【概要】
イオンチャネル,受容体,G蛋白質等の膜関連蛋白は,神経細胞の興奮性とその調節に重要な役割を果たし,脳機能を支えている。本研究部門では,これらの神経機能素子を対象として,生物物理学的興味から「その精妙な分子機能のメカニズムと動的構造機能連関についての研究」に取り組み,また,神経科学的興味から「各素子の持つ特性の脳神経系における機能的意義を知るための個体・スライスレベルでの研究」を目指している。
今年度,これまでに引き続き,神経機能素子の遺伝子の単離,変異体の作成,tagの付加等を進め,卵母細胞,HEK293細胞等の遺伝子発現系における機能発現の再構成を行った。また,2本刺し膜電位固定法,パッチクランプ等の電気生理学的手法,細胞内Ca2+イメージング・全反射照明下でのFRET計測等の光生理学的手法,細胞生物学的研究手法により,その分子機能調節と構造機能連関の解析を行った。また,外部研究室との連携により,精製レコンビナント蛋白を用いた単粒子構造解析,遺伝子改変マウスの作成も継続して進めている。以下に今年度行った研究課題とその内容の要約を記す。
久保義弘,山本友美
我々は,遺伝子データベース中に代謝型グルタミン酸受容体mGluR1と類似した,長いN末端細胞外領域と7回膜貫通領域を有するOrphan受容体を見いだした。さらに,遺伝子情報データベースの検索により,この分子(分子Xとする)の特徴として,スプライシングの違いにより同一遺伝子から,full lengthのorphan受容体(Long-X)とそのN末端の細胞外部分のみからなる分泌蛋白(Short-X) の両方がつくられることがわかった。そこで,分子Xの機能を明らかにすることを目的として実験を開始し,以下の知見を得た。(1)まず,ESTデータベースに登録があるとは言え,発現していないという可能性が懸念されるので,RT- PCRにより発現解析を行ったところ,脳においてLong-,Short- の両方の発現が確認された。(2)分子は存在しても機能的な役割は果たしていないという可能性があるので,得られたcDNAにFLAG tagを付加して発現ベクターに組み入れ,HEK 293細胞に発現させ実験を行った。通常のウシ胎児血清10%加の培養液で培養したところ,Long-Xを発現させた細胞は顕著な形態変化を起こし,多数の大小の突起を出すようになることが観察された。この結果は,Long-Xが,形態変化を起こす何らかの細胞生理学的機能を持つことを示唆する。(3) Short-Xの場合は,発現させても,際だった形態変化はみられなかった。分子は,膜上には存在せず,若干細胞内にクラスター化して貯留していた。さらに,培養上清を用いてWestern blotを行ったところ,Short-Xが培養液中に分泌されていることが確認された。
立山充博,久保義弘
代謝型グルタミン酸受容体Ⅰ型(mGluR1)は,記憶や学習に関係する「神経回路の可塑性」に重要な役割を担い,複数のG蛋白質(Gs,Gq,Gi)と共役して多様な細胞応答をもたらす。この多様なシグナリングを制御する機構として,これまで,受容体活性型構造の差異や細胞骨格蛋白質4.1Gとの結合などを報告しているが,今年度は,受容体C末端領域による制御機構を明らかにした。mGluR1には,長いC末端を有するmGluR1aとC末端領域の短いスプライスバリアントのmGluR1bがあり,C末端領域の短いバリアントでは,Gq活性化に減弱がみられることが知られていたが,我々は,mGluR1bではGiやGsの活性化が有意に抑制されていることを見出した。これは,長いC末端の欠損により近位C末端領域のbasic amino acid residues (RRKK)がむき出しになり,特定のG蛋白質とmGluR1との結合を阻害する事によると考えられた。現在,mGluR1による非選択性陽イオンチャネルTRPCの活性化機構について研究している。
中條浩一,久保義弘
KCNQチャネルはてんかんの原因遺伝子としても知られている電位依存性カリウムチャネルであり,細胞内C末端領域のコイルドコイルドメインによって4量体を形成すると考えられている。KCNQ2とKCNQ3はそれぞれホモ4量体でイオンチャネルを構成することができるが,両者のヘテロ4量体によるイオンチャネルはホモ4量体のチャネルに比べて10倍以上の電流を発現することができる。このヘテロ多量体化による発現量の制御機構を明らかにする目的で,コイルドコイルドメインのデリーション変異体,キメラ変異体を作成し,それらの電流量,タンパク質の発現量などを解析した。その結果,KCNQ2のコイルドコイルドメインの存在が膜上に効率よく発現するために必要なこと,KCNQ2非存在下ではKCNQ3のコイルドコイルドメインはむしろ電流量を抑制する方向に働くことを見出した。またサブユニット間の静電相互作用にも着目し,これらの相互作用を壊すような点変異体を作成した。それにより,サブユニット間の静電相互作用のネットワークが,ヘテロ多量体構成に重要な役割を果たしていることも見出した。今回得られた知見は,KCNQチャネルの変異によって生じる,てんかんのメカニズム解明にも役立つ可能性がある。
