生理学研究所年報 第28巻
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20.バイオ分子センサー研究会

2006年6月26日−6月27日
代表・世話人:富永真琴(岡崎統合バイオサイエンスセンター)
所内対応者:岡村康司(岡崎統合バイオサイエンスセンター)

(1)
温度センサーTRPチャネルの構造と機能
富永真琴,柴崎貢志,冨樫和也,稲田仁,曽我部隆彰,Sravan Mandadi,東智広,村山奈美枝,富永知子
(岡崎統合バイオサイエンスセンター・細胞生理研究部門)
(2)
膜電位依存性酵素Ci-VSPの酵素活性
岩崎広英,村田喜理,岡村康司(岡崎統合バイオサイエンスセンター・神経分化研究部門)
(3)
電位センサードメイン蛋白の多様性とメカニズム
岡村康司,村田喜理,岩崎広英,佐々木真理,Israil Hossain,黒川竜紀,高木正浩
(岡崎統合バイオサイエンスセンター・神経分化研究部門)
(4)
一人三役の光センサー蛋白,光活性化アデニル酸シクラーゼ (PAC) の分子内ドメイン相互作用による光活性化機構
渡辺正勝(総合研究大学院大学・先導科学研究科)
(5)
コレステロール代謝センサーLXRによる細胞増殖の制御
槇島誠,川名克芳(日本大学医学部・生化学)
(6)
酸感受性アニオンチャネルとその酸誘導性細胞死における役割
清水貴浩,王海燕,岡田泰伸(生理学研究所・機能協関研究部門)
(7)
Glutamate Release via Stress-sensor Anion Channels from Mouse Astrocytes
Hong-tao Liu, Hana Inoue, Ravshan Z. Sabirov and Yasunobu Okada
(Department of Cell Physiology,National Institute for Physiological Sciences)
(8)
Na+/H+交換輸送体の調節因子CHPの構造とpHセンシング機構
若林繁夫(国立循環器病センター研究所・循環分子生理部)
(9)
後根神経節細胞のP2Y2受容体と機械刺激応答
小泉修一(国立医薬品食品衛生研究所・薬理部)
津田 誠,井上和秀(九州大学大学院・薬学研究院)
(10)
バゾプレッシン分泌ニューロンへのシナプス入力:アンギオテンシンIIおよびカンナビノイドの効果
上田陽一(産業医科大学医学部・第1生理学)
(11)
脳内Na+センサーNaxがグリアのグルコース代謝を調節する
檜山武史,清水秀忠,渡辺英治,長倉彩乃,野田昌晴(基礎生物学研究所・統合神経生物学研究部門)
(12)
匂いとフェロモンのセンサー
東原和成(東京大学大学院・新領域創成科学研究科)
(13)
発達・障害時における細胞内Cl-調節機構の変化とGABA応答のモーダルシフト
鍋倉淳一,渡部美穂,和気弘明(生理学研究所・生体恒常機能発達機構研究部門)
(14)
センサー機能のモーダルシフトによる触覚受容の病的変化のメカニズム
田邊 勉(東京医科歯科大学大学院・認知行動医学系・細胞薬理学分野)

