生理学研究所年報 第28巻
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3.病態糖鎖研究会

2005年9月25日−9月26日
代表・世話人:辻 崇一(東海大学・未来科学技術共同研究センター)
所内対応者:池中 一裕(分子神経生理部門)

(1)
Sialidase NEU4は大腸がんの悪性形質を制御する
塩崎 一弘(宮城県立がんセンター)
(2)
担癌状態におけるムチンを介した免疫抑制機構の解析
中田 博(京都産業大学)
(3)
エンドサイトーシス経路異常によるGM1ガングリオシド蓄積とアミロイドbタンパク質の重合促進
湯山 耕平(国立長寿医療センター研究所)
(4)
免疫性ニューロパチーと抗ガングリオシド抗体:ガングリオシド複合体抗体を中心に
楠 進(近畿大学)
(5)
スフィンゴリピドーシスモデルマウスにおける領域特異的神経細胞死
松田 純子(東海大学)
(6)
ガレクチンの分子間相互作用
宮西 伸光(香川大学)
(7)
ヒアルロン酸細胞外マトリックスによる腫瘍内血管新生促進作用の解明
小山 洋(信州大学)
(8)
ケラタン硫酸とグリオーシス
門松 健治(名古屋大学)
(9)
コンドロイチン硫酸鎖の硫酸化による合成制御とヘルペスウイルス感染
北川 裕之(神戸薬科大学)
(10)
HNK-1糖鎖生合成酵素GlcAT-S遺伝子欠損マウスの作製とその生化学的解析
小林 恭子(京都大学)
(11)
神経可塑性におけるHNK-1糖鎖機能に関する研究
森田 一平(京都大学)
(12)
b 1,3-N-アセチルグルコサミン転移酵素2遺伝子ノックアウトマウスの解析
栂谷内 晶(産業技術総合研究所)
(13)
TSRドメイン上のO-Fuc特異的グルコース転移酵素のクローニングと機能解析
佐藤 隆(産業技術総合研究所)
(14)
O-マンノース型糖鎖の生合成と筋ジストロフィー症
萬谷 博((財)東京都高齢者研究福祉振興財団東京都老人総合研究所)
(15)
無臭ベンゼンチオールを用いた糖鎖の合成―癌転移に関与するN-アセチルグルコサミン転移酵素Vの阻害剤を指向した糖鎖合成―
梶本 哲也(京都薬科大学)
(16)
N-結合型糖鎖ビーズを用いたA. oryzaeの解析―糖タンパク質品質管理機構の理解から異種タンパク質高生産に向けて―
渡邉 泰祐(理化学研究所)
(17)
MSnスペクトルマッチングによる糖ペプチドの直接構造解析の試み
出口 喜三郎(北海道大学)
(18)
ピリジルアミノ化法を使った糖鎖解析法の微量化
鳥居 知宏(生理学研究所)

【参加者名】
鈴木邦彦(東海大学未来化学技術共同研究センター),松田純子(東海大学未来化学技術共同研究センター),岡田洋子(東海大学未来化学技術共同研究センター),門松健治(名古屋大・院・医),湯山勝彦(国立長寿医療センター研究所),萬谷博(東京都老人総合研究所),渡邉泰祐(理化学研究所),松尾一郎(理化学研究所),楠進(近畿大・医),梶本哲也(京都薬大・創薬科学フロンティア),北川裕之(神戸薬大・生化学),板野直樹(信州大・院・医),小山洋(信州大・院・医),栂谷内晶(産業技術総合研究所),佐藤隆(産業技術総合研究所),塩崎一弘(宮城県立がんセンター・研究所),中田博(京都産業大・工),小林恭子(京都大・院・薬),森田一平(京都大・院・薬),長谷純宏(大阪大・院・理),長束俊治(大阪大・院・理),石水毅(大阪大・院・理),中北慎一(香川大・総合生命科学実験センター),宮西伸光(香川大・総合生命科学実験センター),出口喜三郎(北海道大・院・先端生命科学),小笠原諭(産業技術総合研究所)

【概要】
 糖鎖が第三の生命鎖として脚光を浴びるようになって久しいが,「糖鎖の持つ基本的な機能は何か」という疑問に対して明解な解答は未だ得られていない。本研究会はこの問題を解くべく研究をしている多方面の研究者を集め,現在抱えている問題点を顕在化し,問題解決への糸口を探ろうとするものである。
 
 今まで,複合糖質糖鎖が直接あるいは間接的に病態に関与していることを示す知見が集積され,病態と糖鎖との関連を詳細に検討すれば,糸口が見つかることが十分に期待できたので,病態と糖鎖に焦点を当てて来た。しかし,糖鎖研究の発展により,糖鎖は広く生命現象に関与することが明らかとなってきたので,今回は対象を病態に限らず,様々な生命現象に拡大し研究会を開催した。また,糖鎖研究の発展には,糖鎖分析・合成の微量化,高速化,汎用化が必須で,この分野の先端を行く研究者にも参加をしてもらい,糖鎖機能研究の現状と問題点を検討し,情報交換を行った。その結果,研究者間の相互理解が深まり,研究の新たな展開や共同研究の可能性が十分に期待できる成果を得ることができた。

 

(1) Sialidase NEU4は大腸がんの悪性形質を制御する

塩崎一弘1,山並秀章2,山口壹範1,宮城妙子1
1宮城県立がんセンター研究所生化学部,2宮城県立がんセンター 外科)

 シアリダーゼは糖タンパクや糖脂質の非還元末端からシアル酸を切断する。シアリダーゼはこれまでNEU1,NEU2,NEU3の3つが同定されている。我々は昨年,新規シアリダーゼ (NEU4) のクローニングと性状解析について報告した。NEU4は基質特異性や細胞内局在などの多くの点で他のシアリダーゼと相違する。これまでがんにおいてNEU1やNEU3が悪性度や様々な形質に深く関与していることを明らかにしてきた。そこで,今回はNEU4のがん性変化を明らかにし,NEU4ががんの形質にどのような影響を与えているかについて検討した。

 大腸がん手術摘出組織 (n=25)を用い,大腸がんと正常組織におけるNEU4の発現をReal-time PCRで測定した。大腸がんでは正常組織に比べ,がん部でNEU4の発現量は有意に低下し (p<0.001),悪性度を上昇させるNEU3の発現と逆の傾向を示した。そこで,大腸がん細胞でNEU4安定発現株を作成し,がん形質の変化を検討したところ,NEU4は足場依存性増殖を抑制し,TRAILによるアポトーシスを促進した。また,運動能や浸潤能,接着能の抑制も認められ,NEU4による大腸がん細胞の悪性度の低下が示唆された。

