生理学研究所年報(第27巻)

生理学研究所年報　第27巻
研究会報告

24．痛みの分子機構と治療戦略研究会

2005年12月15日－12月16日
代表・世話人：仙波　恵美子（和歌山県立医科大学・医学部）
所内対応者：富永真琴（自然科学研究機構・岡崎統合バイオサイエンスセンター・細胞生理研究部門）

（１）: 　PMA-induced re-sensitization of desensitized TRPV1 is mediated by PKC epsilon and phosphorylation at Ser 800

Sravan Mandadi（自然科学研究機構・岡崎統合バイオサイエンスセンター・細胞生理研究部門）
（２）: 膀胱上皮細胞の蓄尿と痛みに関する検討

百田芳春（秋田大学医学部・機能制御医学講座）
（３）: テトロドトキシン非感受性ナトリウム電流はプロスタグランジンの影響を受けない

鄭泰星（広島大学大学院医歯薬学総合研究科・病態探求医科学・神経生理学）
（４）: 侵害受容性小型DRGニューロンにおけるNa_V1.9電流の異常増大（“キンドリング”）の誘発メカニズム

柿村順一（広島大学大学院医歯薬学総合研究科・病態探求医科学・神経生理学）
（５）: 後根神経節ニューロンの活動電位発生におけるTTX非感受性Naチャネル・Na_V1.9の役割

中本千泉（広島大学大学院医歯薬学総合研究科・病態探求医科学・神経生理学）
（６）: 末梢神経特異的な新しいCRMP-2 isoform (periCRMP-2) の解析

片野泰代（関西医科大学　医化学）
（７）: GPR7の侵害刺激伝達における役割

山本達郎（千葉大学大学院医学研究院・麻酔学領域）
（８）: ラットの三叉神経脊髄路核尾側亜核の侵害受容ニューロンに対する5HT2A受容体サブタイプの役割

岡本圭一郎（和歌山県立医科大学医学部・生理学/解剖学）
（９）: ラット脊髄膠様質ニューロンにおける興奮性シナプス伝達のホスホリパーゼA2活性化による促進

藤田亜美（佐賀大学医学部医学科生体構造機能学講座）
（10）: 脊髄膠様質ニューロンにおけるGIRKチャネルの機能的役割

中塚映政（佐賀大学医学部医学科生体構造機能学講座）
（11）: 関節前肢不動化モデル動物の行動学的変化と脊髄可塑的変化

大迫洋治（高知大学医学部　整形外科）
（12）: ラット癌性疼痛モデルにおける機械的および熱性痛覚過敏に対するTRPV1およびTRPV2の関与

篠田雅路（名古屋大学大学院医学系研究科・機能形態学講座・機能組織学分野）
（13）: 脊髄後角膠様質細胞の形態学的分類と興奮性・抑制性シナプス入力との相関

八坂敏一（九州大学大学院医学研究院・統合生理学）
（14）: 脊髄内痛覚情報伝達に対するドーパミン受容体の作用

玉江昭裕（九州大学大学院医学研究院・統合生理学）
（15）: 脊髄内痛覚情報伝達に及ぼすATPのシナプス前性および後性作用

塩川浩輝（九州大学大学院医学研究院・統合生理学）
（16）: ミクログリアにおけるP2X_４受容体の発現制御機構

津田誠（九州大学大学院薬学研究院・薬効解析学分野）
（17）: シスプラチンによって引き起こされる痛覚過敏のメカニズムの解析

堀紀代美（名古屋大学大学院医学系研究科・機能形態学講座・機能組織学分野）
（18）: 神経結紮誘発性神経因性疼痛に対するモルヒネ先制鎮痛効果

松本みさき（長崎大学大学院・医歯薬学総合研究科・分子薬理学分野）
（19）: がん性神経因性疼痛とモルヒネ耐性

木口倫一（長崎大学大学院・医歯薬学総合研究科・分子薬理学分野）
（20）: 帯状疱疹後神経痛モデルマウスにおける皮膚神経線維の組織学的変化

佐々木淳（富山大学・薬学部・薬品作用学）
（21）: GeneChipによる帯状疱疹痛モデルマウスの脊髄後角における網羅的遺伝子発現解析

高崎一朗（富山大学生命科学先端研究センター）
（22）: 神経根性疼痛モデルにおける遺伝子解析

高山文治（福島県立医科大学　整形外科）
（23）: 運動器障害によって作製した慢性痛症モデル動物：発症誘導要因としての炎症の役割は？

櫻井博紀（愛知医科大学　痛み学講座）
（24）: 加齢ラットにおける遅発性筋痛(DOMS)について

松田輝（名古屋大学環境医学研究所・神経性調節）
（25）: 加齢変化が関与する異常疼痛発現の神経機構

北川純一（日本大学歯学部　生理学）
（26）: 求心路遮断性疼痛に対する鏡療法は自己受容感覚に関連した痛みに有効である

住谷昌彦（大阪大学大学院医学系研究科生体統御医学麻酔集中治療医学講座）
（27）: 病的痛みは視覚とクロスモーダルである

住谷昌彦（大阪大学大学院医学系研究科生体統御医学麻酔集中治療医学講座）
（28）: 触覚刺激による痛覚抑制は皮質レベルで生じる

乾　幸二（自然科学研究機構・岡崎統合バイオサイエンスセンター・感覚運動調節部門）
（29）: 痛み関連脳活動の報告－第3報－

牛田享宏（高知大学医学部　整形外科）
教育講演（１）: DRGにおけるTRP familyの発現と機能

野口光一（兵庫医科大学・解剖）
教育講演（２）: ミクログリアの活性化と神経細胞傷害

錫村明生（名古屋大学環境医学研究所・神経免疫）
教育講演（３）: イメージングによる痛覚認知メカニズムの研究：主としてMEGとfMRIについて

柿木隆介（自然科学研究機構・岡崎統合バイオサイエンスセンター・感覚運動調節部門）

【参加者名】
森山朋子（弘前大学医学部），梁瀬晴子，百田芳春（秋田大学医学部），矢吹　省司，関口美穂，高山文治，立原久義，渡辺和之，小林義尊，加藤欽志，町下智（福島県立医科大学医学部），山本達郎，田辺瀬良美，土橋玉枝（千葉大学大学院医学研究院），岩田幸一，北川純一，原田聡之，鈴木郁子（日本大学医学部），高崎一朗（富山大学生命科学先端研究センター），佐々木淳，藤田真英，大森優（富山大学薬学部），鈴木重行，杉浦康夫，尾崎紀之，篠田雅路，堀紀代美（名古屋大学大学院医学系研究科），肥田朋子，松居宏樹，岩本泰子，長谷川多美子，山本綾，森下光（名古屋大学医学部），錫村　明生，水村和枝，佐藤純，片野坂公明，田村良子，松田輝，妹尾詩織，那須輝顕（名古屋大学環境医学研究所），熊澤孝朗，橋本辰幸，山口佳子，櫻井博紀，高畑成雄，大道裕介，吉本隆彦，山田郁美（愛知医科大学医学部），田崎洋光（鈴鹿医療科学大学保健衛生学部），伊藤誠二，片野泰代（関西医科大学医学部），真下節，住谷昌彦（大阪大学大学院医学系研究科），仙波恵美子，岡本圭一郎（和歌山県立医科大学医学部），松原貴子，大鶴直史（神戸大学医学部），野口光一（兵庫医科大学医学部），緒方宣邦，柿村順一，松冨智哉，鄭泰星，中本千泉（広島大学大学院医歯薬学総合研究科），牛田　享宏，川崎元敬，池本竜則，泉仁，西上智彦，大迫洋治（高知大学医学部），吉村恵，玉江昭裕，塩川浩輝，八坂敏一（九州大学大学院医学研究院），井上和秀，津田誠，長谷川茂雄（九州大学大学院薬学研究院），熊本栄一，中塚映政（佐賀大学医学部），植田弘師，井上誠，松本みさき，木口倫一（長崎大学大学院医歯薬学総合研究科），柿木隆介，乾幸二（生理学研究所感覚運動調節研究部門），富永真琴，富永知子，柴崎貢志，稲田仁，曽我部隆彰，Mandadi Sravan，富樫和也，東智広，村山奈美枝（岡崎統合バイオサイエンスセンター細胞生理部門）天野賢一（持田製薬創薬研究所），加藤久晴(BTG)，米良紀久，近藤渉（日本たばこ産業(株)医薬総合研究所)，本田繁之，森江俊哉，池田和仁（大日本住友製薬(株)薬理研究所）

