生理学研究所年報 第28巻
 研究会報告 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

24.シナプス形成と可塑性機構獲得の統合的理解へ向けた学際的アプローチ

2006年11月30日−12月1日
代表・世話人:大塚稔久(富山大院・医薬・分子病態)
所内対応者:重本隆一(脳形態解析研究部門)

(1)
 リガンド作動性イオンチャネルにおける膜外領域の役割
稲野辺 厚(大阪大学大学院医学系研究科 分子細胞薬理学)
(2)
Na+/Cl-依存性神経伝達物質トランスポーター細菌由来ホモログの構造と機能
山下 敦子(理研 播磨研究所)
(3)
神経筋シナプス接合部の維持とその破綻による筋無力症発症の分子メカニズム
重本和宏(愛媛大学大学院医学系研究科,医療環境情報解析学)
(4)
活動依存的な小脳興奮性シナプスの機能維持とグルタミン酸受容体の関与
柿澤 昌(東京大学医学系研究科,細胞分子薬理)
(5)
延髄孤束核シナプス伝達短期可塑性のメタ可塑性と恒常性維持
繁冨 英治(東京慈恵会医科大学 神経科学研究部・神経生理)
(6)
インビボおよびインビトロ実験系における海馬ネットワーク・オシレーションの発生メカニズム
礒村宜和(理研BSI 脳回路機能理論研究)
(7)
神経系未分化細胞にGFPを発現するnestin-GFPマウスの神経新生研究への応用
山口 正洋(東京大学大学院医学系研究科,細胞分子生理学)
(8)
神経特異的RBP-Jノックアウトマウスの行動学的異常とそれに関与する神経回路
谷垣健二(滋賀成人病センター)
(9)
クラミドモナスの光感受性イオンチャネル・チャネルロドプシン2を用いた神経細胞の光刺激
石塚 徹(東北大学大学院生命科学研究科,脳機能解析分野)
(10)
Stargazin family ノックアウトマウスにおけるAMPA 型受容体局在変化と活性低下
山崎真弥(新潟大学脳研究所 細胞神経生物学分野 SORST・JST)
(11)
Cbln1ノックアウトマウスにおける運動学習 〜瞬目条件づけによる検討〜
江見恭一(慶應義塾大学医学部生理)
(12)
マウス神経筋接合部におけるアクティブゾーン蛋白質の局在
所 崇(富山大学 大学院医学薬学研究部 臨床分子病態検査学)
(13)
大脳皮質形成におけるCollapsin response mediating protein 1(CRMP1)の役割
山下直也(横浜市立大学大学院医学研究科分子薬理神経生物学)
(14)
CD47-SHPS-1系による神経突起形成の制御機構
村田 考啓(群馬大学生体調節研究所 バイオシグナル分野)
(15)
NMDA Receptor activation induces calpain-mediated beta-catenin cleavages for triggering gene expression
Kentaro Abe (RIKEN,Center for Developmental Biology & Kyoto Univ. Grad. School ofBiostudies)
(16)
SRFコアクチベーターMKL1/2の脳における時期,組織特異的発現とリン酸化
堤下 寛之(富山大学分子神経生物学研究室)
(17)
小脳平行線維−プルキンエ細胞間のLTDにおけるd2型グルタミン酸受容体のリン酸化部位の役割
仲神龍一(慶應大学部生理学教室)
(18)
Sub-, Para-, and non-synaptic distributions of neural septins
Akari Hagiwara (Biochemistry and Cell Biology Unit, HMRO, Kyoto University Graduate School of Medicine)

