生理学研究所年報 第28巻
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22.「痛みの分子機構と治療戦略」研究会

2006年11月15日−11月16日
代表・世話人:仙波 恵美子(和歌山県立医科大学・医学部)
所内対応者:富永真琴(自然科学研究機構・岡崎統合バイオサイエンスセンター・細胞生理研究部門)

(1)
プロスタグランジン受容体EP3を介したブラジキニン反応の増強はブラジキニン B2受容体の脱感作の減弱による
小崎康子(名古屋大学環境医学研究所・神経性調節分野)
(2)
マウス後根神経節におけるInterleukin-31 receptor A (IL-31RA) の発現解析
板東高功(和歌山県立医科大学医学部・第二解剖学教室)
(3)
ラット腰部脊髄神経に対するセロトニンによる疼痛関連行動と後根神経節への影響
加藤欽志(福島県立医科大学医学部・整形外科学教室)
(4)
ヒト椎間板培養細胞が後根神経節由来の軸索伸長に及ぼす影響—mono layer culture を用いて—
山内かづ代(千葉大学大学院医学研究院・整形外科学)
(5)
Dscamの分子多様性は特異的な神経配線のために必要である
近藤真啓(日本大学歯学部・生理学教室/Dana-Farber癌研究所)
(6)
PACAPシグナル伝達を介したnNOSの機能調節の分子機構
大西隆之(関西医科大学・医化学教室)
(7)
脊髄におけるカンナビノイドの鎮痛機序解明:in vivoパッチクランプ記録による検討
木谷友洋(札幌医科大学医学部・麻酔科)
(8)
TRPA1 の活性化機構
藤田郁尚(岡崎統合バイオサイエンスセンター・生命環境研究領域細胞生理部門)
(9)
脊髄内痛覚伝達機構に対するTRPA1受容体の生理的役割
小杉雅史(佐賀大学医学部・生体構造機能学講座神経生理学分野)
(10)
脊髄後角におけるP2Y受容体を介する抑制性シナプス伝達の賦活化作用
中塚映政(佐賀大学医学部・生体構造機能学講座神経生理学分野)
(11)
脊髄内ATP誘発長期持続性アロディニアの誘導および維持機構
中川貴之(京都大学薬学研究科・生体機能解析学分野)
(12)
ラット脊髄膠様質ニューロンにおける抑制性シナプス伝達のホスホリパーゼA2活性化による促進
熊本栄一(佐賀大学医学部・生体構造機能学講座神経生理学分野)
(13)
神経因性疼痛における細胞質型ホスホリパーゼA2の関与
長谷川茂雄(九州大学大学院薬学研究院・薬効解析学分野)
(14)
神経因性疼痛モデルにおける非侵害性Ab線維過敏応答
松本みさき(長崎大学大学院医歯薬学総合研究科・分子薬理学分野)
(15)
下行性疼痛調整系におけるMAPK活性化
井辺弘樹(和歌山県立医科大学医学部・第一生理学教室)
(16)
術後痛とオピオイドに対するマウス延髄RVMニューロン機能特性の系統差
川真田樹人(札幌医科大学医学部・麻酔科)
(17)
CCIラットの心循環パラメータと寒冷曝露に対する反応の経日変化
佐藤純(名古屋大学環境医学研究所/近未来環境シミュレーションセンター)
(18)
気象変化による慢性痛悪化のメカニズムにおける内耳器官の役割
舟久保恵美(名古屋大学環境医学研究所)
(19)
NAAG Peptidase Inhibitor 局所投与の炎症性疼痛に対する効果
山本達郎(熊本大学大学院医学薬学研究部・生体機能制御学)
(20)
新しい鎮痛薬カンナビノイド
小川明子(日本大学歯学部・口腔診断学教室)
(21)
シスプラチンによって引き起こされる痛覚過敏におけるイオンチャネルの関与
堀紀代美(名古屋大学大学院医学系研究科・機能形態学講座機能組織学分野)
(22)
筋障害性慢性痛症モデル動物における筋の組織像
松原貴子(名古屋学院大学人間健康学部・リハビリテーション学科)
(23)
痛みによる不快情動生成における分界条床核ノルアドレナリン神経伝達の役割
出山諭司(北海道大学薬学研究院・薬理学研究室/京都大学大学院薬学研究科・生体機能解析)
(24)
CRPS患者は眼-手協調運動が障害されている
住谷昌彦(大阪大学大学院医学系研究科・生体統御医学麻酔・集中治療医学講座)
(25)
仮想痛み刺激と脳内神経活動の検討 (fMRI)
池本竜則(高知大学医学部・整形外科教室)
教育講演(1)
MRスペクトロスコピーを用いた慢性疼痛患者の評価の試み
福井弥己郎(聖)(滋賀医科大学医学部付属病院麻酔科・ペインクリニックセンター)
教育講演(2)
プリン受容体を介するDRG細胞内Ca反応:2光子励起光分解を利用した時空間分析
中山晋介(名古屋大学大学院医学系研究科・細胞生理学)
教育講演(3)
慢性疼痛モデル動物扁桃体中心核におけるシナプス可塑性
加藤総夫(東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター・神経科学研究部神経生理学研究室)

【参加者名】
南雅文,出山諭司(北海道大学薬学研究院),川真田樹人,木谷友洋(札幌医科大学医学部),森山朋子(弘前大学医学部),矢吹省司,関口美穂,加藤欽志,畑下智(福島県立医科大学医学部),山内かづ代,荒井桃子,遠藤光晴,土橋玉枝(千葉大学大学院医学研究院),岩田幸一,近藤真啓,小川明子(日本大学歯学部),加藤総夫,高橋由香里(東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター),尾崎紀之,堀紀代美,安井正佐也,中山晋介(名古屋大学大学院医学系研究科),水村和枝,佐藤純,片野坂公明,小崎康子,舟久保恵美,松田輝,妹尾詩織,那須輝顕(名古屋大学環境医学研究所),熊澤孝朗,橋本辰幸,山口佳子,櫻井博紀,吉本隆彦,高畑成雄,森本温子,大道裕介(愛知医科大学医学部),松原貴子,田崎洋光,下和弘(名古屋学院大学人間健康学部),福井弥己郎(聖)(滋賀医科大学医学部),中川貴之(京都大学薬学研究科),伊藤誠二,大西隆之(関西医科大学),眞下節,住谷昌彦(大阪大学大学院医学系研究科),仙波恵美子,板東高功,井辺弘樹(和歌山県立医科大学医学部),野口光一(兵庫医科大学),緒方宣邦(広島大学医学部),牛田享宏,池本竜則,西上智彦(高知大学医学部),吉村恵(九州大学大学院医学研究院),井上和秀,津田誠,長谷川茂雄,豊満笑加,増田隆博,北野順子(九州大学大学院薬学研究院),熊本栄一,中塚映政,小杉雅史,青山貴博,水田恒太郎(佐賀大学医学部),井上誠,松本みさき(長崎大学大学院医歯薬学総合研究科),山本達郎(熊本大学大学院医学薬学研究部),富永真琴,柴崎貢志,稲田仁,曾我部隆彰,東智広,村山奈美枝,川端二功,藤田郁尚(岡崎統合バイオサイエンスセンター細胞生理部門)塚本三奈,榎本隆吾(アステラス製薬(株)筑波研究所),砥出勝雄,鈴木誓吾,奥村貴子,今井暁,中川哲彦,佐藤真衣子,山本渉,桑山成樹,北山久美子,谷本幸(ファイザー(株)中央研究所),吉川崇,江里口義朗,森江俊哉(大日本住友製薬(株)薬理研究所/化学研究所),佐藤俊浩(持田製薬(株))

