生理学研究所年報 第27巻
 研究会報告 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

25.TRPチャネル研究会

2006年7月13日−7月14日
代表・世話人:井上隆司(福岡大学医学部)
所内対応者:富永真琴(岡崎共同研究機構生理学研究所)

(1)
温度感受性TRPチャネル
富永真琴(岡崎統合バイオサイエンスセンター・細胞生理研究部門)
(2)
癌性疼痛におけるTRPV1の役割
尾崎紀之,浅井英明,長嶺健二郎,篠田雅路,杉浦康夫
(名古屋大学大学院医学系研究科機能形態学機能組織学)
藤内 祝(細胞治療学(ハイメディック)寄附講座)
上田 実(頭頸部・感覚器外科学講座顎顔面外科学分野)
(3)
シクロホスファミドによるマウス膀胱炎におけるTRPV1の役割
中村靖夫,河谷正仁(秋田大学医学部機能制御医学講座器官制御学分野)
富永真琴,東智広,森山朋子(岡崎統合バイオサイエンスセンター・細胞生理部門)
並木幹夫(金沢大学医学部泌尿器科)
(4)
グリコール酸ピーリングによる表皮ターンオーバー促進のメカニズム
傳田澄美子,傳田光洋,日比野利彦((株)資生堂 ライフサイエンス研究センター)
根岸 圭,櫛方暢晴,若松信吾(東京女子医科大学付属青山女性医療研究所・美容医療科)
(5)
マクロファージに発現するTRPV2チャネルの制御機構
長澤雅裕,小島至 (群馬大学生体調節研究所)
(6)
筋細胞変性のメカニズム〜筋ジストロフィー,心筋症の新しい治療ターゲット〜
岩田 裕子,片野坂友紀,重川宗一,若林繁夫(国立循環器病センター研究所)
(7)
Microtubule-associated protein 7 類似蛋白(MAP7R)によるTRPV4機械受容の閾値の調節
鈴木誠(自治医大薬理)
(8)
マウス蝸牛外有毛細胞におけるTRPV4受容体刺激による細胞内Ca2+動態
沈静,久保伸夫,山下敏夫(関西医科大学耳鼻咽喉科学教室)
原田成信(はらだ耳鼻科)
鈴木誠(自治医科大学薬理学教室)
(9)
TRPV4シグナルはNaK-ATPaseをリクルートするか
伊村明浩(京都大学大学院医学研究科・先端領域融合医学研究機構)
(10)
TRPチャネルとしてのマウスPKD2L1遺伝子の機能解析
村上 学,大場貴喜,徐 峰,佐藤栄作,尾野恭一,渡邊博之,伊藤 宏,飯島俊彦
(秋田大学医学部機能制御医学)
(11)
神経細胞死におけるTRPM2の中心的な役割
金子周司,川上聖子,伊藤悦子,南 利幸(京都大学大学院薬学研究科,生体機能解析学分野)
久米利明,赤池昭紀(京都大学大学院薬学研究科,薬品作用解析学分野)
原 雄二,若森 実,高田悠記,森 泰生(京都大学大学院工学研究科,分子生物化学分野)
(12)
細胞容積調節に関与するTRPM7チャネルの性質
沼田朋大,清水貴浩,岡田泰伸
(生理学研究所機能協関,総研大生理科学専攻,日本学術振興会)
(13)
心肥大シグナルとTRPC1 チャネル蛋白
大場貴喜,渡邊博之,高橋陽一郎,伊藤 宏
(秋田大学医学部内科学講座 循環器内科学分野・呼吸器内科学分野)
村上 学,尾野恭一,飯島俊彦(秋田大学医学部・機能制御医学講座)
(14)
PLCg2とTRPC3の機能的相互作用によるB細胞受容体シグナルの増幅
沼賀 拓郎(総研大・生命・生理)
森 泰生(京都大学大学院工学研究科,分子生物化学分野)
(15)
Desensitization and activation of mTRPC5 expressed in HEK cells
Insuk So
(Department of Physiology and Biophysics,
Seoul National University College of Medicine, Korea)
(16)
チロシンリン酸化によるTRPCチャネルの活性制御
久恒智博(理研・発生神経生物)
黒田有希子,中村健,道川貴章,水谷顕洋(東大医科研・脳神経発生分化)
中村京子,井上貴文(カルシウムオシレーション国際プロジェクト・科技団)
御子柴克彦(理研・発生神経生物,東大医科研・脳神経発生分化,
カルシウムオシレーション国際プロジェクト・科技団)
(17)
血管緊張度調節における機械刺激によるTRPC6チャネル増強作用の生理的役割
井上隆司(福岡大学医学部生理学)
Lars Jorn Jensen,伊東祐之(九州大学大学院医学研究院生体情報薬理学)
森泰生(京都大学大学院工学研究科合成生物)
(18)
脳毛細血管内皮細胞におけるTRPチャネルの生理的機能とSKチャネルとの機能連関
今泉祐治,山崎大樹,山村寿男,大矢進(名古屋市立大学大学院薬学研究科細胞分子薬効解析学)
村木克彦(愛知学院大学薬学部細胞薬理学)
浅井清文(名古屋市立大学大学院医学研究科分子神経生物学)
(19)
心筋線維化におけるGa12/13を介したCa2+シグナリングの役割
西田 基宏(九州大学大学院薬学研究院)
(20)
創薬標的としてのTRPチャネル
佐野頼方,稲村耕平,岡田英嗣,望月忍(アステラス製薬株式会社,研究本部,分子医学研究所)
(21)
内皮細胞における膜伸展刺激によって誘発されるCa放出の分子機構
成瀬恵治(名古屋大学大学院医学研究科・細胞科学講座細胞生物物理学)

