生理学研究所年報 第29巻
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発達生理学研究系

認知行動発達機構研究部門

【概要】

 2007年度は新たに梅田達也君が博士研究員として参加。一方で脊髄損傷プロジェクトを中心になって担ってきたCREST研究員の西村幸男君が7月より米国ワシントン大学に留学した。CRESTのプロジェクトは3年目,HFSPも3年目を迎え,成果が多く得られるようになってきた。5月には米国フロリダで開催されたVision Science Societyの年会でHFSP共同研究チームでシンポジウムを主催するとともに米国,オランダ,カナダの研究チームと合宿を行い,共同研究の進捗状況を報告しあうとともに今後の研究計画を議論した。翌2008年1月には今度は,我々がホストとなって沖縄でミニシンポジウムを開催するとともに合宿を行った。HFSPの共同研究では,カナダ国クイーンズ大学のMunoz教授と大学院生のMarino氏が一定期間滞在して上丘のスライス標本での実験を行うとともに南カリフォルニア大学のItti博士とも片側一次視覚野損傷サルの注意に関する共同研究を行っている。またCRESTでのプロジェクトでは,サルの脊髄損傷からの回復過程での大脳皮質の様々な部位の活動変化とその機能回復への寄与を解析した研究を2007年11月にScience誌に発表することができた。一方で米国Duke大学のHall教授との上丘局所神経回路において中間層から浅層への抑制性投射を解析した論文を米国科学アカデミー紀要に発表することができた。その他,様々な研究の成果が順次発表できる体制になってきたと感じている。

 

随意運動の制御における脊髄反射回路の役割
−随意運動中の活動様式と末梢感覚入力との関連性−

関和彦,武井智彦

 我々は,覚醒サルにおいて脊髄反射回路に関わるニューロンを同定する方法を確立し,随意運動中に同定されたニューロンの活動を記録することによって,随意運動の制御における脊髄反射回路の役割を明らかにしようとしている。本年度は脊髄ニューロンの上腕末梢求心神経への電気刺激によって得られる同定パターンと随意運動中の活動様式との関連性について検討した。実験にはニホンザル2頭を用いた。遅延時間付き手首屈曲進展運動を行わせている間のニューロン活動を下位頚髄より記録した。ニューロンの同定は,サルの筋求心神経(橈骨神経深枝DR),皮膚求心神経(橈骨神経深枝SR),混合神経(正中神経M)に慢性的に装着したカフ電極へ与えた電気刺激に対する反応を用いて行った。そして,各神経への電気刺激に対して応答のあったニューロン (n=174) のうち単シナプス性の潜時で応答を示したニューロン(n=70) を解析対象にした。その結果,大部分のニューロン (DR=82%,M=72%,SR=100%) において手首運動に応じた発火頻度の変化が認められた。またそれらの活動性の変化パターンはそれぞれの求心神経の受容器の位置(手掌部か,手背部か)に有意に相関していた。この結果は,手首運動によって引き起こされる皮膚・筋受容器からのフィードバック(re-afference) が脊髄ニューロンをドライブしている可能性を示していた。

 

第一次視覚野損傷サルの残存視覚運動変換機能とその神経生理

吉田正俊,伊佐正

 盲視の動物モデルとして片側の第一次視覚野を外科的に切除したニホンザルを二匹作成して,急速眼球運動を指標とした行動実験および神経生理学的実験を行った。(1)強制選択型の視覚誘導性眼球運動課題を遂行できることを確認した。(2)視覚検出型の視覚誘導性眼球運動課題の成績が (1)の課題から予想されるよりも悪いことを見出した。 (3)上丘から(1)の課題遂行中の単一神経活動を記録し,視覚刺激への反応および急速眼球運動の遂行に関わる活動があることを見出した。(4)さらに(2)の課題遂行中の視覚刺激への反応は視覚検出の成功不成功と相関していることを見出した。(5)強制選択型の視覚誘導性眼球運動課題での急速眼球運動の軌道を解析し,正常視野への急速眼球運動と比べて,軌道が真っ直ぐになっていることを見出した。また,急速眼球運動の反応潜時の分布が正常視野と比べて変わっていることを見出した。これらのことは,第一次視覚野損傷が,視覚のみならず,急速眼球運動のコントールおよび意思決定の過程へ影響を及ぼすことを示唆している。

 

