生理学研究所年報 第28巻  
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細胞器官研究系

機能協関研究部門

【概要】

 細胞機能のすべては,細胞膜のチャネルやトランスポータやセンサーの働きによって担われている。機能協関研究部門では,容積調節や吸収・分泌機能や環境情報受容などのように最も一般的で基本的な細胞活動のメカニズムを,チャネル,トランスポータ,センサーなどの機能分子の働きとして細胞生理学的に解明し,それらの異常と疾病や細胞死との関係についても調べている。

 (1)「細胞容積調節の分子メカニズムとその生理学的役割」:細胞は容積を正常に維持する能力を持ち,このメカニズムには各種チャネルやトランスポータやレセプターの働きが関与している。これらの容積調節性膜機能分子,特に容積感受性クロライドチャネルやそのシグナルの分子同定を行い,その活性メカニズムと生理学的役割を解明する。

 (2)「アポトーシス,ネクローシス及び虚血性細胞死の誘導メカニズム」:容積調節能の破綻は細胞死にも深く関与する。これらの細胞死誘導メカニズムを分子レベルで解明し,その破綻防御の方策を探求する。特に,脳神経細胞や心筋細胞の虚血性細胞死の誘導メカニズムを生理学的に解明する。

 (3)「バイオ分子センサーチャネルの分子メカニズムの解明」:イオンチャネルはイオン輸送や電気信号発生のみならず,環境因子に対するバイオ分子センサーとしての機能を果たす。アニオンチャネルやATPチャネルの容積センサー機能およびストレスセンサー機能の分子メカニズムを解明する。

 

アポトーシス誘導時における調節性容積増大(RVI)の抑制

前野恵美,高橋信之,岡田泰伸

 細胞には容積を一定に維持するための細胞容積制御機構が備わっており,容積が減少した場合,それを刺激として,調節性細胞容積増大(RVI)が起こる。しかし,アポトーシス誘導時には,アポトーシス性細胞容積減少(AVD)という持続的な容積減少が起こる。このとき,細胞縮小後のRVIをAVDが凌駕するのか,それともRVIがアポトーシス時には抑制されているのかこれまで不明であった。しかし,アポトーシス刺激後,細胞に高浸透圧刺激を行うと正常なRVIが観察されないことから,後者であることが明らかとなった。また高浸透圧条件下でRVIを阻害するとアポトーシスが誘導されること,ならびにRVIを示さない細胞にイオントランスポータを発現させてRVIを起こさせると,高浸透圧刺激によるアポトーシスが抑制されることから,RVIが高浸透圧条件下での細胞に生存に重要であることが明らかになった。この結果は次の論文に報告:Maeno et al. 2006 FEBS Lett 580,6513-6517.

 

細胞縮小により活性化されるカチオンチャネルを抑制すると,
浸透圧性細胞縮小のみでアポトーシスが誘導される

清水貴浩,Wehner Frank(マックスプランク分子生理学研究所),岡田泰伸

 細胞縮小により活性化されるカチオンチャネルHICCは,浸透圧性細胞縮小後の調節性容積減少 (RVI) に寄与する。アポトーシス時には持続的な細胞縮小が伴われることから,RVI抑制による浸透圧性細胞縮小の持続がアポトーシスを誘導するかをヒト上皮HeLa細胞において検討した。高浸透圧負荷は,元来RVIを示すこの細胞の生存率に影響を与えなかったが,HICC阻害剤であるフルフェナミン酸,Gd3+を投与すると,アポトーシスが引き起こされた(図1)。これら阻害剤がアポトーシスを生じる濃度依存性は,HICC電流のこれら阻害剤に対する感受性と相関していた。以上の結果は,RVIに寄与するHICCの機能抑制が浸透圧性細胞縮小を持続し,アポトーシス誘導することを示している。この結果は次の論文に報告:Shimizu et al. 2006 Cell Physiol Biochem 18, 295-302.

図1:HICC/RVI抑制下では高浸透刺激のみがアポトーシス刺激となる

図1:HICC/RVI抑制下では高浸透刺激のみがアポトーシス刺激となる

 

持続的細胞縮小はアポトーシス誘導の十分条件である

温井美帆,清水貴浩,前野恵美,岡田泰伸

 アポトーシス死には持続性細胞縮小apaptotic volume decrease(AVD)が伴われる。この発生を阻止すると,アポトーシス死が救済されるので,AVDはアポトーシスの必要条件である。今回,AVDは十分条件でもあることを示した。

 細胞外液中のCl-を等浸透圧的に大部分他の大型アニオンに置き換えると,ヒト上皮HeLa細胞は持続的に縮小し,アポトーシス死が誘導された(図2)。この結果は次論文に報告:Maeno, Shimizu & Okada 2006 Acta Physiol 187, 217-222.

 次に,細胞外液中のすべてのNa+を等浸透圧的に取り除いたところ,HeLa細胞は持続性細胞縮小を示した後にアポトーシスに陥った(図2)。この細胞縮小を阻止するとアポトーシスも抑制された。この結果は次の論文に報告:Nukui, Shimizu & Okada 2006 J Physiol Sci 56, 335-339.

図2:細胞外Na+除去やCl-濃度減少による持続的細胞縮小化とアポトーシス誘導のメカニズム

図2:細胞外Na+除去やCl-濃度減少による持続的細胞縮小化とアポトーシス誘導のメカニズム

 

アストロサイトからの虚血/細胞膨張時におけるグルタミン酸放出は
二つのアニオンチャネルによってもたらされる

Liu Hong-tao,Sabirov Ravshan,井上 華,岡田泰伸

 グルタミン酸は脳における重要な細胞外シグナル分子である。グルタミン酸は虚血刺激や低浸透圧刺激によってアストロサイトから放出されるが,その放出路にはギャップジャンクションヘミチャネル,エキソサイトシス,Na-グルタミン酸コトランスポータ逆回転などのいくつかの説があった。しかし,培養マウスアストロサイトからの虚血性/細胞膨張性グルタミン酸放出は,これらいずれの阻害剤によっても影響を受けなかった。これに対し,細胞膨張時に開口し,グルタミン酸透過性を示す容積感受性外向整流性(VSOR)アニオンチャネルとマキシアニオンチャネルの阻害剤によって,グルタミン酸放出は抑制を受けた。それゆえ,図3のようなモデルが考えられた。これらの結果は次の論文に報告:Liu et al. 2006 Glia 54, 343-357.

図3:アストロサイトからの虚血性グルタミン酸の放出路への二種類のアニオンチャネルの関与

図3:アストロサイトからの虚血性グルタミン酸の放出路への二種類のアニオンチャネルの関与

 

マキシアニオンチャネルの分子実体はVDACであるという通説は誤りである

Sabirov Ravshan,Craigen William(ベイラー医科大学),岡田泰伸

 マキシアニオンチャネルは多くの細胞に発現し,細胞外シグナルATPを細胞内から放出する通路を与えている。ミトコンドリアのポリンとよばれるアニオンチャネルの分子実体はVDACであるが,これに形質膜発現型イソホームの存在が知られるようになり,この形質膜VDACがマキシアニオンチャネルの本体と広く考えられるようになった。VDACには3種のイソホームがあるが,VDAC1/3のダブルノックアウトマウス由来の線維芽細胞にも,更にはこれにsiRNA法によってVDAC2をノックダウンをした場合にも,マキシアニオンチャネル活性は何らも影響を受けなかった。これらの結果は次の論文に報告:Sabirov et al. 2006 J Biol Chem 281, 1879-1904.

 


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