生理学研究所年報 第28巻
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発達生理学研究系

認知行動発達機構研究部門

【概要】

 2006年度は1996年に研究室がスタートして10周年の節目の年だった。

 科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業(CREST)での「神経回路網における損傷後の機能代償機構」に関する共同研究が本格化してきた。皮質脊髄路の脊髄レベルでの損傷後の機能代償過程についての実験がPETと可逆的機能ブロック法による実験がひと段落し,電気生理学的な回復過程の評価,さらにはマイクロアレイによる遺伝子発現の網羅的解析にターゲットが移ってきた。また,一次視覚野損傷後のサッケード運動制御についても,心理物理・行動解析実験と並行して,中脳上丘からの単一細胞活動記録実験が本格化してきた。また,HFSPでの「トップダウン的,ボトムアップ的注意の神経機構」に関する国際共同研究も本格化し,南カリフォルニア大学のItti博士やカナダのクイーンズ大学のMunoz教授のグループとの共同研究も開始し,客員研究員としての来訪が頻繁になってきた。研究室のスタッフとしては斎藤紀美香さんが非常勤研究員に。また坂谷智也君が英国オックスフォード大学への留学から帰国して研究員として着任した。高浦加奈さんが総研大1年に入学。また加藤智子さんが技術支援員として研究室に加わった。また,伊佐がブレインサイエンス振興財団の第20回塚原仲晃記念賞を受賞した。

 

随意運動の制御におけるシナプス前抑制の役割

関 和彦,武井 智彦

 筋神経からの感覚フードバックは随意運動の制御に重要であることは広く知られているが,その感覚入力がどのように運動指令に組み込まれているかについては確立した知見がない。この点を明らかにするため,サルに単純な手首屈曲伸展運動を訓練し,脊髄ニューロンの筋神経刺激に対する応答性の変化を随意運動の各局面で比較した。その結果,I群筋神経より単シナプス性入力を受ける脊髄ニューロンの応答性は筋に誘発される反射性応答がその時の運動と拮抗する場合のみ顕著に抑制されることが示された。さらに,記録されたニューロンの上肢筋群への出力をspike-triggered averaging法を用いて調べた結果,一部のニューロンは運動ニューロンへの興奮性直接投射を持つことが明らかになった。以上の結果から,I群筋神経から脊髄への求心性入力が(1)脊髄内の正帰還回路を介して筋活動の促進に用いられている事,(2)しかし1が行われている随意運動と拮抗する場合は,シナプス前抑制を介して抑制されること,の2点が示唆された。

 

第一次視覚野損傷サルの残存視覚運動変換機能とその神経生理

吉田正俊,伊佐正

 盲視の動物モデルとして片側の第一次視覚野を外科的に切除したニホンザルを二匹作成して,急速眼球運動を指標とした行動実験および神経生理学的実験を行った。(1)強制選択型の視覚誘導性眼球運動課題を遂行できることを確認した。(2)視覚検出型の視覚誘導性眼球運動課題の成績が(1)の課題から予想されるよりも悪いことを見出した。(3)時間的ギャップを (1)の課題に加えることでexpress saccadeと同等の潜時を持つ急速眼球運動が起こることを見いだした。(4)上丘から(1)の課題遂行中の単一神経活動を記録し,視覚刺激への反応および急速眼球運動の遂行に関わる活動があることを見出した。(5)さらに(2)の課題遂行中の視覚刺激への反応は視覚検出の成功不成功と相関していることを見出した。(6)また,(3)の課題遂行中の活動は正常な動物でのexpress saccade時に見られる活動と類似していた。

 