【参加者名】
槇島誠(日本大学・医),宇野茂之(日本大学・医),松縄学(日本大学・医),田邊勉(東京医科歯科大学大学院・医歯),小泉修一(国立医薬品食品衛生研究所・薬理),篠崎陽一(NTT物性科学基礎研究所),東原和成(東京大学大学院・新領域創成科学),中川龍郎(東京大学大学院・新領域創成科学),若林繁夫(国立循環器病センター研究所・循環分子生理),西谷友重(国立循環器病センター研究所・循環分子生理),上田陽一(産業医科大学・医),渡辺正勝(総研大),伊関峰生(総研大)松永茂(総研大),鈴木武士(総研大)野田昌晴(基生研・統合神経生物)檜山武史(基生研・統合神経生物)清水秀忠(基生研・統合神経生物),張藍帆(基生研・統合神経生物),長倉彩乃(基生研・統合神経生物),渡辺英治(基生研・統合神経生物),山田美鈴(基生研・統合神経生物),鍋倉淳一(生理研・生体恒常機能発達機構),渡部美穂(生理研・生体恒常機能発達機構),岡田泰伸(生理研・機能協関),清水貴浩(生理研・機能協関),高橋信之(生理研・機能協関),井上華(生理研・機能協関),Liu Hongtao(生理研・機能協関),佐藤かお理(生理研・機能協関),Toychiev(生理研・機能協関),沼田朋大(生理研・機能協関),李海雄(生理研・機能協関),Elbert Lee(生理研・機能協関),岡村康司(岡崎統合バイオ・神経分化),大河内善史(生理研・神経分化),岩崎広英(岡崎統合バイオ・神経分化),久木田文夫(岡崎統合バイオ・神経分化),村田喜理(岡崎統合バイオ・神経分化),西野敦雄(岡崎統合バイオ・神経分化),佐々木真理(岡崎統合バイオ・神経分化),黒川竜紀(岡崎統合バイオ・神経分化),Thomas McCormack(岡崎統合バイオ・神経分化),Israil Hossain(岡崎統合バイオ・神経分化),斉藤恵亮(岡崎統合バイオ・神経分化),富永真琴(岡崎統合バイオ・細胞生理),福見−富永知子(岡崎統合バイオ・細胞生理),柴崎貢志(岡崎統合バイオ・細胞生理),稲田仁(岡崎統合バイオ・細胞生理),曽我部隆彰(岡崎統合バイオ・細胞生理),Mandadi Sravan(岡崎統合バイオ・細胞生理),冨樫和也(岡崎統合バイオ・細胞生理),東智広(岡崎統合バイオ・細胞生理),村山奈美枝(岡崎統合バイオ・細胞生理),古山富士弥(名古屋市立大・医学部),松下真一(生理研・神経機能素子),高鶴裕介(生理研・生体恒常),和気弘明(生理研・生体恒常)

【概要】
 生体内の全ての細胞は,細胞内外環境の大きな変化の中でその環境情報を他のシグナルに変換し,細胞内や周囲の細胞に伝達することによって環境変化に対応しながら生存している。最近,形質膜の代謝型受容体のみならず,チャネルやトランスポーターなどの膜輸送蛋白質も,さらには細胞質内タンパク質,核蛋白質も情報センサーの働きをしていることが明らかになりつつある。これらのバイオ分子センサータンパク質は種々の化学的,物理的,生理的情報を受容して他のシグナルに速やかに変換する能力を持っている。バイオ分子センサータンパク質の構造と機能やそのシグナル変換機序を解明していくことは,生命科学の本質である「細胞の生存」を解明するうえで極めて重要である。こうした趣旨のもとに過去4年間バイオ分子センサー研究会が行われたが,バイオ分子センサーによって感知された細胞外環境情報が細胞生存応答をもたらすためにいかに細胞内で情報交換・情報統合されているか,また,そのバイオセンサー分子がいかに変化(モーダルシフト)しながら細胞外環境情報をダイナミックに感知して環境変化に適応しているか,という視点が欠けていた。そこで,バイオ分子センサータンパク質の構造・機能協関,センサー間相互作用に加えて,センサータンパク質のモーダルシフトにも踏み込んだ新たな研究の発掘・進展を目指してこの研究会を開催した。70名余りのバイオ分子センサー研究者が一同に会し,14題の演題発表があった。対象のセンサーは,電位センサー,温度センサー,機械刺激センサー,脂質センサー,Na+センサー,Ca2+センサー,H+センサーなど多岐にわたった。活発な討論,情報交換がなされ,「バイオ分子センサー」研究の発展に有益な会であった。

 

(1) 温度センサーTRPチャネルの構造と機能

富永真琴,柴崎貢志,冨樫和也,稲田仁,曽我部隆彰,Sravan Mandadi,東智広,村山奈美枝,富永知子
(岡崎統合バイオサイエンスセンター・細胞生理研究部門)