【概要】
 痛みは生体警告系として重要な役割を果たすが,持続する無用な疼痛は人類にとって最大の苦痛である。我々の生活の質を向上させるためにも,無用な疼痛の克服は今世紀の大きな課題の一つである。脳の10年に続き,アメリカ議会は21世紀初頭の10年を“痛みの10年”と位置づけ,痛みの科学的解明と治療と福祉の向上に向けてスタートを切った。その結果,痛みの基礎研究は飛躍的に進展したと言える。しかし,その研究成果をヒトの痛みの理解や難知性疼痛の治療にどう結びつけていくか,ということが今後の大きな課題である。神経因性疼痛など従来の鎮痛薬が奏効しない難治性の疼痛については,その発症機序の解明と新たな鎮痛薬の開発が急務となっている。本研究会は,痛みの発生と制御の分子機構について様々な側面から議論を行い,新たな治療戦略の構築と,わが国の疼痛研究のさらなる発展を目指して企画されたものである。また,本研究会への大学院生や若手の研究者の参加を促し,次代の疼痛研究を担う研究者の育成を目指すものでもある。

 平成18年度の本研究会では,末梢から脳にいたる痛覚伝達系の各レベルでの研究成果と未解明の問題点が報告された。末梢レベルでは,各種炎症性メディエーターやサイトカインによる発痛のメカニズム,末梢及び脊髄後角におけるTRPA1の活性化機構,後角におけるATPや PLA2の役割,カンナビノイドによる鎮痛のメカニズム,下行性疼痛調整系の中核であるRVMニューロンの活性化と機能特性,神経因性および筋障害性疼痛のモデル作製,気象・気温などの環境要因が痛みに影響を与えるメカニズム,痛みの情動における分界条床核や扁桃体の役割,脳イメージング法による痛みの中枢回路の解析と慢性疼痛患者の評価・治療への応用,などの研究発表に対し,活発な質疑応答が行われた。

 

(1) プロスタグランジン受容体EP3を介したブラジキニン反応の増強はブラジキニンB2受容体の脱感作の減弱による

小崎康子1,神部福司1,妹尾久雄1,熊澤孝朗2,水村和枝1
1名古屋大学・環境医学研究所,2愛知医科大学・医学部)

 我々は,イヌ精巣―上精巣神経in vitro標本を用いた電気生理学的実験から,ブラジキニン(BK) に対する痛み受容器の反応がプロスタグランジン受容体EP3のアゴニストによって増強されること,cAMPを増加させると抑制されることを先に報告した。本報では,イヌの脊髄後根神経節細胞からクローニングした2種類のEP3とマウスBK B2受容体を共発現するChinese hamster ovary細胞株を用いて,BKによる[Ca2+]i上昇反応に対するEP3アゴニストの影響を観察した。BKを6分間隔で30秒間2度投与すると,2度目の反応は初回に比べて,有意に減弱した。この脱感作は,2度目のBK投与前にEP3アゴニスト,ONO-AE-248を投与すると軽減された。このEP3アゴニストの作用は百日咳毒素に感受性を示し,Gi蛋白を介した細胞内シグナル系が脱感作の減弱に関与することが示唆された。実際,蛋白キナーゼA阻害剤,H-89による前処置も2度目のBK反応の減弱を軽減した。さらに,初回のBK反応に対してはONO-AE-248およびH-89はともに影響を及ぼさなかった。以上の結果から,プロスタグランジン受容体EP3を介したBK反応の増強はBK B2受容体の脱感作の減弱によることが明らかとなった。これらの結果は先の電気生理学的実験結果を支持するものである。

 

(2) マウス後根神経節におけるInterleukin-31 receptor A (IL-31RA)の発現解析

板東高功 森川吉博 小森忠祐 仙波恵美子(和歌山県立医科大学医学部・解剖学第二教室)

 最近,新たにクローニングされたIL-31は,その機能的受容体は固有の受容体サブユニットIL-31RAはoncostatin M receptor b (OSMRb)と共に複合体から成ることが報告された。また,IL-31のtransgenic mice においてアトピー性皮膚炎類似の皮膚病巣が形成されること,アトピー性皮膚炎のモデルマウスの患部皮膚においてIL-31のmRNAの発現が増加することが報告されIL-31とアトピー性皮膚炎の関係が注目されている。我々はこれまで,OSMRbがTRPV1とP2X3を共発現する一部の小型DRGニューロンに発現することを明らかにしてきた。そこで,これらのOSMRb 発現ニューロンにIL-31RAが発現して,機能的なIL-31受容体を形成しているのではないかと考え,まず,ノーザンブロット法およびin situ hybridization 法を用いて,IL-31RAのmRNAがマウス後根神経節に発現していることを明らかにした。次に二重免疫染色法によりIL-31RAとOSMRb のタンパク質の発現を検討した,ところ,IL-31RAの発現している細胞は,OSMRb発現細胞と完全に一致した。以上の結果は,OSMRbを発現する小型のDRGニューロンは,OSMのみならずIL-31にも感受性であることが明らかとなった。

 

(3) ラット腰部脊髄神経に対するセロトニンによる疼痛関連行動と後根神経節への影響

加藤欽志 菊地臣一 紺野愼一 関口美穂(福島県立医科大学医学部整形外科学教室)

【背景】セロトニン(5-HT)は腰椎椎間板ヘルニアにおける神経根の炎症に関与する化学因子の一つであると考えられている。しかし,その疼痛発現にどの程度関与しているかについては不明である。

【方法】SD系雌ラットを対象とし,実験系をcontrol群:溶媒のみ,低用量5-HT 群:5-HT (10mg),高用量5-HT群:5-HT (30mg),髄核群:溶媒と尾椎より採取した髄核,の以上4群に分け,各薬剤をDRG上に投与した。下肢疼痛の閾値と投与側のL5DRGでのアポトーシス細胞の発現を術前,術後2,7,14,21日目に測定した。またcontrol群と髄核群において,血漿を採取し,5-HT turnover rate (5-HIAA/5-HT) を各測定時点で算出した。

【結果】術後7日目では,高用量5-HT群と髄核群において,control群に比較して,有意に下肢疼痛の閾値が低下し,L5DRGでのアポトーシス細胞の増加を認めた。術後14日以降では,control群と比較して,髄核群において,有意に下肢疼痛の閾値が低下していたが,高用量5-HT群では差がなかった。5-HT turnover rateは,術後1日目と7日目で,髄核群において,control群と比較して,有意に上昇していた。

【考察】腰部脊髄神経に対して高用量の5-HTの投与によって,下肢疼痛の閾値が低下することが明らかとなった。髄核による腰部脊髄神経根の炎症過程において,5-HTはその早期に関与している可能性が示唆された。

 

(4) ヒト椎間板培養細胞が後根神経節由来の軸索伸長に及ぼす影響

山内かづ代(千葉大学・大学院医学研究院・整形外科学)
遠藤光晴・山下俊英(千葉大学・大学院医学研究院・神経生物学)

背景:椎間板変性は腰痛の一因であるが,人病理学検討から,椎間板周辺にしか存在しない感覚神経線維が,椎間板内層に深く侵入することいわゆる,nerve ingrowthが,その主因とされる。また,椎間板性腰痛患者の椎間板髄核には神経栄養因子(NGF) と腫瘍壊死因子(TNFa)が有意に増加し,それらが,nerve ingrowthを惹起していると考えられているが,詳細な検討は行われていない。

