生理学研究所年報 第28巻
 研究会報告 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

5.上皮膜輸送活性化因子を探して:宿主防御バリアーの最前線

2006年12月12日−12月13日
代表・世話人:中張隆司(大阪医科大学 生理学)
所内対応者:岡田泰伸(自然科学研究機構 生理学研究所 機能協関部門)

(1)
病原細菌定着因子及び毒素の菌体内輸送システムに関する顕微鏡による解析
呉 紅,中野隆史,佐野浩一(大阪医科大学・予防社会医学)
(2)
嚢胞性線維症原因遺伝子CFTRの成熟化・分解におけるMAPKの関与
杉田 誠(広島大学大学院医歯薬学総合研究科・創生医科学専攻・病態探究医科学講座(口腔生理学))
(3)
膵導管細胞の管腔膜を介するHCO3- 輸送
石黒 洋,成瀬 達,洪 繁,近藤孝晴,山本明子(名古屋大学大学院医学系研究科
健康栄養医学,消化器内科学)
(4)
小腸Subepithelial Fibroblastsのメカノセンサー,バリアーとしての働き
古家喜四夫1,古家園子2,曽我部正博1,3,41科学技術振興機構・細胞力覚プロジェクト,
2生理学研究所・脳機能計測センター,3名古屋大学大学院・医学研究科,
4生理学研究所・細胞内代謝部門)
(5)
有機フッ素化合物Perfluorooctane sulfonate (PFOS) によるマウス気管線毛運動の活性化
松原絵里子,小泉昭夫(京都大学大学院医学研究科環境衛生学)
(6)
熱ショック転写因子による線毛運動の維持
高木栄一,藤本充章,御厨剛史,林田直樹,王倍倍,井上幸江,中張隆司1,○中井 彰
(山口大学大学院医学系研究科医化学分野,1大阪医科大学生理学教室)
(7)
ヒト胃癌細胞株におけるNKCC阻害薬による増殖抑制メカニズムの解明
宮崎裕明1,塩崎敦1,新里直美1,中張隆司2,丸中良典1
(京都府立医科大学大学院1生理機能制御学2大阪医科大学生理学)
(8)
消化器ガン細胞の膜極性維持に関与するポンプとチャネル
酒井秀紀1,渡辺智子2,藤井拓人1,高橋佑司1,森井孫俊1,堀川直樹2,竹口紀晃1,塚田一博2
(富山大学大学院医学薬学研究部1薬物生理学,2第二外科)
(9)
好中球の化学走化作用の際のNHE1の役割
林 久由1,2,Sergio Grinstein21静岡県立大学・食品栄養科学部・生理学研究室,
2Program in Cell Biology, The Hospital for Sick Children, Toronto, Ontario, Canada)
(10)
腎尿細管上皮における有機溶質トランスポーター輸送活性化因子の探索
安西尚彦1,金井好克1,遠藤 仁1,21杏林大学医学部薬理学教室,2(株)富士バイオメディックス)
(11)
アラキドン酸による胃幽門線粘液細胞Ca2+ 調節性開口放出の増強:
PPARaを介したNO/cGMP経路の活性化
中張隆司,森 禎章,窪田隆裕(大阪医科大学 生理学)
(12)
アラキドン酸 (ARA) 摂取による脳機能改善効果について
紺谷昌仙(サントリー株式会社 健康科学研究所)
(13)
ルテオリンによる細胞膜機能の修飾
西野輔翼(京都府立医科大学大学院 分子生化学)
(14)
Caco-2細胞におけるフラボノイド代謝酵素の発現と基質特異性
室田佳恵子,吉田修治,寺尾純二(徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部食品機能学分野)