【参加者名】
Mandadi Sravan(統合バイサイエンスセ),So Insuk(ソウル大・医),飯田 陶子(統合バイサイエンスセ),石井 正和(昭和大),石井 裕(生理研),板津 直美(名古屋市大院),伊藤 悦子(京都大院),稲田 仁(統合バイサイエンスセ),井上 華(生理研),井上 隆司(福岡大・医),今泉 祐治(名古屋市大院),今里 暁(ファイザー),伊村 明浩(京都大院),岩田 裕子(国循セ),浦本 裕美(生理研),大野 晃稔(名古屋市大院),大場 貴喜(秋田大・医),大矢 進(名古屋市大院),岡田 泰伸(生理研),小川 明日香(名古屋市大・薬),尾崎 紀之(名古屋大院),片野坂 友紀(国循セ),加藤 賢太(京都大院),金子 周司(京都大学),木村 泰介(名古屋市大院),久保 伸夫(関西医大),久保田 幸治(京都大院),小島 至(群馬大・生体調節研),小山 晃紀(昭和大・薬),坂本 多穂(名古屋市大・薬),佐々木 真理(統合バイサイエンスセ),佐野 頼方(アステラス製薬),柴崎 貢志(統合バイサイエンスセ),島 麻子(統合バイサイエンスセ),島貫 恵実(統合バイサイエンスセ),清水 貴浩(生理研),新庄 勝浩(ファイザー),須崎 正隆(治医大),鈴木 商信(東京大院),鈴木 誠(自治医大),曽我部 隆彰(統合バイサイエンスセ),曽我部 正博(名古屋大院),高橋 信之(生理研),高橋 陽一郎(秋田大・医),田中 良一(名古屋市大・薬),沈 静(関西医大),傳田 澄美子(資生堂),冨樫 和也(統合バイサイエンスセ),富永 真琴(統合バイサイエンスセ),中尾 賢治(京都大院),中川 哲彦(ファイザー),長澤 雅裕(馬大・生体調節研),中條 浩一(生理研),永田 雅俊(大阪大学),中村 靖夫(秋田大・医),成瀬 恵治(名古屋大院),新見 大輔(京都大院),西井 博子(統合バイサイエンスセ),西田 基宏(九州大院),丹羽 里実(名古屋市大・薬),温井 美帆(生理研),沼賀 拓郎(京都大院)沼田 朋大(生理研),萩原 民雄(昭和大・医),原田 成信(原田耳鼻咽喉科),東 智広(統合バイサイエンスセ),久恒 智博(理研),檜山 武史(基礎生物研),藤森 智宏(名古屋市大・薬),藤原 祐一郎(生理研),堀田 真吾(名古屋市大・薬),前田 良太(京都大学),松浦 孝範(大阪大学),南 利幸(京都大院),村上 学(秋田大・医),村山 奈美枝(統合バイサイエンスセ),森 泰生(京都大院),森村 浩三(名古屋市大・薬),森本 岳(名古屋市大・薬),柳 文乃(名古屋市大・薬),山岡 とも子(京都大院),山崎 大樹(名古屋市大・薬),山村 寿男(名古屋立大・薬),山本 伸一郎(京都大院),吉田 卓史(京都大院),若森 実(京都大院),渡邊 博之(秋田大・医)

【概要】
 TRP蛋白質(transient receptor potential protein)は,近年,産学両分野の研究者の強い関心を集めつつある,種々の物理化学刺激によって活性化される広範なCa2+流入チャネル群(TRPチャネル遺伝子スーパーファミリー)である。この蛋白質は中枢・末梢神経系を始めとしたほぼ全ての組織に発現しており,知覚伝導,体液調節,血圧・消化管運動・呼吸調節,免疫・炎症反応,生殖行動など,生体の多彩な機能の調節やその破綻によって生じる疾病にも密接に関わっていることが明らかになりつつある。また,家族性低マグネシウム血症,多発性嚢胞腎等の遺伝性疾患や,ムコリピドーシス,筋ジストロフィー,アルツハイマー病などの進行性変性疾患との関連も示唆されており,未だ有効な治療法のない様々な疾患に対する薬物治療の有望な分子標的となる可能性が,世界の医療関係・製薬企業の注目を集めている。本研究会では,7月13日から2日間にわたり,本邦のみならず韓国も含めた90人近くのTRP蛋白質(チャネル)の研究者が一同に会し,21題の口演,4題のポスター発表を行い,活発な情報交換と討議を行った。発表の内容は,個々のTRPチャネルの活性化・制御機構に関する最新の成果から,病態の解明につながる新しい知見の発表,更に次世代の創薬に向けたハイスループットスクリーニングの試みに到るまで極めて多岐にわたり,改めてこの蛋白質ファミリーを中心とした今後の研究の重要性と可能性を実感させる充実した会となった。そして研究会の終了後,複雑且つ多種多様なTRPチャネルの全体像をつかみ,今後進むべき研究の方向性を決めていくには,このような会を通した定期的な情報交換が必要不可欠であることを再認識した,という感想や意見が多数の参加者から寄せられている。

 

(1) 温度感受性TRPチャネル

富永真琴(岡崎統合バイオサイエンスセンター・細胞生理研究部門)

