2006年10月5日−10月6日
代表・世話人:曽我部 正博(名古屋大学大学院医学系研究科)
所内対応者:久保 義弘(神経機能素子研究部門)
- (1)
- 貪食細胞における活性化型NADPH oxidase複合体形成機構の可視化
---p40phox のアダプター蛋白としての機能獲得メカニズムの解明---
上山 健彦,辰野 敏彦,川崎 拓実,住本 英樹,Thomas L. Leto,齋藤 尚亮
(神戸大学バイオシグナル研究センター)
- (2)
- 腎マクラデンサ細胞のシグナル機構
福田 英一,川田 英明,安岡 有紀子,秋場 理沙,広瀬 茂久,河原 克雅
(北里大学医学部)
- (3)
- STIM1を介したB細胞抗原受容体刺激によるストア作動性カルシウム流入誘発機構
馬場 義裕,黒崎 知博(理化学研究所免疫アレルギーセンター)
- (4)
- PLC-zeta の構造・機能関連と生物学的意義
伊藤 昌彦,淡路 健雄,宮崎 俊一(東京女子医科大学医学部)
- (5)
- 樹状突起スパインの動態と統計
河西 春郎,安松 信明,松崎 政紀,宮崎 崇史(東京大学大学院医学系研究科)
- (6)
- シナプス小胞エンドサイトーシスにおけるCa2+ チャンネルsynprint siteの役割
渡邉 博康,山下 貴之,斉藤 直人,岩松 明彦,森 泰生,高橋 智幸
(東京大学大学院医学系研究科)
- (7)
- 小脳におけるR型Caチャネルの生理機能
田邊 勉,小山内 実,三枝 弘尚,数野 安亜,永山 晋,胡秋平,Zong Shuqin,村越 隆之
(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科)
- (8)
- 膜アンカー型神経特異的CaMキナーゼ,CLICK-III/CaMKI g による樹状突起伸展制御
尾藤 晴彦,竹本-木村 さやか,石原 奈津実(東京大学大学院医学系研究科)
- (9)
- 海馬シナプスにおける内因性カンナビノイドの産生と分解・除去機構
橋本谷 祐輝,狩野 方伸(大阪大学大学院医学系研究科)
- (10)
- 神経突起伸長におけるアストロサイト自発的カルシウムシグナルの役割
金丸 和典,大久保 洋平,廣瀬 謙造,飯野 正光(東京大学大学院医学系研究科)
- (11)
- NOによるニトロシル化を介したTRPチャネル活性化とそのシグナル統合における意義
森 泰生,高橋 重成,山本 紳一郎,吉田 卓史(京都大学工学部研究科)
- (12)
- TRPV2チャネルの細胞内局在と制御
長澤 雅裕,中川 祐子,小島 至(群馬大学生体調節研究所)
- (13)
- Lactic acidosisにおけるプロトンチャネルの2相性応答機構
久野 みゆき,森畑 宏一,川脇 順子,翁 昌子,酒井 啓
(大阪市立大学大学院医学系研究科)
- (14)
- HERGチャネルのタンデム2量体による薬物結合様式の解明
老木 成稔,明貝 俊彦,柳承希,清水 啓史(福井大学医学部)
- (15)
- G蛋白質制御内向き整流性カリウムチャネルKir3.2の細胞質領域の立体構造
稲野辺 厚,倉智 嘉久(大阪大学大学院医学系研究科)
- (16)
- グルタミン酸の可視化解析
廣瀬 謙造,並木 繁行,坂本 寛和,飯沼 将(名古屋大学大学院医学系研究科)
- (17)
- 核構造とシナプス局所的翻訳の分子イメージング解析
徳永 万喜洋,椎名 伸之,廣島 通夫,十川 久美子(遺伝研)
- (18)
- 血管内血小板凝集と凝固能のリアルタイムモニター
最上 秀夫,林 忠毅,村上 雄介,浦野 哲盟(浜松医科大学)
【参加者名】
黒崎知博,馬場義裕(理研免疫アレルギーセンター分子制御グループ),森泰生,若森実,片野正展,三木崇史,瓜生幸嗣,秋山智志,高橋重成,水野雄介(京都大学工学部研究科),河原克雅,福田英一(北里大学医学部),小島至,長澤雅裕,中川祐子(群馬大学生体調節研究所),高橋智幸,鈴木大介,山下貴之,渡邉博康(東京大学大学院医学系研究科),久野みゆき,川脇順子(大阪市立大学大学院医学系研究科),飯野正光,金丸和典,間下雅士(東京大学大学院医学系研究科),齋藤尚亮,山上健彦,柏木香保里(神戸大学バイオシグナル研究センター),宮崎俊一,伊藤昌彦(東京女子医科大学医学部),廣瀬謙造,並木繁行,菅生厚太郎(名古屋大学大学院医学系研究科