伊藤政之,久保義弘
プレスチンは内耳外有毛細胞に特異的に発現しているモータータンパク質で,膜電位依存的に細胞を伸縮させるという非常にユニークな性質を有する。我々は,このプレスチンと相互作用し,内耳外有毛細胞内で膜電位作動性モーター蛋白質複合体を形成する分子群の同定を目指している。今年度は酵母2ハイブリッド法による結合分子の探索を試みた。プレスチンのN末端及びC末端の細胞内領域をベイトとし,マウス蝸牛cDNAライブラリーを用いてスクリーニングを行ったところ,大量の陽性クローンが得られたが,そのほとんどが擬陽性クローンで真の陽性クローンの単離には至っていない。今後,本手法による探索と平行して,プレスチンが存在する外有毛細胞側壁膜に存在する分子の中から特に相互作用が期待される分子を選び出し,免疫沈降法によって個別に相互作用を検討する実験も併せて行う。
長友克広,久保義弘
我々は,これまでに,機能解析の実験結果に基づいてマウス腸由来神経内分泌細胞STC-1の細胞膜上にカフェインに対する受容体が存在することを見いだした。当初,Gq応答を引き起こす新規の代謝型受容体を念頭にスクリーニングを行ってきたが,[Ca2+]iイメージング法により,Ca2+ permeableなTransient Receptor Potential (TRP) channelの関与が示唆された。PCR法によりSTC-1に,ワサビやニンニク,シナモンの成分によって活性化されるTRPA1チャネルが発現していることが分かった。
マウスTRPA1チャネルを発現させたHEK細胞およびアフリカツメガエルの卵母細胞にカフェインを投与すると濃度依存的に活性化することが分かった。TRPA1が内在的に発現しているマウス後根神経節(DRG)を急性単離し,[Ca2+]iイメージングを行うと,野生型のDRGからはTRPA1特異的な細胞内Ca2+上昇が観察されたが,TRPA1ノックアウト(KO)マウスのDRGでは特異的な応答は見られなかった。嗜好性をみる実験(二瓶法)において,野生型マウスはカフェイン入りの水を避けるが,TRPA1-KOマウスでは水とカフェイン入りの水の消費量に顕著な差は見られなかった。以上の結果から,マウスTRPA1チャネルは,カフェインによって活性化されること,そして,TRPA1チャネルがカフェインを含む飲水の忌避行動に役割を果たしていることが明らかになった。
松下真一,立山充博,久保義弘
GABAB受容体は,代謝型グルタミン酸受容体(mGluR) 等とともにG蛋白質共役型受容体(GPCR)のFamily Cに属している。リガンド結合時のGPCRの細胞外領域の動きがどのようにして膜貫通部位を経て細胞内領域に伝達されるのかというメカニズムについては,X線結晶構造解析がなされている種類が現在のところ極めて限られているゆえに,大いに興味が持たれている。そこで,GABAB受容体を構成する2種のサブユニットGB1aおよびGB2それぞれの細胞内ループに蛍光蛋白を挿入し,リガンド投与時のFRET変化を計測したところ,GB1aのループ2とGB2のループ1または2との間でFRETの減少が起きることが判った。これは,本部門で既に得られているmGluR1a の場合のFRET変化とは様式が大きく異なるものであり,現在,そのサブユニット間や内部の動きをさらに詳しく調べている。
Batu Keceli,久保義弘
P2Xは細胞外ATPによって活性化されるイオンチャネルである。電位センサーと考えられるような電荷を有するアミノ酸残基のクラスターはないため,膜電位依存性を持つチャネルとは認識されていない。
昨年度までに,我々は,アフリカツメガエル卵母細胞を用いて,ATP投与後の定常状態におけるP2X2チャネル電流と膜電位との関係を定量的に解析し,膜電位依存的ゲートが存在すること,さらに,この活性化相が,細胞外ATP濃度に依存性を示すことを見いだした。明確な膜電位センサー領域は存在しないことから,そのゲート機構の由来として,「ATPの結合自体,もしくは,ATPが結合したATP結合部位の構造変化が,膜電位依存的である。」という可能性を想定し,以下の変異体解析により検証した。ATP結合部位の変異体K71A,K71R,R290A,R290Kでは,野生型でみられる,膜電位−コンダクタンス関係のATP濃度依存性,活性化時定数のATP濃度依存性が,共に減弱する傾向があったが,ATP感受性が激減していたため,解析できるATP濃度に限りがあり,明確な結論を導くことができなかった。そこで,さらに,ATP感受性の低下が激しくない2種の変異体K69RおよびK308Rについて詳細な解析を行った。K69R変異体は,野生型に比し35倍のEC50値の増加を示した。その膜電位−コンダクタンス関係はATP濃度依存性を示したが,野生型と異なり活性化時定数はATP濃度依存性を示さなかった。K308R変異体のEC50値の増加は8倍と緩徐であった。その膜電位−コンダクタンス関係,および活性化時定数は,野生型と異なりATP濃度依存性を示さなかった。以上の「ATP結合部位の環境を変えることにより膜電位感知機構が変化する」という実験結果から「ATP結合にまつわる膜電位依存性が,P2X2チャネルの膜電位依存的活性化の源である。」という可能性が示唆された。