 1989年にショウジョウバエで最初の遺伝子がクローニングされたTRPイオンチャネルスーパーファミリーは,現在では7サブファミリーを擁し,哺乳類でも30を越えるイオンチャネルが明らかになっている。TRPチャネルは種々の化学物質刺激のみならず,温度刺激,機械刺激,浸透圧刺激等のセンサーとして機能するが,温度センサーTRPチャネルは1997年に遺伝子クローニングされたカプサイシン受容体TRPV1が熱センサーであることが明らかになって以来,これまでに9つの温度センサーが明らかになっている。温度センサーTRPチャネルは感覚神経のみならず多くの細胞に発現して温度情報を感知していることが明らかになってきた。また,オルソログと考えられる温度センサーTRPチャネルが種によって異なるセンシング温度閾値を有していることが明らかになっており,環境温度に適応する形で生物がセンシング機構を変化(モーダルシフト)させてきたと理解することができる。研究室では,これまで,TRPV1の温度センシング機構が環境によって変化(モーダルシフト)するメカニズムを研究してきたが,最近,TRPV4が海馬に強く発現して,深部体温によって常に活性化され脱分極から海馬神経細胞細胞の興奮性を規定していることを見いだした。また,新たな温度センサーを探索する過程で,b-NAD+ やADP-riboseによって活性化されることが報告されていたTRPM2が温度によって活性化すること,cyclic ADP-riboseの作用ターゲットとして機能して膵臓でのインスリン分泌に関わることを発見した。

 

(2) 膜電位依存性酵素Ci-VSPの酵素活性

岩崎広英,村田喜理,岡村康司(岡崎統合バイオサイエンスセンター・神経分化研究部門)

 Ci-VSP(Ciona intestinalis voltage-sensor containing phosphatase)は電位依存性チャネルの電位センサーに相同性を有する膜貫通領域構造と,イノシトールリン脂質のホスファターゼであるPTENと高い相同性を有する細胞質領域から成る分子である。PTENはホスファチジルイノシトール3,4,5-三リン酸(PIP3) の3位のリン酸基を脱リン酸化してホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸(PIP2)を生成する酵素活性を有する。そこでCi-VSPの細胞質領域をグルタチオンS-トランスフェラーゼ(GST)融合蛋白質として大腸菌に発現させ,精製してin vitroにて酵素活性を測定したところ,Ci-VSPもPTENと同様のホスファターゼ活性を有することが明らかになった。さらに,PIP2濃度依存的にチャネル活性が増大する各種Kチャネルをアフリカツメガエル卵にCi-VSPと共発現させて膜電位を変化させたところ,過分極時にPIP2濃度が増大し,脱分極時にPIP2濃度が減少することが明らかとなった。しかし,PIP3は平常時においてはイノシトールリン脂質の非常にマイナーな構成成分であり,膜電位変化によりPIP3が脱リン酸化されてPIP2が生成されたためと仮定すると,PIP2濃度が膜電位依存的に大きく変動することは説明がつかない。実際, PIP3またはPIP2にそれぞれ特異的に結合するPH (Pleckstrin Homology)ドメインを結合させたGFPをCi-VSPに発現させ,膜電位変化に伴う蛍光変化を測定したところ,PIP2濃度は電気生理学的解析と同様に過分極時に増大し脱分極時に減少したが,PIP3濃度は膜電位変化に伴った大きな変動を示さなかった。この結果は,Ci-VSPがPIP3以外の基質を有する可能性を示唆している。

 そこで,Ci-VSPの基質特異性についてGST-Ci-VSPを用いてin vitroの系で解析したところ,Ci-VSPはPIP3のみならずPIP2をも基質として脱リン酸化することが明らかになった。PIP2は細胞膜を構成するイノシトールリン脂質のうちの主要成分であることから,Ci-VSPの酵素活性は脱分極時に活性化され,PIP2を分解することが明らかとなった。さらに,Ci-VSPの基質特異性についてPTENとの関連から解析を試みた。Ci-VSPの活性中心部位はPTENの活性中心と非常に良く保存されているが,PTENの126番目のアラニンに相当するアミノ酸がCi-VSPではグリシンとなっている。そこでCi-VSPのグリシンをアラニンに置換したところ,基質特異性はPTEN型に変わった。PTENの三次元構造は既にX線結晶解析により明らかにされており,活性中心はループ状の構造を取っていることが知られている。A126はループの中央付近に位置しており, Ci-VSPではアラニンがグリシンに置換されたことによりループの自由度が増大し,基質特異性が緩くなっていると推察される。

