生理学研究所年報 第28巻  
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分子生理研究系

神経機能素子研究部門

【概要】

 イオンチャネル,受容体,G蛋白質等の膜関連蛋白は,神経細胞の興奮性とその調節に重要な役割を果たし,脳機能を支えている。本研究部門では,これらの神経機能素子を対象として,生物物理学的興味から「その精妙な分子機能のメカニズムと動的構造機能連関についての研究」に取り組み,また,神経科学的興味から「各素子の持つ特性の脳神経系における機能的意義を知るための個体・スライスレベルでの研究」を目指している。

 今年度,これまでに引き続き,神経機能素子の遺伝子の単離,変異体の作成,tagの付加等を進め,卵母細胞,HEK293細胞等の遺伝子発現系における機能発現の再構成を行った。また,2本刺し膜電位固定法,パッチクランプ等の電気生理学的手法,細胞内Ca2+イメージング・全反射照明下でのFRET計測等の光生理学的手法,細胞生物学的研究手法により,その分子機能調節と構造機能連関の解析を行った。また,外部研究室との連携により,精製レコンビナント蛋白を用いた単粒子構造解析,遺伝子改変マウスの作成も進めている。以下に今年度行った具体的な研究課題とその内容の要約を記す。

 

内耳外有毛細胞のモーター蛋白プレスチンの
レコンビナント蛋白の精製と単粒子構造解析

久保義弘,山本友美
三尾和弘,小椋利彦,佐藤主税(産総研,脳神経情報)

 内耳外有毛細胞は,膜電位変化に伴い伸縮しその細胞長を変える。10kHz超という驚異的に高速の膜電位変化にまで細胞長伸縮が追従するため,その機構は長く関心の的であった。2000年に,膜電位を細胞長に変換する分子としてプレスチンが同定された。我々は,将来的にプレスチンの状況依存的構造変化を解析することを視野にいれ,単粒子構造解析法による構造解析に着手した。

 まず,プレスチンのC-末端にFLAG tagを付加したコンストラクトを作成し,バキュロウイルスベクターに組み込み,昆虫細胞 Sf9 に感染させた。膜画分を回収し,FLAG 抗体によるアフィニティ精製と,ゲル濾過により精製を行った。ゲルろ過におけるelution profile のマーカー蛋白との比較,および非変性ゲルを用いた電気泳動の結果から,プレスチン蛋白が 4量体であることが示唆された。精製産物のピーク分画を用い,酢酸ウランにより負染色して電顕撮影したところ,単一蛋白粒子像が観察された。量体数に関する仮定を含めずに,最初の数ラウンドの解析を進めたところ,4量体に最もよく合致する結果が得られた。4量体であるという仮定を取り入れて 3次元像の解析を行った結果,77 x 77 x 115Åの弾丸のような形状をしていることが明らかになった。さらに,細胞内領域に付加した FLAG tag に対する抗体の結合の様子から,弾頭側が細胞外側を向いていることが示された。

 

代謝型グルタミン酸受容体の多様な機能を制御する機構の解明

立山充博,久保義弘

 代謝型グルタミン酸受容体1型(mGluR1)は,記憶や学習に関係する「神経回路の可塑性」に重要な役割を担い,複数のG蛋白質(Gs,Gq,Gi)と共役して多様な細胞応答をもたらす。これまでにmGluR1を介するシグナリングの多様性が,受容体の活性型構造の差異により制御されることを報告したが,今年度,さらに,細胞骨格蛋白質の一種である4.1G蛋白質との会合によっても制御されることを見出した。これは,4.1Gとの共発現によりmGluR1のGs経路活性化が有意に抑制されたが,Gq経路の応答は抑制されなかったという結果から得られた知見である。また,mGluR1と相互作用することが知られているhomer1c蛋白質では,このような作用が見られなかったことから,特異的な制御機構であると考えられる。さらに,mGluR1のC末端遠位にある負電荷アミノ酸残基クラスターが会合に重要であることも解明した。現在,シグナリングの多様性に対して受容体C末端の果たしている役割について研究を進めている。

 

