生理学研究所年報 第28巻
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生体情報研究系

感覚認知情報研究部門

【概要】

 感覚認知情報研究部門は視知覚および視覚認知の神経機構を研究対象としている。我々の視覚神経系は複雑な並列分散システムである。そこでは数多くの脳部位が異なる役割を果たしつつ,全体として統一のとれた視知覚を生じる精巧な仕組みがあると考えられる。また二次元の網膜像から世界の三次元構造を正しく理解できる仕組みもそなわっている。視知覚におけるこれらの問題を解明するために,大脳皮質を中心とするニューロンの刺激選択性や,異なる種類の刺激への反応の分布を調べている。具体的な課題として(1)初期視覚野における輪郭とその折れ曲がりの表現,(2)大脳皮質高次視覚野における色選択性ニューロン活動と知覚の関係,(3)色カテゴリー識別時の視覚野ニューロン活動,(4)大脳皮質における視覚的注意のメカニズム,(5)fMRIによるサル大脳視覚野活動計測,などに関する研究を行った。

 

初期視覚系における輪郭線の折れ曲がりの表現

伊藤 南,浅川晋宏
Yi Wang (Center for Brain and Cognitive Sciences Institute of Biophysics, Chinese Academy of Sciences)

 我々は物体の形状を認識する過程を明らかにするために,注視課題を遂行中に第二次視覚野より単一細胞記録を行い,図形の輪郭に含まれる折れ曲がりに対して選択的な反応を示すニューロンが第二次視覚野に多数存在することを見いだした。本年度はその神経メカニズムを明らかにするために以下の研究を行った。1.Linear-Nonlinear型のモデルによるシミュレーションを行い,大多数のニューロンで刺激中に含まれる個々の半直線成分に対する興奮性又は抑制性の反応の線形和により折れ曲がりに対する選択性が説明できることを示した。2.①拮抗阻害剤の局所投与等の薬理学的な手法により抑制性入力が占める役割を明らかにする,②逆相関法により興奮性/抑制性入力の受容野内外における空間分布の偏りの視点から折れ曲がりに対する選択性を再検討する為に,麻酔標本による記録実験系を新たに立ち上げた。次年度へ引き続き記録を継続中である。

 

サル下側頭皮質色選択性ニューロン活動と色知覚の関係

松茂良岳広,鯉田孝和,小松英彦

 サルの下側頭皮質TE野色選択ニューロン活動と色知覚の関係について調べるために,わずかな色の差を識別する近似色選択課題をサルに行わせ,課題遂行中のサルの色判断とニューロン活動の関係を定量的に調べた。ROC解析により求めたニューロン活動にもとづく色弁別閾と,同時に得られたサルの行動から求めた色弁別閾を比較すると一般的にはニューロンの方がサルの弁別能力よりも低かった。次に試行ごとの個々のニューロン活動の揺らぎと,サルの色判断の揺らぎの相関をROC解析により定量的に調べた。その結果,サルの色判断とTE色選択性ニューロンの活動には一般的に正の相関がみられた。一方,ニューロンの色に対する感度の鋭さと色判断に対する貢献度との間には相関が無かった。これらの結果から,TE野においては多数の色選択性ニューロン集団の活動がサルの色判断行動に寄与していることが示唆された。

 

色カテゴリー識別時の視覚野ニューロン活動

鯉田孝和,小松英彦

 弁別とカテゴリー化は視知覚の二つの異なる側面である。これは色知覚においても顕著に見られる。同じ色刺激を見ても,細かい色の識別を行わないといけない状況と,細かい色の差は無視してカテゴリー判断を行わないといけない状況では動物が表出する反応は異なる。このように同じ色刺激に対して状況によって異なる反応を行う時に,下側頭皮質前部の色選択ニューロンの活動が変化することはすでに報告した。今年度は,この変化が上の二つの機能にどのように関わっているかを詳しく分析した。カテゴリ課題時にはサルは呈示された色刺激が赤か緑かを判断することが要求される。このような判断を行うことに寄与する信号が課題の間でどのように変化するかを調べたところ,カテゴリ課題時に増大し弁別課題時に減少することがわかった。このことは,課題依存的な下側頭皮質前部のニューロン活動の変化の主要な意義はカテゴリ課題の遂行を助けることにあることを示している。

 

視覚選択における後頭頂連合野の機能的役割

小川 正,小松英彦

 視野内で目標とする物体を探す視覚探索を行うときの後頭頂連合野機能を,サルの頭頂間溝外側部(LIP,7a)からニューロン活動を記録することによって調べた。実験では,複数刺激の中で色または形次元で目立つ刺激を選択して眼球運動を行うことが要求され,どちらの特徴次元で目標を探索するかは試行ブロックごとに切り替えた。実験の結果,(1)受容野内の刺激が目標となる場合であっても,目標刺激が最適な色・形特徴を有し,かつ特定の特徴次元で目立つ場合にのみ活動強度を増大させるニューロン群と,(2)目標刺激の視覚的属性にかかわりなく活動強度を増大させるニューロン群が見出された。視覚的属性に依存した選択過程と依存しない選択過程が同一領野に存在することから,後頭頂連合野は視覚情報から運動情報への変換過程の重要な一部を形成していると考えられる。

 

機能的核磁気共鳴画像法(fMRI)によるサル視覚皮質における機能地図計測

郷田直一,原田卓弥,伊藤南,小川正,小松英彦(感覚認知情報)
豊田浩士,定藤規弘(心理生理学)

