2006年10月31日−11月1日
代表・世話人:仁科 博史(東京医科歯科大学・難治疾患研究所)
所内対応者:岡田 泰伸(生理学研究所)
- (1)
- 染色体疑縮異常によって生じる四倍体細胞は典型的ハウスキーピング遺伝子産物eEF1A/EF-1aの発現低下による新規細胞死で除去される
米原 伸(京都大学大学院生命科学研究科)
- (2)
- カスパーゼの新たな生理機能とその調節機構
三浦 正幸(東京大学薬学部遺伝学教室)
-
- ショートトーク 個体発生における細胞死のパターン解析
中嶋 悠一朗(東京大学大学院薬学部・大学院生修士課程)
- (3)
- ミトコンドリアと細胞死
清水 重臣(東京医科歯科大学難治疾患研究所)
- (4)
- Apaf1によるアポトーシス制御機構
吉田 裕樹(佐賀大学医学部分子生命科学講座・生体機能制御学分野)
- (5)
- VCP蛋白質の機能解析
垣塚 彰(京都大学大学院生命科学研究科)
- (6)
- パエル受容体によるドーパミン神経変性メカニズム
高橋 良輔(京都大学大学院医学系研究科)
- (7)
- イノシトールリン脂質代謝による神経細胞調節
佐々木 雄彦(秋田大学医学部・病理病態学・感染制御学)
- (8)
- 抗原受容体を介するBリンパ球アポトーシスにおける小胞体ストレスの役割
鍔田 武志(東京医科歯科大学難治疾患研究所)
- (9)
- NFATc1の自己増殖が支配する破骨細胞分化シグナル
高柳 広(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科)
-
- ショートトーク 破骨細胞におけるTecファミリーチロシンキナーゼ −分化と生存の制御−
岡本 一男(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科)
- (10)
- アポトーシスや赤血球の脱核におけるDNA分解の異常
川根 公樹・長田 重一(大阪大学大学院医学系研究科)
- (11)
- SAPK/JNK活性化制御機構と生理的役割
仁科 博史(東京医科歯科大学難治疾患研究所)
-
- ショートトーク MST1によるカスペース非依存的核凝集誘導にはJNKが必須である
浦 誠司 (東京医科歯科大学難治疾患研究所ポスドク)
- (12)
- ASKファミリーによるストレス応答と細胞死制御
一條 秀憲(東京大学大学院薬学系研究科)
- (13)
- NF-kBによる細胞死抑制のメカニズム
中野 裕康(順天堂大学医学部免疫学)
- (14)
- オートファジーによる飢餓対応と細胞内品質管理
水島 昇(東京医科歯科大学大学院細胞生理学分野)
- (15)
- ユビキチンファミリーによる生体機能制御
千葉 智樹(筑波大学大学院生命環境科学研究科)
- (16)
- ミトコンドリアユビキチンリガーゼの機能
柳 茂(東京薬科大学生命科学部分子生化学)
- (17)
- 疾患と非アポトーシス型細胞死
辻本 賀英(大阪大学大学院医学系研究科)
- (18)
- ネクローシス死誘導におけるアニオンチャネルの役割
岡田 泰伸(生理学研究所機能協関部門)
【参加者名】
仁科博史(東京医科歯科大学難治疾患研究所),中村 貴(東京医科歯科大学難治疾患研究所),浦 誠司(東京医科歯科大学難病治疾患研究所),生江美佐子(東京医科歯科大学難治疾患研究所),長田重一(大阪大学大学院医学系研究科),辻本賀英(大阪医科歯科大学難治疾患研究所),鍔田武志(東京医科歯科大学難治疾患研究所),厳斌成(東京医科歯科大学難治疾患研究所),一條秀憲(東京大学大学院薬学系研究科),小口 遥(東京大学大学院薬学系研究科),高木美穂(東京大学大学院薬学系研究科),村上史織(東京大学大学院薬学系研究科),木下英幸(東京大学大学院薬学系研究科),藤澤貴央(東京大学大学院薬学系研究科),垣塚 彰(京都大学大学院生命科学研究科),安田邦彦(京都大学大学院生命科学研究科),小池雅昭(京都大学大学院生命科学研究科),大久保裕介(京都大学大学院生命科学研究科),米原 伸(京都大学大学院生命科学研究科),大串雅俊(京都大学大学院生命科学研究科),黒木俊介(京都大学大学院生命科学研究科),高橋涼香(京都大学大学院生命科学研究科),伊藤 