KCNE会合によるKCNQ1チャネル電位センサードメインの調節

中條浩一,久保義弘

 KCNQ1は電位依存性のK+チャネルであり,そのゲーティングの性質は補助サブユニットのKCNEファミリーの存在によって大きく変化する。我々はヒトKCNQ1遺伝子のS4ドメインのA226にシステイン変異を導入し,電位センサーの動きがKCNE1またはKCNE3存在下で変化するかどうか解析を行った。システインを修飾する化学物質MTSETまたはMTSESを,A226Cチャネルが発現するアフリカツメガエル卵母細胞に投与し,その修飾の速度から電位センサーの動きを解析した。その結果,KCNE1が共発現することで,KCNQ1チャネルの電位センサーの動きがおよそ13倍遅くなっていることを見出した。またKCNE3が共発現することで電位センサーはつねに上に(細胞外に向かって)上がったままになっていることも見出した。電位センサーの動きがKCNEによって調節されるという今回の結果は,KCNEによるKCNQ1電流の修飾のメカニズムを解明するにあたって,重要な知見となるものである。

 

イノシトールリン脂質による ATP 受容体チャネル P2X2
の脱感作とイオン選択性の調節

藤原祐一郎(現カリフォルニア大学サンフランシスコ校),久保義弘

 イノシトールリン脂質 (PIPn) は,種々のイオンチャネルの活性を制御することが知られている。我々は,ATP 受容体チャネルP2X2もまた PIPn によって調節を受けることを明らかにし,さらに,その構造基盤にアプローチすると共に,活性調節とポアの拡大現象との連関について解析した。ツメガエル卵母細胞を発現系として用いた 2本刺膜電位固定法による電気生理学的解析において,PI3 kinase のブロッカーは,P2X2チャネルの脱感作を加速した。また,C 末端細胞内部の膜貫通部位直下領域(近位細胞内領域)に存在する陽電荷を持ったアミノ酸残基の点変異 K365Q, K369Q によっても,脱感作は加速した。さらに,ATP 投与後,N-methyl-D- glucamine (NMDG) に対する透過性が一時的に増加し,その後,脱感作の進行に伴って減少すること,その減少速度が,PI3 kinase のブロッカー,および上記点変異により加速することを観察した。また,近位細胞内領域のレコンビナント蛋白を用いた解析により,ニトロセルロース膜上でのPIP およびPIP2に対する結合が確認された。さらに近位細胞内領域にEGFP を付加して培養細胞に発現させた実験により,この領域が細胞膜に結合していることが観察された。以上の結果から,細胞膜に存在するPIPnが,P2X2チャネル C末端の近位細胞内領域の陽電荷に富む領域に,静電的相互作用によって結合することによって,チャネル活性の維持とイオン選択性の調節に重要な役割を果たしていることが示唆された。

 

P2X2受容体チャネルの膜電位とATP濃度に依存したゲート機構

藤原祐一郎(現カリフォルニア大学サンフランシスコ校),Batu Keceli,久保義弘

 P2Xは細胞外 ATP によって活性化されるイオンチャネルである。電位センサーと考えられるような電荷を有するアミノ酸残基のクラスターはないため,膜電位依存性を持つチャネルとは認識されていない。

 我々は,ツメガエル卵母細胞を発現系として用い,二本刺し膜電位固定下で,ATP投与後の定常状態における P2X2チャネル電流と膜電位との関係を定量的に解析した。脱分極電位から過分極電位へのパルス刺激を与えた時,緩徐な内向き電流の活性化相が見られた。この活性化は,より高い脱分極電位に,より長く保持した時に,より顕著にみられた。このことから,膜電位に依存したゲート機構が存在し,過分極電位で開きやすいことが明らかになった。この活性化相は,細胞外のATP 濃度に依存性を示し,ATP 濃度が低い時は活性化が遅く,高い時は速かった。すなわち,ATP 投与後の定常状態において,P2X2チャネルは膜電位とATP 濃度に依存する「ゲート」機構を持つことが新たに示された。

 この機構の詳細を明らかにするために,ATP 結合部位,および,膜貫通部位のアミノ酸残基を変異させた変異体を作成し,現在,その機能解析を進めている。

 

内耳外有毛細胞に存在する膜電位作動性モーター蛋白質複合体の同定

伊藤政之,久保義弘

 プレスチンは,外有毛細胞に特異的に発現しているSLC26陰イオントランスポーターファミリーに属する蛋白である。プレスチン内部に抱え込まれたCl- が膜電位依存的にプレスチン分子内を translocate して分子の"カサ"が変化することが,外有毛細胞における膜電位-細胞長変換機構であると提唱されているが,その実態の真の理解にはまだほど遠い。我々は,プレスチンと相互作用し,内耳外有毛細胞内で膜電位作動性モーター蛋白質複合体を形成する分子群の同定を目指している。今年度,tag を付加した組換え蛋白を用いたプルダウン産物の2次元電気泳動法を用いた解析を進めたが,決定的な結合分子の同定には至らなかった。今後,本手法による解析を継続すると共に,酵母2ハイブリット法により,結合分子の探索を進める計画である。

