2006年9月28日−9月29日
代表・世話人:老木 成稔(福井大学 医学部)
所内対応者:久保 義弘(自然科学研究機構 生理学研究所 神経機能素子)
- (1)
- CFTRチャネルNBDゲーティングエンジンの動作機構
相馬 義郎(大阪医科大基礎医学Ⅰ生理学教室)
- (2)
- 内向き整流カリウムチャネルの2モードモデル
柳(石原)圭子(佐賀大学医学部生体構造機能学器官細胞生理分野)
- (3)
- 細胞膜Vacuolar-type H+ - ATPaseを介するプロトン電流の特性
久野 みゆき,酒井 啓,川脇 順子,森浦 芳,森 啓之
(大阪市立大学大学院医学研究科分子細胞生理学)
- (4)
- HERGチャネル−薬物複合体のカリウムイオン透過シミュレーション
神谷 成敏,米澤 康滋,中村 春木(神戸大学大学院医学系研究科)
- (5)
- ATP 受容体チャネルP2X2 の思いがけない性質
藤原 祐一郎,久保 義弘(生理学研究所神経機能素子研究部門)
- (6)
- 電顕画像の単粒子解析法によるP2X2イオンチャンネルとアルツハイマー関連タンパク質g- セクレターゼの構造解明
小椋 俊彦,三尾 和弘,佐藤 主税(産業技術総合研究所脳神経情報研究部門)
- (7)
- 細胞膜上でのシグナル変換の1分子イメージング解析
楠見 明弘(京都大学医学部再生医科学研究所)
- (8)
- 心筋細胞数理モデル(Kyoto Model) の利用
皿井伸明,竹内綾子,松岡達,野間昭典
(京都大学医学研究科ナノメディシン融合教育ユニット細胞機能制御学)
- (9)
- 機械受容チャネルMscLは閉じていられるぐらい固く,膜の張力で開くぐらい軟らかい
吉村 建二郎(筑波大学生命環境科学研究科構造生物科学専攻)
- (10)
- 分子動力学シミュレーションによる大腸菌機械受容チャネルMscLのゲーティング機構の解析
澤田 康之,村瀬 雅樹,曽我部 正博(名古屋大学大学院医学系研究科細胞生物物理)
- (11)
- KcsAチャネルのゲーティングによる構造変化
老木 成稔,清水 啓史,岩本 真幸,今野 卓,佐々木 裕次(福井大学医学部分子生理)
- (12)
- 人工平面膜に再構成した膜タンパク質のダイナミクス計測技術
田端 和仁,野地 博行(大阪大学産業科学研究所高次細胞機能講座)
- (13)
- 膜超分子イオニックモーターの分子構築
本間 道夫(名古屋大学大学院理学研究科)
- (14)
- チャネルの機能を構造から理解するために
藤吉 好則(京都大学大学院理学研究科生物物理学教室)
【参加者名】
藤吉好則(京都大学大学院理学研究科生物物理学教室),本間道夫,寺島浩行(名古屋大学大学院理学研究科),久野みゆき(大阪市立大学大学院医学研究科分子細胞生理学),楠見明弘(京都大学医学部再生医科学研究所),神谷成敏,(神戸大学大学院医学系研究科),田端和仁(大阪大学産業科学研究所高次細胞機能講座),皿井伸明(京都大学医学研究科ナノメディシン融合教育ユニット細胞機能制御学),竹内綾子(京都大学大学院医学研究科ナノメディスン融合教育ユニット),姫野友紀子,金鳳柱(京都大学医学研究科細胞制御統御学),佐藤主税(産業技術総合研究所脳神経情報研究部門),相馬 義郎(大阪医科大基礎医学Ⅰ生理学教室),辰巳仁史,澤田康之,村瀬雅樹,高橋賢,町山裕亮(名古屋大学医学研究科細胞生物物理),柳(石原)圭子(佐賀大学医学部生体構造機能学器官細胞生理分野),吉村建二郎(筑波大学大学院生命環境科学研究科構造生物科学専攻),野村健(科学技術振興機構ICORT/SORST),石井孝広,山田玲(京都大学大学院医学研究科神経生物学),畠岡由香里(松下電器産業(株)先端技術研究所),久木田文夫(生理研統合バイオ),黒川竜紀,村田喜理,大河内善史,西野敦雄,蒲野淑子,岡村康司(統合バイオ神経分化),沼田朋大(生理研機能協関),佐竹伸一郎(生理研生体情報),老木成稔(福井大学医学部分子生理),久保義弘,立山充博,中條浩一,長友克広,松下真一,Batu Keceli,石井裕(生理研神経機能素子)
【概要】