石井裕,久保義弘
小脳は10のlobuleからなり,それらの間で機能的な差が報告され始めている。我々は出生後14-18日のマウス小脳矢状断面スライスを用いて,AMPA受容体・GABAA受容体阻害剤存在下でプルキンエ細胞から電気記録を行った。高頻度電気刺激を分子層に与えることにより,代謝型グルタミン酸受容体1型(mGluR1)を介する内向き電流(mGluR current)が観察されることは知られているが,lobule10ではこの内向き電流に加えて,一過性の外向き電流が観察された。この外向き電流はlobule3では観察されなかった。この外向き電流はGABAB受容体の阻害剤で阻害された。GABAB受容体はG蛋白質活性化内向き整流性K+チャネル(GIRK)を活性化することが知られている。しかし,この電流はGIRK阻害剤であるtertiapin-Q,細胞内外のCs+,細胞外TEAで阻害されず,細胞外Ba2+ による阻害が弱かった。以上のことから小脳lobule10で観察された,GABAB受容体はGIRKではなく,それ以外のK+チャネルを活性化している可能性が示唆された。
Kristin Rule(カリフォルニア工科大学),立山充博,久保義弘
プレスチンは,これまでの電気生理学的解析により,Non-linear capacitanceを示すことから,膜電位依存性の構造変化を起こすことが想定されるが,その実態は不明である。そこで,分子の構造変化を実証し,さらにその詳細を知るために,全反射照明下でのFRET解析を開始した。まず,N/C末端細胞内領域のどちらか,もしくは両方に,蛍光蛋白CFP/YFPを付加したコンストラクトを作成した。全反射照明下での観察により,N末端に蛍光蛋白を付加すると,発現はするものの細胞膜には出現しないことがわかった。そこで,これらは除外し,C末端にCFPを付加したものとYFPを付加したものを共発現させ,FRET解析を行った。細胞外液中のK+ 濃度を4 mMから140mMに変えることにより,膜電位を変化させ,その時のFRET変化をモニターした。その結果,脱分極に伴い,FRET値が減少することを観察した。膜電位感知能を有しない代謝型グルタミン酸受容体では,この変化はみられなかったので,K+濃度変化に伴うartifactではなく,プレスチンの構造変化を反映するものと考えられた。さらに,N末端に,変異導入により-CCRECC-モチーフを導入し,FlAsH等の小分子を化学ラベルし,サブユニット間のN末端とC末端間,サブユニット内のN末端とC末端間等における構造変化の解析を行ったところ,同じくFRETが減少する傾向が観察され,さらに詳細な解析を進めている。
【概要】
分子神経生理部門では哺乳類神経系の発生・分化,特に神経上皮細胞(神経幹細胞)からどのようにして全く機能の異なる細胞種(神経細胞,アストロサイト,オリゴデンドロサイトなど)が分化してくるのか,について研究を進めている。また,得られた新しい概念や技術は臨床研究への応用を視野に入れながら,病態の解析にも努力している。
脳神経系では他の組織とは異なり多様性が大である。大げさに言えば,神経細胞は一つ一つが個性を持っており,そのそれぞれについて発生・分化様式を研究しなければならない程である。また,均一であると考えられてきたグリア細胞にも性質の異なる集団が数多く存在することも明らかとなってきた。そのため,他組織の分化研究とは異なり,細胞株や脳細胞の分散培養系を用いた研究ではその本質に迫るには限界がある。われわれはin vitroで得られた結果を絶えずin vivoに戻して解析するだけでなく,神経系の細胞系譜の解析や移動様式の解析をも精力的に行っている。
近年,成人脳内にも神経幹細胞が存在し,神経細胞を再生する能力を有することが明らかとなった。この成人における神経幹細胞数の維持機構についても研究している。
糖蛋白質糖鎖の解析法を開発し極めて微量な標品から構造解析可能となった。脳内において,新しい糖鎖構造を発見し,その生理学的意義について検討している。
小野勝彦,竹林浩秀,等誠司,成瀬雅衣,後藤仁志,臼井紀好,池中一裕
Olig2は,運動ニューロン,オリゴデンドロサイトの発生に必須の分子である。前脳,間脳,脳幹など,さまざまな領域におけるOlig2陽性前駆細胞の時期特異的な細胞系譜解析を行った。前脳では,比較的遅い時期(胎生14日頃)まで,ニューロンを生み出すOlig2陽性細胞が存在することが明らかとなった。前脳Olig2陽性細胞は,GABAニューロンとコリナージックニューロンに分化すること,そして,胎生後期以降の前脳Olig2陽性細胞は,おもにアストロサイトに分化することが明らかとなった。脳幹のOlig2陽性細胞は,体性運動ニューロンのみならず,鰓性および内臓性運動ニューロンやセロトニンニューロンにも分化することが示され,Olig2陽性細胞の分化多様性が明らかとなりつつある。これらを調節する因子としてOlig2結合蛋白質の解析を進めている。