【参加者名】
稲野辺 厚(大阪大学大学院医学系研究科・薬理学講座(分子・細胞薬理学),山下 敦子,宮澤 淳夫,福永 優子,合田 誠,入江 克雅,金 惠枝,芦川 雄二,伊原 誠(理化学研究所 放射光科学総合研究センター 構造生理学研究グループ),重本和宏(愛媛大学大学院医学系研究科 予防医学),渡部 文子,真鍋 俊也,関野 祐子(東京大学医科学研究所・神経ネットワーク分野),柿澤 昌(東京大学医学系研究科細胞分子薬理学教室),繁冨英治,加藤 総夫(東京慈恵会医科大学・総合医科学研究センター・神経科学研究部・神経生理学研究室),塚元葉子(東京都神経研・統合生理),尾藤晴彦(東京大学大学院医学系研究科神経生化学分野),山口 正洋,横山 健,村田 航志(東京大学大学院医学系研究科 細胞分子生理学教室),谷垣健二(滋賀県立成人病センター・研究所),石塚 徹(東北大学大学院生命科学研究科脳機能解析分野),深澤有吾,重本隆一(生理学研究所・脳形態解析研究部門),山肩葉子(生理学研究所・神経シグナル研究部門),玉巻 伸章(熊本大学大学院医学薬学研究部脳回路構造学),安部健太郎(理化学研究所・発生生成科学総合研究センター&京都大学生命科学研究科),萩原明(京都大学大学院医学研究科先端領域融合医学研究機構),片山憲和(東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻),礒村 宜和(独立行政法人理化学研究所脳科学総合研究センター・脳回路機能理論研究チーム),狩野方伸(大阪大学医学系研究科・細胞神経科学分野),比嘉 進,所 崇,大塚 稔久(富山大学大学院医学薬学研究部・臨床分子病態検査学講座),武内恒成(京都府立医科大学医学研究科生体機能形態科学),竹居光太郎,山下直也(横浜市立大学大学院医学研究科分子薬理神経生物学教室),崎村建司,山崎真弥,阿部 学(新潟大学脳研究所細胞神経生物学分野),田渕 明子,堤下 寛之,石川 充(富山大学•大学院医学薬学研究部(薬学)),新間秀一,瀬藤光利(ナノ形態生理),村田考啓,大西浩史(群馬大学生体調節研究所・バイオシグナル分野),久保義弘,立山充博,中條浩一,伊藤政之,長友克広,石井裕,松下真一,Keceli Batu(生理学研究所・神経機能素子研究部門),柚崎 通介,幸田 和久,仲神 龍一,江見 恭一(慶應義塾大学・医学部・生理学教室),白尾智明(群馬大学大学院医学系研究科高次細胞機能学),高橋 琢哉(横浜市立大学医学部生理学)

【概要】
 学習や記憶,情動形成などの脳の高次機能は,複雑な神経回路網のシグナル伝達によって制御されており,その基盤をなしている基本ユニットが“シナプス”である。シナプスは,外的環境や経験によりその構造と機能を変化させる可塑性機構を有している。生後発達期と成熟脳における,シナプス形成とその後の可塑性機構獲得のメカニズムを明らかにすることは,現代の神経科学における最重要課題のひとつといっても過言ではない。さらに,これら一連の研究は,基礎研究における貢献のみならず,広く社会的な関心事でもある教育や学習効果の問題に対して理論的な知見を与えることも期待できる。また,それらの破綻のメカニズムを研究することで,記憶学習障害を伴う脳神経疾患の発症機構の理解が進むことも期待される。このような問題に取り組むためには,解剖学・生化学・生理学・遺伝学・システム脳科学など,異なる領域の有機的な融合が不可欠であり,最新の情報と最高水準の研究手法を有する研究者らが密な共同研究を行うことが求められている。

 本研究会では,広く他分野の研究者とりわけ若手研究者を集め,情報交換と交流を図ることを目標とした。演題 (1)-(9) では1演題あたり1時間程度の十分な時間をとり,徹底的な質疑応答を行った。さらに演題 (10)-(18) では若手研究者がポスターを用いて,やはり十分な議論を行った。こられによって,現在までの到達点を明らかにし,また,解決可能な魅力的かつ新規の課題を発掘するのみならず今後の学際的研究のシーズを生み出すことができたと考えている。

 

(1) リガンド作動性イオンチャネルにおける膜外領域の役割

稲野辺 厚
(大阪大学大学院医学系研究科 分子細胞薬理学講座)

