生理学研究所年報 第28巻
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脳機能計測センター

形態情報解析室

【概要】

 形態情報解析室は,形態に関連する超高圧電子顕微鏡室(別棟)と組織培養標本室(本棟2F)から構成される。

 超高圧電子顕微鏡室では,医学生物学用超高圧電子顕微鏡(H-1250M型;常用1,000kV)を,昭和57年3月に導入して同年11月よりこれを用いての共同利用実験が開始されている。平成17年度は共同利用実験計画が24年目に入った。本研究所の超高圧電顕の特徴を生かした応用研究の公募に対して全国から応募があり,平成17年度は最終的に10課題が採択され,実施された。これらは,厚い生物試料の立体観察と三次元解析,薄い試料の高分解能観察等である。共同利用実験の成果は,超高圧電子顕微鏡共同利用実験報告の章に詳述されている。超高圧電子顕微鏡室では,上記の共同利用実験計画を援助するとともに,これらの課題を支える各種装置の維持管理及び開発,医学生物学用超高圧電子顕微鏡に関連する各種基礎データの集積および電子顕微鏡画像処理解析法の開発に取り組んでいる。電子線トモグラフィーによる手法には,UCSD,NCMIRによる方法及びコロラド大で開発されたIMODプログラムでの方法を用いて解析を進めている。

 本年度の超高圧電顕の利用状況の内訳は,共同利用実験等 143日,修理調整等 49日である(技術課脳機能計測センター形態情報解析室報告参照)。電顕フィルム等使用枚数は 7,697枚,フィラメン点灯時間は 481時間であった。装置は,平均73%の稼働率で利用されており,試料位置で10-6Pa台の高い真空度のもとに,各部の劣化に伴う修理改造を伴いながらも,高い解像度を保って安定に運転されている。

 組織培養標本室では,通常用およびP2用の培養細胞専用の培養機器と,各種の光学顕微鏡標本の作製および観察用機器の整備に勤めている。

 

小腸絨毛上皮下線維芽細胞の中間系フィラメント

古家 園子(形態情報解析室)

 生体内には,星状の形態を示す特殊な線維芽細胞が存在する。肝臓の星細胞,小腸や大腸上皮下の線維維芽細胞などがその典型である。これらは,病理的な状態では脱分化してαアクチンを発現するようになり,盛んな免疫応答をかねそなえた平滑筋様の細胞へと変化する。

 従来,正常状態における小腸絨毛上皮下線維芽細胞のメカノセンサーとしての機能に注目して研究を進めてきたが,今回は生後発達過程におけるこれらの細胞の中間系フィラメントやαアクチンの発現の変化を各種の抗体を用いて,免疫組織化学の手法にて解析を行った。

 

超高圧電子顕微鏡(H-1250M:1,000kV)像における磁界型レンズのヒステリシス効果

有井達夫(形態情報解析室)

 顕微鏡においては,倍率は基本的に重要な要素である。生理研の超高圧電子顕微鏡ではグレーティングレプリカを用いて校正されている。実際に像を撮影するときには,scan1(メッシュ像;約225倍のディフォカス像)のモードにおいて一様に照射してから撮影する方法を薦めている。これは,エポン包埋切片などにおいてメッシュ全体を一様に弱い照射を行うことにより試料を安定化することにおいても効果がある。その後,zoomモードに移行して撮影するが,低倍の撮影においては,倍率45k倍(k:1,000)以下で観察し50k倍以上としないようにすることを勧めている。これは現在の生理研の超高圧電子顕微鏡において,倍率50k倍を越えると,結像のモードが変更されるので,50k倍以上で撮影した後に,45k倍までの比較的低い倍率で撮影すると,実際の倍率が10%以上減少することによる。これを避けるには,50k倍以上で撮影後,45k倍以下の低倍で撮影するときには,一度,scan1のモードにしてから撮影するようにする。この操作により,5%以内の倍率の再現性を得ることができる。倍率の変化は,磁界型レンズのヒステリシス効果に由来するものである。

 

 

機能情報解析室

【概要】

 随意運動や意志・判断などの高次機能を司る神経機構の研究が進められた。サルを検査対象として,大脳皮質フィールド電位の直接記録や陽電子断層撮影法などを併用して解析している。

 

意志に関係する脳活動の研究

逵本 徹

 「意欲」や「意志」の神経機序は不明な点が多い。これまでに陽電子断層撮影法を用いた研究で,前頭前野・前帯状野・海馬の脳血流量が想定される意欲の変化と一致した変動を示すことを明らかにした。大脳辺縁系と前頭前野の「意欲」への関与を示唆する知見と考えられる。さらに一歩進めて,この脳領域でどのような神経活動が行われているのかを解明するために,運動課題を行うサルの大脳皮質フィールド電位を記録した。その結果,前帯状野32野と前頭前野9野のシータ波活動が「意欲」や「注意」に相関していると解釈可能な知見を得た。両部位のシータ波は高いコヒーレンスを示し,これらの部位が機能的に関連していることを示唆する。ヒトの脳波で「注意の集中」に関連して観察される前頭正中シータ波(Frontal midline theta rhythms)に相当するものと考えられる。現在,サルのシータ波の発生状況をさらに詳しく研究中である。