前脳オリゴデンドロサイトの発生部位について解析を進め,背側と腹側の境界領域に限局していることが,分かった。
アストロサイトにも,発生する場所に応じて,ニューロンと同様に様々サブタイプがある可能性を想定し,アストロサイトの多様性についての解析も進めている。
等誠司,成瀬雅衣,松下雄一,Akhilesh Kumar,池中一裕
神経幹細胞は全ての神経細胞・グリア細胞の供給源であり,脳の構築に非常に重要であるにもかかわらず,その生成の分子機構は不明な点が多い。本グループは早期胚のepiblastにおいて神経幹細胞の前駆細胞である未分化神経幹細胞の培養に成功し,神経幹細胞の誘導にNotchシグナルの活性化が必須であることを解明した。さらに,未分化神経幹細胞から神経幹細胞への誘導には,glial cells missing 1/2 遺伝子が関与していることを明らかにし,その分子機構の解明を進めている。そこで得られた知見をES細胞に適応し,試験管内でのES細胞から神経幹細胞の誘導を試みる。一方,神経幹細胞は成体脳においても一部の領域(海馬や嗅球など)に新生神経細胞を供給し,脳機能維持に必要であることが示唆された。特に,海馬における神経新生は,記憶や学習といった脳の高次機能と関係する可能性が指摘されている。本グループでは,躁うつ病の治療に用いられる気分安定薬が成体脳における神経幹細胞の自己複製能を高めること,それがNotchシグナルの活性化によることを明らかにした。今後は,気分安定薬のNotchシグナルにおける分子標的の同定や,神経幹細胞の増加が気分を安定させるそのメカニズムの解明に取組む。
小野勝彦,竹林浩秀,稲村直子,臼井紀好,池中一裕
脊髄の組織構築形成をモデルとして,回路網形成と細胞移動の制御機構を解析するために,脊髄の回路網形成および視床網様核の細胞の移動について研究を行った。今までに,一次求心性線維の脊髄内における回路網形成においては,脊髄背外側部で一過性に発現するnetrin 1が抑制的に作用してwaiting periodを形成することを明らかにした。今年度,増田知之博士(福島県立医大)との共同研究から,一次求心性繊維が後根神経節から脊髄背側部まで向かう際にも(つまり脊髄に入る前の段階でも),netrin 1が反発性因子として作用していることを見出した。また,感覚神経の軸索ガイダンスについては,Olig2ノックアウトマウスで感覚ニューロンの軸索ガイダンスの異常がみられ,それが運動ニューロンの欠損によると推測され,詳しい解析を進めている。視床網様核の細胞の移動については,発生中の視床網様核において,Olig2陽性細胞から分化したニューロンの局在が,発生が進むにつれて脳室側から表皮側へと変化していた。このことは,発生中の視床網様核ではニューロンが脳室側から表皮側へ移動している可能性が考えられ,経時観察による解析を検討している。
田中謙二,李海雄,竹林浩秀,清水崇弘,池中一裕
アストロサイトのダイナミックな機能を評価する上で,細胞内Caイメージが良く用いられている。しかし,細胞内Caの増減は,アストロサイトのシナプス伝達調整能力にどのように関与するのか不明なままである。シナプス伝達調整に直接関わる分子のダイナミズムを捉える技術が求められている。アストロサイトからシナプス伝達に影響を与える重要な分子;グルタミン酸とATPが放出することが生化学的な実験から知られているが,そのダイナミズムは分かっていない。そこで我々はバイオセンサーの技術を用いて,培養アストロサイトから放出されるグルタミン酸とATPの放出ダイナミズムを定量することを試みた。この方法により,培養アストロサイトからグルタミン酸,ATPが放出することが分かったが,同時にその開口部位が極めて限局した部位であることもわかり,この手法で測定が困難なケースもあることが分かった。今後はATPとグルタミン酸の放出を他の方法で可視化する技術開発に移行する。
脱髄性疾患のモデルマウス(plp-tg)において,Olig2細胞の系譜を解析した。正常マウスと比べて細胞の分化が促進されていた。
鳥居知宏,等誠司,Akhilesh Kumar,東幹人,山田元,伊藤磯子,池中一裕
すべての細胞表面は糖鎖で覆われており,細胞間相互作用やシグナル伝達に深く関わっている。これまでに我々は(1)マウス,ヒト脳内に発現する糖鎖の割合は高い類似性示すこと,(2)脳内糖鎖発現パターンは個体発生の各時期で劇的に変化すること,(3)いくつかの糖鎖の発現量が顕著に変化すること,(4)3D-HPLCでシアル酸付加糖鎖の構造解析を行い,大脳皮質の発達過程において劇的に変化する新規シアル酸糖鎖が存在すること,を明らかとした。本年度はN-結合糖鎖構造決定の微量化を諮り,1マイクログラムの糖蛋白質を電気泳動した後糖鎖構造を決定できるようにした。また,生検資料からも糖鎖構造を決定した。
フコース転移酵素10(FucT10)の機能解析を行い,糖蛋白質糖鎖にフコースを転移することを明らかにした。
【概要】
