生理学研究所年報 第28巻
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行動・代謝分子解析センター

遺伝子改変動物作製室

【概要】

 脳機能に代表されるような複雑な生物反応機構の解明に分子生物学的技術と発生工学的技術を駆使して作製する遺伝子転換動物は必要不可欠で,とくにラットの遺伝子ターゲッティング技術の開発は脳神経系遺伝子を含む数万にも及ぶ遺伝子の役割を研究するために切望されている。遺伝子改変動物作製室では遺伝子改変動物(マウス,ラット)の作製技術を提供しつつ,遺伝子ターゲッティングによるノックアウトラットの作製,さらには,作製した遺伝子改変動物の脳研究への積極的応用を目指している。これまでにES細胞や精原細胞の株樹立を試みるとともに,核移植や顕微授精など,ラットにおける発生工学的技術の高度化に加えて,遺伝子改変動物を利用した高次脳の発達形成メカニズムの解明に取り組んできた。研究課題のうち下記の4題について具体的に示す。(1)顕微授精 (ICSI) 技術を応用したラットへの外来遺伝子の導入,(2)精子幹細胞(GS細胞)によるKOラット作製,(3)クローンラット開発に向けたラット卵子の自発的活性化機構の解明,(4)大脳皮質第一次視覚野上に存在する遠近感の知覚に必須の機能ユニット“眼優位カラム”の発達形成メカニズムの解明研究。

 

リコンビナーゼで被覆したEGFP遺伝子はラットゲノムに導入されやすいか?

平林 真澄, 加藤 めぐみ, 金子 涼輔

 マウス,ヤギ,ブタでは,リコンビナーゼ(RecA)タンパクで被覆した外来遺伝子を用いるとトランスジェニック(Tg)動物の作製効率が改善されるという。そこでEGFPおよびOAMB遺伝子をRecAタンパクで被覆し,前核注入法と顕微授精法によるラット個体ゲノム上への導入効率を調べた。しかしRecAを介したTgラットの作製効率は0〜2.9% に過ぎず,対照区の値 (0.9〜2.8%) と差は認められなかった。当該タンパク質がゲノムに対して外来遺伝子を組み込まれやすくする働きを持つかどうかについては,ラットでは否定的な結果しか得られなかった。

 

 

マウス精巣内でラット精原細胞から分化した精子細胞の正常性

平林 真澄, 加藤 めぐみ, 篠原 隆司 (京都大)

 精原細胞の精子形成を研究するためには精細管移植が必須で,生殖幹細胞の分化能を評価するためにも有効な手段となる。しかしながら,異種動物間の環境下で成熟した生殖細胞が正常に分化し,かつ雄性配偶子として正常に機能するかどうか,証明されていなかった。そこでラット精原細胞をマウス精細管に移植することで精子細胞へと分化させ,それらをラット卵子に顕微授精して産仔発生能を検討した。生後2週齢のEGFP-Tgラット精巣から酵素処理により精子幹細胞を採取し,予めブスルファンを投与することで内因性の精細胞を枯渇させたヌードマウスの細精管内に移植した。移植5ヶ月後のマウス精巣にはラット生殖細胞由来のEGFP発現が見られ,半数体の精子細胞および成熟精子が観察された。これらの精子細胞をラットの未受精卵子に顕微授精することで産仔に寄与することを証明した。また,性成熟後の妊孕性および正常なゲノム刷り込みパターンを保持していることも確認した。種間生殖細胞移植と顕微授精による産仔獲得は,遺伝子改変動物の作製ならびに絶滅危惧種の保護に有効な手段になり得る。

 

ラット卵子の自発的活性化機構におけるMos-MEK-MAPK経路の役割

伊藤 潤哉, 加藤 めぐみ, 平林 真澄

 体細胞核を移植した再構築胚に高率に早期染色体凝集 (PCC) を誘起するにはMPF活性を高く維持しておく必要があり,これに関わる細胞周期停止因子 (CSF) を探索した。自発的活性化が多発するWistar由来ラット卵子とあまり起こらないSD由来ラット卵子とのMosおよびその下流のMEK,MAPK活性,ならびにサイクリンB量の比較から,この経路 (Mos-MEK-MAPK) がCSFとして機能していたと示唆された。また,プロテアソーム抑制剤を用いた実験から,ラット卵子に特徴的でクローン作製の障害となる自発的活性化という現象には,プロテアソームを介したMos-MEK-MAPKおよびp34cdc2 kinaseの不活性化機構が関与していると考えられた。

 

大脳皮質第一次視覚野上に存在する遠近感の知覚に必須の機能ユニット
“眼優位カラム”の発達形成メカニズムの解明に向けて

冨田 江一, 三宝 誠, 山内 奈央子, 平林 真澄

 大脳皮質第一次視覚野には,多くのカラム構造をした機能ユニットが存在する。中でも,遠近感の知覚に重要と考えられる眼優位カラムは,発生研究および可塑性研究の一番の対象である。この眼優位カラム構造は,出生前後の発生期に大まかに形成され,その後の発達期,外部からの視覚入力によって機能的なカラム構造へと可塑的に構築される。しかしながら,この過程における詳細な分子メカニズムは明らかにされていない。当教室では,発生期から発達期にかけて,このカラム構造に特異的に発現している因子群の単離に成功した。さらに,この中の1因子の遺伝子シークエンスを解析したところ,この因子は,色々な制御因子の活性化と集積化をコントロールするシャペロンタンパク質の1つであることが分かった。今後は,遺伝子改変動物のシステムを利用して,この因子群の機能解析を行うことで,発生期から発達期における,眼優位カラム形成を司る分子メカニズムを明らかにする。

 


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