生理学研究所年報 第28巻
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統合生理研究系

感覚運動調節研究部門

【概要】

 2006年度は3名の総合研究大学院大学生(後期3年過程3名)と4名の博士研究員(望月秀紀君,赤塚康介君,田中絵実さん,本多結城子さん)が新たに仲間に加わった。逆に,総研大学生,博士研究員として4年間共に研究を続けてきた中田大貴君が名古屋大学医学部に博士研究員として移った。現在,留学しているのは,藤岡孝子さん(カナダ・トロントのRotman Institute),和坂俊昭君(米国NIH),岡本英彦君(ドイツ,ミュンスター大学)の3名である。また木田哲夫君が8月より米国NIHに留学した。また総研大卒業生(現在は名古屋大学医学部の博士研究員)の野口泰樹君はカリフォルニア工科大学に留学している。このように人事はかなり変動しているが,常に20名近くの研究者が共に研究にいそしんでいる。

 医学(神経内科,精神科,小児科など),歯学,工学,心理学,言語学,スポーツ科学など多様な分野の研究者が,体性感覚,痛覚,視覚,聴覚,高次脳機能(言語等)など広範囲の領域を研究しているのが本研究室の特長であり,各研究者が自分の一番やりたいテーマを研究している。こういう場合,ややもすると研究室内がバラバラになってしまう可能性もあるが,皆互いに協力し合い情報を提供しあっており,教室の研究は各々順調に行われている。脳波と脳磁図 (MEG)を用いた研究が本研究室のメインテーマだが,最近はそれに加えて機能的磁気共鳴画像(fMRI),近赤外線分光法(NIRS),経頭蓋磁気刺激(TMS)を用いた研究も行い成果をあげている。

 共同研究も順調に進んでいる。国際的にはドイツ,ミュンスター大学のPantev教授の研究室,トロントのRotman Institute のRoss教授の研究室,NIHのHallett教授の研究室,イタリアのChieti大学のRomani教授の研究室との共同研究が着実に成果をあげている。また,国内では生体磁気共同研究が6件行われており,また中央大学とは乳児のNIRS記録により興味ある結果を得つつある。

 研究員一同,より一層の努力を続けて質の高い研究を目指していきたいと思っている。

 

視覚性運動情報処理の新しい考え

金桶吉起

 物体の運動は,その方向と速度によって規定されるベクトルである。そして動物の視覚野は少なくとも局所においては,運動をベクトルとして検出している可能性が指摘されている。しかし,視野の広い範囲に広がる複雑な運動が全体としていかなる意味をもつかを認識する過程では,局所的な運動がなんらかの方法で空間的に統合される必要がある。このとき,局所運動がそのままベクトルとして空間統合されると考えると大変複雑な神経機構が必要になり,またベクトルによる空間統合とは矛盾する実験結果も多い。そこでScalar fields theory が提唱された。この説によると,運動情報は速度のみ,あるいは方向のみの物理量をもとに空間的に統合されることになる。これは色と運動情報の空間的統合がmisbinding される錯視を用いて検証された。またこの説によると,初期視覚野は古典的な考えである階層的情報処理の最下位にあるのではなく,他の皮質に局所情報を必要に応じて受け渡すという並列的情報処理にかかわることになる。これは最近の生理学的,心理学的実験結果と合致している。

(Prog. Neurobiol. 80, 219-240, 2006; Neuroreport 17, 1841-1845, 2006)

 

ヒト視覚野での情報処理の流れ

乾幸二,柿木隆介

 右目へのフラッシュ刺激による皮質活動の時間的,空間的詳細をMEGを用いて検討した。8ヶ所の皮質部位の活動が認められた。最初の活動は第一次視覚野(V1)にあり,平均の立ち上り潜時は27.5msであった。続いて,左V6,両側V2(背側および腹側),左V5,両側V4相当部位が活動した。それぞれの立ち上り潜時は31.8(V6),32.8(左V2v),32.2(右V2v),33.4(左V2d),32.3(右V2d),37.8(左V5),46.9(左V4)及び46.4ms(右V4)であった。従って,皮質―皮質連絡に要する時間はおよそ4-6msであり,聴覚や体性感覚でのデータと同等である。さらに,V1,V2,V5,V6の活動様式は他の感覚系と同様に三相構造を示した。これらの結果より,各感覚系に共通する情報処理様式があるものと考えられた。

(J Neurophysiol 96: 775-784, 2006)

 