【参加者名】
岡田 泰伸(生理学研究所 機能協関),高橋 信之(生理学研究所 機能協関),浦本 裕美(生理学研究所 機能協関),井上 華(生理学研究所 機能協関),Elbert Lan Lee(生理学研究所 機能協関),Liu Hongtau(生理学研究所 機能協関),沼田 朋大(生理学研究所 機能協関),長谷川 裕一(生理学研究所 機能協関),Abduqodir Toychiev(生理学研究所 機能協関),佐藤 かお理(生理学研究所 機能協関),小泉 昭夫(京都大学大学院医学研究科),松原絵里子(京都大学大学院医学研究科),丸中 良典(京都府立医科大学大学院生理機能制御学),新里 直美(京都府立医科大学大学院生理機能制御学),宮崎 裕明(京都府立医科大学大学院生理機能制御学),中島 謙一(京都府立医科大学大学院生理機能制御学),徳田 深作(京都府立医科大学大学院生理機能制御学),西野 輔翼(京都府立医科大学大学院分子性化学),杉田誠(広島大学大学院医歯薬学総合研究科),成瀬 達(名古屋大学大学院医学系研究科),石黒 洋(名古屋大学大学院医学系研究科),柴田 浩志(サントリー株式会社健康科学研究所),紺谷 昌仙(サントリー株式会社健康科学研究所),中井 彰(山口大学医学部),酒井秀紀(富山大学大学院医学薬学研究部),古家喜四夫(科学技術振興機構・細胞力覚プロジェクト),室田佳恵子(徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部),鈴木 裕一(静岡県立大学),林 久由(静岡県立大学),遠藤 仁(杏林大学 医学部),安西 尚彦(杏林大学 医学部),呉  紅(大阪医科大学 医学部 微生物学教室),窪田 隆裕(大阪医科大学 医学部 生理学教室),森禎章(大阪医科大学 医学部 生理学教室),中張 隆司(大阪医科大学 医学部 生理学教室)

【概要】
 平成18年12月12−13日に研究会「上皮膜輸送活性化因子を探して:宿主防御バリアーの最前線」を開催した。最初のセッションで,H.pyloriの菌体内輸送システム,CFTRの成熟化と分解の調節,膵臓導管のHCO3-分泌が紹介された。第2のセッションでは,小腸絨毛のsubepithelial fibroblastのメカノセンサー機能のATP調節,環境汚染物質であるフッ素化合物PFOSが電位依存性Ca2+チャンネルからのCa2+流入を増加させ線毛運動を活性化することが示され,線毛運動が環境汚染指標となる可能性が示唆された。また,熱ショック蛋白転写因子がb-tubulineの発現を介して線毛運動の調節に関わっていることも明らかにされた。第3のセッションでは,イオン輸送と細胞機能の関係が紹介された。腎臓尿細管の有機溶質トランスポーターとイオン輸送体がカップルしての発現し,物質輸送に関わっていること,イオン輸送体の発現が癌の悪性度と関わること,さらに細胞内イオンが癌細胞の増殖,好中球の遊走に関わっていることが報告され,イオン輸送が様々な細胞機能の調節に関わっていることが示唆された。第4のセッションでは,アラキドン酸とフラボノイドの生理活性について紹介された。アラキドン酸の生理作用が多岐にわたること,同時に細胞レベルではアラキドン酸がPPARa を刺激しcGMPの集積を起こすことが報告され,生理作用との関係が今後の課題として挙げられた。一方,フラボノイドは腸管で吸収,代謝(不活性化)されるが,その吸収,代謝の詳細(フラボノイド吸収における構造特異性があること等)が明らかにされた。さらに,フラボノイドのルテオリンは癌増殖を抑制する効果があることが明らかにされ,その結果が報告された。生理活性物質探索の重要性が新ためて示された。生体防御の最前線に位置する上皮膜の機能とそれを制御する内因性,外因性生理活性物質についての有意義な議論がなされた。

 

(1) 病原細菌定着因子及び毒素の菌体内輸送システムに関する顕微科学的解析

呉 紅,中野隆史,佐野浩一(大阪医科大学・予防社会医学)

