生理学研究所年報 第29巻
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統合生理研究系

感覚運動調節研究部門

【概要】

 2007年度は,博士研究員の赤塚康介君が国立久留米工専の助教に栄転した。現在,留学しているのは,藤岡孝子さん(カナダ・トロントのRotman Institute),和坂俊昭君,木田哲夫君(米国NIH),岡本英彦君(ドイツ,ミュンスター大学),の4名である。また総研大卒業生の野口泰樹君は,学振の海外研究者に採用され,カリフォルニア工科大学に留学している。このように人事はかなり変動しているが,常に20名近くの研究者が共に研究にいそしんでいる。

 医学(神経内科,精神科,小児科など),歯学,工学,心理学,言語学,スポーツ科学など多様な分野の研究者が,体性感覚,痛覚,視覚,聴覚,高次脳機能(言語等)など広範囲の領域を研究しているのが本研究室の特長であり,各研究者が自分の一番やりたいテーマを研究している。こういう場合,ややもすると研究室内がバラバラになってしまう可能性もあるが,皆互いに協力し合い情報を提供しあっており,教室の研究は各々順調に行われている。脳波と脳磁図を用いた研究が本研究室のメインテーマだが,最近はそれに加えて機能的磁気共鳴画像(fMRI),近赤外線分光法(NIRS),経頭蓋磁気刺激(TMS)を用いた研究も行い成果をあげている。

 共同研究も順調に進んでいる。国際的にはドイツ,ミュンスター大学のPantev教授の研究室,トロントのRotman Institute のRoss教授の研究室,NIHのHallett教授の研究室,イタリアのChieti大学のRomani教授,カリフォルニア工科大学の下條教授,ミネソタ大学のDomino教授,英国のバーミンガム大学のEdwards先生の研究室との共同研究が着実に成果をあげている。また,国内では生体磁気共同研究が6件行われており,また中央大学心理学科とは乳児のNIRS記録により,群馬大学麻酔科とは「心の痛み」に関して興味ある結果を得つつある。

 

Inner experience of pain : imagination of pain while viewing images showing painful events forms subjective pain representation in human brain
(心の痛みのメカニズム解明)

荻野祐一(群馬大学医学部),乾幸二,柿木隆介

 以前から「心の痛み」といった表現が良く使われてきたが,その実態は不明であった。しかし,今回の研究で初めて心が痛いと感じるときの脳活動が明らかにされた。研究では,機能的MRI(fMRI)を用いて,痛みを想像したときの脳活動を計測したところ,それは本当に痛みを与えられたときとほぼ同一の場所であった。また,恐怖の画像を呈示した時には扁桃体に活動が見られ,同じような不快な画像に対しても,心が痛い時とは異なる脳活動が見られた。本研究により,確かに「心は痛む」ことを,最新の脳科学機能画像を用いて初めて科学的に証明することに成功した。近年,科学文明が進むことによって発生している様々な新しい心の問題,例えば教育現場で問題になっている「いじめ」や,社会恐怖症,あるいはうつ病の増加などの原因解明や治療につながる重要な研究と考えられる。

 なお,この研究は群馬大学麻酔科との共同研究の成果である。(Ogino Y, Nemoto H, Inui K, Saito S, Kakigi R, Goto F. Cerebral Cortex 2007; 17: 1139-46.)

 

Time-varying cortical activations related to visual-tactile cross-modal links in spatial selective attention
(空間的注意における視覚−触覚間クロスモダルリンクに関わる脳磁界反応)