 

 

生体情報解析室

【概要】

 生体情報解析室は,根本知己准教授と機能協関研究部門より一時的に出向した高橋直樹技術職員(2007年5月まで)からなる2光子顕微鏡を担当するグループと,生体情報解析用コンピュータシステム,所内情報ネットワークの維持管理を担当する吉村伸明技術課職員,村田安永技術課職員から構成される。本稿では2光子顕微鏡グループについてのみ概要を述べる。2光子顕微鏡グループは機能協関研究部門,生体恒常機能発達部門の協力を得,5F511号室クリーンルームに広帯域高出力型の超短光パルスレーザーとレーザースキャニング型蛍光顕微鏡からなる2光子顕微鏡システムを計3台管理している。本年度は広波長帯域の近赤外フェムト秒パルスレーザー装置を新たに導入し,主としてカルシウムイメージングなど細胞機能イメージングを可能とした。

 本年度,2光子顕微鏡グループは,分泌腺・神経組織における形態変化や機能イメージング,開口放出の分子機構について研究を推進した。まず生体恒常機能発達機構研究部門と共同し,個体in vivoイメージング用正立型2光子顕微鏡システムを構築した。本システムでは麻酔下のマウス大脳新皮質の表面から0.9mm以上深部においても断層像を得ることが可能であり,世界でトップクラスのスペックを実現することに成功した。さらに動的なレーザー特性制御システムを開発し,世界にさきがけて,麻酔マウス大脳新皮質V層のbasal dendriteの超微細構造を明瞭に可視化することに成功した(知的財産委員会了承済,特許申請準備中)。さらに,科学振興機構産学共同シーズイノベーション化事業(顕在化ステージ)の支援を受け,多光子励起法における①in vivoイメージング技術②レーザー光学的な特性③対物レンズ等光学要素④生体標本の安定化(知的財産委員会了承済,特許申請準備中)といった要素技術の開発を推進した。

 また,神経伝達物質の開口放出について名古屋大学大学院医学系研究科・廣瀬謙造教授,並木繁行博士の開発したグルタミン酸検出用蛍光プローブを用いて2光子顕微鏡によるライブイメージングの検討を行った。さらに,イノシトールリン脂質やカルシウムイオンを介したシグナル伝達系による開口放出の研究を開始した(九州大学大学院歯学研究院・平田雅人教授,兼松隆准教授らのグループと共同研究)。またカルシウム依存性の開口放出における溶液輸送過程,溶液輸送については唾液腺標本を用いたリアルタイムイメージング手法の開発を行い,水チャネルの動態とその生理的な役割について示唆を得た(日本大学松戸歯学部・杉谷博士教授,松木(福島)美和子博士との共同研究)。膵臓外分泌腺における水チャネルAQP12の生理的機能について,東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科・佐々木 成教授,内田信一准教授,頼 建光博士のグループにて作成されたノックアウトマウスを用いて検討を行った。

 さらに,2光子顕微鏡グループでは狭義の細胞生理学の枠を越えた応用研究も開始した。発生生物学においては,バイオ分子センサープロジェクトの支援を受け,体左右差の発生を決定するノード流を検知するセンサー分子について,基礎生物学研究所時空間制御研究室・野中茂紀准教授と共に研究を開始した。特定のシグナル分子の動態を世界にさきがけて可視化することに成功した。また免疫細胞の2光子in vivoイメージングについて,関西医科大学附属生命医学研究所所長木梨達雄教授,戎野幸彦博士のグループと共に研究を開始し,生きたマウスのリンパ節への細胞運動を観察することに成功した。その他,企業と共同実験を数件実施したが,守秘義務のため内容は割愛する。

 定期的に自主的なバイオイメージング・セミナーを12回開催し,生理学研究所,基礎生物学研究所,分子科学研究所を横断した多くの若手研究者の参加があった。


図1

図1. 生きているマウスの大脳皮質のGFP発現神経細胞群の3次元再構築。2光子顕微鏡の優れた深部到達性 は,生体深部の微小細胞形態や活動を観察することを可能とする。新たに構築した“in vivo” 2光子顕微鏡 は,大脳表面から0.9mm以上の深部を観察することが可能であり,マウス個体を生かしたまま大脳皮質 全体を可視化し得る世界トップクラスの顕微鏡である。 (鍋倉淳一教授との共同研究)。



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