),最上秀夫(浜松医科大学),倉智嘉久,稲野辺厚(大阪大学大学院医学系研究科),老木成稔(福井大学医学部),河西春郎(東京大学大学院医学系研究科),尾藤晴彦(東京大学大学院医学系研究科),田邊勉(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科),徳永万喜洋(遺伝研),橋本谷祐輝(大阪大学大学院医学系研究科),曽我部正博(名古屋大学大学院医学系研究科),岡村康司,大河内善史(統合バイオ神経分化),毛利達磨(生理研細胞内代謝),大塚岳(生理研神経回路),沼田朋大(生理研機能協関),久保義弘,立山充博,中條浩一,伊藤政之,長友克広,松下真一,Batu Keceli,石井裕(生理研神経機能素子)
【概要】
細胞が刺激に対して適切に応答することこそ“生きていることの”証である。このプロセスは,刺激の受容と変換→細胞内情報処理→細胞応答のステップからなり,これを細胞シグナリングと呼ぶ。これらのステップは受容体や情報伝達分子が細胞骨格や膜などの空間構造を持つ反応場において様々な時間スケールで相互作用することで実現される。その仕組みを知ることは,“命とはなにか”という謎に迫るだけではなく,医学・工学応用への大きな可能性を秘めた生命科学の中心課題である。しかしながら,その時間軸や空間軸での統御機構の大半は謎である。一方で,分子生物学とバイオイメージングの飛躍的発展によって,シグナリングを担う主要な分子の構造が次々に明らかになり,その構造機能連関や細胞内での動態が明らかになりつつある。このような現状を踏まえ,本研究会では,この分野に携わる様々な研究者の意見交換を通して細胞シグナリングの時間軸統御機構(早い反応から遅い反応への展開機構)と空間軸統御機構(ミクロからマクロへの構造展開機構)の原理を探るための有効な研究方略を探ることを目的とした。
本年度は昨年を上回る20題の講演と40名以上の参加者を得て,受容体・チャネルからオルガネラ・細胞・組織のシグナル伝達へと展開する質の高い発表と活発な討論が行われた。手法も分子生物,生化学,電気生理学,先端イメージングと多岐にわたり,世界最先端で最高水準といって過言ではない内容であった。加えて,徒に競争的ではない協力的な雰囲気の中で,いくつかの実質的な共同研究が実現・進行していることは,本研究会の特筆すべき成果である。2年間にわたる研究会活動を通して,細胞シグナリングの時空間統御機構の面白さと将来性を実感できたと同時に,適当なサイズの異分野研究者の集団が共通の課題に集中して忌憚のない議論を展開し,実りある共同研究を探ることの重要性が再確認された。
上山健彦1,辰野敏彦1,川崎拓実1,住本英樹2,Thomas L. Leto3,齋藤尚亮1
(1神戸大学バイオシグナル研究センター・分子薬理分野,2九州大学生体防御医学研究所
3Molecular Defenses Section, LHD/NIAID/NIH)
【目的】貪食細胞は,進入物の殺菌のためにNADPH oxidase (Nox2) に由来する活性酸素種を用いる。貪食細胞での活性酸素の産生には,2つの細胞膜成分(Nox2, p22phox) と4つ細胞質成分 (p47phox, p67phox, p40phox, Rac) による食胞膜上でのNoxの活性化型複合体の形成が必須であり,正常細胞にとって危険な活性酸素産生は厳密に制御されている。4つ細胞質成分のうちphox 蛋白は,静止時より細胞質にて複合体を形成しており(p47phox-p67phox-p40phox複合体),刺激時にRacとは独立して食胞膜に移行する。今回我々は,Fcg receptorを介した貪食作用時のp47phox-p67phox-p40phox複合体の食胞膜移行メカニズムの解明を試みた。
【結果】RAW264.7細胞における刺激時,単独では膜への移行を示さないGFP-p67phoxは,p47phoxとの共発現により細胞膜に,p40phoxとの共発現により early endosomeに移行した。これらは,Fcg receptorを介した貪食作用時でも再現され,GFP-p67phoxはp47phoxとの共発現により早期の食胞膜に,p40phoxとの共発現により成熟した食胞膜に,時間差をもって集積した。これらの結果は,p40phoxとp47phoxが,それ自身では膜移行能を持たないp67phoxを食胞膜に移行させる「アダプター蛋白」として機能することを意味する。さらに,刺激によりp40phoxがアダプター蛋白として機能するメカニズムは,p40phoxの分子内結合の切断によって起こる,PI(3)Pに特異的結合能を持つPX domainの露出ためであることを見出した。