チャネル・トランスポータ・ポンプなど膜機能分子の構造・機能に関する情報が近年急速に蓄積し,分子機構についての理解が深まっている。分子が働く有様をダイナミックに捉えることこそ生理学の目指すところであるが,その目的を達成するための大きな前進が行われてきた。このような進歩の裏には基本的な手法の絶え間ない技術革新が基礎にある。そのような研究の初期に芽生えたアイデアや地道な実験の工夫などをじっくりと議論できるための場を作るべく本研究会を開催した。膜機能分子の分子機構の解明という共通の目標に向かって様々なバックグラウンドを持つ研究者が集い,研究の現状を概観し,将来の進歩を展望することができた。エネルギッシュな発表が相次ぎ,比較的余裕を持ったスケジュールの中で十分に議論を深めることができた。原子レベルの構造から一分子の機能・ダイナミクスまで,実験的・理論的解析が急速に展開している現状を把握でき,若い研究者が積極的に参加できる研究会に発展させたいと考えている。
相馬 義郎(大阪医科大基礎医学Ⅰ生理学教室)
ABCトランスポータは,2つのNucleotide Binding Domain (NBD) を持つ膜タンパク質の総称で,およそ50種のメンバーを内包するスーパーファミリーを形成して,生理学的に重要な役割を果たしている。これら2つのNBDは,ATP分子の結合と加水分解のサイクルを繰り返して,トランスポータ分子の輸送機能を発揮するための機械的駆動力を供給している。このスーパーファミリーのメンバーであるCFTRチャネルでは,このNBDエンジンの駆動力を利用してチャネルゲートの開閉を行っていると考えられる。
最近の研究結果により,それぞれのNBDのATP結合部位は他方のNBDへの対向面にあり,それらの結合部位にATPが結合して,ATP2分子を挟み込んだ形でNBD 2量体を形成することが明らかになってきた。現在,CFTRチャネルおいては,この2量体形成によってチャネルゲートは閉から開状態に遷移し,ATPの加水分解による2量体の解離に伴ってゲートが閉状態に戻るという作業仮説が提唱されている。
本研究会では,このABCトランスポータ・スーパーファミリーに共通していると考えられるNBDエンジンの作動動態についてのより詳細な解析および分子構造との連関について紹介した。
柳(石原)圭子(佐賀大学医学部生体構造機能学器官細胞生理分野)
強い内向き整流性を示す古典的内向き整流カリウムチャネルは脱分極電位で外向き電流が流れないが,逆転電位付近では外向き電流が流れる。この外向き電流は心筋,骨格筋,血管内皮細胞など様々な細胞において膜電位を負電位側に維持し,さらに心筋細胞では活動電位の速い再分極を引き起こす。この外向き電流が流れるメカニズムは依然不明である。例えばセルアタッチモードでは外向きの単一チャネル電流は記録されないし,時間依存性の開閉機構は逆転電位より正電位側では最大に閉じてしまう。我々は古典的内向き整流カリウムチャネルの分子実態と考えられるKir2チャネルを293T細胞に発現させ,インサイドアウトパッチ膜から巨視的電流を記録して外向き電流の機序を検討した。その結果,チャネルの時間依存性開閉を引き起こすのは細胞内のスペルミン(4価ポリアミン)とチャネルとの電位依存性の相互作用(ブロック)であるとして矛盾しないが,最大コンダクタンスのうちKir2.1で約10%,Kir2.2で約7 %の成分を担うチャネルはスペルミンによるブロックに対する感受性が低く,外向き電流はこのチャネルを通ることが示唆された。細胞膜内側に存在するポリアミン種が異なるとブロックに対する感受性が低いチャネルの割合は変化し,ポリアミンはチャネルと結合して,ポリアミン感受性の異なる2つのチャネル・モードの平衡を制御する働きを合わせ持つと考えられる。
久野 みゆき1,酒井 啓1,川脇 順子2,森浦 芳枝1,森 啓之1
(大阪市立大学大学院医学研究科分子細胞生理学1・中央研究室2)