 哺乳類には現在までに6種類の温度感受性TRPチャネルが知られており,それぞれが特異な活性化温度閾値を有する(TRPV1 > 43度, TRPV2 > 52度, TRPV3 > 32-39度, TRPV4 > 27-35度, TRPM8 < 25-28度, TRPA1 < 17度)。多くは感覚神経に発現しているが,TRPV3やTRPV4のように表皮ケラチノサイトに強く発現するものもある。カプサイシン受容体TRPV1が熱のみならずカプサイシンで活性化するように,温度感受性TRPチャネルの多くは温度以外の有効刺激を有する。TRPV1の活性化温度閾値は固定したものではなくPKC依存的なリン酸化によって10度近く低下し,体温でも活性化するようになる。これは,急性炎症性疼痛発生の1つのメカニズムと考えられている。TRPV4はケラチノサイトに加えて視床下部視索前野に発現することから,皮膚での温度受容や体温調節にも重要な働きをしていることが推測される。ケラチノサイトが受容した温度刺激はどのようにして感覚神経に伝達されるのであろうか。新生仔マウスのケラチノサイトと感覚神経の共培養系の確立を目指している。私達はまた,TRPM2が温度受容体として機能することを見出したので,その活性化機構を生理学的意義とあわせて報告したい。

 

(2) 癌性疼痛におけるTRPV1の役割

尾崎紀之,浅井英明,長嶺健二郎,篠田雅路,杉浦康夫
(名古屋大学大学院医学系研究科機能形態学講座機能組織学分野)
藤内 祝(細胞治療学(ハイメディック)寄附講座)
上田 実(頭頸部・感覚器外科学講座顎顔面外科学分野)

【目的】癌に伴う痛みのメカニズムを明らかにするため,マウスおよびラットに癌細胞を移植し,痛覚と知覚神経節におけるtransient receptor potential cation channel, subfamily V, member 1(TRPV1)の変化を観察した。

【材料と方法】マウスの足底部および大腿部に,またラット下顎歯肉部に扁平上皮癌を移植し,痛覚,腫瘍浸潤,知覚神経節におけるTRPV1陽性細胞の変化を調べた。

【結果】マウスの足底部や大腿部に扁平上皮癌を移植すると自発痛を示唆する行動や足底部の機械的および熱性痛覚過敏が見られた。後根神経節においてTRPV1陽性細胞が増加し,TRPV1拮抗薬capsazepineは熱性痛覚過敏を抑制した。またラット下顎歯肉部に扁平上皮癌を移植すると顔面の機械的および熱性痛覚過敏が見られ,三叉神経節でTRPV1陽性細胞が増加した。

【結論】マウスおよびラットに扁平上皮癌を移植し癌性疼痛の動物モデルを開発した。また腫瘍移植群の知覚神経節においてTRPV1が増加し,TRPV1の拮抗薬が痛覚過敏を抑制したことから,扁平上皮癌の移植による癌性疼痛にはTRPV1の関与が示唆された。

 

(3) シクロホスファミドによるマウス膀胱炎におけるTRPV1の役割

中村靖夫,河谷正仁(秋田大学医学部機能制御医学講座器官制御学分野)
富永真琴,東智広,森山朋子(岡崎統合バイオサイエンスセンター・細胞生理部門)
並木幹夫(金沢大学医学部泌尿器科)

 TRPV1は膀胱が炎症時の痛覚過敏や過活動に関与していると報告されている。また,間質性膀胱炎の患者の膀胱内へのカプサイシンの注入によって,症状およびペインスコアの改善が報告されている。そこで本研究では,TRPV1欠損マウス(TRPV1 KO)に抗癌剤であるシクロホスファミド(CYP)を投与して慢性膀胱炎を引き起こし,その膀胱機能への影響について評価を行った。

 1.覚醒下拘束下における膀胱内圧測定:溶媒腹腔内投与群のICIにおいてWT(337.6 ± 27.5秒)とTRPV1 KO(288.7 ± 35.9 秒)で差を認めなかった。WTにおいてCYP (150mg/kg) 腹腔内投与群のICI(116.8 ± 8.2秒)は溶媒腹腔内投与群のICIより短縮した(p<0.01)。一方,TRPV1 KOにおいてCYP (150mg/kg) 腹腔内投与群のICI(251.5 ± 16.5 秒)は溶媒腹腔内投与群のICIと有意差を認めなかった。溶媒腹腔内投与群のMVPにおいて各群間で有意差を認めなかった。

 2. 病理組織学的検討:溶媒腹腔内投与群ではWTにおいてもTRPV1 KOにおいても光顕微鏡下で炎症所見は認められなかった。CYP (150mg/kg)腹腔内投与群ではWTにおいてもTRPV1 KOにおいても膀胱の出血および炎症所見を認めた。膀胱の出血および炎症の領域や範囲に光顕微鏡下でWTとTRPV1 KO間に明らかな差を認めなかった。

【結論】今回の実験結果からCYPで誘発された慢性膀胱炎による頻尿の発現機序にTRPV1が関与していることが示唆された。

 

(4) グリコール酸ピーリングによる表皮ターンオーバー促進のメカニズム

傳田澄美子,傳田光洋,日比野利彦((株)資生堂 ライフサイエンス研究センター)
根岸 圭,櫛方暢晴,若松信吾(東京女子医科大学付属青山女性医療研究所・美容医療科)

 グリコール酸(GA)によるケミカルピーリングの作用を3次元皮膚モデルを用いて検討した。GA塗布後に培地中に放出される情報伝達物質を測定し,BrdU取り込みの後,組織学的検討を行った。GA塗布10分後までにATPが遊離し,24時間後にIL-1aおよびBrdU陽性細胞数が増加していた。この細胞増殖は酸感受性イオンチャネルであるVR1のアンタゴニストによって抑制された。また,培養ケラチノサイトにGAを投与すると細胞内Ca濃度が上昇し,これはVR1アンタゴニストによって抑制された。よって,GAは皮膚モデルにおいて表皮・真皮の細胞増殖を促進し,これにはVR1を介した表皮細胞内Ca濃度変化とそれに続いて起こるATP遊離,さらにIL-1aなどのサイトカインによる表皮―真皮相互作用が関与していると考えられた。

 

(5) マクロファージに発現するTRPV2チャネルの制御機構

長澤雅裕,小島至 (群馬大学生体調節研究所)