亮(京都大学大学院生命科学研究科),高橋良輔(京都大学大学院医学系研究科),田代善崇(京都大学大学院医学系研究科),山門穂高(京都大学大学院医学系研究科),江川斉宏(京都大学大学院医学系研究科),中野裕康(順天堂大学医学部免疫),中島章人(順天堂大学医学部免疫),吉田裕樹(佐賀大学医学部),白石裕士(佐賀大学医学部),三浦正幸(東京大学大学院薬学部),中嶋悠一郎(東京大学大学院薬学部),倉永英里奈(東京大学大学院薬学部),大澤志津江(東京大学大学院薬学部),清水重臣(東京医科歯科大学難治疾患研究所),千葉智樹(筑波大学大学院生命環境科学研究科),水島 昇(東京医科歯科大学大学院),佐々木雄彦(秋田大学医学部),柳 茂(東京薬科大学生命科学部),福田敏史(東京薬科大学生命科学部),杉浦 歩(東京薬科大学生命科学部),楊 立偉(東京薬科大学生命科学部),高柳 広(東京医科歯科大学大学院),岡本一男(東京医科歯科大学大学院),岡田泰伸(生理学研究所),井上 華(生理学研究所),高橋信之(生理学研究所),浦本裕美(生理学研究所),沼田朋大(生理学研究所),E.L.Lee (生理学研究所),佐藤かお里(生理学研究所),青島晃宏(基礎生物学研究所)
【概要】
細胞死は個体の発生や恒常性維持に必須の生命現象であり,その破綻は個体の死や病態を引き起こす。細胞死の分子機構の詳細な解析から,細胞死を誘導する受容体,実行装置,細胞死センサーなど様々な素過程に関わる分子が次々に明らかにされてきた。また,死細胞を個体から除去する現象やそれに関わる分子の解明も著しい進展を見せている。一方,細胞内の不要分子の処理や自己消化に関わる素過程など他領域の研究成果が細胞死研究に新たな視点を与えつつある。このように細胞死研究は自己の成熟に加え,他領域研究の成果を取り入れながら新たな広がりを見せている。このような状況で,精力的に細胞死研究および関連分野を研究している研究者が一同に会し,その分子機構と生理的役割に関して交流の場を持つことは非常に意義のあることと考えられる。世界をリードする研究成果を出してきた我が国の細胞死研究が更なる発展をするために,本研究会は開催された。2日間にわたって最先端の研究成果が報告され,活発な議論と有益な情報交換がなされ,本研究会の目的は十分達成されたと考えられる。
米原 伸 (京都大学大学院生命科学研究科)
細胞分裂期における染色体の凝縮異常(不全)によって,娘細胞間をDNAが架橋するanaphase bridgeという構造が認められ,核分裂が成功せずに,二核四倍体の細胞が生じることがある。このような細胞の染色体は不安定であり,変異が蓄積することによって細胞のがん化が誘導されるという。我々は,このような染色体凝縮異常による二核四倍体細胞を誘導する系を作製し(転写因子CREBの転写活性に依存しない作用,あるいはDNAトポイソメラーゼII阻害剤ICRF-193の作用),生じた二核四倍体細胞がcaspase非依存性の新規細胞死によって除去されることを見いだした。そして,この細胞死はハウスキーピング遺伝子産物として著名な翻訳伸長因子eEF1A1 (EF-1a) の発現抑制によって誘導されるということを示した。また,このeEF1A1の発現抑制は,1) eEF1A1 mRNAの5’非翻訳領域が標的となって誘導されること,2) CHO細胞ではmRNAの不安定化と翻訳阻害,ヒト細胞では翻訳阻害によって誘導されることを明らかとした。そして,この翻訳阻害に関わる分子の同定も行った。染色体凝縮異常によって生じる二核四倍体細胞が除去される新しい細胞死と,その分子機構が明らかとなりつつある。この新規細胞死の生理的役割を明らかにしていくことが今後必要と考えられる。
三浦 正幸(東京大学大学院薬学系研究科)
カスパーゼはアポトーシス実行に必須のプロテアーゼとして線虫で同定された。線虫では細胞死が個体の生存には必要なく,細胞死誘導による不要細胞の効率よい除去がカスパーゼの主たる働きである。しかし,ヒトやショウジョウバエといった多くの多細胞動物では細胞死は個体の生存に必須であり,細胞死やそのシグナル構成因子の生理機能は未だ多くが謎とされている。
