生理学研究所年報 第28巻
 研究会報告 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

16.シナプス伝達の細胞分子調節機構

2006年12月4日−12月5日
代表・世話人:神谷温之(北海道大学大学院医学研究科神経機能講座分子解剖学分野)
所内対応者:鍋倉淳一(生理学研究所生体恒常機能発達機構研究部門)

(1)
TRPM7イオンチャネルはコリナージックシナプス小胞の開口放出を制御する
持田澄子(東京医科大学細胞生理)
(2)
網膜双極細胞終末部におけるシナプスリボンと開口放出部位の同定
立花政夫1,緑川光春1,塚本吉彦2
1東京大学大学院人文社会系研究科心理2,兵庫医科大学生物)
(3)
シナプス前機能分子のin vivoノックダウン
加藤総夫1,繁冨英治1,2,山田千晶1,3
1東京慈恵会医科大学神経生理学,2日本学術振興会特別研究員,3共立薬科大学大学院)
(4)
シナプス小胞エンドサイトーシスにおけるCa2チャンネルsynprint siteの役割
渡邊博康,山下貴之,斉藤直人,岩松明彦,森泰生,高橋智幸
(東京大学大学院医学系研究科神経生理)
(5)
フィロポディア・スパイン形成におけるアストログリアの役割
西田秀子,岡部繁男(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科)
(6)
小脳登上線維−プルキンエ細胞シナプス伝達におけるグリア型グルタミン酸トランスポーターの役割
小澤瀞司(群馬大学)
(7)
幼若期小脳登上線維・プルキンエ細胞間シナプスにおける双方向性可塑性
大槻元,平野丈夫(京都大学大学院理学系研究科生物物理)
(8)
皮質錐体細胞間に見られる新しいタイプの抑制回路
小松由紀夫(名古屋大学環境医学研究所視覚神経科学)
(9)
グルタミン酸・GABA共放出仮説の再検討
神谷温之(北海道大学大学院医学研究科分子解剖)
(10)
聴覚中経路外側上オリーブ核への抑制性入力における代謝型グルタミン酸受容体およびGABAB受容体機能の発達変化
西巻拓也1,張一成2,大野浩司3,鍋倉淳一1
1生理学研究所生体恒常機能発達機構研究部門,2慶北大学校,3浜松医科大学解剖)
(11)
褐色脂肪細胞のミトコンドリア―ER―細胞膜間のCa2+カップリングとノルアドレナリンによる制御
日暮陽子,早戸亮太郎,久場雅子,久場健司(名古屋学芸大学管理栄養学部解剖生理)
(12)
上丘の動き検出ニューロンの発火タイミング決定における樹状突起H電流の役割
伊佐正1,遠藤利朗1,足澤悦子2,納富拓也2,平林真澄3,重本隆一2
1生理学研究所認知行動発達機構研究部門,2脳形態解析研究部門,3行動代謝分子解析センター)
(13)
卵巣摘出ラット脊髄におけるセロトニン受容体の可塑性
吉村恵(九州大学医学研究院)
(14)
海馬シナプスの左右非対称性
篠原良章,重本隆一(生理学研究所脳形態解析研究部門)
(15)
単一海馬苔状繊維シナプスの開口放出ダイナミクス
須山成朝,引間卓弥,荒木力太,石塚徹,八尾寛
(東北大学大学院生命科学研究科脳機能解析)
(16)
PKCによるシナプス開口放出修飾の多様性
引間卓弥,荒木力太,石塚徹,八尾寛(東北大学大学院生命科学研究科脳機能解析)
(17)
大脳皮質V層錐体細胞へのGABA作動性シナプス伝達に関するシナプス前とシナプス外の新知見
福田敦夫(浜松医科大学生理学第一講座)