木田哲夫,乾幸二,和坂俊昭,赤塚康介,田中絵美,柿木隆介

 空間的注意による神経活動の変化はよく知られている。近年この注意効果は他の感覚モダリティにも及ぶこと(クロスモダルリンク)が報告されたが,その神経機構の時間動態は未だ解明されていない。本研究では脳磁場記録により,視覚−触覚間のクロスモダルリンクに関わる皮質処理の時間動態を調べた。視覚,触覚ともに標的,非標的刺激を右視野(右手第2指),左視野(左手第2指)に約1秒間隔でランダム順に提示した。被験者は4つの注意条件をランダム順に行った(右体性感覚・左体性感覚・右視覚・左視覚注意)。右手体性感覚刺激に対する二次体性感覚野(SII)付近の脳磁場反応(潜時80ms〜)は,右体性感覚注意時だけでなく右視覚注意時にも増大したが,一次体性感覚野の反応には有意な変化は認められなかった。左手刺激でも同様の結果が得られた。これらの結果より,体性感覚入力に対する潜時80ms以降のSII近辺の神経活動は,注意された感覚モダリティに関係なく,空間的注意により変化することが示唆された。(Kida T, Inui K, Wasaka T, Akatsuka K, Tanaka E, Kakigi R. J Neurophysiol 2007: 97, 3585-3596)

 

Left hemispheric dominance during auditory processing in noisy environment
(騒音環境下での聴覚信号処理における左半球の優位性:カクテルパーティー効果の解明)

岡本英彦,柿木隆介,Stracke H,Ross B,Kakigi R,Pantev C(ドイツ,ミュンスター大学)

 日常生活において私達は,自分達にとって意味のある音信号と同時に,自分達にとって意味のない雑音に晒されている。音信号処理の過程で,これら音信号と雑音によって引き起こされた神経活動は互いに干渉しあうと考えられる。今回の実験では脳磁図を用いて,雑音と信号音によって引き起こされる神経活動の,一次聴覚野と関連聴覚野における相互作用を計測した。音信号と雑音は同側(ipsi-lateral masking)または対側(contra-lateral masking)に提示された。その結果,音信号と雑音の相互干渉作用により,両条件下で音信号により惹起された脳神経活動の有意な減少がみられたが,左半球の神経活動の低下は右半球に比し,有意に小さかった。この結果より,騒音環境下においては,左半球の方が右半球より音信号処理に重要な働きをすると考えられる。日常生活において,私達は声と雑音に同時にさらされており,雑音による神経活動を抑える必要がある。いわゆる「カクテルパーティー効果」はこの脳活動によると考えられる。今回私達が発見した,騒音環境下における左半球の優位性は,声のような複雑な音声刺激処理における,左半球優位性に繋がるのではないか,と考えられる。(ドイツ ミュンスター大学・カナダ トロント大学との共同研究)。 Okamoto H, Stracke H, Ross B, Kakigi R, Pantev C (2007) BMC Biol. 5, 52. (Online Journal)

 

Neural activation to upright and inverted faces in infants measured by near infrared spectroscopy
(近赤外分光法 (NIRS) によって乳児の顔認知に半球間機能差が発見された)

大塚由美子,仲渡江見,金沢爽,山口真美(中央大学心理学科),渡辺昌子,柿木隆介

 近赤外分光法(NIRS)を用いて,正立顔と倒立顔の提示に対する乳児の脳活動を計測した。NIRSは脳血流の変化を非侵襲的に計測する技術である。さらに,NIRSは計測中に身体や頭部を固定する必要が無いため,覚醒状態にある乳児を対象とした脳活動の計測に非常に有用である。本研究では乳児用に新たに開発されたプローブを用いて計測を行った。生後5-8ヶ月の乳児10名を対象として,正立の顔と倒立の顔を観察中の左右側頭部位における脳血流の変化を計測した。本研究の結果は以下のようなものである。(1)正立顔の観察中には,右側頭部位において酸素化ヘモグロビン(oxy-Hb)濃度と総ヘモグロビン (total-Hb)濃度が上昇した。(2)右側頭部位においては,正立顔観察中の総ヘモグロビン(total-Hb)濃度と倒立顔観察中の総ヘモグロビン(total-Hb)濃度が異なっていた。(3) これらの結果から,正立顔の認知には左半球よりも右半球がより重要な役割を果たすと考えられた。さらに,(4) 顔認知に関与すると考えられている左右両半球側頭部の上側頭溝(STS)付近において,最も大きな脳血流の変化が示された。本研究の結果から,脳血流反応の計測を行うことで乳児期において顔の倒立効果に半球間機能差が存在することがはじめて明らかにされた。なお,本研究は中央大学文学部との共同研究である。(Otsuka Y, Nakato E, Kanazawa S, Yamaguchi MK, Watanabe S, Kakigi R: Neuroimage. 34 (1) :399-406, 2007)