カスパーゼは様々なストレス刺激や発生シグナルの乱れを感知して活性化される。発生過程で増殖性の違う細胞集団が接したときには,栄養因子受容に劣る増殖性の悪い細胞集団で選択的にカスパーゼの活性化がおこり除去される(細胞競合)。また,何らかの原因で過剰なアポトーシスが生じた場合は失われた細胞を埋め合わせるべく増殖シグナルがアポトーシス細胞から分泌される(代償性増殖)。この現象にカスパーゼは必須の役割を果たすことが遺伝学的な研究により明らかになってきた。さらに,これまでカスパーゼは活性化すると細胞死が誘導されると考えられてきたが,細胞が受けるストレスの程度によってそれに応じたレベルの活性化を示し,細胞死以外の生理機能を果たすことが明らかになった。
中嶋 悠一朗,倉永 英里奈,三浦 正幸(東京大学大学院薬学系研究科)
プログラム細胞死は個体の形態形成を始めとした正常な発生に重要である。特に,アポトーシスという形態的特徴をもつ細胞死において,カスパーゼと呼ばれるシステインプロテアーゼを中心とした機構は進化的に保存されている。個体という細胞社会において,細胞死の時空間的パターンを明らかにし,生理的寄与を知るには,組織の中で「死にゆく細胞」を直接見るというアプローチが有効となる。個体中で細胞死の生体イメージングを行うにあたり,カスパーゼ活性化のFRETインディケーター (SCAT) を発現するトランスジェニックショウジョウバエを作製し,蛹期における腹部表皮の入れ替わりの現象を解析した。死にゆく幼虫表皮細胞においてカスパーゼ活性化パターンを1細胞レベルで検出する系を確立し,細胞死のパターンについて解析した結果,表皮の細胞死には特定のパターンが存在することが明らかになった。
清水 重臣(東京医科歯科大学難治疾患研究所),辻本 賀英(大阪大学大学院医学系研究科遺伝子学)
アポトーシスのシグナル伝達機構にはミトコンドリアの膜透過性変化が関与しており,Bcl-2ファミリー蛋白質はこれを調節することにより細胞死を制御している。Bcl-2ファミリー蛋白質のうち,Bcl-2は強いアポトーシス機能を有している。我々は,このBcl-2を腸上皮に過剰発現させたトランスジェニックマウスを作製し,クローン病モデルマウスと交配し,クローン病における腸上皮アポトーシスの影響を検討した。その結果,Bcl-2トランスジェニックマウスと交配したクローン病マウスは病状が大きく改善した。即ち,クローン病の病態には腸上皮アポトーシスの関与が明確となった。また,我々はアポトーシス抵抗性のBax/Bakダブルノックアウトマウスのembryonic fibloblastや胸腺細胞の解析を詳細に行った。その結果,①これらの細胞にアポトーシス刺激を加えても,アポトーシスは観察されないが,non-apoptoticな細胞死は観察されること,②この細胞死には,オートファジー様の形態変化を伴うこと,③オートファジーを抑制することにより細胞死が緩和されること,を見いだした。
吉田 裕樹(佐賀大学医学部 分子生命科学)
Apaf1は,ミトコンドリア依存性アポトーシス経路においてシトクロム<I>c</I> の存在下にカスパーゼ9を活性化するアダプター分子として働く。Apaf1欠損マウスは胎性致死であり,発生過程におけるニューロンのアポトーシス低下とニューロンの蓄積が認められたことから,Apaf1依存性アポトーシスは,脳の発生過程における不必要なニューロンの除去に重要な役割を果たしているものと考えられた。また,Apaf1欠損胎仔線維芽細胞は,抗がん剤処理や紫外線照射などのストレスにより誘導されるアポトーシスに抵抗性を示す。Apaf1欠損マウスをC57BL/6マウスに戻し交配を進める過程で,外見上野生型マウスと差を認めず,正常に成長し妊性も有するApaf1ホモ欠損マウスが確認された。これらのマウスでは,脳の構造にも異常を認めず,腸管上皮のアポトーシスも野生型と同程度に認められた。以上のことは,Apaf1依存性アポトーシスが個体の発生に必須ではなく,何らかの代替経路により生理的アポトーシスが誘導されていることを示している。また,小胞体ストレス経路はApaf1依存性アポトーシスに加え非依存的な細胞死も誘導すること,成長因子欠損はApaf1欠損細胞にも緩徐な細胞死をもたらすことから,Apaf1に依存しない新しい細胞死誘導経路の存在が示唆される。
垣塚 彰(京都大学大学院生命科学研究科 / SORST (JST))
