生理学研究所年報 第28巻
 研究会報告 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

15.大脳皮質機能単位の神経機構

2006年12月7日−12月8日
代表・世話人:金子武嗣(京都大学大学院・医学研究科・高次脳形態学)
所内対応者:川口泰雄(大脳神経回路論研究部門)


(1)
大脳基底核,小脳,前頭前野から一次運動野への体部位再現的入力様式―狂犬病ウイルスの
逆行性越シナプス感染を用いた解析
宮地重弘(京都大学・霊長類研究所・行動発現分野)
(2)
内因性カンナビノイドによる線条体シナプス伝達の修飾
狩野方伸(大阪大大学院・医学系研究科・細胞神経科学)
(3)
理論統合脳科学の視点からの一考察 −基底核と上丘−
中原裕之(理化学研究所・脳総研・理論統合脳科学研究チーム)
(4)
ミダゾラムによる大脳皮質第V層のGABA作動性シナプスにおけるa7ニコチン受容体の誘導
山本純偉(筑波大学大学院・人間総合科学研究科)
(5)
広視野情報処理の時空間解析
七五三木聡(大阪大学大学院・医学系研究科・認知行動科学)

【参加者名】
宋文杰(熊本大学・医),福田孝一(九州大学院・医),狩野方伸,木村文隆,七五三木聡(大阪大学大学院・医),金子武嗣, 藤山文乃,日置寛之,古田貴寛,中村公一,田中康代,田中琢真,越水義登,雲財知,亀田浩司,田中康裕(京都大学大学院・医),宮地重弘,纐纈大輔(京都大学院・霊長類研),吉村由美子,高田直樹(名古屋大学・環境医学研),小島久幸(東京医科歯科),山下晶子(日本大学・医),端川勉,中原裕之,一戸紀孝,坪泰宏(理化学研究所),山本純偉(筑波大大学院),渡我部昭哉,定金理(基礎生物研究所),水野昇,等誠司,橘吉寿,金田勝幸,郷田直一,小野勝彦,竹林浩秀,川口泰雄,窪田芳之,大塚岳,森島美絵子(生理学研究所)

【概要】
 今回は最初の3題は,大脳皮質との関連をみながら基底核・線条体についての講演を,宮地重弘(京大・霊長研),狩野方伸(阪大・医学系),中原裕之(理研)の3方にお願いした。宮地氏は,狂犬病ウィルスを用いて,サルの皮質・基底核の神経連絡の研究を報告し,狩野氏は線条体ニューロンにおける線条体抑制ニューロンからの抑制生入力と,および大脳皮質からの興奮性入力についてカンナビノイド逆行性伝達について講述した。中原氏は,皮質から興奮性入力を受けて基底核から抑制生入力を受ける上丘で,非対称性神経連絡を仮定すれば上丘の眼球運動制御について理論的に説明できることを呈示した。 後半の2題は大脳皮質での神経回路の議論を,山本純偉(筑波大・人間総合科学),七五三木聡(阪大・健康体育)の2氏に語っていただいた。山本氏は皮質第5層錐体細胞への抑制生入力終末において,薬剤刺激によりニコチン受容体が短時間のうちに選択的に誘導され,抑制伝達を促進する現象を紹介し,その薬剤刺激のメカニズムについて議論がわいた。七五三木氏は視覚皮質の広視野情報処理の実体を「マスキング」現象を用いて解析していて,ヒトの心理物理実験とネコでの単一ニューロン記録実験を用いて,2種類の視覚情報処理修飾があり,外側膝状体ですでに生じているであろう速くて選択制の低い修飾と,高次視覚野あるいはV1野6層のニューロンが関係するであろう遅く選択制の強い修飾,の2つに分離されることを示した。

 講演での議論は活発で,初日は6時半間の予定が7時過ぎまで,2日目も予定時間をオーバーして講演・議論が続いた。とくに,七五三木氏の講演は2時間40分といういままで最長のものとなった。こうした「がちんこ」議論の場は,通常の学会等では行うことができないので,それを可能にする生理研研究会は貴重な存在である。

 

(1) 大脳基底核,小脳,前頭前野から一次運動野への体部位再現的入力様式―狂犬病ウイルスの
逆行性越シナプス感染を用いた解析

宮地重弘(京都大学・霊長類研究所・行動発現分野)

