生理学研究所年報 第28巻 | |
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5.上皮膜輸送活性化因子を探して:宿主防御バリアーの最前線2006年12月12日−12月13日
【参加者名】 【概要】
(1) 病原細菌定着因子及び毒素の菌体内輸送システムに関する顕微科学的解析呉 紅,中野隆史,佐野浩一(大阪医科大学・予防社会医学) 病原細菌が産生する定着因子や毒素は菌体内で産生された後,多くが特定の部位で機能を発揮し,また菌体外に分泌される。このことから,病原因子にはこれら因子が細胞内で移動するための輸送システムが菌体内に存在すると考えられる。このシステムを解析するのに免疫電子顕微鏡法が有用であるが,従来の方法では十分な像コントラストが得られなかった。そこでわれわれは胃粘膜疾患の病原微生物Helicobacter pylori の輸送システムを明らかにするため,アルシアンブルーを用いた免疫電子顕微鏡コントラスト増強法を開発した。本法を用い,H. pyloriの定着因子ureaseと分泌毒素CagAについて詳細に解析し,共に菌体外pH依存的な菌体内ナノトランスポーテーションシステムが存在すること,さらに両者は膜タンパクUreI指向性の有無において異なるシステムであることを明らかにした。H. pyloriの定着因子ureaseや毒素CagAなどの病原因子の菌体内ナノトランスポーテーションシステムは,これら病原因子の活性調節機構のひとつであり,H. pylori除菌のターゲットになりうる可能性をもつ。このように免疫電子顕微鏡法を応用し,さまざまな病原細菌の定着因子や毒素などの菌体内タンパク輸送システムを明らかにすることは,病原細菌がもつ様々な機能の解明に重要な役割を担っていると考えた。
(2) 嚢胞性線維症原因遺伝子CFTRの成熟化・分解におけるMAPKの関与杉田 誠(広島大学大学院医歯薬学総合研究科・創生医科学専攻・病態探究医科学講座(口腔生理学))
粘膜上皮細胞の腺腔側膜Cl-チャネルとして働くCFTRの遺伝的機能不全症(嚢胞性線維症)は,全身性外分泌腺機能障害・呼吸器感染を誘発する致死率の高い疾患である。CFTRがERで翻訳された後に,いかにして成熟型の機能的コンフォメーションをとり腺腔側形質膜へ輸送されるか,またいかにして異常なコンフォメーションをとったCFTRが分解されるか,その分子機構には不明な点が多い。本研究では,成熟型CFTRの生成を制御する分子機構を解明するために,上皮系培養細胞にGFP-CFTR およびその変異体を遺伝子導入し,発現させ,細胞内情報伝達系阻害剤の投与時や目的遺伝子導入時における,成熟型CFTRの生成量変化および形質膜移行動態を観察した。嚢胞性線維症の治療薬として用いられるbutyrate誘導体の培養液への添加は,培養細胞での成熟型GFP-CFTRの生成とGFP-CFTRの形質膜移行を顕著に促進したが,Rドメインを欠損するCFTR (GFP-DR-CFTR) においては,その効果は微弱であった。ButyrateはCFTRのRドメインを介して,成熟型CFTRの生成および形質膜移行を促進し,その促進にはERK/MAPKの活性化が関与することが示唆された。
(3) 膵導管細胞の管腔膜を介するHCO3- 輸送石黒 洋,成瀬 達,洪 繁,近藤孝晴,山本明子 膵臓の導管系は,高濃度(ヒトでは140 mMに達する)のHCO3-を含む等張液を分泌する。管腔膜を介するHCO3-分泌の機構としては,CFTRによる輸送(CFTRのHCO3- conductance)と,SLC26 family輸送体によるCl--HCO3- exchangeが候補であり,管腔内(膵液中)のanion組成と膜電位によって寄与率が変化すると考えられる。