福田英一1,川田英明1,安岡有紀子1,秋場理沙1,広瀬茂久2,河原克雅1
(1北里大学医学部,2東京工業大学生命理工学部)
体液(細胞外液)量は,レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系(液性調節)と尿細管糸球体フィードバック (TGF) 機構による糸球体濾過量 (GFR) 調節により制御されている。TGF機構の中心的役割を果たすマクラデンサ (MD) 細胞は,濾液中のCl- 濃度をモニターし,輸入細動脈にシグナルを伝え,輸入細動脈の収縮およびレニン分泌を変化させ,GFRを調節している。しかし,MD細胞自身の細胞内シグナル伝達機構には不明な点が多い。
方法:(1) 株化したMD細胞(NE-MD細胞: Yasuoka et al, 2005)を用い,細胞外液中のNa+とCl- 濃度を別々に変化させ,細胞内pH (BCECF) またはCa2+ 濃度(fura-2)の蛍光強度変化を光学的に測定した。(2) NE-MD細胞からRNA・蛋白質を抽出し,COX-2遺伝子(real time PCR実験)およびnNOS蛋白(Western blotting解析)発現量の外液Na+,Cl-濃度依存性を調べた。
結果:(1) 低Na+・低Cl- 溶液共にCOX-2遺伝子の発現量が増加した。(2) nNOS蛋白の発現量は,低Cl- 溶液にくらべ低Na+ 溶液での増加量が小さかった。(3) Amiloride (100 mM) またはEIPA (100 mM) (Na-H交換輸送体 (NHE) 阻害薬)存在下で,furosemide (Na-K-2Cl輸送体阻害薬) によるnNOS蛋白発現誘導が抑制された。(4) 低Na+ 溶液置換およびEIPA投与により細胞内pHは低下(酸性化)した。(5) 低Na+ 溶液置換により細胞内Ca2+濃度は,増加しなかった。
まとめ:(1) 低Na+ 溶液置換による細胞内酸性化が,furosemide(または低[NaCl])誘導nNOS蛋白発現を抑制した。(2) COX-2の発現調節は,細胞内酸性化の影響を受けなかった。結論:糸球体濾液中の[NaCl] 変化はNE-MD細胞膜のNHE, Na-K-2Cl輸送体を介して細胞内に伝えられ,COX-2およびnNOS発現を独立して調節している。細胞内酸性時のnNOS発現低下によるTGF機構緩衝能低下は,COX-2の発現亢進により代償されることが示唆された。
馬場義裕,黒崎知博
(理研横浜研究所 免疫アレルギー科学総合研究センター 分化制御研究グループ)
B細胞抗原受容体 (BCR) 刺激により活性化したPLCg2によって産生されるIP3はIP3受容体を介して細胞内カルシウムストアである小胞体 (ER) からのカルシウム放出を引き起こし,細胞外からのストア作動性カルシウム (SOC) 流入を誘導する。しかし,ERストアのカルシウム放出がどのようにしてSOCチャネルを活性化するのかは不明である。最近同定されたSTIM1分子はERストアのカルシウムセンサーとして働き,SOCチャネル活性化に関与する分子と考えられるが,実際にどのようなメカニズムでストア枯渇とSOCチャネル活性化を機能的に結びつけるのかは明らかでない。そこで我々はこの疑問にアプローチするため,STIM1遺伝子を欠損したDT40 B細胞株を樹立し,さらに種々のSTIM1ドメイン変異体をそのSTIM1欠損細胞に発現させ,STIM1の機能解析を行ったところ,定常状態およびBCR刺激時において,STIM1がユニークな細胞内挙動を示すこと,そして,この動きがSOC流入に重要であることが明らかとなった。さらに,STIM1の動的挙動およびSOC流入に必須のSTIM1機能ドメインを同定した。
伊藤昌彦,淡路健雄,宮崎俊一(東京女子医大・医・第二生理)