【参加者名】
神谷温之(北海道大学大学院医学研究科),小澤瀞司(群馬大学),吉村恵(九州大学大学院医学研究科統合生理),八尾寛(東北大学大学院生命科学研究科),須山成朝(東北大学大学院生命科学研究科),引間卓弥(東北大学大学院生命科学研究科脳機能解析),持田澄子(東京医科大学細胞生理),立花政夫(東京大学大学院人文社会系研究科心理),荒井格(東京大学大学院人文社会系研究科),中村行宏(東京大学大学院医学系研究科神経生理),山下貴之(東京大学大学院医学系研究科神経生理),渡邊博康(東京大学大学院医学系研究科神経生理),高橋智幸(東京大学大学院医学系研究科),堀哲也(東京大学大学院医学系研究科神経生理),真鍋俊也(東京大学医科学研究所),中澤敬信(東京大学大学院医科学研究所癌細胞シグナル研究分野),岡部繁男(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科),平野丈夫(京都大学大学院理学系研究科生物物理),田中洋光(京都大学大学院理学系研究科生物物理),杉山優子(京都大学大学院理学系研究科生物物理),矢和多智(京都大学大学院理学系研究科生物物理),吉田盛史(京都大学大学院理学系研究科),大槻元(京都大学大学院理学系研究科),畔柳智明(京都大学大学院理学系研究科),阪東勇輝(京都大学大学院理学系研究科),宮脇寛行(京都大学大学院理学系研究科),畠山淳(熊本大学発生医学研究センター),加藤総夫(東京慈恵会医科大学神経生理学),繁冨英治(東京慈恵会医科大学神経生理学),井村泰子(東京慈恵会医科大学),久場健司(名古屋学芸大学管理栄養学部解剖生理),久場雅子(名古屋学芸大学管理栄養学部解剖生理),日暮陽子(名古屋学芸大学管理栄養学部解剖生理),早戸亮太郎(名古屋学芸大学管理栄養学部解剖生理),小松由紀夫(名古屋大学環境医学研究所視覚神経科学),堀部尚子(名古屋大学環境医学研究所視覚神経科学),福田敦夫(浜松医科大学生理学第一講座),伊佐正(生理学研究所認知行動発達研究部門),金田勝幸(生理学研究所認知行動発達研究部門),重本隆一(生理学研究所脳形態解析研究部門),松井広(生理学研究所脳形態解析研究部門),川上良介(生理学研究所脳形態解析研究部門),篠原良章(生理学研究所脳形態解析研究部門),冨田江一(生理学研究所行動代謝分子解析センター),窪田芳之(生理学研究所大脳神経回路論研究部門),森島美絵子(生理学研究所大脳神経回路論研究部門),中條浩一(生理学研究所神経機能素子研究部門),佐竹伸一郎(生理学研究所神経シグナル研究部門),中川直(生理学研究所神経シグナル研究部門),竹林浩秀(生理学研究所分子神経生理研究部門),富永真琴(岡崎統合バイオサイエンスセンター細胞生理),川端二功(岡崎統合バイオサイエンスセンター細胞生理),東智広(岡崎統合バイオサイエンスセンター細胞生理),鍋倉淳一(生理学研究所生体恒常機能発達機構研究部門),前島隆司(生理学研究所生体恒常機能発達機構研究部門),渡部美穂(生理学研究所生体恒常機能発達機構研究部門),北村明彦(生理学研究所生体恒常機能発達機構研究部門),高鶴裕介(生理学研究所生体恒常機能発達機構研究部門),和気弘明(生理学研究所生体恒常機能発達機構研究部門),西巻拓也(生理学研究所生体恒常機能発達機構研究部門),稲田浩之(生理学研究所生体恒常機能発達機構研究部門),山口純弥(生理学研究所生体恒常機能発達機構研究部門)

【概要】
 シナプスの機能に関する研究は神経科学の中心課題の一つである。伝達物質の同定に始まり,電気生理学的研究により概念を確立した化学シナプス伝達の研究は,近年,遺伝子工学,パッチクランプ法,光学的測定法などの技術を導入することにより,大きく進展し,シナプス伝達調節の分子機構,細胞機構に関する知見が集積しつつある。中枢神経系においてシナプスは化学的情報と電気的情報が直接的に関わり合う重要な場であり,シナプス機能の解明は中枢神経機能の分子基盤の解明そのものである。今後,さらにシナプスの研究を発展させるためには,多面的なアプローチと専門分野の境界を超えた共同研究が不可欠である。本研究会は,生理学,生化学,形態学の立場からシナプス研究の最先端にある研究者が一堂に会して情報交換を行うことを目的とする。自由活発な討論と,若手研究者の参加を通じて,新たな研究の方向と,共同研究の可能性を模索する。

 

(1) TRPM7イオンチャネルはコリナージックシナプス小胞の開口放出を制御する

持田澄子(東京医科大学・細胞生理)

 シナプス小胞膜にイオンチャネルが存在して伝達物質放出を制御しいるのではないかとの仮説が提唱されている。肥満細胞分泌顆粒内に存在が確認されたイオン交換マトリックスはヒスタミン,セロトニンや陽イオンを含み,顆粒膜のイオンチャネルから供給される陽イオンがこれらの顆粒内物質と置き換わることによって分泌が起こると考えられており,シナプス小胞でも開口放出に際して同様な現象が起こっている可能性が示唆されていた。培養上頸交感神経節細胞シナプスでの実験から,この仮説を裏付ける次のような結果が得られた。