 機能的核磁気共鳴画像法(fMRI)には一度に大脳皮質の広い領域の活動を計測できる特長があり,サルを用いたfMRIは,単一ニューロン活動記録法等との併用による多面的研究アプローチを可能にする手法として期待されている。本年度は,前年度に開発したサルfMRI実験システムを用い,2頭のサルについて,運動ランダムドット刺激や物体画像刺激,色モンドリアン刺激等の種々の視覚刺激に対する反応を計測し,視覚皮質における運動・形・色情報処理に関する機能地図及び視野地図について検討した。その結果,運動・形・色に強い反応を示す領域は高次視覚領野においてそれぞれ複数の小領域に局在していることが明らかになった。特に,色に対する反応小領域の位置は,電気生理実験により他のサルにおいて色選択性ニューロンが多数見出されている位置とも対応しており,それら小領域の機能的重要性が示唆される。

 

 

神経シグナル研究部門

【概要】

 昨年に引き続き,シナプスの可塑性,神経回路の機能,チャネル異常による神経疾患の病態等に関する研究を,主に電気生理学的な手法で行った。

 

Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼIIによる海馬シナプス可塑性の制御

山肩葉子,井本敬二(生理研),小林静香,真鍋俊也(東京大医科研),
梅田達也,井上明宏,岡部繁男(東京医科歯科大)

 海馬CA1領域におけるシナプスの長期増強(LTP)は,高次脳機構のひとつである学習・記憶の細胞・分子メカニズムを解明するための基本モデルと考えられ,LTPに関与する分子について,多くの研究が進められてきた。中でも,Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII(CaMKII)はLTPに必要な分子として注目を集めている。我々は,CaMKIIαのATP結合に必要なアミノ酸残基を置換することにより不活性型としたノックインマウス(K42R)を新たに開発し,このマウスを用いてCaMKIIが上記機能に果たす役割について,検討を進めている。具体的には,海馬組織を用いた生化学的解析,海馬スライス標本を用いた電気生理学的解析,海馬培養神経細胞を用いた細胞生物学的解析,マウスの行動学的解析といった多方面からのアプローチを駆使することにより,総合的な理解を目指している。

 

皮質視床シナプスによる視床投射細胞への興奮性-抑制性の調節機構

宮田 麻理子,井本 敬二

 皮質視床シナプスは視床投射細胞に興奮性シナプスを形成すると同時に,その側枝は,抑制性細胞である網様体細胞にシナプスを形成し,網様体細胞から視床投射細胞に抑制性シナプスを作ることで,皮質視床シナプスは視床に対しfeed forward inhibitionも与える。皮質視床シナプスの興奮性-抑制性入力の精巧なバランス調節が,感覚情報処理に重要と考えられているが,その調節機構はシナプスレベルで殆ど明らかになっていない。我々は皮質視床シナプスのカイニン酸受容体によるシナプス前性機構に着目した。視床投射細胞と網様体細胞から皮質視床シナプスEPSCを同時に記録して,外液に極薄い濃度のカイニン酸投与すると,カイニン酸受容体を介するシナプス前性作用が,投射細胞に対してはシナプス伝達を抑制し,網様体細胞に対しては促進した。この効果は,皮質視床シナプス伝達による内因性グルタミン酸においても同じであった。

 

小脳顆粒細胞−介在ニューロン間興奮性シナプス伝達のペアパルス増強

佐竹伸一郎,井本敬二

 小脳スライス‐パッチクランプ法を用いて,顆粒細胞軸索(上向性線維および平行線維)の電気刺激に伴い分子層介在ニューロンから記録される興奮性シナプス後電流(EPSC)の性質を調べた。30〜100ミリ秒間隔で2発ペアパルス刺激を与えると,2発目EPSCの振幅値と減衰時定数が著しく増大した。薬理学的検討や量子解析を行い,EPSC振幅増大はシナプス小胞の放出確率および放出多重性の増強,減衰時間増大は遅延したシナプス小胞放出の増強により惹起されたことを示唆する結果を得た。引き続き,活動電位の連続発生がシナプス小胞放出過程を増強する分子基盤について検討している。

 

2種類の同期タイミングを識別する神経回路

井上 剛,井本 敬二

 神経回路は,神経細胞とシナプスによって構築される。神経回路における信号処理能力は,そのシナプス配線ルールに強く依存する。すなわち,どのようなシナプス配線図が,どのような信号処理能力を有しているのか対応させていくことは重要である。今年度我々は,視床―大脳皮質神経回路に着目し,視床由来の2種類の同期的入力(同時入力と時間のずれた入力)を識別することが可能な神経回路の配線ルールを探索した。その識別は,収束性と発散性が組み合わさった特徴的なフィードフォワード抑制回路で達成可能であることがわかった。その神経回路配線図において,もし大脳皮質抑制神経細胞である fast-spiking (FS) 細胞が脱分極していた場合,同時入力の方がより強く大脳皮質4層主要細胞を興奮させた。しかしながら,同一神経回路にもかかわらず,もしFS細胞が比較的過分極していた場合,時間のずれた入力の方がより強く大脳皮質4層主要細胞を興奮させた。

 

Totteringマウスにおける欠神発作と大脳基底核回路との関係

加勢大輔,井本敬二

 欠神発作の発生には視床−大脳皮質回路が強く関与していることが知られているが,てんかん波の伝播において大脳基底核回路が関与している可能性が,欠神発作モデルラットを用いた実験により示唆されている。しかしスライス標本を用いたシナプスレベルでの解析は行われていない。

 本研究では欠神発作モデルマウスのtotteringマウスを用いて,欠神発作と大脳基底核回路との関係をin vivo及びin vitroの実験により詳細に評価することを目的としている。

 2006年度はin vivoの実験を主に進め,てんかん波の測定システムを立ち上げた。これまでにグルタミン酸受容体拮抗剤の黒質への投与により,投与後のてんかん波の発生頻度が減少する傾向が見られている。

 


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