Phospholipase C-zeta (PLCz) は,哺乳類受精の精子−卵融合に際して精子細胞質から卵細胞質に移行し,IP3受容体を介する小胞体からの反復性Ca2+ 遊離(Ca2+ オシレーション)を誘起して卵活性化を誘発する精子因子の有力候補として注目されている。精子由来卵活性化因子は媒精4〜5時間後に形成される前核に移行する。他方,前核形成時にCa2+ オシレーションが停止する。我々はPLCzと蛍光蛋白質 Venus を連結した蛋白質をコードするcRNA をマウス卵に注入して発現させるとCa2+ オシレーションを誘起し,卵を活性化し,次いで前核に移行することを確認した。PLCz分子はN 端側の4つのEF-hand domain,中央部のXとYのcatalytic domain,C 端側のC2 domain から成り,X-Y 間で折れ曲がる部分が想定されている。このヒンジ領域に核移行シグナルが存在した。他方,EF1 domainの疎水性アミノ酸に変異を加えた場合やC2 domainを欠失した場合も,Ca2+ オシレーション誘発能および核移行能が喪失した。これらの構造-機能解析から,EF-hand domainとC2 domainにより形成される立体構造が機能活性に重要であることを示す。さらにPLCzのCa2+ オシレーション誘起能と核移行能の生物学的意義を論ずる。
河西 春郎,安松 信明,松崎 政紀,宮崎崇史(東京大学大学院医学系研究科)
大脳錐体細胞樹状突起スパインの形態は多様で,頭部体積はグルタミン酸受容体の機能発現と強く相関する。そこで,シナプス長期可塑性の動態を,スパイン頭部体積を指標にして,スライス培養標本で数日にわたって測定する実験系を構築した。NMDA受容体に依存する活動依存的な可塑性として,スパイン頭部増大,減少,そしてスパイン除去が観察された。これらは長期増強や長期抑圧に対応すると考えられる。しかし,この活動依存的可塑性では大きなスパインはなかなか生成されない。一方,NMDA受容体やスパイクに依存しない可塑性,内因的可塑性,が観察された。この可塑性は緩慢ながら,スパイン新生と増大,収縮と除去のすべての変化を含み,シナプス結合の生物学的なゆらぎと考えられる。この内因的可塑性によって大きな安定なスパインの生成が説明され,また,スパインの統計分布が解釈可能となる。
渡邉博康,山下貴之,斉藤直人,岩松明彦,森泰生,高橋智幸
(東京大学大学院医学系研究科・神経生理学教室)
哺乳動物の中枢神経におけるシナプス伝達は主としてN型とP/Q型電位依存性Ca2+ チャンネルによって媒介される。N型とP/Q型Ca2+ チャンネルの細胞内ドメインにはエクソサイトーシス関連タンパク質と結合するsynprint site と呼ばれる部位があり,この部位をブロックするとシナプス伝達が抑制を受けることから,この部位はエクソサイトーシスに関与するとの仮説が提唱されている(synprint仮説)。
我々は最近このsynprint siteにエンドサイトーシス関連タンパク質AP-2が結合することを見出した。AP-2はsynaptotagminと結合してシナプス小胞のクラスリン形成を行うが,synaptotagminは,またsynprint siteとも結合することが知られている。そこで,これら三者の結合関係を検討した。その結果,三者の結合が同一部位で行われ,結合が互いに拮抗することが明らかになった。さらにまた,三者の結合関係にはCa2+ 依存性が認められた。すなわち低濃度Ca2+ においてsynprint は主にAP-2と結合しているが,Ca2+ 濃度が200mMに達すると顕著にsynaptotagminと結合が増大することが明らかとなった。次にcalyx of Heldシナプス前終末端にsynprint peptideを細胞内投与して,synprint siteのシナプス伝達における役割を再検討した。膜容量測定によってシナプス小胞のエクソサイトーシスおよびエンドサイトーシスを測定したところ,synprint peptideはエクソサイトーシスに作用せずにエンドサイトーシスをブロックすることが明らかになった。
したがってsynprint peptideのシナプス伝達抑制作用は,エクソサイトーシスのブロックによる直接作用でなく,エンドサイトーシスのブロックを介する間接的効果と推論される。これらの結果は従来のsynprint仮説を覆すものであり,エンドサイトーシスへの関与を基盤とした新たなsynprint仮説の構築が必要であることが明らかになった。