 そこでこれら悪性度の変化のうち,接着能や運動能に注目して解析を行った。NEU4は大腸がん細胞では糖タンパク,糖脂質の両方を水解し,優先的に糖タンパク糖鎖のシアル酸を切断していた。NEU4はムチンのシアル酸残基をよく切断することから,ウェスタンブロットおよびFACScan解析を行ったところ,シアリルLeaとシアリルLexのシアル酸残基の著しい減少が明らかとなった。シアリルLea,シアリルLexの減少に伴い,NEU4導入細胞ではこれらシアリルルイス抗原をリガンドとするE-セレクチンに対する接着能が有意に低下していた。また,大腸がん細胞をE-セレクチンで刺激すると運動能の著しい上昇が認められたが,NEU4はその上昇を抑制した。次に運動能について,E-セレクチン刺激によるシグナル伝達の変化を検討した。NEU4はp38とERKのリン酸化を抑制し,JNKのリン酸化には影響しなかった。p38の下流のシグナルであるHsp27はアクチンの再構成を行い,運動能を上昇させることが知られているためリン酸化について調べたところ,E-セレクチン刺激によるHsp27のリン酸化をNEU4は抑えていた。さらに,蛍光染色によりE-セレクチン刺激によるアクチンの変化を観察すると,E-セレクチン刺激後2時間でHsp27のリン酸化に伴うアクチンの構造変化が認められ,NEU4導入細胞においてその割合は低下していた。また,E-セレクチンでコートしたディッシュ上で大腸がん細胞は増殖速度が促進されたが,NEU4過剰発現株で増殖速度の促進は認められなかった。

 以上の結果により,NEU4はNEU3とは逆に大腸がんで発現が減少し,過剰発現により悪性度を減少させることが明らかとなった。NEU4は細胞表面のシアリルLeaやシアリルLexのシアル酸を除去し,E-セレクチンとの接着を阻害するだけでなく,E-セレクチン刺激によるシグナル伝達を減弱させることで,運動能や増殖能の抑制を行っている可能性が示唆された。

 

(2) 担癌状態におけるムチンを介した免疫抑制機構の解析

中田 博1,2,戸田宗豊2,太田麻利子1,竹内紀子2,村田健臣3,井上瑞江2
1京都産業大・生物工,2CREST, JST,3静岡大・農)

 上皮性癌細胞の産生するムチンは,癌組織や血流中に分泌される。血流中に存在するムチン上の癌関連糖鎖抗原は腫瘍マーカーとして使用されてきたが,分子レベルで癌細胞の生物学的特性との関連性はほとんど明らかにされていない。しかしながら,その存在量と5年生存率には逆の相関性があることが知られている。ムチンには癌関連糖鎖抗原も含めた多様なO-グリカンと一定のアミノ酸配列の繰り返し構造(タンデムリピート)が存在することを特徴とする。免疫担当細胞上には,シグレックファミリーと呼ばれるシアル酸を含む糖鎖を認識するレクチンが存在する。多くのシグレックファミリーの細胞質側には,ITIMと呼ばれる免疫抑制性のシグナルを伝える構造が存在し,基本的に各免疫担当細胞上に発現しているシグレック分子を介して各細胞の生物活性が抑制されるものと予想される。我々は,シグレック2,3,7,9の可溶型組換体を作成し,ムチンの結合を確認するとともに,細胞レベル及び個体レベルでのムチンの結合が及ぼす影響について検討している。今回は,B細胞上のシグレック2と樹状細胞上のシグレック9について最近の知見を述べる。

 1) シグレック2を介した系

 ムチンとしては,ヒト腸癌細胞LS180の培養上清より精製したムチン (MUC2),マウス乳癌細胞TA3-Haより調製したムチン(エピグリカニン),あるいは牛顎下腺ムチン (BSM) などを用いた。可溶型組換体がMUC2ムチンやBSMを固相化したプレートに結合することを確認するとともに,遺伝子改変シグレック2(130ArgをAlaに変換)やN末端領域欠損シグレック2では同プレートに結合しないことから,その結合が特異的であることが確認された。次に,B細胞受容体 (BCR) を介した情報伝達に対するシグレック2を介したムチンの結合の影響について検討した。ムチン存在下で抗 IgM 抗体 (F(ab’)2) でDaudi 細胞を刺激した後,細胞を回収し,lysateを調製した。抗シグレック2抗体で免疫沈降し,沈降物をSDS-PAGE,ウエスタンブロッティング後にリン酸化されたシグレック2とリクルートされたSHP-1を検出したところ,いずれもムチンの濃度依存的に減少した。また,同様にMAPKのリン酸化も減少し,情報伝達が抑制されていることがわかった。次に,マウス乳癌細胞ムチン産生株TA3-Ha,非産生株TA3-Stの担癌マウスを用いて検討した。TA3-Ha担癌マウスでは,血中にムチンが放出されることが知られている。それぞれの担癌マウスの脾臓のT及びB細胞を比較したところ,TA3-Ha担癌マウスにおいてB細胞が減少していることがわかった。さらに,脾臓マージナルゾーンB細胞(CD21,CD1d陽性)が特異的に減少していることが明らかとなり,組織化学的にもマージナルゾーンの形成不全が見られた。また,同細胞集団の機能であるT細胞非依存性抗原に対する抗体産生能も低下していた。TUNEL法による組織染色でアポトーシス細胞が多く見られた。なお,シグレックノックアウトマウスのみならずリガンド結合部位を欠損したシグレック2を発現するトランスジェニックマウスにおいても同様の現象が見られることが報告されており,シグレック2の本来の生物学機能との関連で興味深い。

 2) シグレック9を介した系

 シグレック9についても可溶性組換体を作製し,各種ムチンあるいは人工グリコポリマーに結合することを確認した。シグレック9の発現をヒト末梢血単球から成熟樹状細胞への分化過程で調べると,単球レベルでの発現は弱く,未熟樹状細胞で強く発現された後に成熟樹状細胞では少し減少する傾向が見られた。LPSによる未熟樹状細胞から成熟樹状細胞への分化過程で,ムチン存在下あるいは非存在下でサイトカインの産生を比較した。IL-12の産生は著しく減少するのに対し,IL-10は増加する傾向が見られた。a2,6又はa2,3結合シアル酸をもつ人工グリコポリマーのいずれにも同様の効果が認められた。また,抗シグレック9抗体によっても同様の効果が見られた。これらの結果は,ムチンはシグレック9を介して樹状細胞に作用し,免疫バランスをTh2に偏らせているものと考えられる。