【概要】
　最近の痛みの基礎研究の進展は目覚ましい。各種侵害受容器やイオンチャネルのクローニングと機能の解明が進み，様々な動物モデルにおいて，一次知覚伝達系や脊髄後角での細胞内シグナリングやグリアの活性化・サイトカインの産生等が痛覚系の可塑性に働くメカニズムが明らかにされてきた。しかし，これらの研究成果が，ヒトにおける疼痛にどのように関与しているかという点は，まだまだ未解明である。神経因性疼痛など鎮痛薬が奏効しない難治性の疼痛については，その発症機序の解明と新たな鎮痛薬の開発が急務となっている。また最近は，痛みによる脳活動の変化が脳画像により可視化され，これまで不明であった脳による痛みの制御機構が明らかになり，慢性痛のメカニズムの解明につながることが期待されている。

　痛みのメカニズムを解明し，その原因治療に迫るには，基礎医学・臨床医学の各領域の研究者の共同作業が必要である。本研究会は，痛みの発生と制御の分子機構について，様々な側面から議論を行い，新たな治療戦略の構築と，わが国の疼痛研究のさらなる発展を目指すものである。

　平成17年度の本研究会では，末梢から脳にいたる痛覚伝達系の各レベルでの研究の到達点と未解明の問題点が明らかにされた。末梢レベルでは，TRPV1の感作・脱感作のメカニズム，TTX非感受性Naチャンネルの痛覚受容における役割，脊髄後角での可塑性におけるドーパミンやATP，ミクログリア活性化の役割，また，癌性神経因性疼痛モデル，帯状疱疹後神経痛モデルにおける疼痛発症のメカニズム，さらに運動器障害による慢性痛や遅発性筋痛についても新たなモデルが提唱された。中枢レベルでは，加齢による異常疼痛発症のメカニズム，病的疼痛における視覚系の関与と治療への応用，脳イメージング法を用いた痛みの中枢メカニズムの解析などの研究発表に対し，活発な議論が行われた。

（1）　PMA-induced re-sensitization of desensitized TRPV1 is mediated by PKC epsilon and phosphorylation at Ser 800.

Sravan Mandadi ^{1, 2}, Tomoko Tominaga ^{1, 2}, Mitsuko Numazaki ³,
Namie Murayama ^{1, 2}, Basil D. Roufogalis ⁴, Makoto Tominaga ^{1, 2}
(¹ Section of Cell Signaling, Okazaki Institute for Integrative Bioscience,
² Department of Physiological Sciences,The Graduate University for Advanced Studies,
³ Department of Anesthesiology, University of Tsukuba School of Medicine,
⁴ Faculty of Pharmacy, University of Sydney)

　Important mechanisms that regulate inhibitory and facilitatory effects on TRPV1- mediated pain are desensitization and phosphorylation, respectively. Using Ca²⁺-imaging, we have previously shown that desensitization of TRPV1 upon successive capsaicin applications was reversed by protein kinase C activation in dorsal root ganglion neurons and CHO cells. Here, using both Ca²⁺-imaging and patch-clamp methods, we show that PMA-induced activation of PKCe is essential for increased sensitivity of desensitized TRPV1. TRPV1 has two putative substrates S502 and S800 for PKCe-mediated phosphorylation. Patch clamp analysis of HEK293 cells expressing single mutants S502A or S800A and double mutant S502A/S800A show equal contribution of S502 or S800 towards increased sensitivity of desensitized TRPV1. Since S502 is a non-specific substrate for TRPV1 phosphorylation by other kinases PKA or CAMKII, a role of PKC specific substrate S800 is further investigated. Evidence for in vivo phosphorylation of TRPV1 at S800 is demonstrated for the first time. We also show that the expression level of PKCe parallels the amount of phosphorylated TRPV1 protein. These results, obtained using an antibody specific for TRPV1 phosphorylation at S800. Furthermore, the anti-phosphoTRPV1 antibody detects phosphorylation of TRPV1 in rat DRG neurons and may be useful for research regarding nociception in native tissues. This study identifies PKCe and S800 as important therapeutic targets that regulate sensitivity of TRPV1 and may be effectively used for better management of TRPV1-mediated pain states regulated by PKC.

（2）　膀胱上皮細胞の蓄尿と痛みに関する検討

百田芳春，梁瀬晴子，石濱寛子，河谷正仁（秋田大学医学部　機能制御医学講座）

　過活動膀胱や間質性膀胱炎では尿意切迫感や蓄尿時膀胱痛という症状を引き起こし，膀胱粘膜の知覚神経の異常な活動が推察されている。また膀胱上皮細胞はATPや一酸化窒素を放出し，知覚神経に情報を伝達している可能性が考えられている。膀胱は蓄尿時には交感神経が優位になり，b作用を介する膀胱排尿筋の弛緩と，a作用による内尿道括約筋の収縮によって蓄尿が維持されると認識されている。尿意切迫感や膀胱痛は蓄尿機能の異常と考えると，膀胱におけるアドレナリン作動性受容体の役割が重要になる。我々は，膀胱にはアドレナリン作動性a1A，1B 及び1D受容体を発現することを確認し，膀胱上皮細胞には少なくともa1Dを発現していることを明らかにし，膀胱上皮細胞にベジクル性モノアミントランスポーターを発現すること，また膀胱上皮細胞にカテコールアミンを含むことを見出してきた。そこで蓄尿過程において，カテコールアミンの作用が優位になり，これらを受容する膀胱上皮細胞のa1D受容体が，膀胱からのATPの放出を調節し，知覚神経を介する脊髄反射を引き起こし蓄尿の維持に関連していると考えた。a1D受容体拮抗薬（ナフトピジル，1.5mg/kg）により，膀胱拡張時に発生する知覚神経（L6後根線維）の放電および尿中ATP量が抑制された。従って，何らかの膀胱拡張時に膀胱上皮から放出されるATPによって蓄尿時における膀胱痛が発生すると考えた。

（3）　テトロドトキシン非感受性ナトリウム電流はプロスタグランジンの影響を受けない

鄭泰星，柿村順一，松冨智哉，中本千泉，緒方宣邦
（広島大学大学院医歯薬学総合研究科・病態探求医科学・神経生理学）

　Na_V1.8およびNa_V1.9は痛覚伝搬に関わる小型後根神経節(DRG)ニューロンに特異的に発現するTTX-非感受性Naチャネルである．Na_V1.8によって引き起こされるNa電流がprostaglandin E₂(PGE₂)により増強されることが報告されている。この結果は，炎症などに伴う疼痛過敏の病態生理のひとつとして広く認められている。さらに最近，Na_V1.9についても同様の結果が報告されている。本報告は，これまでの私達の研究で得られたDRGニューロンにおけるTTX-非感受性Na電流に関する知見を基に，PGE₂とNaチャネルの関連を再検討したものである。

　Na_V1.8によって引き起こされるNa電流は，PGE₂によって全く影響を受けなかった。先に私たちはNa_V1.9電流について，記録中に電流の大きさが一過性に増大するという現象(“kindling”)が観察されること，またこのkindlingはATPをピペット内に加えると抑制されることを報告している(Pflugers Arch, 449, 76-87, 2004)。ATPをピペット内に加え，kindlingを抑制した条件下では，PGE₂はNa_V1.9電流に対しても効果は認められなかった。細胞内環境に影響を与えないナイスタチン法を用いて検討した場合も同様の結果であった。一方，全く同一の実験条件下で，カプサイシン投与による内向き電流は，PGE₂によって著明に増大した。

　PGE₂はNa_V1.8およびNa_V1.9によるTTX-非感受性Na電流を増強しない。これまでに報告されているTTX-非感受性Na電流に関する実験では， Na_V1.9のkindlingをPGE₂のNa電流に対する薬理作用であると誤認した可能性が考えられる。今回の結論はTTX-非感受性NaチャネルとPGE₂の関連についての定説を根本的に否定するものである。