細胞膜には,プロトン (H+) を選択的にトランスポートするチャネル,ポンプ,トランスポータなど多様な機能分子が存在する。その動作原理や活性調節のメカニズムはさまざまであるが,自己調節的なfeedbackに基づき pHホメオスターシスの枠組みの中で働くと考えられている。電気生理学的手法はイオントランスポートの研究に威力を発揮するが,イオンチャネルに比べポンプやトランスポータ活性の検出には制約が多い。Vacuolar-type H+-ATPase (V-ATPase) は細胞内の小胞膜に普遍的に存在し,小胞内への物質取り込みの原動力としての重要な役割を担っている。しかし,ある種の細胞では,分子的に同一のV-ATPaseが細胞膜にも発現している。私達は,細胞膜に高密度にV-ATPaseを発現しているマウス培養破骨細胞を用いてV-ATPase電流の検出を試みた。ホールセルクランプ下で,細胞内ATPに依存し,V-ATPaseのブロッカー (bafilomycin A1およびDCCD) によって抑制されるH+ 電流が記録された。H+ の平衡電位よりはるかに過分極側でも外向きに流れたが,振幅は細胞内外のpHおよび電位勾配に依存し,細胞外Ca2+ によって抑制された。
神谷 成敏1,米澤 康滋2,中村 春木2(1神戸大・院・医,2阪大・蛋白研)
ヒト ether-a-go-go-related gene (HERG) にエンコードされるHERGチャンネルは,電位依存性のカリウムイオンチャンネルである。HERGは心臓で多く発現し,不整脈に関わるため,薬剤との作用機序の研究が行われている。本研究では,チャンネル内外のイオンをブラウン運動する粒子として取り扱うBrownian Dynamics (BD)プログラムを開発し,HERGのイオン電流のシミュレーションを行った。このプログラムでは,フェムト秒からミリ秒オーダーのシミュレーションが可能である。
HERGチャンネルの結晶構造はこれまで得られていないため,KvAP (PDB ID, 1ORQ)をテンプレートとしたホモロジーモデルを用いた。HERGと薬剤ニフェカラントとのドッキングシミュレーションから複合体モデルを構築した。膜と溶媒の水は,それぞれ,誘電率4.0,78.5の連続誘電体とした。カリウム,塩化物イオンは粒子として取り扱い,濃度を150 mMとした。HERGチャンネルのフィルター部分の原子を粒子として,それ以外の部分をmeshとして取り扱う新規モデル (Particle-Particle Particle-Mesh, PPPM) を採用し,フィルター部分におけるイオンとの相互作用を高精度で評価した。HERGチャンネルのアポ体のシミュレーションから,実験で得られた単一チャンネルのイオン電流の外部電場依存性を再現することを確認した。また,HERG−ニフェカラント複合体のイオン電流のシミュレーションから,薬剤のブロックのメカニズムを議論した。
藤原 祐一郎,久保 義弘(生理学研究所神経機能素子研究部門)
P2X受容体は細胞外 ATP によって活性化される非選択性陽イオンチャネルである。分子構造上は2回膜貫通型のサブユニットの 3量体であることが知られている。2つの膜貫通部位には膜電位センサーを思わせる部域はなく,膜電位依存性を持つチャネルとは認識されていない。
我々は,ツメガエル卵母細胞を発現系として用い,2 本刺し膜電位固定下で,ATP投与後の定常状態におけるP2X2 チャネル電流と膜電位との関係を定量的に解析した。P2X2 チャネル電流は内向き整流性を示すことが知られているが,脱分極電位から過分極電位へのパルス刺激を与えた時,チャネルポアの持つ性質による瞬時の電流レベルの変化に加え,緩徐な内向き電流の活性化相が見られた。この活性化は,より高い脱分極電位に,より長く保持した時に,より顕著にみられた。このことから,膜電位に依存したゲート機構が存在し,過分極電位で開きやすいことが明らかになった。この活性化相は細胞外のATP 濃度に依存性を示し,ATP 濃度が低い時は活性化が遅く高い時は速かった。すなわち,ATP 投与後の定常状態において,P2X2 チャネルは,膜電位とATP 濃度に依存するゲート機構を持つことが新たに示された。
現時点では,膜電位とATP 濃度に依存してチャネルの活性化が起こる機構の詳細は明らかではないが,ATP は負電荷を帯びているため,ATP の結合自体に膜電位依存性がある可能性も考えられよう。
小椋 俊彦,三尾 和弘,佐藤 主税(産業技術総合研究所脳神経情報研究部門)