黒質網様部から上丘中間層GABA作動性ニューロンへの抑制性入力

金田勝幸,伊佐かおる,伊佐正

 黒質網様部(SNr)からのGABA作動性抑制性投射が上丘中間層(SGI)投射ニューロンのみでなく,SGIの抑制性ニューロンにも入力しているのか否かを検討した。

 GAD67-GFPマウスのSNrにBDAを注入したところ,その神経終末がSGIのGABA作動性ニューロン上にシナプスを形成していることが共焦点顕微鏡による解析から明らかとなった。さらに,スライス標本を用いてSNrの電気刺激による応答をSGI GABA作動性ニューロンからホールセル記録したところ,GABAA受容体アンタゴニスト感受性で単シナプス性のIPSCsが誘発されることが分かった。以上の結果は,SNrからの抑制性投射がSGI GABA作動性ニューロンにも入力していることを示しおり,SNrの入力が単にSGIの興奮−抑制のバランスを制御しているのみではないことを示唆している。

 

GABAB受容体を介する上丘でのバースト発火制御機構

金田勝幸,伊佐かおる,伊佐正

 上丘中間層ニューロンのバースト発火の制御におけるGABAB受容体の役割をスライス標本上でホールセル記録法により検討した。GABAA受容体アンタゴニスト存在下,浅層の電気刺激により中間層ニューロンでバースト発火が誘発された。このバースト発火の持続時間はGABAB受容体アンタゴニストCGP52432(CGP)のバス適用により顕著に増大した。同様の効果はCGPを浅層に局所適用することでも観察された。また,浅層ニューロンのバースト発火の持続時間もCGPのバス適用で有意に増大した。さらに,NMDA受容体アンタゴニストの浅層への局所適用は浅層ニューロンのみでなく,中間層ニューロンのバースト発火を顕著に抑制した。以上の結果は,浅層に存在するGABAB受容体の活性化が浅層ニューロンのバースト発火の持続時間を制限し,それにより,中間層ニューロンのバースト発火の持続時間も制限していることを示唆している。

 

把握運動に関与する脊髄ニューロンの役割 —フィールド電位を用いた解析—

武井 智彦,関 和彦

 筋活動を生み出す中枢神経活動の解析法として,神経発火をトリガーとした筋電図の加算平均法(Spike-triggered Average法)が存在する。通常この解析には一万回程度の加算平均が必要であり,従来,全ての神経活動に対して長時間の記録を行い,オフライン解析によってようやく神経活動による筋出力の効果を検証するという方法がとられてきた。本共同研究では,多チャンネル筋電図に対してオンラインでSpike-triggered Average解析を行うシステムを開発することで,神経活動記録中に神経活動による筋出力の効果を検出し,より効果的に興味対象となる神経活動を探索する手法を確立することを目指した。なお研究内容のうち,解析システムの設計,解析プログラムの作成を松村,武井が担当し,筋電図・神経活動記録などシステムの生理学実験への適用を伊佐・関が担当した。

 まず慢性筋電図計測のため,サルの上肢筋肉16種類にワイヤー電極を慢性的に埋め込み,数ヶ月単位での安定した筋電図の導出を行った。これらの筋電図信号は,デジタイジングののち,PCメモリに常時バッファリングされた。次に,サルの脊髄神経活動を細胞外記録し,その神経発火時点をオンラインで検出し,このトリガー信号を同じPCへと入力した。Spike-triggered Average法については,松村ら(Matsumura et al. J. Neurosci 1996) による細胞内電位の加算平均法を応用し,神経発火時点をトリガーとして記録した筋活動をオンラインで加算平均を行い,その解析結果をPC画面上に表示するプログラムを作成した。

 本年度の成果として,(1) 多チャンネル筋電図をサンプリングし(16チャンネル,5kHz),PCメモリにバッファリングするシステムの構築,および (2) バッファリングされた筋活動をオンラインで加算平均するソフトウェアの開発を完了した。さらに,擬似神経活動を用いて本システムの作動試験を行った結果,本システムによって約100Hzまでの神経活動に対して正常にオンライン解析を行えることが確認された。

 これらの結果は,本システムが実際の神経活動記録実験へ応用可能であることを示している。今後,本システムを神経活動記録実験に適用することで,従来のオフライン解析のみの実験よりも効率的に興味対象の神経活動を探索し,それらを選択的に記録することが可能になると期待される。