侵害情報を伝える複数のヒト脊髄視床路の証明

辻健史,乾幸二,柿木隆介

 動物では侵害情報は脊髄後角のレベルで既に二つの異なる処理経路に分かれるとされているが,ヒトでの知見は乏しい。背部中央の異なるレベル(C7,Th10)を刺激することで得られる大脳誘発電位を用いることで,侵害情報が複数の伝導路で脊髄内を上行するか否かを検討した。C7,Th10いずれのレーザー刺激でも,明瞭な活動が刺激対側第一次体性感覚野(S1),両側弁蓋領域及び帯状回に認められた。C7刺激とTh10刺激の背部での距離と誘発活動の潜時差より脊髄内の伝導速度(CV)を算出すると,S1のCV(16.8m/s)が他の二者(弁蓋9.3,帯状回10.1)よりも有意に早く,侵害情報が少なくとも二つの異なる経路で伝達されることが確認された。

(Pain 123: 322-311, 2006)

 

触覚による痛覚抑制の皮質機序

乾幸二,辻健史,柿木隆介

 痛む部位をさすると除痛効果のあることは古くから知られているが,その機序は明らかではない。とりわけ,多くの研究がその責任部位を脊髄に求めて行われてきたために,皮質での抑制機序は全く考慮されてこなかった。触覚および痛覚刺激を,種々のタイミング(CT interval -500から500ms)で背部に与え,誘発脳磁場を記録した。痛覚刺激誘発皮質活動は,触覚刺激を先行して呈示した場合と,20-60ms遅れて呈示した際に顕著に抑制された。侵害情報は,CTI -60とCTI -40,CTI -20msの条件では触覚信号よりも先に脊髄を通過しており,この抑制が脊髄レベルで生じたものでないことが明瞭である。さらに,CTI -40とCTI -60msの条件では,侵害情報は皮質へも触覚情報よりも先に到達しており,侵害刺激による皮質活動は,遅れて皮質に到達した触覚信号によっても強力に抑制されることが判明した。

 この結果は,MelzackとWallの関門制御説を積極的に否定するものではないが,少なくとも本実験の条件下では,脊髄の関与を見いだすことはできなかった。

(Cereb Cortex 16: 355-365, 2006)

 

ヒト聴覚野での階層処理

乾幸二,軍司敦子,三木研作,柿木隆介

 サルでは,聴覚情報は第一次聴覚野(core),次いでそれをとりまくbelt領野さらにそれをとりまくparabelt領野の順に階層的に処理されることが知られているが,情報伝達の詳細は明らかではない。ヒトでの知見は乏しい。本研究では,クリック音刺激により誘発される皮質活動の活動様式とタイミングをMEGを用いて詳細に検討した。

 刺激対側半球に,6ヶ所の皮質活動を認めた。Heschl回内側部(第一次聴覚野),Heschl回外側部,頭頂葉後部(PPC),上側頭回前部,上側頭回後部及びplanum temporale (PT)が順次活動し,それぞれの立ち上り潜時は,17.1,21.2,25.3,26.2,30.9,47.6msであった。この結果は,聴覚情報が側頭葉平面を内側から外側に向かって順次処理されていくことを示す。また,後上方へ向かう経路(後部上側頭回,PPCあるいはPT)と,前方へ向かう経路(前部上側頭回)の,少なくとも二つの処理経路を示唆され,並列階層処理の概念に矛盾しない。

(Cereb Cortex 16: 18-30, 2006)

 

C線維信号による脳活動fMRI研究

秋云海,野口泰基,本田学,中田大貴,田村洋平,田中悟志,定藤則弘,王暁宏,乾幸二,柿木隆介

 fMRIを用いて,末梢(手背)のC受容器刺激による脳活動とA-delta受容器刺激による脳活動を直接比較した。刺激にはYAGレーザーを用いた。いずれの刺激も視床,第二次体性感覚野,島および24/32野(主に前部帯状回後部,ACC)を活動させたが,ACC上部,pre-SMA,島の活動はC刺激で有意に強かった。このことから,A-deltaとCの脳内処理に違いがあることが示された。C受容器はsecond painに関わることから,情動あるいは動機付けの側面により強く関わると考えられる。C受容器刺激で有意に強活動を示した上記皮質部位がこれらの側面に関わっていると考えられる。

(Cereb Cortex 16: 1289-1295, 2006)

 