 

種々の第2次視覚性仮現運動刺激に対するヒト脳反応特性

田中絵実,野口泰基,柿木隆介,金桶吉起

 視覚的に運動を検出する機構は,大きく分けて2とおりあるといわれている。ひとつは,運動物体の輝度変化を検出するもので,他のひとつは模様,コントラストなど輝度変化のない場合の運動検出機構である。前者は第1次,後者は第2次の運動検出機構と呼ばれている。第2次運動検出機構が第1次運動検出機構とどのように異なる機構によるのか,また第2次運動検出機構はただひとつの機構であるのか,依然不明である。我々は,コントラスト,模様,時間周波数によって定義された図形の仮現運動刺激を作成し,それらに対するヒト脳反応を脳磁図にて記録し,第1次仮現運動刺激に対する反応と比較検討した。反応はいずれもヒトMT+付近を中心に分布し,各刺激間での差はなかった。しかし,反応特性はそれぞれで有意に異なっていた。これらの結果は,第2次運動の検出にはそれぞれの刺激特性に応じて定義された領域の検出には独自の検出機構が存在すること,そしてその後は共通の運動検出機構によって処理されることを示唆する。(Neurosci. Res. 2007, 59, 172-182)

 

Interhemispheric difference for upright and inverted face perception in humans:
an event-related potential study
(正立顔・倒立顔情報処理の左右半球間差:事象関連電位を用いた検討)

本多結城子,渡邉昌子,中村舞子(東京慈恵会医科大学神経内科),三木研作,柿木隆介

 一般に正立顔の情報処理は右半球が優位であるとされているが倒立顔に関して左右半球の機能差は明らかでない。顔情報を持つ刺激(正立顔,倒立顔)を左右半視野呈示した際の事象関連電位を記録し顔認知特異的成分 (N170)の左右差を検討した。

 その結果,すべての被験者において刺激呈示後150〜250ミリ秒に後側頭部で大きな陰性成分N170が記録された。振幅は両半球において正立顔と比較し,倒立顔で増大していた。潜時は右半球において正立顔と比較し,倒立顔で延長していたが,左半球では明瞭な相違はみられなかった。また,半球間伝達時間を検討した結果,左半視野に倒立顔刺激が呈示された際のみ著明な短縮がみられ,右半球は倒立顔の情報を左半球に速やかに伝達していることが示唆された。左半球では倒立顔刺激に対し潜時の延長はなく振幅の増大を示すことから,倒立顔に対する特別な情報処理過程が存在する可能性が考えられた。(Honda Y, Watanabe S, Nakamura M, Miki K, Kakigi R, Brain Topography, 20, p.31-39)

 

侵害刺激による早期皮質活動

王暁宏,乾幸二,柿木隆介

 レーザー刺激は選択的侵害刺激として有用な方法であるが,熱伝導により侵害受容器を興奮させるために試行毎の受容器興奮に若干の時間的ずれが発生してしまう。このために微弱な早期活動が加算の結果失われている可能性を検討するために,試行毎の皮質活動を解析し,応答潜時を揃えて再加算する(L-AVE)方法で検討した。刺激は左手背へのレーザー刺激である。