モルモットの単離小葉間膵管の管腔内に,BCECF-dextranあるいはABQ-dextranを注入して,管腔容積とともに管腔内のpHあるいはCl- 濃度を測定した。表層,管腔内ともHCO3--free,150 mM Cl- の条件で測定を開始した。表層灌流液を25 mM HCO3- -5% CO2-125 mM Cl- 溶液に切り替えると,溶液の基礎分泌が見られ,管腔内pHは一時的に低下(CO2の流入による)した後に上昇,管腔内Cl- 濃度は急速に低下し2分後に約90 mMとなった。netのCl- 輸送を算出すると,この2分間にCl-の吸収が起こっている事がわかり,管腔膜のCl--HCO3- exchangeによると考えられた。現在,Slc26a6ノックアウトマウスを用いて検討中である。
(4) 小腸Subepithelial Fibroblastsのメカノセンサー,バリアーとしての働き古家喜四夫1,古家園子2,曽我部正博1,3,4(1科学技術振興機構・細胞力覚プロジェクト, 小腸絨毛のSubepithelial Fibroblasts は,上皮基底層直下でネットワークを形成し絨毛固有層を覆っており,その細胞突起は上皮,平滑筋,血管,神経ともコンタクトし,エンドセリン,ATP,Sub-Pなど多様な受容体を持ち,小腸絨毛のいろいろな機能を制御する細胞と考えられている。その1つの働きはバリアー機能で,増殖因子をはじめ各種の細胞間パラクラインメディエーターを放出することにより上皮細胞を制御するとともに,この細胞自身がcAMP濃度に応じて形を扁平状と星状の間で変化させ免疫細胞等の透過性を制御していると考えられる。2つ目は絨毛の機械的性質の制御機能で,この細胞が持つ平滑筋様の収縮性(そのためMyofibroblastsとも呼ばれている)と,細胞の形の変化に伴う機械的性質の変化によって絨毛全体の動きをダイナミカルに制御していると考えられる。3つ目はメカノセンサー機能で,腸の内容物が絨毛を押すなどの機械刺激によってこの細胞が反応しATPを放出することにより周りの細胞及び神経系に情報を伝えていると考えられる。このようにSubepithelial Fibroblastsは従来考えられてきた腸上皮の傷の治癒といった病的な場合だけではなく,正常な状態の生理機能に関与していることが分かってきた。
(5) 有機フッ素化合物Perfluorooctane sulfonate (PFOS) によるマウス気管線毛運動の活性化松原絵里子,小泉昭夫(京都大学大学院医学研究科環境衛生学) PFOSの環境衛生に対する効果については未だはっきりしていない。本研究では,マウス気管スライス標本を用い線毛運動を高速度カメラを用い観察し,線毛運動周波数 (CBF) を測定した。非刺激時のCBFは15-20Hzであった。PFOS (100 mM) はCBFを約10%増加させた。この反応はPFOS濃度に依存しており,細胞外のCa2+を取り除くことにより抑制された。PFOSによるCBFの上昇は,nifedipine (30 mM) により完全に消失したが,Gd3+ (1 mM),Ni2+ (1 mM)では消失しなかった。また,細胞外のK+濃度の上昇(50 mM [K+]o) によってもCBFが活性化され,このCBFの活性化は,nifedipine (30 mM)により消失した。PFOSは細胞内Ca2+濃度の上昇を引き起こしていた。また,PFOSはPPARaのリガンドとして知られているが,PPARaK/OマウスにおいてもCBF上昇を引き起こした。これらの結果から,PFOSはnifedipine-sensitive voltage activated Ca2+ permeable channels を活性化することによりCBFを上昇させていた。 今回の結果は,気管CBFがPFOSの毒性評価の一つの指標となる可能性を示唆している。
