生理学研究所年報 第28巻 | |
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統合生理研究系感覚運動調節研究部門【概要】 2006年度は3名の総合研究大学院大学生(後期3年過程3名)と4名の博士研究員(望月秀紀君,赤塚康介君,田中絵実さん,本多結城子さん)が新たに仲間に加わった。逆に,総研大学生,博士研究員として4年間共に研究を続けてきた中田大貴君が名古屋大学医学部に博士研究員として移った。現在,留学しているのは,藤岡孝子さん(カナダ・トロントのRotman Institute),和坂俊昭君(米国NIH),岡本英彦君(ドイツ,ミュンスター大学)の3名である。また木田哲夫君が8月より米国NIHに留学した。また総研大卒業生(現在は名古屋大学医学部の博士研究員)の野口泰樹君はカリフォルニア工科大学に留学している。このように人事はかなり変動しているが,常に20名近くの研究者が共に研究にいそしんでいる。 医学(神経内科,精神科,小児科など),歯学,工学,心理学,言語学,スポーツ科学など多様な分野の研究者が,体性感覚,痛覚,視覚,聴覚,高次脳機能(言語等)など広範囲の領域を研究しているのが本研究室の特長であり,各研究者が自分の一番やりたいテーマを研究している。こういう場合,ややもすると研究室内がバラバラになってしまう可能性もあるが,皆互いに協力し合い情報を提供しあっており,教室の研究は各々順調に行われている。脳波と脳磁図 (MEG)を用いた研究が本研究室のメインテーマだが,最近はそれに加えて機能的磁気共鳴画像(fMRI),近赤外線分光法(NIRS),経頭蓋磁気刺激(TMS)を用いた研究も行い成果をあげている。 共同研究も順調に進んでいる。国際的にはドイツ,ミュンスター大学のPantev教授の研究室,トロントのRotman Institute のRoss教授の研究室,NIHのHallett教授の研究室,イタリアのChieti大学のRomani教授の研究室との共同研究が着実に成果をあげている。また,国内では生体磁気共同研究が6件行われており,また中央大学とは乳児のNIRS記録により興味ある結果を得つつある。 研究員一同,より一層の努力を続けて質の高い研究を目指していきたいと思っている。
視覚性運動情報処理の新しい考え金桶吉起 物体の運動は,その方向と速度によって規定されるベクトルである。そして動物の視覚野は少なくとも局所においては,運動をベクトルとして検出している可能性が指摘されている。しかし,視野の広い範囲に広がる複雑な運動が全体としていかなる意味をもつかを認識する過程では,局所的な運動がなんらかの方法で空間的に統合される必要がある。このとき,局所運動がそのままベクトルとして空間統合されると考えると大変複雑な神経機構が必要になり,またベクトルによる空間統合とは矛盾する実験結果も多い。そこでScalar fields theory が提唱された。この説によると,運動情報は速度のみ,あるいは方向のみの物理量をもとに空間的に統合されることになる。これは色と運動情報の空間的統合がmisbinding される錯視を用いて検証された。またこの説によると,初期視覚野は古典的な考えである階層的情報処理の最下位にあるのではなく,他の皮質に局所情報を必要に応じて受け渡すという並列的情報処理にかかわることになる。これは最近の生理学的,心理学的実験結果と合致している。 (Prog. Neurobiol. 80, 219-240, 2006; Neuroreport 17, 1841-1845, 2006)
ヒト視覚野での情報処理の流れ乾幸二,柿木隆介 右目へのフラッシュ刺激による皮質活動の時間的,空間的詳細をMEGを用いて検討した。8ヶ所の皮質部位の活動が認められた。最初の活動は第一次視覚野(V1)にあり,平均の立ち上り潜時は27.5msであった。続いて,左V6,両側V2(背側および腹側),左V5,両側V4相当部位が活動した。それぞれの立ち上り潜時は31.8(V6),32.8(左V2v),32.2(右V2v),33.4(左V2d),32.3(右V2d),37.8(左V5),46.9(左V4)及び46.4ms(右V4)であった。従って,皮質―皮質連絡に要する時間はおよそ4-6msであり,聴覚や体性感覚でのデータと同等である。さらに,V1,V2,V5,V6の活動様式は他の感覚系と同様に三相構造を示した。これらの結果より,各感覚系に共通する情報処理様式があるものと考えられた。 (J Neurophysiol 96: 775-784, 2006)