【結果】従来の報告と同様に,皮質応答の主体はおよそ170msに頂点のある両側第二次体性感覚野(S2)と,ほぼ同じ潜時の刺激対側S1の活動であった。これに加え,L-AVEの波形では刺激後110ms付近にこれら3部位の活動が認められた。従って侵害刺激は少なくとも110ms後には体性感覚野で処理されていると考えられる。侵害刺激の皮質での情報処理様式は,主活動(170ms付近)のS1とS2の潜時を元に考察されてきたが,この考えを見直す必要があると思われる。(Exp Brain Res 180: 481-489, 2007)

 

痛覚関連誘発電位は,心周期の修飾を受ける

Edwards L,王暁宏,乾幸二,柿木隆介

 動脈圧受容器反射が痛みを修飾することは知られている。しかしながら他覚的にこれを検証した研究はこれまでなかった。本研究では,左手背へのレーザー刺激により誘発される痛覚関連脳電位N2/P2成分の振幅と心周期の関連を検討した。

【結果】N2/P2振幅は,収縮期(R波から刺激までの時間が250msから450ms)のトライアルで有意に減少した。動脈弓及び頸動脈の圧受容器はR波後100-400msで発火が頂点に達すること,及び圧受容器から大脳への伝導時間を考慮すると,このタイミングは心収縮による圧受容器の興奮が侵害情報処理に影響を与えたと考えるのに極めて妥当である。本研究は心周期が痛覚に影響を及ぼすことを誘発活動を用いて示した初めてのものである。(Pain 137: 488-494, 2008)

 

「目の動き」を見たときの後頭側頭部の活動に対する顔輪郭とパーツ情報の影響

三木研作,渡辺昌子,本多結城子,中村舞子,柿木隆介

 日常生活では,顔の動きの認知は大変重要であり,我々はこれまで「顔の部分の動き」に対するヒトの運動視中枢(MT/V5野)の活動について脳磁図を用い,調べてきた。今回,「目の動き」が単なる「ドットの動き」と区別されるための要因と考えられる顔の輪郭とパーツ情報の影響を検討した。

 2枚の刺激を連続提示し,被験者に運動が知覚される仮現運動を利用した2条件の視覚刺激を用い,誘発脳磁場を測定した。(1) CDL:模式的な顔の絵(輪郭,目,口)の中で目の部分が動く刺激。(2) CD:CDL条件より口の部分を除いた刺激。(3) DL:CDL条件より輪郭を除いた刺激。(4) D:CDLより輪郭と口を除いた刺激。単一等価電流双極子モデルを用い,活動源を推定した。

 活動源は後頭側頭部,MT/V5野付近に推定された。頂点潜時及び推定位置に両条件で有意な差はなかったが,活動の大きさは,右半球では,CDL条件の方がCDL,DL,D条件よりも有意に大きかった。また左半球では,CDL条件の方がDL,D条件よりも有意に大きかった。

 ヒトのMT/V5野で「目の動き」に対する特異的な活動が起こり,その際,顔の輪郭とパーツの情報が重要な役割を担っている可能性が示唆された。(NeuroImage 35: 1624-1635, 2007)

 

Voluntary attention changes the speed of perceptual neural processing
(知覚性神経処理の注意による加速効果)

野口泰基(名古屋大学医学部保健学科),田邊宏樹,定藤規弘
寳珠山稔(名古屋大学医学部保健学科),柿木隆介

 目の前のある空間に注意を向けているとき,その空間に出現した刺激への反応は,注意を向けていないときに比べて有意に速くなる。この注意による加速効果は反応時間を指標とする心理学の研究では古くから知られてきたが,脳の中の神経活動が注意による同様の効果を受けるかどうかは未解明であった。本研究では時間分解能に優れた脳磁計(MEG)を用いてこの点を検討したところ,①視覚刺激によって誘発された視覚性脳磁場反応の潜時は,その刺激に注意を払うことによって有意に短縮されること,②この潜時の短縮は,同時に得られた被験者の行動指標(反応時間)の短縮と有意な相関を示すこと,の2点が明らかになった。これらの結果は,注意に対する従来の心理学見解を神経科学的な面から証明したものと言える。(European Journal of Neuroscience, 25(10):3163-3172)