 

(3) エンドサイトーシス経路異常によるGM1ガングリオシド蓄積と
アミロイドbタンパク質の重合促進

湯山耕平,山本直樹,柳澤勝彦
(国立長寿医療センター研究所・アルツハイマー病研究部)

 アルツハイマー病 (AD) 発症には,アミロイドbタンパク質 (Ab) の重合とその重合体によって引き起こされる神経細胞毒性発現が重要な役割を果たしている。これまでの研究から,脳内でのAb 重合機構としてガングリオシドGM1に結合したAb (GM1-bound Ab, GAb) がAb 重合のシードとして機能する可能性があること,また,GAb 形成がGM1のクラスター化に依存することが明らかになっている。

 今回は,神経細胞のエンドサイトーシス経路異常が,細胞内GM1レベルと分布におよぼす影響,また,そのGM1の変化とAb 重合の関係について検討した結果について発表する。PC12細胞を,エンドサイトーシス経路の異常を引き起こす薬剤であるクロロキンで処理した結果,GM1の細胞表面および細胞内での蓄積が観察された。また,クロロキン処理細胞では,初期エンドソームの肥大が観察され,細胞内でのGM1蓄積部位と一致した。さらに,細胞外からAb を添加すると,クロロキン処理細胞ではAb 重合が促進した。また,このAb 重合促進は,GM1結合性コレラ毒素およびGAb 抗体の添加により抑制された。今回の実験結果から,PC12細胞において,クロロキン処理によるエンドサイトーシス経路異常が,GM1レベルの増加とGAb 形成をとおして,Ab重合を促進していることが示された。AD患者の脳において,初期エンドソームの肥大を含むエンドサイトーシス経路の異常が報告されおり,AD発症にGM1代謝の撹乱が関与している可能性が示唆された。

 

(4) 免疫性ニューロパチーと抗ガングリオシド抗体:
ガングリオシド複合体抗体を中心に

楠 進(近畿大学神経内科)

 免疫性ニューロパチー,なかでもGuillain-Barré症候群(GBS) やIgMパラプロテイン血症を伴うニューロパチーでは,血中に抗ガングリオシド抗体が高頻度に上昇する。従来単独のガングリオシドを抗原として抗体測定が行われてきた。標的抗原の局在と臨床症状が対応することから,標的抗原の局在部位に抗体が特異的に結合し,神経障害を引き起こすと考えられている。ガングリオシドは膜表面抗原であり,リン脂質や他のガングリオシドと細胞膜上で共存してラフトを形成しているため,その臨床的意義の解析には他の分子の及ぼす影響も考慮する必要がある。最近われわれは,ガングリオシドと各種リン脂質,あるいは二種類のガングリオシドの混合抗原を用いて,GBS患者血中の抗体測定を行った。その結果,抗ガングリオシド抗体の活性には共存するリン脂質が大きく影響を及ぼすこと,二種類のガングリオシドからなる複合体を特異的に認識する抗体が上昇する例があることが明らかになった。

 二種類のガングリオシドが共存すると,糖鎖同士の相互作用により新しいエピトープが形成されると考えられる。とくにGD1aとGD1bからなる複合体に対する抗体は,人工呼吸器の使用を必要とする重症GBSに強く関連することから,重症GBSのマーカーとして有用であり,またGBSの重症化のメカニズム解明の鍵となるものである。さらに,抗GQ1b抗体が特異的に認められるMiller Fisher症候群においても,GQ1bとGM1あるいはGQ1bとGD1aからなる複合体を認識する例があり,前者の抗体を持つ例は感覚障害を欠くこともわかった。

 これら混合抗原あるいは複合抗原に着目して検討を行うことは,抗糖脂質抗体の,早期診断および予後判定の指標としての有用性を高め,同時に病態の詳細な解明に結びつくと考えられる。

 

(5) スフィンゴリピドーシスモデルマウスにおける領域特異的神経細胞死

松田純子,米重あづさ,久保延恵,鈴木邦彦
(東海大学・未来科学技術共同研究センター・糖鎖工学研究施設)

 疎水基としてセラミドを持つスフィンゴ糖脂質は,近年,細胞の増殖・再生・分化を含む様々な生物機能においてその役割が注目され,神経系においても神経機能の発現における重要性が明らかになってきた。スフィンゴ糖脂質のライソゾームにおける遺伝性代謝障害・スフィンゴリピドーシスはその多くが小児期に神経系に重篤な障害をきたす。

 スフィンゴ脂質活性化たんぱく質(サポシンA, B, C, D)は共通の前駆体であるプロサポシンから誘導される相同性の糖たんぱく質で,多くの疎水性スフィンゴ糖脂質のライソゾームにおける分解に必要である。我々は,ヒトの疾患が知られておらず,その生体内での機能が明らかでなかったサポシンAとサポシンDに着目し,それぞれの特異的ノックアウトマウスを作成してきた。サポシンAノックアウトマウス (Sap-A KO) は遅発型クラッベ病の表現型を呈し,サポシンAは生体内においてガラクトシルセラミダーゼ (GALC) の必須の活性化たんぱく質であることが明らかになった。2005年には,Spiegelらにより乳児型クラッベ病の病像を呈するヒトのサポシンA欠損症が報告された。最近我々はGALCの遺伝的欠損によるモデルマウスであるTwitcherマウスとSap-A KOのダブルノックアウトマウスを作成した。その結果,ダブルノックアウトマウスはTwitcherマウスより寿命が短く,易刺激性,痙攣発作を認め,大脳皮質II層,IV層,脳海馬体CA3錐体細胞に特徴的な神経細胞死が見出された。脂質分析ではダブルノックアウトマウス脳にはTwitcherマウスより有意に多くのラクトシルセラミドの蓄積が認められた。