田邊勉,小山内実,三枝弘尚,数野安亜,永山晋,胡秋平,Zong Shuqin,村越隆之
(東京医科歯科大学・院・認知行動医学系・細胞薬理学分野)
電位依存性Caチャネルは運動制御,運動学習などの様々な小脳機能において重要な役割を果たしている。R型Caチャネルは,顆粒細胞,プルキンエ細胞等に発現していることがこれまでに免疫組織化学的手法,電気生理学的手法を用いて明らかにされているが,その機能的役割は不明のままである。我々は,R型Caチャネルの生理機能を明らかにすることを目的に,本チャネル遺伝子欠損マウスの小脳機能に不全がないかどうかを検討した。まずロータロッドを用いた行動実験の結果,ヘテロ欠損及びホモ欠損マウスにおいて運動学習の遅延が認められた。次いで種々の電気生理学的解析を行った。小脳の平行線維¯プルキンエ細胞間の興奮性シナプスにおける長期抑圧 (LTD) を検討したところ,ヘテロ欠損マウスにおいては,LTDが消失していること,ホモ欠損マウスでは一見正常であることが明らかとなった。一方,プルキンエ細胞をカレントクランプモードで保持し,カレント注入によるプルキンエ細胞から発生するスパイク数を調べたところ,R型Caチャネル発現量の低下に依存して減少することが明らかとなった。したがってR型Caチャネルはプルキンエ細胞の発火現象に関与することが示唆された。以上,R型Caチャネルは小脳機能にとって必須ではなく調節的な役割を果たしていることが示唆された。
尾藤晴彦,竹本-木村さやか,石原奈津実(東京大学大学院医学系研究科神経生化学分野)
我々は以前に神経細胞特異的CaM kinase,CLICK-III/ CaMKI g を同定した (Takemoto- Kimura et al., 2003)。今回我々は,CLICK-III/CaMKIg が,プレニル化ならびにパルミトイル化の2重脂質修飾を受けており,膜挿入にはプレニル化が必須であることを見出した。生化学的実験により,複数の脂質修飾反応を介して,本酵素が形質膜やゴルジ膜などの特定膜器官の脂質ラフト画分へとソートされ,多量体形成することが示唆された。一方,発生初期の培養大脳皮質細胞への遺伝子導入実験により,本酵素活性が細胞体から伸びる樹状突起数・長さと相関することが明らかになった。すなわちCLICK-III/CaMKIgは,大脳皮質細胞の形態形成に密接に関与するキナーゼである可能性が示唆された。
橋本谷祐輝,狩野方伸(大阪大学大学院医学系研究科 細胞神経科学)
内因性カンナビノイド(eCB) は脳の様々な領域のシナプスにおいて逆行性シグナルとして働き,短期的および長期的にシナプス伝達を調節している。eCBのニューロンからの産生は,脱分極による細胞内Ca2+ 濃度上昇,またはGq共役型受容体の活性化により引き起こされる。また,この二つの刺激が同期するとeCB発生は著明に促進される。私たちは,この相乗効果がPLCb のCa2+ 感受性に起因することと,放出されるeCBはおそらく2-アラキドノイルグリセロール(2-AG) であることを明らかにした。このようにeCBのニューロンからの産生の機構に関しては多くのことが明らかになってきたが,シナプス間隙へ放出されたeCBが,どのようにして除去されるのかについてはよくわかっていない。今回,私たちは海馬培養ニューロン・ペアよりCB感受性のIPSCを記録し,シナプス前終末に存在する2-AG分解酵素モノアシルグリセロールリパーゼ(MGL) の働きについて検討した。MGLを薬理学的に阻害すると2-AG投与によって生じるIPSC抑制が著しく延長した。さらに脱分極誘起によるeCBの逆行性シグナルも同様に顕著な延長を示した。また高濃度のMGL阻害剤を投与すると徐々にIPSCが抑制された。この抑制はCB受容体(CB1R) のアンタゴニストで回復したことからCB1R依存的であると結論された。したがって,海馬においてeCBが恒常的に放出されていると考えられる。MGLはシナプス前終末において,逆行性シグナルの終結を制御するだけでなく,恒常的に放出されている周囲のeCBレベルを下げ,逆行性シグナルのS/N比を改善する役割を持つと考えられる。
金丸和典1,大久保洋平1,廣瀬謙造2,飯野正光1
(1東京大学大学院医学系研究科細胞分子薬理学,2名古屋大学大学院医学系研究科細胞生理学)