 マクロファージにはTRPV2チャネルが発現していたが,TRPVファミリーの他のメンバーTRPV1, 3-6の発現は極めて低かった。非血清存在下,TRPV2チャネルは細胞内に局在したが,血清投与により一部が細胞膜に移行した。さらにfMLPを投与すると細胞膜への移行が促進された。パッチクランプ法によりCs+をチャージキャリアーとしたチャネル電流が観察されたが,TRPVチャネルを抑制するruthenium red,変異型TRPV2遺伝子導入,TRPV2 siRNAの投与により抑制された。このCs+電流はfMLP投与によって増加した。またfMLP投与により急速でかつ持続的な細胞内Ca2+濃度の増加が惹起されたが,細胞外液Ca2+の除去,ruthenium red投与,変異型TRPV2遺伝子導入,siRNA投与などにより持続相のCa2+上昇が消失し一過性の上昇になった。fMLP により惹起されるTRPV2の細胞膜へのトランスローケーションはPI-3キナーゼを抑制するワートマニンや百日咳毒素によりブロックされた。fMLPによるマクロッファージの遊走はruthenium red投与,変異TRPV2遺伝子導入,siRNA投与により抑制された。以上の結果から,マクロファージにおいて,fMLPは百日咳毒素感受性G蛋白を介するPI-3キナーゼ活性化に依存する機構によってTRPV2を細胞内から細胞膜へとトランスローケーションさせ,この機構が持続的な細胞質Ca2+濃度上昇さらにはマクロファージ遊走に関与していると結論された。

 

(6) 筋細胞変性のメカニズム〜筋ジストロフィー,心筋症の新しい治療ターゲット

岩田 裕子,片野坂友紀,重川宗一,若林繁夫(国立循環器病センター研究所)

 ジストロフィー筋細胞におけるストレッチ刺激によるCa2+ 流入の増大と筋細胞壊死の関係を解明し,ストレッチ感受性チャネルの病態形成における役割を検討した。この目的のため,心筋よりGRC/TRPV2をクローニングし,心筋症・筋ジストロフィー症筋細胞におけるTRPV2含量および局在変化を検討した。TRPV2を心筋細胞膜に過剰発現させたマウスを用いて病態形成における役割を検討した。

 TRPV2発現細胞は,成長因子,ストレッチ,浸透圧刺激等に反応して,細胞内から細胞膜へ局在変化し,Ca2+ 流入を増加させた。TRPV2の局在をしらべたところ,正常筋細胞では,細胞内および介在板(心筋)に存在し,ジストロフィンまたはデルタサルコグリカン(d-SG)欠損筋細胞では筋細胞表面膜に多く存在していた。一方TRPV2含量は両者筋細胞で大差なかった。心筋症ハムスター筋細胞へアデノウィルスベクターを用いてd-SG遺伝子を導入または,TRPV2アンチセンス遺伝子を導入することにより,細胞膜に存在するTRPV2が減少し,Ca動態の異常およびストレッチ刺激に対する細胞変性が軽減された。TRPV2を心筋細胞膜に過剰発現させたマウスは繊維化を伴う心筋症を呈した。

 ジストロフィン複合体異常基づく筋細胞変性にTRPV2を介するCa2+流入の増大が重要な役割を果たしており重要な治療ターゲットとなりうる可能性が示唆された。

 

(7) Microtubule-associated protein 7 類似蛋白(MAP7R)によるTRPV4機械受容の閾値の調節

鈴木誠(自治医大薬理)

 TRPV4は機械受容チャネルで,低浸透圧によるcell-swellで活性化される。これはアラキドン酸の放出からその代謝産物によると考えられている。しかし,TRPV4ノックアウトマウスでは圧力やせん断力での反応がなくなっており,生化学的経路のみで説明できない部分もありうる。我々はMAP7がTRPV4の結合蛋白である事を示した。しかし,この蛋白は機械受容の閾値は変化無く膜への移動に関与していた。今回MAP7Rを神経組織よりクローニングした。TRPV4のstable transform cellを作製し,さらにTRPV4+MAP7Rのstable transform cellを作製した。細胞内Caの変化から,TRPV4の活性化はMAP7Rによって2kPaから0.5kPa以下に有意に低下した。パッチクランプでもMAP7R+TRPV4細胞では直接膜を吸引する事で,活性を観察する事ができるようになった。MAP7Rは機械受容TRPチャネルの閾値を変えうるはじめての蛋白といえる。

 

(8) マウス蝸牛外有毛細胞におけるTRPV4受容体刺激による細胞内Ca2+動態

沈静,久保伸夫,山下敏夫(関西医科大学耳鼻咽喉科学教室)
原田成信(はらだ耳鼻科)
鈴木誠(自治医科大学薬理学教室)

 Ca2+透過性チャンネルと考えられている浸透圧感受性受容体(TRPV4)は,細胞内情報伝達機構において重要な役割を演じていることが明らかにされつつある。内耳液のイオン環境及び透過性の変化による局所の浸透圧変化は,蝸牛の外有毛細胞の運動能及び細胞内Ca2+濃度に影響を与え,結果聴覚機能になんらかの影響を与える可能性も考えられる。TRPV4の遺伝子が,蝸牛の内有毛細胞,外有毛細胞,螺旋神経節細胞,血管条margin細胞に発現していることは既に報告されているがその機能は不明であった。そこで我々は,野生型及びTRPV4 knock-outマウスを用い,蝸牛のTRPV4の発現,単離外有毛細胞における低浸透圧刺激による細胞内Ca2+動態について比較検討を行った。