 

カフェインによって活性化される細胞膜上受容体の分子同定

長友克広,久保義弘
齊藤修(長浜バイオ大学・バイオサイエンス学部)

 カフェインは,コーヒー等に含まれるキサンチン誘導体物質で,生体に対しては,中枢神経系の覚醒作用,筋の収縮作用,利尿作用等を示す。その作用機序として,覚醒作用に関しては,アデノシン受容体に阻害剤として作用してその機能を抑制することが,筋収縮については,細胞内Ca2+ ストアのリアノジン受容体に作用しCa2+ 放出を起こすことが,利尿作用に関しては,細胞内 phospohdiesterase を抑制することが,それぞれ想定されている。

 我々は,これまでに,機能解析の実験結果に基づいて小腸上皮細胞 STC-1の細胞膜上にカフェインに対する受容体が存在することを見いだした。この知見は,カフェインが,既知のものと全く異なる新しい作用機序を持つ可能性を示唆するものである。

 今年度,我々は,分子実態を明らかにする目的で,カフェインに対する細胞膜上受容体をコードするcDNAを,卵母細胞を発現系として用いる機能発現法によりクローン化する実験を開始した。Gq 応答を引き起こす新規の代謝型受容体を念頭にスクリーニングを行ってきたが,これまでのところ,単離には至っていない。今後,代謝型受容体以外の可能性も視野に入れて,スクリーニングを継続する計画である。

 

マウス小脳プルキンエ細胞における
平行線維刺激によるslow PSCsのlobule間における差異

石井裕,久保義弘

 代謝型グルタミン酸受容体1型(mGluR1)は小脳プルキンエ細胞における運動学習やシナプス可塑性に必要である。平行線維刺激はmGluR1aを介して2つのシグナル経路を活性化することが知られている。1つはGq経路であり,1つはslowなシナプス後電流(sPSC)である。小脳は10個のlobuleからなり,lobule間によって機能に差があることが明らかとなってきている。我々は,出生後14-17日の矢状断スライスを用いて,lobule間でsPSCが異なっていることを見いだした。AMPA受容体とGABAA受容体の阻害剤存在下でプルキンエ細胞からwhole-cell patch法により電流記録を行った。平行線維の高頻度刺激によりlobule 9では一過性の内向き電流が観察された。Lobule 10の一過性の内向き電流は,lobule 9よりもピークに達するまでの時間が長く,電流量は小さかった。また,内向き電流に先立ち,一過性の外向き電流が観察された。これらのことから,プルキンエ細胞における平行線維刺激によるsPSCは少なくともlobule 9と10で異なっていることが示唆された。

 

代謝型受容体mGluR1αおよびGABABR間の相互作用の異種発現系を用いた研究

松下真一,立山充博,久保義弘

 近年,小脳プルキンエ細胞において代謝型受容体であるmGluR1とGABABR間の相互作用が報告されている。mGluR1のグルタミン酸感受性が細胞外Ca2+ により増強されダイナミックレンジが拡大することが見出された。その後,このCa2+ の作用がGABABR阻害剤によりブロックされ,GABAB1Rノックアウトマウスにおいては消失し,細胞外Ca2+によるmGluR1のグルタミン酸感受性増強がGABABRを介して起きていることが報告された。我々は,まず,既に報告のある小脳からの両受容体の免疫共沈をHEK293T細胞系で再現することを試みた。その結果,2種のサブユニットGB1a/GB1bおよびGB2のヘテロダイマーから成るGABABRは,両サブユニットが存在するときのみならず,GB1a/GB1bまたはGB2単独の場合でもmGluR1aと免疫共沈することが判った。これらのサブユニット間の相互作用による細胞膜上発現レベルの変化を明らかにするために,細胞外領域に対する抗体を用いた免疫染色による解析を進めている。

 