目的:Monolayer cultureの手法を用いて,ヒト椎間板髄核及びTNFaが,後根神経節(以下DRG)由来の軸索伸長に及ぼす影響について検討すること。

方法:新生児ラットのDRGを25個摘出,単離させたDRG細胞を,ヒト椎間板髄核培養上清(以下NP),TNFa recombinant (1ng/ml ,10ng/ml,100ng/ml) を加えたmedium,コントロールとしてmediumのみ,の中で37℃24時間培養を行った。共培養後,各群における軸索の伸長を測定し比較した。

結果:NP群119.906±70.158,TNFa・1ng/ml群49.060±25.606,TNFa・10ng/ml群73.739±53.996,TNFa・100ng/ml群58.280±37.722,コントロール群59.505±41.039 (mm)であった。コントロール群と比較して,NP群,TNFa・10ng/ml群では高値であり有意差を認め(p<0.05),TNFa・1ng/ml群は低値であり有意差を認めた(p<0.05)。

考察:椎間板髄核上清内において軸索伸長が高値であったことより,髄核に軸索伸長を促進する因子の存在が考えられた。TNFaに関しては,低濃度では軸索伸長を抑制し,中濃度では軸索伸展を促進する可能性が考えられ,ある一定の濃度を超えると軸索伸長に影響を及ぼさない可能性,至適濃度の存在が考えられた。

 

(5) Dscamの分子多様性は特異的な神経配線のために必要である

近藤真啓1,2,Dietmar Schmucker1(Dana-Farber癌研究所・1Cancer Biology研究部門,
2日本大学歯学部生理学教室)

 ショウジョウバエDscamは,選択的スプライシング機構により38,000種類以上の異なった受容体isoformを発現しうる。われわれは,機械感覚受容神経細胞 (ms neuron) の軸索を単一神経細胞レベルで標識する実験系を確立し,遺伝学的アプローチにより,このDscamの分子多様性が神経配線の特異性を決定するために必要であるか否かについて検討した。

 野生型ハエにおいて,ms neuronの軸索分枝の位置および長さは,個体間において定型的であった。そこで,MARCM (Mosaic Analysis with a Repressible Cell Marker)システムにより,ms neuronで特異的にDscamの発現を欠失 (Dscamnull) させたところ,軸索は正しい位置より中枢神経系へ進入したが,その後,伸長を停止し,適切な標的細胞へ向けた分枝の形成はおこらなかった。このDscamnull ms neuronに1種類のDscam isoformを発現させたところ,基礎的な軸索伸長および分枝の形成能力は回復したが,適切な標的へ向けた軸索投射および分枝の形成は再現できなかった。また,12種類存在する可変exon 4の5つを異なる組み合わせで欠失させた2系統の復帰突然変異体(いずれの系統も,Dscamの分子多様性が野生型の59%にまで減少)を作製したところ,各系統のms neuronは異なる様式で軸索投射異常を示した。

 以上の結果より,Dscamの分子多様性は,ms neuronの適切な神経配線のために必要であることが明らかになった。

 

(6) PACAPシグナル伝達を介したnNOSの機能調節の分子機構

大西隆之(関西医科大学医化学教室)

 NMDA受容体を介したCa2+の流入による細胞内Ca2+濃度の上昇によって活性化される酵素の1つに神経型一酸化窒素合成酵素 (nNOS) がある。神経系株細胞であるPC12細胞においてnNOSは主に細胞質に存在するが,神経ペプチドであるPACAPとNMDAの共刺激下により,nNOSは細胞膜にトランスロケーションすることでNO産生が促進され,このnNOSのトランスロケーションにはPACAPシグナル伝達経路が重要であることが明らかになっている。nNOSはN末端に存在するPDZドメインとcatalyticドメインから構成され,nNOSはPDZドメインを介してPSD-95やNMDA受容体のNR2Bサブユニットと相互作用することでnNOSのトランスロケーションが起こると予想している。我々はnNOSのN末端に存在するPDZドメインを含む1-299aaのnNOS欠失変異体(nNOS N) とYFPとの融合タンパク(nNOS N-YFP) を作製し,PC12細胞において細胞膜へのnNOS N-YFPのトランスロケーションを定量的に測定する系を構築した。PACAPは少なくともPKAとPKCのこの2つのシグナル系に関与することが明らかになっている。今回nNOSの細胞膜へのトランスロケーションには薬理学的な実験からPKAとPKCの両方の経路が必要であることを示唆する結果が得られた。

 

(7) 脊髄におけるカンナビノイドの鎮痛機序解明:in vivoパッチクランプ記録による検討

木谷友洋・川真田樹人・杉野繁一・成松英知・山内正則・並木昭義(札幌医科大学医学部麻酔科)

 現在,マリファナの活性成分であるΔ-9-テトラヒドロカンナビノールをはじめとした,カンナビノイド(CB)受容体作動薬の鎮痛効果に高い関心がよせられている。鎮痛機序の研究としてCB受容体作動薬WIN55212-2による影響を,脊髄後角膠様質ニューロン(SGニューロン)で細胞内記録をin vitroに行った報告がある(Moissetet al.,2001)。しかし,SGニューロンは脊髄内抑制性介在ニューロンや脳からの下行牲抑制性ニューロンからの入力を受けておりin vitroでは抹消から脳までの痛覚ネットワークの解析は困難である。そこでラットの生体脊髄標本を用いたin vivoパッチクランプ法により生体内でのWIN55212-2投与による神経伝達機構の変化を記録し,痛覚ネットワークの解明に迫った。

【方法】生後6週のオスラットにウレタンを1.2〜1.5g/kgを腹腔内投与し全身麻酔した。気管切開し挿管,人工呼吸管理をした上で第13胸椎から第2腰椎まで椎弓切除した。パッチクランプにより脊髄後角ニューロンの電気活動を記録する。はじめに生理的状態での侵害・非侵害刺激に対する反応を調べた後,WIN 55212-2を投与し各種刺激に対する反応の変化を記録した。

【結果】WIN55212-2の投与は,侵害および非侵害刺激によって誘起される興奮性シナプス後電流の振幅を変化させずにその発生頻度を減少させた。

 

(8) TRPA1 の活性化機構

藤田郁尚(岡崎統合バイオサイエンスセンター細胞生理部門)

 近年,痛みの知覚メカニズムの一部に温度感受性TRPチャネルが関与していることが明らかになってきた。その中でもTRPA1は低温(約17℃)で活性化する冷感受容体として報告されたものであるが,ワサビやカラシの主成分であるイソチオシアン酸アリルや,ニンニクの主成分であるアリシンなどの受容体として痛み刺激の受容に強く関わっていることが最近明らかになりつつある。我々は,TRPA1が痛み刺激を受容する分子センサーである新たな証拠を見出した。

 パラベンは医薬品,化粧品及び食品などで安全性に優れている理由から古くから用いられている防腐剤である。しかし,日本の化粧品市場においては,パラベンはピリピリとした刺激を誘発するものと認識されている。パラベンは化学構造的にはベンゼン環とアルキル側鎖を有するものである。我々はパラベンがアルキル側鎖に関係なくTRPA1を活性化するものであることをCaイメージング法,パッチクランプ法を用いて見出した。また,メチルパラベンについては活性化膜電流の濃度依存曲線の解析から,EC50が4.4mMであることがわかった。さらに,メチルパラベンはイソチオシアン酸アリルと同様にマウスに疼痛関連行動を引き起こし,その行動がTRPチャネルのブロッカーであるルテニウムレッドによって抑制された。以上の結果から,パラベンのピリピリ感はTRPA1を介して伝達されることが強く示唆された。

