生理学研究所年報 第29巻  
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細胞器官研究系

生体膜研究部門

【概要】

 脳の興奮性神経伝達を司るAMPA型グルタミン酸受容体の動態や機能を制御する機構を下記の2点に着目して解明し,神経可塑性およびてんかんや認知症などの脳神経疾患発症のメカニズムの理解を目指す。

(1) シナプス膜蛋白質ネットワークの同定と機能解析
 シナプス膜蛋白質(受容体,イオンチャネル,接着分子など)は足場蛋白質,シグナル蛋白質などと複合体(ネットワーク)を形成して,その機能を遂行する。独自に開発した特異性の高い生化学的手法により,脳組織からシナプス蛋白質複合体を精製・同定する。同定したシナプス蛋白質ネットワークがシナプス伝達効率を制御する機構を分子細胞生理学的,遺伝学的手法を用いて統合的に明らかにする。

(2) パルミトイル化脂質修飾機構の全容解明
 翻訳後脂質修飾であるパルミトイル化は,外界刺激に応答してシナプス蛋白質のシナプス膜局在を制御し,シナプス伝達効率や細胞内情報伝達を調節する。我々は独自に発見したパルミトイル化酵素群を手がかりとして,シナプス活動に応答したAMPA受容体の動態制御機構を明らかにする。

 

てんかん関連リガンドLGI1の生理機能の解明

深田優子,岩永剛,深田正紀

 脳内の主要な興奮性シナプス伝達を司るAMPA受容体は神経活動に応じてシナプス発現が精密に制御され,シナプス伝達効率を規定している。最近,私どもはシナプス足場蛋白質PSD-95複合体としてAMPA受容体附属サブユニットStargazin,膜蛋白質ADAM22,および分泌蛋白質LGI1を同定した。これら3つの蛋白質は痙攣・てんかんと関連のある蛋白質であった。これまでに,私どもはLGI1がADAM22のリガンドとして機能し,AMPA受容体機能を促進することを報告した。今年度はLGI1の作用機構を明らかにするために,タグ付きLGI1を発現させたトランスジェニックマウスを作成し,脳内LGI1複合体を精製,同定した。これまでに同定していたADAM22以外にもいくつかの新規LGI1結合蛋白質を見出した。現在,LGI1複合体の生理機能,およびLGIファミリーの機能解析を進めている。

 

PSD-95パルミトイル化酵素によるAMPA受容体動態制御

則竹淳,深田優子,岩永剛,深田正紀

 これまでに,私どもはPSD-95を特異的にパルミトイル化する酵素P-PAT (DHHC2,3,7,15) を同定し,P-PATがPSD-95のパルミトイル化を介してシナプス機能を制御することを見出した。今年度はP-PATの活性が神経活動によりどのように調節されているかを検討した。海馬培養神経細胞をグルタミン酸受容体の阻害剤で処理したところ,PSD-95のパルミトイル化レベルが著しく増加し,PSD-95がシナプス膜に集積することが明らかとなった。この神経活動依存的なPSD-95のパルミトイル化はシナプス近傍に存在するDHHC2によるものであり,ゴルジ体に局在するDHHC3によるものではないことが明らかとなった。さらに,神経活動遮断時に観察されるDHHC2によるPSD-95のシナプスへの移動はAMPA受容体の恒常性維持に必要であることが分かった。

 

Gaパルミトイル化酵素の同定と性状解析

堤良平,深田優子,深田正紀

 3量体G蛋白質aサブユニット(Ga)は古くからパルミトイル化を受けることが知られており,パルミトイル化が細胞膜への集積や機能の発揮に重要であることが示唆されてきたが,Gaパルミトイル化酵素は同定されていなかった。私どもはDHHCパルミトイル化酵素群からGaに対するパルミトイル化酵素をスクリーニングし,DHHC3およびDHHC7がGaパルミトイル化を亢進することを見出した。一方,RNA干渉によりDHHC3およびDHHC7の発現を抑制したところ,Gaのパルミトイル化が低下するとともにGaの細胞膜への局在が減弱した。また,アゴニスト依存的なa1Aアドレナリン受容体・Gaqを介した情報伝達系にDHHC3およびDHHC7が必須であることを示した。さらに,photoconversion法やFRAP法を利用し,Gaqのパルミトイル化依存的なゴルジ−細胞膜間の双方向輸送を明らかにした。以上の結果から,DHHC3およびDHHC7が生理的Gaパルミトイル化酵素であり,Gaの動態を制御していることが明らかとなった。

 