侵害情報を伝える複数のヒト脊髄視床路の証明辻健史,乾幸二,柿木隆介 動物では侵害情報は脊髄後角のレベルで既に二つの異なる処理経路に分かれるとされているが,ヒトでの知見は乏しい。背部中央の異なるレベル(C7,Th10)を刺激することで得られる大脳誘発電位を用いることで,侵害情報が複数の伝導路で脊髄内を上行するか否かを検討した。C7,Th10いずれのレーザー刺激でも,明瞭な活動が刺激対側第一次体性感覚野(S1),両側弁蓋領域及び帯状回に認められた。C7刺激とTh10刺激の背部での距離と誘発活動の潜時差より脊髄内の伝導速度(CV)を算出すると,S1のCV(16.8m/s)が他の二者(弁蓋9.3,帯状回10.1)よりも有意に早く,侵害情報が少なくとも二つの異なる経路で伝達されることが確認された。 (Pain 123: 322-311, 2006)
触覚による痛覚抑制の皮質機序乾幸二,辻健史,柿木隆介 痛む部位をさすると除痛効果のあることは古くから知られているが,その機序は明らかではない。とりわけ,多くの研究がその責任部位を脊髄に求めて行われてきたために,皮質での抑制機序は全く考慮されてこなかった。触覚および痛覚刺激を,種々のタイミング(CT interval -500から500ms)で背部に与え,誘発脳磁場を記録した。痛覚刺激誘発皮質活動は,触覚刺激を先行して呈示した場合と,20-60ms遅れて呈示した際に顕著に抑制された。侵害情報は,CTI -60とCTI -40,CTI -20msの条件では触覚信号よりも先に脊髄を通過しており,この抑制が脊髄レベルで生じたものでないことが明瞭である。さらに,CTI -40とCTI -60msの条件では,侵害情報は皮質へも触覚情報よりも先に到達しており,侵害刺激による皮質活動は,遅れて皮質に到達した触覚信号によっても強力に抑制されることが判明した。 この結果は,MelzackとWallの関門制御説を積極的に否定するものではないが,少なくとも本実験の条件下では,脊髄の関与を見いだすことはできなかった。 (Cereb Cortex 16: 355-365, 2006)
ヒト聴覚野での階層処理乾幸二,軍司敦子,三木研作,柿木隆介 サルでは,聴覚情報は第一次聴覚野(core),次いでそれをとりまくbelt領野さらにそれをとりまくparabelt領野の順に階層的に処理されることが知られているが,情報伝達の詳細は明らかではない。ヒトでの知見は乏しい。本研究では,クリック音刺激により誘発される皮質活動の活動様式とタイミングをMEGを用いて詳細に検討した。 刺激対側半球に,6ヶ所の皮質活動を認めた。Heschl回内側部(第一次聴覚野),Heschl回外側部,頭頂葉後部(PPC),上側頭回前部,上側頭回後部及びplanum temporale (PT)が順次活動し,それぞれの立ち上り潜時は,17.1,21.2,25.3,26.2,30.9,47.6msであった。この結果は,聴覚情報が側頭葉平面を内側から外側に向かって順次処理されていくことを示す。また,後上方へ向かう経路(後部上側頭回,PPCあるいはPT)と,前方へ向かう経路(前部上側頭回)の,少なくとも二つの処理経路を示唆され,並列階層処理の概念に矛盾しない。 (Cereb Cortex 16: 18-30, 2006)
C線維信号による脳活動fMRI研究秋云海,野口泰基,本田学,中田大貴,田村洋平,田中悟志,定藤則弘,王暁宏,乾幸二,柿木隆介 fMRIを用いて,末梢(手背)のC受容器刺激による脳活動とA-delta受容器刺激による脳活動を直接比較した。刺激にはYAGレーザーを用いた。いずれの刺激も視床,第二次体性感覚野,島および24/32野(主に前部帯状回後部,ACC)を活動させたが,ACC上部,pre-SMA,島の活動はC刺激で有意に強かった。このことから,A-deltaとCの脳内処理に違いがあることが示された。C受容器はsecond painに関わることから,情動あるいは動機付けの側面により強く関わると考えられる。C受容器刺激で有意に強活動を示した上記皮質部位がこれらの側面に関わっていると考えられる。 (Cereb Cortex 16: 1289-1295, 2006)