 

(9) 脊髄内痛覚伝達機構に対するTRPA1受容体の生理的役割

小杉 雅史,中塚 映政,藤田 亜美,青山 貴博,熊本 栄一
(佐賀大学医学部生体構造機能学講座 神経生理学分野)

 TRPA1は最も新しいTRPチャネルファミリーで,冷刺激以外にマスタードなどの天然化合物によって活性化される。TRPA1は,後根神経節ニューロンにおいてTRPV1と共発現し,侵害性冷感覚のみならず,機械的刺激,炎症による痛覚過敏や神経因性疼痛にも関与していることが示唆されている。近年,上記のような末梢神経系におけるTRPA1の役割について研究がなされたが,中枢神経系における関与は全く不明である。今回,マスタードオイルの主成分で,TRPA1選択的作動薬であるallyl isothiocyanate (AITC) が,脊髄後角における興奮性シナプス伝達にどのような作用を及ぼすか調べた。実験は,成熟雄性ラットから作製した脊髄横断スライス標本の膠様質ニューロンにブラインド・ホールセル・パッチクランプ法を適用して行った。AITCは自発性興奮性シナプス後電流の振幅や発生頻度を有意に増加した。AITC の作用はCNQX存在下あるいは無カルシウム溶液中では抑制されたが,tetrodotoxinやランタンにより殆ど影響を受けなかった。また,非特異的なTRPチャネル阻害薬であるruthenium redによって完全に抑制された。以上の結果から,膠様質ニューロンのシナプス前終末にTRPA1が存在しており,その活性化によって直接的なカルシウム流入を介してグルタミン酸の放出を増強することが明らかとなった。このような中枢神経系におけるTRPA1の活性化に伴う興奮性シナプス伝達の促進は,痛覚過敏やアロディニアなどの異常知覚に関与する可能性があり,TRPA1は疼痛治療における新たな標的となる可能性が示唆された。

 

(10) 脊髄後角におけるP2Y受容体を介する抑制性シナプス伝達の賦活化作用

中塚映政,藤田亜美,小杉 雅史,青山 貴博,熊本 栄一
(佐賀大学医学部生体構造機能学講座 神経生理学分野)

 細胞外のATPはイオンチャネル型のP2X受容体ならびにG蛋白共役型のP2Y受容体に結合することによって,様々な生理活性をもたらす。P2X受容体が痛覚情報伝達に対して重要な役割を果たすことを示唆する多くの研究成果が蓄積されてきたが,P2Y受容体による感覚情報伝達に対する制御機構に関しては殆ど明らかになっていない。今回,脊髄横断スライス標本を用いて脊髄膠様質ニューロンからパッチクランプ記録を行い,脊髄内感覚情報伝達系に対するP2Y受容体活性化の影響を電気生理学的に検討した。P2Y受容体作動薬であるUTPやUDPによってグルタミン酸作動性興奮性シナプス後電流やGABAおよびグリシン作動性抑制性シナプス後電流は影響を受けなかった。一方,2-methylthioADPの灌流投与によってグルタミン酸作動性興奮性シナプス後電流の変化は観察されなかったが,GABAおよびグリシン作動性抑制性シナプス後電流の発生頻度ならびに振幅は著明に増強した。2-methylthioADPによる抑制性シナプス電流の発生頻度の増強作用はtetrodotoxinやCNQXにより殆ど影響を受けなかったが,選択的P2Y1受容体阻害薬MRS2179によって有意に抑制された。以上の結果より,脊髄内感覚情報伝達系において,P2Y1受容体が抑制性シナプス伝達の賦活化に関与する可能性が示唆された。

 

(11) 脊髄内ATP誘発長期持続性アロディニアの誘導および維持機構

中川貴之1,若松佳代1,前田早苗1,南 雅文2,佐藤公道3,金子周司1
1京都大学薬学研究科生体機能解析学分野,2北海道大学薬学研究科薬理学分野,3安田女子大学)

 我々は,ATPやP2X受容体アゴニストを脊髄くも膜下腔内投与すると,非常に長期間持続する(3〜4週間)アロディニアが惹起されることを見出した。この長期持続性アロディニアは,新生児期カプサイシン処置によっても影響を受けず,P2X2/3受容体拮抗薬あるいはNMDA受容体拮抗薬の同時処置により消失したことから,カプサイシン非感受性一次感覚神経のP2X2/3受容体の活性化がトリガーとなり,グルタミン酸遊離−NMDA受容体活性化を介して誘導されると考えられた。しかし,P2X2/3受容体拮抗薬は,ATP投与翌日の形成されたアロディニア(維持初期)に対しては抑制作用を示したものの,投与7日後(維持後期)においては影響を与えなかった。また,脊髄内ミクログリアはATP投与数時間〜1日後,アストロサイトは1〜3日後にかけて,それぞれ活性化しており,ミクログリア阻害薬は誘導期において,グリア細胞代謝阻害薬は誘導期〜維持初期において抑制作用を示したが,いずれも維持後期においては無効であった。また,ATP投与1-8時間後に脊髄内のERKリン酸化が認められ,MEK阻害剤により,アロディニアは誘導期〜維持初期において抑制されたが,維持後期においては無効であった。これらの結果から,脊髄内ATP誘発長期持続性アロディニアは,誘導期〜維持期初期にかけては,脊髄内グリア細胞が,おそらくERK活性化を介して,時間経過とともに役割を変えながら関与すると考えられる。

 

(12) ラット脊髄膠様質ニューロンにおける抑制性シナプス伝達のホスホリパーゼA2活性化による促進

熊本栄一,柳涛,藤田亜美,岳海源,水田恒太郎,中塚映政
(佐賀大学医学部生体構造機能学講座 神経生理学分野)

 痛み伝達制御に重要な役割を果たす脊髄後角第II層(膠様質)ニューロンの興奮性シナプス伝達はホスホリパーゼA2 (PLA2) 活性化により促進することを前回報告した。今回,痛み伝達制御におけるPLA2の役割をより詳細に知るために,メリチンが抑制性シナプス伝達にどんな作用を及ぼすか調べた。実験は,成熟雄性ラットから作製した脊髄横断スライス標本の膠様質ニューロンにブラインド・ホールセル・パッチクランプ法を適用して行った。メリチン(1 mM) はGABAおよびグリシン作動性の自発性抑制性シナプス後電流 (sIPSC) の振幅や発生頻度を増加し,前者のsIPSC促進はtetrodotoxin (TTX, 1 mM) により抑制されたが,後者はTTXやCNQX (10 mM)やindomethacin (100 mM)により殆ど影響を受けなかった。そのグリシン作動性sIPSC促進作用は,メリチン濃度依存性や脱感作を示し,PLA2阻害剤4-bromophenacyl bromide (50 mM) やnordihydroguaiaretic acid (100 mM) 存在下で消失した。以上の結果は,PLA2活性化により生成したlipoxygenase代謝物がグリシン作動性シナプス伝達をシナプス前性および後性に促進することを示している。脊髄後角におけるPLA2活性化は痛み伝達を多様に制御することが示唆される。

 

(13) 神経因性疼痛における細胞質型ホスホリパーゼA2の関与

長谷川茂雄,津田誠,井上和秀(九州大学大学院薬学府薬効解析学分野)