アストロサイトはダイナミックな細胞内Ca2+シグナルを自発的に起こす細胞として知られている。今回我々は,この自発的Ca2+シグナルがアストロサイトの重要な機能の一つである,神経細胞成長の促進機能に関わることを報告する。IP3脱リン酸化酵素であるIP3 5-phosphataseの安定導入により自発Ca2+シグナルを抑制したアストロサイトを作製することに成功し,これと共培養した単離海馬ニューロンの成長を評価した。成長円錐のタイムラプス・イメージングにより,Ca2+シグナル欠損アストロサイト上では,成長円錐の進行速度が減少することを確認した。またこの現象は,成長円錐がCa2+シグナル欠損アストロサイトと接触した直後に速やかに起こることから,接触因子の関与が示された。さらに,多数の神経細胞の形態を網羅的に解析することにより,Ca2+シグナル欠損アストロサイト上では軸策伸長も減少することを確認した。これらの結果は,アストロサイトの自発的Ca2+シグナルが細胞膜表面の状態を調整することにより,神経突起伸長を促すことを示唆する。
森泰生,高橋重成,山本紳一郎,吉田卓史
(京都大学大学院工学研究科 合成・生物化学専攻)
多様な生命現象に関与しているCa2+シグナルの生態応答特異性の決定は,タンパク質分子複合体の(シグナルソーム)形成が関与する。一方,内皮由来弛緩因子 (EDRF) である一酸化窒素 (NO) も,様々な生理作用が明らかにされてきた。細胞内へのCa2+ 流入によるCa2+濃度上昇は一酸化窒素合成酵素 (NOS) を活性化し,NOを産生するがこれを担うチャネルの分子実体は未だ明らかになっていない。
今回,従来受容体刺激により活性化するCa2+チャネルとして分類されたTRPC5が細胞内のNOなどによる酸化状態を感知して活性化しをCa2+ 流入させることを見いだしその活性化機構および生理的意義を探った。その結果TRPC5の特定のシステイン残基が細胞の内側から酸化修飾を受け活性化することが明らかになった。
また培養牛大動脈内皮細胞において受容体刺激を行うとNO産生および細胞内Ca2+上昇が見られた。これらの応答はTRPC5に対するsiRNAの適用により抑制されたことからTRPC5が受容体刺激によるCa2+ 流入を担い内皮型NOSを活性化,産生されたNOによりTRPC5の更なる活性化が引き起こされる,正の制御機構の存在が示唆された。さらに形質膜においてTRPC5と内皮型NOSが蛋白複合体を形成,これによりCa2+ やNOのシグナルが効率よく伝達され,遺伝子発現や細胞増殖といった生理応答が引き起こされると考えられる。
長澤雅裕,中川祐子,小島至(群馬大学生体調節研究所 細胞調節分野)
TRPチャネル・スーパーファミリーのメンバーは,リガンド作動性,受容体活性化カルシウムチャネル分子としてさまざまな生理的役割を担っている。TRPVファミリーのメンバーであるTRPV2は,肺・脾臓のマクロファージに高発現している。非刺激時,TRPV2チャネルは細胞内コンパートメント主に小胞体上に局在したが,血清・fMLPの投与により一部が細胞膜に移行した。パッチクランプ法によりCs+ をチャージキャリアーとしたチャネル電流が観察され,ruthenium red,変異型TRPV2遺伝子導入,TRPV2 siRNAの投与により抑制されることからTRPV2電流と考えられるが,このCs+ 電流は血清やfMLP投与によって増加した。GFP標識したTRPV2を用いて細胞内の動態をモニターすると,血清やfMLP により惹起されるTRPV2のトランスローケーションはPI-3キナーゼ阻害剤ワートマニン・LY compoundにより抑制され,また三量体型G蛋白を抑制する百日咳毒素によりブロックされた。TRPV2の細胞膜上の局在を詳細に検討すると,TRPV2はfocal complexの特殊な形態であるポドソームに局在した。ポドゾームにはRho, Rac, Cdc 42 などの低分子量G蛋白,Src やPyk2などのキナーゼ,gelsolin などのアクチン制御蛋白が局在するが,dominant-negative Rac の導入によりTRPV2のポドゾームへの局在化は抑制された。fMLPによるマクロファージの遊走はruthenium red投与,変異TRPV2遺伝子導入,LY compound投与により抑制された。以上からをマクロファージの接着,遊走機構にTRPV2が関与していると考えられた。