我々は,神経変性疾患の発症に深く関わる分子としてVCP (Valosin-containing protein) と言うAAAファミリーに属するATPaseの機能解析を行っている。VCPの細胞内の局在を抗体を使った免疫染色法で解析すると主に細胞質に存在している。しかし,ポリグルタミンなどの異常な蛋白質が蓄積した細胞では,核内にVCPの局在を示す細胞が増えてくる。おそらく何らかの変化が VCPに生じた結果,局在が変化したものと考えられた。そこで,ポリグルタミンを発現させた細胞と発現させていない細胞から VCPを精製し,質量解析によって,ポリグルタミンによってVCPに何らかのアミノ酸修飾が起きている可能性を検証した。その結果,ポリグルタミンの発現に依存して,近接する2ヶ所のアミノ酸にリン酸化が,1ヶ所にアセチル化が誘導されることが明らかになった。この3つのアミノ酸の修飾を模倣するアミノ酸として,それぞれグルタミン酸(D),アスパラギン酸(E),グルタミン(Q) に置換した変異体 (DEQ体) を作成し,培養神経細胞 (PC12) に発現させた。この変異体では,顕著な核移行が観察された。さらに,驚いたことに,PC12細胞の神経突起の退縮を誘導する活性があることが見出された。すなわち,VCPは,細胞内にポリグルタミンが蓄積してくるとリン酸化とアセチル化修飾を受け,その結果,核内に移行し,おそらく核内で神経突起の退縮を引き起こす作用を担っていることが推測された。
高橋 良輔(京都大学大学院医学研究科脳病態生理学講座臨床神経学)
我々は常染色体劣性若年性パーキンソン病 (AR-JP) の原因遺伝子産物でユビキチンリガーゼであるParkinの基質としてパエル受容体 (Pael-R) を同定した。Pael-Rは折り畳み効率の低い蛋白質であり,培養細胞で過剰発現させると,小胞体ストレスを引き起こしてアポトーシスを生じさせる。Pael-Rを過剰発現するトランスジェニックマウス(Pael-Tg) を作製したところ,軽度のドーパミン神経細胞数の減少を認めた。更にparkin-KOマウスにPael-R-Tgマウスを掛け合わせたparkin-KO/Pael-R-Tgマウスでは上記の変化がPael-Rの量依存的に増強された。parkin-KO/Pael-Tgマウスではドーパミン細胞死は2年齢で約40%に達した。このマウスの脳では持続的な小胞体ストレスのマーカー上昇及びカルボニル化タンパク質など酸化的ストレス指標の増加が見られた。更に18ヶ月齢以降でミトコンドリア複合体Iの活性低下がみられた。以上の結果から,parkin-KO/Pael-TgマウスはAR-JPの病態をよく再現し,小胞体ストレス,酸化的ストレスが相乗的に作用して変性が引き起こされ,ミトコンドリアの複合体Iの活性低下が更に変性過程を加速するのではないかと考えられた。
佐々木 雄彦(秋田大学医学部 病理病態医学講座 感染制御学分野)
ホスファチジルイノシトールは,細胞膜を構成する微量リン脂質である。ホスファチジルイノシトールのイノシトール環が,その3,4,5位水酸基に可逆的なリン酸化を受ける結果,7種類のイノシトールリン脂質が生成される。これらは,脂質性シグナル分子として個々に固有の機能を持ち,多様な細胞応答を制御する。我々はこれまでに,PI3K, PTEN, SHIP, PIPKIなどのイノシトールリン脂質代謝酵素の欠損マウスを用いて,これらの酵素の欠損が,発がんや免疫機能異常など,多様な病態へとつながることを見出した。L-PIPase (leucine-rich phosphoinositide phosphatase) はイノシトールリン脂質脱リン酸化酵素である。L-PIPaseの欠損マウスは,メンデル率に則って生まれるが,生後12日目から不随意運動を呈した。また,脳波解析の結果,てんかんを発症することが明らかとなった。L-PIPase欠損マウス脳では,顕著なアポトーシスの亢進とグリオーシスが観察されたことから,L-PIPaseの神経細胞死への関与が示唆された。
鍔田 武志(東京医科歯科大学疾患生命科学研究部,CREST, JST)