 狂犬病ウイルスは,神経細胞特異的に感染し,シナプスを介して逆行性に感染が伝搬する。このウイルスを神経トレーサーとして用いることによって,脳内の特定の神経回路網の全体像を可視化することができる。我々は,この手法を用いて,運動制御に関わる神経回路の構成を解析してきた。運動の制御には,大脳皮質前頭連合野,大脳基底核,小脳などの脳領域が関与しているが,最終的な脳からの出力は,一次運動野からの皮質脊髄路を介して脊髄へと送られる。一次運動野にはいわゆる身体部位再現地図があり,一次運動野内の特定の領域は,特定の身体部位の運動を制御する。我々は,サル一次運動野のうち下肢,上肢近位部,上肢遠位部,および顔を表現する領域に狂犬病ウイルスを微量注入し,シナプスを介して逆行性にウイルスラベルされた細胞の分布を前頭前野,大脳基底核,小脳の各領域において解析した。その結果,各領域から一次運動野への多シナプス性入力が身体部位再現的に構成されていることが確認できた。また,同じウイルスを用いて前頭前野各領域への側頭および頭頂連合野からの多シナプス性入力様式を解析したので,合わせて報告し,これら多シナプス神経路の機能について議論する。

 

(2) 内因性カンナビノイドによる線条体シナプス伝達の修飾

狩野方伸(大阪大大学院・医学系研究科・細胞神経科学)

 内因性カンナビノイドは脳の様々な部位で逆行性の抑制性シグナル伝達物質として働いている。内因性カンナビノイドはシナプス後細胞の脱分極に伴うCa2+流入およびGq/11タンパク共役型代謝型受容体の活性化により合成・放出され,逆行性にシナプス前終末のCB1カンナビノイド受容体に作用して,伝達物質放出を減弱させることが知られている。今回私たちは,生後15〜21日齢のマウス線条体の中型有棘ニューロン(MSニューロン)から抑制性シナプス後電流(IPSC)を記録し,内因性カンナビノイドによる逆行性伝達の機構を調べた。その結果,線条体において内因性カンナビノイドが①MSニューロンの強い脱分極,②MSニューロン上のM1ムスカリン受容体の活性化,および③弱い脱分極と弱いM1ムスカリン受容体活性化の組み合わせにより合成・放出されることを明らかにした。さらに,コリン作動性介在ニューロンの活動の増減や,細胞外ACh濃度の変動によって,脱分極による内因性カンナビノイド放出の強度が変動した。この結果は,内因性カンナビノイド系はコリン作動性介在ニューロンの活動により細胞外ACh濃度依存的に制御されており,コリナージック系は内因性カンナビノイド系を介して,線条体からの出力調節に関わっていることを示唆している。

 

(3) 理論統合脳科学の視点からの一考察 −基底核と上丘−

中原裕之(理化学研究所・脳総研・理論統合脳科学研究チーム)

 講演では,大脳基底核−上丘回路に関する私どもの研究についてお話したい。中でも,特に,二つの研究を中心に話す。一つは,ドーパミン神経細胞活動と報酬予測誤差の関係に関する研究である。ドーパミン神経細胞活動が報酬予測誤差を表すとき,通常の報酬確率のみならず,以前の報酬試行を勘案した条件付報酬確率に基づいて,報酬予測誤差を表すことができることを示す。この結果は,大脳基底核の学習が内部モデルを利用したモデルベースの学習を取り込むことができることを示唆する。もう一つは,上丘での神経細胞活動のダイナミクスに関する研究である。サッケードに伴う上丘の神経細胞活動のダイナミクスが,いわゆるダイナミック・モーター・エラーを表現するかどうか長年の論争が続いてきた。本研究では,上丘内での神経細胞同士の結合に非常に簡単な結合を仮定することで,そのダイナミックスが得られることを示す。この結果は,この長年の論争に一つの解決をもたらす(のかもしれない)ことを示唆する。

 

(4) ミダゾラムによる大脳皮質第V層のGABA作動性シナプスにおけるa7ニコチン受容体の誘導

山本純偉(筑波大学大学院・人間総合科学研究科)