ATP はエネルギー源として有名だが,痛みを感じるときの細胞間情報伝達物質としても用いられている。その受容体であるP2XおよびP2Yは,痛みを受ける皮膚から中枢神経系までの経路に豊富に存在していて,その遺伝子群は十数種類にもおよび,super familyを形成している。普通の接触が痛みに感じられる遺伝病など様々の遺伝病の原因遺伝子としても,この種類のチャンネルが同定されている。しかし,その構造は未知であった。その中のP2Xはそれ自体がイオンチャンネルであり,ATPとの結合によって開く。我々は生理研の久保・山本等との共同研究により,P2X2の負染色電顕像の2次元平均化による可視化に成功し,全体として花瓶の様な形の3量体であることを解明した。3量体構造は,イオンチャンネルとして極めて新規である。本受容体種は我々の体内のほとんどの細胞に存在しており,その新たな機能の発見が期待されている。
また膜タンパク質であるg -secretaseは一回膜貫通型タンパク質を細胞膜内で切断するプロテアーゼであり,部分的に疎水的なペプチド断片を細胞外に放出する。これらの切断産物には,アルツハイマー症患者脳内に老人斑として蓄積し,その病因に深く関連すると考えられているb -アミロイドも含まれる。膜タンパク質の超分子複合体であるg -secretaseの低分解能での構造解明に,東大の岩坪・富田・浜窪等との共同研究により成功した。
楠見 明弘(京都大学医学部再生医科学研究所)
胞中の生体ナノシステムがはたらく仕組みを理解するためには,生きている細胞中で,ナノシステムがはたらいている状態で,そのナノシステムを直接観察し調べることが望ましい。細胞内のナノシステムは,基本的に,熱揺らぎや熱拡散運動によって作られはたらく。したがって,非同期で確率過程論的に動き回る分子がどのようにナノシステムの機能を創出するかということが,興味の中心となる。近年,システムを作る1分子ずつを生細胞中で追跡し,挙動を調べる方法が大きく進みつつある。その結果,数個から数10個の分子が短寿命の複合体を作り,この複合体が,情報伝達などの機能を担うユニットとなるらしいという例がいくつも見いだされるようになった。これらの具体例を紹介した。
皿井伸明,竹内綾子,松岡達,野間昭典
(京都大学医学研究科ナノメディシン融合教育ユニット細胞機能制御学)
生体を構成する機能要素を細かく分割して,タンパク分子レベルでの機能の解明がなされている。しかしながら,生体内では非常に多くの機能性タンパクなどが複雑な相互反応をしているため,個々の分子機能が分かっても必ずしも系全体の振る舞いが把握できない。そこで,個々の分子機能を数式化し,それらを統合した数理モデルを作成し,計算機上で生命現象を再現する手法,すなわちシステムバイオロジーと呼ばれる手法が近年急速に立ち上がりつつある。我々は独自に包括的な心筋細胞の数理モデルを作成し,研究のツールとして用いている。Na/Ca交換機転をノックアウトしても心機能が保たれたという報告に対して,モデルを用いた解析を行った結果,実験で示されたCa電流の低下と共に,細胞膜Caポンプの活性上昇が生じている可能性を提示した。さらに,Na/Ca 交換機転がCaポンプよりも優位な系の方がより安定で,効率的であることを示した。また,Na/Kポンプを抑制しても細胞容積変化が起こらないという実験結果をモデルを使って検討したところ,細胞膜Caポンプが細胞容積を保つ上で重要な働きをしていることが示され,追加実験の結果もモデル予測を支持するものであった。直接計測することが困難な細胞膜Caポンプの働きを,コンピュータシミュレーションにより可視化できた。なお,京都モデルはインターネットで公開しており,自由に利用可能である。
吉村 建二郎(筑波大学生命環境科学研究科構造生物科学専攻)