 病原細菌が産生する定着因子や毒素は菌体内で産生された後,多くが特定の部位で機能を発揮し,また菌体外に分泌される。このことから,病原因子にはこれら因子が細胞内で移動するための輸送システムが菌体内に存在すると考えられる。このシステムを解析するのに免疫電子顕微鏡法が有用であるが,従来の方法では十分な像コントラストが得られなかった。そこでわれわれは胃粘膜疾患の病原微生物Helicobacter pylori の輸送システムを明らかにするため,アルシアンブルーを用いた免疫電子顕微鏡コントラスト増強法を開発した。本法を用い,H. pyloriの定着因子ureaseと分泌毒素CagAについて詳細に解析し,共に菌体外pH依存的な菌体内ナノトランスポーテーションシステムが存在すること,さらに両者は膜タンパクUreI指向性の有無において異なるシステムであることを明らかにした。H. pyloriの定着因子ureaseや毒素CagAなどの病原因子の菌体内ナノトランスポーテーションシステムは,これら病原因子の活性調節機構のひとつであり,H. pylori除菌のターゲットになりうる可能性をもつ。このように免疫電子顕微鏡法を応用し,さまざまな病原細菌の定着因子や毒素などの菌体内タンパク輸送システムを明らかにすることは,病原細菌がもつ様々な機能の解明に重要な役割を担っていると考えた。

 

(2) 嚢胞性線維症原因遺伝子CFTRの成熟化・分解におけるMAPKの関与

杉田 誠(広島大学大学院医歯薬学総合研究科・創生医科学専攻・病態探究医科学講座(口腔生理学))

 粘膜上皮細胞の腺腔側膜Cl-チャネルとして働くCFTRの遺伝的機能不全症(嚢胞性線維症)は,全身性外分泌腺機能障害・呼吸器感染を誘発する致死率の高い疾患である。CFTRがERで翻訳された後に,いかにして成熟型の機能的コンフォメーションをとり腺腔側形質膜へ輸送されるか,またいかにして異常なコンフォメーションをとったCFTRが分解されるか,その分子機構には不明な点が多い。本研究では,成熟型CFTRの生成を制御する分子機構を解明するために,上皮系培養細胞にGFP-CFTR およびその変異体を遺伝子導入し,発現させ,細胞内情報伝達系阻害剤の投与時や目的遺伝子導入時における,成熟型CFTRの生成量変化および形質膜移行動態を観察した。嚢胞性線維症の治療薬として用いられるbutyrate誘導体の培養液への添加は,培養細胞での成熟型GFP-CFTRの生成とGFP-CFTRの形質膜移行を顕著に促進したが,Rドメインを欠損するCFTR (GFP-DR-CFTR) においては,その効果は微弱であった。ButyrateはCFTRのRドメインを介して,成熟型CFTRの生成および形質膜移行を促進し,その促進にはERK/MAPKの活性化が関与することが示唆された。

 

(3) 膵導管細胞の管腔膜を介するHCO3- 輸送

石黒 洋,成瀬 達,洪 繁,近藤孝晴,山本明子
(名古屋大学大学院医学系研究科 健康栄養医学 消化器内科学)

 膵臓の導管系は,高濃度(ヒトでは140 mMに達する)のHCO3-を含む等張液を分泌する。管腔膜を介するHCO3-分泌の機構としては,CFTRによる輸送(CFTRのHCO3- conductance)と,SLC26 family輸送体によるCl--HCO3- exchangeが候補であり,管腔内(膵液中)のanion組成と膜電位によって寄与率が変化すると考えられる。モルモットの単離小葉間膵管の管腔内に,BCECF-dextranあるいはABQ-dextranを注入して,管腔容積とともに管腔内のpHあるいはCl- 濃度を測定した。表層,管腔内ともHCO3--free,150 mM Cl- の条件で測定を開始した。表層灌流液を25 mM HCO3- -5% CO2-125 mM Cl- 溶液に切り替えると,溶液の基礎分泌が見られ,管腔内pHは一時的に低下(CO2の流入による)した後に上昇,管腔内Cl- 濃度は急速に低下し2分後に約90 mMとなった。netのCl- 輸送を算出すると,この2分間にCl-の吸収が起こっている事がわかり,管腔膜のCl--HCO3- exchangeによると考えられた。現在,Slc26a6ノックアウトマウスを用いて検討中である。

 