 神経伝達機構は興奮性シナプス伝達,抑制性シナプス伝達そして,シナプス前抑制の3種に分類される。これらの神経伝達は前シナプスへの活動電位伝播,前シナプスからシナプス間隙への神経伝達物質の放出,後シナプスにおける神経伝達物質の受容そして,後シナプスでの膜電位調節という素過程に分類される。後シナプスにおける膜電位形成には,リガンド作動性イオンチャネルが大きく寄与する。この種のイオンチャネルは,細胞内外の化学シグナル(リガンド)を,膜電位である電気シグナル(イオン透過)に変換する素子である。そして,それぞれに関与する領域は,独立した機能単位を構成することが多い。リガンドはそのチャネルの機能単位であるリガンド結合領域に直接結合し,分子内の構造的平衡をシフトさせ,イオンチャネル活性を制御する。イオンチャネルにおけるこの調節機構は特にactivation gatingの調節と呼ばれている。そのため,リガンドによるリガンド結合領域の構造変化は,activation gatingの調節機構の最初の段階であるため,後シナプスの膜電位形成を理解する上で重要である。

 主要な興奮性神経伝達物質グルタミン酸は興奮性シナプスにおいてイオンチャネル型グルタミン酸受容体に結合し,脱分極性の後シナプス膜電位を形成する。一方,抑制性神経伝達物質による過分極性の後シナプス膜電位形成機構の一つには,G蛋白質共役型受容体−G蛋白質−G蛋白質制御内向き整流性カリウムチャネル系が知られている。前者は,細胞外領域に存在するリガンド結合部位がグルタミン酸を結合し,後者は,細胞質内領域がG蛋白質bgサブユニットと結合することで,自身のactivation gatingを調節する。

 近年の構造生物学的アプローチによって,細胞の外側,内側からのactivation gatingを調節する両者のリガンド結合領域におこる構造変化が明らかになってきた。そこで,1) グルタミン酸受容体NMDA受容体NR1のリガンド結合部位については,この部位のリガンド応答能とチャネル活性化の相関,AMPA受容体GluR2のリガンド結合領域との差異について,2) G蛋白質制御内向き整流性カリウムチャネルKir3.2の細胞質領域については,他の内向き整流性カリウムチャネルの構造との対比することによって,リガンド作動性イオンチャネルにおける膜外領域によるactivation gatingの調節機構について考察したい。

 

(2) Na+/Cl-依存性神経伝達物質トランスポーター細菌由来ホモログの構造と機能

山下 敦子
(理化学研究所播磨研究所 放射光科学総合研究センター)

 タンパク質分子の立体構造は,その分子が機能するメカニズムを知りそれらが関わる素過程を理解する上で,欠かすことのできない情報である。シナプス伝達に関わる分子については,その重要な役者として受容体・チャネル・トランスポーター群を挙げることができるが,それらは解析の難しい膜タンパク質であるため構造研究が遅れていた。ところが昨今の方法論の進展により,次々とそれらの分子の結晶構造が明らかになってきている。本発表ではその1つの例として,我々が行ったNa+/Cl-依存性神経伝達物質トランスポーター(NSS)ホモログの構造・機能解析について紹介したい。

 NSSは,中枢神経系の細胞膜に存在する最大の神経伝達物質トランスポーターファミリーである。これらは細胞内外に存在するNa+イオンとCl-イオンの電気化学勾配を利用して,シナプス間隙に放出されたドーパミン,セロトニン,gアミノ酪酸,グリシンなどの主要な神経伝達物質を細胞内にとりこむことにより,シナプス伝達を終焉させ次の信号の到来に備える役割を担っている。NSSファミリーは,その機能不全がうつ病をはじめ様々な精神疾患の原因となり,それらの治療薬(抗うつ剤など)や麻薬・覚醒剤(コカインなど)の標的分子でもあることから,医学的・薬理学的にも重要な研究対象とされてきた。我々はNSSの相同タンパク質が原核生物にも存在することに着目し,これらをクローニングしてX線結晶構造解析を行った結果,高度好熱菌Aquifex aeolicus由来のNSS相同体LeuTAaの結晶構造を1.65 Å分解能で明らかにすることができた。LeuTAaの構造は12の膜貫通部位から成り立っており,これまでに報告されたどの膜タンパク質の構造とも似ていないものであった。さらに解析したトランスポーター分子の中央付近にL-ロイシンとNa+イオンが結合しているのが観察され,機能実験の結果からLeuTAaが実際にNa+イオンと共役してロイシンを輸送する機能を持つことが判明した。LeuTAa分子にはaヘリックスが中央付近で中断されほどけた構造を持つ膜貫通部位が2か所存在しており,基質ロイシンやNa+イオンはちょうどこの近傍に結合していて,主鎖を構成する原子やaヘリックスの双極子モーメントなどLeuTAaの骨格そのものを基質結合に利用する巧妙な設計になっていた。本発表では,それら基質/イオン結合部位の構造を含めたLeuTAaの分子構造から,トランスポーター分子がどのようにして基質やイオンの特異性を決定しているか,そしてどのようにして構造変化をおこして基質やイオンを輸送しているかについて議論したい。これらの基本的な骨格構造や輸送のメカニズムは実際にシナプスで働くNSSのものと共通と考えられ,今回のLeuTAaの構造はNSSの機能の理解への大きな手がかりとなると期待できる。