MEG,ERG同時計測による初期視覚野活動のタイミングの検討

乾幸二,山南浩実,三木研作,金桶吉起,柿木隆介

 視覚刺激による最も早いヒト皮質活動の部位と潜時については様々な報告があり一定していない。本研究では網膜電図(ERG)とMEGを同時計測することにより,MEGで得られた最初の活動が,最も早い活動として妥当かどうかを検討した。刺激は右目へのフラッシュ刺激で,500回の試行結果を加算した。ERGのa波頂点潜時は,平均20msであった。最も早いMEGの成分は37ms頂点(37M)で,立ち上りは30.2msであった。A波頂点は概ね信号が網膜を出発するタイミングを反映しており,37M(a波から10ms後)の潜時は,網膜−皮質伝導時間を考慮すると,最初の皮質活動として妥当であると考えられた。

(Neuroimage 30: 239-244, 2006)

 

Go/Nogo課題における筋出力強度と運動抑制の関係性について

中田大貴,乾幸二,和坂俊昭,田村洋平(東京慈恵会医科大学神経内科),赤塚康介,木田哲夫,柿木隆介

 ヒト脳における運動遂行と抑制過程の関係性について検討を行なった。その関係性を検討するために,本実験では経頭蓋磁気刺激法を用いた。結果として,被験者が行なう課題において,筋の収縮力が増大すればするほど,運動遂行過程における運動誘発電位の振幅が増大した。これは一次運動野の興奮性が筋の出力強度の増加と共に増大していることを示唆した。これとは別に,運動抑制過程における運動誘発電位を測定したところ,発揮しなければならない筋出力強度の増加とは反対に,運動誘発電位の振幅が減少した。つまりこれは,運動遂行時に筋の出力が多く必要とされる状況下において,その動作を抑制する場合,動作を抑制する神経活動は増大し,一次運動野の興奮性が抑制されていることを示唆する。この結果から,運動抑制過程において,抑制に関わる脳活動は,積極的に一次運動野に関与し,フレキシブルにその脳活動が変動していることがわかった。

(Clin Neurophysiol 117: 1669-1676, 2006)

 

体性感覚刺激Go/Nogo課題におけるN140成分の特徴

中田大貴,乾幸二,和坂俊昭,田村洋平(東京慈恵会医科大学神経内科),木田哲夫,柿木隆介

 運動抑制が行なわれる際に,抑制が誘発される外界からの刺激が視覚,聴覚,体性感覚であっても,抑制に関わる脳活動の時間や大きさの変化が共通するのか,しないのかを検討するため,本実験では,脳波を用い,体性感覚刺激を用いた際の特徴を明らかにした。刺激後約140msに陰性電位成分が記録され,運動抑制過程に関係していると考えられた。体性感覚刺激部位を変えても,電位成分に影響はなかった。しかし,運動遂行の際に反応する手を変えたところ,抑制過程において,反応対側の電極部位における電位振幅が,同側の部位よりも有意に大きくなることがわかった。このことは視覚,聴覚刺激を用いた研究では見られなかったことから,体性感覚刺激を用いた際の特徴の1つと考えられる。

(Neurosci Lett 397: 318-322, 2006)

 

体性感覚刺激を用いた二点識別時の自動的検出機構

赤塚康介,和坂俊昭,中田大貴,木田哲夫,寶珠山稔,田村洋平,柿木隆介

 二点識別に関する自動的検出機構を解明することを目的としてMEGを用いて測定を行った。その結果,標準刺激を一点と感じ逸脱刺激を二点と感じるような場合,又は標準刺激を二点と感じ逸脱刺激を一点と感じるような場合に,逸脱刺激後30-70 ms,150-250 msにミスマッチ反応(MMF)が記録された。しかし,標準刺激と逸脱刺激共に一点と感じる場合,又は標準刺激と逸脱刺激共に二点と感じるような場合にはMMFは記録されなかった。したがって,標準刺激,逸脱刺激が一点か二点かを自動的に判別したときにだけMMFが誘発されたと考えられる。また,この実験により誘発されたMMFは第一次体性感覚野と第二次体性感覚野に信号源が推定された。このことは,聴覚刺激を用いた実験においても第一次聴覚野と第二次聴覚野に信号源が推定されることと同様に,刺激に対して主要な反応を示す部位がMMFには関与していることを示唆するものと考えられる。

(Clin Neurophysiol.; 118: 403-411,2007)

 