機能協関研究部門

【概要】

 細胞機能のすべては,細胞膜におけるチャネル(イオンチャネル,水チャネル)やトランスポータ(キャリア,ポンプ)の働きによって担われ,支えられている。私達は容積調節や吸収・分泌機能や環境情報受容などのように最も一般的で基本的な細胞活動のメカニズムを,チャネル,トランスポータ,レセプター,センサー,メッセンジャーなどの機能分子の働きとして細胞生理学的に解明し,それらの異常と疾病や細胞死との関係についても明らかにしようとしている。主たる研究課題は次の通りである。

(1)「細胞容積調節の分子メカニズムとその生理学的役割」:細胞は(異常浸透圧環境下においても)その容積を正常に維持する能力を持ち,このメカニズムには各種チャネルやトランスポータやレセプターの働きが関与している。これらの容積調節性膜機能分子,特に容積感受性クロライドチャネル,やそのシグナルの分子同定を行い,その活性メカニズムと生理学的役割を解明する。

(2)「アポトーシス,ネクローシス及び虚血性細胞死の誘導メカニズム」:容積調節能の破綻は持続性の容積変化をもたらして細胞死を誘導する。多くの細胞のアポトーシス,ネクローシス,更には脳神経細胞や心筋細胞の虚血性細胞死の分子メカニズムを解明する。特に,イオンチャネルの関与とそのメカニズムを明らかにし,「細胞死の生理学」という分野を切り開く。

(3)「バイオ分子センサーチャネルの分子メカニズムの解明」:イオンチャネルはイオン輸送や電気信号発生のみならず,環境因子に対するバイオ分子センサーとしての機能を果たし,他のチャネルやトランスポータ制御にも関与する多機能性蛋白質である。特に,アニオンチャネルやATPチャネルやTRPカチオンチャネルの容積センサー機能,メカノセンサー機能およびストレスセンサー機能の分子メカニズムを解明する。

 

TRPM7は細胞容積調節に関与するメカノセンサーチャネルである

沼田朋大,清水貴浩,岡田泰伸

 動物細胞はたとえ異常浸透圧環境下におかれて収縮・膨張を強いられたとしても,速やかに正常容積へと復帰する能力を持っている。浸透圧性膨張後の容積調節はRegulatory volume decrease (RVD)と呼ばれる。RVDは,細胞膨張後に細胞内Ca2+濃度上昇が起き,それに引き続きKClの流出とそれに伴う水の流出によって達成されることがわかっている。しかしながら,RVD過程においてCa2+流入経路として考えられている膜伸展刺激活性化カチオンチャネルの性質の詳細や分子実体については長い間,不明であった。

 今回私達は,ヒト上皮HeLa細胞におけるRVD過程に関与する膜伸展刺激で活性化するカチオンチャネルの分子がMg2+やGd3+に感受性を示すTRPM7であることを発見した。さらにヒト上皮(HEK293)細胞に強制発現されたTRPM7クローンも,膜伸展刺激,細胞容積増大,液灌流刺激により活性化すること発見した。これらの結果は次の2つの論文に報告:Am J Physiol Cell Physiol. 292: C460-467, 2007,Cell Physiol Biochem. 19: 1-8, 2007.

 

過興奮によるニューロンの膨張とネクローシス死の誘導メカニズムの解明:
容積感受性クロライドチャネルの役割

井上華,岡田泰伸

 グルタミン酸受容体の過剰刺激による神経細胞死は過興奮性毒性と呼ばれ,虚血やてんかんなどの病態に深く関連していることが知られている。今回我々は,グルタミン酸受容体の持続的な活性化が神経細胞の膨張をもたらしてネクローシスを引き起こすメカニズムを検討し,容積感受性外向整流性(VSOR)Cl-チャネルが重要な役割を果たしていることを明らかにした(図1)。VSORチャネルは細胞膨張によって活性化され細胞容積調節(膨張から正常容積への回復)を担うチャネルであるが,過興奮刺激によっても活性化される。過興奮時に見られる神経細胞の持続的な膨張 (necrotic volume increase:NVI)には,VSORチャネルを介するCl-の流入が必要で,このチャネルを薬剤により抑制すると過興奮による神経細胞の膨張もネクローシスも抑えられる。また細胞死を引き起こさない短時間の過興奮刺激の後には,膨張した神経細胞は元の容積に回復することができるが,VSORチャネル阻害剤によってこの回復は抑制された。このようにVSORチャネルは過興奮が長時間持続する場合には傷害を悪化させて神経細胞のネクローシスを誘導し,短時間でマイルドな場合にはその後の回復に働くことが明らかとなった。この結果は次の論文に報告:J Neurosci 27: 1445-1455, 2007.