 

(3) 神経筋シナプス接合部の維持とその破綻による筋無力症発症の分子メカニズム

重本和宏
(愛媛大学大学院医学系研究科 予防医学)

 重症筋無力症が,神経筋シナプスの筋側部に集まる神経伝達分子レセプター(アセチルコリンレセプター)に対する自己抗体により発症することは30年前に証明されあまりにも有名である。この場合,運動神経からアセチルコリンによるシナプスを介した筋への神経伝達を阻害する結果,運動麻痺の症状を発症する。一方で重症筋無力症の患者の約20%では,抗アセチルコリンレセプター抗体(抗AChR抗体)は検出されないことから,その発症原因としてAChR抗原以外の自己抗体の存在が予想された。2001年,Hochらはこれらの患者の2/3の血清中に抗MuSK(Muscle specific kinase) 抗体を検出されることを報告した。しかし発症動物モデルを示さなかったことから,抗MuSK自己抗体が真の発症原因となりうるのかどうか激しい議論が起きた。一方で我々は,抗MuSK自己抗体により重症筋無力症様の症状を発症することをHochらが報告する数年前に発見しておりそのメカニズムの解析を行っていた。発症したウサギの神経筋シナプスでは,AChRの凝集が減少して筋電図も重症筋無力症と同じパターンを示す。我々の結果は,抗MuSK自己抗体がMuSKの機能を阻止して筋無力症の発症の原因となること,そしてMuSKはシナプス形成だけでなくシナプスの維持にも必須であり共通の機構が存在することを提示した。抗MuSK抗体により発症する重症筋無力症は筋萎縮を伴う重症例が多い。MuSKの機能は筋組織の維持にも必要であることを示している。MuSKの機能,リガンド,そのシグナル機構などについてまだわからないことが多いが,この筋萎縮がどのようなメカニズムによっておきるのか,これまで得られた結果をもとに考察する。我々はALS,sarcopeniaなどの筋萎縮においても神経筋シナプスの維持,可塑性のメカニズムの破綻が大きな役割を果たしていると考えている。

 

(4) 活動依存的な小脳興奮性シナプスの機能維持とグルタミン酸受容体の関与

柿澤 昌
(東京大学大学院医学系研究科細胞分子薬理学教室)

 神経回路網が構造的・機能的に維持されることは,蓄えた情報を安定に保持するために不可欠である。しかしながら,記憶・学習の基礎過程とされる神経系の可塑性についての研究が進展する一方で,回路網の維持については多くの点で不明である。その主要な原因の一つとして,一般的に,中枢神経系では個々のニューロンが極めて多数のニューロンから入力を受け複雑な構造をしている上に,個々のシナプス応答は非常に微弱であり,シナプスの機能的維持について解析することが困難であることが挙げられる。しかし,成熟マウスの小脳登上線維-プルキンエ細胞シナプス(以下,登上線維シナプス)は,個々のシナプスが極めて明瞭な応答を示し,しかも,個体間・シナプス間で伝達効率がほぼ一定である。我々は,登上線維シナプスのこのような特徴に着目し,成熟動物において,神経活動がシナプスの機能維持に及ぼす影響について調べた。先ず,テトロドトキシン(TTX)を,有機樹脂ポリマーを用いて小脳に持続的・局所的に投与し,神経活動を抑制した。数日後に小脳スライス標本上で電気生理学的解析を行ったところ,登上線維シナプス電流応答の振幅に減弱が見られ,これは登上線維終末からのグルタミン酸放出の減少が原因であることが判明した。さらに,シナプス後膜側のAMPA型グルタミン酸受容体の阻害薬,NBQXを同様な方法で投与したところ,TTX投与時と同様に,登上線維からのグルタミン酸放出の減少を伴う,シナプス伝達効率の低下が見られた。したがって,成熟マウス小脳では,AMPA型グルタミン酸受容体を介するプルキンエ細胞の活動が,何らかの逆行性シグナルを介して,登上線維シナプスの機能を恒常的に維持していることが示された。