久野みゆき,森畑宏一,川脇順子,翁昌子,酒井啓
(大阪市立大学大学院医学研究科・分子細胞生理学,中央研究室)
膜電位依存性プロトンチャネルは脱分極によって開口しH+ を選択的に透過させるチャネルであり,その閾膜電位やH+ 透過のdriving forceは,細胞膜を介するpH勾配 (Dp) に依存している。必然的に,細胞外pHが低下すればチャネル活性は抑えられ,上昇すれば増強するはずである。しかし,組織アシドーシスを考えると,事はそれほど単純ではない。実際,細胞外pHと細胞内pHは連動する事が多く,細胞内外のDpHの変化やチャネル活性の変動の予測は難しい。私達は,高密度でH+ チャネルを発現するマイクログリアを用いて,代表的な代謝性アシドーシスであるLactic acidosisに際してのH+ チャネル応答を検討した。Lactate (pH 6.8) を投与すると,DpHの増加と共にH+ channelが徐々に活性化される。投与後5分では,DpHの変化とチャネル活性は相関しlactate濃度に依存したが,DpHが定常に達した後もチャネル活性は1時間以上に渡って高進した。このlate phaseではチャネル電気特性が大きく変化していた。H+ チャネルの顕著な活性化はLactic acidosisの病態を調節する要因のひとつとなる事が示唆される。
老木成稔1,明貝俊彦1,2,柳承希2,清水啓史1
(1福井大学・医学部・分子生理,2武田薬品・医薬研究本部)
HERGカリウムチャネルは心筋の再分極に関わり,このチャネルの遺伝的異常によりQT延長症候群が引き起こされ致死的不整脈のリスクが高まる。HERGチャネルの特徴は,後天的にも多様な薬物によってブロックされQT延長を引き起こすことである。様々な薬物の結合に際し,HERGチャネルの中心空洞にある芳香環残基(S6ヘリックス上のTyr652・Phe656)が寄与することが知られている。しかしホモ4量体で対称構造をもつHERGチャネル分子に対して,薬物がどのサブユニットの,どの残基に結合するか,という情報は得られていない。このような空間的な結合様式を明らかにすることなしにドラッグデザインの戦略は見通しが立たない。そこでHERGチャネルのタンデム2量体を作成し,結合候補部位へ変異(単一変異・二重変異)を導入した。電気生理学的に薬物 (cisapride) に対する定常阻害濃度とブロックキネティクスを求めた。タンデム2量体の一方のサブユニットに二重変異を導入したものと,2つのサブユニットにまたがって導入したものを比べると結合様式に大きな差が見られた。熱力学的二重変異サイクル解析によって,サブユニット間の残基に協同性が見られた。これらのことから,cisaprideの結合トポロジーが明らかになった。
稲野辺 厚,倉智 嘉久
(大阪大学大学院医学系研究科薬理学講座 分子・細胞薬理学)
G蛋白質制御内向き整流性カリウム(KG) チャネルは抑制性G蛋白質共役型受容体刺激により,遅延性の抑制性後シナプス膜電位を形成する。黒質ドーパミン神経においてKGチャネルはKir3.2の同種複合体,他の神経細胞においてはKir3.1-Kir3.3の異種複合体として機能する。KGチャネルの活性化はG蛋白質bg サブユニットやNa+,アルコール等の低分子の細胞質領域への直接結合が引き金である。しかし,KGチャネルの細胞質領域における構造変化に関する知見は少なかった。
本研究では生理的に存在するKir3.2同種複合体の細胞質領域をX線結晶構造に基づいて解析した。結晶は低分子のチャネル活性化因子の共存下で得られたが,オリゴマーの集合状態や二次構造の配置は,活性化因子非存在下のKir3.1のそれらと近似していた。しかし,既知のKGチャネルの構造と比較すると,膜貫通領域に面した局所のループ構造が異なることが判った。この領域は,KGチャネルにおいてPIP2結合に関与するアミノ酸が分布する領域で,Kir2.1においてはアンダーセン症候群における変異が多く分布し,ゲート機構にも関与する領域である。以上の知見は,細胞質領域によるチャネル活性制御において,この局所領域が関与することを示唆している。
廣瀬謙造,並木繁行,坂本寛和,飯沼将
(名古屋大学大学院医学系研究科・細胞生理学)