(4) 小腸Subepithelial Fibroblastsのメカノセンサー,バリアーとしての働き

古家喜四夫1,古家園子2,曽我部正博1,3,41科学技術振興機構・細胞力覚プロジェクト,
2生理学研究所・脳機能計測センター,3名古屋大学大学院・医学研究科,
4生理学研究所・細胞内代謝部門)

 小腸絨毛のSubepithelial Fibroblasts は,上皮基底層直下でネットワークを形成し絨毛固有層を覆っており,その細胞突起は上皮,平滑筋,血管,神経ともコンタクトし,エンドセリン,ATP,Sub-Pなど多様な受容体を持ち,小腸絨毛のいろいろな機能を制御する細胞と考えられている。その1つの働きはバリアー機能で,増殖因子をはじめ各種の細胞間パラクラインメディエーターを放出することにより上皮細胞を制御するとともに,この細胞自身がcAMP濃度に応じて形を扁平状と星状の間で変化させ免疫細胞等の透過性を制御していると考えられる。2つ目は絨毛の機械的性質の制御機能で,この細胞が持つ平滑筋様の収縮性(そのためMyofibroblastsとも呼ばれている)と,細胞の形の変化に伴う機械的性質の変化によって絨毛全体の動きをダイナミカルに制御していると考えられる。3つ目はメカノセンサー機能で,腸の内容物が絨毛を押すなどの機械刺激によってこの細胞が反応しATPを放出することにより周りの細胞及び神経系に情報を伝えていると考えられる。このようにSubepithelial Fibroblastsは従来考えられてきた腸上皮の傷の治癒といった病的な場合だけではなく,正常な状態の生理機能に関与していることが分かってきた。

 

(5) 有機フッ素化合物Perfluorooctane sulfonate (PFOS) によるマウス気管線毛運動の活性化

松原絵里子,小泉昭夫(京都大学大学院医学研究科環境衛生学)

 PFOSの環境衛生に対する効果については未だはっきりしていない。本研究では,マウス気管スライス標本を用い線毛運動を高速度カメラを用い観察し,線毛運動周波数 (CBF) を測定した。非刺激時のCBFは15-20Hzであった。PFOS (100 mM) はCBFを約10%増加させた。この反応はPFOS濃度に依存しており,細胞外のCa2+を取り除くことにより抑制された。PFOSによるCBFの上昇は,nifedipine (30 mM) により完全に消失したが,Gd3+ (1 mM),Ni2+ (1 mM)では消失しなかった。また,細胞外のK+濃度の上昇(50 mM [K+]o) によってもCBFが活性化され,このCBFの活性化は,nifedipine (30 mM)により消失した。PFOSは細胞内Ca2+濃度の上昇を引き起こしていた。また,PFOSはPPARaのリガンドとして知られているが,PPARaK/OマウスにおいてもCBF上昇を引き起こした。これらの結果から,PFOSはnifedipine-sensitive voltage activated Ca2+ permeable channels を活性化することによりCBFを上昇させていた。

 今回の結果は,気管CBFがPFOSの毒性評価の一つの指標となる可能性を示唆している。

 

(6) 熱ショック転写因子による線毛運動の維持

高木栄一,藤本充章,御厨剛史,林田直樹,王倍倍,井上幸江,中張隆司1,中井 彰
(山口大学大学院医学系研究科医化学分野,1大阪医科大学生理学教室)

 熱ショック応答は,すべての生物に存在する普遍的な生体防御機構であり,一群の熱ショック蛋白質 (Hsp) の発現を特徴とする。この応答を制御するのが熱ショック転写因子 (HSF) である。HSF遺伝子群は個体発生過程においても生殖臓器や脳形成に重要で,さらにプラコードに由来する感覚器の維持にも必須の役割を担うことが分かっている。しかしながら,Hspの制御の異常がどのクライアント蛋白質(Hspの介助の必要な蛋白質のこと)の質的な,あるいは量的な異常を導くかは明らかにされていない。