分子神経生理研究部門

【概要】

 分子神経生理部門では哺乳類神経系の発生・分化,特に神経上皮細胞(神経幹細胞)からどのようにして全く機能の異なる細胞種(神経細胞,アストロサイト,オリゴデンドロサイトなど)が分化してくるのか,について研究を進めている。また,得られた新しい概念や技術は臨床研究への応用を視野に入れながら,病態の解析にも努力している。

 脳神経系では他の組織とは異なり多様性が大である。大げさに言えば,神経細胞は一つ一つが個性を持っており,そのそれぞれについて発生・分化様式を研究しなければならない程である。また,均一であると考えられてきたグリア細胞にも性質の異なる集団が数多く存在することも明らかとなってきた。そのため,他組織の分化研究とは異なり,細胞株や脳細胞の分散培養系を用いた研究ではその本質に迫るには限界がある。われわれはin vitro で得られた結果を絶えずin vivo に戻して解析するだけでなく,神経系の細胞系譜の解析や移動様式の解析をも精力的に行っている。

 近年,成人脳内にも神経幹細胞が存在し,神経細胞を再生する能力を有することが明らかとなった。この成人における神経幹細胞数の維持機構についても研究している。

 糖蛋白質糖鎖の解析法を開発し極めて微量な標品から構造解析可能となった。脳内において,新しい糖鎖構造を発見し,その生理学的意義について検討している。

 

グリア細胞の発生・分化

小野勝彦,竹林浩秀,池田和代,西澤匠,池中一裕

 Olig2は,運動ニューロン,オリゴデンドロサイトの発生に必須の分子である。前脳,間脳,脳幹など,さまざまな領域におけるOlig2陽性前駆細胞の時期特異的な細胞系譜解析を行った。前脳では,比較的遅い時期(胎生14日頃)まで,ニューロンを生み出すOlig2陽性細胞が存在することが明らかとなった。前脳Olig2陽性細胞は,GABAニューロンとコリナージックニューロンに分化すること,そして,胎生後期以降の前脳Olig2陽性細胞は,おもにアストロサイトに分化することが明らかとなった。脳幹のOlig2陽性細胞は,運動ニューロンのみならず,セロトニンニューロンにも分化することが示され,Olig2陽性細胞の分化多様性が明らかとなりつつある。

 アストロサイトにも,発生する場所に応じて,ニューロンと同様に様々サブタイプがある可能性を想定し,アストロサイトの多様性についての解析も進めている。

 

神経幹細胞の生成と維持

松下雄一,Akhilesh Kumar,村岡大輔,東幹人,成瀬雅衣,池中一裕,等誠司

 神経幹細胞は全ての神経細胞・グリア細胞の供給源であり,脳の構築に非常に重要であるにもかかわらず,その生成の分子機構は不明な点が多い。本グループは早期胚のepiblastにおいて神経幹細胞の前駆細胞である未分化神経幹細胞の培養に成功し,神経幹細胞の誘導にNotchシグナルの活性化が必須であることを解明した。今後もさらに,未分化神経幹細胞の誘導機構の解明を進める。そこで得られた知見をES細胞に適応し,試験管内でのES細胞から神経幹細胞の誘導を試みる。一方,神経幹細胞は成体脳においても一部の領域(海馬や嗅球など)に新生神経細胞を供給し,脳機能維持に必要であることが示唆された。特に,海馬における神経新生は,記憶や学習といった脳の高次機能と関係する可能性が指摘されている。本グループでは,成体脳における神経幹細胞を減少させる因子としてストレスに注目し,ストレスが神経幹細胞の自己複製能を低下させるメカニズムの解明を進めている。また,抗うつ薬や気分安定薬などの向精神薬が神経幹細胞の減少を回復させる可能性を示唆するデータを得ており,そのメカニズムも含めて今後も精力的に解析していく。

 

神経細胞の移動・軸索ガイダンス

渡辺啓介,竹林浩秀,西澤匠,池中一裕,小野勝彦

 脊髄の組織構築形成をモデルとして,回路網形成と細胞移動の制御機構を解析した。まず,一次求心性線維の脊髄内における回路網形成において,脊髄背外側部で一過性に発現するnetrin 1が抑制的に作用してwaiting periodを形成することを明らかにし報告した (Watanabe et al. Development, 2006)。ついで,脊髄背側部に由来するニューロンの腹側方向への移動のメカニズムに注目した。Olig3-lacZノックインマウスを用いて,LacZ陽性細胞を指標としてその移動を可視化した。さらに脊髄形成異常を呈する変異マウス(Netrin 1, DCC, Gli2などの欠損マウス)との交配により,背側部に由来する細胞の移動への影響を解析した。その結果,脊髄腹側部に発現するnetrin 1と移動細胞で発現する受容体DCCの作用により,誘因性に移動が制御されていることを見出した。