 1. TRPチャネルファミリーのTRPM7イオンチャネルは,神経筋接合部や培養交感神経節細胞シナプスの小胞,すなわちアセチルコリンを含有するシナプス小胞に特異的に発現している。

 2. シナプス小胞TRPM7イオンチャネルは,Snapinとの結合を介して,synaptsin I・ synaptotagmin Iと複合体を形成する。

 3. シナプス小胞TRPM7イオンチャネルの発現量を操作すると,伝達物質放出量とキネティックスが変化した。

 4. Snapinとの結合を阻害すると伝達物質放出が減少した。

 従って,シナプス小胞TRPM7イオンチャネル活性がコリナージックシナプス小胞の開口放出に重要な役割を果たしていることが伺われ,神経伝達物質の放出が従来考えられていたような拡散による受動的な現象ではない可能性を示唆する。

 

(2) 網膜双極細胞終末部におけるシナプスリボンと開口放出部位の同定

立花政夫,緑川光春(東京大学大学院人文社会系研究科・心理)
塚本吉彦(兵庫医科大医学・生物)

 キンギョ網膜から単離したMb1双極細胞の軸索終末部に全反射型蛍光顕微鏡を適用し,各種蛍光プローブを用いてCa2流入部位・シナプスリボン・シナプス小胞の融合部位を可視化した。膜電位固定下でCa2電流を活性化させると,Ca2流入部位はシナプスリボンの存在部位に一致していた。細胞内に5 mM EGTAを導入した状態では,双極細胞からの伝達物質放出を早い成分と遅い成分に分離して観察することができる。この条件下で1.5秒の長い脱分極パルスを与えると,シナプス小胞の融合は,Ca2電流の活性化直後には主にシナプスリボンの近傍で生じ,遅れてシナプスリボンから離れた部位で多く生じた。PKCを活性化させると伝達物質の遅い成分のみが増強される。PKCをフォルボールエステルで活性化した条件下でシナプス小胞融合の時空間分布を調べたところ,シナプスリボンから離れた部位での融合が有意に増加することがわかった。電子顕微鏡で観察した結果,PKC処理した網膜では,Mb1双極細胞軸索終末部の形質膜にドックしたシナプス小胞の数はシナプスリボンから離れた部位で有意に増加することが明らかになった。シナプスリボンから離れた部位でシナプス小胞が凝集している部位には,対面するシナプス後ニューロンの突起にPSDが見いだされた。Mb1双極細胞では,軸索終末部からのシナプス出力はリボンシナプスとリボン無しシナプスの両方によって担われており,前者は一過性,後者は持続性の伝達に主に関与していると考えられる。

 

(3) シナプス前機能分子のin vivoノックダウン

加藤総夫(東京慈恵会医科大学・神経生理学)
繁冨英治(東京慈恵会医科大学・神経生理学,日本学術振興会特別研究員)
山田千晶(東京慈恵会医科大学・神経生理学,共立薬科大学大学院)

 シナプス前構造において神経伝達物質の放出とその制御に関与すると考えられている分子は数百に及ぶ。しかし,クローニングされたそれらの分子の機能をnativeなシナプスにおいて同定する方法は極めて限られている。特に,軸索終末・樹状突起構造とシナプス周囲グリア細胞突起との構造的連関が維持されたin vivoのシナプスにおけるシナプス前機能分子群の発現とその機能の連関についてはまったく解析が行われていない。その最たる原因はin vivoのシナプスにおけるシナプス前タンパクの選択的かつ特異的発現制御を行いうる実験系が存在しないことにある。

 この問題に答えうる実験系として,我々は,in vivo神経節gene silencing法を開発した。今回はその応用としてシナプス前アデノシンA1受容体ノックダウンの影響を検討した結果を紹介する。麻酔ラットの頚部節状神経節を露出し,電気穿孔法によって合成siRNA,および,GFP発現非ウィルスベクターを導入し,それぞれ,一次求心性細胞における特定タンパクの発現抑制,および,外来タンパクの強制発現を可能にする系を確立した。アデノシンA1受容体siRNA導入は節状神経節mRNA発現を著明に減弱させ,さらに,その11-13日後に作成した急性孤束核スライスにおいて,孤束1次求心路−2次ニューロン間興奮性シナプス伝達に対するアデノシンの抑制効果が有意に減弱した。シナプス伝達制御機構の分子−機能連関の解析における本法の意義と限界について論じたい。