成熟Bリンパ球は抗原刺激によりアポトーシスをおこし,そのアポトーシスは活性化T細胞由来のCD40L分子との反応により阻害される。病原微生物はT細胞を活性化できるので,病原微生物に反応するB細胞は免疫応答をおこし,T細胞を活性化できない自己抗原に反応した自己反応性B細胞はアポトーシスをおこして免疫トレランスが保たれる。我々は,正常B細胞および抗原授与体架橋でアポトーシスをおこすB細胞株WEHI-231を用いて,抗原授与体を介するアポトーシスのメカニズムを解析した。その結果,抗原受容体を介するアポトーシスの際に活性酸素が生成され,Nアセチルシステインなどで活性酸素の産生を阻害するとアポトーシスが阻害された。この結果から,抗原受容体を介するアポトーシスには活性酸素の生成が必要であることが明らかになった。また,抗原受容体架橋により小胞体ストレスが誘導され,活性酸素産生の阻害により小胞体ストレスも阻害された。さらに,シャペロンBipPを過剰発現すると抗原受容体架橋による小胞体ストレスが阻害され,またアポトーシスも著明に阻害された。これらの結果から,抗原受容体を介するBリンパ球アポトーシスに小胞体ストレスが重要な役割を果たすことが強く示唆された。
高柳 広(東京医科歯科大学大学院分子情報伝達学)
骨のホメオスタシスの維持には破骨細胞による骨吸収と骨芽細胞による骨形成のバランスが重要である。我々は破骨細胞の分化に必須のサイトカインRANKL (receptor activator of NF-kB ligand) がどのようなシグナルを伝達し,破骨細胞分化を誘導しているのかを分子レベルで解明する研究を続けている。
RANKLはNF-kB, MAPキナーゼ,AP-1といった転写因子やシグナル経路を活性化することが知られていた。しかし,このような経路はさまざまなサイトカイン・増殖因子・ストレスなどで活性化され,インターロイキン1のように破骨細胞分化を誘導できないサイトカインによっても活性化されるため,破骨細胞に対する特異性がない。そこで,破骨細胞特異的なRANKL誘導遺伝子を同定するためAffymetrix社のGeneChipを用いてRANKL誘導遺伝子の網羅解析を行った。その結果,リンパ球で発見された転写因子の一つであるnuclear factor of activated T cells c1 (NFATc1) が RANKLシグナルを統合する破骨細胞分化のマスター転写因子であることを発見した。NFATの活性化にはカルシウムシグナルとカルシニューリンが重要であるため,カルシニューリン阻害剤であるFK506やサイクロスポリンAは破骨細胞分化を強く抑制する。さらに,破骨細胞でカルシウムシグナルを活性化する受容体の探索の中から,免疫グロブリン様受容体からの共刺激シグナルがこの経路の活性化に重要な役割を果たすことが明らかになった。
このように,免疫細胞で発見された転写因子NFATが,骨格系細胞でも広範は役割を果たすことは,骨格系と免疫系の密接な関係を示す一方,この経路を用いて破骨細胞のみを抑制する治療の難しさを示唆している。それ故,破骨細胞特異的なシグナル伝達機構をさらに解明することが,今後の新しい治療戦略に道を開くと考えられる。
岡本 一男(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科)
単球・マクロファージ系細胞由来の破骨細胞は,骨吸収能を持つ多核細胞であり,その分化・成熟には破骨細胞分化因子・RANKLが必要である。RANKL刺激により,破骨細胞内でNF-kBやAP-1などが活性化され,破骨細胞分化のマスターレギュレーター・NFATc1が誘導される。またNFATc1は,RANKL依存的に誘導されるカルシウムシグナルによって活性化し,破骨細胞分化特異的な遺伝子の発現を誘導する。
NFATc1の活性化に必要なカルシウムシグナルは,免疫グロブリン様受容体とITAMを有した膜結合型分子・DAP12やFcRgを介した,PLCgの活性化が必要であるが,ITAMとPLCgの間を結ぶシグナル伝達経路は明らかにされていない。今回我々は,非受容体型チロシンキナーゼのTecファミリーキナーゼが,ITAMとPLCg間のシグナル経路に関わることで,破骨細胞分化を制御することを明らかにし,さらに破骨細胞分化に関わるITAM〜カルシウムシグナル経路がB細胞受容体のシグナル伝達経路と極めて類似していることを見出した。またTecファミリーキナーゼが,破骨細胞分化の過程で誘導されるアポトーシスを制御していることも示唆された。
川根 公樹,長田 重一(大阪大学大学院生命機能研究科)