（4）　侵害受容性小型DRGニューロンにおけるNa_V1.9電流の異常増大（“キンドリング”）の誘発メカニズム

柿村順一，鄭泰星，松冨智哉，中本千泉，緒方宣邦
（広島大学大学院医歯薬学総合研究科・病態探求医科学・神経生理学）

　Na_V1.9は侵害受容性小型DRGニューロンに特異的に発現しているNaチャネルである。Na_V1.9電流のキンドリングは，細胞内環境が保たれた状態で記録することができるナイスタチン法では観察されないことから，何らかの細胞内因子により調節を受けることが示唆される。私達は細胞内ATPの減少がキンドリングを誘発する要因である事を既に報告している。しかし，ATP以外の調節因子の関与は未だ明らかではない。そこで本研究ではNa_V1.9電流に対するGTPおよびPKC活性化薬PMAの効果を検討した。

　GTP (500 mM)を細胞内添加した群では，対照群と比較して，キンドリングの発生率およびピーク電流値の増大率に有意な差は認められなかった。PMA (100 nM)を添加した群では，発生率には影響が認められなかったが，増大率には有意な低下が認められた。PMA添加群において，保持電位-80mVではピーク電流値が経時的に減少するが，-120mVでは維持される現象がみられ，不活性化曲線の過分極側への移行が確認された。このことより，PMAによる増大率の低下は，チャネルの不活性化が原因であると考えられ，ATPによるキンドリングに対する直接的抑制作用とは異なるものである。

　以上の事より，Gタンパク質系やPKC系がNa_V1.9のキンドリングに直接的に関与している可能性は低いと考えられたが，PKC系はキンドリングと無関係に，Na_V1.9の不活性化を促進することが確認された。現時点においては，キンドリングを誘発する直接的な要因の一つとして，細胞内ATPの減少が挙げられる。神経障害時に細胞内ATPが枯渇することによりNa_V1.9電流が増大し，神経細胞の興奮性に対して促進的に作用する可能性が考えられる。

（5）　後根神経節ニューロンの活動電位発生における
TTX非感受性Naチャネル・Na_V1.9の役割

中本千泉，松冨智哉，鄭泰星，柿村順一，緒方宣邦
（広島大学大学院医歯薬学総合研究科・病態探求医科学・神経生理学）

　侵害情報を伝搬する小型DRGニューロンに特異的に発現しているNa_V1.9は，他のNaチャネルより過分極側に活性化閾値を示し，持続型のNa電流を起こす。これらの性質から，Na_V1.9が活動電位の閾値下でニューロンの興奮性を制御している可能性が示唆される。本研究では，単一のマウス小型DRGニューロンにおいて，電位固定法によるNa電流記録と電流固定法による活動電位記録を併せて解析することにより，Na_V1.9が活動電位発生に果たす役割を検討した。

　Na_V1.9電流が記録されたニューロンにおける膜電位記録では，通常では活動電位が誘発されないような閾値下の脱分極通電によって起こる，TTX投与によっても消失しない持続的な脱分極反応が観察された。この脱分極反応は通電が終了した後も継続し，最終的に活動電位発生を誘導した。このことは，この脱分極反応がNa_V1.9によるものであり，これが脱分極通電による受動的な脱分極に加えて閾値下での脱分極を増強し，活動電位の発生を促進したことを示す。さらに，Na_V1.8ノックアウトマウスにおいて，Fイオンを細胞内陰イオンとして用いてNa_V1.9電流を異常に増大させたときのみ，TTX存在下でも活動電位が起こりえることを見出した。この場合の活動電位は通常と異なり，全か無の法則に従わず，脱分極通電の強さに依存した大きさを示した。

　これらの結果から，小型DRGニューロンにおいて，正常時には，Na_V1.9は，それ自身では活動電位の本体にはならず，活動電位の発生に対して促進的調節を行っていることが示された。さらにその大きさが異常に増大するような状況では，それ自身が，非定型的ではあるが，活動電位の本体になり得ることが示された。

（6）　末梢神経特異的な新しいCRMP-2 isoform (periCRMP-2) の解析

片野泰代（関西医科大学　医化学教室）

【目的】1次求心性線維は侵害刺激を脊髄へ伝達する。刺激に伴い後根神経節細胞(DRG)ではCGRPやSPなどの生理活性物質が産生され，DRGの中枢側と末梢側へ極性をもって輸送される。物質輸送の極性決定機構を明らかにする目的でDRG中枢側(C fraction)と末梢側(P fraction)神経線維を用いたプロテオミクス解析を行い，P fractionに特異的な分子を同定し，更なる解析を行ったので報告する。

【方法】CおよびP fractionはL4-6の脊髄神経より得，可溶化後，ラージサイズ(20Ｘ70cm)ゲルを用い2次元電気泳動を行った。銀染色後，発現量に有意差がある，あるいは特異的なスポットをMALDI TOF-MSにて同定した。同定分子に対し，生理機能を明らかにするために坐骨神経損傷モデルを用い解析した。

【結果と考察】P fraction特異的分子としてCRMP-2 を同定した。CRMP-2は神経系に広く存在し，発生過程で重要な機能を担う。また修飾などの違いにより複数のスポットとして検出されるが，同定したCRMP-2スポットは脊髄，DRG,脳などの組織には認められなかったことからP fractionに特異的であるとしperiCRMP-2と名付けた。現時点では，他のCRMP-2スポットとの構造，修飾の違いについては明らかになっていない。periCRMP-2は坐骨神経結紮後，その発現量が減少することから末梢組織に特異的な神経変性および再生機構への関与が示唆された。

（7）　GPR7の侵害刺激伝達における役割

山本達郎（千葉大学大学院医学研究院麻酔学領域）

　GPR7は，1995年に発見されたorphan G protein coupled receptorである。この受容体は，オピオイド受容体とソマトスタチン受容体に高い相同性を有しており，神経細胞に発現していることが報告されている。GRP7は大脳皮質・海馬・視床下部・脊髄に分布していることが知られてきた。2002年その内因性リガンドとしてneuropeptide W (NPW)とneuropeptide B (NPB)が相次いで報告された。NPWやNPBをGPR7に作用させると，forskolinによるcAMPの蓄積が抑制される。最近の報告では，炎症や神経因性疼痛時にGPR7の発現がシュワン細胞で増加することが報告されている(Zaratin et al, 2005)。また，NPB-null miceでは炎症時のhyperalgesiaの発症が抑制されることが報告されている(Kelly et al, 2005)。我々は各種疼痛モデルにおけるNPWとNPBをラット髄腔内投与の効果を検討した。NPW，NPBは投与量依存性に，フォルマリンテストの疼痛行動，カラゲニン皮下注によるmechanical allodynia・Seltzerモデルでのmechanical allodyniaを抑制した。しかしながらコントロールラットにおけるhot plate testとvon Frey hairによりmechanical nociceptive testでは鎮痛効果を示さなかった。これらの結果から，GPR7は脊髄後角細胞の過敏化に関係した疼痛に選択的に作用することが明らかとなり，今後の展開が期待される。

（8）　ラットの三叉神経脊髄路核尾側亜核の侵害受容ニューロンに対する
5HT_2A受容体サブタイプの役割

岡本圭一郎，木村晃久，堂西倫弘，玉井靖彦（和歌山県立医科大学医学部生理学第一）
仙波恵美子（和歌山県立医科大学医学部解剖学第二）

　Temporomandibular disorderは顎顔面部の慢性疼痛を主症状とする病態である。原因として中枢神経系の可塑的変化によるメカニズムが示唆され，内因性の疼痛制御機構の変調が関与しているとされる。三叉神経脊髄路核尾側亜核(Vc)の侵害受容ニューロンは5HT性下行性入力によって5HT2A受容体を介しその興奮性が変調されると推測される。今回Vc部の5HT2ARの役割を電気生理学的（細胞外記録），Fos免疫組織化学的，行動学的（顎顔面部ホルマリンテスト）に雄ラットを用い検討した。VcとC2脊髄の移行部 (Vc/C2)の浅層からDeep unit（顔面部深部組織に機械刺激に対する受容野を持つが皮膚からの入力を持たない）またはWDR unitを単離した。Vc/C2部表面に5HT2AR作動薬(DOI)を滴下しておくとホルマリン咬筋注射or pinch刺激によって引き起こされるDeep or WDR unit activityはvehicle群に対し低下した。DOIを脳室内投与するとホルマリンの咬筋注射によるFos陽性細胞数はvehicle投与群と比較してVc/C2部の浅層で減少した。IntracisternalにDOIを投与するとホルマリン咬筋刺激による顔面部の疼痛関連行動時間はvehicle群と比較して短縮した。以上の結果はVc/C2領域に存在する5HT2ARは顎顔面部侵害刺激に対し抗侵害作用を示し，顎顔面痛の発現や持続に深く関与することを示唆する。