マウス上丘局所GABA作動性ニューロンによるwide-field vertical cellの
活動制御機構

金田勝幸,伊佐正

 上丘浅層のwide-field vertical (WFV) cellはその樹状突起を浅層内で広範に投射し,動く物体の認知に関わっている。この細胞の活動制御における局所GABA作動性ニューロンの役割をマウスの上丘スライス標本を用いてホールセル記録により検討した。その結果,(1) WFV cellは局所GABA作動性ニューロンからfeedforward抑制を受けていること,(2) この抑制により視神経の連続刺激によってもバースト発火は誘発されないこと,(3) 抑制性入力は遠位よりも近位の樹状突起に強く入力している傾向があること,(4) ひとつの細胞の抑制性入力を細胞内からブロックすると,視神経の連続刺激によってバースト発火が誘発されること,が明らかになった。以上の結果は,局所GABA作動性ニューロンがWFV cellの発火パターンを決定する上で重要な役割を果たしていることを示唆している。

 

幼若時片側除皮質ラットにおける皮質脊髄路の大規模変化

梅田達也,伊佐正

 幼若時片側除皮質ラットでは,成熟時において対側上肢の運動機能に異常が少ない。その代償機構の神経メカニズムの解明のため,解剖学的・電気生理学的手法を用いて,幼若時片側除皮質ラットにおける下行性神経回路を調べた。損傷皮質と対側の運動野に順行性トレーサーBDAを導入した結果,導入領域と対側の上丘・赤核・橋核,同側の後索核・脊髄灰白質といった通常の投射領域とは反対側の領域にも軸索投射が確認された。更に,錐体を電気刺激した結果,両側の運動ニューロンから多シナプス性の活動が惹起された。同側運動ニューロンへのシグナルは脊髄介在ニューロンを介する経路と網様脊髄ニューロンを介する経路によって伝わっていた。以上の結果は,幼若時片側除皮質後,上肢運動を制御する代償的な神経回路が広範囲で形成される事を示唆する。

 

ボトムアップ性視覚注意における一次視覚野の機能

池田琢朗,吉田正俊,伊佐正

 視覚刺激の提示後に当該位置への反応が速くなる現象(attention capture:注意補足)と,逆に反応が遅くなる現象(Inhibition of return:復帰抑制)が知られている。こうしたボトムアップ性視覚注意の神経基盤を調べるために,片側の一次視覚野を除去したニホンザルを用いた行動実験を行ったところ,一次視覚野の除去に伴い復帰抑制は消失するものの注意補足は残存することを発見した。この結果は,一次視覚野は復帰抑制において重要である一方で,注意補足においては必ずしも不可欠ではないことを意味しており,一次視覚野を介した皮質系視覚経路と上丘を中心とした皮質下の視覚経路の間に機能的な差異があることを示唆している。

 

把握運動に関与する脊髄ニューロンの役割
−フィールド電位を用いた解析−

武井智彦,関和彦

 我々は,把握運動の制御における脊髄神経機構の役割を解明するために,ニホンザルを対象とした電気生理学的実験を行っている。当該年度は脊髄で記録されるフィールド電位に着目し,把握運動中の脊髄神経活動 (Local field potential : LFP) と上肢筋活動 (EMG) 間の相関関係(コヒーレンス)を検討した。

 2頭のニホンザルに対して示指と拇指でレバーを摘む課題を訓練し,さらに外科的手技により脊髄LFPを記録するためのチャンバー及びEMG記録用のワイヤー電極を装着した。サルがレバーを静的に保持している期間を対象として信号間のコヒーレンスを調べたところ,164組のLFP-EMGペアのうち34組 (21%) において有意なコヒーレンスが認められた。さらにこれらのコヒーレンスの周波数帯域を調べると,①14-55Hzに限局したコヒーレンス (narrowband coherence:NB) と②5-100Hzにわたるコヒーレンス (broadband coherence:BB) の2群が存在することが明らかとなった。

 各群の課題中の時間的変化を調べた結果,BB群はサルがレバーを動的に摘んでいる期間及び静的に保持している期間で認められるのに対して,NB群は動的な運動時に限局して現れることが明らかとなった。また信号間の時間関係を調べたところ,BB群では脊髄LFPがEMGに先行していた(平均7.1ms)のに対して,NB群は多くのペアにおいてEMGがLFPに先行した(平均13.3ms)。さらに,脊髄内での解剖学的分布を比較したところ,NB群は背側から腹側の広い部位で認められたのに対して,BB群は腹側部に限局して認められた。

 これらの結果から,NB群は動的な運動時に生じる感覚フィードバックが脊髄の広範な神経機構へと入力されていることを示していると考えられた。一方,BB群は脊髄運動ニューロンプールから支配筋活動へ神経活動が伝播していることを反映していると推察された。

 

The lateral interaction in the superficial of the mouse superior colliculus slice