 

(3) 電位センサードメイン蛋白の多様性とメカニズム

岡村康司,村田喜理,岩崎広英,佐々木真理,Israil Hossain,黒川竜紀,高木正浩
(岡崎統合バイオサイエンスセンター・神経分化研究部門)

 尾索動物ホヤのゲノムから見出されたCi-VSPは電位依存性チャネルに類似した電位センサードメインとホスファターゼドメインを併せ持ち,膜電位依存的にイノシトールリン脂質酵素活性を変化させる(Murata et al, Nature, 2005)。今回は,以下のVSPに関する知見を紹介する。①KCNQ2/3チャネルをPIP2のレポーターとして用いた実験から,電位センサーのもつ電荷の動きの電位依存性と,酵素活性変化の電位依存性が良く一致し,酵素活性は幅広い膜電位範囲で可変である。②PIP2への感受性が高いIRK1をレポーターとして用いた実験,PIP3やPIP2のイメージング,in vitroでの酵素活性の計測から,過分極ではなく,脱分極により酵素ドメイン機能が活性化される (Murata et al, in preparation)。③VSPは後口動物に幅広く存在し,脊椎動物のVSPも同様な分子機能を有する。

 更に,最近明らかにした別の電位センサードメインを有する膜タンパクVSOP(Voltage-sensor only protein) を同定した。VSOPは,ポアドメインを持たないにも関わらずプロトンを選択的に透過させる機能をもつ。これまで免疫細胞の貪食時でのRespiratory burstに関わるとされてきた電位依存性プロトンチャネルの実体であると考えられる (Sasaki et al, Science, 2006)。

 これまで考えられてきた以上に電位センサードメインは通常のイオンチャネルに限定されず機能的な多様性に富んでおり,これらの「電位センサードメイン蛋白」の研究は今後電位センサーやイオンチャネルの動作原理の理解に繋がると同時に,膜電位が関わる新たな生物現象の理解に重要であると期待される。

 

(4) 一人三役の光センサー蛋白,光活性化アデニル酸シクラーゼ (PAC) の
分子内ドメイン相互作用による光活性化機構

渡辺正勝(総合研究大学院大学・先導科学研究科)

 光活性化アデニル酸シクラーゼ (Photoactivated Adenylyl Cyclase, PAC) は,単細胞鞭毛藻ミドリムシ (Euglena gracilis) の光回避反応のセンサーとして機能するフラビン蛋白質である(Iseki et al. 2002 Nature 415, 1047)。PACは互いに良く似たPACaとPACbの2種類のサブユニットからなり,それぞれのサブユニットには発色団結合に寄与するBLUF (a sensor of Blue Light Using FAD)ドメイン(F1, F2)とアデニル酸シクラーゼ触媒ドメイン(C1, C2)が交互に2箇所ずつ存在する。すなわち,PACは同一分子内にモジュールとして光センサー機能とエフェクター機能を持つユニークなアデニル酸シクラーゼであり,このことにより,センシング,シグナル伝達,シグナル出力の謂わば一人三役を実現している。PACの光活性化メカニズムは極めて興味深い問題であり,モジュール間相互作用の解析を進めることによりそれが解き明かされ,センサー蛋白における一般原理への発展も期待される。

 

(5) コレステロール代謝センサーLXRによる細胞増殖の制御

槇島誠,川名克芳(日本大学医学部・生化学)