（9）　ラット脊髄膠様質ニューロンにおける興奮性シナプス伝達の
ホスホリパーゼA₂活性化による促進

藤田亜美，岳海源，柳涛，古賀亜希子，中塚映政，熊本栄一（佐賀大学医学部医学科生体構造機能学講座）

　脊髄後角の痛み伝達におけるホスホリパーゼA₂(PLA₂)の役割を知るために，PLA₂活性化作用を持つメリチンが，皮膚末梢から脊髄に入力する痛み情報の制御に重要な役割を果たす膠様質ニューロンの興奮性シナプス伝達にどんな作用を及ぼすかを調べた。実験は，成熟ラット脊髄横断薄切片の膠様質ニューロンにホールセル膜電位固定法を適用することにより行った。メリチンは濃度依存性に自発性の興奮性シナプス後電流(sEPSC)の発生頻度を増加させた(EC₅₀ = 1.1 mM)。この作用はPLA₂ 阻害剤(4-bromophenacryl bromide, 10 mM) ，細胞外Ca²⁺除去，Ca²⁺チャネル阻害剤La³⁺(30 mM)により抑制される一方，アラキドン酸(AA)代謝阻害剤であるindomethacin (INDO; 100 mM) やnordihydroguaiaretic acid(NDGA; 100 mM)により影響を受けなかった。メリチンと同様なsEPSC発生頻度増加はAA(50 mM)によってもみられ，これもINDOやNDGAにより影響を受けなかった。以上より，脊髄後角のPLA₂活性化により生成されるAAは，その代謝経路を介さずに神経終末の膜電位依存性Ca²⁺チャネルを通って細胞外から細胞内へ流入するCa²⁺量を増加させることによりグルタミン酸放出を促進すると示唆される。

（10）　脊髄膠様質ニューロンにおけるGIRKチャネルの機能的役割

中塚映政，藤田亜美，古賀亜希子，柳涛，熊本栄一（佐賀大学医学部医学科生体構造機能学講座）

　G蛋白共役型Kチャネル（GIRKチャネル）は中枢神経系に広く存在し，シナプス伝達に重要な役割を果たしている。これまでにGIRKチャネルには４つのサブユニット(GIRK1-4)が存在することが明らかとなっているが，近年，脊髄においてGIRK1とGIRK2サブユニットが膠様質に特異的に発現しており，熱性痛覚過敏やモルヒネの鎮痛作用などに関与することが指摘された。今回，我々は後根付き成熟ラット脊髄横断切片の膠様質ニューロンにパッチクランプ法を適用して，痛覚情報伝達におけるGIRKチャネルの機能的役割を検討した。後根を反復性電気刺激しても膠様質ニューロンに緩徐なシナプス応答は観察されなかったが，脊髄深層を局所的に反復性電気刺激すると約30%の膠様質ニューロンにおいて緩徐な抑制性シナプス後電流(slow IPSC)が発生した。このslow IPSCの振幅は刺激回数依存的に増強し，灌流液からCaを除去することによって有意に減少した。また，slow IPSCの振幅はKチャネル阻害剤存在下および細胞膜Gタンパク質阻害剤存在下において著明に減少し，GIRKチャネル阻害薬によって有意に抑制された。以上の結果より，脊髄介在ニューロンあるいは下行性抑制性神経線維終末から遊離される内因性神経伝達物質によってGIRKチャネルが活性化し，膠様質ニューロンの膜が過分極することが明らかとなった。したがって，本機序が脊髄内GIRKチャネルの鎮痛機構に寄与することが示唆された。

（11）　関節前肢不動化モデル動物の行動学的変化と脊髄可塑的変化

大迫洋治（高知大学医学部　神経生物・解剖学教室）
牛田享宏，川崎元敬（高知大学医学部　運動機能学教室）
西上智彦（高知大学医学部　リハビリテーション部）

　骨折，捻挫，打撲などの運動器の診療に際し，保存療法の一部として局所の安静が用いられることが多い。しかし近年，関節の不動化に伴う廃用が筋骨格系の運動機能障害のみならず患肢の痛みなどの発症要因となっていることが指摘されている。そこで我々は，関節の不動化が感覚情報処理機能に及ぼす影響について検討する目的で，ギブス固定法により作製した手関節拘縮モデルラットの行動学的および電気生理学的解析を行い，以下のような興味深い変化を認めている。①拘縮に陥った前肢（以下患肢）はグルーミング，摂食行動，歩行などのADL動作に用いることはない。②患肢を触られると逃避行動を示す。③脊髄後角細胞において関節運動や痛みの伝達に関与するwide-dynamic range (WDR)細胞数の割合が増加している。今回はこれら行動学的・電気生理学的評価に加え，モデル動物の脊髄における神経ペプチドの放出や最初期遺伝子の発現など神経化学的解析結果を報告する。モデル動物に認められるこれらの変化は，関節の拘縮に伴う不動化が脊髄へ入力する感覚情報を長期的に変調し，ひいては脊髄内細胞の性格にも可塑的変化を引き起こしている可能性を示唆すると考える。

（12）　ラット癌性疼痛モデルにおける機械的および熱性痛覚過敏に対するTRPV1，TRPV2の関与

篠田雅路，荻野亜希奈，尾﨑紀之，杉浦康夫
（名古屋大学大学院医学系研究科機能形態学講座　機能組織学分野）

【目的】癌の進展により自発痛，機械的および熱性痛覚過敏が生じるが，そのメカニズムは不明な点が多い。今回われわれはラットの癌性疼痛モデルの作成を試みた。また腫瘍部位における自発痛，機械的および熱性痛覚について，熱感受性受容体であるTRPV1，TRPV2の関与を検討した。

【方法】Fisher系ラット(9W, ♂, n=6)の足底に扁平上皮癌 (SCC-158)を移植し，腫瘍部位における自発痛，機械的および熱性痛覚閾値の変化を観察した。腫瘍移植22日後Capsazepine（TRPV1 アンタゴニスト）およびRuthenium red（TRPV1,2 アンタゴニスト）を腫瘍部位に投与し，痛覚閾値の変化を観察した。また後根神経節(DRG) におけるTRPV1,2の発現の変化を観察した。

【結果】腫瘍移植14日目以降，腫瘍移植部において自発痛，機械的および熱性痛覚過敏が出現した。反対側の足底においても熱性痛覚過敏が出現した。機械的痛覚過敏はCapsazepineならびにRuthenium redにより，熱性痛覚過敏はRuthenium redにより完全に抑制された。また腫瘍移植側DRGにおいて，中型および大型のTRPV1陽性細胞と大型のTRPV2陽性細胞が増加した。反対側DRGでは大型のTRPV1陽性細胞が増加した。

【考察】癌による機械的痛覚過敏にはTRPV1，熱性痛覚過敏にはTRPV1とTRPV2の関与が示唆された。

（13）　脊髄後角膠様質細胞の形態学的分類と興奮性・抑制性シナプス入力との相関

八坂敏一（九州大学大学院医学研究院　統合生理学）

　痛みを伝える主な線維であるAdおよびC線維は脊髄後角・特に膠様質にシナプスを作る。膠様質細胞は全て介在神経で，その約30%が抑制性伝達物質を持っており，また脳幹からの下行性調節系線維からの入力も受けているため，膠様質は痛み情報が最初に修飾される部位として注目されている。膠様質細胞は電気生理学的・形態学的・神経化学的に多様であることが知られており，近年これらの要素を組み合わせて膠様質細胞の特徴を調べる試みがいくつか報告されている。これらの報告ではそれぞれの細胞タイプについて，主に後根刺激による興奮性のシナプス応答が調べられている。脊髄における抑制性神経伝達が正常な感覚情報処理に必須であることはよく知られていることであるが，後根刺激による抑制性シナプス応答については一部しか報告されていない。今回我々は，脊髄後角膠様質細胞の形態を分類し，それぞれの細胞タイプで観察される後根刺激により起こる興奮性および抑制性シナプス入力を調べた。細胞のタイプは4種類に分類され，それらはこれまでの報告とよく一致するものであった。細胞タイプごとのシナプス入力を調べたところ，細胞タイプごとに特徴的な入力パターンを持っていることが明らかとなり，それぞれに異なった神経回路を介していることが推測された。我々の結果と他の報告とを考え合わせると，脊髄膠様質においていくつかのタイプの異なる神経細胞が複雑に絡み合った機能的モジュールを形成していることが示唆された。