MEG,ERG同時計測による初期視覚野活動のタイミングの検討乾幸二,山南浩実,三木研作,金桶吉起,柿木隆介 視覚刺激による最も早いヒト皮質活動の部位と潜時については様々な報告があり一定していない。本研究では網膜電図(ERG)とMEGを同時計測することにより,MEGで得られた最初の活動が,最も早い活動として妥当かどうかを検討した。刺激は右目へのフラッシュ刺激で,500回の試行結果を加算した。ERGのa波頂点潜時は,平均20msであった。最も早いMEGの成分は37ms頂点(37M)で,立ち上りは30.2msであった。A波頂点は概ね信号が網膜を出発するタイミングを反映しており,37M(a波から10ms後)の潜時は,網膜−皮質伝導時間を考慮すると,最初の皮質活動として妥当であると考えられた。 (Neuroimage 30: 239-244, 2006)
Go/Nogo課題における筋出力強度と運動抑制の関係性について中田大貴,乾幸二,和坂俊昭,田村洋平(東京慈恵会医科大学神経内科),赤塚康介,木田哲夫,柿木隆介 ヒト脳における運動遂行と抑制過程の関係性について検討を行なった。その関係性を検討するために,本実験では経頭蓋磁気刺激法を用いた。結果として,被験者が行なう課題において,筋の収縮力が増大すればするほど,運動遂行過程における運動誘発電位の振幅が増大した。これは一次運動野の興奮性が筋の出力強度の増加と共に増大していることを示唆した。これとは別に,運動抑制過程における運動誘発電位を測定したところ,発揮しなければならない筋出力強度の増加とは反対に,運動誘発電位の振幅が減少した。つまりこれは,運動遂行時に筋の出力が多く必要とされる状況下において,その動作を抑制する場合,動作を抑制する神経活動は増大し,一次運動野の興奮性が抑制されていることを示唆する。この結果から,運動抑制過程において,抑制に関わる脳活動は,積極的に一次運動野に関与し,フレキシブルにその脳活動が変動していることがわかった。 (Clin Neurophysiol 117: 1669-1676, 2006)
体性感覚刺激Go/Nogo課題におけるN140成分の特徴中田大貴,乾幸二,和坂俊昭,田村洋平(東京慈恵会医科大学神経内科),木田哲夫,柿木隆介 運動抑制が行なわれる際に,抑制が誘発される外界からの刺激が視覚,聴覚,体性感覚であっても,抑制に関わる脳活動の時間や大きさの変化が共通するのか,しないのかを検討するため,本実験では,脳波を用い,体性感覚刺激を用いた際の特徴を明らかにした。刺激後約140msに陰性電位成分が記録され,運動抑制過程に関係していると考えられた。体性感覚刺激部位を変えても,電位成分に影響はなかった。しかし,運動遂行の際に反応する手を変えたところ,抑制過程において,反応対側の電極部位における電位振幅が,同側の部位よりも有意に大きくなることがわかった。このことは視覚,聴覚刺激を用いた研究では見られなかったことから,体性感覚刺激を用いた際の特徴の1つと考えられる。 (Neurosci Lett 397: 318-322, 2006)
体性感覚刺激を用いた二点識別時の自動的検出機構赤塚康介,和坂俊昭,中田大貴,木田哲夫,寶珠山稔,田村洋平,柿木隆介 二点識別に関する自動的検出機構を解明することを目的としてMEGを用いて測定を行った。その結果,標準刺激を一点と感じ逸脱刺激を二点と感じるような場合,又は標準刺激を二点と感じ逸脱刺激を一点と感じるような場合に,逸脱刺激後30-70 ms,150-250 msにミスマッチ反応(MMF)が記録された。しかし,標準刺激と逸脱刺激共に一点と感じる場合,又は標準刺激と逸脱刺激共に二点と感じるような場合にはMMFは記録されなかった。したがって,標準刺激,逸脱刺激が一点か二点かを自動的に判別したときにだけMMFが誘発されたと考えられる。また,この実験により誘発されたMMFは第一次体性感覚野と第二次体性感覚野に信号源が推定された。このことは,聴覚刺激を用いた実験においても第一次聴覚野と第二次聴覚野に信号源が推定されることと同様に,刺激に対して主要な反応を示す部位がMMFには関与していることを示唆するものと考えられる。 (Clin Neurophysiol.; 118: 403-411,2007)