 Liver X receptor (LXR) は,オキシステロール受容体として機能する核内受容体である。LXRは,コレステロールの過剰状態に伴い細胞内に増加するオキシステロールによって活性化し,標的遺伝子の発現を誘導する。その結果,肝臓においてコレステロールから胆汁酸への変換(齧歯類)やコレステロールの胆汁中への排出を促進し,小腸粘膜ではコレステロールの吸収を抑制する。またマクロファージからのコレステロール逆転送系を刺激する。このように,LXRはコレステロールの代謝センサーとしてその代謝制御において重要な働きをしている。コレステロールなど動物性脂質を多く含む欧米型食習慣によって動脈硬化性疾患とともに大腸がんのリスクも増加する。そこで,脂質代謝調節性核内受容体と大腸がんの発症機構との関連性を検討した。その結果,LXRの活性化が,大腸がんの誘導因子の一つと考えられているb-カテニンの活性を抑制することを見いだした。LXRa及びLXRbは,リガンド依存性にb-カテニンの転写誘導活性を抑制した。LXRリガンドは,大腸がん細胞におけるb-カテニン標的遺伝子の発現を低下させ,細胞増殖を抑制した。動物性脂質の摂取とは逆に植物性繊維の摂取は大腸がんの発症を抑制すると言われている。LXRは植物ステロールにも反応することが報告されており,植物性繊維によるがん抑制作用におけるLXRの関与が示唆される。このように,LXRは代謝と細胞機能を関連付ける重要な分子センサーといえる。

 

(6) 酸感受性アニオンチャネルとその酸誘導性細胞死における役割

清水貴浩,王海燕,岡田泰伸(生理学研究所・機能協関研究部門)

 近年,いくつかの細胞種において,細胞外酸性化がイオンチャネルを調節することが報告されている。また,細胞は酸ストレスにより傷害を受けることが知られている。そこで本研究では,ヒト上皮HeLa細胞における酸感受性イオンチャネルの発現と,その酸誘導性細胞死における役割を検討した。まず初めに,パッチクランプ全細胞記録法によって,本細胞に酸感受性アニオンチャネルが機能的に発現していることを見出した。このチャネル電流は,強い酸性化(pH < 5) ではじめて活性化し,著しい外向き整流性を示した。イオン選択性は,I > Br > Cl であり,Cl チャネル阻害剤であるDIDSおよびphloretinにより抑制された。Outside-outパッチクランプ単一チャネル記録法によって,酸感受性アニオンチャネルの単一チャネルコンダクタンスは4.75 pSであることが判明した。また,細胞を酸溶液 (pH 4.5) に1時間さらすと,PI陽性細胞が増加した。この細胞死は,DIDS投与により抑制された。さらに,細胞死誘導時には細胞容積変化が伴われることが知られていることから,細胞容積変化を測定した。すると酸処理により細胞膨張が生じ,DIDSはこの膨張も抑制することが判明した。これらの結果から,細胞外を酸条件にすると,酸誘導性アニオンチャネルが活性化され,これを介したイオン流入が生じることで細胞が膨張し,そののちにネクローシス性細胞死が引き起こされることが結論された。

 

(7) Glutamate Release via Stress-sensor Anion Channels from Mouse Astrocytes

Hong-tao Liu, Hana Inoue, Ravshan Z. Sabirov and Yasunobu Okada
(Department of Cell Physiology, National Institute for Physiological Sciences)

 Patch-clamp studies showed that hypotonic or ischemic stress activates maxi-anion channels with a large unitary conductance (~400 pS) and inactivation kinetics at potentials more positive than +20 mV or more negative than 20 mV in cultured mouse astrocytes. These properties are distict from those of volume-sensitive outwardly rectifying (VSOR) Cl channels which were also activated in these cells and exhibited an intermediate unitary conductance (~80 pS) and inactivation kinetics at large positive potentials of more than +40 mV. Both maxi-anion channels and VSOR Cl channels were permeable to glutamate with permeability ratios of glutamate to chloride of 0.20 0.01 and 0.15 0.01, respectively. Glutamate release assay demonstrated that hypotonic or ischemic stimulation leads to the release of glutamate from mouse astrocytes. Pharmacological studies excluded significant contributions of gap junction hemichannels, vesicle-mediated exocytosis and reversed operation of the Na+-dependent glutamate transporters to the release of glutamate. The glutamate release was prominently sensitive to Gd3+, a blocker of maxi-anion channel, and less, but significantly, sensitive to phloretin, a blocker of VSOR Cl channel. We conclude that under osmotic and ischemic stress, maxi-anion channels and VSOR Clchannels jointly represent a major conductive pathway for the release of glutamate from astrocytes, with the contribution of maxi-anion channels being predominant.