（14）　脊髄内痛覚情報伝達に対するドーパミン受容体の作用

玉江昭裕（九州大学大学院医学研究院・統合生理学）

　下行性痛覚抑制経路の一つにドーパミン系の関与が示唆されてきたが，その作用機序に関しては明らかではなかった。そこで細胞レベルでのメカニズムを理解するため，我々は行動学的研究および脊髄膠様質からのホールセルパッチクランプ法を用いて痛覚情報伝達におけるドーパミンの働きを検討した。ドーパミンの髄腔内投与は機械的痛覚閾値を上昇させ，D2様受容体作動薬は同様の作用を示したが，D1様受容体作動薬は作用を示さなかった。電流固定下において，ドーパミンは膠様質神経細胞を過分極させ，後根電気刺激により誘起された活動電位を抑制した。電圧下では，TTX存在下にドーパミンは外向き電流を誘起し，それは電極内液へのCs⁺もしくはGDP-b-S付加により阻害され，またバリウム存在下において抑制された。ドーパミンにより誘起された電流の逆転電位は，ネルンストの式により計算されたK⁺チャネルの平衡電位にほぼ一致した。D2様受容体作動薬はドーパミンによる外向き電流と同様の作用を示したが，D1様受容体作動薬は何ら作用を示さなかった。また，ドーパミンによる外向き電流は，D2様受容体拮抗薬によって抑制され，D1様受容体拮抗薬では抑制されなかった。一方，ドーパミンは微小EPSCの振幅および発生頻度には有意な変化を引き起こさなかった。これらにより，ドーパミンは主にシナプス後性に働き，D2様受容体を介しG蛋白によって仲介されるK⁺チャネルを活性化し，膠様質細胞に外向き電流を誘起することが示唆された。

（15）　脊髄内痛覚情報伝達に及ぼすATPのシナプス前性および後性作用

塩川　浩輝，古江　秀昌，吉村　恵（九州大学大学院医学研究院　統合生理学）
中塚　映政（佐賀大学医学部医学科生体構造機能学講座）

　近年，ATP-P2X受容体は脊髄後角において侵害性感覚情報を修飾することが明らかとなり，注目されている。今回，我々はラット脊髄スライス標本を用いて脊髄後角深層細胞からパッチクランプ記録を行い，シナプス前ならびにシナプス後細胞におけるP2X受容体の役割を薬理学的に検討した。約60%の脊髄後角深層細胞において，ATP受容体広作動域作動薬であるATP-gS の灌流投与によって内向き電流が観察された。しかし，同一細胞において，P2X受容体作動薬であるa,b-methylene ATPの灌流投与による内向き電流は観察されなかった。一方，ATP-gS あるいはa,b-methylene ATPの灌流投与によって，約70%の細胞においてグルタミン酸を介する興奮性シナプス後電流の発生頻度の増強効果が観察された。ATP-gSの灌流投与によって生じた内向き電流と興奮性シナプス後電流の発生頻度の増強効果は，いずれもATP-P2X受容体拮抗薬であるPPADSによって阻害され，TNP-ATPによっては阻害されなかった。以上の結果より，脊髄後角深層細胞のシナプス前とシナプス後細胞には異なるサブタイプのATP-P2X受容体が発現しており，異なったメカニズムで痛覚情報を増強することが明らかになった。

（16）　ミクログリアにおけるP2X₄受容体の発現制御機構

津田　誠，井上和秀（九州大学大学院薬学研究院薬効解析学分野）

　最近，神経因性疼痛に脊髄後角でのグリア細胞の役割が注目されている。以前我々は，神経因性疼痛動物モデルの脊髄後角において，ATP受容体サブタイプであるP2X₄受容体の発現がミクログリアで著明に増加し，同受容体を遮断することでアロディニアが抑制されることを報告した。すなわち，ミクログリアにおけるP2X₄受容体の発現増加が神経因性疼痛発症において重要なステップであることを示した。本研究会では，P2X₄受容体の発現制御機構として，細胞外マトリックス分子であるフィブロネクチン(FN)およびその膜受容体であるインテグリンを介する経路を見出した最近の研究成果について報告する。

　初代培養ミクログリア細胞をFNで処置することで，P2X₄受容体のmRNAおよびタンパク質レベルが増加し，P2X₄受容体介在性の細胞内カルシウム応答も増大した。FNによるP2X₄受容体発現増強作用は，インテグリン機能阻害抗体で抑制され，また，MEK阻害剤で著明に抑制された。In vivo神経因性疼痛モデルの脊髄後角では，P2X₄受容体の発現増加初期に，FN発現レベルの増加が認められ，さらに，ERKの活性化もミクログリア特異的に誘発された。以上の結果より，FNはMAPキナーゼを活性化してP2X₄受容体発現を増加すると考えられ，in vivoにおいてもミクログリアでのP2X₄受容体発現増強機構の一端を担っている可能性が示唆された。

（17）　シスプラチンによって引き起こされる痛覚過敏のメカニズムの解析

堀　紀代美，尾崎紀之，篠田雅路，杉浦康夫
（名古屋大学大学院医学系研究科　機能形態学講座　機能組織学分野）
鈴木重行（リハビリテーション療法学専攻　理学療法学分野）

【目的】シスプラチン投与ラットにみられる痛覚過敏のメカニズムを明らかにするため，皮膚および筋の知覚神経におけるイオンチャネルの発現を調べた。

【方法】SD雄性ラットにシスプラチンを反復投与した。皮膚と筋に対する痛覚テストを行なった後，後根神経節(DRG)を採取し，TRPV1，TRPV2，P2X₃，ASIC3の発現を免疫組織化学的に調べた。また，逆行性トレーサーFluoro-Gold(FG)を用い，腓腹筋由来のDRG細胞におけるイオンチャンネルの発現も調べた。

【結果】シスプラチン投与群では皮膚の機械的痛覚過敏が確認され，また熱性痛覚鈍麻となる傾向が見られた。また，シスプラチン投与群では腓腹筋の圧痛閾値の低下と握力の低下を認め，筋の痛覚過敏の存在も示唆された。

シスプラチン投与群のDRGではTRPV2，P2X₃，ASIC3陽性細胞数が有意に増加し，P2X₃とASIC3はFGで標識された筋由来のDRG細胞でも有意に増加していた。

【結論】シスプラチン投与により皮膚の機械的痛覚過敏に加え，筋の痛覚過敏も示唆された。DRGにおいてTRPV2，P2X₃，ASIC3陽性細胞が増加していたことから，シスプラチンによる痛覚過敏にはこれらのイオンチャンネルの関与が考えられた。また筋由来のDRG細胞においてもP2X₃，ASIC3陽性細胞が増加しており，筋の痛覚に変化をもたらしていると思われた。

（18）　神経結紮誘発性神経因性疼痛に対するモルヒネ先制鎮痛効果

松本みさき，井上　誠，植田弘師（長崎大学　大学院医歯薬学総合研究科　分子薬理学分野）

【目的】神経因性疼痛治療の一つとして，神経傷害前に薬物を適用するという先制適用が有効であることが知られている。本研究では，坐骨神経結紮誘発性神経因性疼痛に対するモルヒネの先制適用の有効性を評価し，その分子機構を明らかにすることを目的としている。

【方法】ddY系雄性マウス（体重20-24 g）を用い，マウス右後肢の坐骨神経の半分を完全に結紮することで神経因性疼痛モデルを作成した。鎮痛効果の指標として，右後肢に熱刺激あるいは機械刺激を与え，後肢を退くまでの閾値を評価した。