 今回,我々は線毛運動を有する組織(鼻腔および気管の呼吸上皮,脳室上衣,卵管上皮)において線毛の鞭打ち運動を観察した。その結果,HSF1欠損マウスの組織では野生型に比べ線毛振幅頻度(CBF) が小さいことが分かった。これらの組織においてHSF1の標的遺伝子であるHsp蛋白質群の発現を調べた。その結果,野生型マウスの線毛においてHsp90の発現がきわめて高く,逆にHSF1欠損マウスの線毛のHsp90の発現が著明に低下していた。さらに,線毛に特異的に発現し,線毛運動に関わるbチュブリンIV型がHSF1 欠損マウスにおいて顕著に減少していることを見いだした。線毛運動による粘液線毛クリアランス機能は外的異物に対する最初のバリアーであり,その維持に熱ショック転写因子が必須の役割を演じていることが明らかとなった。

 

(7) ヒト胃癌細胞株におけるNKCC阻害薬による増殖抑制メカニズムの解明

宮崎裕明1,塩崎 敦1,新里直美1,中張隆司2,丸中良典1
(京都府立医科大学大学院1生理機能制御学,2大阪医科大学生理学)

 近年Cl- 輸送体発現調節を介した細胞増殖制御が報告されているが,メカニズムは不明のままである。本研究において,ヒト胃癌細胞株 (MKN28,MKN45) における,Na+/K+/2Cl- cotransporter (NKCC) の発現レベルとNKCC阻害薬による細胞増殖に与える影響を明らかにし,Cl- 輸送体による細胞増殖調節メカニズムの解明を試みた。Real-time PCRによりNKCC mRNA発現レベルを測定したところ,MKN45(低分化型)のNKCC mRNAレベルは,MKN28(中分化型)よりも高かった。NKCC阻害剤感受性容積減少率により測定したNKCC機能活性は,MKN45でより高かった。NKCC阻害薬は,NKCC機能活性の高いMKN45においてのみ,G0/G1期遅延による増殖抑制効果を示した。NKCCの機能阻害により細胞内Cl- 濃度低下を介した細胞増殖抑制が想定されることから,低Cl- 濃度培地によりMKN細胞を培養したところ,G0/G1期遅延による増殖抑制効果を示した。また,G0/G1期からS期への進行を促進するcyclin E/CDK2およびcyclin D/CDK4・6の機能を阻害するp21タンパクの解析を行ったところ,低Cl- 濃度培地で培養した細胞において,p21タンパクの発現量が有意に上昇していた。本研究により,Cl- 輸送体を介した細胞内Cl- 濃度の制御が細胞増殖をコントロールしている可能性が強く示唆された。

 

(8) 消化器ガン細胞の膜極性維持に関与するポンプとチャネル

酒井秀紀1,渡辺智子2,藤井拓人1,高橋佑司1,森井孫俊1,堀川直樹2,竹口紀晃1,塚田一博2
(富山大学大学院医学薬学研究部1薬物生理学,2第二外科)

 消化管などのすべての正常上皮細胞にはNa+,K+-ATPase a1アイソフォームが存在し高度に極性を維持しているが,腎臓ガンや前立腺ガン細胞においてはa1アイソフォームの発現量が減少し,低分化で細胞膜極性が崩れた状態になることが報告されている。我々は,ヒト大腸ガン(中・高分化型)組織においてa1アイソフォームの発現量が減少する一方で,神経系特異的なa3アイソフォームの発現量が顕著に上昇することを見出した。大腸ガン細胞の膜極性維持にはNa+,K+-ATPaseの発現パターンの変化が関与しているものと考えられる。

 また胃上部・中部領域の胃ガン(中・高分化型)組織において,正常粘膜では発現しない水チャネルAQP5が,高発現していることを見出した。低分化型・未分化ガン組織では発現増加が認められなかった。AQP5は,ガン細胞が形成する腺管内腔apical側に発現していた。胃低分化型腺ガン組織由来の細胞株であるMKN45に,ヒトAQP5を発現させると細胞の分化の促進が観察された。AQP5は胃ガン細胞の極性維持に密接に関与しているものと考えられる。

 

(9) 好中球の化学走化作用の際のNHE1の役割

林 久由1,2,Sergio Grinstein2(静岡県立大学・食品栄養科学部・生理学研究室,
2Program in Cell Biology, The Hospital for Sick Children, Toronto, Ontario, Canada)