 RT-PCR方法によって,野生型のマウス蝸牛においてTRPV4遺伝子の発現が検出されたが,knock-outマウスの蝸牛では陰性であった。single-cell RT-PCR解析により,TRPV4遺伝子は野生型マウス蝸牛の螺旋神経節細胞,外有毛細胞,内有毛細胞に発現していることが確認された。これらの細胞ではTRPV4免疫反応も陽性であったが,knock-outマウスにおいては,いずれの細胞でも陰性であった。又,低浸透圧刺激及びTRPV4のagonistである4a-PDDに対して,野生型マウス外有毛細胞の[Ca2+]i上昇が認められた。この上昇はTRPV受容体のantagonistであるRuthenium Red により抑制された。一方,TRPV4 knock-outマウス外有毛細胞では,低浸透圧刺激及び4a-PDDによる[Ca2+]i上昇が認められなかった。

 以上の結果から,TRPV4受容体が外有毛細胞における細胞内情報伝達機構において重要な役割を演じている可能性が考えられた。

 

(9) TRPV4シグナルはNaK-ATPaseをリクルートするか

伊村明浩(京都大学大学院医学研究科・先端領域融合医学研究機構)

 ヒト型老化疾患モデルマウスとして報告されたklotho(kl)マウスをヒントにして,Klotho分子の機能を解析してきた。Klotho分子は一回膜貫通型のI型膜タンパクであり,主として遠位尿細管,脈絡膜,上皮小体の細胞内の膜構造中に分布する。細胞膜表面に分布する量は少ないこと,また,膜貫通部位近傍で切断されて分泌され,体液中を循環することが判っていた。その細胞膜上での結合分子の探索のため,免疫沈降法とLC-MSによる解析を行ったところ,Na,K-ATPaseを同定した。Na,K-ATPaseは細胞膜内外のイオン濃度勾配を調節する基本的な分子である。Klothoは,細胞内部でNa,K-ATPaseとカップルすることで活性調節を行う分子ではないかと考え,脈絡膜のNa,K-ATPase発現を比較したところ,トータル発現量では差はなかったが,KOマウスのNa,K-ATPaseの細胞表面分布量は有意に低下していた。

 脳脊髄液は脈絡膜によってその大部分が産生されているが,その成分管理システムは知られていない。試みに脳脊髄液中のCa濃度を測定したところ,kl-KOマウスでは有意に低下していた。我々は,1. 脳脊髄液の成分管理にNa,K-ATPaseが関与している 2. 脈絡膜細胞自体に感知システムが備わっている 3. 感知システムが何らかの機構でNa,K-ATPaseの活性制御を行う という想定で仮説を立てた。脳脊髄液を感知するシステムに該当すると思われるセンサー分子を調べたところ,TRPV4が有力な候補の一つであると考えられるいくつかのデータを得た。現在我々は,Klotho分子はTRPV4シグナルに従ってNa,K-ATPaseを細胞膜にリクルートするための分子装置であると想像している。

 

(10) TRPチャネルとしてのマウスPKD2L1遺伝子の機能解析

村上 学,大場貴喜,徐 峰,佐藤栄作,尾野恭一,渡邊博之,伊藤 宏,飯島俊彦
(秋田大学医学部機能制御医学)

 多発性嚢胞腎(polycystic kidney disease;PKD)はPKD1(85%)あるいはPKD2(10%)の遺伝子変異により常染色体優勢遺伝をきたす疾患である。PKD分子はアミノ酸配列の類似性からtransient receptor potential (TRP)チャネルの一翼をになうと考えられている。本研究では残る5%の多発性嚢胞腎の原因遺伝子の候補として,マウスではそのcDNAクローンが知られていないPKD2L1に着目し,その全長cDNAおよびゲノム遺伝子構造を明らかにし,さらにTRPチャネルとしての陽イオンチャネル機能を解析した。

 PKD2L1はマウス染色体19C3に位置し,15のエキソンを有することが明らかになった。PKD2L1は生体に広く発現が認められた。HEK293細胞における単独発現では細胞膜よりも粗面小胞体(ER)に発現が多かったが,PKD1との共発現によりPKD2L1の多くは細胞膜表面へ移行すること,PKD1と結合すること,陽イオンチャネルを形成することが明らかになった。さらにアミノ酸C末端にあるcoiled-coil domainを削ることにより,上記の膜移行効果が消失したことから,PKD2L1のcoiled-coil domainがPKD1との結合に重要であることが明らかになった。さらにPKD2L1のアミノ酸配列上にER上に留まるための配列(ER retention signal: KDEL)に似た配列を2つ見出し,この配列がPKD2L1単独発現時における細胞内局在に重要であることが明らかになった。

【結語】PKD2L1はPKD1と結合することによりERから細胞膜表面へ移行し,陽イオンチャネルを形成する。本研究によりPKD2L1の異常により多発性嚢胞腎を来たす可能性が示唆された。

 

(11) 神経細胞死におけるTRPM2の中心的な役割

金子周司,川上聖子,伊藤悦子,南 利幸(京都大学大学院薬学研究科,生体機能解析学分野)
久米利明,赤池昭紀(京都大学大学院薬学研究科,薬品作用解析学分野)
原 雄二,若森 実,高田悠記,森 泰生(京都大学大学院工学研究科,分子生物化学分野)

 過酸化水素を初代培養ニューロンに暴露させると,短時間の内にニューロン死が惹起される。この過酸化水素誘発ニューロン死と,細胞内酸化還元状態によって開口が制御されているTRPM2チャネルとの関連について研究した。免疫染色法によって,ラット胎仔由来大脳皮質ニューロンの大多数でTRPM2タンパクの発現が確認された。培養ニューロンへの過酸化水素適用は,ニューロン死と同じ濃度範囲で,Ca2+流入による細胞内Ca2+濃度の上昇を引き起こした。クローニングしたラットTRPM2 cDNAの一次配列はNudixモチーフ領域でヒトやマウスとは異なっていたが,ヒト胎児腎臓由来(HEK)細胞に強制発現させると過酸化水素によるCa2+流入および細胞死が観察された。低分子干渉RNAを用いた遺伝子サイレンシングによって,TRPM2の発現低下に伴って,過酸化水素誘発Ca2+流入の減少と過酸化水素誘発ニューロン死の減少が認められた。これらの結果から,神経細胞においてTRPM2チャネルは神経の細胞内Ca2+調節と生存において重要な役割を果たしていることが示唆された。