【結果】以下の4点について明らかになった。①坐骨神経結紮30分前にモルヒネを皮下投与することで，結紮7日後に認められる熱性過敏応答ならびに機械性アロディニアが完全に抑制された。②同様な鎮痛効果はモルヒネの脳室内前処置によっても観察されたが，脊髄クモ膜下腔内前処置では観察されなかった。③神経傷害後の脊髄後角において認められるc-FosならびにPKCgの発現上昇も，結紮30分前にモルヒネを処置することで完全に抑制された。④モルヒネ前処置による鎮痛効果並びに脊髄蛋白質発現上昇に対する抑制効果はセロトニン受容体やノルアドレナリン受容体阻害薬の脊髄クモ膜下腔内処置により完全に拮抗された。

【考察】本研究からモルヒネは先制鎮痛効果を発揮することが明らかになった。その効果の分子機構としてはセロトニン系ならびにノルアドレナリン系下降性抑制神経の賦活化によるものであることが明らかになった。

（19）　がん性神経因性疼痛とモルヒネ耐性

木口倫一，三浦花子，中原麻美，井上誠，植田弘師（長崎大学　大学院医歯薬学総合研究科　分子薬理学分野）
下山恵美（千葉大学　大学院医学研究院　自律機能生理学）

　モルヒネに代表される麻薬性鎮痛薬は強力な鎮痛効果を示すが，一方で乱用時に依存性および耐性が形成されることが問題視されている。しかしがん患者の訴える疼痛緩和など，臨床の場において正しく用いられる限り，依存性および耐性は形成されないと言われている。そこで今回我々は，がん性疼痛モデルにおける慢性疼痛下に，モルヒネ鎮痛効果と耐性形成がどのように影響を受けるかを検討した。

　BALB/c雄性マウスの右後肢坐骨神経近傍にMeth A Sarcoma細胞腫5 x 10⁴細胞を接種すると，15日後に外観上顕著な肥大が観察された。一方，熱および機械的刺激誘発性の痛覚過敏やアロディニア現象は接種後より徐々に観察され，15日後には最大となった。接種15日後の剖検では肥大したがん細胞が坐骨神経を絞扼し，神経を損傷していることが観察された。正常マウスおよびがん性疼痛マウスの両群において，モルヒネ (3mg/kg) 投与はいずれも有意な鎮痛効果を示したが，両群における鎮痛効果の曲線下面積(AUC)には有意差は観察されなかった。モルヒネ (3 mg/kg) を1日1回，6日間慢性的に投与したとき，正常マウス群では鎮痛効果が30%程度に減弱することが観察されたが，がん性疼痛マウス群では殆ど鎮痛効果の減弱は観察されなかった。これらの結果より，がんによる慢性疼痛時にはモルヒネ耐性形成能が欠如することが確認された。本発表の機会を通じてがん末期におけるモルヒネ増量とモルヒネ耐性との関連について議論してゆきたいと考えている。

（20）　帯状疱疹後神経痛モデルマウスにおける皮膚神経線維の組織学的変化

佐々木淳（富山大学　薬学部　薬品作用学）

　帯状疱疹後神経痛では，衣類が擦れるだけで激しい疼痛感覚を生じるアロディニアが認められることが多く，その発現部位は疱疹部位だけでなく隣接した皮膚節にも及ぶ。アロディニア部位が疱疹部位を越えて広がる説明として，疱疹部位を支配する末梢神経損傷をトリガーとする中枢感作仮説が用いられることが多い。しかし，末梢神経の損傷領域とアロディニア発現領域との対応を詳しく調べた報告はない。そこで本研究では，帯状疱疹後神経痛モデルマウスを用いて，疱疹部位とそれに隣接した皮膚節におけるアロディアの発現，皮膚神経線維の損傷の有無を調べた。疱疹部位では疱疹出現2-3日前からアロディニアが発現したが，隣接した皮膚節では疱疹出現とほぼ同時期から観察された。また，疱疹部位の方が高いアロディニアスコアを示した。免疫染色法を用いて表皮内神経線維数を調べた結果，疱疹部，隣接した皮膚節共に，有意に神経線維数が減少しており，減少の程度は疱疹部の方が重度であった。神経興奮薬物であるカプサイシンにより誘発される疼痛関連行動の発現時間も，疱疹部，隣接した皮膚節共に，有意に減少した。坐骨神経の電子顕微鏡画像から，有髄神経線維数，無髄神経数共に，コントロールに比べて有意に減少しており，神経線維の変性も観察された。以上の結果より，アロディニア部位が疱疹部位を越えて広がるのは，末梢神経での強い免疫・炎症反応が，疱疹部位だけではなく，隣接した皮膚節の神経線維も損傷してしまうことが原因の一つであることが示唆される。

（21）　GeneChipによる帯状疱疹痛モデルマウスの
脊髄後角における網羅的遺伝子発現解析

高崎一朗（富山大学・生命科学先端研究センター・ゲノム機能解析分野）
谷口佳奈，佐々木淳，倉石泰（富山大学・薬学部・薬品作用学）

　本研究では，帯状疱疹痛の疼痛関連遺伝子の同定と治療薬開発のためのターゲット分子の探索を目的として，マウスに単純ヘルペスウイルスI型(HSV-1)を経皮接種することにより作製される帯状疱疹痛モデルマウスを用い，脊髄後角における遺伝子発現を網羅的に解析した。

　雌性C57BL/6Jマウスを使用し，後肢膝関節下部にHSV-1(1×10⁶ pfu)を経皮接種した。疼痛関連反応の測定は，von Frey filament（1.6 mNおよび9.8 mN）を使用し，後肢足蹠に適用した際に生じる逃避反応を疼痛関連行動の指標とした。網羅的遺伝子発現の解析には10,000種類以上のプローブが搭載されたマウス発現解析用GeneChip(Murine Genome U74Av2, Affymetrix)を使用した。HSV-1接種マウスの脊髄後角からRNAを抽出し，Affymetrix社のプロトコルに従いGeneChip解析を行った。

　HSV-1接種マウスは，帯状疱疹様の皮疹を発症し，アロディニアと痛覚過敏が観察された。脊髄後角を接種側と非接種側に分けてRNAを抽出し，GeneChip解析を行ったところ，非接種側と比較して接種側で2倍以上発現の増大する遺伝子が139個，1/2以下に発現の減少する遺伝子が9個検出された。

　今回は発現の増大した遺伝子に注目し，いくつかのターゲット分子に対する阻害薬，抗体投与およびノックアウトマウスにおける行動解析を行ったので紹介したい。

（22）　神経根性疼痛モデルにおける遺伝子解析

高山文治，菊地臣一，矢吹省司，関口美穂，渡辺和之，立原久義（福島県立医科大学整形外科学講座）
藤田勇，今里暁，中谷紀章²，嶋田英輝²，新庄勝浩（ファイザー（株）中央研究所）

【目的】腰椎椎間板ヘルニアによる疼痛の病態には，機械的因子と化学的因子の両者が関与していると考えられている。機械的因子とは，ヘルニア塊による神経組織の機械的な圧迫のことであり，化学的因子とは，椎間板髄核に含まれるサイトカインなどの炎症惹起物質のことである。疼痛の機序を解明するためには，機械的因子と化学的因子を区別する2種類の神経根性疼痛モデルの検討が必要である。我々は，これらの2種類のモデルでの疼痛の機序を解明するため，Gene Chipを用いた網羅的遺伝子発現解析を行った。

【方法】ラットの第5腰椎椎弓の後根神経節(DRG)の直上に骨孔をあけ，機械的因子としてステンレス製のrodを挿入したモデル（rod群）と化学的因子として尾椎から採取した髄核を留置したモデル（髄核群）を作成した。von Frey filamentを用いた痛覚閾値の測定を行い，閾値の低下を認めたラットのみからDRG組織を採取し，GeneChip解析を行った。

【結果】行動学的検討では，両群で術後3日より疼痛閾値の低下を示し，術後21日まで持続した。GeneChip解析では，術後3日は両群ともに類似した遺伝子発現変動が認められた。しかし，術後7日目は，rod群と髄核群では，異なる遺伝子の発現変動が認められた。rod群では，炎症に関連した遺伝子とcell cycleに関与した遺伝子の発現上昇が認められた。一方，髄核群では，疼痛に関与していると考えられるイオンチャンネル遺伝子の発現上昇が認められた。