 一方,サポシンDノックアウトマウス (Sap-D KO) は生後2ヶ月ごろより多尿,生後4ヶ月ごろより運動失調を呈し,病理学的には,腎臓では主として腎尿細管細胞の変性壊死と水腎症を,中枢神経系では小脳プルキンエ細胞の選択的脱落と脳白質血管周囲へのPAS陽性多核細胞の集積を認めた。生化学的分析では,腎臓と小脳において,HFA-セラミドの蓄積を認め,この蓄積は表現型の認められる組織分布,病勢の進行とよく一致していた。これらの結果より,サポシンDは生体内において酸性セラミダーゼの活性化たんぱく質であり,HFA-セラミドの代謝に必須であることが推定された。HFA-セラミドの蓄積と腎病変,小脳病変の因果関係を示唆する所見として,セラミドの下流の代謝産物であるスフィンゴシンをスフィンゴシン-1-リン酸に代謝する酵素・スフィンゴシンキナーゼ (SPHK1a) が野生型マウスの小脳プルキンエ細胞に左右対称性の特徴的パターンで発現し,Sap-D KOではSPHK1aを発現していないプルキンエ細胞群がより早期に細胞死に至ることが明らかになった。また,Sap-D KOマウス由来初代培養プルキンエ細胞は野生型マウスに比し明らかにその寿命が短かった。

 以上,スフィンゴ糖脂質の代謝異常症・スフィンゴリピドーシスモデルマウスにそれぞれ領域特異的神経細胞死を認めることはスフィンゴ糖脂質の神経系における特異的な生理機能を推定させ興味深い。

 

(6) ガレクチンの分子間相互作用

宮西伸光1,西 望2,安部博子2,加塩裕美子2,住吉 渉1,中北愼一1,山内清明2
中村隆範2,平島光臣2,平林 淳1(香川大・1総合生命,2医)

【目的】ガレクチンはb-ガラクトシドを有する糖鎖を特異的に認識するレクチンで,哺乳動物では,15種類の遺伝子が同定されている。ガレクチンファミリーは,その構造からプロトタイプ,キメラタイプ,タンデムリピートタイプの3種のサブグループに分類される。しかし,ガレクチン群の生体内での真の役割については殆ど解明されていない。プロトタイプのガレクチン(ガレクチン-1,2など)は一般に二量体を,キメラ型ガレクチン(ガレクチン-3)はN-末端領域の介在によって多量体化することがすでに知られているが,直列反復型ガレクチン(ガレクチン-8,9など)のオリゴマー形成能については殆ど知られていない。そこで,本研究では,これらガレクチンの生体内での存在状態や機能調節機構を解明する一助として,複合体形成の可能性について解析を試みた。ガレクチンファミリーのうち,特に生体免疫システムの様々な場面で機能しているヒトのガレクチン- 9を中心に,オリゴマー形成に関する分子間相互作用について調べた。

【方法】分子間相互作用を解析するための検出装置として,フロンタルアフィニティークロマトグラフィー(FAC),表面プラズモン共鳴装置 (Surface Plasmon Resonance; SPR)を用いた。分析するガレクチンとして,ガレクチン-1,3,8,9S(リンカードメインの長さが最も短いタイプ)を用いた。さらに,分子間相互作用の観察されたガレクチン-9に関してはリンカードメインを取り除いた安定型ガレクチン-9 (null),ガレクチン-9のN末端CRDのみを発現したN-CRD,C末端CRDのみを発現させたC-CRDを大腸菌発現系で作成し用いた。これらをセンサチップ,あるいはカラムに固定化し,各ガレクチン溶液をインジェクションすることによって相互作用を観察した。また,タイプの異なるガレクチン同士のクロスリンク,阻害糖,温度の影響についても検討した。

【結果】ガレクチン- 9は,糖鎖を持たない他のガレクチンとの間にタンパク質相互作用が確認された。また,この相互作用に対する糖の影響を調べたところ,ラクトースが相互作用を強く阻害したが,ガラクトース,N-アセチルガラクトサミン,メリビオースでは効果が限定的であり,グルコース,マンノース,マルトースにはまったく阻害効果が認められなかった。ガレクチン- 9はそれ自身を含め他のガレクチンと相互作用することが初めて定量的に示された。この結合はタンパク質間相互作用に基づくが,ガレクチンのbガラクトシド結合能とつよい相関が認められたことから,生体内では多様な糖鎖シグナル伝授のための糖鎖複合体形成に関与している可能性が示唆された。

 

(7) ヒアルロン酸細胞外マトリックスによる腫瘍内血管新生促進作用の解明

小山洋1,2,神奈木玲児3,4,木全弘治5,谷口俊一郎1,板野直樹1,4
1信州大・院医・分子腫瘍,2信州大・医・第二外科,3愛知県がんセ・分子病態,
4科技構・CREST,5愛知医科大・分子医科研)

 癌細胞周囲に形成されるヒアルロン酸(HA) 糖鎖に富んだ細胞外マトリックスは,癌細胞の増殖や浸潤・転移との密接な関係が見出されている。今回我々はMMTV-Neu乳癌発症モデルマウスを用い,HAによる腫瘍形成や増殖,血管新生への影響を検討した。HA合成酵素2 (HAS2) 遺伝子を導入したコンディショナルトランスジェニックマウス (cTg) を作製し,乳腺上皮細胞特異的にCreリコンビナーゼを発現するマウスと交配させ,Creリコンビナーゼ存在下にHAS2遺伝子が転写され,HAが過剰発現するモデルを作製した。このHAS2 cTgモデルに乳癌を形成させるためMMTV-Neuマウスと交配させ,乳腺上皮と乳癌細胞におけるHAS2の発現とHA産生を誘導した。その結果,HA過剰産生群ではコントロール群に比べ,腫瘍内のHAマトリックスの形成増加と共に,乳癌形成頻度や腫瘍増殖速度の著明な増加を認めた。また,腫瘍血管新生に関しては,HA過剰産生群ではコントロール群に比べ,より微小な新生血管が著明に誘導されていた。さらにHA過剰産生群では,腫瘍内へ間質細胞が著しく動員され,HA依存的な血管新生の促進に腫瘍間質と間質由来血管新生因子の関与が示唆された。また,動員された間質細胞周囲のHAマトリックスにlarge chondroitin sulfate proteoglycanであるversicanの共局在が認められた。これらより,腫瘍内HAマトリックスにおいて,HAはversicanと共同して間質細胞を動員し,間質細胞が活性化されることでFGF-2やCXCL12等の血管新生因子を産生して血管新生を促進する可能性が示唆された。

 共同研究:米田 雅彦(愛知県立看護大・栄養代謝),磯貝善蔵(国立長寿医療セ・先端医療)藤森実,天野純(信州大・医・第二外科)

 

(8) ケラタン硫酸とグリオーシス

門松健治(名大・院・医)