図1:過興奮性神経細胞傷害におけるVSORアニオンチャネルの役割

図1:過興奮性神経細胞傷害におけるVSORアニオンチャネルの役割

 

抗ガン剤耐性に容積感受性クロライドチャネルが関与

LEE Elbert,清水貴浩,沼田朋大,岡田泰伸
伊勢知子,河野公俊(産業医大)

 ガン細胞の抗ガン剤耐性はガン治療において難問中の難問である。プラチナから成るシスプラチンという広く使われている抗ガン剤はDNAと付加体を形成することによってガン細胞にアポトーシス性細胞死を誘導する。しかし,シスプラチンに対し内因性あるいは獲得性耐性を有するガン細胞が何種類も存在している。今回,獲得性シスプラチン耐性モデルとしてシスプラチン耐性KCP-4細胞株を用いて,その耐性メカニズムを研究した。細胞容積調節に関与している容積感受性外向整流性(VSOR)クロライドチャネルの活性化がアポトーシス誘導に重要な役割を果たしていることが知られているので,KCP-4細胞においてホールセルパッチクランプ法でVSORクロライドチャネルの活性を調べたところ,このチャネルの機能的発現はほとんど見られなかった。VSORクロライドチャネル活性の欠落がシスプラチン耐性の因子であるものと仮定して,チャネルの活性を回復させることを試みた。ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤(トリコスタチンA)によって遺伝子転写を促進させるとVSORクロライドチャネル活性の部分的回復が見られ,そしてこの活性回復によってシスプラチン耐性が失われることを細胞生存率とカスパーゼ3活性測定で確認した。これらの結果により,VSORクロライドチャネル活性の欠落がKCP-4ガン細胞のシスプラチン耐性の原因となっていることが明らかとなった(図2)。この結果は次の論文に報告:J Cell Physiol 211: 513-521, 2007.

図2:抗ガン剤耐性におけるVSORアニオンチャネルの役割

図2:抗ガン剤耐性におけるVSORアニオンチャネルの役割

 

細胞生理研究部門

【概要】

 細胞は,それを取り巻く環境の大きな変化の中で,その環境情報を他のシグナルに変換し,細胞質・核や周囲の細胞に伝達することによって環境変化にダイナミックに対応しながら生存応答を行っている。細胞が存在する臓器・組織によって細胞が受け取る環境情報は異なり,従って細胞が持っている環境情報を受信する機能も異なる。それらセンサー蛋白質は環境の変化に応じてダイナミックに感受性や発現等を変化させてセンシング機構の変化からよりよい生存応答を導く機能を有している。これらのセルセンサー蛋白質は種々の化学的,物理的情報を受容し,センサー間の相互作用を行い,多くは最終的に核への情報統合を行う。これらの細胞環境情報センサーの分子システム連関を解明していくことは,個体適応の理解のための基本単位である「細胞の生存応答」を解明するうえで極めて重要である。この細胞外環境情報を感知するイオンチャネル型のセンサー蛋白質の構造機能解析,活性化制御機構の解析を通して細胞感覚の分子メカニズムの解明を目指している。特に,侵害刺激,温度刺激,機械刺激の受容機構についてTRPチャネルに焦点をあてて解析を進めている。

 細胞運動はtailのdetachとfrontの伸展の協調メカニズムによって行われる。この細胞接着・細胞運動の時空間的制御機構の分子メカニズムの解明も目指している。特に,smallG蛋白質Rhoとその関連蛋白質mDia,DIPに焦点をあてて解析を進めている。

 

表皮TRPV4の結合蛋白質の解析

東智広,曽我部隆彰,福見-富永知子,富永真琴

 温度感受性TRPチャネルの1つTRPV4は,もともと低浸透圧で活性化するチャネルとして報告されたが,我々が温度感受性も有することを報告した。TRPV4は,感覚神経のみならず表皮ケラチノサイトや視床下部で発現することが知られている。表皮は温度変化に直接曝露される部位であり,視床下部は体液浸透圧や体温の調節中枢として機能していると考えられている。そこで,TRPV4の活性制御機構を明らかにする目的で皮膚のcDNAライブラリーを用いてTRPV4の細胞内ドメインと結合する蛋白質のスクリーニングを行い,興味深い結合蛋白質を得た。両蛋白質の結合に重要なドメインを明らかにした。両蛋白質をHEK293細胞に共発現させることによって,TRPV4活性増強が観察され,この活性制御にPKCのリン酸化が関与していることが明らかとなった。加えて,この結合の生理学的意義をマウスケラチノサイトで明らかにした。

 