 さらに,最近,我々は,平行線維−プルキンエ細胞シナプスにも,活動依存的な機能維持機構が存在することを見出した。この平行線維シナプス機能維持には,シナプス後膜側のプルキンエ細胞における,タイプI代謝型グルタミン酸受容体-イノシトール3リン酸 (IP3)シグナル系の活性化が必要であり,これらのシグナル系が一日間以上阻害されると,平行線維前終末からの伝達物質放出確率が低下する。したがって,プルキンエ細胞に入力する二種類のグルタミン酸作動性の興奮性シナプスには,それぞれ異なるタイプのグルタミン酸受容体シグナル系の活性化と逆行性シグナルを介する,活動依存的な機能維持機構が存在することが明らかになった。

 

(5) 延髄孤束核シナプス伝達短期可塑性のメタ可塑性と恒常性維持

繁冨 英治1,2,加藤 総夫1
1東京慈恵会医科大学・総合医科学研究センター・神経科学研究部
神経生理学研究室
2日本学術振興会特別研究員)

 内臓感覚性1次求心線維(孤束)は,延髄孤束核複合体で孤束核2次 (NTS) ニューロンと興奮性シナプス(以下,孤束核シナプス)を形成する。我々は,アデノシンがシナプス前アデノシンA1受容体の活性化を介して,孤束核シナプス伝達を強く修飾することを報告してきた(Kato & Shigetomi, 2001, Tsuji & Kato, 2003)。孤束核局所回路におけるA1受容体活性化によるシナプス伝達調節細胞分子機構とその生理学的意義を解明することを目的として,脳スライス標本におけるパッチクランプ法を用いて解析したところ,孤束核シナプス伝達の可塑性に関する以下の3つの現象を見出した。

1) アデノシンによる標的細胞依存的な短期可塑性の修飾

 孤束核局所回路において,孤束は,NTSニューロンおよび迷走神経背側核 (DMX) ニューロンと興奮性シナプスを形成する。これらのシナプスは,弱い短期抑制ないしは弱い短期増強を示すシナプス(60% のDMXニューロン)と,強い短期抑制を示すシナプス(全てのNTSニューロンおよび40% のDMXニューロン)に分けられる。これらのシナプスに対するアデノシンの影響を検討した。同程度の強い短期抑制を示すシナプスのうち,NTSニューロンでは,強い短期抑制がアデノシンによって,弱い短期抑制もしくは短期増強に転換した。一方,DMXニューロンでは,その強い短期抑制は影響されなかった。以上の結果は,1) アデノシンは短期可塑性の程度および様式を修飾すること(メタ可塑性),および,2) このアデノシンによるメタ可塑性は標的となるシナプス後ニューロンに依存して生じることを意味している。この機構によって,孤束核複合体における内臓情報処理が多重かつ多様に制御されうると想定される。

2) シナプス前A1受容体下流分子機構の可塑性

 アデノシンのシナプス伝達に及ぼす影響をN型電位依存性カルシウムチャネル(VDCC)ノックアウト(CaV2.2-/-) マウスにおいて調べた。Wild typeでは,N型VDCC遮断によりアデノシンの抑制作用は70%以上抑制された。ところが,CaV2.2-/-マウスでも,アデノシンは,wild typeと同程度のシナプス伝達抑制作用を示した。この結果は,A1受容体活性化の標的となる分子機構が,シナプス前VDCCのタイプおよびタンパク質発現に応じて,flexibleに変化し,その結果,最適なシナプス伝達調節が維持される可能性を示している。

