP1遺伝子導入による肥満・糖尿病に対する治療法開発片桐 秀樹(東北大学大学院 医学系研究科 創生応用医学研究センター 再生治療開発分野)
肥満・糖尿病患者の増加が注目を集めているが,その治療法としては現在でも食事療法や運動療法が中心である。これらの病態ではインスリン抵抗性やレプチン抵抗性がその発症に関与している。そこで我々は,モデル動物に肥満・糖尿病を発症させた後,エネルギー消費を亢進させる目的で,脱共役蛋白UCP1を肝臓及び腹腔内脂肪組織に発現させ,治療効果を検討し,個体におけるエネルギー代謝調節機構を解析した。 まず,高脂肪食により肥満・糖尿病を発症させたマウスの肝臓にUCP1遺伝子を導入したところ,脂肪肝改善などの肝における局所効果に加え,内臓脂肪組織の脂肪蓄積の減少やレプチン抵抗性の改善といった多臓器における代謝改善効果が認められ,その結果,肥満・糖尿病・高脂血症が改善した。 次に,高脂肪食負荷にて肥満・糖尿病の病態発症後の腹腔内脂肪組織にUCP1遺伝子導入を試みたところ,その発現は局所的・限定的であったにもかかわらず,体重増加は抑制され,耐糖能・インスリン抵抗性・レプチン抵抗性の著明な改善が観察された。 以上,一臓器(組織)でのエネルギー代謝の亢進により,他臓器の代謝が影響を受けることが認められたことから,臓器・組織間の代謝情報ネットワークの存在が示唆される。このエネルギー・糖代謝恒常性維持機構の破綻が肥満・糖尿病とも考えられ,代謝情報ネットワークをターゲットとした治療法開発の可能性について論じてみたい。
(14) 老化と体温調節山下 均(国立長寿医療センター研究所 老化制御研究部) われわれ恒温動物において最も重要な生理機能である体温調節能が老化と共に低下する。これは例えば,加齢動物における耐寒性の低下として観察され,その原因の一つとして熱産生機能の低下が関連することが示唆されてきた。熱産生機能を担う中心分子としては,ミトコンドリアに局在する脱共役蛋白質(Uncoupling protein, UCP)の重要性が明らかとなっている。特に,褐色脂肪組織に特異的に存在するUCP1は最も強力な熱産生蛋白質であり,寒冷環境下での体温調節や過食時における余剰エネルギーの消費など,いわゆる適応性熱産生において重要な役割を果たすことが明らかとなっている。しかしながら,一般的にヒトでは褐色脂肪組織は生後急速に消退し成人ではUCP1を検出することが難しいことからヒトでのUCP1の実質的な役割には疑問が持たれていた。このような状況下において,我々はUCP1遺伝子を欠損するマウスを作製し,体温調節とエネルギー代謝におけるUCP1の普遍的な役割,加齢・個体老化におけるUCP1欠損の影響を解析してきた。その結果,1.UCP1は通常の室温環境下での恒温性制御においても重要であること,2.UCP1欠損による熱産生の低下は体表からの熱放散の抑制とUCP1非依存性の熱産生により部分的に代償されるが,これらの代償作用も老化と共に低下し体温調節能の低下を招くこと,などが明らかとなった。今回,これらの成績について報告したい。
(15) 発熱に関わるホスホリパーゼA2 のアイソタイプ松村 潔(大阪工業大学情報科学部 生物科学研究室) 感染・炎症時に起こる全身性の発熱では,脳内プロスタグランジンE2(PGE2)が本質的な役割を果たしている。PGE2は生体膜リン脂質を原材料とし,3段階の酵素反応(アラキドン酸カスケード)を経て生成される。これまでの研究により発熱に関わるアラキドン酸カスケードの第2段階はシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2),第3段階はミクロソーム型PGE合成酵素(mPGES-1)であることが確定した。しかしその第1段階の酵素ホスホリパーゼA2(PLA2)のアイソタイプは未確定である。PLA2には10種類以上のアイソタイプがあり,カルシウム依存性細胞質型(cPLA2),カルシウム非依存性細胞質型(iPLA2),分泌型(sPLA2)の3群に大別される。本研究ではそれぞれの群に特異的な阻害剤を用いて,発熱に関わるPLA2のアイソタイプの特定を行った。 In vivo実験:ラットにLPSを静脈投与し発熱を起こした。3群のPLA2にたいする阻害剤のうち,iPLA2特異的阻害剤(BEL)腹腔内投与のみがLPSによる脳脊髄液中のPGE2濃度上昇と発熱を抑制した。しかしBEL腹腔内投与はLPSによる血中サイトカインの上昇,脳血管内皮細胞のCOX-2発現も低下させた。すなわちこの結果からは,発熱時の脳内PGE2産生にiPLA2が関与しているか結論できない。そこで次のex vivo実験を行った。 Ex vivo実験:ラットにLPSを静脈投与し1時間後に脳血管・髄膜を採取した。このサンプルをPLA2阻害剤含有の緩衝液中で培養し,放出されたPGE2を測定した。その結果iPLA2阻害剤がCOX-2発現を抑制することなくPGE2産生を低下させた。 以上の結果はiPLA2が発熱に関わるホスホリパーゼA2のアイソタイプであることを示す。