表皮ケラチノサイトにおけるTRPV4の生理機能の解析

曽我部隆彰,富永真琴,福見-富永知子

 温度感受性TRPチャネルのTRPV4,TRPV3は表皮ケラチノサイトに強く発現しているが,TRPV3がより主に表皮での温度感知に関わっていることを観察している。TRPV4の温度感知以外のケラチノサイトでの機能を明らかにする目的でケラチノサイトcDNAライブラリーを用いてTRPV4の細胞内ドメインと結合する蛋白質のスクリーニングを行い,興味深い結合蛋白質を得た。その結果,TRPV4がアドヘレンスジャンクションでコンプレックスを形成してケラチノサイトの細胞接着能を制御して,皮膚のバリアー機能に影響を及ぼしていることが明らかとなった。TRPV4欠損マウスの皮膚では,水分がタイトジャンクションを越えて野生型マウスより速やかに移動すること,それを防ぐために角質層が肥厚していることが判明した。電子顕微鏡による観察で,TRPV4欠損マウスの皮膚では,アドヘレンスジャンクション,タイトジャンクションの形成が未熟であることが分かった。

 

海馬におけるTRPV4の機能解析

柴崎貢志,富永真琴

 温度感受性TRPチャネルの1つであるTRPV4が海馬神経細胞において体温下で恒常的に活性化して静止膜電位の形成を介して神経興奮性に重要な役割を担っていることを報告したが,その生理学的意義を明らかにする目的で実験を進め,野生型マウスとTRPV4欠損マウスでの記憶・学習能力を含めた行動解析に有意な差が認められること,海馬由来とされる脳波活動に野生型マウスとTRPV4欠損マウスで差が見られることが明らかとなった。

 

低酸素,高グルコース環境のTRPV1機能への影響の検討

Violeta Ristoiu,柴崎貢志,富永真琴

 糖尿病では痛み等を主症状とする神経症を合併することが知られており,その発症と感覚神経細胞が低酸素,高血糖に曝されることの関連が知られている。また,この糖尿病性神経症の痛み感覚にカプサイシン受容体TRPV1の発現・機能の変化が伴うことも報告されている。そこで,TRPV1の発現や機能への低酸素,高グルコース環境の影響を解析した。その結果,TRPV1を発現させた培養細胞や単離感覚神経細胞でカプサイシンによる電流が大きくなって細胞外Ca2+依存性の脱感作が起こりにくくなっていることが明らかになった。この現象はPKCによるリン酸化の基質をもたないTRPV1変異体では起こらず,低酸素,高グルコース環境下で培養した細胞ではTRPV1の総蛋白質量は変わらないものの,リン酸化された蛋白質の量が著しく増加していることが判明した。

 

TRPA1チャネルの新規刺激物質の発見

藤田郁尚,内田邦敏,富永真琴

 TRPA1チャネルは種々の侵害刺激によって活性化するイオンチャネルである。パラベンは防腐剤として化粧品等に広く用いられている。化粧品による痛み感覚にこのパラベンが関与するかどうかを検討する目的で,感覚神経に発現して侵害刺激受容や痛みの緩和に関わると推定されているTRPチャネルへのパラベンの効果を検討した。その結果,皮膚に届きうる濃度のパラベンがTRPA1を特異的に活性化することが明らかとなった。また,マウス個体レベルでもパラベンの後肢足底への投与で痛み関連行動が観察されたことから,パラベンはTRPA1活性化を介して痛みを惹起しているものと推定された。

 

TRPM2のインスリン分泌への関与の解析

内田邦敏,川端二功,稲田仁,森泰生(京都大学),富永真琴

 TRPM2チャネルが膵臓b細胞に発現して体温下でb-NAD+,ADP-ribose,cyclic ADP-ribose等のリガンドによって活性化してCa2+流入からインスリン分泌を惹起することを報告しているが,この細胞レベルでのTRPM2の生理学的意義が生体でも認められるかどうかを,京都大学森泰生博士の研究室からTRPM2欠損マウスを得て解析した。その結果,TRPM2欠損マウスから得られた膵臓b細胞はグルコース存在下で熱による細胞内Ca2+濃度増加を示さないこと,経口グルコース負荷試験において野生型マウスと比較してTRPM2欠損マウスで血糖の増加が有意に大きく,正常化が遅いことが判明した。

 

mDia 結合タンパク質の機能解析

松浦敦子,福見-富永知子

 Rhoの標的蛋白質であるmDia の結合蛋白質として知られるDIPの細胞運動における役割の解明を目指して,DIP欠損マウスを作成した。DIP欠損マウスから得られた繊維芽細胞は野生型マウスの繊維芽細胞に比べて細胞運動が著しく低下し,DIP欠損繊維芽細胞へDIP遺伝子を導入することによってその現象が正常化したことから,DIPがアクチン再構成を介して細胞運動の制御に関わっていることが明らかになった。

 


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