 

(4) シナプス小胞エンドサイトーシスにおけるCa2チャンネルsynprint siteの役割

渡邉博康,山下貴之,斉藤直人,岩松明彦,森 泰生,高橋智幸
(東京大学大学院医学系研究科・神経生理)

 哺乳動物の中枢神経におけるシナプス伝達は主としてN型とP/Q型電位依存性Ca2+チャンネルによって媒介される。N型とP/Q型Ca2+チャンネルの細胞内ドメインにはエクソサイトーシス関連タンパク質と結合するsynprint site と呼ばれる部位があり,この部位をブロックするとシナプス伝達が抑制を受けることから,この部位はエクソサイトーシスに関与するとの仮説が提唱されている。我々は最近このsynprint siteにエンドサイトーシス関連タンパク質AP-2が結合することを見出した。AP-2はsynaptotagminと結合してシナプス小胞のクラスリン形成を行うが,synaptotagminは,またsynprint siteとも結合することが知られている。そこで,これら三者の結合関係を検討した。三者の結合が同一部位で行われ,結合が互いに拮抗することが明らかになった。さらにまた,三者の結合関係にはCa2+依存性が認められた。すなわち低濃度Ca2+においてsynprint は主にAP-2と結合しているが,Ca2+濃度が200 mMに達すると顕著にsynaptotagminと結合が増大することが明らかとなった。次にcalyx of Heldシナプス前終末端にsynprint peptideを細胞内投与して,synprint siteのシナプス伝達における役割を再検討した。膜容量測定によってsynprint peptideはエクソサイトーシスに作用せずにエンドサイトーシスをブロックする。

 

(5) フィロポディア・スパイン形成におけるアストログリアの役割

西田秀子,岡部繁男(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科)

 海馬スライス培養系においてCA1およびCA3領域の錐体細胞をrhodamine-dextranで,またアストログリアをGFPによって標識し,二光子顕微鏡により樹状突起に形成されるフィロポディア・スパイン構造とアストロサイトの微小突起の相互作用について解析した。フィロポディア・スパインとアストログリアの接触時間は,極めて短い場合と,非常に長い場合の2群に分けられ,特に非常に長い接触時間を保つ場合に,スパインへの形態変化を高い頻度で起こす傾向が見られた。

 フィロポディア・スパインの寿命および形態学的な成熟が,アストログリアの接触と因果関係を持つことを示すため,まずアストログリアの運動性をRac1のdominant negative変異体を発現させることで慢性的に抑制した。アストログリアの運動性の低下により,フィロポディア・スパインとアストログリアの接触が低下している事を確認した。比較的長期のアストログリアの運動性の抑制により,フィロポディア・スパインの形態はフィロポディア型のものへと変化した。次にEphA4/Fcおよびephrin-A3/Fcの存在下でも,アストロサイトとフィロポディア・スパインの接触自体は対照群と同様に観察されたが,アストログリアとの接触を受けたフィロポディア・スパインにおいてその寿命が特異的に短縮した。

 以上の結果はアストログリアの直接的な接触が,局所的にフィロポディア・スパインの維持・成熟を制御することを示している。

 

(6) 小脳登上線維−プルキンエ細胞シナプス伝達におけるグリア型グルタミン酸トランスポーターの役割

小澤瀞司(群馬大学)

 小脳のプルキンエ細胞は登上線維とグルタミン酸作動性シナプスを形成し,このシナプスはベルクマングリアの突起により取り囲まれている。BGには,グルタミン酸トランスポーターとして,多量のGLASTと少量のGLT-1が発現し,シナプス活動に伴ってCF終末から放出されるグルタミン酸を迅速に除去している。正常の成熟動物では,PCは1本のCFによって支配されるが,幼弱動物や種々の機能分子のノックアウトマウスでは複数のCFによる多重支配が見られ,小脳性運動失調の原因の一つとされている。GLASTノックアウトでは,CF刺激により複数のステップからなるCF応答が高い頻度で観察されることから多重支配の存在が報告されてきた。しかし,今回,我々は,この複数ステップの応答の大部分はCF刺激により放出されたグルタミン酸がGLASTにより適切に除去されないために,本来のCF支配下にあるPC以外の隣接するPCにスピルオーバーすることにより起こる現象であり,野生型においても,グリア型グルタミン酸トランスポーターの選択的阻害剤であるPMB-TBOAの投与によって同様の現象を誘発できた。従って,グリア型グルタミン酸トランスポーターは,CF終末より放出されるグルタミン酸が,当該CFによって直接支配されていない周辺部のPCへスピルオーバーすることを阻止することにより,CF-PC間の1対1シナプス結合を維持すると結論できる。