 糖尿病や末期癌などに伴う末梢神経障害により発症する神経因性疼痛は,既存の鎮痛薬が奏効しない難治性の疼痛であり,その発症メカニズムには不明な点が数多く残っている。細胞質型ホスホリパーゼA2(cytosolic phospholipase A2; cPLA2) はアラキドン酸を含むリン脂質を加水分解し,脂質メディエーターの産生を介して,痛みに関与していることから,cPLA2の活性化が痛覚伝達系の制御に重要な役割を果たしている可能性が示唆される。そこで本研究では,神経因性疼痛発症メカニズムにおけるcPLA2の関与を明らかにするため,その病態モデルを用いて,後根神経節細胞 (dorsal root ganglion; DRG) におけるcPLA2の活性化について検討した。

 末梢神経損傷により,DRGニューロンにおいて,cPLA2の活性化型であるSer505リン酸化型cPLA2 (phospho-cPLA2) の発現レベルの増加および細胞膜近傍へのトランスロケーションが観察された。Phospho-cPLA2陽性ニューロンは神経損傷後経時的に増加し,この経時変化は神経損傷によるアロディニア発現の経時変化とほぼ一致した。さらに,選択的cPLA2阻害剤を髄腔内投与した結果,アロディニアが抑制されると同時に,損傷側DRGニューロンにおけるphospho-cPLA2の発現レベルも低下した。以上の結果より,DRGニューロンにおけるcPLA2の活性化は,神経因性疼痛に重要な役割を有していると考えられる。

 

(14) 神経因性疼痛モデルにおける非侵害性A b 線維過敏応答

松本みさき,植田弘師(長崎大学大学院医歯薬学総合研究科分子薬理学分野)

 当研究室では,発痛効果を有する生理活性物質により侵害線維ごとの評価を可能とするAlgogenic-induced paw flexion (APF) 試験を開発し,数多くの物質による解析から侵害線維を薬理学的に3種類に分類化してきた。しかしながら,このAPF試験においては,アロディニア機構の解明に必須のAb線維に相当する知覚応答を観察することができない。本研究では,従来の化学刺激に代えてニューロメーター装置を用い,電気刺激による即時反射性の屈曲応答を評価するElectrical stimulation-induced paw flexion (EPF) 試験を新たに確立した。正常マウスにおいて,5 Hz によるC線維応答はサブスタンスP拮抗薬とNMDA拮抗薬により遮断され,250 Hz によるAd線維応答はNMDA拮抗薬により遮断された。さらに,2000 Hz によるAb 線維応答はnon-NMDA受容体拮抗薬により遮断され,これら3種の線維応答は明らかに異なるものであることが確認された。つぎに,本法を用いて,坐骨神経部分結紮性神経因性疼痛モデルにおける各種線維応答を評価した。C線維応答では反応閾値の上昇が認められ,Ad線維では反応閾値の低下が観察された。これらは従来のAPF試験法で確認されたType 1線維応答の消失ならびにType 3線維応答の亢進に一致する知見である。さらに,神経因性疼痛時にAb 線維応答においても閾値の減少,すなわち過敏応答が観察された。このAb線維応答の性格付けについても議論したい。

 Reference: Matsumoto M, Inoue M, Hald A, Yamaguchi A, Ueda H. Mol Pain. 2006 May 8;2:16.

 

(15) 下行性疼痛調整系におけるMAPK活性化

井辺弘樹,木村晃久,堂西倫弘,玉井靖彦(和歌山県立医科大学 第一生理学講座)
仙波恵美子(和歌山県立医科大学 第二解剖学講座)

 吻側延髄腹内側部 (rostral ventromedial medulla : RVM)セロトニン含有神経細胞は下行性線維を送り,脊髄後角において痛みの伝達を調整している。この下行性疼痛調整系は,痛みの抑制だけではなく,炎症や神経損傷後に見られる痛覚過敏の発生や維持に関与していることが明らかにされ,その機能変化が注目を集めている。

 急性および慢性拘束ストレス負荷:2-3週間の慢性拘束ストレス(1日6時間)によりTail flick testにおいて痛覚過敏が認められた。慢性拘束ストレスによりRVMにおけるpERK 陽性細胞の増加が確認され,それら陽性細胞の約80%は5HT ニューロンであった。3週間の慢性拘束ストレスによりRVM 5HT ニューロンの pERK 陽性率はコントロールに比し2倍に増加していた。

 末梢組織の炎症:ラット足底へのCFA接種後,1時間にわたりRVMにおいてpp38の発現増加が認められた。また,CFA接種後7時間をピークとしたpERKの発現増加が認められ,発現増加は24時間持続していた。CFA 接種7時間後,RVM におけるpERK陽性細胞の約60%は5HTニューロンであり,RVMの5HTニューロンにおけるpERK陽性率はコントロール群に比し,7倍に増加していた。

 これらの結果は,慢性ストレスや炎症後RVMセロトニン含有神経細胞のERK活性が増加することを示しており,下行性疼痛調整系の機能変化にMAPKが関与している可能性を示唆している。

 

(16) 術後痛とオピオイドに対するマウス延髄RVMニューロン機能特性の系統差

杉野繁一,川真田樹人,木谷友洋,成松英智,並木昭義(札幌医科大学麻酔学講座)

【はじめに】手術後の疼痛に対する感受性やオピオイドによる鎮痛効果は個人差がある。この個人差の少なくとも一部は,遺伝的要因が関与している。一方,疼痛伝達に関する神経ネットワークにおいて,延髄痛覚受容ニューロン(RVMニューロン)は下行性疼痛制御系の重要な起始核である。そこで我々は下行性疼痛制御系における術後痛とオピオイド鎮痛の遺伝的影響を検討するために,RVMニューロンの電気活動の変化を疼痛行動の異なるマウス系統間で検討した。

【方法】CBA,Aの2系統のマウスをウレタン麻酔下でRVMニューロンの単一活動電位を細胞外記録した。術後痛モデルとしてマウスの足底を切開,縫合した。またDAMGO (10-100ng) を脳室内投与し,ニューロンの自発活動および機械刺激に対する応答を記録した。

【結果】148個のRVMニューロンを記録した。切開に対して,CBAでは自発,誘発反応ともに減少したが,Aでは変化しなかった。DAMGO投与では,CBAでは多数のニューロンが10ngでは抑制されず,30ng-100ngで抑制された。Aではすべてのニューロンの応答が10ng投与により抑制された。

【結論】手術侵襲後とオピオイド投与後のRVMニューロンの機能特性の変化に系統差があった。下行性疼痛制御系ではmレセプターの機能や発現,さらには神経ネットワーク形成に遺伝的差異があることが示唆された。

 

(17) CCI ラットの心循環パラメータと寒冷曝露に対する反応性の経日変化

余錦,佐藤純,水村和枝(名古屋大学環境医学研究所)