生命は,環境感知機構と細胞内シグナル機構に支えられた適切な細胞応答で実現されている。本部門では,電気生理学と先端バイオイメージングを用いてイオンチャネルや細胞内シグナル分子の動態を測定し,細胞応答に至るシグナルネットワークの時空間統御機構の解明を目指している。特に細胞の機械刺激感覚(細胞力覚)に注目し,メカノセンサーの分子実体(イオンチャネル・細胞骨格/接着斑など)とその仕組みの解明,および細胞運動や細胞形態調節における役割を調べている。また,破骨細胞におけるプロトンシグナリングや受精におけるNO/Ca2+シグナリングに関する基礎的研究を行っている。一方で,神経ステロイドによる記憶促進/虚血傷害保護作用のシグナル機構を調べながら,臨床医学への橋渡し的研究を展開している。
平田宏聡
曽我部正博
繊維芽細胞などの接着性細胞は,接着斑と呼ばれる超分子構造によって細胞外基質と接着する。接着斑では,細胞外基質の受容体であるインテグリンが,クラスターを形成し,多様な細胞質タンパク質の集積を介してアクチン骨格と結合している。接着斑におけるインテグリン−アクチン骨格間の結合強度は細胞内外の力学的環境に応じて変化する。接着斑におけるF-アクチン量の調節はインテグリン−アクチン骨格間結合強度の調節に重要であると想像されているが,詳しい分子機構は不明である。今年度までに我々は,力学的負荷が接着斑でのアクチンの重合を促進させること,このアクチン重合の促進にはアクチン調節関連タンパク質zyxinの接着斑への力学的負荷依存的な集積が関わっていることを明らかにした (J Cell Sci, in press)。現在,zyxinの局在の調節機構を明らかにするため,力学的負荷に応答してzyxinとの結合が変化するタンパク質の同定を進めている。
久野みゆき
細胞膜には多様なプロトン輸送機構が備わっており細胞内外のpH環境・プロトンシグナル・酸分泌などの細胞機能を調節している。破骨細胞は酸を分泌して骨組織を溶解し骨のリモデリングを行うが,骨吸収窩に蓄積されたCaが破骨細胞の機能を抑制するネガティブフィードバック機構として働くことが知られている。私達は細胞膜面積とプロトンポンプ(Vacuolar-type H+-ATPase: V-ATPase) 電流を同時測定し,V-ATPaseが細胞膜と細胞内小胞の間を行き来する実態をリアルタイムで定量的に捉えることができた。その結果,CaがV-ATPaseを細胞小胞へ取り込むエンドサイトーシスを強く促進することが明らかになり,V-ATPaseが高密度で存在する膜はそれ自体でエキソサイトーシス・エンドサイトーシスの優位ターゲットとなり電位依存性プロトンチャネルとは共存しないことが示唆された。
毛利達磨,曽我部正博
経塚 啓一郎(東北大大学院生命科学(附)浅虫海洋生物学研究センター)
ウニ卵受精時の一酸化窒素(NO)増加について卵活性化の引き金なのか,どんな働きがあるのか検討した。NO増加と内外イオンの関係を調べるために電位固定法とNO感受性蛍光色素によるイメージングとの同時測定を行った。NO増加は受精の引き金ではなく細胞内カルシウム増加の後に増加することを確認した。受精時のNO増加の役割を調べるためにNO吸収剤PTIOを用いて,NO増加を抑制した時とそうでない時とで酸素消費,Redox変化(NADH/NADPH),H2O2産生を測定した。酸素消費を酸素電極を用いて測定したところ,PTIO存在下では全体の酸素消費量はコントロールに比べて減少していた。NADH/NADPHの自家蛍光シグナルもPTIO存在下ではその増加が抑制された。酸素消費の原因であるH2O2の産生を蛍光試薬Amplex Redで測定した。PTIO存在下ではH2O2の産生は抑制された。また,PTIO存在下では化学的機械的刺激により受精膜はコントロールに比べて遥かに弱くなっていた。これらのことからNOの役割として受精膜硬化を促進する働きが示唆されたので論文にまとめて投稿した(Dev Biol in press)。
曽我部正博
神経細胞で合成される多様なステロイド(神経ステロイド)はシナプス可塑性や神経傷害修復の促進をはじめとした様々な作用を示すことが知られている。我々はこれまでに,典型的な神経ステロイドであるpregnenorone sulphate (PREGS) やdehydroepiandrosterone sulphate (DHEAS)に注目し,空間学習や海馬シナプス可塑性(LTP)に対する促進作用の分子機序を明らかにしてきた。本年度は2種の神経ステロイド(estrogen (E2),dehydroepiandrosterone (DHEA))の虚血性神経傷害に対する保護作用について調べた。E2が虚血性神経細胞死を低減することは知られていたが,軽い虚血で生じる学習記憶障害への効果は不明であった。我々は,まず虚血で海馬LTP誘導が傷害されることを明らかにするとともにE2の虚血前投与で,それが完全に防げること,またそれがシナプス後細胞のE2受容体aを介した作用であることを明らかにした(Neuropharmacol, 2007)。一方老化防止薬として使われてきたDHEAは事前投与のみではなく,虚血後投与(最長48時間後)でも虚血性神経細胞死を防止するという驚くべき作用があることを発見した(論文投稿中)。現在その分子機構について研究を進めている。