Penphimon Phongphanphanee1,2 and Tadashi Isa1,2,3
(1 Department of Developmental Physiology, National Institute for Physiological Sciences
3 Core Research for the Evolutionary Science and Technology (CREST),
Japan Science and Technology Corporation (JST))

 Lateral connections within the superior colliculus (SC) have been proposed to mediate temporal and spatial competition among multiple visual stimuli. Many models commonly assume that the strength of the local neuronal connections depends on the distance between neurons. To test these models, we measured the excitatory and inhibitory responses of SGS cells in the horizontal slices, comprised of stratum griseum superficiale (SGS) and stratum opticum (SO), and preserving the local architecture of the topographical map. We used the 8x8 planar array electrodes to stimulate the various locations in the SO and recorded postsynaptic responses from the cell in the SGS by whole-cell patch-clamp recording. We found short-range excitation surrounded by long-range inhibition in the local circuits of the SGS layer. When excitatory and inhibitory interactions were separated and compared with voltage-clamp recordings at different holding potentials, inhibition exhibited a delayed onset and longer duration than the excitation. We conclude that local lateral interactions in the SGS layer play a key role in the competition of visual input in the SC local circuit.

 

一次運動野の機能脱失にともなう鏡像運動の生成機構

坪井史治,斎藤紀美香,伊佐正
西村幸男(ワシントン大学,生物物理)

 中枢神経系に損傷を負った際に,鏡像運動が出現することがある。本研究では,この鏡像運動の生成機構を明らかにするために,サル一次運動野 (M1) にGABAA受容体のアゴニストであるムシモルの微量注入 (0.5-3m1) し,一時的な機能脱失モデルを作成して鏡像運動を起こさせ,その生成に関与する中枢機序を調べた。

 2頭のサルを対象に,右手固定状態で左手の把持運動を行わせ,左右上肢筋のEMG活動とビデオ撮影によって動作を記録した。右のM1指領域へムシモルを注入した結果,左手で把持動作を行おうとすると手指の運動障害がみられるとともに右手に鏡像運動が出現し,左右同名筋間で鏡像的なEMG活動も観察された。そこで次に,左のM1指領域へムシモルを注入したところ,この右手の鏡像運動及び鏡像的なEMG活動は消失した。以上の結果より,M1の機能脱失後に出現する鏡像運動の生成には鏡像運動肢と反対側のM1が関与していることが示唆された。

 

片側−次視覚野切除サルの上丘における単−細胞活動記録

高浦加奈,吉田正俊,伊佐正

 当研究室では健在までに,盲視のモデル動物である片側一次視覚野切除サルを用いて損傷視野内での視覚運動変換応力について各種サッケード課題での検討を行ってきており,これらのサルが視覚誘導性サッケード課題だけでなく記憶誘導性サッケード課題をも遂行可能であることを明らかにしてきた。

 本研究ではこれらの損傷視野内での視覚運動変換能力の神経基盤を検討するために,課題遂行時の上丘中間層での単一細胞活動記録を行っている。現在までに損傷側上丘が健常側上丘と同様に視覚応答・運動性発火活動を示すだけでなく,さらに視覚誘導性サッケード課題の記憶保持期間に強い持続性発火活動を示すことなどが確認されている。

 

 

生体恒常機能発達機構研究部門

【概要】

 当部門は,発達および障害回復の過程で一旦形成された機能的神経回路に起こる再編成のメカニズムを回路レベルで解明することを主な目標に研究をしている。そのため,3つのサブテーマについて研究を進めている。1) 発達期における再編のメカニズムとして,シナプスレベルにおいて,伝達物質のスイッチング,2) 細胞内イオン環境の変化によるGABAの興奮性から抑制性へのスイッチとその制御機構について細胞内Clイオンくみ出し分子KCC2の機能制御を中心に,神経栄養因子,環境/回路活動による制御を検討している。3)神経回路の可塑的変化を生体で観察するため,フェムト秒パスルレーザーを用いた多光子励起法を利用して,マウス大脳皮質細胞やシナプスの可視化技術の確立および技術向上をおこなった。その結果,マウス大脳皮質全層における神経細胞・グリア細胞およびその微細構造を可視化することが可能となった。これらの技術を利用して,現在,神経回路の微細構造の長期変化の観察を試みている。人事として,本年9月に北村明彦JST研究員が味の素中央研究所に転出した。本年度4月に江藤圭氏が特別共同利用研究員として九州大学から,また10月から平尾顕三氏が総研大3年生(後期入学)として研究に参加した。オーストラリアサウスウェールズ大学Andrew Moorhouse氏が外国人客員教授として伝達物質のスイッチングの研究に,またブルガリアーアカデミー神経生物学研究所からJana Chekalarovaが学術振興機構短期招聘研究員として脳障害の回路再編機構の研究に参画した。