 

グリア細胞の異常と精神神経疾患

李海雄,市原有美,田中久貴,馬堅妹,山田元,田中謙二,東幹人,等誠司,池中一裕

 脱髄モデルマウスであるPLPトランスジェニックマウス(PLPTg)は,2ヶ月齢までに一度髄鞘がほぼ正常に形成され,Na+チャネル,K+チャネルはそれぞれ正常にクラスタリングする。5ヶ月齢頃から脱髄が始まり,K+チャネルのクラスタリングが崩れはじめ,8ヶ月齢までにNa+チャネルのクラスタリングも崩壊していく。中枢神経において跳躍伝導速度の低下が顕在化するが一般の運動能力は低下していない2-4ヶ月齢のPLPTgマウスを用い,京都大学・宮川剛博士と共同で詳細な行動解析を行ったところ,バーンズ迷路で参照記憶の障害があることが判明した。今後この行動変化の細胞・分子基盤の解析を進める。

 一方アストロサイトの障害モデルとして,Alexander病の原因遺伝子である変異GFAPを発現するトランスジェニックマウスを作出した。Alexander病の病理の特徴である GFAP凝集体は,変異GFAPがわずか30%過剰発現するだけで形成されることが明らかになった。GFAP凝集体の存在は内在 GFAPの発現を増加させ,別の中間径フィラメントであるネスチンを誘導したが,正常な中間径フィラメントを形成することなく凝集体にとり込まれていた。このモデルマウスでは海馬CA1のLTPが形成されやすいことや,カイニン酸全身投与でけいれんを起こしやすいことなど,神経回路異常を窺わせる変化が認められる。アストロサイトの細胞骨格異常が神経回路異常にどのように関与するのか,さらにこれがAlexander病の病態生理にどのように関与するのか検討していく予定である。

 

N結合型糖鎖の制御

鳥居知宏,等誠司,Akhilesh Kumar,山田元,伊藤磯子,池中一裕

 すべての細胞表面は糖鎖で覆われており,細胞間相互作用やシグナル伝達に深く関わっている。これまでに我々は (1)マウス,ヒト脳内に発現する糖鎖の割合は高い類似性示すこと,(2)脳内糖鎖発現パターンは個体発生の各時期で劇的に変化すること,(3)いくつかの糖鎖の発現量が顕著に変化することを明らかとした。本年度は詳細な解析方法である3D-HPLCでシアル酸付加糖鎖の構造解析を行い,大脳皮質の発達過程において劇的に変化するシアル酸糖鎖を同定した。その糖鎖は新規の構造であった。また,質量分析計を同定に組み込み,検出感度の上昇を図った。

 

細胞内代謝研究部門

【概要】

 細胞が刺激に対し適切に応答する細胞シグナリング機構の解明は命の謎と進化を解く鍵である。本部門では,電気生理学と先端バイオイメージングを用いてイオンチャネルや細胞内シグナル分子の動態を測定し,細胞応答に至るシグナルネットワークの時空間統御機構の解明を目指している。特に細胞の機械刺激受容/応答機構(細胞力覚機構)の解明を中心課題に設定して,細胞運動における機械シグナリングの役割,あるいは機械刺激に対する細胞骨格や接着斑の応答機構を調べている。また,受精機構についてCa2+動態を中心に解析している。さらに,シナプス可塑性に対する神経ステロイドの調節作用の分子機序についても研究を始めている。

 

力学環境に対する接着構造の応答の分子機構

平田宏聡
曽我部正博

 繊維芽細胞などの接着性細胞は,接着斑と呼ばれる超分子構造によって細胞外基質と接着する。接着斑では,細胞外基質の受容体であるインテグリンが,クラスターを形成し,多様な細胞質タンパク質の集積を介してアクチン骨格と結合している。接着斑におけるインテグリン−アクチン骨格間の結合強度は細胞内外の力学的環境に応じて変化するが,その分子機構は不明なままである。接着斑ではアクチンの重合が盛んであり,接着斑におけるF-アクチン量の調節はインテグリン−アクチン骨格間結合強度の調節に重要であることが想像される。そこで我々は,力学的負荷が接着斑でのアクチン重合に及ぼす効果について調べた。その結果,力学的負荷により接着斑におけるアクチン重合活性は高まること,また,このアクチン重合活性の増加には,アクチン調節関連タンパク質zyxinの接着斑への力学的負荷依存的な集積が関わっていることが明らかとなった。