 

(8) Na+/H+交換輸送体の調節因子CHPの構造とpHセンシング機構

若林繁夫(国立循環器病センター研究所・循環分子生理部)

 細胞内pH,Na+濃度,細胞容積の調節はあらゆる生物の生存に必須である。この重要な役割を担うNa+/H+交換輸送体(NHE, SLC9ファミリー)は,増殖因子,ホルモンなどの化学物質に加えて,高浸透圧,ストレッチなど機械的刺激を含むあらゆる種類の細胞外シグナルによって活性化を受けるという点で特に興味深い。活性制御は細胞質側に内蔵するpHセンサーの働きによって起こるが,その実体については現在不明である。私達はこれまで,9種類知られるNHEアイソフォームのうち形質膜発現型のNHE (NHE1-5) の膜直下細胞質ドメインにはEFハンドCa2+結合タンパク質の一つであるカルシニュリン様タンパク質(CHP) が強固に結合し,この相互作用がNHEの生理活性に必須であることを明らかにしてきた。最近,CHP(CHP2アイソフォーム)とそのNHE1側の結合ドメインとの複合体の結晶構造をY3+存在下2.7Åの解像度で決定し,CHPがNHEファミリータンパク質に特異的に結合する分子基盤を原子レベルで明らかにした。結晶構造によれば,NHEの膜直下領域はCHPのN-およびC-lobeによって形成される疎水性の溝 (hydrophobic cleft) に疎水性相互作用および特異的な水素結合によって選択的に結合すること,またCHPのN-およびC-lobeをつなぐ比較的長いリンカー (CHP-unique region) が存在することなど興味深い特徴が明らかになった。

 

(9) 後根神経節細胞のP2Y2受容体と機械刺激応答

小泉修一(国立医薬品食品衛生研究所・薬理部)
津田 誠,井上和秀(九州大学大学院・薬学研究院)

 細胞外ATPが知覚・痛覚情報伝達に果たす役割が注目されている。一次求心性神経には種々のATP受容体“P2受容体”が発現しており,例えば痛み刺激を伝えるAd線維にはP2X2/3受容体が,小型c線維にはP2X3受容体及びP2Y2受容体が存在し,それぞれ異なる分子メカニズムで痛覚伝達を制御している。本研究ではc線維に存在するP2Y2受容体がメカノセンサーとの相互作用により,神経因性疼痛に特徴的なメカニカルアロディニア(異痛症)を引き起こすことを報告する。

 ラット後肢足底部にP2Y2受容体作用薬UTPを注入しP2Y2受容体を刺激すると,軽微な触刺激に対して痛み応答を呈するメカニカルアロディニアが誘発された。すでに先行する報告により,P2Y2受容体刺激によりPKCを介したTRPV1受容体のsensitizationが惹起され,熱刺激に対する過敏応答が惹起されることが明らかとされているが (Moriyama et al., J. Neurosci., 2003),P2Y2受容体刺激により惹起されるメカニカルアロディニア形成には,PKC及びTRPV1の関与は少なかった。Ca2+イメージング法により,培養DRG神経細胞の各種ATPアナログの応答性を検討したところ,UTP応答細胞(P2Y2受容体発現細胞)は,ほぼ小型後根神経節 (DRG) 細胞に局在し,また,UTP応答細胞の過半数はカプサイシン応答細胞(TRPV1発現細胞)であった。しかし,カプサイシン非応答性の小型DRG神経細胞も存在した。培養小型DRG神経細胞に機械刺激を加えると,刺激強度依存的に細胞外Ca2+の流入が認められ,このCa2+流入はGd3+で抑制された。さらに,P2Y2受容体の先行刺激により,この機械刺激誘発Ca2+流入の刺激閾値は低下し,また最大応答も増大した。以上,P2Y2受容体刺激により,メカニカルアロディニアが誘発されること,P2Y2受容体が小型DRG神経に局在し機械刺激に対するCa2+流入の応答感受性を亢進させることが明らかになった。このように,ATPセンサー・メカノセンサー相互作用により,触刺激が痛みとして伝達され,メカニカルアロディニアが形成される可能性が示唆された。