 

(12) 細胞容積調節に関与するTRPM7チャネルの性質

沼田朋大,清水貴浩,岡田泰伸(生理学研究所機能協関,総研大生理科学専攻,日本学術振興会)

 動物細胞は異常浸透圧下での膨張後,速やかに正常容積へと復帰する能力を持つ。このRegulatory Volume Decrease (RVD)と呼ばれる容積調節は,膨張時に細胞内Ca2+濃度上昇が起き,それに引き続いてKCl流出と水流出がもたらされることによって達成される。HeLa細胞にパッチクランプ法を適用し,この際のCa2+流入経路と考えられる膜伸展感受性カチオンチャネルの性質を単一チャネルレベルで調べた結果,21 pSの単一チャネルコンダクタンスを持ち,膜伸展刺激,電位,阻害剤(Mg2+, ruthenium red, SKF96368, Gd3+)感受性を示した。ホールセルの電流成分は,細胞容積感受性,外向整流性,阻害剤感受性を示した。RT-PCR法でmRNAの発現を調べた結果,TRPM7の発現を確認した。さらにsiRNAを用い,TRPM7をノックダウンすると単一チャネル,ホールセル電流を抑制した。fura-2細胞内Ca2+測定法で,低浸透圧刺激によって実際にCa2+流入が起こり,これは阻害剤,siRNAにより抑制されることが確認された。RVD過程もまたこれらの阻害剤やsiRNAにより抑制されることが判明した。またHEK293T細胞にTRPM7を発現させ電流性質を調べた所,HeLa細胞に内在的に発現している電流性質と同様の結果を得た。従って,TRPM7チャネルがRVDをトリッガーするCa2+流入経路を与えることが明らかになった。

 

(13) 心肥大シグナルとTRPC1 チャネル蛋白

大場貴喜,渡邊博之,高橋陽一郎,伊藤 宏
(秋田大学医学部内科学講座 循環器内科学分野・呼吸器内科学分野)
村上 学,尾野恭一,飯島俊彦(秋田大学医学部・機能制御医学講座)

 心肥大形成において細胞内Ca濃度の上昇はcalcineurin/NFAT系を介した心肥大シグナルの活性化に関わっている。本研究では,細胞の増殖・分化に関連する新しいCa流入チャネルとして近年注目されているTRPチャネルについて,その心肥大形成における役割を検討した。

 新生仔ラット培養心筋細胞にエンドセリンによる肥大刺激を加えると,肥大心筋細胞では細胞表面積やBNP発現の増加とともにTRPC1チャネル蛋白のup-regulationが認められた。次にタプシガーギンで誘発されたストア作動性Ca流入(SOCE)を測定したところ,肥大心筋細胞では対象の約2.5倍に増加していた。HEK293Tを用いた発現解析では,TRPC1過剰発現細胞ではSOCE増加による細胞内Ca濃度上昇とともに,NFAT転写活性の亢進を認めた。これらの反応は,TRPC1のC端欠損体を共発現させると有意に抑制された。さらに免疫沈降法を用いた検討から,肥大心に発現しているTRPC1,C3,C5,C6,M4チャネル蛋白とTRPC1,その足場蛋白であるHomerはホモ/ヘテロ多量体によるチャネル複合体を形成していることが示唆された。TRPC1のup-regulationは腹部大動脈結紮ラットの肥大心でも認められ。正常ラット心発達過程では,TRPC1,Homerは胎生期に多く発現しており,新生期,成熟期と経時的に減少,肥大心でup-regulationするという胎児性心筋遺伝子産物の特徴を有していた。

 TRPC1チャネル蛋白は心肥大過程において再発現し,SOCE-NFAT転写活性を介して心肥大反応を制御していると考えられる。

 

(14) PLCg2とTRPC3の機能的相互作用によるB細胞受容体シグナルの増幅

沼賀 拓郎(総研大・生命・生理)
森 泰生(京都大学大学院工学研究科,分子生物化学分野)

 免疫B細胞において,B細胞受容体刺激に惹起される細胞内Ca2+濃度上昇は,細胞内ストアからの放出による一過的な上昇と,それに引き続く細胞外からの流入による持続的なオシレーションにより構成される。これまでに我々は,ニワトリ免疫系B細胞株であるDT40を用いて,Ca2+ 流入によるホスホリパーゼC (PLC) g2の,形質膜への集積を伴う活性化により,持続的なCa2+ オシレーションが制御されていることを報告した。また,PLCg2のこの活性化にはTRPC3との機能的・物理的相互作用が重要であることを示した。そしてこのPLCg2のCa2+依存的な活性化が,BCRシグナリングの増幅において重要であるということを提唱した。今回,DT40に内在的に発現するTRPC3のノックアウト(KO) 細胞株を作製した。その解析から,内在的TRPC3が,ジアシルグリセロール(DAG) 活性化チャネルを構成していることが示唆された。またTRPC3-KO細胞において,PLCg2の膜集積が抑制されることを明らかにした。この結果と一致してイノシトール3リン酸産生,およびCa2+オシレーションの抑制が観察された。一方,PLCg2のもうひとつの産物であるDAGについて,シグナル経路の解析を行った結果,TRPC3チャネルの欠損によりPKCbの形質膜への移行,およびERKの活性化が抑制されていることを明らかにした。これらのことから,TRPC3とPLCg2は,B細胞シグナル伝達全体を増幅させることを明らかにした。