 ケラタン硫酸 (KS) はガラクトースとN-アセチルグルコサミン (GlcNAc) の2糖の繰り返し構造からなるグリコサミノグリカンである。ガラクトースとGlcNAc のC6位が硫酸化される。特に後者の硫酸化はKS鎖の伸長に必須である。N-acetylglucosamine 6-O-sulfotransferase (GlcNAc6ST) はこの硫酸化を担うと考えられてきたが,中枢神経系のKS産生を担うGlcNAc6ST は同定されていなかった。我々はGlcNAc6ST -1が脳KS産生とグリア性瘢痕の形成に重要な役割を果たすことを見出した。

 GlcNAc6ST -1欠損マウスの脳ではKSに特異的な抗体5D4に反応するKSが消失した。大脳皮質に刺傷を与えると,GlcNAc6ST -1欠損マウスの脳では5D4反応性KS発現誘導が起こらず,グリア性瘢痕の形成が著しく抑制された。グリア性瘢痕は傷害された神経軸索の再生を抑制する因子として知られている。実際,GlcNAc6ST-1欠損マウスでは神経軸索再生が助長された。これらの成果は今後,グリア性瘢痕形成の分子機構解明と,中枢神経傷害の治療への応用の道を開くと考えられる。

 

(9) コンドロイチン硫酸鎖の硫酸化による合成制御とヘルペスウイルス感染

北川裕之(神戸薬科大学・生化学)

 コンドロイチン硫酸鎖やヘパラン硫酸鎖は,様々な細胞増殖因子や細胞外マトリックス成分と相互作用し,細胞接着,増殖,分化,形態形成といった細胞活動を制御したり,ウイルスや細菌が細胞に感染する際の足場として利用される。特に,細胞表面のヘパラン硫酸鎖は,I型単純ヘルペスウイルスが感染する際のレセプターとして機能することが知られているが,最近我々は,E単位と名付けられた特徴的なジ硫酸化2糖単位(GlcA-GalNAc(4S, 6S)) を多く含むコンドロイチン硫酸Eが,I型単純ヘルペスウイルスが感染する際のレセプターとして機能していることを明らかにしている。以前,カナダのTufaroらは,I型単純ヘルペスウイルスに感受性を示すマウスL細胞を変異源で処理することにより,I型単純ヘルペスウイルスの感染に対し99%以上の抵抗性を示す変異株sog 9細胞を単離していた。このsog 9細胞は,コンドロチン硫酸鎖の合成不全を示すことが報告されていたが,欠損遺伝子など,その詳細な性質は明らかになっていなかった。我々は,マウスL細胞が,I型単純ヘルペスウイルスの感染に関与するコンドロイチン硫酸Eというタイプの糖鎖を合成していること,および市販のイカ軟骨由来のコンドロイチン硫酸Eが,マウスL細胞へのI型単純ヘルペスウイルスの感染をヘパリンよりも強力に阻害することを報告していた。そこで,L細胞とsog 9細胞より硫酸化グリコサミノグリカン鎖を精製し,組成分析を行なったところ,sog 9細胞のコンドロイチン硫酸量は,L細胞の3分の1にまで減少し,特にE単位などの4位が硫酸化された糖鎖が減少していた。そこで,4位の硫酸化に関与する硫酸基転移酵素の発現を調べたところ,sog 9細胞ではコンドロイチン4-硫酸基転移酵素-1(C4ST-1) の発現が欠損していることが判明した。また,L細胞とsog 9細胞で合成されているコンドロイチン硫酸鎖の長さを調べたところ,L細胞にくらべsog 9細胞由来の鎖長は短くなっていた。さらにC4ST-1遺伝子をsog 9細胞に導入するとコンドロイチン硫酸鎖長は長くなり,E単位量も増加し,I型単純ヘルペスウイルスの感染性も回復した。このように,C4ST-1はコンドロイチン硫酸鎖の合成量や特徴的なE単位の発現を調節し,I型単純ヘルペスウイルスの感染性を制御していることが明らかとなった。

 

(10)HNK-1糖鎖生合成酵素GlcAT-S遺伝子欠損マウスの作製とその生化学的解析

小林恭子(京都大学薬学研究科 生体分子認識学)

 HNK-1糖鎖は,神経系に高発現している糖鎖で,N-アセチルラクトサミン構造の非還元末端に硫酸化グルクロン酸が結合した特徴的な構造をもつ。我々はすでに,HNK-1糖鎖の生合成が二種のグルクロン酸転移酵素 (GlcAT-P,GlcAT-S) により調節されることを明らかにした。また,脳では主にGlcAT-Pが発現しており,その遺伝子欠損マウスの解析によりGlcAT-Pの合成するHNK-1糖鎖が神経可塑性や記憶学習などの脳の高次機能に深く関わっていることを示した。さらに近年,GlcAT-Sは脳よりも腎臓において高発現しており,腎臓での非硫酸化型HNK-1糖鎖の生合成に関与していることを明らかにした。

 そこで今回,GlcAT-Sが合成するHNK-1糖鎖の機能解析を目的として,GlcAT-S遺伝子欠損マウスの作製を行った。GlcAT-S遺伝子の開始メチオニンを含むエクソン1をb-ガラクトシダーゼ遺伝子とネオマイシン耐性遺伝子で置換するようターゲティングベクターを構築し,これをES細胞にトランスフェクションした。相同組み換えをおこしたES細胞を選び出し,組み換えES細胞より得られたキメラマウスからGlcAT-S遺伝子欠損マウスを得た。

 GlcAT-S遺伝子欠損マウスのサザンブロット解析とノザンブロット解析により,相同組み換えが正しく起こり,GlcAT-SがmRNAレベルで完全に欠失していることが確かめられた。作製された遺伝子欠損マウスは,見かけ正常に出生,遅延なく成長し,同じ週齢での外観,体重において野生型マウスとの間に大きな差は認められなかった。GlcAT-S遺伝子欠損マウスでは,腎臓膜画分のウェスタンブロット解析により,腎臓内の非硫酸化型HNK-1糖鎖がほぼ完全に欠失していることが示された。一方,脳でのHNK-1糖鎖の発現量には大きな変化は見られなかったことから,脳内のHNK-1糖鎖生合成におけるGlcAT-Sの寄与は小さいことが示された。

 腎臓において,非硫酸化型HNK-1糖鎖は皮質部分と髄質内部に発現していることが明らかにされている。作製されたGlcAT-S遺伝子欠損マウスでは,腎臓切片の免疫染色により,皮質の非硫酸化型HNK-1糖鎖が消失していることが示された。このことから,GlcAT-Sが腎臓皮質の非硫酸化型HNK-1糖鎖を合成していることが確認された。一方,腎臓髄質に見られる非硫酸化型HNK-1糖鎖はGlcAT-S遺伝子欠損マウスで消失しなかった。これらの糖鎖はGlcAT-Pによっても合成されないことが明らかとなっていることから,腎臓髄質に見られる非硫酸化型HNK-1糖鎖の生合成にはGlcAT-S,GlcAT-P以外の転移酵素が関与していると考えられる。