 慢性痛における自律神経活動は罹病期間中に変動していると考えられるが詳細は明らかでない。そこで,神経損傷後疼痛ラットに対し寒冷曝露を繰り返し行い,心循環パラメータの反応性から自律神経系の変動を観察した。SDラットに坐骨神経損傷 (CCI)を施し,自由行動下で記録した腹大動脈圧波形から平均血圧(MAP),心拍数 (HR),心拍間隔変動周波数パワーを求めた。安静時MAPは術後4-19日目において上昇した。安静時HRは術後4日目に上昇後は徐々に低下し19日目には低値を示した。心拍間隔変動パワーのうち交感神経活動を反映する低周波成分 (LF)/高周波成分(HF) 比はMAPと同様の経日変化を示したが,副交感神経活動を反映するHF値は術後11日目以後に高値を示した。術後4〜19日目の寒冷曝露(22℃より15℃まで冷却)によりMAP,HRはともに上昇したが,その程度は術前のものと変わらなかった。LF/HFは寒冷曝露により術後4,7日目以外で上昇したが,HFは術後11日目以後に低下した。以上より,1) CCI術後の交感神経優位性は長く続かない,2) 寒冷曝露に対する交感神経系の反応は健常時〜病期において概ね一様である,3) 術後11日目以後では寒冷曝露は副交感神経を抑制することが分かった。よって,寒冷曝露は交感神経活動を賦活すると同時に,増強した副交感神経活動を直接抑制することで,慢性痛悪化に至る未知のメカニズムを駆動していることが示唆された。

 

(18) 気象変化による慢性痛悪化のメカニズムにおける内耳器官の役割

舟久保恵美(名古屋大学環境医学研究所)

 我々は,ヒトの慢性痛が低気圧接近や気温低下などの気象変化により増強する現象を動物実験で再現することに成功した。これらの結果は,ラットに気温や気圧の変化を検出する機構が備わっていることを示しているが,気圧検出機構の存在については何もわかっていない。そこで,鼓膜を外科的に破壊,またはヒ素注入により内耳を破壊した慢性痛モデルラットに対して気圧低下の影響を観察したところ,鼓膜破壊では気圧低下の慢性痛増強効果は消失しないが,内耳破壊ラットの慢性痛増強が抑制される結果を得た。これは内耳に何らかの気圧検出機構が存在することを示唆している。そこで,内耳からの気圧情報は前庭神経系を介して伝えられるとの仮定の下に,気圧低下環境にて麻酔下ラット前庭神経核からの単一神経放電細胞外記録を行った。

 記録電極を刺入しながら前庭神経の電気刺激,あるいはカロリックテスト,回転に対する応答の有無により前庭神経核ニューロンを探し,その後気圧低下環境に曝露し反応を観察した。これまでに数例ではあるが,8分間で大気圧から40 hPa気圧を低下させた際,気圧低下開始後に放電頻度が増加し始め,設定気圧到達後にその放電頻度がピークに達するニューロンを記録することができた。これらの細胞が前庭神経核に位置することは,組織染色でも確認した。今後,さらに気圧感受性ニューロンの同定を進めるとともに,その反応閾値を調べ,圧検出機構を明らかにしていく。

 

(19) NAAG Peptidase Inhibitor 局所投与の炎症性疼痛に対する効果

山本達郎(熊本大学医学薬学研究部生体機能制御学)

 N-acetyl-aspartyl-glutamate (NAAG)は,哺乳動物の中枢神経系に豊富に存在する神経伝達物質である。NAAG自身は,Group II mGluRの1つであるmGluR3の作動薬として働くが,NAAG peptidase inhibitorにより分解されN-acetyl-aspartate (NAA)とglutamateに分解される。NAAG peptidase inhibitorの髄腔内投与・全身投与は,炎症性疼痛モデル・神経因性疼痛モデルにてmGluR3を介した鎮痛効果を発揮することが報告されている。以上より,NAAGが侵害刺激伝達に関係している可能性が示唆されている。今回,NAAG peptidase inhibitorの炎症部への局所投与により鎮痛効果が発揮されるか否かを検討した。炎症性疼痛モデルとしては,ホルマリンテストとカラゲニンテストを用いた。NAAG peptidase inhibitorとしては,ZJ-43・2-PMPAを,mGluR3の拮抗薬としてLY341495を,mGluR3の直接の作動薬としてSLx-3095-1・APDC・NAAGを用いた。いずれの薬物も,ホルマリンもしくはカラゲニンと一緒にラット後肢に皮下注した。いずれのNAAG peptidase inhibitorもホルマリンテスト・カラゲニンテストで鎮痛効果を発揮した。これらの効果はLY341495にて完全に拮抗された。またmGluR3作動薬でもNAAG peptidase inhibitor同様の鎮痛効果が得られた。以上の結果から,炎症の局所でもNAAGが放出されており,NAAG peptidase inhibitorを用いることによりmGluR3を介した鎮痛が得られることが示された。

 

(20) 新しい鎮痛薬カンナビノイド

小川明子(日本大学歯学部口腔診断学教室)

 カンナビノイドはマリファナの有効成分であるTHCの化合物の総称である。従来,カンナビノイドは麻薬として問題とされてきたが,近年になり有効な治療薬として注目を浴びるようになった。カンナビノイドはオピオイドに比べ,鎮痛力は弱いが慢性痛や嘔気に効果があるとされる。

 我々は三叉神経領域におけるカンナビノイドの神経生理作用を調べることを目的とした。ラット三叉神経脊髄路核尾側亜核 (Vc) I層とV層の侵害受容神経におけるカンナビノイド受容体アゴニスト,WIN 55,212-2 (WIN-2)の作用を比較した。V層においては,Ad線維を刺激する急熱刺激とC線維を刺激する緩熱刺激により誘発される神経活動が,共にWIN-2の脊髄路核への局所投与により有意に抑制された。一方,I層においてはWIN-2により,緩熱による神経活動は有意に抑制されたが,急熱刺激ではされなかった。I層の結果は,ラット顔面への温度刺激に対する逃避反応行動の結果と一致した。また,CB1受容体ノックアウトマウスの顔面受容野皮下にマスタードオイルを投与すると,急熱刺激と緩熱刺激に対するVc侵害受容ニューロンの神経活動は有意に増加したが,カプサイシン投与により変化は見られなかった。以上より,温度刺激に対する逃避反応のWIN-2による抑制は,I層の侵害受容神経の抑制による可能性が示された。また,CB1受容体がカプサイシンの発痛機序に関わっている可能性が示唆された。

 

(21) シスプラチンによって引き起こされる痛覚過敏におけるイオンチャネルの関与

堀紀代美1,2,尾崎紀之1,篠田雅路1,鈴木重行3,杉浦康夫1
1名古屋大学大学院医学系研究科 機能形態学講座 機能組織学分野
2名古屋大学医学部附属病院 医療技術部 リハビリ部門
3名古屋大学医学部保健学科 リハビリテーション療法学専攻 理学療法学分野)

【目的】シスプラチン投与ラットにみられる痛覚過敏のメカニズムを明らかにするため,皮膚および筋の知覚神経におけるイオンチャネルの関与を調べた。

【方法】ラットにシスプラチンを反復投与し,皮膚と筋に対する痛覚テストを行なった後,後根神経節 (DRG) を採取し,TRPV1,TRPV2,P2X3,ASIC3の発現を免疫組織化学的に調べた。また,逆行性トレーサーFluoro-Gold(FG)を用い,腓腹筋由来のDRG細胞におけるイオンチャンネルの発現も調べた。さらに,シスプラチン投与ラットにイオンチャネルの拮抗薬を使用し行動薬理学的な検討も加えた。

 【結果】シスプラチン投与群では皮膚の機械的痛覚過敏が確認され,筋の圧痛閾値の低下も見られた。シスプラチン投与群のDRGではTRPV2,P2X3,ASIC3陽性細胞数が増加し,P2X3,ASIC3の拮抗薬の投与により痛覚過敏が抑えられた。また,筋由来のDRG細胞でもP2X3とASIC3が有意に増加し,P2X3,ASIC3の拮抗薬の投与により筋の圧痛閾値が回復した。