アポトーシスでは死細胞のDNAは2段階で分解される。すなわち,死細胞内でのCAD (caspase-activated DNase) による分解と,死細胞がマクロファージに貪食された後,リソソームに存在するDNase IIによる分解である。一方,赤血球の最終分化段階で排除された核はマクロファージによって貪食され,DNase IIによって分解される。今回,DNase II 遺伝子を生後,薬剤の投与によって欠失させるマウスを作成した。このマウスを [poly(IC)] で処理すると数週間のうちにDNase II遺伝子は除去され,それに応じて,さまざまな組織のマクロファージがリソソーム内に未分解DNAを蓄積した。これらのマクロファージは活性化されており,TNFを産生していた。このマウスは歳をとるにしたがって,指先,手・足首,ひじ・ひざの順に関節炎を発症した。発症した関節ではTNF,IL-6やIL-1bなどのサイトカイン遺伝子の発現が10〜50倍に増加しており,滑膜細胞が著しく増殖し,軟骨や骨を破壊していた。このマウスに,抗TNF抗体を投与したところ,関節炎の発症を抑制した。以上の結果は,アポトーシス細胞や赤血球前駆細胞から由来するDNAが分解されずマクロファージに残存すると,マクロファージが活性化され,マクロファージから産生されたTNFが関節炎を誘起することを示唆している。
仁科 博史(東京医科歯科大学難治疾患研究所)
SAPK/JNKシグナル伝達系は様々なストレスに応答し,細胞死の誘導,細胞の増殖促進や生存維持,細さらに細胞の老化抑制などの様々な細胞の運命を制御する。受容体刺激など細胞膜を介するSAPK/JNK 活性化の分子機構に比べて,DNA損傷によって誘導される核から細胞質へのシグナル経路については未だ不明の点が多い。本研究会では,DNA損傷によって誘導されるHeLa細胞のSAPK/JNK活性化にDaxxと癌抑制遺伝子産物Ras Ras association domain family 1C (RASSF1C) が関与することを見出したので報告する。1) Daxxはpromyelocytic leukaemia-nuclear bodies (PML-NBs) に局在し,DNA損傷によってユビキチン化され分解された。2) RASSF1CはDaxxと結合し,PML-NBsに共局在していた。3) RASSF1CはDaxx分解に依存して,核から細胞質に移行した。4) 核から放出されたRASSF1Cは細胞質の微小管と結合し,SAPK/JNK活性化誘導やアポトーシス誘導に関与した。すなわち,核内PML-NBsに存在するDaxx-RASSF1C複合体がDNA損傷のセンサーとしてとして機能し,RASSF1Cの細胞質への放出を介して,SAPK/JNK活性化誘導するという興味深い分子機構を見出した。本研究成果は,細胞死の誘導に関与するSAPK/JNKの持続的な活性化機構の一端を担う可能性がある。
浦 誠司(東京医科歯科大学難治疾患研究所)
細胞の自殺であるアポトーシスは,個体の発生や恒常性の維持に必要不可欠なメカニズムである。アポトーシスが誘導された細胞では,カスペースと呼ばれる一群のプロテアーゼが活性化され,このカスペースが様々な基質を切断することにより核凝集やDNAの断片化などの現象を引き起こす。MST1はカスペースによって切断され活性化されるストレス応答MAPKシグナル伝達経路のMAPKKKKである。我々は,MST1の活性化が核凝集などの様々なアポトーシスに特徴的な変化を誘導することから,MST1がカスペースのエフェクターとして機能することを明らかにしてきた。さらに,JNKストレス応答MAPKシグナル伝達経路におけるMAPKKであるMKK4/7を欠損したES細胞を用いて,MST1による核凝集においてJNKの活性化が必須であること,また,JNKの活性が核凝集を誘導するために十分であることを明らかにした。
一條 秀憲(東京大学・大学院薬学系研究科・細胞情報学教室,CREST)