 

(10) バゾプレッシン分泌ニューロンへのシナプス入力:アンギオテンシンIIおよびカンナビノイドの効果

上田陽一(産業医科大学医学部・第1生理学)

 視床下部室傍核および視索上核に局在するバゾプレッシン分泌ニューロンは,その軸索を下垂体後葉に投射して血中にバゾプレッシンを分泌する。バゾプレッシン分泌ニューロンの神経活動は,種々の液性入力および神経性入力によって調節・修飾されている。我々は,ラット脳スライス標本を用いて,視索上核に局在するバゾプレッシン分泌ニューロンからパッチクランプ法により興奮性および抑制性シナプス入力を記録し,種々の生理活性物質に対するシナプス入力の感受性を検討している。具体的には,(1)アンギオテンシンIIは興奮性シナプス入力を増強し,抑制性シナプス入力には影響を与えないこと,(2)カンナビノイドは興奮性シナプス入力および抑制性シナプス入力のいずれも抑制することを明らかにした。

 最近我々は,バゾプレッシン-eGFPトランスジェニックラットを作成することによりGFPの緑色蛍光を指標にバゾプレッシン分泌ニューロンを同定できるようになった。本トランスジェニックラットでは,室傍核,視索上核,視交叉上核,下垂体後葉に投射する軸索および下垂体後葉にGFP蛍光を観察することができた。本トランスジェニックラットから作成した脳スライス標本,急性単離ニューロンおよび下垂体後葉の軸索終末においても十分観察可能なGFP蛍光が観察された。本トランスジェニックラットは,バゾプレッシン分泌ニューロンの化学感受性などの解析に優れたモデルとなることが期待される。

 

(11) 脳内Na+センサーNaxがグリアのグルコース代謝を調節する

檜山武史,清水秀忠,渡辺英治,長倉彩乃,野田昌晴
(基礎生物学研究所・統合神経生物学研究部門)

 Naxは電位作動性Naチャンネル・ファミリーに属し,生理的範囲の体液Na+濃度の上昇を閾値とするNa+センサーである。我々はNax遺伝子ノックアウトマウスを作成し,Naxが哺乳動物の塩/水恒常性の中枢である脳室周囲器官(CVO) に発現する体液Na+レベルセンサーであり,CVOの上衣細胞と星状細胞から伸びたニューロン周囲膜状突起に特異的に発現していることを明らかにしてきた。今回,グリア細胞がNa+レベルを感知する分子・細胞機構を明らかにするため,酵母ツーハイブリッド法を用いてNaxの細胞内領域に結合する分子を探索した。その結果,NaxのC末端領域がNa/K-ATPaseのaサブユニットに結合することを見出した。また,グリア細胞由来の株化細胞にNaxを機能的に発現させる系を樹立することに成功した。これを用いて,グルコース取り込みと乳酸放出が細胞外Na+レベル依存的に促進されること,グルコース取り込みの促進にはNa+の流入とNax-Na/K-ATPase間の相互作用の両方が必要であることを明らかにした。この促進はNa/K-ATPase の機能阻害剤ウワバインにより抑制される。また,CVOの一つである脳弓下器官から単離したグリア細胞及び急性スライス標本においても,細胞外Naレベルに依存したグルコース取り込みが観察された。以上より,NaxはCVOにおいて体液Naレベルの生理的増加を検出し,グリアのエネルギー代謝を調節していることが示唆された。

 

(12) 匂いとフェロモンのセンサー

東原和成(東京大学大学院・新領域創成科学研究科)