【考察】本研究の結果より，機械的因子と化学的因子による疼痛の機序は，時間の経過に伴い異なってくる機序が存在する可能性が示唆された。

（23）　運動器障害によって作製した慢性痛症モデル動物：発症誘導要因としての炎症の役割は？

櫻井博紀¹，橋本辰幸¹，大道裕介¹，吉本隆彦^1,2，高畑成雄^1,3，江口国博^1,4，山口佳子¹，熊澤孝朗¹
（¹愛知医科大学痛み学講座，²名古屋大学大学院医学系研究科
³札幌医科大学大学院医学研究科，⁴愛知学院大学歯学部生理学講座）

　運動器障害が慢性痛症の発症の原因の一つとして考えられている。これまで，我々は運動器障害を誘因として長期の痛み行動を呈する慢性痛症モデルラットを2種開発した。

　筋傷害性モデル：一側下肢腓腹筋内側頭にLPSに続き24時間後に高張食塩水を反復投与することで作製。

　不動化モデル：一側下肢を屈曲位で2週間ギプス固定することで作製。

　これらのモデルは足底での痛み行動が両側性に亢進し，10週以上持続する。

　この長期の痛み行動は反対側まで及ぶことより中枢の関与が示唆された。

　LPSによる炎症誘発が痛み行動の長期持続に関与している可能性を考え，不動化モデルにおいて，ギプス固定前にLPSを投与したところ，逆に痛み行動は長期持続しなかった。また，筋傷害性モデルにおいてもLPSを高濃度にすると痛み行動は長期持続しなかった。

　これらのことより，慢性痛症発症に至るLPSによる炎症誘発として，ある至適条件が伴わなければならないことが示唆された。条件として，炎症の程度，および，炎症誘発後から次の刺激が加わるまでの時間の2点が可能性として考えられる。

（24）　加齢ラットにおける遅発性筋痛(DOMS)について

松田　輝¹，田口　徹，田村　良子，水村　和枝（名古屋大学環境医学研究所神経性調節分野
¹名古屋大学大学院医学系研究科リハビリテーション療法学専攻）

　不慣れな運動後に生じる筋痛（遅発性筋痛：以下DOMS）は筋の圧痛を主な特徴とし，強度で不慣れな運動を行ってから24～72時間後にピークとなるが，安静時の痛みはほとんどない。そのメカニズムは不明だが，伸張性収縮（Eccentric Contraction：以下ECC）によって生じやすいことが知られている。そこで我々は，若年ラット（8週齢）にECCを負荷し，筋圧痛閾値，脊髄後角におけるc-Fos陽性細胞の発現を指標に，ラットにおいてもDOMSが生じることを示した。

　今回，130～139週齢の加齢ラットを用いて，長指伸筋(EDL)にECCを負荷し，圧痛閾値測定とc-Fosの脊髄後角における発現を指標に加齢によるDOMSの変化を調べた。その結果，圧痛閾値は若年ラットではECC負荷後1～3日目まで有意に低下し（2日目に最低値），4日目に戻ったが，加齢ラットでは，1～5日目まで有意に低下し（3日目に最低値），7日目で戻り，遅発性筋肉痛が長く続くことが明らかになった。ECC3日後（若年群では2日後）に運動筋を圧迫刺激することによって生じるc-Fos蛋白発現は，若年ラットでは脊髄L4レベルの後角表層にのみに有意に増加したが，加齢ラットでは脊髄L4に加えL5レベルの後角表層にも有意な増加が観察され，筋からの痛み情報が若年ラットよりも脊髄の広いレベルに伝達されることが明らかになった。

（25）　加齢変化が関与する異常疼痛発現の神経機構

北川純一，坪井美行，岩田幸一（日本大学　歯学部　生理学）

　高齢化が進む日本において，身体機能の低下を防止するため，加齢に伴う痛みの受容機構の変化を解明することは，高齢者のQOLの維持につながる重要な研究テーマであるといえる。今回は，我々がこれまでに調べた老齢ラットを用いて行ってきた加齢現象が痛覚受容に与える影響に関する研究結果について報告する。

　免疫組織化学的検索により，成熟ラットの脊髄表層と深層には数多くのセロトニンおよびノルアドレナリン合成酵素であるドーパミンbハイドロキシラーゼ陽性線維が存在するが，老齢ラットでは有意に減少していた。後足底へのCFA注射後に誘導される発熱・腫脹は，老齢ラットにおいて成熟ラットより長期間持続した。脊髄後角に分布するWDRニューロン活動は，炎症の有無に関わらず大きな違いはみられなかったが，成熟ラットのNSニューロンの活動性は炎症により増加した。熱刺激に対して，炎症がない時には老齢ラットは，成熟ラットの応答性に比べ強い反応を示したが，CFA注射後には，逆に成熟ラットの応答性が顕著に増加し，老齢ラットより強い反応を示した。老齢ラットの自発放電は炎症の有無に関わらず高い発火頻度を示していた。以上の結果から，加齢に伴う異常疼痛発症には，下行性疼痛抑制系の機能不全による上行路と下行路における機能のアンバランスが原因となる可能性が示された。

（26）　求心路遮断性疼痛に対する鏡療法は自己受容感覚に関連した痛みに有効である

住谷昌彦，真下節（大阪大学大学院医学系研究科生体統御医学麻酔集中治療医学講座）
宮内哲（独立行政法人情報通信研究機構関西先端研究センター脳情報グループ）

【背景】幻肢痛の治療として報告された鏡療法は，CRPSに対しても有用とされ難治性疼痛全般への治療効果が期待される。しかしながら，幻肢痛に対する効果は逸話的でしかなく，これまで検証されたことはない。そこで今回我々は，幻肢痛を含む求心路遮断性疼痛に対して鏡療法を行い，その効果を検証した。

【対象】四肢切断6人，腕神経叢損傷4人，末梢神経損傷2人，脊髄部分損傷1人

【方法】鏡療法：1日1回10～15分間，健側四肢を鏡に映しながら自由に運動させ，患側四肢が鏡の中で動いているような映像を観察させた。これを患者の希望に応じ数週間～数ヶ月継続した。その際，自発的に述べる痛みの性質を適宜記録した。

【結果】鏡療法によって，疼痛軽減50%以上: 5人，25-50%軽減: 4人，0-25%軽減: 4人であり，有意な疼痛緩和が得られた(VAS: 6.15+/-1.8→4.38+/-2.4, p<0.01)。自発的に述べる痛みをexteroceptiveな性質（EX群）（例：針で刺されるような）とproprioceptive（PR群）な性質（例：絞られるような）に分類すると，鏡療法はPR群に対して有意に疼痛緩和を示した(p<0.01)。

【結論】鏡療法は，求心路遮断性疼痛に対して有用である。特に自己受容感覚に関連した痛みの疼痛緩和効果が強い。皮膚受容器（外受容器）は運動への関与が少ないことが知られており，鏡療法は求心路遮断による知覚運動協応（身体表象）の破綻を，視覚を介して代償・補正する治療であると考えられる。　　

（27）　病的痛みは視覚とクロスモーダルである

【背景】視覚と体性感覚が相互に影響を及ぼしあうことは既に知られている。我々はこれまで，CRPS患者の病的な痛みあるいは求心路遮断による体性感覚経験の変化が視覚を介した空間認知に影響を与えることを示してきた。今回は，視覚経験の変化が体性感覚認知，特に病的な痛みの認知に影響を与えるかを検討した。

【方法】20°プリズムによる非患側（左右）方向への視野偏位に対する順応を用いて視覚経験を変化させた。実験1)5人のCRPS患者（患側：右4，左1）にプリズム順応を行った。実験2)右CRPS患者2人に対して患側方向視野偏位プリズムなど複数のプリズムを用いてプリズム順応を行った。実験1，2ともにプリズム順応は1日1回プリズムを着用して50ポインティング動作を2週間行う。順応前・順応直後・順応開始2週間後の3時点で疼痛の程度(VAS)・プリズム順応の程度を評価した。

【結果】実験1，2ともに順応直後にVASが変化した患者はいなかったが，5例全例で2週間後には疼痛が軽減した(VAS: 5.8+/-1.48→2.4+/-1.52，p<0.02)（実験1）。プリズム順応は非患側方向の偏位に対して方向特異的に疼痛緩和効果があった（実験2）。