【結論】シスプラチン投与は皮膚の機械的痛覚過敏を引き起こし,筋の圧痛閾値を低下させることがわかった。免疫組織化学および行動薬理学的検討から,シスプラチンによる痛覚過敏には,TRPV2,P2X3,ASIC3が関与していると考えられた。またP2X3,ASIC3は筋の痛覚の変化にも関与していると考えられた。

 

(22) 筋障害性慢性痛症モデル動物における筋の組織像

松原貴子1,2,櫻井博紀1,森本温子1,橋本辰幸1,大道裕介1,吉本隆彦1,高畑成雄1,山口佳子1
熊澤孝朗11愛知医科大学医学部痛み学講座,2名古屋学院大学人間健康学部リハビリテーション学科)

 一側腓腹筋へのLPS(L) と高張食塩水 (H) による複合投与(LH)で作製する筋障害性慢性痛症モデル動物において,9週齢の成熟ラット(adult)では足底の痛み行動の亢進が長期にわたって持続するが,3週齢の幼若ラット(neo)への処置では亢進がみられなかったことはすでに報告している。この要因として神経系発達の関与が考えられるが,今回は末梢障害筋の傷害像や再生像の違いがその亢進の出現や持続に関与しているかを検討した。

 neoとadultにLH処置(L投与24時間後にH投与)を行い,LH処置後,急性期である1日目,1週目,慢性期の6,16週目に未固定の下腿三頭筋を取り出して凍結切片を作成しH-E染色後に光学顕微鏡で検鏡した。LH処置の比較対照群として長期的痛み行動亢進を起こさない,Lのみ処置群,生理食塩水 (S) 投与後にHを投与したSH処置群,また,針刺しの影響を見るSS処置群を作製し,同様に鏡検した。痛み行動は足底のvon Frey filament (VFF) テストを指標とした。

 6,16週目ではneo, adultともに一般的には痛みを生じないとされる再生像(大小不同の中心核線維)がみられ,また,対側筋や同側異名筋には組織学的変化がみとめられなかった。障害筋組織において,長期的痛み行動亢進の有無に関わらず差異が認められなかったことは,障害筋からのシグナルによって亢進が起こっているものではないことが示唆された。

 今回の発表では急性期の組織像についても報告するが,今後は障害によって起こるイベントの時期や反応の違いを組織像から判断し,末梢組織の障害部位から発せられる慢性痛を引き起こすトリガー因子を検索し,そのメッセンジャーとなるべき物質の同定を行っていきたい。

 

(23) 痛みによる不快情動生成における分界条床核ノルアドレナリン神経伝達の役割

出山諭司1,2,秋山直美1,平田美紀枝1,中川貴之2,金子周司2,南 雅文1
1北海道大学大学院薬学研究院薬理学研究室 2京都大学大学院薬学研究科生体機能解析学分野)

 「痛み」は感覚的成分と情動的成分からなり,情動的成分として,嫌悪,不安,恐怖などの負の情動反応が惹起されるが,その物質的基盤に関する研究は未だ緒についたばかりである。

 分界条床核 (BST),特に腹側領域 (vBST) はA1/A2領域を起始核とする腹側ノルアドレナリン(NA)神経束の密な投射を受けており,vBSTにおけるNA伝達は種々の刺激により惹起される不快情動反応やストレス応答に重要な役割を果たしている。そこで本研究では痛みによる不快情動生成においてvBST内NA伝達の果たす役割について検討した。実験には雄性SD系ラットを用いた。内臓および体性感覚刺激として,それぞれ酢酸腹腔内投与,ホルマリン後肢足底内投与を行い,vBST内における細胞外NA量の変化をin vivoマイクロダイアリシス法により測定した結果,NA量は有意に増加した。次に,不快情動反応を定量的に測定するために条件付け場所嫌悪性 (CPA) 試験を行った結果,各侵害刺激を与える10分前にvBST内にbアドレナリン受容体拮抗薬timololを投与することで侵害刺激誘発CPAは有意に減弱された。一方,侵害受容行動はvBST内timolol投与の影響を受けなかった。さらに,侵害刺激を加えず,b受容体作動薬isoproterenolのvBST内投与により条件付けを行った結果,濃度依存的にCPAが惹起された。以上の結果から,内臓および体性感覚刺激によりvBST内でNA遊離が促進され,このNAによるb受容体を介した情報伝達亢進が痛みによる不快情動生成に重要な役割を担っていることが示唆された。

 

(24) CRPS患者は眼―手協調運動(eye-hand coordination) が障害されている

住谷昌彦1,2 宮内哲3 眞下節1,2
1大阪大学大学院医学系研究科生体統御医学麻酔集中治療医学講座
2大阪大学医学部附属病院疼痛医療センター
3独立行政法人情報通信研究機構未来ICT研究センター)

【背景】これまで我々は,CRPS患者の視空間認知が暗条件で患側に偏位(Sumitani et al. NEUROLOGY inpress-1)し,その視空間偏位を矯正する視野偏位プリズム順応によって疼痛とCRPS症状が寛解することを報告してきた(Sumitani et al. NEUROLOGY in press-2)。このことから,CRPSでは知覚(視覚+体性感覚)−運動協応の異常が示唆されるため今回我々は,視覚標的に対する上肢到達運動機能の解析を行った。

【方法】上肢CRPS患者6人(右3,左3)の患肢・健肢それぞれの示指で,眼前約30cmにあるスクリーン上の3標的と鼻尖との往復運動を行わせ,その運動軌跡を磁気式空間トラッキングセンサー(Sampling rate:120Hz)を用いて記録した。これを明暗2条件で行い,鼻尖と3標的を結ぶ直線からの到達運動軌跡の2次元的逸脱度(誤差)と運動時間を評価の対象とした。2(患肢+健肢)×2(明+暗)×2(鼻尖→標的課題+標的→鼻尖課題)の8条件について3要因分散分析を用いて統計解析を行った。

【結果】1回の到達運動に係る時間は3要因(全8条件)で有意差は無かった。1回の到達運動あたりの2次元的逸脱度は1要因(患肢+健肢)では有意差は見られなかったが,2要因(患肢+健肢)×(明+暗)では有意差が見られた。3要因では有意差は見られなかった。

【考察】CRPS患者は患肢使用の困難さを訴えることが多いが,患肢の運動時間および2次元的逸脱度に健肢と差は無く,運動機能が明らかに低下しているとは言えない。ただし患肢の運動は,手の運動が視覚情報+体性感覚情報によって成される明条件よりも体性感覚情報のみに依存する暗条件のほうが2次元的逸脱度は小さく,患肢の視覚情報が到達運動の障害となっていることを示唆する。今回の結果から,CRPSでは眼―手協調運動,つまり知覚-運動協応が障害されていると言える。

 

(25) 仮想痛み刺激と脳内神経活動の検討(fMRI)