 3) シナプス前A1受容体のin vivo遺伝子ノックダウン

 In vivoにおける孤束核シナプス伝達の短期可塑性の生理学的意義は未解明である。この問題を解決する実験系として,孤束終末のシナプス前タンパク質のin vivo遺伝子ノックダウンを試みた。孤束終末で利用されるタンパク質のmRNAは節状神経節ニューロンの細胞体で合成される。この節状神経節にin vivoでA1受容体siRNAを導入することによりmRNA発現を抑え,その結果,孤束終末シナプス前A1受容体が機能的に減弱した。この実験系により,in vivoで,シナプス前A1受容体活性化を介したシナプス伝達短期可塑性のメタ可塑性の意義を解明すると期待される。

 

(6) インビボおよびインビトロ実験系における
海馬ネットワーク・オシレーションの発生メカニズム

礒村宜和1,2,塚元葉子2
1理化学研究所脳科学総合研究センター・脳回路機能理論研究チーム
2東京都神経科学総合研究センター・統合生理研究部門)

 動物の行動状況に応じて,海馬ではさまざまな同期的かつ周期的な神経活動が観察される。例えば,動物が餌を探しているときやレム睡眠中には顕著なシータ活動(4-12 Hz)やガンマ活動(30-80 Hz)が持続して海馬に出現する。一方,動物が餌を摂り身繕いをしているときやノンレム(徐波)睡眠中には鋭波関連リップル活動(80-250 Hz)が間欠的に発生する。さらには海馬の神経細胞が病的に過興奮状態に陥るとてんかん発作(3-5 Hz)が誘発される。我々はこのような海馬ネットワーク・オシレーションの発生の仕組みを解明するために,ラットの海馬や大脳皮質からの細胞内記録とマルチユニット記録を併用したインビボ実験系と,海馬スライス標本からのパッチクランプ記録をもちいたインビトロ実験系の二つの切り口で研究を進めてきた。

インビボ実験系:徐波活動を介した海馬と大脳皮質の相互作用

 徐波睡眠または麻酔中に,大脳新皮質では神経細胞の脱分極(アップ)状態と過分極(ダウン)状態の2相性遷移を反映した1-3 Hzほどの同期的な徐波活動(またはslow oscillation)がみられる。ところが新皮質の徐波活動が海馬や海馬周辺領域に与える影響に関しては不明な点が多かった。我々はウレタン-ケタミン麻酔または自然睡眠中のラットをもちいて,嗅内野各層や海馬台では新皮質にやや遅れてアップ-ダウン遷移が観察されること,海馬各領域の神経細胞はダウン状態がまったく観察されないが,嗅内野からの入力によりアップ-ダウン遷移による修飾を領域特異的に受けること,海馬のガンマ活動や鋭波関連リップル活動の発生も嗅内野のアップ-ダウン遷移により修飾されることを明らかにした。これらは徐波睡眠時の海馬のネットワーク活動は新皮質の徐波活動の影響を領域特異的に受けることを示唆している。

インビトロ実験系:発作様後発射の発生機構

 海馬CA1領域の単離スライス標本に高頻度シナプス刺激を与えると,錐体細胞の膜電位上に数十秒間続く3-5 Hzの同期的振動活動(発作様後発射)が再現性よく誘発される。この発作様後発射の発現にはGABAおよびグルタミン酸伝達が関与しており,特に,介在細胞から錐体細胞へのGABA作動性入力が誘発刺激により一過性に興奮性に転じることが必須であることを明らかにした。さらに,この一過性の興奮性GABA伝達を担う介在細胞は錐体細胞層と多形細胞層に多く分布することを示し,それらの介在細胞群と錐体細胞群が興奮性シナプスで相互に活性化しあって同期発火が実現されるというネットワーク機構を提案するに至った。また最近,このような一過性の興奮性GABA伝達への転換には,GABAA受容体を直接介したClイオンの細胞内流入と,細胞外K上昇に依存的な細胞内Clイオン蓄積の2段階が必要であることを見出した。

 

(7) 神経系未分化細胞にGFPを発現するnestin-GFPマウスの神経新生研究への応用

山口 正洋
(東京大学大学院医学系研究科 細胞分子生理学)

 哺乳類の脳は発生期に形成されると,基本的に神経細胞が新しく作られることはないと考えられてきたが,脳の一部の領域では,成体においても新しい神経細胞が生まれ,既存の神経回路に組み込まれている。なぜ大人になっても新しい神経細胞が生まれ得るのか,新しい神経細胞は脳機能に対してどのように貢献しているのか,という問いに答えるべく,多くのアプローチが試みられている。また,成体の新生神経細胞を利用して,神経損傷や変性疾患の治療をめざす試みが盛んになされている。