(16) 発汗のメカニズム芝崎 学(奈良女子大学 生活環境学部) エクリン汗腺からの発汗による熱放散は,運動時や暑熱暴露時の体温調節において必要不可欠である。古代ギリシャの時代から汗に関する記述はあるが,汗腺機能などを含む発汗の調節メカニズムに関する研究は,この1世紀の間に飛躍的に進んだ。発汗反応は,主に核心温度や皮膚温度の変化によって増減するが,これらの温度の変化とは独立して,運動に関連する要因や体液調節に関する要因によっても変化する。また,発汗反応は,様々な環境に適応した変化を示すことも報告されている。今回の発表では,汗に関する研究の歴史を含め,これまでの発汗に関する研究を紹介し,現在わかっている神経経路と汗腺周囲のメカニズム,および今日の発汗調節に関する見解を要約する。
(17) 体温リズムの調節機構とその生理学的意義永島 計(早稲田大学 人間科学学術院) 体温調節機構の解明は,主に恒温動物がいかに体温の恒常性を維持しているかを明らかにすることを目標に行われきた感がある。しかしながら,定常の環境下において明らかな体温の概日リズムが存在する。この現象は必ずしも体温は一定に調節されているわけではない可能性を示唆している。しかしながら,この体温概日リズムのメカニズム,その生理学的意義は未だ明らかではない部分が多い。この疑問を解決するためにわれわれは,次のような実験を行い,知見を得たので紹介する。i)熱放散効率を変化させる環境温度を変化させても体温の概日リズムは保たれる。また視交叉上核を破壊したラットでは環境温度の変化に対しても,体温はほぼ一定である。この際いずれのラットも熱産生,熱放散を共に変化させることによって体温を維持している。;ii)温度中性域においては,視交叉上核破壊ラットあるいは時計遺伝子ノックアウトマウスにおいて体温は熱産生依存性にゆらぎをみせるが,正常ラット,マウスにおいては熱産生の変化に対する体温の変化は小さく,昼夜の熱放散効率の変化が体温のリズムを決定づける主たる因子と考えられた。これらの実験により,体温リズムは生体により制御されたものであり,時間の情報が体温調節機構を変化させることによる現象であるとわれわれは考えている。またこれらの反応は体内のエネルギーの効率的な利用,保持に重要と考えられ,その実験的証拠も提示する。
(18) 冷感における冷受容チャネルの役割細川 浩,阿部 潤次,岡澤 慎,澤田 洋介,松村 潔,小林 茂夫(京都大学) 環境温の低下で生まれる冷感は,行動性体温調節を引き起こす不可欠の因子である。温度低下による冷受容チャネルの活性化で末梢の冷線維が興奮し,そのインパルスが脳に伝わることで冷感が起きる。末梢神経細胞には,TRPM8とTRPA1の二種の冷受容チャネルが発現している。これらのチャネルの冷感における役割を検討した。まず,TRPM8とTRPA1の発現系を用いて,22種の冷感剤と12種の刺激物質による活性化を検討した。その結果,すべての冷感剤はTRPM8を活性化したがTRPA1を活性化しなかった。一方,すべての刺激物質はTRPA1を活性化したがTRPM8を活性化しなかった。このことはTRPM8とTRPA1は,共に冷却で活性化されるが,冷感を生むのはTRPM8でありTRPA1ではないことを示す。TRPM8が冷感を引き起こすにはTRPM8のたんぱく質が皮膚直下の神経終末に存在することが必要である。冷感剤のほとんどは舌で冷感を引き起こす物質であったので,舌におけるTRPM8たんぱく質の発現を免疫染色法で解析した。TRPM8陽性の神経細胞線維は,舌の前部にある茸状乳頭付近に多く存在していた。その神経線維の先端は,上皮細胞層に達していたが味雷には達していなかった。以上のことから,TRPM8は舌の冷感に関与するが,味覚系とは異なると示唆された。
(19) 温度感受性TRPチャネルの構造・発現・機能富永 真琴(自然科学研究機構・岡崎統合バイオサイエンスセンター・細胞生理研究部門) 哺乳類には現在までに6種類の温度感受性TRPチャネルが知られており,それぞれが特異な活性化温度閾値を有する(TRPV1 > 43度, TRPV2 > 52度, TRPV3 > 32-39度, TRPV4 > 27-35度, TRPM8 < 25-28度, TRPA1 < 17度)。TRPV1は,カプサイシン・酸・43度以上の熱という生体に痛みを惹起する複数の刺激によって活性化するが,その活性化温度閾値は固定したものではなく,PKCによるリン酸化によって10度以上も低下する。従って,体温でもTRPV1が活性化して痛みを惹起しうることになり,急性炎症性疼痛の1つのメカニズムと考えられる。TRPV4の温度閾値は体温近傍であるが,TRPV4は感覚神経にはほとんど発現せず,表皮ケラチノサイトや視床下部視索前野に発現することから,皮膚での温度受容や体温調節にも重要な働きをしていることが推測される。新生仔マウスのケラチノサイトの培養系を確立し,発現するTRPV4ならびにTRPV3の機能的な発現をCa2+-imaging法で確認した。また,体温計をマウスに埋め込み,自由行動下での体温計測も行っている。さらに,報告されている6つのTRPチャネルに加えて,TRPM2が温度を感知して開口する新たな温度感受性TRPチャネルであることを見いだし,膵b細胞においてインスリン分泌に関与することを報告する。
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