 

(7) 幼若期小脳登上線維・プルキンエ細胞間シナプスにおける双方向性可塑性

大槻 元,平野丈夫(京都大学大学院理学系研究科生物物理)

 登上線維の剪定過程に登上線維―プルキンエ細胞間における可塑性が関わっているのではないかと考え,幼弱期に神経活動依存的に長期的な伝達効率変化が起こるか否かを調べた。

 成体ラットの登上線維シナプスでは,登上線維を5Hzで30秒間刺激することでシナプス後部変化に依存した長期抑圧が誘導されることが知られている。生後7-9日齢マウス小脳で登上線維に5Hzで20秒間刺激を加えたところ,シナプス伝達効率が持続的に変化した。このシナプス可塑性の方向は強いシナプス入力を示す登上線維では長期増強が,他方弱いシナプス入力を示すものでは長期抑圧が引き起こされた。条件刺激前後でのPPRとCVを比較したところ,長期増強時にはPPR・CVが減少し,長期抑圧時にはPPR・CVともに増大した。これらの結果は,長期増強および抑圧がシナプス前細胞からの伝達物質放出変化を伴うことを示唆している。また,プルキンエ細胞内にBAPTAを充填すると,強い登上線維シナプスにおいても長期増強は誘導されずに長期抑圧が起こった。この結果は,シナプス後細胞での細胞内Ca2+濃度変化が長期増強誘導に関わることを示唆している。幼弱期の登上線維のうちプルキンエ細胞に強いシナプスを形成しているものは,自身の活動によって長期増強が起こることでより強化され,弱いシナプスを形成している線維では長期抑圧が起こることでさらに弱まることにより,登上線維の剪定が進行するのではないかと推察される。

 

(8) 皮質錐体細胞間に見られる新しいタイプの抑制回路

小松由紀夫(名古屋大学環境医学研究所視覚神経科学)

 新しいタイプの信号伝達が錐体細胞間で行われることを示唆する結果をマウス視覚野で得た。近接する2/3層錐体細胞からペアー記録を行い,一方の細胞に活動電位を発生させると,他方の細胞にIPSCが約1/4のペアーにおいて誘発された。この錐体細胞間IPSCは潜時がほぼ一定で,単シナプス様の特性を持つが,bicucullineだけでなくNBQXにより消失し,多シナプス性IPSCと考えられる。TTX存在下で,これらの受容体のアゴニストを電気泳動により記録錐体細胞の細胞体に向けて局所的に投与すると,bicucullineとNBQXのどちらによっても消失するIPSCが発生した。4層を電気刺激して2/3層錐体細胞に誘発される単シナプス様のIPSCは,灌流液にNBQXを加えると,その振幅は約40%程度減少した。このときIPSCの時間経過にはほとんど変化が見られなかった。したがって,NBQXで消失した成分は錐体細胞の軸索が逆向性に刺激されて生じた錐体細胞間IPSCで,残った成分は抑制性細胞の軸索が刺激されて生じたIPSCと考えられる。記録細胞の細胞体の近傍に別のパッチ電極を用いてNBQXを局所的に投与しても灌流液にNBQXを加えた場合と同様にIPSCの減少が見られたので,錐体細胞間IPSCを伝えるnon-NMDA受容体はターゲット錐体細胞のごく近傍に存在すると考えられる。

 以上の結果は,2/3層錐体細胞が軸索−軸索シナプスを介して抑制性細胞の活動とは無関係に近傍の錐体細胞を直接抑制できることを示唆している。

 

(9) グルタミン酸・GABA共放出仮説の再検討

神谷温之(北海道大学大学院医学研究科分子解剖)