(6) 熱ショック転写因子による線毛運動の維持高木栄一,藤本充章,御厨剛史,林田直樹,王倍倍,井上幸江,中張隆司1,中井 彰 熱ショック応答は,すべての生物に存在する普遍的な生体防御機構であり,一群の熱ショック蛋白質 (Hsp) の発現を特徴とする。この応答を制御するのが熱ショック転写因子 (HSF) である。HSF遺伝子群は個体発生過程においても生殖臓器や脳形成に重要で,さらにプラコードに由来する感覚器の維持にも必須の役割を担うことが分かっている。しかしながら,Hspの制御の異常がどのクライアント蛋白質(Hspの介助の必要な蛋白質のこと)の質的な,あるいは量的な異常を導くかは明らかにされていない。 今回,我々は線毛運動を有する組織(鼻腔および気管の呼吸上皮,脳室上衣,卵管上皮)において線毛の鞭打ち運動を観察した。その結果,HSF1欠損マウスの組織では野生型に比べ線毛振幅頻度(CBF) が小さいことが分かった。これらの組織においてHSF1の標的遺伝子であるHsp蛋白質群の発現を調べた。その結果,野生型マウスの線毛においてHsp90の発現がきわめて高く,逆にHSF1欠損マウスの線毛のHsp90の発現が著明に低下していた。さらに,線毛に特異的に発現し,線毛運動に関わるbチュブリンIV型がHSF1 欠損マウスにおいて顕著に減少していることを見いだした。線毛運動による粘液線毛クリアランス機能は外的異物に対する最初のバリアーであり,その維持に熱ショック転写因子が必須の役割を演じていることが明らかとなった。
(7) ヒト胃癌細胞株におけるNKCC阻害薬による増殖抑制メカニズムの解明宮崎裕明1,塩崎 敦1,新里直美1,中張隆司2,丸中良典1 近年Cl- 輸送体発現調節を介した細胞増殖制御が報告されているが,メカニズムは不明のままである。本研究において,ヒト胃癌細胞株 (MKN28,MKN45) における,Na+/K+/2Cl- cotransporter (NKCC) の発現レベルとNKCC阻害薬による細胞増殖に与える影響を明らかにし,Cl- 輸送体による細胞増殖調節メカニズムの解明を試みた。Real-time PCRによりNKCC mRNA発現レベルを測定したところ,MKN45(低分化型)のNKCC mRNAレベルは,MKN28(中分化型)よりも高かった。NKCC阻害剤感受性容積減少率により測定したNKCC機能活性は,MKN45でより高かった。NKCC阻害薬は,NKCC機能活性の高いMKN45においてのみ,G0/G1期遅延による増殖抑制効果を示した。NKCCの機能阻害により細胞内Cl- 濃度低下を介した細胞増殖抑制が想定されることから,低Cl- 濃度培地によりMKN細胞を培養したところ,G0/G1期遅延による増殖抑制効果を示した。また,G0/G1期からS期への進行を促進するcyclin E/CDK2およびcyclin D/CDK4・6の機能を阻害するp21タンパクの解析を行ったところ,低Cl- 濃度培地で培養した細胞において,p21タンパクの発現量が有意に上昇していた。本研究により,Cl- 輸送体を介した細胞内Cl- 濃度の制御が細胞増殖をコントロールしている可能性が強く示唆された。
(8) 消化器ガン細胞の膜極性維持に関与するポンプとチャネル酒井秀紀1,渡辺智子2,藤井拓人1,高橋佑司1,森井孫俊1,堀川直樹2,竹口紀晃1,塚田一博2 消化管などのすべての正常上皮細胞にはNa+,K+-ATPase a1アイソフォームが存在し高度に極性を維持しているが,腎臓ガンや前立腺ガン細胞においてはa1アイソフォームの発現量が減少し,低分化で細胞膜極性が崩れた状態になることが報告されている。我々は,ヒト大腸ガン(中・高分化型)組織においてa1アイソフォームの発現量が減少する一方で,神経系特異的なa3アイソフォームの発現量が顕著に上昇することを見出した。