池本竜則1,牛田享宏1,谷俊一1,篠崎淳2
1高知大学医学部整形外科 2京都大学大学院医学研究科附属高次脳機能総合研究センター

 近年,痛みはその感覚を予期することで予期しない場合と比べ,同じ刺激に対する痛みの感じ方が脳内レベルで異なることがfunctional MRI(以下fMRI)を用いた研究で報告された。このことからヒトは,実際に痛み刺激が与えられなくても,視覚情報などによって過去の自らの疼痛経験に関連付けされるような痛みを擬似体験すると,脳内神経活動もそれに伴って引き起こされるのではないかと考えられる。そこで我々は,注射手技ビデオを仮想(擬似)痛み経験のタスクとして用い,注射針が手を突いた映像を見た際に生じた脳内神経活動をfMRIで検出し,その結果について検討した。今回の研究では健常者30人に対して,注射針が右手尺側に刺さるまでの注射手技ビデオを作製し,その視覚情報により誘発された脳内神経活動をfMRIで撮像した。その際,単に注射手技ビデオのみを提示した群(GI群)と,撮像前に注射針による痛み経験させておき撮像時の視覚情報をバーチャル体験として経験させた群(GII群)の2群に分け,解析にはSPMを使用しcorrected threshold P=0.05をそれぞれ有意な活動とした。その結果GⅠ群では有意な脳活動が検出されなかったが,GⅠ群では後側頭葉や右頭頂葉 (BA5) の活動に加え,両側島前方,淡蒼球,右側二次体性感覚野 (BA40) などに有意な神経活動が観察された。また,GII群からGI群の脳活動部位を差し引いた部位,つまり痛み刺激を予期あるいは予測体験しているものと考えられる脳部位として両側島前方に有意な神経活動が検出された(uncorrected threshold P=0.05)。

 

教育講演(1) MRスペクトロスコピーを用いた慢性疼痛患者の評価の試み

福井弥己郎(聖),岩下成人(滋賀医科大学医学部付属病院・麻酔科ペインクリニックセンター)

 慢性疼痛患者ではfMRI,PETなどによる研究で,痛みの認知面,痛みの情動面に関与する前帯状回,前頭前野の機能的変化が深く関与していることが考えられている。実際の慢性患者の診療においても,患者間で大きく異なる痛みのとらえ方や痛みに伴う不快感など,痛みの認知・情動的な側面を把握することが治療成功の重要なポイントになっている。

 今回,プロトンMR spectroscopy(以下:1H-MRS)を用いて前頭前野,前帯状回の局所脳神経機能を測定することによって,慢性疼痛の病態を評価する試みについて解説する。

 MRSはMRI装置を使って脳内の代謝物質を測定する方法で,中でも1H-MRSで得られるNAA(Nアスパラギン酸)は神経細胞内にしかないため,その値が局所脳神経機能の指標として臨床応用されている。

 対象は慢性疼痛患者44人で,1H-MRSの方法は,MR画像を取りT1強調画像で視床,前帯状回,前頭前野の領域を決定し,各領域のNAA濃度をLC modelを用いて解析,測定した。さらに健常人23人について同様に測定し,比較を行った。

 NAA濃度の低下が前頭前野,前帯状回で認められた患者13人中11人では,神経ブロック療法などの麻酔科ペインクリニック的アプローチのみでは対処困難であり,心療内科的,精神科的アプローチを必要とした。

 これらの結果から非浸襲的で身体に負担をかけない1H-MRSは,治療方法の選択にも役立ち,慢性疼痛患者の評価法として,新しい検査法になりえる可能性があると考えられる。

 

教育講演(2) プリン受容体を介するDRG細胞内Ca反応:
2光子励起光分解を利用した時空間分析

中山晋介(名古屋大学・大学院医学系研究科・細胞生理学)

 ATPは細胞が障害を受けたり,神経活動時にコトランスミッターとして放出される。この時,ATPは感覚神経のいくつもの経路を活性化するため,痛みのinitiatorともなり,またmodulatorとしても働くと考えられる。この反応ではイオノトロピック受容体 (P2X) だけでなく,メタボトロピックプリン受容体 (P2Y) も重要な働きをする可能性が示唆されている。

 細胞内Ca濃度の上昇は,DRGニューロンのいくつもの細胞内プロセスをトリガーして,侵害受容反応の多様な可塑的変化を引き起こす可能性がある。そこで,DRGニューロン細胞内のCa変化に関する詳しい時空間的解析が重要課題と思われる。

 本研究では,共焦点顕微鏡観察下でケイジドATPを2光子励起分解することによって,DRGニューロンへのATP局所投与作用がどのような細胞内Ca変化を惹起するかを調べた。これは,エキソサイトーシスや細胞膜破壊時でのポイントソースからのATP放出を擬似して観察するものである。この方法によって,DRGニューロン個別にCa反応を惹起したところ,細胞内Caの上昇は光解除によるATP投与から顕著に遅れた。このことはP2Y受容体の関与を示唆した。また,局所投与にも関わらず細胞全体のCaが均一(同時)に上昇するという興味深い反応であった。さらに薬剤などの特性から,このATP投与で惹起されるCa上昇では,主に細胞内Ca放出チャネルが働くと推定されたが,その反応はall-or-noneの法則に従わなかった。すなわち,Ca上昇の度合 (magnitude)と上昇までの遅れ (latency) は,光解除により与えたATP量(2光子励起時間)に依存していた。

 

教育講演(3) 慢性疼痛モデル動物扁桃体中心核におけるシナプス可塑性

加藤総夫(東京慈恵会医科大学・神経生理学研究室)

 痛みは不快な感覚であるとともに不快な「情動的体験」である。慢性疼痛患者は健常群よりも有意に高率で情動障害を示す(McWilliams et al., Pain 106: 127-, 2003)。慢性的に持続する痛みの本質的な臨床医学的問題は,その苦痛や不快感,不安などの情動的側面にあることは言うまでもない。痛みの情動成分の成立に関与する神経回路として,Bernardらはspino-limbic pathwayを同定した (Exp Physiol, 87:251-, 2002)。この経路は脊髄後角浅層疼痛特異的ニューロンから上行し,逆側の橋脚傍核外側部 (PB) でシナプスを介した後,扁桃体中心核外側外包部 (CeLC) へと至る経路であり,疼痛情報の情動成分の成立に深く関与している。この理由からCeLCは「nociceptive amygdala」と呼ばれている。一方,扁桃体中心核は情動関連記憶情報の出力核であるとともに,著明なシナプス伝達可塑性が観察される神経核である。Neugebauerらのグループは,亜急性関節炎モデルおよび大腸炎内臓痛モデルにおいて,モデル形成の数時間後にPB-CeLC間の興奮性シナプス伝達がNMDA受容体活性依存的に増大する事実を見出した(J Neurosci, 23:52-, 2003; J Physiol 564:907-, 2005)。しかしこのシナプス伝達増大はNMDA受容体のリン酸化によって生じており,長期的に慢性化した疼痛による扁桃体シナプス可塑性の基盤をなすとは考えがたい。我々は,脊髄神経結紮神経因性疼痛モデルを作成し,約1週間にわたりallodynia応答を定量評価した後,脳スライスを作成してPB-CeLC興奮性シナプス伝達を記録・解析した結果,(1) CeLCにおけるシナプス増強は,allodynia成立の強度に依存している,および,(2) 増強されたシナプス伝達はnon-NMDA受容体成分の増加に起因している,という事実を明らかにした。さらに,このシナプス増強は,allodynia応答の改善後も残存した。以上より我々は,疼痛入力の長期化に伴うCeLCシナプス伝達増強の「固定化」が慢性疼痛における持続的情動障害の構造的基盤を構成しうると結論した。共同研究者:池田 亮(慈恵医大・整形外科),高橋由香里(慈恵医大・神経生理)。

参考:Ikeda R et al., NMDA receptor-independent synaptic plasticity in the central amygdala in the rat model of neuropathic pain, Pain 127:161-, 2007.

 


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