 

(15) Desensitization and activation of mTRPC5 expressed in HEK cells

Insuk So (Department of Physiology and Biophysics, Seoul National University College of Medicine, Korea)

 The classical type of transient receptor potential channel (TRPC) is a molecular candidate for Ca2+-permeable cation channels in mammalian cells. TRPC5 are rapidly desensitized after activation by G protein coupled receptor. First, we investigated the desensitization process of mTRPC5 and localized the molecular determinants of the desensitization by mutagenesis. TRPC5 was initially activated by muscarinic stimulation with 100 mM carbachol and then decayed rapidly even in the presence of carbachol (desensitization). Increased EGTA and omitting MgATP in the pipette solution slowed the rate of desensitization. Protein kinase C (PKC) inhibitors, 1 mM chelerythrine, 100 nM GF109203X and PKC peptide inhibitor (19-36), inhibited the desensitization of TRPC5 activated by 100 mM carbachol. When TRPC5 current was activated by intracellular GTPgS, PKC inhibitors prevented the desensitization. Mutation of T972 to alanine slowed the desensitization process dramatically among 11 mutants. We conclude that the desensitization process of TRPC5 occurs via PKC phosphorylation and threonine at 972 residue might be important for PKC phosphorylation of mouse TRPC5.

Since TRPC channels have calmodulin (CaM) binding sites at their C-termini, we investigated the effect of CaM on mTRPC5. TRPC5 was initially activated by muscarinic stimulation with 50 mM carbachol and then decayed rapidly even in the presence of carbachol. Intracellular CaM (150 mg/ml) increased the amplitude of mTRPC5 current activated by muscarinic stimulation. CaM antagonists (W-7 and calmidazolium) inhibited mTRPC5 currents when they were applied during the activation of mTRPC5. Pretreatment of W-7 and calmidazolium also inhibited the activation of mTRPC5 current. Inhibitors of myosin light chain kinase (MLCK) inhibited the activation of mTRPC5 currents, whereas inhibitors of CaM-dependent protein kinase II did not. However, inhibitors of CaM or MLCK did not show any effect on GTPgS-induced currents. Application of both Rho kinase inhibitor and MLCK inhibitor inhibited GTPgS-induced currents. We conclude that CaM and MLCK modulates the activation process of mTRPC5 without any effect on the desensitization process.

 

(16) チロシンリン酸化によるTRPCチャネルの活性制御

久恒智博(理研・発生神経生物)
黒田有希子,中村健,道川貴章,水谷顕洋(東大医科研・脳神経発生分化)
中村京子,井上貴文(カルシウムオシレーション国際プロジェクト・科技団)
御子柴克彦(理研・発生神経生物,東大医科研・脳神経発生分化,
カルシウムオシレーション国際プロジェクト・科技団)

 様々な細胞外刺激は,PLCを活性化し,その結果TRPCチャネルの活性化を促す事が知られている。しかしながら,TRPCチャネルの詳細な活性制御機構は明らかにされていない。我々は,TRPC6チャネルがSrcファミリーチロシンキナーゼの一つ,Fynによりチロシンリン酸化されることを初めて明らかにした。また,EGF刺激によりTRPC6チャネルのチロシンリン酸化がCOS-7細胞内で増大すること,さらにシングルチャネルレコーデイング法によりFynによるTRPC6チャネルのチロシンリン酸化がそのチャネル活性を増大させることを明らかにした。現在,我々は,他のTRPCチャネルのチロシンリン酸化の可能性を調べている。

 

(17) 血管緊張度調節における機械刺激によるTRPC6チャネル増強作用の生理的役割

井上隆司(福岡大学医学部生理学)
Lars Jorn Jensen,伊東祐之(九州大学大学院医学研究院生体情報薬理学)
森泰生(京都大学大学院工学研究科合成生物)

 血管内圧の上昇は,‘myogenic response’と呼ばれる反射性血管収縮反応を引き起こす。本研究では,この反応の分子機序を明らかにする目的で,機械刺激による活性化が報告されているTRPC6チャネルの制御における血管収縮性メディエーター20-HETEの役割について検討した。

 TRPC6を過剰現したHEK293細胞にカルバコール(100mM)を投与し,続いて低浸透圧溶液暴露(HTS)による細胞膨張を引き起こすと,受容体活性化陽イオン電流(ITRPC6)の振幅は可逆的な増強を示した。HTSによるITRPC6の増強効果は,20-HETEの産生を選択的に阻害することが知られているHET0016(3-10mM)の前投与によってほぼ完全に抑制された。ラット腸間膜動脈第2,3分枝の筒状標本内を収縮発生の閾値に近い低濃度のフェニレフリン(0.05-1.0mM)で刺激し灌流内圧を増加させると,myogenic responseの著しい増強が観察された。HET00166 (10mM)による前処置は,このmyogenic responseの増強をほぼ完全に抑制した。

 これらの結果は,20-HETEの産生がラット腸間膜動脈の中枢部において,myogenic responseを媒介する重要な過程であることを示唆しており,この過程には,交感神経刺激によって既に活性化されている血管のTRPC6チャネルが,機械刺激によって更に増強されるという,ある種のsynergismが重要な役割を果たしていると考えられた。

 

(18) 脳毛細血管内皮細胞におけるTRPチャネルの生理的機能とSKチャネルとの機能連関

今泉祐治,山崎大樹,山村寿男,大矢進(名古屋市立大学大学院薬学研究科細胞分子薬効解析学)
村木克彦(愛知学院大学薬学部細胞薬理学)
浅井清文(名古屋市立大学大学院医学研究科分子神経生物学)