Apoptosis Signal-regulating Kinase (ASK)1はJNKとp38MAPキナーゼの上流に存在するMAPKKKである。これらのMAPキナーゼ経路は,様々な環境ストレスに応答して細胞の生死や分化をはじめとする多様な生物活性をコントロールするためのシグナル伝達系として機能している。ASK1ノックアウトマウスの解析により,ASK1が酸化ストレスや小胞体ストレスによるアポトーシスに必要なシグナルであることが明らかになり,またASK1がアルツハイマー病において認められる神経細胞死のメディエーターとしてこれらの疾患に関わっていることも示唆されている。一方,ASK1は皮膚損傷ストレスに応答して炎症性サイトカインの産生ならびにマクロファージの遊走・活性化を伴う発毛促進に必要なことも明らかになってきた。本研究会では,活性酸素 (ROS) によるASK1の活性制御機構について紹介するとともに,ASKファミリー経路を介する炎症と発毛の関連性ならびに筋萎縮性側索硬化症における小胞体ストレスとASK1の病態生理学的役割について報告する。
中野 裕康(順天堂大学医学部 免疫学)
NF-kBの活性化の障害された細胞では,活性酸素(ROS) の蓄積が生じ,遷延化するc-Jun N-terminal kinase (JNK) の活性化が誘導されることを,我々はこれまでに明らかにしてきたが,その分子メカニズムの詳細は不明であった。今回,我々はNF-kB欠損細胞では,アポトーシス抑制タンパクであるc-FLIPLがTNFa刺激により速やかに分解されることを見いだした。逆にc-FLIPLを発現させることにより,NF-kB欠損細胞で生じるROS産生やJNKの活性化が抑制されることが明らかとなった。興味深いことにc-Flip-/-マウス由来の細胞では,NF-kBの活性化に障害が認められないにもかかわらず,カスパーゼ依存性および非依存性のJNKの活性化およびROSの蓄積が誘導されることが明らかとなった。さらにc-FLIPLによるカスパーゼ非依存性のJNKの抑制のメカニズムを検討したところ,c-FLIPLがTNFa 依存性にMKK7と直接会合し,MEKK1,ASK1およびTAK1とMKK7との会合をブロックすることで,JNK経路の活性化を抑制していることが明らかとなった。以上よりc-FLIPLはカスパーゼ依存性および非依存性に誘導されるJNKの活性化およびROS産生を抑制することが初めて明らかとなった。
水島 昇(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科,科学技術振興機構・SORST)
オートファジーはリソソームを分解の場とする,細胞質成分の非特異的な分解システムである。私達は,全身のオートファゴソームが蛍光標識されるモデルマウスを作製し,オートファジーの活性は通常は低いものの,絶食時の成体マウスや出生直後の新生児の全身で顕著に誘導されることを示した。新生児は経胎盤栄養の突然の遮断による生理的な飢餓状態ある。そこでオートファジー不能マウス(Atg5欠損マウス)を作製したところ,このマウスは出生直後に深刻な栄養不良に陥ることが明らかとなった。すなわち,オートファジーは,栄養飢餓時に細胞が自身の一部を分解し栄養素であるアミノ酸を内因的に供給するための重要な生理的機構であると考えられた。
一方で,Atg5ノックアウトマウスは神経や肝細胞内にユビキチン陽性のタンパク質凝集体が蓄積していることも観察された。これは胎生期の低いレベルのオートファジーも,細胞内タンパク質の品質管理として重要な働きをしていることを示している。さらに神経特異的Atg5ノックアウトマウスを作製したところ,このマウスは4週目頃より神経変性疾患様の運動機能異常を呈するようになり,広範囲の神経細胞内にユビキチン陽性封入体が観察された。この封入体形成は,オートファジーによる細胞質全体のタンパク質代謝回転不全の結果であると考えられた。以上のことから,誘導されるオートファジーは飢餓適応として,基底レベルの恒常的オートファジーは細胞内品質管理機構としてそれぞれ異なった生理的重要性をもつものと理解される。
千葉 智樹(筑波大学大学院・生命環境科学研究科)
選択的なタンパク質分解は生体の積極的なプロセスであり,細胞周期進行,シグナル伝達,転写制御,細胞死などあらゆる生命現象に重要な役割を果たしている。この選択的タンパク質分解はユビキチンが分解される基質に共有結合することによって制御されている。サイトゾルタンパク質や核タンパク質がユビキチン化されるとプロテアソームが分解し,膜タンパク質がユビキチン化されるとリソソームが分解する。また真核生物では細胞質成分をリソソーム系へと輸送し分解するオートファジー経路も存在し,プロテアソームとリソソームは協調的に細胞内浄化システムとして機能している。本セミナーではユビキチン系,プロテアソーム系,オートファジー系のノックアウトマウス解析などから明らかとなってきたタンパク質分解の素過程および制御機構について紹介し,「タンパク質分解機構の破綻による細胞死」と「タンパク質分解による細胞死」について討議した。