バクテリアにはMscLという機械受容チャネルが普遍的にある。単離精製し人工膜に埋め込んでも機械受容の能力が正常であることから,細胞膜の張力を直接的にチャネルタンパクが感じていると考えられている。細胞膜の張力でチャネルが構造変化を起こしイオンが通る穴が開くためには,チャネルタンパクは外からの力により構造変化を起こすぐらいゆるい部分をもたないとならない。MscLは2回膜貫通型のサブユニットの5量体であるが,その1回目の膜貫通部位TM1の細胞内側が束ねられていて,チャネルの穴が閉じている。束ねられている部分は疎水的であるが,そこに親水的なアミノ酸への変異を入れるとMscLは開きやすくなり,逆に疎水的なアミノ酸を導入するとMscLは開きにくくなる。このことからTM1の細胞内側が適度にゆるく束ねられていることがMscLの細胞膜の張力への感度を決めていると考えられる。一方,脂質と接している部分には細胞膜の張力を受けるところがあるはずである。脂質と相互作用している疎水的なアミノ酸のすべてを逐一親水的なアミノ酸に置換して機械受容能を調べた結果,細胞外側の細胞膜の表面直下に変異が入ると機械受容能が失われることが分かった。したがって,この部分が細胞膜の張力を受け取っていると考えられるが,それは,膜タンパク一般が細胞膜から陰圧(タンパクを広げようとする力)を受ける部位と一致する。
澤田 康之1,村瀬 雅樹2,曽我部 正博1,2,3
(1名大院 医 細胞生物物理,2JST ICORP/SORST 細胞力覚,3生理研 分子生理)
大腸菌機械受容チャネルMscLは二回膜貫通へリックスを持つホモ5量体で構成されており,細胞膜の膜面に発生した張力を直接感受してゲーティング(開口)する膜蛋白質である。大腸菌MscLの3D構造は,同様の構造を有する結核菌MscLの結晶解析に基づいて提案されている。これまでに電気生理(パッチクランプ)や電子常磁性スピン(EPR),あるいは分子動力学シミュレーションに基づいて,いくつかのゲーティングモデルが提案されている。しかし,これらの先行研究では脂質膜とMscLタンパクとの間の相互作用が考慮されておらず,MscLがどの部位で膜面張力を受容し,それがどのようにゲーティングを導くかは明らかにされていない。そこで本研究では,蛋白質−脂質膜間の相互作用を考慮したモデルを作成して分子動力学シミュレーションを行った。
MscLの初期構造には既に提案された大腸菌MscLの構造モデルを用い,その周囲に脂質二重膜 (POPC) を配置した。次にMscLを含む膜の内外に水分子を配置した。膜面張力は膜面に平行な方向の圧力を下げることにより発生させた。
その結果,膜面張力によるMscLの開口が確認できた。さらに,これまでに報告されている開きやすい変異体(F29N) や,開きにくい変異体 (F78N) のモデルを作成して同様のシミュレーションを行ったところ,実験結果と整合性のある結果が得られた。
老木 成稔,清水 啓史,岩本 真幸,今野 卓,佐々木 裕次
(福井大学医学部分子生理,SPring-8,JASRI,CREST,JST)
最近数年間で数種類のKチャネルの立体構造が得られた。これらの像から明らかになったことは,ポアドメイン構造の高い共通性と,開・閉構造のチャネル分子種間の共通性である。このことから,Kチャネルに共通のゲート機構が存在すると想像される。開閉2構造のスナップショットをつなぐダイナミックな構造変化をリアルタイムでたどるための方法を確立する必要がある。1分子X線計測法 (Diffracted X-ray Tracking [DXT], Sasaki et al. 2000) では,蛋白質に結合させた金ナノ結晶からのX線回折スポットの動きから,蛋白質の微小な構造変化をリアルタイムで捉えることができる。この方法をKcsAカリウムチャネルに適用するための方法を開発し,KcsAチャネルのpH依存性ゲーティングを捉えた。チャネル分子の大域的な構造変化を捉えるために細胞質ドメインに金結晶を結合させた。ここで,立体構造未決定の細胞質ドメインの表面露出残基を明らかにするために,表面プラズモン共鳴法を使った新しい方法を確立した。C末端残基が最も露出性が高く,またpH依存性ゲーティングにともない細胞質ドメイン自体の構造変化が存在することが明らかになった。KcsA分子をガラス基板の上に直立させて固定し,白色X線による回折スポットの運動を追跡した。pHによって運動様式が大きく変わることが明らかになった。
田端 和仁,野地 博行(大阪大学産業科学研究所高次細胞機能講座)