 成体脳の神経新生,神経再生のメカニズムを知るためには,神経幹細胞,神経前駆細胞を同定し,その性質を詳しく理解することが大切である。我々は以前,神経幹細胞,前駆細胞を効率よく同定し,解析するための手段として,それらの細胞に発現するネスチン遺伝子の発現調節領域を用い,その支配下にGFPを発現するトランスジェニックマウス(nestin-GFPマウス)を作成した。このマウスでは,胎生期,成体を通じて,神経新生がおこる時期,場所特異的にGFP蛍光が観察される。作成以来5年以上が経ち,幸いその間にこのマウス系は多くの研究者に活用され,神経幹細胞,前駆細胞の性質,神経新生のメカニズム解析に用いられてきた。本シンポジウムでは,このマウス系が利用されてきた実例として,

 1.GFP陽性細胞のFACSによる分離,移植医療への応用

 2.GFP陽性神経前駆細胞のsubpopulationの同定とその電気生理学的解析

 3.病態時の神経再生の解析

などを挙げて,このマウス系が神経新生研究にどのような形で寄与してきたかを紹介したい。

 また,成体の神経新生は,発生期と異なり,成熟した神経回路が既に存在する環境で行われる,ということが大きな特色である。nestin-GFPマウスの解析から,既存の神経回路から神経前駆細胞へのシナプス入力の存在が示唆されている。また,新生神経細胞の生死決定は,新生神経細胞が既存の神経回路とシナプスを作る時期に行われることが分かってきている。これら,新生神経細胞と既存の神経回路の関連について,最近の知見を紹介する。

 

(8) 神経特異的RBP-Jノックアウトマウスの行動学的異常とそれに関与する神経回路

谷垣健二
(滋賀県立成人病センター 研究所)

 統合失調症特有の多彩な症状の原因となる情報処理異常は遺伝的要因による発達障害に環境的要因が重なって引き起こされるのではないかという仮説が着目されている。胎児期神経発生において重要な役割を果たしていることが知られているNotch4 が統合失調症に関与することが最近の遺伝学的解析によって報告されている。統合失調症に関連するNotch4 の遺伝子多型はエンハンサー領域におけるものとシグナルシーケンスに存在するものが同定されており,これらの多型はNotch4 の発現量や細胞膜表面への輸送に影響する可能性が考えられる。Notch シグナルに異常が起こると神経発生自体が多大な影響を受け胎生致死となるため,現在に至るまで成体生体内におけるNotchシグナルの神経機能に与える影響はほとんど解析されていない。我々はNotch シグナルの主要な伝達因子であるRBP-Jのconditional knockout miceを用いることで神経細胞特異的にRBP-J を欠損したマウスを作成し,マウスにおける統合失調症行動の指標とされるpre-pulse-inhibition,行動量及び中枢興奮薬 metamphetamine への感受性の検討を行った。Notch/RBP-J シグナルの欠損による統合失調症に関与する行動異常とそれに関与する神経回路について考察し,Notch/RBP-J シグナルの統合失調症発症への関与の可能性について議論したい。

 

(9) クラミドモナスの光感受性イオンチャネル・チャネルロドプシン2を用いた神経細胞の光刺激

石塚 徹,八尾 寛
(東北大学大学院生命科学研究科)

 脳組織では様々な性質を持った神経細胞やグリア細胞が重層して複雑なネットワークを形成している。その中からある特定の細胞あるいは細胞のある特定部位での機能を選択的に解析するために,GFPなどの蛍光タンパク質やその改変体を利用した蛍光イメージング技術を用いることで,高い空間解像度をもった機能解析が可能になった。それにともない細胞の刺激方法についても,より選択的により効率よく目的の細胞を刺激するための技術が求められている。これらの要求を満たす刺激方法として,遺伝子工学的手法を用いて細胞特異的にフォトアクチベーターを発現させて,光を用いて刺激するアイデアがある。いくつかの研究グループがこのアイデアに基づいて様々なフォトアクチベーターの開発や改良を試みているが,いずれも新たな刺激技術に求められている要求を充分に満たすまでには至っておらず,実用的な段階に達しているとは言えるものではなかった。