 

The origin of spreading burst activities
in the local circuit of the superior colliculus

Penphimon Phongphanphanee1,2 and Tadashi Isa1,2,3
(1Department of Developmental Physiology, National Institute for Physiological Sciences
2School of Life Science, The Graduate University for Advanced Studies
3Core Research for the Evolutionary Science and Technology (CREST),
Japan Science and Technology Corporation (JST))

 Our previous studies have shown that when slices of the superior colliculus (SC) are exposed to a solution containing 10 μM bicuculline and a low concentration of Mg 2+ (0.1 mM), most neurons in deeper layers (dSC) and some neurons in the superficial layers (sSC) exhibited spontaneous depolarization and burst firing. In present study, we used this condition to study the mechanism of the spread of burst activity in the mice SC slices with the field potential recording from 64 multi-planar electrodes and the whole cell patch clamp recording. The burst originally occurred from the ventral portion of the sSC and then spread to the dSC. Current injection to a wide-field vertical (WFV) cell, mainly located in the ventral sSC, could evoke the burst response, which spread from the sSC to the dSC. The WFV cells uniquely exhibit large I h currents among the SC cell groups and application of 50-100 μM ZD7288, a I h blocker, completely eliminated the spontaneous bursts. These finding supported the idea that WFV cells are the origin for the propagation of burst activity in the SC.

 

 

生体恒常機能発達機構研究部門

【概要】

 当部門は,発達および障害回復の過程で一旦形成された機能的神経回路に起こる再編成のメカニズムを回路レベルで解明することを主な目標に研究をしている。そのため,3つのサブテーマについて研究を進めている。1)発達期における再編のメカニズムとして,シナプスレベルにおいて,伝達物質のスイッチング,2)細胞内イオン環境の変化によるGABAの興奮性から抑制性へのスイッチとその制御機構について細胞内Clイオンくみ出し分子KCC2の機能制御を中心に,神経栄養因子,環境/回路活動による制御を検討している。3)本年度から神経回路の可塑的変化を生体で観察するため,フェムト秒パスルレーザーを用いた多光子励起法を利用して,マウス大脳皮質細胞の全層にわたる可視化技術の確立および向上を目指している。更に,同一動物の同一微細構造を長期間にわたり繰り返し観察する技術も確立した。これらの技術を利用して,現在,神経回路の微細構造の長期変化の観察を試みている。人事として本年度4月から,群馬大学から高鶴裕介氏が生理研非常勤研究員として,山口純弥氏が総研大1年生として研究に参加した。また,平成17年1月に九州大学から石橋仁氏が待望の助教授として部門の研究に参加した。また,米国テキサス大学Malcom Brodwick博士が外国人客員教授として細胞内Cl濃度調節機構の研究に,ピッツバーグ大学Karl Kandler博士がとオーストラリアサウスウェールズ大学Andrew Moorhouse氏が伝達物質のスイッチングの研究に外国人訪問研究員として参画した。

 

発達期における神経伝達物質のスイッチング

鍋倉淳一,西巻拓也,山口純弥

 ラット聴覚系中経路核である外側上オリーブ核に内側台形体核から入力する伝達物質自体が未熟期のGABAから成熟期のグリシンに単一終末内でスイッチすることを微小シナプス電流の特性の解析などの電気生理学的手法,神経終末内のGABA, GADやグリシン免疫電顕や免疫組織学的手法を用いて明らかにした。この伝達物質のスイッチングは,発達期における主要な再編成機構である余剰回路の除去や伝達物質受容体の変化と並ぶ大きなカテゴリーの変化と考えられる。現在,脳の発達に対するGABAの重要性に注目が集められている。このモデル系および海馬において,何故未熟期にはGABAである必要があるのかを,GABAの未熟期における興奮性およびGABAB受容体の発達変化と関連機能について検討している。