 

Spatial contexts can inhibit a mislocalization of visual stimuli during smooth pursuit
(視空間的要因による眼球運動性位置ずれ現象の補正)

野口泰基(名古屋大学医学部保健学科),下條信輔(カリフォルニア工科大学生物学部)
柿木隆介,寳珠山稔(名古屋大学医学部保健学科)

 追従性眼球運動中に視覚刺激を瞬間提示すると,その刺激の位置は眼球運動を行っている方向にずれて知覚される(smooth-pursuit mislocalization)。従来は視覚刺激が脳内に到達するのにかかる時間的ラグがこの位置ずれ現象を生み出していると考えられてきたが(時間説),我々の研究では当該視覚刺激がずれる方向にもう1つ別の視覚刺激(障害物)を提示することで,この位置ずれが抑制されることを見出した。この結果は従来の時間説では説明できず,視覚刺激同士の位置関係という空間的な要因も,位置ずれ現象に関与していることを示している。 (Journal of Vision, 7(13):13.1-15)

 

Objective examination for two-point stimulation using a somatosensory oddball paradigm: an MEG study

赤塚康介,柿木隆介

 ヒトの体性感覚を研究していく上で有用な方法として二点識別閾測定法がある。この測定法の問題点として,被験者の内因的な要素に影響を非常に受けやすいという点がある。そこで,この問題を解決するために,オドボール課題を用いて誘発されるミスマッチ反応を用いて,自動的二点識別検出機構を解明することを目的として実験を行った。その結果,標準刺激を一点と感じ逸脱刺激を二点と感じるような場合,又は標準刺激を二点と感じ逸脱刺激を一点と感じるような場合にミスマッチ反応が記録された。また,ミスマッチ反応は一次体性感覚野と二次体性感覚野に発生源が推定された。今回の研究により,二点識別に関して刺激に注意を向けない状態でも誘発される体性感覚ミスマッチ反応を測定することができた。この方法により,臨床の場において被験者の内因的な問題に結果の左右されることのない神経生理テストとして利用することが可能であると思われる。(Clinical Neurophysiology 2007; 118: 403-411)

 

The effect of stimulus probability on the somatosensory mismatch field

赤塚康介,柿木隆介

 聴覚刺激を用いたミスマッチ反応に関する研究は多いが,体性感覚刺激による研究は少なく,その詳細については明らかになっていない。そこで,本研究では体性感覚刺激を用いた逸脱刺激の刺激頻度がミスマッチ反応の大きさや潜時に影響を与えるか検討した。その結果,逸脱刺激の頻度が10%のときにミスマッチ反応が記録された。発生源を推定したところ刺激対側一次体性感覚野,刺激対側二次体性感覚野に推定された。今回の研究では,逸脱刺激の刺激頻度が10%のときにはミスマッチ反応がみられたが,20%,30%のときにはミスマッチ反応はみられなかった。このことは,体性感覚刺激によるミスマッチ反応も聴覚刺激により誘発されるものと同様に逸脱刺激の刺激頻度により影響を受けるという特徴を持っていることを示唆するものであり,多くの研究が報告がされている聴覚刺激により誘発されるミスマッチ反応と同様の特徴を体性感覚ミスマッチも持っていることが判明した。(Experimental Brain Research. 2007; 181:607-614)

 

 

生体システム研究部門

【概要】

 私達を含め動物は,日常生活において周りの状況に応じて最適な行動を選択し,あるいは自らの意志によって四肢を自由に動かすことにより様々な目的を達成している。このような随意運動を制御している脳の領域は,大脳皮質運動野と,その活動を支えている大脳基底核と小脳である。逆にこれらの領域に異常があると,パーキンソン病やジストニアに見られるように,随意運動が著しく障害される。本研究部門においては,このような随意運動の脳内メカニズムおよびそれらが障害された際の病態,さらには病態を基礎とした治療法を探ることを目的としている。