【概要】
「構造と機能」という分子生物学のパラダイムは生物の機能が生体高分子,特に蛋白質の独自の構造によって支えられていることを明かにして来た。本部門では細胞内超微小形態を高分解能,高コントラストで観察する新しい電子顕微鏡の開発を背景に細胞の「構造と機能」を研究している。
永山グループは位相差電子顕微鏡の開発と,その応用としてのDNA1分子の塩基配列直読法開発,チャネルを中心とした蛋白質の電子線構造解析,無染色細胞の高分解能形態観察を行った。
物質輸送に関する研究が主眼である村上グループは,南京医科大学と共同研究で漢方薬の唾液分泌促進効果について,摘出ラット唾液腺を用い調査を継続発展した。カソリック大学ローマ校とイエテボリ大学と協力して灌流顎下腺とin situ顎下腺の分泌唾液を比較検討するため,唾液中のペプチド/蛋白の質量分析を開始した。
瀬藤グループは質量顕微鏡法開発応用,翻訳後修飾による細胞内輸送の制御の研究を行った。
大橋グループはエンドソーム−ゴルジ細胞内膜系の選別輸送のメカニズムと生理機能の研究を行った。
Radostin DANEV,重松秀樹,大河原浩,永山國昭
位相板の帯電防止は電子位相顕微鏡にとって死命を制する重要な要素技術である。炭素薄膜作製行程において汚れ付着が避けられないことがわかったので,昨年度汚れ帯電を完全に除去するため電磁遮蔽の方法を応用し,「炭素膜サンドイッチ法」を開発した。今年度はサンドイッチ法の高精度化を試みた。
大河原浩,永山國昭
薄膜位相板を用いた場合の電子線損失問題を解消できる,Aharonov-Bohm(AB)効果を応用した位相板の開発を行っている。AB効果位相板は極めて細い一本の棒磁石を対物レンズ後方の絞りに橋かけし,磁石が作り出すベクトルポテンシャルを利用する。 今年度は電子線ホログラフィー用のパイプリズムを用い,0.8ミクロン白金細線上にコバルト薄膜を形成し棒状に磁石作製を試みた。その結果,0.8µm細線では太すぎることが判明し,更に細い白金線を作出するため,2µm白金線から焦点イオンビーム装置で切り出すことを行った。しかし,2µm径では細すぎて絞り穴に架橋を行うことが出来ず,結局10µm白金線から0.3〜0.5µm幅の白金線を切り出し,刀様のブレードの刃の上を細線磁石のサポートをすることに成功した。
永山國昭
片岡正典(計算科学研究センター)
DNA / RNAの塩基配列決定の高速化を図るため,電子顕微鏡技術を基軸に新しい方法論を開発している。この方法はi) 全核酸塩基の化学修飾による体積・電子密度差の増幅とDNA / RNAの一本鎖への解離,ii) 完全伸長した多数の一本鎖DNA/RNA分子の一方向整列によるアレイ作成,iii) アレイ化した一本鎖DNA / RNAの電顕による観察と識別,iv) 修飾塩基間のコントラスト差から塩基配列の解読,の4つの要素技術により成り立っている。TとUを除く3種の構成塩基全てを塩基選択的に化学修飾することに成功し,各塩基間の体積と電子密度差の増幅が可能となった。DNA / RNAを背景ノイズなく担持する材料としてカーボンナノチューブ(CNT)が有望視されているが,我々も修飾化DNAをCNTに巻き付け,日本電子の200kVの用いて1本鎖状態DNA分子の観察を行った。
重松秀樹,Radostin DANEV,曽我部隆彰,富永真琴,飯田秀利,永山國昭
位相差電子顕微鏡を用いた蛋白質の単粒子解析を実施し,モデル蛋白質(GroEL)の立体構造の決定を行った。結果はJ. Struct. Biol. に発表した。構造解析ターゲットとして用いる3種類(TRPM2,TRPV4,MCA2)の膜蛋白質の組み換え発現系の構築に成功した。それぞれ界面活性剤可溶化状態での標品の取得に成功し,発現量などの点からTRPV4とMCA2に絞り込んで,氷包埋試料の電子顕微鏡単粒子解析を行った。モデル蛋白質Gro ELの結果をふまえて,膜蛋白質の構造決定を試みている。
新田浩二,重松秀樹,Radostin DANEV,永山國昭
Sang-Hee Lee,Young-Min Kim (Korea Basic Science Institute)
超高圧電子顕微鏡においては,高加速電子線の透過力を用いた通常より厚い試料の観察に期待が寄せられている。ただし,透過力の高さはコントラストがつきにくいことを意味し,無染色試料の観察はほとんど不可能だった。しかし,われわれが開発している位相差電子顕微鏡法を適用することで十分なコントラストが得られることを昨年度1000kV位相差電子顕微鏡により証明した。1000kV電顕としては,韓国,Korea BasicScience Institute所有の超高圧電子顕微鏡システムを利用し,共同研究を展開した。今年度も引き続き蛋白質と細胞の無染色試料につき,氷包埋状態の観察を行った。現在論文執筆中である。
村上政隆
魏睦新,黄沁(南京医科大学第一付属医院 中医内科)