 細胞の遊走には多くの因子が関与していることが考えられているが,Na+/H+ 交換輸送体(NHE1) が重要な役割をしていることが考えられている。このため,単離したヒト好中球を用いて,化学遊走の際の細胞内pH変化をpH感受性色素で測定した。また化学走化作用はタイムラプス顕微鏡を用いて画像を同時に取得し,画像解析ソフトで解析した。化学遊走物質であるfMLPにより,好中球のNHE1は活性化されたが,細胞外液のNa+除去またはNHE1の特異的抑制剤では化学遊走は抑制されなかった。NADPH オキシダーゼ活性化とアクチン細胞骨格の再構築のため細胞内は酸性化され,その結果としてNHE1は活性化されたと考えられた。好中球の化学走化作用は細胞内の著しい酸性化並びに細胞外の酸性化で抑制された。これらのことより好中球の化学走化作用にはNHE1は必要ではなく,生理的な細胞内外のpHが重要であることが示唆された。

 

(10) 腎尿細管上皮における有機溶質トランスポーター輸送活性化因子の探索

安西尚彦1,金井好克1,遠藤 仁1,21杏林大学医学部薬理学教室,2 (株)富士バイオメディックス)

 腎尿細管上皮細胞に存在する有機溶質トランスポーターは,薬物や毒素などの生体異物の解毒・排泄に関与するだけでなく,ラジカルスカベンジャー作用を持つ尿酸や生体必須物質である糖,アミノ酸などの内因性物質の再吸収等を介して生体の防御に重要な役割を果たしている。我々が2002年に分子同定した腎臓の尿酸/アニオン交換輸送体URAT1は,乳酸やニコチン酸など細胞内アニオンであるモノカルボン酸の外向きの濃度勾配を利用して,糸球体ろ液中の尿酸を細胞内に取り込む。モノカルボン酸は腎尿細管細胞頂上膜(管腔側)に存在するNa+-アニオン共輸送体であるSMCT1/2により再吸収され,外向き濃度勾配が形成される。すなわちSMCTsを介した細胞内のモノカルボン酸蓄積が腎尿酸輸送の活性化因子となる。このSMCTsはその細胞内C末端にPDZモチーフを持つことから,前回の本研究会で発表した尿酸トランスポーターURAT1と同様のPDZタンパク質と結合する可能性がある。今回酵母Two-hybrid法によりSMCT1に結合する2つのPDZタンパク質の同定に成功した。また最近腎近位尿細管及び小腸での中性アミノ酸吸収が障害される常染色体劣性の遺伝性疾患Hartnup病の原因遺伝子として同定されたB0型アミノ酸トランスポーターB0AT1(SLC6A19)が,その細胞内C末端を介してダイニンモータータンパク質軽鎖のTctex1と結合することを,酵母Two-hybrid法にて明らかにした。Tctex1 siRNA処理により,B0AT1の頂上膜移行が抑制されることから,Tctex1がB0AT1の細胞膜移行を介してその輸送活性を制御する因子となる可能性が示唆された。

 

(11) アラキドン酸の胃幽門線粘液細胞Ca2+調節性開口放出の増強:
PPARaを介したNO/cGMP経路の活性化

中張隆司,森 禎章,窪田隆裕(大阪医科大学 生理学)

 アラキドン酸 (AA,10 nM−2mM) は胃幽門線粘液細胞のCa2+ 調節性開口放出を増強する。このAAによる増強はperoxisome proliferation activation receptor a (PPARa)の阻害剤 (MK886) により消失することを見出した。さらにAAの効果はPPARa刺激薬 (Eicosatetraynoic acid (ETYA), WY14643),8BrcGMPにより再現され,AAとPPARa 刺激薬によるCa2+ 調節性開口放出の増強はPKG阻害薬 (Rp8BrPET-cGMPS),L-NAMEにより消失した。また,NO donor (NOC12) はAAとPPARa 刺激薬の効果を再現した。また,アセチルコリン(ACh) 刺激により活性化した胃幽門線粘液細胞の開口放出は,MK886,Rp8BrPET-cGMPS,L-NAMEより2/3に抑制された。AAとPPARa刺激薬は[Ca2+]iの動員には影響を及ぼさなかった。また,胃幽門粘膜では,AAとPPARa刺激薬はcGMPの集積を引き起こした。胃幽門線粘液細胞からの粘液分泌にはAA/ PPARa/NO/cGMPのカスケードが重要な役割を果たしていることが示された。