自発的足関節背屈の運動準備における脛骨神経刺激SEPの変動和坂俊昭,木田哲夫,中田大貴,柿木隆介 随意運動遂行に関連して体性感覚系に変動がみられる。これまでの研究では,主働筋を支配する体性感覚領域の活動は,運動関連領域からの遠心性投射の影響を受けて抑制されることが知られていた。本研究では,主働筋の運動遂行に対して重要な働きを担う拮抗筋を支配する体性感覚領域に対する遠心性抑制の影響を検討した。被験者には自己ペースで足関節背屈を行わせ,その準備過程に記録される運動関連脳電位(MRCPs)を基準とした区間における体性感覚誘発電位(SEPs)の振幅変化を比較した。拮抗筋を支配する体性感覚領域の活動は,MRCPsの構成成分であるNegative slopeが出現するときに減少した。この結果は,遠心性抑制が拮抗筋を支配する体性感覚領域にも作用することを示しており,脊髄レベルで知られる相反性神経支配に類似する神経機構が大脳皮質レベルにも存在することを示唆している。 (Clin Neurophysiol: 117: 2023-2029, 2006)
ヒトの時間感覚の形成メカニズム野口泰基,柿木隆介 目の前に視覚刺激が提示された時,我々はその刺激がどのぐらいの時間,提示されていたかを感じることができる。このような感覚を時間感覚と言うが,「光陰矢のごとし」という格言もあるように,ヒトが持つ時間感覚は必ずしも正確でないことが知られている。 この不正確さの原因を探るため,ヒト視覚野における神経反応をMEGを用いて計測した。被験者は2連発の視覚刺激を見せられた後,2番目の刺激の提示時間が1番目の刺激の提示時間より長いか,短いかを判断した。1番目も2番目も同じ提示時間であった場合,被験者はある時は「2番目の方が長い」と答えるが,別の時は「2番目の方が短い」と答える(本当は同じ長さであることを,被験者は知らない)。この2つの状況において,2番目の刺激に対する脳反応を比較した。 一般に脳は視覚刺激が出現した時と消えた時の2回,強い神経反応を示す。「長い」と答えた時も,「短い」と答えた時も,この2つの反応のタイミングに変化は無かった。つまり脳が刺激の出現と消滅を捉えた時間は同じだった。だが被験者が「長い」と答えた時は,「短い」と答えた時より,刺激の出現に対する脳反応が有意に強い傾向が見られた。これらの結果は,脳に強い神経反応が引き起こされたとき,人はその刺激をより「長い」と感じる傾向があることを示している。言い換えれば脳反応の「強さ」という非時間的な情報を使って時間感覚が作られていることになり,ヒトが持つ時間感覚の不正確さを説明する1つの原因として考えられた[Cereb Cortex 16(12): 1797-1808, 2006]。
母語と第二言語の視覚形態処理に関するMEG研究井原綾,柿木隆介 母語と第二言語の処理は同様のメカニズムで行われているか,それとも異なるメカニズムで行われているかについて未だ一致した見解はない。本研究では,韓国語を母語とし,日本語を第二言語として学習している韓国人被験者が,ハングル,カナ,擬似文字を認知するときの自発脳活動の差をMEGを用いて解析した。その結果,全ての条件で両側後頭側頭部におけるγ帯域活動(60〜90 Hz)の増強とα帯域活動 (8〜13 Hz) の減弱が認められた(図1)。左側γ帯域活動は条件間に差はなく,右側ではハングル,カナ,擬似文字の順に活動強度が小さかった。α帯域活動の減弱は,擬似文字と比べてハングルとカナで長く持続した。これらの自発脳活動の違いは,前語彙処理に関与する神経ネットワークの活動が文字と擬似文字で,さらには母語と第二言語とで異なることを示唆する。 (Neuroimage 29: 789-796, 2006)
4-6歳児における1年間の音楽訓練が
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