大腸ガン細胞の膜極性維持にはNa+,K+-ATPaseの発現パターンの変化が関与しているものと考えられる。 また胃上部・中部領域の胃ガン(中・高分化型)組織において,正常粘膜では発現しない水チャネルAQP5が,高発現していることを見出した。低分化型・未分化ガン組織では発現増加が認められなかった。AQP5は,ガン細胞が形成する腺管内腔apical側に発現していた。胃低分化型腺ガン組織由来の細胞株であるMKN45に,ヒトAQP5を発現させると細胞の分化の促進が観察された。AQP5は胃ガン細胞の極性維持に密接に関与しているものと考えられる。
(9) 好中球の化学走化作用の際のNHE1の役割林 久由1,2,Sergio Grinstein2(静岡県立大学・食品栄養科学部・生理学研究室, 細胞の遊走には多くの因子が関与していることが考えられているが,Na+/H+ 交換輸送体(NHE1) が重要な役割をしていることが考えられている。このため,単離したヒト好中球を用いて,化学遊走の際の細胞内pH変化をpH感受性色素で測定した。また化学走化作用はタイムラプス顕微鏡を用いて画像を同時に取得し,画像解析ソフトで解析した。化学遊走物質であるfMLPにより,好中球のNHE1は活性化されたが,細胞外液のNa+除去またはNHE1の特異的抑制剤では化学遊走は抑制されなかった。NADPH オキシダーゼ活性化とアクチン細胞骨格の再構築のため細胞内は酸性化され,その結果としてNHE1は活性化されたと考えられた。好中球の化学走化作用は細胞内の著しい酸性化並びに細胞外の酸性化で抑制された。これらのことより好中球の化学走化作用にはNHE1は必要ではなく,生理的な細胞内外のpHが重要であることが示唆された。
(10) 腎尿細管上皮における有機溶質トランスポーター輸送活性化因子の探索安西尚彦1,金井好克1,遠藤 仁1,2(1杏林大学医学部薬理学教室,2 (株)富士バイオメディックス) 腎尿細管上皮細胞に存在する有機溶質トランスポーターは,薬物や毒素などの生体異物の解毒・排泄に関与するだけでなく,ラジカルスカベンジャー作用を持つ尿酸や生体必須物質である糖,アミノ酸などの内因性物質の再吸収等を介して生体の防御に重要な役割を果たしている。我々が2002年に分子同定した腎臓の尿酸/アニオン交換輸送体URAT1は,乳酸やニコチン酸など細胞内アニオンであるモノカルボン酸の外向きの濃度勾配を利用して,糸球体ろ液中の尿酸を細胞内に取り込む。モノカルボン酸は腎尿細管細胞頂上膜(管腔側)に存在するNa+-アニオン共輸送体であるSMCT1/2により再吸収され,外向き濃度勾配が形成される。すなわちSMCTsを介した細胞内のモノカルボン酸蓄積が腎尿酸輸送の活性化因子となる。このSMCTsはその細胞内C末端にPDZモチーフを持つことから,前回の本研究会で発表した尿酸トランスポーターURAT1と同様のPDZタンパク質と結合する可能性がある。今回酵母Two-hybrid法によりSMCT1に結合する2つのPDZタンパク質の同定に成功した。また最近腎近位尿細管及び小腸での中性アミノ酸吸収が障害される常染色体劣性の遺伝性疾患Hartnup病の原因遺伝子として同定されたB0型アミノ酸トランスポーターB0AT1(SLC6A19)が,その細胞内C末端を介してダイニンモータータンパク質軽鎖のTctex1と結合することを,酵母Two-hybrid法にて明らかにした。Tctex1 siRNA処理により,B0AT1の頂上膜移行が抑制されることから,Tctex1がB0AT1の細胞膜移行を介してその輸送活性を制御する因子となる可能性が示唆された。
(11) アラキドン酸の胃幽門線粘液細胞Ca2+調節性開口放出の増強:
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