自発的足関節背屈の運動準備における脛骨神経刺激SEPの変動

和坂俊昭,木田哲夫,中田大貴,柿木隆介

 随意運動遂行に関連して体性感覚系に変動がみられる。これまでの研究では,主働筋を支配する体性感覚領域の活動は,運動関連領域からの遠心性投射の影響を受けて抑制されることが知られていた。本研究では,主働筋の運動遂行に対して重要な働きを担う拮抗筋を支配する体性感覚領域に対する遠心性抑制の影響を検討した。被験者には自己ペースで足関節背屈を行わせ,その準備過程に記録される運動関連脳電位(MRCPs)を基準とした区間における体性感覚誘発電位(SEPs)の振幅変化を比較した。拮抗筋を支配する体性感覚領域の活動は,MRCPsの構成成分であるNegative slopeが出現するときに減少した。この結果は,遠心性抑制が拮抗筋を支配する体性感覚領域にも作用することを示しており,脊髄レベルで知られる相反性神経支配に類似する神経機構が大脳皮質レベルにも存在することを示唆している。

 (Clin Neurophysiol: 117: 2023-2029, 2006)

 

ヒトの時間感覚の形成メカニズム

野口泰基,柿木隆介

 目の前に視覚刺激が提示された時,我々はその刺激がどのぐらいの時間,提示されていたかを感じることができる。このような感覚を時間感覚と言うが,「光陰矢のごとし」という格言もあるように,ヒトが持つ時間感覚は必ずしも正確でないことが知られている。

 この不正確さの原因を探るため,ヒト視覚野における神経反応をMEGを用いて計測した。被験者は2連発の視覚刺激を見せられた後,2番目の刺激の提示時間が1番目の刺激の提示時間より長いか,短いかを判断した。1番目も2番目も同じ提示時間であった場合,被験者はある時は「2番目の方が長い」と答えるが,別の時は「2番目の方が短い」と答える(本当は同じ長さであることを,被験者は知らない)。この2つの状況において,2番目の刺激に対する脳反応を比較した。

 一般に脳は視覚刺激が出現した時と消えた時の2回,強い神経反応を示す。「長い」と答えた時も,「短い」と答えた時も,この2つの反応のタイミングに変化は無かった。つまり脳が刺激の出現と消滅を捉えた時間は同じだった。だが被験者が「長い」と答えた時は,「短い」と答えた時より,刺激の出現に対する脳反応が有意に強い傾向が見られた。これらの結果は,脳に強い神経反応が引き起こされたとき,人はその刺激をより「長い」と感じる傾向があることを示している。言い換えれば脳反応の「強さ」という非時間的な情報を使って時間感覚が作られていることになり,ヒトが持つ時間感覚の不正確さを説明する1つの原因として考えられた[Cereb Cortex 16(12): 1797-1808, 2006]。

 

母語と第二言語の視覚形態処理に関するMEG研究

井原綾,柿木隆介

 母語と第二言語の処理は同様のメカニズムで行われているか,それとも異なるメカニズムで行われているかについて未だ一致した見解はない。本研究では,韓国語を母語とし,日本語を第二言語として学習している韓国人被験者が,ハングル,カナ,擬似文字を認知するときの自発脳活動の差をMEGを用いて解析した。その結果,全ての条件で両側後頭側頭部におけるγ帯域活動(60〜90 Hz)の増強とα帯域活動 (8〜13 Hz) の減弱が認められた(図1)。左側γ帯域活動は条件間に差はなく,右側ではハングル,カナ,擬似文字の順に活動強度が小さかった。α帯域活動の減弱は,擬似文字と比べてハングルとカナで長く持続した。これらの自発脳活動の違いは,前語彙処理に関与する神経ネットワークの活動が文字と擬似文字で,さらには母語と第二言語とで異なることを示唆する。

(Neuroimage 29: 789-796, 2006)

 

4-6歳児における1年間の音楽訓練が
聴覚誘発脳磁反応の発達に影響することがわかった

藤岡孝子,柿木隆介

 バイオリンの音,およびノイズ音を刺激として聴覚誘発脳磁反応を4-6歳児より1年間4回にわたり記録した。子供のグループは,半分が1年間音楽教室(スズキメソード)に通い自宅練習を行ったが,あとの半分は学校の授業以外の音楽訓練は行わなかった。

 聴覚誘発脳磁場は,両側で顕著なP100m,N250m,P320m,およびN450m反応を認めた。これらのピーク潜時はP100m反応以外ですべて1年の間に有意に変化した。P100m反応とN450m反応はバイオリン音に対する反応の振幅がノイズ音に対するものと比べ有意に大きかった。また,N250m反応の潜時と振幅の一年間での変化の度合いも,バイオリン音に対するもののほうが大きかった。P100mとP320m反応は左聴覚野のほうが右よりも大きかった。これはこの年齢の子供の脳では左半球のほうが先に発達していることと関係していると考えられた。