柳 茂(東京薬科大学 生命科学部 分子生命科学科 分子生化学研究室)
私たちはこれまで神経回路網形成過程の分子メカニズムについて解析を行ってきた。とくに神経突起の崩壊と消失において活性酸素がセカンドメッセンジャーとして用いられていることを見いだした。この活性酸素によりダメージを受けたミトコンドリアがユビキチン化を受けて細胞内から細胞外へと排除される興味深い現象を観察した。このようにミトコンドリアにユビキチン化を引き起こすユビキチンリガーゼを同定しようと試みた結果,新規膜型ミトコンドリアユビキチンリガーゼMITOLの同定に成功した (Yonashiro et al. EMBO J. 2006)。MITOLはミトコンドリア外膜に特異的に局在し,膜4回貫通するというユニークな構造をもつ。今回,HeLa細胞を用いてMITOLをRNAi法により蛋白発現を抑制すると,ミトコンドリアの断片化が観察されたので,ミトコンドリア分裂因子 (Drp1, Fis1) との関連を解析した結果,MITOLがミトコンドリア分裂因子を基質にしてミトコンドリアダイナミクスを調節していることを明らかにした。しかしながら予備的な実験結果より,MITOLはミトコンドリア分裂因子の制御機構にとどまらず,ミトコンドリアタンパク質の品質管理機構や免疫応答機構など様々な役割をしている可能性が示唆された。本シンポジウムではMITOLに関する予備的な実験結果を交えて細胞死との関連性について報告する。
辻本 賀英(大阪大学大学院医学系研究科遺伝子学・科学技術振興機構SORST)
種々の細胞株において低酸素・低グルコースにより誘導される細胞死はカスペース非依存的であることを見出し,この細胞死の分子機構を解析するために,この細胞死に付随してみられる核収縮に注目し,核収縮に関わる因子として,Ca2+非依存的phospholipase A2 (iPLA2b) を同定した。ついで,iPLA2b の病理的役割と生理機能を明らかにする目的でiPLA2b 欠損マウスを作成し解析した。その結果,iPLA2b 欠損マウスは1年半頃から運動異常が顕著になり,病理学的には中枢神経系(脳と脊髄)に軸索・シナプスの変性を伴う神経異常を呈することが判明し,iPLA2bが神経細胞の維持,特に軸索・シナプスの維持に必須であることが明らかになった。最近,ヒトの遺伝性神経変性疾患であるInfantile neuroaxonal dystrophy (INAD)やNeurodegeneration with brain ion accumulation (NBIA) において,iPLA2bのヒトホモログ遺伝子に変異があることが明らかになり,これら疾患も公汎な軸索変性を特徴とすることから,我々のiPLA2b欠損マウスはこれらヒト疾患の良いモデル動物になっていることが明らかになった。
岡田 泰伸,井上 華,鍋倉 隆,王 海燕,清水 貴浩,沼田 朋大(生理学研究所機能機関部門)
今回,ネクローシス死誘導におけるネクローシス性容積増加(NVI) と,それにおけるアニオンチャネルの関与について検討した。乳酸アシドーシス時におけるグリア細胞のネクローシス死は,乳酸とプロトンとNa+とCl-の細胞内流入によるNVI発生と,細胞内プロトン蓄積による容積調節性アニオンチャネルVSORの抑制によるNVIの持続によることが明らかとなった。細胞外強酸性条件下では上皮細胞に新たなアニオンチャネルASORが活性化し,これを介するCl- 流入によるNVIがネクローシス死をもたらすことを明らかにした。更には,過興奮毒性下における大脳皮質ニューロンにおけるNVIやvaricosity形成に関与するCl- 流入には,VSORがその通路を与えることを明らかにした。いずれもNVIやvaricosity形成を阻止するとネクローシス死は救済されたことから,NVIやそれに関与するアニオンチャネルが極めて重要な役割を果たすことが結論された。