【結論】プリズム順応による視覚経験の変化は，方向特異的に再現性のある疼痛緩和効果を示した。このことから，病的な痛みは視覚とクロスモーダルであると言える。またプリズム順応によって疼痛緩和とともにCRPSの特徴的な症状も寛解したことから，臨床応用できる可能性がある。

（28）　触覚刺激による痛覚抑制は皮質レベルで生じる

乾　幸二，辻　健史，柿木隆介
（自然科学研究機構・岡崎統合バイオサイエンスセンター・感覚運動調節研究部門）

　痛む部位に触覚刺激を加えると疼痛が軽減することはよく知られており，実験的にも確認されている。しかしながらその機序は明らかにされていない。MelzackとWall(1965)による関門制御説の提唱以来，多くの研究がこの抑制の責任部位を脊髄と考えそのメカニズムを検討してきたが，抑制が皮質レベルで生じる可能性についてはほとんど検討されてこなかった。

【方法】9名の健康成人男性の背中（第9胸椎の高さ）に，痛覚刺激（ES，表皮内電気刺激法）と触覚刺激（TS，皮膚表面電気刺激）を種々のタイミングで与え，大脳皮質の応答を脳磁図を用いて記録した。TSからESまでのconditioning-test interval (CTI)は11条件で，それぞれ-500，-300，-100，-60，-40，-20，0，50，100，300，500ミリ秒である。これにES及びTS単独呈示のコントロール条件を加え，計13条件の記録を行った。

【結果・考察】痛みの程度（VASスコア）は，CTI –20msの条件で最も低かった。脳磁図では，ESにより刺激後150ミリ秒付近を頂点とする明瞭な磁場成分が全例で記録され，信号源解析の結果は第一次体性感覚野と第二次体性感覚野が主な活動源であることを示した。ペア刺激の際のESに対する皮質応答は，先行するTSにより顕著に抑制されたが，遅れて皮質に到達する触覚信号(CTI -40, -60, -100 ms)によっても明瞭に中断された。この結果は，この抑制が皮質レベルで生じたことを示す。抑制の程度は，TSの信号がESの信号よりも脊髄に先に到達するか遅れて到達するかに影響を受けず，脊髄の関与は小さいか，なかったものと考えられる。

Inui K et al.: Cerebral Cortex, in press

（29）　痛み関連脳活動の報告－第3報－

牛田享宏，池本竜則，泉仁（高知大学医学部整形外科）
村田和子（高知大学医学部放射先部）
田中茂樹（仁愛大学心理学科）

　運動器における痛みの研究はこれまで局所の病態やそれに伴う疼痛発生メカニズムに主眼がおかれてきた。しかし，痛みは主観的な感覚であるため局所のメカニズムだけでは説明出来ない点が多い事がわかってきている。そこで我々は患者本人が苛まされている痛みを理解するためには最終的に痛みを認識している脳の活動の分析を行う必要があると考え，脳SPECTやfunctional MRI（以下fMRI）を用いた研究を行ってきた。これまでの結果ではアロデニアと痛覚過敏を持つ慢性の神経因性疼痛患者に対して，疼痛部に実際に痛み刺激を加える“実体験タスク”を行うと帯状回，S1，S2に活動を認めた一方で痛みの中枢である視床の活動は検出することが出来なかった。また，アロデニア症状を有する患者に痛みの経験を想起させる“仮想の痛み刺激タスク”を用いて患者の中で引き起こされる脳内の信号伝達を捉える研究を行ったところ，“仮想の痛み刺激タスク”のビデオを見ただけでも少なからず不快感を訴えており，“実体験タスク”の際にみられる帯状回や前頭前野における脳活動を認めた。

　次に我々は健常者に手掌を注射針で刺すような光景を“仮想の痛み刺激タスク”として視認させた際みられる脳活動部位を検出する実験を行った。この結果を患者の場合と比較することで，慢性疼痛患者特有の脳活動パターンについての調査も併せて行ったので報告する。

教育講演（1）　DRGにおけるTRPファミリーの発現と機能

野口光一（兵庫医科大学解剖学第2講座）

　1997年にカプサイシン受容体TRPV1の遺伝子がクローニングされ，熱刺激によっても活性化され，複数の有効刺激を持つ多刺激痛み受容体として機能することが明らかとなって以降，TRPファミリーの研究は盛んとなり，ペインリサーチにおける中心テーマとなっている。一次感覚ニューロンの神経終末に存在するTRPファミリー分子が，温度刺激やその他刺激を活動電位に変換し，その情報が中枢へと伝達されると考えられており，その感受性の調節機構などに関して数多くの報告がなされている。

　本研究会では，TRPファミリー分子の中で，3つのサブファミリーのそれぞれ代表的な分子，TRPV1，TRPA1，TRPM8に関して，ラットDRGを用いて詳細に分布を調べた結果を報告する。また，TRPA1やTRPM8など，冷刺激に関与すると考えられている分子について，末梢炎症モデルやニューロパチックペインモデルにおける発現変化とその機能的意義についても報告する。さらに本教室でこの数年来研究を続けている細胞内シグナル伝達因子との関係に関する仕事にも触れたい。TRPA1の特異的な発現から推察される特定の神経栄養因子による調節機構の可能性についても言及したい

教育講演（2）　ミクログリアの活性化と神経細胞傷害

錫村明生（名古屋大学環境医学研究所　神経免疫）

　炎症性神経疾患のみならず虚血性疾患，変性性疾患においても変性に陥った神経細胞の周囲に活性化されたミクログリアが存在する。これらは，変性神経細胞からのシグナルにより活性化され，神経保護作用を担っている可能性も考えられるが，変性細胞を貪職・処理する役割や，反対に直接エフェクターとして神経細胞を傷害している可能性も考えられる。実際にin vitroの神経細胞とミクログリアの共培養系でみると，ミクログリアを活性化することにより周囲の神経細胞は細胞死に陥る。ミクログリアと神経細胞をミリポア膜で分離して培養し，直接の接触なしにミクログリアを活性化しても神経細胞死が誘導できることから，ミクログリア由来の液性因子が神経傷害性に働いていると考えられる。これら液性因子として，炎症性サイトカイン以外に，一酸化窒素やフリーラディカル，興奮性アミノ酸などがあげられている。また，海馬のスライス培養をLPSとIFNgで刺激することにより，海馬の長期増強(LTP)が抑制される。これは，培養中のグリア細胞が活性化されサイトカインをはじめとする液性の傷害因子を産生し，神経細胞の機能障害，特にシンプスの可塑性を障害することによると考えられる。この実験系に炎症性サイトカインやNOの産生阻害薬を添加すると，LTPの抑制は解除される。

　以上の結果から活性化ミクログリアが直接あるいは間接的に神経細胞の生存，機能を障害することは明らかである。本研究会では，我々の実験成績を示し，ミクログリアの神経傷害機序について考察する。

教育講演（3）　イメージング手法による痛覚認知メカニズムの研究：主としてMEGとfMRIについて

柿木隆介（自然科学研究機構・岡崎統合バイオサイエンスセンター・感覚運動調節研究部門）

　ヒトでの脳内痛覚認知機構を，高い時間分解能（ミリ秒単位）を有する脳磁図(MEG)と，高い空間分解能を有する機能的磁気共鳴画像(fMRI)を用いて解析した。近年の科学技術の進歩により，小径有髄のAd線維(first pain)と無髄のC線維(second pain)を選択的に刺激することが可能となってきた。MEGは初期認知機構の解明に適している。Ad線維刺激の場合，MEGの頂点潜時は上肢刺激では200msec（C線維刺激の場合は750msec。以下も同様），下肢刺激では250msec前後(1200msec)である。MEGを詳細に解析することにより，Ad線維刺激，C線維刺激共に，左右の上下肢いずれの部位を刺激しても刺激対側の第1次感覚野(SI)と両側の第２次感覚野(SII)，島，扁桃体，帯状回が，時間的にオーバーラップしながら活動する事が明らかとなった。fMRIは視床，島，帯状回における活動部位の詳細な解析に適している。Ad線維刺激，C線維刺激共に，両側の視床，SII，島，帯状回に有意な活動上昇が見られた。島前部，帯状回の一部，pre-SMAでは，C線維刺激により特異的に活動が上昇しており，second pain認知に特異的な部位である可能性が示唆された。



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