唾液分泌低下に対して治療効果のある漢方薬が多く知られているが,これらの薬物が直接唾液腺に作用するのかどうか? また直接作用があるとすれば,唾液を誘発するのかあるいは唾液水分分泌速度を増強するのかを摘出ラット顎下腺の血管灌流標本を用い,水分分泌速度を測定し検討してきた。2005-2006年度に漢方薬20種類を検討し,15種類で唾液分泌の増強が観察された。反応は3つのパターンに分けることができた。I.唾液分泌の持続期はわずかに上昇,連続的に基線を増加させた。II.増強した水分分泌は分泌持続期において緩やかに減少した。すなわち,分泌は最大値に達した後5〜10分で緩やかに減少した。III.分泌持続期において分泌は最大値に達した後急速に減少し8分くらいで新たなプラトー相を形成した。増強効果のない5種の薬物がヒトで分泌増加を起こすのは神経活動の変化によるものと推定された。
雄性成体ラットから顎下腺を摘出,血管灌流標本を作製。分泌導管にカニューレを施し,これを電子天秤上のカップに導き,分泌された唾液重量を時間微分して分泌速度を求めた。漢方薬は,薬物は灌流液中に推定治療血液濃度で添加,遠沈後上清を0.45ミクロンフィルターを通したものを使用した。唾液分泌刺激の対照としてカルバコール0.2mMを用いた。最初5分間対照刺激をおこなうと,分泌が誘発され初期30秒にピークをもつ初期相とその後緩やかに増加し持続期に入る持続相に分かれた。薬物を灌流系より5分間洗い流し,漢方薬単独を加えたが1種類(甘草)のみCCh刺激がなくても分泌反応を起こした。
2007年度は,増強機構を明らかにする目的で,酸素消費,ouabainの効果,傍細胞経路を通過する色素分泌を,代表的な増強パターンを示す漢方薬について測定した。3つの増強パターンを示す代表的な薬物について,いずれの薬でも単独で酸素消費が増加した。IとIIのcch無添加時の酸素消費増加はouabainで抑制され,Na/KATPase活性化の関与が示された。またIIIでも分泌増強のパターンと平行して酸素消費の増加が確認された。酸素消費/分泌増加はともにouabainで阻害され,唾液水分分泌機構で水分分泌増強にかかわると想定されるNa+/K+ ATPase 活性が増加していることが示された。また,パターンIIIの漢方薬では傍細胞経路の開閉が蛍光色素の分泌測定により示された。このことは傍細胞輸送の水分輸送の駆動力としてNa.KATPaseとリンクした機構を推定しなければならない可能性が生じた。これまで,西洋医学的手法により,細胞生理学的反応を臓器レベルに外挿してすべてを理解しようとしていたが,今回観察された分泌増強パターンが生じる機構を少なくとも,1) 細胞内信号系への漢方薬の修飾効果,2) 傍細胞輸送系の開閉の調節機構,3) 臓器循環系の漢方薬による調節の3つのレベルから詳細な実験を進めてゆく必要が示された。
村上政隆,大河原浩
Massimo Castagnola,Chiara Fanali,Rosanna Inzitari,Irene Messana(カトリック大学医学部ローマ校)
Alessandro Riva,Francesca Testa-Riva(カリアリ大学医学部細胞形態学)
Jörgen Ekström(ゲーテボー大学神経科学および生理科学部)
林知也(明治国際医療大),恵良聖一(岐阜大学医学部)
ムスカリン受容体あるいはaアドレナリン受容体を刺激し細胞内Ca濃度を上昇させる刺激様式と,bアドレナリン受容体を刺激し細胞内サイクリックAMP濃度を上昇させる刺激様式で,唾液成分が異なることが知られている。前者は初期一過性に蛋白分泌(アミラーゼ,ムチンなど)させるが刺激持続期には蛋白分泌は少量となる。また,水分分泌は初期一過性に増加しピークをつくり,その後再度分泌が増加してプラトー相を形成する。一方,後者は刺激開始で蛋白分泌を緩やかに増加させ,刺激開始5分で最大蛋白分泌となり持続刺激で蛋白分泌は緩やかに減少する。しかし水分分泌は起こらない。前者と後者の刺激を同時に細胞に与えると分泌蛋白は急速に増加し細胞内の分泌顆粒は枯渇する。しかし,分泌される蛋白成分が刺激様式により変化するか否かについて,生体内で神経刺激を受けた場合と,単離し人工灌流液でカルバコール,イソプロテレノールの刺激を腺に与えた場合の分泌蛋白/ペプチドの相同については実験結果がなかった。本研究はEC (Euro-Community) のInterlink Projectとして,カトリック大学ローマ校/カリアリ大学/ゲーテボー大学/生理学研究所が協力して研究を開始した。
村上がカリアリ大学で立ち上げた唾液腺灌流系をローマカトリック大学で立ち上げ,予備実験を行い,ラット顎下腺及び耳下腺の血管灌流系からカルバコール,イソプロテレノールの刺激を施し唾液を採取した。この唾液にプロテアーゼ阻害を施し,質量分析によりラット唾液中のペプチド/蛋白の組成を検討した。一方,Ekströmはラット個体を用い,麻酔下で交感神経,副交感神経(auriculo-temporal N) を刺激し唾液を採取し質量分析を実施した。唾液蛋白にはDNA情報からそのまま翻訳された蛋白質のみならず,post-translational modificationを受けた蛋白/ペプチドも含まれ,膨大な数のスペクトルとしてデータが集積された。現在,灌流腺in vivo腺に共通の蛋白/ペプチドを抽出し,これを唾液腺からのみ分泌され,血液由来でない,内因性の蛋白として抽出し,公開されているデータベースと比較し同定作業を継続している。