 

(12) アラキドン酸(ARA)摂取による脳機能改善効果について

紺谷昌仙(サントリー株式会社 健康科学研究所)

 アラキドン酸(以下ARA)はドコサヘキサエン酸(以下DHA)と同様,必須脂肪酸のひとつとして知られている。身体の中で作り出す量が限られているため,必ず食事から肉,卵,魚などの食材を摂取することによって,身体の中に摂り入れる必要のある栄養成分のひとつである。このARAは身体のなかの細胞の膜部分を構成し,身体中のいたる組織に存在している。実はそのARAやDHAの量は組織によって大きく異なり,中でも脳に豊富に含まれることが知られているが,興味深いことに脳(海馬)に含まれるARA,DHA量は加齢とともに減少すること,そしてアルツハイマー病患者では特にその減少が顕著であることが報告されており,このことからもARAは生体にとって必要不可欠な成分であることが容易に推察される。

 一方で演者らは,このARAを老齢動物(ラット)に摂取させることによって,脳内のARAの量が若齡動物(ラット)と同程度に維持・回復できること,そして老化に伴う脳機能の低下(海馬LTP増強,記憶・学習能力など)が改善されることを明らかにした。

 またヒトでの臨床評価では,60歳以上の健常高年者がARAを摂取することによって認知能力(情報処理能力,集中力)が改善されること,また,もの忘れを訴える60歳以上の健常高年者がARAとDHAを含有する油脂を併用摂取することによって記憶力(即時記憶)と集中力が改善することも明らかにした。

 

(13) ルテオリンによる細胞膜機能の修飾

西野輔翼(京都府立医科大学大学院 分子生化学)

 天然フラボノイドの一種であるルテオリンは変異原性を持たないフラボノイドとして知られており,予防医学の分野での有用性が高く,実用化へ向けた多面的な研究が進められている。その結果,抗酸化作用が強いことや,発がんプロモーションを抑制することなどがすでに明らかにされている。最近になってがん細胞増殖効果が明らかとなったが,その作用機序に細胞膜機能の修飾が重要な役割を果たしていることを見出したので報告する。

 

(14) Caco-2細胞におけるフラボノイド代謝酵素の発現と基質特異性

室田佳恵子,吉田修治,寺尾純二(徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部食品機能学分野)

 フラボノイドは植物性食品に含まれる機能性成分であり,代表的なフラボノイドとしては,多くの野菜や飲料に含まれるケルセチンや,大豆食品中に含まれるイソフラボン類などがある。フラボノイドは吸収後,ほとんどが小腸粘膜および肝臓で第二相解毒酵素により代謝された抱合体として生体内に存在している。我々はこれまでにヒト小腸吸収モデルとして汎用されているCaco-2細胞を用いて,構造の異なるフラボノイドの吸収代謝について比較してきた。本研究では,Caco-2細胞に発現するフラボノイド代謝に関わる第二相解毒酵素群について活性測定および発現解析を行った。

 Caco-2細胞ホモジネートのフラボノイドに対する抱合活性を測定したところ,グルクロン酸転移酵素UGT活性は非常に低く検出限界以下であったが,硫酸転移酵素SULT活性はケルセチン,アピゲニンに対して高く,ゲニステインに対しては低いことが示された。Caco-2細胞におけるUGTとSULTのタンパク質発現量は,見かけの活性と同様にSULTで高かった。

 以上の結果より,Caco-2細胞において,フラボノイドは主にSULTの作用により硫酸抱合体となることが示唆された。さらに,ゲニステインなどB環が3位に結合するイソフラボンは,SULTの基質になりにくくその他のフラボノイドに比較してCaco-2細胞内で代謝されにくいことが示唆された。

 


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