今回我々は,人工脂質二重膜に再構成された膜タンパク質をリアルタイムに観察しうるシステムを開発した。我々は,このシステムを用いて,細胞内における小胞輸送系を顕微鏡下に再構成した。
真核細胞における小胞輸送は,まず小胞体からゴルジ体への輸送に始まる。そしてゴルジ体で修飾を受けたタンパク質は,再び小胞輸送系によって,各細胞内小器官に輸送されていく。この輸送の第一段階である小胞体からゴルジ体への輸送は,COPIIと呼ばれるタンパク質複合体によってなされている。COPII小胞は,Sec23/24pとSec13/31pからなるCOPIIコートタンパクによって覆われており,輸送されるタンパク質は,このCOPIIコートと直接結合することにより,COPII小胞に選択的に取り込まれる。このCOPIIコートと輸送されるタンパク質との結合は,低分子量GTPaseであるSar1pによって制御されていると考えられている。ところが,これまで輸送小胞が形成される様子は,電子顕微鏡による固定されたスナップショットという,静止した情報しか得られないという限界があった。輸送されるタンパク質が輸送小胞に取り込まれる過程をリアルタイムで可視化することができれば,輸送小胞形成の分子レベルでの作用機序について詳細に解析を行うことができる。そこで我々は,COPII小胞形成を人工脂質平面膜上に再現し,全反射顕微鏡下で蛍光標識した輸送されるタンパク質の動態を1分子レベルで可視化した。
本間 道夫(名古屋大学大学院理学研究科)
細菌はべん毛と呼ばれる運動器官をスクリューのように回転させ液体中を自由に泳ぎ回る。べん毛の根元にはイオンの電気化学ポテンシャル差を駆動力として回転する分子モーターが存在し,その回転力はモーターの固定子と回転子の相互作用を通じて発生すると考えられている。細菌表層膜に埋まったべん毛の根元部分は基部体と呼ばれる構造がある。グラム陰性菌の基部体はL,P,MSリングと,それらをつなぐロッドから成り立っている。モータータンパク質は基部体の周囲に存在すると考えられている。べん毛の周りに形成される固定子のタンパク質として,ビブリオ菌のNa+ 駆動型べん毛モーターではPomA/PomB複合体,大腸菌のH+ 駆動型べん毛モーターではMotA/MotB複合体が同定されており,それぞれNa+ チャネル,H+ チャネルとして機能する。PomBおよびMotBのC末端領域にはそれぞれ推定ペプチドグリカン結合モチーフがあることから,固定子は膜上に固定されていると考えられている.海洋性細菌であるVibrio alginolyticusは,細胞の極に1本形成されるNa+ 駆動型の極べん毛をもつ。このべん毛形成において,どのような機構で極という特定の位置にべん毛モーターは構築され,一本という本数はどのように制御されているのかについて最新の知見を紹介した。
藤吉 好則(京都大学大学院理学研究科生物物理学教室)
極低温電子顕微鏡の開発を行っているが,神経細胞における情報伝達機構を理解すること,すなわち,チャネルの機能を構造から理解することを目指している。この手法を用いて,分解能1.9Åで脂質分子や水分子と共に水チャネルアクアポリン- Oの構造が解析された (Nature, 438, 633-638 (2005))。この解析でアクアポリン- 1の構造解析 (Nature,407, 599-605 (2000)) により提案した水選択透過機構が確認された。また,アセチルコリン受容体の構造解析 (Nature,423, 949-955 (2003)) によって,そのゲーティング機構のモデルが提案された。最近,アクアポリン- 4の立体構造を3.2Å分解能で解析した。その結果,結晶の二層間の特異的な相互作用から,グリア細胞ラメラで発現する水チャネルが接着分子として機能していることが示唆された(J. Mol. Biol., 355, 628-639 (2006))。結晶ができない場合でも単粒子解析法により,Na+チャネル(Nature, 409, 1047-1051 (2001)) やIP3R(J. Mol. Biol., 336, 155-164 (2004)) 等の構造が解析された。このように,水やイオンチャネルの構造が解析されて,膜を介した情報伝達機構の一端が理解されるようになってきた。