 

破骨細胞におけるプロトン分泌制御機構の研究

久野みゆき

 破骨細胞は骨と接する細胞膜(波状縁)からプロトンや蛋白分解酵素を分泌し骨基質を溶解する。プロトン分泌の主体であるポンプ(Vacuolar-type H+-ATPase: V-ATPase)は13種のサブユニットから構成される複合分子である。ポンプ電流はチャネル電流に比べ小さく,native細胞から検出するのは容易ではないが,培養破骨細胞を用いて,さまざまな条件下でV-ATPaseのプロトン分泌能をリアルタイム定量することが可能となり,破骨細胞機能のネガティブフィードバックシグナルとなる細胞外カルシウムがV-ATPase電流を抑制することが証明できた。V-ATPaseは細胞内ライソゾーム膜から細胞膜にリクルートされ,また細胞膜から再度取り込まれる。このExocytosis・endocytosisの過程やサブユニットの集合・解離がCaによる抑制機構に関わるかどうかを現在検討している。

 

ウニ受精時の一酸化窒素(NO)増加の役割

毛利達磨
経塚啓一郎(東北大(附)浅虫海洋生物学研究センター)

 受精時のウニ卵ではカルシウム増加と同様に一酸化窒素(NO)の増加も起こるが,その機能やシグナル伝達についてはまだほとんどわかっていない。NO増加と内外のイオンの関係を調べるために電位固定法とNO感受性蛍光色素によるイメージングの同時測定を行った。NO増加は受精の最初のシグナルではなく細胞内カルシウム増加のピークの直後に増加することがわかった。次に「NO増加は酸素消費を抑制して有害な反応性酸素種(ROS)の産生を抑制している」という仮説をたて,NO増加を抑制した時とそうでない時とで酸素消費が異なるか検討した。酸素電極を用いて,受精時の酸素消費を測定したところ,NO吸収剤PTIO有無に関わらず,酸素消費量に違いは見られなかったことから,仮説は否定的であった。さらに受精時の呼吸増加に伴い増加すると考えられるNAD(P)Hの自家蛍光シグナルを測定すると,2相性の増加を示した。NAD(P)HシグナルはPTIO存在下では2相目の部分が抑制された。このことはNO増加は2相目のNAD(P)H増加のシグナルの原因であることを示している。現在その機能に付いてさらに研究を進めている。

 

神経ステロイドによる海馬シナプス長期増強の誘導機構

曽我部正博

 神経細胞で合成される多様なステロイド(神経ステロイド)はシナプス可塑性や神経傷害修復の昂進をはじめとした様々な神経薬理作用を示すことが知られている。我々はこれまでに,脳中で最も豊富な神経ステロイドpregnenorone sulphate (PREGS)に注目し,海馬シナプス可塑性に対する急性作用機序を調べてきた。その結果,PREGS自身が海馬シナプス伝達を長期増強する(chemLTP)と伴に活動依存的LTP誘導の周波数閾値を下げることを報告してきた。今回,PREGSの代謝産物で,かつPREGSよりもはるかに低濃度で作用するDHEAS (dehydroepiandrosterone sulphate)のラット脳海馬のシナプス伝達に対する作用機序を調べた。その結果,DHEASのスライス標本に対する急性投与は,短期増強は誘導するが,chemLTPは誘導せず,活動依存的LTP誘導にも効果がないことが分かった。しかし,DHEAS の一週間慢性投与は,活動依存的LTPのプライミングを導いた。このプライミングはPREGSのように刺激周波数閾値を下げるのではなく,刺激パルス数の閾値を下げるという様式で行われ,シナプス後膜を介したものであることが示唆された(Chen, et al., 2006a)。さらにその分子機構を調べたところ,DHEASはシナプス後膜のsigma1受容体に作用したのち,Srcキナーゼ依存的にNMDA受容体機能を促進し,その結果流入したCa2+が再びSrcを刺激するというポジティブフィードバック回路が働いて,NMDAリセプターを長時間感作することが分かった(Chen, et al., 2006b)。

 


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