グルタミン酸は中枢神経系における主要な興奮性シナプス伝達物質である。しかし,グルタミン酸の空間的挙動について直接的な解析はほとんど行われていない。我々は,GluR2由来のグルタミン酸結合蛋白質と蛍光性分子からなるグルタミン酸プローブの開発を行ない,シナプス伝達に伴うグルタミン酸放出の直接的イメージングを試みた。海馬培養神経細胞シナプスにおけるグルタミン酸放出のイメージングに適用した結果,単一シナプスからのグルタミン酸放出の可視化に成功し,このプローブが優れた空間解像度でシナプス伝達解析を可能にすることが明らかとなった。また,ホルボールエステルによるグルタミン酸放出の増強効果を解析し,その増強効果に空間的な不均一性があることを見出した。さらに,活動電位に依存せず自発的に生ずる一過性で空間限局性のグルタミン酸放出が観測された。薬理学的解析によって,この自発的グルタミン酸放出が単一小胞の開口放出に由来するものであることが示された。我々の開発したグルタミン酸プローブは,今後,シナプス伝達の様々な特性や制御機構を理解するのうえで役立つものと考えられる。
徳永万喜洋1,2,3,椎名伸之1,廣島通夫2,十川久美子2
(1遺伝研・構造センター,2理研・免疫センター,3総研大)
(1) 神経シナプス可塑性における局所的翻訳の制御機構
樹状突起の後シナプスにおいて,タンパク質のシナプス刺激依存的な局所的翻訳は,シナプス長期増強のしくみの一つとして注目されている。その場として,mRNAの輸送や翻訳制御の中心的な役割を担っているのが,RNA granuleである。我々は,新規RNA結合タンパク質RNG105を,RNA granuleにおける翻訳制御因子として同定した。mRNAに直接結合して翻訳を抑制し,刺激によりmRNAから解離して翻訳が活性化するという,新しいタイプの制御メカニズムを見いだした。さらに,ネットワークの形成に関与していることもわかりつつある。
(2) 1分子定量解析と数値モデリング
細胞内・生体内の分子機能を明らかにするためには,分子機構をシステムとして理解することが今後重要である。細胞質−核間輸送の分子機構に関して,数値モデリングを行った。1分子イメージング定量解析から得られた結合分子数・結合定数・相互作用といったパラメータを基に,ブラウン運動・結合解離・反応をシミュレーションした。その結果,核内輸送速度や濃度依存性など,実験結果をよく説明できた。このように,細胞における生体分子のダイナミックな姿,相互作用,生命現象を定量的に明らかにできる。1分子研究は,システムとしての細胞・生命の研究へと新たな道を開拓している。
最上 秀夫,林 忠毅,村上 雄介,浦野 哲盟(浜松医科大学生理学)
血管内血栓形成過程は血管内皮細胞の障害部位における内皮下組織への血小板の粘着により開始され,粘着血小板は形態変化とともに細胞内カルシウム濃度 ([Ca2+]i) の上昇がトリガーとなりフィブリノーゲンを分子糊として血小板凝集塊を形成する(血小板血栓)。この血小板凝集塊を足場として血液凝固反応が惹起されフィブリノーゲンはフィブリンとなり,血小板血栓はより強固な凝固血栓に至る。凝固反応の開始には,血小板内[Ca2+]iの持続的上昇よるphosphatidylserine (PS) の細胞内膜から外膜へのexposureが必須である。
我々は,in vivo血流環境下における血栓形成過程を検討するために,マウス腸間膜静脈を用いて細胞外膜へのPSのexposureを血小板活性化の指標としてリアルタイム解析を行った。 GFP (green fluorescent protein) マウス腸間膜静脈においてレーザー照射により血管内皮細胞を傷害した。GFP標識血小板とPSの特異的なリセプターであるalexa568標識annexin Vを用いて,血小板凝集及び血液凝固開始シグナルとしてPSを可視化し,共焦点レーザー蛍光顕微鏡にてそれぞれの蛍光強度の変化を3次元的にモニターした。両指標をモニターしてin vitroの実験とも比較することにより以下のことが明らかとなった。1) Ca2+ 依存的に血小板凝集と凝固が進行する。2) 血管内での血小板凝集塊におけるPSの発現は,凝集塊の深部・中心部を起点として空間的に広がっていき,血流と接する表層ではその発現が少なかったことより,PSの発現には血流の関与は少ないことが示唆された。最後に血管内での血小板凝集能と凝固能について論じたい。