一方,林/恵良と継続してきた灌流ラット顎下腺に加えたヒトアルブミンが酸化,NO化を受ける実験を継続しているが,同時に種々のグロブリンの分泌も観測されている。唾液への免疫グロブリンの分泌は知られているが,これらの分子修飾についても,あわせて,今後検討する計画である。
瀬藤光利,早坂孝宏,井上菜穂子
本開発は4年計画で2004年より開始し,現在,(株)島津製作所,癌研究会,大阪大学,三菱化学生命科学研究所の参画機関と共同で行っている。顕微質量分析装置の原理は,顕微鏡下の生物試料に対して大気圧下でレーザーを照射し,イオン化された物質を吸引し,高感度質量分析装置で測定を行う。測定試料上をレーザーで2次元走査し得られた質量スペクトル群から,分子の生体内分布の可視化,また多段階質量分析を用いた物質同定も可能である。開発すべき要素技術は5つである。レーザー照準技術と2次元試料走査・環境制御技術,これにより2次元の解像度が決まる。高収率イオン搬送技術と高感度質量分析技術,これにより感度を向上させることが可能となる。そして,得られた情報を処理し,画像として再構成するIT技術である。我々は特に生体試料より高効率でイオン化を実現するための試料前処理技術を開発し報告している。現在までにこれらの手法を用いることによりマウス脳組織切片上において主に細胞骨格を構成する蛋白質やホスファチジルコリン,ホスファチジルイノシトール,およびスルファチドなどの脂質を分布可視化することに成功し,脂質についてはその分子構造の違いまで明らかにした。さらには大腸癌肝転移組織における正常部と癌部において脂質発現に差が存在することを可視化することにより明らかにし,臨床試料への応用も可能であることを示した。
瀬藤光利,早坂孝宏,井上菜穂子
池上浩司,松本峰男,矢尾育子(三菱生命研)
単アミノ酸側鎖付加はチュブリンなどに起こる翻訳後修飾である。神経細胞の発達に伴って亢進することが知られているが,その分子実体は明らかではない。
我々はチュブリン側鎖へのグルタミン酸付加,いわゆるpolyglutamylationに注目し,その酵素であるpolyglutamylaseの同定を試みてきた。その結果,TTLL7がbチュブリンへのグルタミン酸付加反応を行い,それが神経突起成長に必要であることを明らかにした。また,aチュブリンへのpolyglutamylationがKIF1キネシンモーター蛋白質の方向性を制御する分子標識の役割を果たすことを明らかにしてきた。
本年度はチュブリンへのグリシン付加反応,polyglycylationに注目し,その酵素がTTLL10であることを明らかにした。さらに免疫沈降法とタンデム質量分析の融合により,TTLL10の基質がNAP1であることを明らかにした。
またこれらの翻訳後修飾酵素に加えてシナプス小胞輸送を制御するユビキチンリガーゼSCRAPPERを発見した。SCRAPPERはシナプスの活動性を調節する酵素であり,RIM1に直接結合し,ユビキチン化を行う。このSCRAPPER依存的なユビキチンプロテアソーム系がRIM1を介したシナプス小胞の放出確率の調節とプレシナプスの可塑性の調節に寄与していることが示された。この報告はユビキチン化修飾のシナプスでの生理的な意義についての初めての報告であり,Cell誌の表紙を飾った。
大橋正人
エンドソーム−ゴルジ細胞内膜系の選別輸送のメカニズムと生理機能を解析し,これまでに細胞シグナル伝達分子などの機能分子の選別におけるコレステロール代謝系や脂肪滴表層ドメインの関与について知見を得てきた。
今回,極性上皮細胞の形態形成シグナル制御における細胞内膜系の果たす役割を解析するため,上皮系細胞の未だ数の限られているエンドソーム−ゴルジ細胞内膜系マーカー分子の,FL-REX (fluorescence localization-based retrovirus-mediated expression cloning)法による探索・同定を進めた。極性上皮細胞からcDNA-GFP融合ライブラリーを構築し,上皮細胞株に発現させ,エンドソーム−ゴルジ細胞内膜系様の局在を示す細胞をクローン化した。これまでに得られたGFP融合蛋白質を解析したところ,これらはもとになった細胞のcDNAライブラリー内容を反映すると考えられる特徴的な膜蛋白質群からなり,特定のGFP融合ライブラリーからは,発生における形態形成シグナル制御に関わっていることが既知である複数の膜蛋白質も得られた。また,特定の膜オルガネラに局在するいくつかの機能詳細不明の蛋白質を同定した。これらの内,エンドソーム−ゴルジ系に動的に局在し,かつ初期発生シグナル伝達を制御することが実験的に示唆される蛋白質を同定したので,現在その作用メカニズムを解析中である。