 

細胞内Cl-制御機構KCC2によるGABAの興奮−抑制スイッチと分子機構の解明

鍋倉淳一,渡部美穂,北村明彦,和氣弘明,堀部尚子

 未熟期および虚血や傷害後早期にGABAは興奮性伝達物質としての作用を獲得する。これはGABAA受容体に内蔵するチャネルを流れるCl-イオンの向きによって決定されるため,細胞内Cl-イオン濃度によってGABAは興奮性/抑制性が決定される。この細胞内Cl-イオン濃度は神経細胞特異的に発現するK+-Cl-トランスポーターであるKCC2によって主に決定されている。発達期や再生期におけるKCC2の発現,およびその機構を検討している。KCC2の発現制御に関して,細胞内制御分子の探索を行なっている。

 

カンナビイドによる海馬抑制性伝達調節

前島隆司

 未熟期海馬においては,リズム活動があり,海馬回路形成・発達を制御している。このリズム活動はCA3領域に存在するリズムジェネレーターによって海馬全体に伝播する。このリズム発生の一因としてGABAの脱分極作用が関与している。CA3領域におけるGABA回路の制御機構について,シナプス工細胞の代謝型グルタミン酸作動性受容体の活性化によって逆行性に内因性カンナビノイドが抑制性神経終末に作用し,GABA放出を抑制していることを明らかにした。

 

クリプトン−YAGレーザーを用いた脳虚血障害モデル動物作成技術の開発

鍋倉淳一,和氣弘明,堀部尚子

 脳障害の回復期における神経回路の可塑性の研究を遂行するにあたり,生体において,程度の一定した脳障害モデルを作成する必要がある。任意の脳血管の閉塞・再開通を任意に行なうことができる技術を脳虚血作成技術に精通している八尾博史博士と共同で開発を行なう。具体的には,ローズベンガル色素を静脈注入後,任意の脳血管にクリプトンレーザーを極短時間照射し,血栓形成による閉塞を作成する。任意の時間後に高エネルギーパルスレーザーであるYAGレーザーを照射し,血管の再開通を起こさせる。この技術はマウスでは頭骸骨を駆けることなく,非観血的に閉塞・再還流が可能であり,脳虚血・障害の分野では画期的技術となる。

 

In Vivo多光子顕微鏡を用いた大脳皮質神経細胞の微細構造の可視化と長期可塑性の変化

鍋倉淳一,和氣弘明,高鶴裕介,稲田浩之

 神経回路の発達および脳障害の回復期における神経回路の可塑性の研究を遂行するにあたり,究極的に生体での観察が不可欠である。そのため,生体における神経回路の可視化のため,長波長短パルスレーザーを利用して生体深部の微細構造を観察可能な多光子励起法を種々の神経細胞に蛍光蛋白が発現している遺伝子改変動物に適用し,大脳皮質回路の可視化する方法の立ち上げを行った。光路の開発・調節,頭蓋骨に適用する特殊アダプターの開発などを行い,マウスにおいて,大脳皮質表面から1ミリの深部まで観察可能な技術のを行った。その結果,大脳皮質錐体細胞を全層にわたり,樹状突起,棘突起,軸策などのその微細構造を観察することが可能であり,また,同じ微細構造を数日間にわたり連続観察可能となった。さらに,同レーザーを利用して,生体において微細構造の局所障害をおこす技術の開発に成功している。脳虚血により,障害神経細胞の樹状突起および極突起が数週間に渡り,形成・消失を繰り返すこと,また,通常,シナプス前終末様構造物が,障害後2週目までは盛んに形成および消失を繰り返し,その後安定化することなど新たな生体内での微細構造の変化を検討している。

 