 そのために,①課題遂行中の霊長類の神経活動の記録を行う,②大脳基底核疾患を中心とした疾患モデル動物(霊長類・げっ歯類)からの記録を行う,③このような疾患モデル動物に様々な治療法を加え,症状と神経活動の相関を調べる,ことを行っている。

 平成19年度から,新たに佐野裕美研究員が加わり,手法が従来の神経生理学的・神経解剖学的方法から,新たに分子生物学的方法にも広がりつつある。

 

運動遂行中におけるマカクサル視床下核の活動様式の解明

畑中伸彦,高良沙幸,橘吉寿,南部篤

 大脳基底核は大脳皮質−基底核連関の一部として,運動の遂行,企図,運動のイメージ,習慣形成などに関わるとされている。大脳基底核を構成する核の一つである視床下核は大脳皮質からの興奮性入力を受け,淡蒼球内節および外節と黒質網様部に興奮性の出力を送る。この出力は線条体を経由する直接路よりも速く到達するためハイパー直接路と呼ばれる。また視床下核は淡蒼球外節からの抑制性入力(間接路)を受けており,大脳基底核の出力核である淡蒼球内節および黒質網様部に時間的に差のある2種類の出力を送るとされている。このように,視床下核は大脳基底核の入力核でもあり,介在部でもある複雑な働きをしていると考えられる。われわれはサル視床下核ニューロンを大脳皮質運動野にある一次運動野近位領域および遠位領域,補足運動野上肢領域に対する刺激への応答様式から分類し,その後,そのニューロンの遅延期間付き3方向への上肢到達運動課題を実行中の活動様式を記録した。今後は単一ニューロン記録と薬物の微量注入を併用し,視床下核ニューロンへの興奮性・抑制性入力をブロックした場合の運動課題実行中の活動様式を観察し,興奮性・抑制性の入力がどのように影響を与えていたか検討する予定である。

 

サルの視床下核における大脳皮質運動領野からの投射様式

橘吉寿,岩室宏一,南部篤

 大脳皮質運動領野から視床下核への投射様式を解明するために,マカクサルを用いて,視床下核ニューロンの一次運動野と補足運動野の電気刺激に対する応答性を調べた。大脳皮質運動領野から投射を受ける視床下核ニューロンの約30%は一次運動野と補足運動野の両方の電気刺激に対して応答し,約70%はどちらか一方に応答した。また,一次運動野からの投射領域は視床下核背外側に,補足運動野からの投射領域は視床下核腹内側にあり,各領域内では後肢,前肢,口腔顔面の体部位再現を認めた。以上から,大脳皮質運動領野から視床下核への投射は,ある程度の機能および体部位局在を保ちつつ,運動に関する情報を統合処理している可能性が示唆された。

 

覚醒下モデルマウスからニューロン活動を記録して,ジストニアの病態を解明する

知見聡美,南部篤
Pullanipally Shashidharan(マウントサイナイ医科大学)

 ジストニアは,持続性または反復性の筋収縮により,体幹,四肢の異常運動を示す疾患である。適当なモデル動物が存在しなかったことから,正確な病態については明らかにされていない。本研究では,ジストニアの病態を解明することを目的として,ヒト全身性ジストニアの原因遺伝子(DYT1)を組み込むことによって作製したジストニアモデルマウスのニューロン活動を,覚醒条件下で記録した。大脳基底核の出力部である淡蒼球内節において,ニューロンの自発活動の著しい低下と,バーストや長い活動休止を伴う異常な活動パターンが観察された。また,これらのニューロンは,大脳皮質運動野の電気刺激に対して,長い抑制を伴う異常な応答パターンを示すことがわかり,ジストニアにおける異常運動の出現に関与していることが示唆された。さらに実験を進めることにより,ジストニアの正確な病態を明らかにし,効果的な治療法を検索する事が出来ると期待される。

 


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