 

(11) 神経可塑性におけるHNK-1糖鎖の機能解明に関する研究

森田一平(京都大学大学院 薬学研究科)

 HNK-1糖鎖は,神経系において高発現する糖鎖抗原で,時期および領域特異的に厳密に制御を受けた発現様式を示すことが知られている。本糖鎖の生合成に主要なグルクロン酸転移酵素 (GlcAT-P) 遺伝子欠損マウスでは,脳内のHNK-1糖鎖のほとんどが消失しており,海馬CA1領域において長期増強 LTP (long term potentiation) の有意な減弱が明らかとなっている。さらに,モリスの水迷路を用いた行動試験の結果,GlcAT-P KOマウスでは空間認識能力の低下が認められ,HNK-1糖鎖は神経可塑性や学習記憶等の脳の高次機能に重要な糖鎖であることが示された。

 脳内でのHNK-1糖鎖消失によるLTPの減弱のメカニズムを解明するため,マウス脳より,シナプスを構成するタンパク質が集積しているPSD (postsynaptic density) 画分を生化学的に調製し,HNK-1糖鎖を発現する分子の探索を行った。その結果として,長期増強 (LTP) や長期抑圧 (LTD) などのシナプス可塑性を制御するグルタミン酸受容体のうちAMPA型受容体サブユニットの一つであるGluR2に特異的にHNK-1糖鎖は発現し,シナプス膜に多く発現していることを明らかにした。

 次に,HEK293細胞を用いて,GluR2に発現するHNK-1糖鎖の機能を検討した。その結果として,GluR2はHNK-1糖鎖の付加により,細胞内への取り込みが減少し,それに伴い細胞表面での発現量が増加することが明らかとなった。さらに,初代海馬神経培養細胞を用い,シナプス可塑性を変化させるAMPAやNMDA等の刺激を与えることにより,GlcAT-P KOマウス神経細胞では,GluR2の細胞内取り込みが有意に亢進していることが明らかとなった。

 また,初代海馬神経培養細胞に対し,GluR2の局在を調べたところ,GlcAT-P KOマウス神経細胞では,WTマウス神経細胞と比較し,局在が変化していることが観察された。さらに,PSD-95やF-actinのようなポストシナプスに局在するタンパク質の局在についても異常が見られた。GluR2にはポストシナプス膜に局在し,スパインの形成と成熟に関与していることが既に報告されている。以上の結果から,GluR2上に発現するHNK-1糖鎖の消失は,GluR2の細胞内への取り込みを促進し,それに伴い樹状突起スパインの形成を障害していることが示唆された。

 

(12) b1,3-N-アセチルグルコサミン転移酵素2遺伝子ノックアウトマウスの解析

栂谷内晶
(産業技術総合研究所・糖鎖工学研究センター・糖鎖遺伝子機能解析チーム)

 我々のグループでは,NEDOの糖鎖遺伝子(GG) プロジェクトとして,これまでにin silicoクローニング法によって多くの糖転移酵素遺伝子を単離してきた。現在までにb1,3-N-アセチルグルコサミン転移酵素遺伝子(b3GnT) は8つの酵素からなるファミリーを形成していることが明らかとなっている。それら単離された遺伝子よりリコンビナント酵素を作製し,各種オリゴ糖受容体基質を用いたin vitroでの酵素基質特異性解析を行った結果,複数あるb3GnT のうちb1,3-N-アセチルグルコサミン転移酵素2 (b3GnT2) が主たるポリラクトサミン合成活性を担っているのではないかと結論した。そこで,この酵素の遺伝子ノックアウトマウスを作製し,in vivoにおけるポリラクトサミンが一体どの酵素によって合成されているのか,そしてin vivoにおけるポリラクトサミンの生物学的機能,などについての解析を行った。

 レクチンなどを用いたフローサイトメトリー,レクチンブロット,そしてメタボリックラベリング法などの糖鎖構造解析を行った結果,このノックアウトマウスでは,N-glycan上の長鎖ポリラクトサミン構造が有意に減少していることが明らかとなった。本酵素がin vivoにおける長鎖のポリラクトサミン合成に主たる役割を担っていることが明らかとなった。

 また,ポリラクトサミン鎖の減少により,免疫学的異常が起こるのかどうかについて表現型の解析をした結果,ノックアウトマウスの血球細胞において,種々の刺激に対する応答性に違いが生じていることが明らかとなった。

 尚,本研究はNEDOの支援を受け実施したものである。

 

(13) TSRドメイン上のO -Fuc特異的グルコース転移酵素遺伝子のクローニングと機能

佐藤隆
(産業技術総合研究所・糖鎖工学研究センター・糖鎖遺伝子機能解析チーム)

 タンパク質のセリンまたはスレオニンに直接fucoseが結合したO-fucose糖鎖は,これまでにepidermal growth factor like repeat (EGF) domain上と,thrombospondin type 1 repeat (TSR) domain上に報告されている。 EGF domain上のO-fucoseはb1,3GlcNAc転移酵素であるFringeによりさらなる糖鎖修飾を受ける。このFringeによる糖鎖修飾は,形態形成過程においてNotch受容体を介したシグナル伝達の制御に関与し,生物学的に重要な機能を果たすことが知られている。一方,TSR domain上のO-fucoseにはb1,3結合でGlucoseが付加されているが,このGlucoseを転移する転移酵素遺伝子は未だ見つかっておらず,糖鎖の機能に関しても全くわかっていない。

 我々は新エネルギー・産業技術総合開発機構 (NEDO)のヒト糖鎖合成関連遺伝子ライブラリー構築プロジェクトにおいて,新規糖鎖遺伝子の探索を行ってきた。新規b1,3Glucose 転移酵素遺伝子の探索のため,これまで知られているb3GT モチーフをクエリー配列としてあらゆるデータベースに対して検索を行い,新規糖転移酵素遺伝子を見出した。可溶型のリコンビナント酵素を作製し,糖転移酵素活性をスクリーニングしたところ,Fucose-a-pNPに対してGlucoseを転移する活性が確認された。反応産物を薄層クロマトグラフィーで展開したところ,活性のみが報告されているCHO細胞内在性のb1,3Glucose転移酵素による反応産物と同じ位置にシグナルが検出された。これらの結果から,反応産物はGlucose b1,3Fucose-a-pNPであることが強く示唆され,この酵素はb1,3Glusose転移酵素であると考えられた。この酵素は,TSR domain 上のO-Fucoseに対しのみGlucoseを転移する活性を有し,EGF domain上のO-Fucoseに対しては活性を示さなかった。細胞内局在を検討した結果,b1,3Glusose転移酵素はN-末端にシグナル配列を持つ分泌型の可溶性の酵素で,C-末端のKDEL様配列“REEL”依存的にERに存在することがわかった。