 ミダゾラムは他のベンゾジアゼピン系薬物と異なり脳波所見上も比較的覚醒のパターンを示すこと,アセチルコリンエステラーゼ阻害薬の投与により効果の一部がリバースされる。中枢神経系においてa7ニコチン性アセチルコリン(nACh)受容体は主にシナプス前に存在し,神経伝達物質の遊離を調節していることから,ミダゾラムがシナプス前a7 nACh受容体に関与しているのではないかと考え以下の実験を行った。

 約2週令ラットの脳スライス標本を用い,大脳皮質体性感覚野第V層の錐体細胞にホールセルパッチクランプを行い微小シナプス後電流(mIPSC)を記録した。ミダゾラムの灌流投与によりmIPSCの頻度が増加した。しかし,他のベンゾジアゼピン系薬物では増加せず,ベンゾジアゼピンの拮抗薬の投与によっても抑制されなかったことからGABAA受容体以外を介した機序であることが示唆された。ミダゾラムによるmIPSC頻度増加作用はa7 nACh受容体阻害剤methyllycaconitineにより抑えられたが,ニコチン単独では増加しなかったことから,ミダゾラムによりa7 nACh受容体が細胞膜へ誘導され,内因性アセチルコリンによりGABAの放出頻度が増加したのではないかと考えた。機械的に急性に単離した錐体細胞に,a7 nACh受容体に特異的に結合する蛍光色素でラベルしたAlexa488 aブンガロトキシンを用いて調べたところ,ミダゾラムにより有意に細胞表面のa7 nACh受容体が増加するのが観察された。また,シナプス終末に特異的に取り込まれるFM1-43で共染色したところその増加したa7 nACh受容体の多くがシナプス終末に存在することが推測された。更に,ミダゾラムによるmIPSCの頻度増加作用はPKC阻害薬によって抑制され,PKCが関与していることが示唆された。また,この作用はGlutamate作動性神経や大脳皮質の他の層のGABA作動性神経では認められず,GABAニューロンのシナプス後nACh受容体にも作用しなかったことから,大脳皮質第V層のGABA作動性神経のシナプス終末に特異的に見られる現象であることが明らかになった。

 ミダゾラムは大脳皮質第V層のGABA作動性シナプス前終末においてa7 nACh受容体の膜移行を誘導することによりGABAの放出頻度を増加させた。これはミダゾラムの鎮静作用に関する新しい機序の発見にとどまらず,GABA-コリン系を介した睡眠-覚醒サイクルを含む大脳皮質回路機能発現への全く新しいメカニズムの提案である。

 

(5) 広視野情報処理の時空間解析

七五三木聡(大阪大学大学院・医学系研究科・認知行動科学)
石川理子(大阪大学大学院・医学系研究科・認知行動科学)
木田裕之(大阪大学大学院・医学系研究科・認知行動科学)
阪本広志(大阪大学大学院・医学系研究科・認知行動科学)
佐藤宏道(大阪大学大学院・医学系研究科・認知行動科学)

 一次視覚野(V1)ニューロンの受容野刺激に対する応答は,受容野周囲の刺激特徴に依存して主に抑制性の修飾(文脈依存的反応修飾)を受けることが知られており,広範囲の皮質活動を統合的にコントロールするメカニズムとして,また,視覚認知における「図地分化」あるいは「視野の分節化」の神経基盤として注目されている。このような応答特性の形成には,少なくとも,1)LGNからV1へのフィードフォワード投射,2)V1からLGNへのフィードバック投射,3)V1内神経回路,4)V1と高次視覚野の間の双方向性結合,といった神経回路の複雑な機能連関の関与が指摘されている。我々は,麻酔非動化したネコV1から単一ユニット記録を行ない,グレーティング刺激に対する反応の修飾効果の時間特性に着目し,そのダイナミクスを検討したところ,受容野周囲刺激呈示後の時間と共に,統合される視野範囲の拡大,刺激方位選択性の先鋭化,刺激空間周波数選択性および布置依存性のシフトが観察された。おそらく複数の入力チャネルが異なるタイミングで相互作用し合うことで形成されるとみられる反応修飾の神経メカニズムおよびその機能的意義を,同様の刺激セットを用いて行なったヒトの心理物理実験の結果と併せて議論する。

 


このページの先頭へ年報目次へ戻る生理研ホームページへ
Copyright(C) 2007 National Institute for Physiological Sciences