 この範囲での反応波形の一年間による発達変化は,音楽訓練児の反応においてバイオリン音に対するものに限定されていたが,非訓練児においては,刺激音にかかわらず同程度の発達変化が起きていた。

(Brain 129: 2593-2608, 2006)

 

静脈注射による嗅覚関連脳磁図の周波数解析

宮成愛,柿木隆介

 ヒトにおける嗅覚関連誘発MEGを検討した。特に,ニオイ刺激を与える前後で,有意に変化の見られる部位とその周波数帯域を,開口合成解析法(SAM)を用いて検討した。ニオイ強度の違いによる反応部位とその周波数帯域を検討するため,thiamin propyl disulfide (TPD)とthiamine tetrahydrofurfuryl disulfide monohydrochloride (TTFD)の2種類を,嗅覚既往歴のない健常者9名に静脈点滴した。TPDとTTFDは,それぞれ強い嗅感覚と弱い嗅感覚を誘起する。データはSAM法を用い,事象関連同期 (ERD)もしくは,事象関連非同期 (ERS)を統計的に検討した。本実験の結果から,前頭葉や頭頂葉を含む広範囲の神経ネットワークが嗅覚関連情報処理に関与していること,そして,強いニオイ刺激と弱いニオイ刺激に対する脳内の情報処理過程は異なることが示唆された。

(Brain Topogr 18: 189-199, 2006)

 

ランダムドットブリンキングを用いた顔認知に関連する誘発脳波

三木研作,渡辺昌子,竹島康行,照屋美加,本多結城子,柿木隆介

 初期視覚野の活動を抑えるランダムドットブリンキング(RDB)を用い,顔認知過程を反映する誘発脳波を調べた。以下の視覚刺激を用いた。(1)Upright:輪郭,目,口からなる模式的な正立顔。(2)Inverted:Upright条件を逆にしたもの。正立顔としての全体性は失われているが,空間的配置はUprightと同じ。(3)Scramble:UprightやInvertedと構成要素は同じだが,内部構造の空間的配置自体が異なる。(4)Star:被験者に出現回数を数えてもらったが,記録はおこなっていない。T5,T6電極で,頂点潜時が刺激提示後250ミリ秒の陰性波(N-ERP250)が各条件でみられた。N-ERP250の頂点潜時は,Inverted とScramble条件で,Uprightに比べ有意に延長していた。また最大振幅に関しては,条件間に有意な差はみられなかった。この結果より,正立顔を構成する要素が失われていくことで,顔認知過程において,正立顔では起こらない顔の部分の分析的情報処理が行われていることが示唆された。

 

バックワードマスキング現象の視覚誘発脳磁場反応

橋本章子・渡辺昌子・乾幸二・宝珠山稔・村瀬澄夫(信州大学医学部医療情報学)・柿木隆介

 心理行動実験で,最初の視覚刺激(Stim-1)を16ms提示し,次の刺激(Stim-2)の提示時間を16ms,48ms,144msにして同じ場所に連続提示した。すると,Stim-1の見え方はStim-2の提示時間の長さによって変化し,Stim-2が144msのとき見えなくなった。Stim-1が見えなくなるこの現象を,特にバックワードマスキングとよぶ。我々はこのStim-1の視知覚の変化に伴う視覚野での反応をMEGを使い記録した。比較条件として,単独でStim-2だけを提示した。その結果,Stim-1の視知覚に関係なく,さらには,Stim-2だけを単独で提示しても,視覚誘発反応は全ての条件に一貫して頂点潜時180ms周辺に観察され,振幅にStim-2の提示時間の違いが反映された。これらの結果は以下のことを示唆する。

 1)見えない刺激Stim-1の情報も視覚野で処理される,2)180ms周辺のこの視覚誘発反応は視知覚を直接は反映しない,3)Stim-2の視覚情報は,Stim-1の情報の流れにのって処理が短縮化される。

(Neuroscience 137:1427-1437, 2006)

 

 

生体システム研究部門

【概要】

 私達を含め動物は,日常生活において周りの状況に応じて最適な行動を選択し,あるいは自らの意志によって四肢を自由に動かすことにより様々な目的を達成している。このような随意運動を制御している脳の領域は,大脳皮質運動野と,その活動を支えている大脳基底核と小脳である。逆にこれらの領域に異常があると,パーキンソン病やジストニアに見られるように,随意運動が著しく障害される。本研究部門においては,このような随意運動の脳内メカニズムおよびそれらが障害された際の病態,さらには病態を基礎とした治療法を探ることを目的としている。