 近年,発達期の脊髄や脳幹の一部の抑制性シナプスではGABAとグリシンが共放出されることが明らかとなった。また,海馬苔状線維シナプスでは興奮性伝達物質であるグルタミン酸に加えてGABAを放出する可能性が示され注目を集めている。本研究では,幼弱期苔状線維シナプスからのグルタミン酸・GABA共放出仮説の妥当性について,スライスパッチクランプ法を用いて再検討を行った。生後2ないし3週のマウス海馬スライス標本において,歯状回顆粒細胞層に強い刺激と弱い刺激を交互に与え,CA3野ニューロンから記録されるシナプス応答に対するグルタミン酸受容体阻害薬の効果を比較した。弱い刺激によるシナプス応答はCNQXとAP5の投与により完全に消失したのに対し,強い刺激に対する応答の一部は残存し,この成分はGABAA受容体阻害薬picrotoxinの投与により消失した。顆粒細胞層の強い刺激により苔状線維以外の成分を同時に刺激し,順向性あるいは軸索反射の機構を介してCA3野ニューロンに単シナプス性IPSCを生じたと考えられた。歯状回顆粒細胞層の弱い刺激で選択的に苔状線維を刺激した際には単シナプス性IPSCを生じなかったことから,幼弱期の苔状線維シナプスからグルタミン酸とGABAが共放出されるという仮説は,不適切な実験条件によるアーチファクトであると考えた。

 

(10) 聴覚中経路外側上オリーブ核への抑制性入力における代謝型グルタミン酸受容体
およびGABAB受容体機能の発達変化

西巻拓也,鍋倉淳一(生理学研究所生体恒常機能発達機構研究部門)
張 一成(慶北大学校)
大野浩司(浜松医科大学解剖)

 聴覚中継路核である外側上オリーブ核 (LSO) は内側台形体核 (MNTB) から抑制性の入力を受けており,音源定位に重要な働きをしている。この抑制性入力は,発達に従ってGABAからグリシンへスイッチする。この抑制性入力が幼若期にGABAである生理学的意義を解明するために,我々はそのシナプス前終末に存在するGABAB受容体に注目し,その機能的役割について電気生理学的な検討を行った。その結果,MNTB刺激によって惹起される抑制性シナプス電流 (IPSC) の振幅は,幼若期(P2-11)のラットではテタヌス刺激下では内因性GABAによって有意に抑制され,またGABAB受容体選択的アゴニストであるbaclofen投与によっても有意に抑制されたが,これらのGABAB抑制はどちらも発達に従い消失した (〜P18)。

 さらに,幼若期にのみ機能するGABAB受容体の生理的な意義について検討するため,シナプス伝達の発達に関してGABAB受容体のノックアウトマウス (GABABR1KO mice) を用いて解析したところ,KO miceでは幼若期,成熟期ともにシナプス伝達の異常が観察された。以上の結果より,GABAB受容体は神経回路発達に重要な役割を果たしていることが示唆された。

 

(11) 褐色脂肪細胞のミトコンドリア―ER―細胞膜間のCa2+カップリングと
ノルアドレナリンによる制御

日暮陽子,早戸亮太郎,久場雅子,久場健司(名古屋学芸大学管理栄養学部解剖生理)

 熱産生器官である褐色脂肪細胞は,b3受容体の活性化を介して,脂質のb酸化からミトコンドリアでの電子伝達の促進と同時に,脱共役蛋白 (UCP) を活性化し,ミトコンドリアの膜電位を減少し,ATPを合成することなく熱を発生する。培養したラット褐色脂肪細胞に細胞質のCa2+イメージング法とミトコンドリア膜電位測定法,カメレオンの蛍光によるER内Ca2+濃度測定法を応用した。FCCPの投与は3相性の[Ca2+]i上昇を起こす。第1相はミトコンドリアの膜電位減少を伴い,第2相は外液のCa2+除去により部分的に消失し,第2相に細胞外Ca2+依存成分と細胞内Ca2+遊離依存成分の存在が判明し,後者はU73122で消失した。又,無Ca2+液中でのCPAによる[Ca2+]i上昇はFCCPのCa2+応答直後には消失した。このことからミトコンドリアからのCa2+遊離によりPLCが活性化され,局所的に産生されたIP3の作用下でER からCa2+-誘起性Ca2+遊離が起こることが示唆される。一方,第2相の細胞外Ca2+依存成分Ca2+流入は,オリゴマイシンにより消失し,細胞内Mg2+濃度の上昇を伴った。このことから,脱共役にカップルしたCa2+流入は共役再開に伴って産生される代謝産物により活性化されることが示唆される。更に,これらの脱共役により活性化される機構が,細胞膜のb3受容体の活性化により起こることが解った。

 

(12) 上丘の動き検出ニューロンの発火タイミング決定における樹状突起H電流の役割

伊佐 正,遠藤利朗(生理学研究所認知行動発達機構研究部門)
足澤悦子,納富拓也,重本隆一(生理学研究所脳形態解析研究部門)
平林真澄(生理学研究所行動代謝分子解析センター)