 人間社会で嗅覚は五感のなかでも最も軽視されているが,多くの生物では,食物認知,個体認識,生殖行動の誘発など生存に不可欠な行動や習性に匂いやフェロモンが深く関わる。匂いセンサーである嗅覚受容体は,多重遺伝子群を形成しており,Gタンパク質共役型受容体のなかでも最大のサブファミリーを形成している。我々は,嗅覚受容体の機能解析を,単一匂い応答嗅神経細胞からの機能的クローニングという逆転の発想で成功させ,その後,嗅覚受容体が多種多様な幅広い匂い分子を正確に識別するメカニズムを明らかにしてきた。また,カイコガ性フェロモンの受容体の同定および機能解析に成功し,高感度・高選択性の昆虫フェロモンセンサー機構を明らかにした。マウスでは,遺伝子にコードされている新規ペプチドがオスの涙腺から分泌されてメスの鋤鼻器官に取り込まれ,V2R受容体発現神経を刺激することがわかった。

 

(13) 発達・障害時における細胞内Cl-調節機構の変化とGABA応答のモーダルシフト

鍋倉淳一,渡部美穂,和気弘明(生理学研究所・生体恒常機能発達機構研究部門)

 GABAやグリシンは主要な抑制性伝達物質であり,その応答は時間・空間的な多様性を示す。この多様性についての研究は,長年,受容体構成サブユニットの相違を中心として進められてきた。しかし,GABA/グリシン受容体機能の制御としては,細胞内外Cl濃度および細胞内電位に起因するCl-イオン透過の方向性および量のダイナミックな変化に注目が集められている。神経細胞内Cl-濃度調節は細胞内Cl-くみ出し主要分子であるK+ Cl-cotransporter(KCC2)とCl-汲みいれ分子であるNa+ K+ Cl-cotransporter(NKCC1)によって調節されている。その中でも,KCC2は空間的および時間的に発現・機能がダイナミックに変化する。例えば,運動神経細胞でも骨格筋支配細胞ではKCC2発現が高く,高頻度の抑制性入力時においてもIPSPはよく保たれているのに対し,KCC2発現の弱い迷走神経運動核では細胞内Cl-濃度上昇に伴いIPSCの大きさの減少が観察される。

 また,KCC2の発現・機能が未熟期にはGABAは脱分極(しばしば興奮性)作用を示し,発達とともに過分極へスイッチする。しかし,各種障害時には,KCC2の発現・機能は時間単位で消失し,GABAの脱分極作用が再現する。この過程において,まずKCC2の脱リン酸化に伴う機能消失とその後の発現自体の消失が観察され,GABAは細胞死を惹起する。

 

(14) センサー機能のモーダルシフトによる触覚受容の病的変化のメカニズム

田邊 勉(東京医科歯科大学大学院・認知行動医学系・細胞薬理学分野)

 アロディニアは神経因性疼痛患者において一般的に認められる触覚異常であり,長期にわたって持続し,患者のQOL悪化の主要因の一つである。この触感覚から痛み感覚への変換には種々センサー分子群のセンサー機能のモーダルシフトが関与すると考えられている。我々はこれらセンサー分子群の単離と,センサー機能のモーダルシフトによる触覚受容の病的変化のメカニズムを明らかにすることを目的として研究を行っている。

 N型Caチャネル欠損マウスの解析から本マウスが神経損傷に伴うアロディニアを示さないことが明らかとなった。アロディニアは神経損傷にともなって引き起こされる神経伝導の可塑的変化によって誘導されると考えられている。そこで野生型マウスとN型Caチャネル欠損マウスにおいて神経損傷に伴って誘導される遺伝子発現の変動を比較し,野生型マウスで発現上昇し,N型Caチャネル欠損マウスにおいて発現変動しない,あるいは低下する遺伝子群を同定した。

 グルココルチコイド受容体の発現量は神経損傷した野生型マウスの脊髄において上昇していたが,N型Caチャネル欠損マウスにおいては減少していた。そこで本受容体拮抗薬を神経損傷した野生型マウスに投与したところアロディニアが消失した。したがってグルココルチコイド受容体はアロディニアの発症,維持にとって重要であることが推察され,本受容体拮抗薬は神経因性疼痛治療薬として有用であることが明らかとなった。

 


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