 以上の結果より,TSR domain上のO-fucose糖鎖の生合成は,EGF domain上のものとは異なりERで行われることが考えられた。

 

(14) O -マンノース型糖鎖の生合成と筋ジストロフィー症

萬谷 博
(財団法人東京都高齢者研究・福祉振興財団・東京都老人総合研究所)

 筋ジストロフィーとは筋線維の壊死や変性により,進行性の筋力低下や筋萎縮を呈する遺伝性疾患群の総称である。先天性筋ジストロフィーに分類されるMuscle-eye-brain病(MEB)とWalker-Warburg症候群(WWS) は滑脳症などの中枢神経系の形成異常を伴うことを特徴とする。MEBの原因遺伝子としてPOMGnT1が,WWSの原因遺伝子としてPOMT1POMT2が同定されている。これらの原因遺伝子産物がO-マンノース(O-Man)型糖鎖の生合成に係る糖転移酵素であったことから,O-Man型糖鎖の異常が先天性筋ジストロフィー症の原因となることが明らかとなり,糖鎖異常による筋ジストロフィーという新たな病態概念が提唱された。また,中枢神経系の発生や筋組織の維持におけるO-Man型糖鎖の重要性が示された。

 O-Man型糖鎖とは,蛋白質のSerあるいはThrにマンノース (Man) が結合したタイプの糖鎖であり,哺乳類ではSiaa2-3Galb1-4GlcNAcb1-2Manを主要構造とする。哺乳類のO-Man型糖鎖修飾はa-ジストログリカン(a-DG) というタンパク質で観察されるが,これまでa-DG以外のタンパク質では確認されていない。O-Man型糖鎖の生合成において,POMGnT1はGlcNAcb1-2Manの形成に係るGlcNAc転移酵素(protein O-mannoseb1,2- N-acetylglucosaminyl transferase 1) であり,POMT1とPOMT2はThrにManを転移するO-Man転移酵素 (protein O-mannosyltransferase 1, 2) である。これまでの研究から,MEBおよびWWS患者では,POMGnT1POMT1POMT2遺伝子の変異によりそれぞれの糖転移酵素活性が消失することで,a-DGが糖鎖不全となり筋ジストロフィー症が発症するという発症メカニズムが示された。

 今回,O-Man型糖鎖の生合成機構を中心とした研究から明らかにしてきた,O-Man型糖鎖および関連糖転移酵素と先天性筋ジストロフィー症について,最近の知見を加えて紹介したい。

 

(15) 無臭ベンゼンチオールを利用したオリゴ糖の合成
−癌の転移能に関与するGnTase Vに対する阻害剤を指向したオリゴ糖合成−

梶本哲也,石岡祐一,加藤孝博,長谷川純也,野出學(京都薬科大)

【目的】チオグリコシドはグリコシル化反応における優れたグリコシルドナーであるが,調製時のみならずグリコシル化反応での利用時においてもチオール特有の悪臭を伴う操作上の欠点を有している。そこで今回,演者らは,ベンゼンチオールの無臭誘導体の調製と無臭ベンゼンチオールを利用したチオグリコシドの合成およびグリコシル化反応を検討し,反応性の優れたチオグリコシドを無臭条件で取り扱う手法の開発を試みた。

【実験・結果】演者らは以前,炭素数12以上のアルカンチオールが無臭であることを報告している。本知見に基づき,ベンゼン環の直線炭素数を4と換算して,p-オクチルオキシベンゼンチオール (1a) を無臭ベンゼンチオールとして合成した。また一方で,合成洗剤の原料となるp -ドデシルベンゼンスルホン酸を還元して得られるp -ドデシルベンゼンチオール (1b) も利用することとした (Scheme 1)。

 得られた1a,1bをBF3・Et2O存在下N-フタロイルグルコサミンおよびマンノースのperacetateと反応し,チオグリコシド (2,3) を高収率 (<96%) で得た (Scheme 2)。続いて2,3から誘導した4,5をドナーとし,グルコース誘導体 (6) に順次グリコシル化を行い,脱保護とN-アセチル化によりGnTaseVに対する阻害剤の鍵中間体となる三糖 (7) の合成を完全無臭の条件で達成した(Scheme 3)。また,本手法をシアロ二糖 (8) の合成にも適用し,良好な結果を得た (Scheme 4)。

Scheme 1 Scheme 2
Scheme 3 Scheme 4

 

(16) N-結合型糖鎖ビーズを用いたA. oryzaeの解析
―糖タンパク質品質管理機構の理解から異種タンパク質高生産に向けて―

渡邉泰祐
(理化学研究所 伊藤細胞制御化学研究室)

 麹菌Aspergillus oryzaeは,古来より日本酒,醤油,味噌等の伝統食品の発酵生産に用いられている。安全性に関しては米国食品医薬品局 (FDA) から,GRAS (Generally Regarded As Safe) として認定されており,有用タンパク質を生産するホストとしての利用が期待されている。しかしながら,麹菌由来のタンパク質がg / Lオーダーの生産量であるのに対し,異種タンパク質の生産レベルはmg / L程度に留まっている。この原因の一つとして翻訳後の分泌過程における問題が指摘されている。新生タンパク質の多くは,小胞体において糖鎖が付加される。なかでもアスパラギン (N-) 結合型糖鎖付加は真核生物に広く保存された普遍的な機構であり,N-結合型糖鎖を介したタンパク質品質管理機構に関する研究が近年盛んに行われている。当研究室では,糖タンパク質品質管理機構の解明を目的として有機合成化学的手法を用いた研究を行っており,小胞体型糖鎖を系統的に合成することに成功している。また,合成した糖鎖を用いて,レクチンとの相互作用解析およびレクチン機能解析のための分子プローブ作製に関する研究を行っている。

 我々は小胞体型糖鎖を固定化したビーズを用いたアフィニティークロマトグラフィーによって,生体内から糖鎖認識分子を網羅的に取得可能であると考えた。今回の発表ではGlc1Man9GlcNAc2糖鎖結合ビーズに結合した糖鎖認識タンパク質の同定,糖鎖に対する結合特異性,および細胞内における局在解析を行った結果を報告する。