グリアの生体内動態の観察

鍋倉淳一,和氣弘明,高鶴裕介,稲田浩之

 生体多光子顕微鏡をミクログリアにGFPが特異的に発現しているマウス(Iba1-GFPマウス)に適用し,ミクログリアの生体内動態を観察している。特に,in vitroでは不可能であるresting状態のミクログリアの動態と,観察中にレーザーを用いた極局所の障害を与えることにより,ミクログリアの活性化による変化を連続観察することに成功した。Restingと活性化ミクログリアでは,突起の動態速度は同じであるが,resting状態では突起伸展・退縮の方向性に一定したものが観察されないのに対し,活性化状態では,障害部位に対して突起伸展,障害と反対側に対しては突起退縮がより優位になり,伸展退縮の方向性の極性が生じることが判明した。また,脳形態松井助手とともにS100beta-GFP動物を用いて,小脳のバーグマングリアの動態を生体内で観察している。

 

 

生殖・内分泌系発達機構研究部門

【概要】

 本研究部門は,視床下部による摂食行動の調節と末梢組織における代謝調節機構の解明を目指して研究を行っている。視床下部は,摂食行動(エネルギー摂取)とエネルギー消費機構(栄養代謝)を巧みに調節することによって生体エネルギーを一定に保つ重要な働きを担う。しかし,近年,この調節機構の異常が肥満,糖尿病,高血圧など,生活習慣病の発症と密接に関連することが明らかとなってきた。当部門では,視床下部における生体エネルギー代謝の調節機構を分子レベルで解明し,その分子機構を通して生活習慣病など様々な疾患の原因・治療法を明らかにしたいと考えている。現在実施している主たる研究課題は次の通りである。1)AMPキナーゼによる生体エネルギー代謝の調節機構の解明,2)レプチン,神経ペプチド,BDNFによる糖・脂質代謝調節機構の解明,3)脂肪酸酸化を促進するレプチン・シグナル伝達機構の解明,4)AMPキナーゼ・ファミリー,ARK5による代謝調節作用の解明。

 

AMPキナーゼによる生体エネルギー代謝の調節機構の解明

箕越 靖彦
岡本 士毅
志内 哲也
田中 智洋(京都大学大学院医学研究科)
益崎 裕章(京都大学大学院医学研究科)
窪田 直人(東京大学大学院医学系研究科糖尿病代謝内)
門脇 孝(東京大学大学院医学系研究科糖尿病代謝内科)

 我々は,AMPキナーゼがレプチンやアディポネクチンなどホルモンによって活性化して骨格筋における脂肪の利用を促進すること,視床下部AMPキナーゼが摂食行動を制御することを明らかにしている。本研究課題では,AMPキナーゼによる生体エネルギー代謝の調節機構を明らかにするため,活性型並びに不活性型AMPキナーゼを視床下部にレンチウイルスを用いて発現させ,摂食行動に及ぼす影響を調べた。その結果,マウス視床下部室傍核に活性型AMPキナーゼを発現させるとマウスの摂食量が増加,肥満することに加え,食餌に対する嗜好性が変化することを見出した。また我々は,レプチンによる骨格筋でのAMPキナーゼの活性化が脳のメラノコルチン受容体を介すること,メラノコルチン受容体作動薬を脳室内に投与すると,レプチン抵抗性を有する肥満マウスにおいても骨格筋でのAMPキナーゼを活性することを見出した。さらに我々は,アディポネクチンが,末梢組織だけでなく,視床下部のAMPキナーゼをも活性化し,レプチンの作用に拮抗して摂食量を増加させることを見出した。

 

レプチン,神経ペプチド,BDNFによる糖・脂質代謝調節機構の解明

箕越 靖彦
志内 哲也
李 順姫
斉藤 久美子

 我々は,レプチンが摂食行動を抑制するだけでなく,視床下部−交感神経系の働きを介して褐色脂肪組織や骨格筋などエネルギー消費器官でのグルコースおよび脂肪酸の利用を促進することを明らかにしてきた。我々は,この作用がレプチンだけでなく,視床下部に特異的に発現する神経ペプチド・オレキシンによっても惹起されることを見いだした。オレキシンは,睡眠覚醒レベルの調節,報酬系の調節などに関与する。このことからオレキシンは,覚醒レベルを高めると同時に,骨格筋での代謝を亢進させるなど,食餌獲得行動など行動発現の調節に関与すると考えられる。さらに我々は,オレキシンが味覚刺激によって活性化され,その結果,交感神経−β2アドレナリン受容体経路を介して骨格筋での糖の取り込みを促進することをβ受容体のノックアウトマウスなどを用いて明らかにした。