 脳血管内皮細胞において,TRPチャネルは主なCa2+流入経路として重要な生理的役割を果たしていると推測されている。本研究では,ウシ脳血管内皮不死化細胞(t-BBEC 117)を用い,ATP刺激に対する反応において作動するTRPチャネルの機能的役割とサブタイプの同定について検討した。ATP刺激による[Ca2+]i上昇には一過性上昇と持続相の2相が観察された。細胞外液をCa2+-freeにすることにより消失した持続相には,TRPC3が寄与していることを示唆する薬理学的な結果を得た。ホールセルクランプ下でATPにより惹起された膜電流は,主に非選択性陽イオンチャネル電流とアパミン感受性のCa2+活性化K+チャネル電流であった。RT-PCRによる検討によりt-BBEC 117にはTRPC1,TRPC3,TRPM7,SK2,P2Y1,P2Y2およびP2Y12が発現していることが示唆された。結果を総合すると,P2YX受容体をATP刺激することにより,SK2とTRPチャネル(TRPC3あるいはTRPC1と3の複合体と推定される)がそれぞれCa2+遊離とDAG産生を介して活性化される。SK2による細胞の過分極はTRPチャネルを介したCa2+流入を増幅させ,さらにこれが[Ca2+]iとSK2チャネル活性を高く保つと考えられる。t-BBEC 117細胞の増殖は適当な濃度の細胞外ATPにより促進され,その促進はSK2チャネルブロッカーにより抑制された。ATP作用時のSK2とTRPチャネルの相乗的な機能連関が脳血管内皮細胞増殖を促進させる可能性を示した。

 

(19) 心筋線維化におけるGa12/13を介したCa2+シグナリングの役割

西田 基宏(九州大学大学院薬学研究院)

 心筋線維芽細胞は,正常心筋細胞における細胞外マトリックスの維持や,障害心筋・不全心筋における線維化や免疫応答のメディエーターとして中心的役割を果たしている。三量体G12ファミリータンパク質G12/13は,様々なG protein-coupled receptorと共役し,様々な細胞応答を引き起こす。しかし,心臓におけるG12/13タンパク質の役割については未だ明らかでない。我々は,G12/13選択的阻害タンパク(p115-RhoGEFのRGSドメイン(p115-RGS))を用いて,アンジオテンシン(Ang) II受容体刺激によるGa12/13活性化が,Ang II刺激による活性酸素(ROS)生成およびMAP kinase活性化に関与することを明らかにした。また,心筋線維芽細胞では,Ang II受容体刺激によるG12/13の活性化が,ROS産生と細胞内Ca2+濃度([Ca2+]i)上昇を介してNFAT活性化を引き起こすことを明らかにした。Ga13活性化による[Ca2+]i上昇がSKF96365処置により完全に抑制されたことから,受容体活性化Ca2+透過型チャネルの活性化の関与が示唆された。Ga13を介したCa2+流入はinterleukin-6の発現誘導に関与していた。一方,心筋特異的にp115-RGSを発現させたマウスでは,大動脈狭窄により惹起されるコラーゲン産生が有意に抑制された。これらの結果は,Ga12/13が心臓の線維化応答に関与することを示唆している。

 

(20) 創薬標的としてのTRPチャネル

佐野頼方,稲村耕平,岡田英嗣,望月忍(アステラス製薬株式会社,研究本部,分子医学研究所)

 イオンチャネルに関する研究は,測定技術の進歩(パッチクランプ法など)や遺伝子クローニングにより飛躍的に進歩してきた。そして現在,ヒトゲノム情報をもとに網羅的なイオンチャネル遺伝子の単離,および解析が行なわれつつある。その結果,イオンチャネルが生体内において重要な生理機能を担っていることが明らかになりつつある。一方,現在医療現場で使用されている治療薬のうちおおよそ15%はイオンチャネルを標的としていることから,創薬標的分子としてもイオンチャネルが有効であることが期待されている。そこで我々は,イオンチャネル分子の生理機能解明を通して,創薬標的としてのイオンチャネル研究を行っている。イオンチャネルの生理機能解明には,イオンチャネル単体での機能,単離組織における機能,個体レベルでの機能などさまざまな情報を必要とする。この中から,我々は最も単純化された系としてクローン化された遺伝子の機能解析に着目し,創薬標的としてのイオンチャネル研究を行なっている。本研究会では,上記のイオンチャネル研究の中から特にTRPチャネルに着目し,創薬研究標的としての研究結果を報告する。

 

(21) 内皮細胞における膜伸展刺激によって誘発されるCa放出の分子機構

成瀬恵治(名古屋大学大学院医学研究科・細胞科学講座細胞生物物理学)

 伸展刺激に対してヒト臍帯静脈血管内皮細胞(HUVEC)は形態変化・タンパク質発現などさまざまな応答をする。我々のこれまでの研究から伸展可能PDMS(polydimethylsiloxane,シリコーン)膜上に培養したHUVECに伸展刺激によるカルシウム透過性機械受容(SA)チャネルを介したカルシウム上昇が重要であることが判明した。近年の研究によりTRPチャネルが機械受容チャネルの構成成分であることが報告され始めたので,HUVECにおける伸展依存性カルシウム上昇にTRPV2が関与しているかどうかを検討した。TRPV2をHUVECのcDNAライブラリより分離した。COS7細胞に一過性に発現させると伸展依存性カルシウム上昇が見られ,HUVECにTRPV2のsiRNAを導入すると伸展依存性カルシウム上昇は抑えられた。以上から,TRPV2がHUVECにおいて伸展依存性カルシウム流入に強く関与していることが示唆された。

 

          

このページの先頭へ年報目次へ戻る生理研ホームページへ
Copyright(C) 2006 National Institute for Physiological Sciences