 私たちは,単一の分子の中に光受容と非選択的陽イオンチャネルの機能をあわせ持つ緑藻類クラミドモナスの光感受性陽イオンチャネル・チャネルロドプシン2 (ChR2) に着目し,この分子を用いた神経細胞の光刺激への応用について検討を試みた。チャネルロドプシン2はタンパク質部分のチャネルオプシン2 (chop2) と発色団であるall-transレチナールからなるタンパク質で,460 nm付近に吸収のピークを持つ。chop2は全長737アミノ酸残基で構成されているが,7回膜貫通領域を含むN末端側1〜315アミノ酸残基だけで光感受性イオンチャネルとしての機能を発揮することが報告されていた。そこで,私たちはchop2のN末端側1〜315アミノ酸残基に黄色蛍光タンパク質の一種Venusを付加したコンストラクトを作製し,これをPC12細胞に発現させ,青色発光ダイオードパルス光 (470 nm) を用いてChR2光電流のオン・オフの速さを解析した。シンドビスウイルスを用いてChR2を発現させた海馬ニューロンでは,光パルスの強さ依存的に脱分極し,活動電位を誘発させることができた。また,光パルスに同期して活動電位を誘発させることにも成功した。すなわち,青色発光ダイオードの光パルスを用いることで,ニューロンを任意のパターンで刺激できることが示された。本発表ではこれらの実験結果を紹介し,神経細胞の光刺激法としての実用性,この技術の持つ可能性・応用面での活用法について発表する。

【参考文献】

 Ishizuka T, Kakuda M, Araki R, Yawo H (2006) Kinetic evaluation of photosensitivity in genetically engineered neurons expressing green algae light-gated channels. Neurosci Res 54: 85-94.

 

ポスターセッション

 

(10) Stargazin family ノックアウトマウスにおけるAMPA 型受容体局在変化と活性低下

山崎真弥1, 4,深谷昌弘2,駒井太陽1,辻田実加1,阿部学1
夏目理恵1, 4,神谷温之3,渡辺雅彦2
崎村建司1, 4
1新潟大学脳研究所 細胞神経生物学分野,2北海道大学大学院医学研究科 解剖発生学分野
3北海道大学大学院医学研究科 分子解剖学分野 4 SORST・JST)

 

(11) Cbln1ノックアウトマウスにおける運動学習 〜瞬目条件づけによる検討〜

江見恭一1,幸田和久1,川原茂敬2,柚崎通介1
1慶應義塾大学医学部生理学,2東京大学薬学部神経生物物理学)

 

(12) マウス神経筋接合部におけるアクティブゾーン蛋白質の局在

所 崇,比嘉 進,北島 勲,大塚稔久
(富山大学 大学院医学薬学研究部 臨床分子病態検査学)

 

(13) 大脳皮質形成におけるCollapsin response mediating protein 1 (CRMP1) の役割

山下直也,内田穣,森田麻,臼井洋,中村史雄,竹居光太郎,五嶋良郎
(横浜市立大学大学院医学研究科分子薬理神経生物学)

 

(14) CD47-SHPS-1系による神経突起形成の制御機構

村田 考啓,大西 浩史,岡澤 秀樹,村田 陽二,草苅 伸也,的崎 尚
(群馬大学生体調節研究所バイオシグナル分野)

 

(15) NMDA Receptor activation induces calpain-mediated beta-catenin cleavages for
triggering gene expression

Kentaro Abe & Masatoshi Takeichi
(RIKEN,Center for Developmental Biology & Kyoto Univ. Grad. School ofBiostudies)

 

(16) SRFコアクチベーターMKL1/2の脳における時期,組織特異的発現とリン酸化

堤下 寛之,田渕明子
(富山大学分子神経生物学研究室)

 

(17) 小脳平行線維−プルキンエ細胞間のLTDにおけるd2型グルタミン酸受容体の
リン酸化部位の役割

仲神龍一,幸田和久,掛川渉,近藤哲朗,柚崎通介
(慶應大学部生理学教室)

 

(18) Sub-, Para-, and non-synaptic distributions of neural septins

Akari Hagiwara and Makoto Kinoshita
(Biochemistry and Cell Biology Unit, HMRO, Kyoto University Graduate School of Medicine)

 


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