 また,最近我々は,マウスに高脂肪食を摂取させると,脂肪細胞においてBDNFが発現することを見出した。そして,発現したBDNFが脂肪細胞自らに作用し,TrkB-T1受容体を介して血栓形成を促進するアディポカイン,PAI-1の発現を抑制することを見出した。現在,このシグナル伝達機構についてin vivo,in vitroの両面で調べている。

 

脂肪酸酸化を促進するレプチン・シグナル伝達機構の解明

箕越 靖彦
鈴木 敦

 本研究では,筋芽細胞株であるC2C12細胞を用いて脂肪酸酸化を促進するレプチンのシグナル伝達機構を調べている。この研究により,レプチンが,ATM並びにCaMKKβを介してAMPキナーゼを活性化することを見いだした。活性化したAMPキナーゼは,acetyl-CoA carboxylase (ACC)をリン酸化してその活性を抑制し,その結果,ACCの産物であるmalonyl-CoA量を低下させる。malonyl-CoAは脂肪酸をミトコンドリアに取り込む酵素,CPT1の強いアロステリック阻害剤であるので,malonyl-CoA量が低下することでCPT1活性が上昇し,ミトコンドリアでの脂肪酸酸化が促進する。さらに我々は,活性化したAMPキナーゼが核内に移行し,脂肪酸酸化関連遺伝子の発現に関わる転写調節因子PPARαの発現を促進することを見出した。ミトコンドリアでの脂肪酸酸化と核内のPPARαの発現は,AMPキナーゼのβサブユニットによって制御されることを見出した。

 

AMPキナーゼ・ファミリー,ARK5による代謝調節作用の解明

箕越 靖彦
鈴木 敦

 ARK5 (AMPK-related kinase 5) はAMPKファミリーの一つであり,IGF1やインスリンによって活性化する腫瘍細胞の悪性化因子である。しかし,正常組織における生理作用は解明されていない。ARK5は,脳,心臓,骨格筋に発現するが,今回我々は,ARK5が,ob/ob肥満マウス脂肪組織において強く発現することを見出した。そこで,骨格筋と脂肪細胞におけるARK5の機能を調べた。ARK5は,ob/obマウスの脂肪細胞だけなく,約1週間高脂肪食を摂取させたマウス脂肪細胞,3T3-L1脂肪細胞においても恒常的にARK5を発現していた。インスリンは,骨格筋,ob/obマウス,高脂肪食を摂取したマウスの脂肪細胞のARK5を活性化した。3T3-L1脂肪細胞とC2C12骨格筋細胞にdominant negative (DN)-ARK5 を発現させたところ,インスリンによる分化,糖取込み,Akt及びGSK3のリン酸化が抑制された。さらに,レンチウイルス及び電気穿孔法を用いてマウス副睾丸,皮下脂肪組織にDN-ARK5を発現させると,高脂肪食摂取による肥大が抑制され,インスリンによるAkt,GSK3のリン酸化も抑制された。以上の実験結果から,ARK5は,ob/ob及び高脂肪食を摂取したマウスの脂肪細胞,並びに骨格筋においてインスリン作用を増強すると考えられる。特に,脂肪細胞では,高脂肪食による脂肪細胞の肥大,増殖に関与している可能性が高い。現在,DN-ARK5を脂肪細胞,骨格筋で発現するトランスジェニックマウスを作製しており,これを用いてARK5の機能をより明らかにしたいと考えている。

 


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