 上丘の浅灰白層深部および視神経層に存在するwide field vertical (WFV) cellは上丘に存在する様々なニューロン群の中でも特に活性化の時定数が早いH電流を多量に発現している。Thy1-GFPラットの上丘において免疫電子顕微鏡による解析を行ったところ,HCN1分子がWFV cellの細胞体ではなく,樹状突起に発現していることを確認した。一方で,スパイク発火は細胞体とは電気的にisolateされている樹状突起において起きていることが示唆された。そこで,このような現象に対する樹状突起に発現するH電流の関与を検討し,以下の結果を得た。

 1. WFV cellの樹状突起にはNaチャンネルが発現し,活動電位を生成する。

 2. WFV cellの発現樹状突起に発現するH電流は,細胞体の膜電位には依存せずに樹状突起のシナプス入力部の膜電位をスパイク発火閾値に固定することによって,弱いシナプス入力に対してもhigh fidelityに短潜時で発火応答できるようにしている。

 3. 一方で膜抵抗を下げることで長潜時で安定しない発火応答は抑制されている。

 このように,スパイク発火の閾値を下げて短潜時の発火応答を着実に起こさせる一方で膜抵抗を下げることで長潜時の発火応答を防ぐ,というdual functionを樹状突起のH電流は有しており,それによって確実な動きの情報処理を行うことに寄与していることが示唆された。

 

(13) 卵巣摘出ラット脊髄におけるセロトニン受容体の可塑性

吉村 恵(九州大学医学研究院)

 カルシトニン製剤による慢性疼痛の抑制は,骨密度の増加より早期に見られる。そこで,卵巣摘出(OVX)ラットモデルを用い,脊髄スライスに後根を付した標本とin vivoで慢性痛の発生機序を調べた。Sham群ではAデルタ線維とC線維刺激のEPSCはセロトニンによってシナプス前性に抑制されたが,OVXラットではAデルタ線維のEPSCは抑制されたものの,C線維EPSCは抑制を受けなかった。次にカルシトニン製剤を投与したOVXラットを用いて検討した。その結果,C 線維誘起のEPSCは再び抑制をうける様になった。脊髄後角細胞からin vivoパッチクランプ記録を行った。受容野皮膚への機械的触と痛み刺激によって,EPSCのburstが記録され,その振幅には有意差がなかった。セロトニンを脊髄に直接投与したところ両者を同等に抑制した。ところが,OVXラットでは触刺激応答に比較して,痛み刺激応答は有意に振幅が増大していた。また,セロトニン投与によって触刺激応答は抑制されたが,痛み応答には変化がなかった。次にカルシトニン製剤で処置したラットで検討した。Shamと同様,刺激応答に有意差が見られなくなった。以上から,AデルタおよびC 線維終末にはセロトニンン受容体が発現しており,卵巣摘出によってC 線維終末に発現していた受容体が消失する。そのため痛み刺激応答の増大とセロトニンによる抑制の消失が見られたものと考えられる。

 

(14) 海馬シナプスの左右非対称性

篠原良章,重本隆一(生理学研究所脳形態解析研究部門)

 ヒトの脳の高次機能には左右差があることはよく知られているが,それを支える分子基盤は全く分かっていない。我々は以前にNMDA受容体のうち,NR2Bサブユニットが海馬錐体細胞の左右のシナプスで非対称な分布を持つことを報告した。(Kawakami et al., Science (2003))。

 この海馬の左右差がどういう生理的な意義を持っているかを探るため,他のグルタミン酸受容体についても調査したところ,我々はAMPA受容体GluR1サブユニットも海馬で分布量が異なることを新たに発見した。GluR1の左右非対称性はNR2Bサブユニットと反対の方向性を持っていた。つまり海馬のシナプスのNR2Bが多くなる側では,GluR1サブユニット総量は少ないという興味深い知見が得られた。

 そこでSDS-FRL法を用いて,海馬CA1錐体細胞の樹状突起からGluR1とNR2Bを定量したところ,単一シナプスレベルにおいても,GluR1サブユニット量とNR2Bサブユニット量は逆相関を持っていることが分かった。このシナプスレベルでの2つの分子の逆相関関係が受容体量の左右差を作る一因になっていると考えられる。しかし,海馬の左右でどうして受容体量の差が違うのかは,今後解かなくてはならない問題である。

 

(15) 単一海馬苔状繊維シナプスの開口放出ダイナミクス

須山成朝,引間卓弥,荒木力太,石塚徹,八尾寛
(東北大学大学院生命科学研究科脳機能解析)