 そのために,①課題遂行中の霊長類の神経活動の記録を行う,②大脳基底核疾患を中心とした疾患モデル動物(霊長類・げっ歯類)からの記録を行う,③このような疾患モデル動物に様々な治療法を加え,症状と神経活動の相関を調べる,ことを行っている。

 

上肢到達運動課題実行中の淡蒼球ニューロンの活動様式

畑中伸彦,高良沙幸,橘吉寿,南部篤

 大脳基底核は大脳皮質−基底核連関の一部として,運動の遂行,企図,運動のイメージ,習慣形成などに関わるとされている。淡蒼球は神経解剖学的に異なる線維連絡を持つ外節・内節に分類される。しかし両者はともに大脳基底核の入力部である線条体より抑制性の,また視床下核より興奮性の入力を受ける。それにより,大脳皮質一次運動野(MI)や補足運動野(SMA)を電気刺激すると,両者で3相性の応答が観察される事が知られている。すなわち,大脳皮質−視床下核を経由する早い興奮性応答,大脳皮質−線条体を経由する抑制性応答,そして大脳皮質−線条体−淡蒼球外節−視床下核を経由する遅い興奮性応答である。ただし,これまでの研究からこの3つの応答の強度は,淡蒼球ニューロン毎によって異なることが報告されている。

 このような入力の強さの違いによって,実際の運動時における個々の淡蒼球ニューロンの活動様式に違いが見られるであろうか? われわれはサルを用いて,MIやSMAから入力を受けている淡蒼球ニューロンの皮質刺激に対する応答様式と,実際に上肢到達運動を遂行させた際の活動様式の関係を観察している。今後は,単一ニューロン記録と薬物の微量注入を併用し,淡蒼球ニューロンへの興奮性・抑制性入力を神経薬理学的に遮断した際の運動課題に関連した活動様式の変化を観察することにより,それぞれの役割について検討する予定である。

 

抗てんかん薬ゾニサミドがパーキンソン症状を改善するメカニズムを探る

橘吉寿,南部篤
岩室宏一(東京大・脳神経外科)

 従来,てんかん患者に使用されていたゾニサミド(大日本住友製薬)が抗パーキンソン病作用を発現する,ということが神経内科のグループから近年報告され始めた。しかしながら,この作用機序の詳細に関しては全く不明であるのが現状であり,我々の部門では,電気生理学的手法を用いることで,その機序の神経生理学的基盤を解明するよう試みた。MPTP神経毒を投与することで作成したパーキンソン病モデルサルの視床下核・淡蒼球内節ニューロンを記録すると,bursting(群発発射)やoscillation(発振活動)といった異常発射パターンが多数観察された。このモデルサルにゾニサミドの静脈内投与を行うと,パーキンソン症状の改善と共に,大脳基底核ニューロンの異常発射パターンは消失あるいは減弱した。これは,代表的パーキンソン病治療薬であるL-dopaと同様の効果をもつことから,ゾニサミドをパーキンソン病治療薬として使用することの科学的論拠の一端を証明できたと考えられる。

 

ジストニアの病態に関する研究−
DYT1トランスジェニックモデルマウスにおけるニューロン活動の記録

知見聡美,南部篤
Pullanipally Shashidharan(マウントサイナイ医科大学)

 ジストニアは,作動筋と拮抗筋に同時に起こる筋収縮により,体幹,四肢の異常運動を示す疾患である。適切なモデル動物が存在しなかったことから,正確な病態については未だ明らかにされていない。本研究では,全身性ジストニアの原因遺伝子の1つとして同定されているDYT1遺伝子に変異を加えることによって作製したジストニアモデルマウスにおいて,大脳基底核ニューロンの活動を覚醒条件下で記録した。大脳基底核の出力核である淡蒼球内節と黒質網様部,および淡蒼球外節ニューロンにおいて,自発発火頻度の著しい低下と,長い活動休止期間を持つ異常な発火パターンが観察された。また,これらのニューロンは,大脳皮質運動野の電気刺激に対して,長い抑制を伴う異常な応答パターンを示すことがわかった。これらの結果から,淡蒼球内節,黒質網様部および淡蒼球外節の異常な発火パターンが,異常運動の出現に関与していることが示唆された。

 


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