 小胞体を含む膜タンパク質画分は,A. oryzae菌体破砕物を遠心分離法に供することにより調製した。得られた小胞体画分を用いてGlc1Man9GlcNAc2ビーズに結合するタンパク質を取得した。取得したタンパク質は,種々の糖鎖結合ビーズとの結合実験を行った結果,Glc1Man9糖鎖特異的に結合することを確認した。このGlc1Man9糖鎖結合タンパク質は麹菌ゲノムデータベース (http://www.bio.nite.go.jp) を利用したLC/MS/MS解析より,A. oryzaeにおけるcalnexin (CNX) であると同定された。細胞内での局在を調べるためにCNX-EGFP融合タンパク質を発現する形質転換体を取得し,可視化を試みた。EGFP蛍光と細胞染色の観察を行った結果,CNXが小胞体に局在することが確認された。今後は,CNX高発現株および破壊株を取得し,小胞体内におけるタンパク質品質管理が異種タンパク質生産性に及ぼす影響について評価する予定である。

 

(17) MSスペクトルマッチングによる糖ペプチドの直接構造解析の試み

出口喜三郎2,伊藤裕基1,2,山田久里子1,2,永井伸治1,武川泰啓2,中川裕章2,篠原康郎2
西村紳一郎21(株)日立ハイテクノロジーズ,2北海道大学大学院先端生命科学研究院)

【はじめに】近年,質量分析計による糖タンパク質,糖ペプチドシーケンス解析が急速に進歩しつつあるが,糖鎖部分も含めた完全な構造解析にはまだ多くの課題がある。我々は,PA(2アミノピリジン)化N型糖鎖を用いて,正及び負イオンCID MSnスペクトルマッチングによる糖鎖構造解析を行ってきた。しかし,試料の微量化に伴い,糖ペプチドから糖鎖を酵素や化学処理で切り出すことなく,直接糖鎖構造解析することが必要になりつつある。今回,NanoHPLC/ESI-LinearIT-TOF MS(日立ハイテク製 NanoFrontierL)を用いた糖ペプチドの正・負イオンMSnスペクトルマッチングによる直接構造解析方法の検討を行ったので報告する。

【方法と結果】
N型糖ペプチド構造解析:
 卵黄由来の酸性(ジシアリル)N型糖ペプチドを用いた実験では,負イオンCIDMSn (n=1-3) (CID) スペクトルは,正イオンモードと異なり,シアル酸脱離のフラグメントが少ない。更に,MS1の親イオン(m/z=953.8 (z=3))から得られたMS2スペクトルは,キトビオースのグリコシド結合間で開裂したフラグメントイオン(B6, m/z=1000.4(z=2))を生成する。そのイオンから得られるCIDMS3スペクトルは,PA化N型糖鎖(標準品)から得られたCIDMS3スペクトルともよく一致することから,Bタイプのフラグメントイオンに対しても,MSnスペクトルマッチングが有効であることが分かった。さらに,ぺプチドのアミノ酸シーケンスや糖結合位置の決定も,正イオンCIDMS3スペクトルで行える。

O型糖ペプチド構造解析:
 シアリルルイスX (sLex) を結合した合成O型糖ペプチドでは,負イオンMS2スペクトルは,シアル酸およびフコース含むフラグメントC3イオン(m/z=819.3) を生成する。そのイオンから得られるCIDMS3スペクトルは,標準品シアリルルイスX (sLex) のMS2スペクトルと一致する。一方,異性体であるシアリルルイスA (sLea) とは一致しないことから,MSnスペクトルマッチングはO型糖鎖の同定にも有効である。また,3’及び6’-シアリルラクトースを結合した糖ペプチドでも,同様の結果が得られた。ECD(電子捕獲解離)スペクトルによるぺプチドシーケンス解析も,併せて紹介する。

 

(18) ピリジルアミノ化法を使った糖鎖解析法

鳥居知宏1,田辺和弘2,中北愼一3,長谷純宏3,等 誠司1,池中一裕1
1自然科学研究機構生理学研究所分子神経生理部門,
2三菱化学化学技術研究センター分析事業部,3大阪大学大学院理学研究科)

 糖鎖は細胞の表面の大部分に発現し,細胞間や細胞-基質間相互作用に重要な役割を果たしていると考えられている。その糖鎖解析においてピリジルアミノ化法を用いた解析は,蛍光検出を可能にするだけではなく,質量分析においてポジティブイオンモードでの糖鎖検出感度が大幅に向上する利点があることから国際的にも高い評価を受けており現在の糖鎖研究を支えている方法である。

 そのため多くの研究室でピリジルアミノ化法を用いた糖鎖解析を行っており,一般的にはグリコペプチダーゼAあるいはヒドラジン分解によるN結合型糖鎖の遊離とゲル濾過精製を行いPA化した後に再びゲル濾過精製を行ってHPLC解析する。しかし,残存ヒドラジンや未反応PAなどの煩雑物が解析に影響を与えることが少なくなく,微量の糖鎖を解析する為にはそれらの除去が課題であった。そこで本研究会では当研究室で日常的に行っているHPLC解析を行う前処理と分離能を大幅に改善したHPLC解析について報告したい。

 我々はこれまでの条件検討の結果,糖鎖解析の前処理過程においてグラファイトカーボンカラムを用いることによって効果的にヒドラジン除去,カラム内での再アセチル化を可能にし,作業時間を大幅に縮小することができた。さらにこれまではPA化反応後フェノール-クロロホルムによって未反応PAを除去してきたが,PA化反応後のサンプルをそのままセルロースカラムで精製する方法を採用することによって回収率を向上させた。これらの煩雑物の除去や回収率の向上により微量糖鎖の解析が実用化レベルまで達することができた。

 一方,HPLC解析の条件についても微量化糖鎖解析に対応するため検討を行ってきた。順相HPLC解析ではグラジエント条件やカラムを変更しこれまでより長い解析時間を費やすこととなったが,より高い分離能を得ることが出来た。その結果順相HPLCでの分画をこれまでの限られてきた本数から30本へと大幅に増やすことができ,主要なピークに隠されていた微量な糖鎖までも同定することが可能になった。

 この方法の採用により,従来の方法では比較的困難であった糖鎖を多量に含む組織の解析が容易になったことから,我々は大脳皮質発達過程において発現するシアル酸付加N結合型糖鎖の解析を行ったので,その解析結果についても併せて報告する。

 


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