 中枢神経シナプスにおいては,シナプス小胞のエキソサイトーシスにおいて短期および長期の可塑性が顕著に認められ,これらが学習・記憶のメカニズムの要素であると考えられている。シナプス小胞は,ドッキング,プライミング,形質膜との融合,エンドサイトーシスなどの素過程を経てリサイクルしている。生理学的にこれらの素過程は,ドッキングまたはプライミング状態にある小胞の数 (Readily releasable pool, RRR) と小胞と形質膜の融合確率(pf)により定量化される。中枢神経シナプスは,多様性が顕著であるため,個々のシナプス前終末について素過程を計測する必要がある。今回,エキソサイトーシスの光学的機能プローブ,シナプトフルオリン法を用いた海馬苔状線維終末の単一シナプス素過程解析の結果について報告する。シナプトフルオリンを海馬苔状線維終末特異的に発現するトランスジェニックマウスTV-42の急性海馬スライスを作製し,共焦点顕微鏡下に同定した大型の単一シナプス前終末における活動依存的な蛍光強度の変動を計測した。多くのシナプスにおいて,pfが非常に小さい特徴が認められ,25℃,10Hzの刺激に対して,その平均値は,0.02であった。このことから,RRPが大きいことが示唆される。これが,高頻度の活動や増強に対応して安定的に伝達する能力の基盤になっていると考えられる。

 

(16) PKCによるシナプス開口放出修飾の多様性

引間卓弥,荒木力太,石塚徹,八尾寛(東北大学大学院生命科学研究科脳機能解析)

 海馬苔状線維シナプスでは,シナプス前性の可塑性が起こることで知られている。このシナプスにおいて,フォルボルエステルは小胞の融合確率及びready releasable pool (RRP) の増加により開口放出を増強させる。今回,これら二つのメカニズムの詳細を単一のシナプス前終末ごとに解析した。蛍光開口放出プローブであるシナプトフルオリンを苔状線維シナプス前終末特異的に発現するトランスジェニックマウスを用いて,海馬急性スライス下に個々のシナプス前終末を同定し,それぞれにおける開口放出を光学的に計測した。その結果,フォルボルエステルによる開口放出増強作用は,個々のシナプス前終末で異なっていた。フォルボルエステルは,融合確率の小さいシナプス前終末に対して,融合確率を増大するように作用した。また,融合確率の大きいシナプスでは,融合確率が増加する代わりにRRPが増加した。そして,PKC阻害剤存在下では,フォルボルエステルによる増強作用は起こらなかった。すなわち,フォルボルエステルの開口放出増強作用は,PKC依存的であり,融合確率の増大とRRPの増加が引き起こされるかは,シナプスに依存していることが示される。個々のシナプスの分子的多様性が背景に存在していることが示唆される。

 

(17) 大脳皮質V層錐体細胞へのGABA作動性シナプス伝達に関する
シナプス前とシナプス外の新知見

福田敦夫(浜松医科大学生理学第一講座)

 ラット脳スライス大脳皮質第V層の錐体細胞でGABAA受容体を介するmIPSCを記録した。ミダゾラムによりmIPSC頻度は増加した。しかし,他のベンゾジアゼピン系薬物では増加せず,ベンゾジアゼピン受容体拮抗薬でも抑制されなかった。ミダゾラムのmIPSC頻度増加作用はa7 nAChR阻害剤により抑えられ,ミダゾラム存在下でのニコチン投与で劇的な相乗効果がみられた。シナプス前終末のa7 nAChRの膜移行がミダゾラムにより誘導された。以上のミダゾラムの作用はPKC阻害薬によって抑制された。ミダゾラムの灌流投与は保持電流 (Ihold) のシフトを惹起した。しかし,低濃度SR95531ではIholdシフトは起こらずmIPSCのみ消失した。さらにGABAトランスポーター阻害剤はmIPSC振幅に影響を与えずミダゾラムと同方向のIholdシフトのみ惹起した。以上から,大脳皮質第V層錐体細胞にはトニックGABAA受容体電流が存在し,ミダゾラムにより増強されると考えられた。ミダゾラムは第V層では他層より有意に強かった。V層のトニック電流は有意に強く,a1とa5が有意に多く発現していた。zolpidemは両層で同等のトニック電流を惹起したが,L-655708はV層においてのみトニック電流をブロックした。以上から大脳皮質ではa1受容体を介して全層で,V層においてはさらにa5受容体を介してより強い持続性GABAA受容体刺激があることが明らかになった。

 


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