 

神経伝達物質のスイッチング

石橋仁,西巻拓也,山口純弥,鍋倉淳一

 ラット聴覚系中経路核である外側上オリーブ核に内側台形体核から入力する伝達物質自体が未熟期のGABAから成熟期のグリシンに単一終末内でスイッチすることを明らかにした。この伝達物質のスイッチングは,発達期における主要な再編成機構である余剰回路の除去や伝達物質受容体の変化と並ぶ大きなカテゴリーの変化と考えられる。現在,何故未熟期にはGABAである必要があるのかを,GABAの未熟期における興奮性およびGABAB受容体の発達変化と関連機能についてGABAB受容体遺伝子改変動物を用いて検討している。また,GABAからグリシンへスイッチするメカニズムについても検討を神経終末内GABAおよびグリシン濃度の変化の観点から開始した。

 

細胞内Cl-制御機構KCC2によるGABAの興奮−抑制スイッチと分子機構の解明

渡部美穂,石橋仁,平尾顕三,北村明彦,和氣弘明,鍋倉淳一

 未熟期および虚血や傷害後早期にGABAは興奮性伝達物質としての作用を獲得する。これはGABAA受容体に内蔵するチャネルを流れるCl-イオンの向きによって決定されるため,細胞内Cl-イオン濃度によってGABAは興奮性/抑制性が決定される。この細胞内Cl-イオン濃度は神経細胞特異的に発現するK+-Cl-トランスポーターであるKCC2によって主に決定されている。発達期や再生期におけるKCC2の発現,およびその機構を検討している。KCC2の発現制御に関して,障害により,KCC2の脱リン酸化と内在化,その後の蛋白発現の消失によりGABA作用は短時間で脱分極さようへスイッチすることが判明した。細胞内制御分子の探索を行なっている。

 

クリプトン−YAGレーザーを用いた脳虚血障害モデル動物作成技術の開発

高鶴祐介,吉友美樹

 脳障害の回復期における神経回路の可塑性の研究を遂行するにあたり,生体において,程度の一定した脳障害モデルを作成する必要がある。任意の脳血管の閉塞・再開通を任意に行なうことができる技術を開発し,その精度の向上を行っている。具体的には,ローズベンガル色素を静脈注入後,任意の脳血管にクリプトンレーザーを極短時間照射し,血栓形成による閉塞を作成する。任意の時間後に高エネルギーパルスレーザーであるYAGレーザーを照射し,血管の再開通を起こさせる。この技術はマウスでは頭骸骨を駆けることなく,非観血的に閉塞・再還流が可能であり,脳虚血・障害の分野では画期的技術となる。

 

In Vivo多光子顕微鏡を用いた大脳皮質神経細胞の微細構造の
可視化技術の確立と神経細胞・グリアの生体内動態の観察

和氣弘明,高鶴裕介,稲田浩之,江藤圭,鍋倉淳一

 神経回路の発達および脳障害の回復期における神経回路の可塑性の研究を遂行するにあたり,究極的に生体での観察が不可欠である。そのため,生体における神経回路の可視化のため,長波長短パルスレーザーを利用して生体深部の微細構造を観察可能な多光子励起法を種々の神経細胞に蛍光蛋白が発現している遺伝子改変動物に適用し,大脳皮質微細構造の可視化している。光路の開発・調節,頭蓋骨に適用する特殊アダプターの開発などを行い,マウスにおいて,大脳皮質表面から1ミリの深部まで観察可能な技術を行い,大脳皮質錐体細胞を全層にわたり,樹状突起,棘突起,軸策などのその微細構造を観察することが可能となった。また,未熟期動物におけるイメージング行うため,未熟マウス頭蓋骨に装着する観察システムを開発し,出生直後のマウスの大脳皮質イメージングを行うことが可能となった。これらを用いて1) ミクログリアとシナプス構造の監視機構,2) 新生マウスにおける大脳皮質GABAニューロンの細胞移動,3) 虚血動物におけるシナプスリモデリングを中心に観察を行っている。さらに,生体2光子励起観察法を用いて5件の共同研究を行った。

 

 

生殖・内分泌系発達機構研究部門

【概要】

 本研究部門は,視床下部による摂食行動の調節と末梢組織における代謝調節機構の解明を目指して研究を行っている。視床下部は,摂食行動(エネルギー摂取)とエネルギー消費機構(栄養代謝)を巧みに調節することによって生体エネルギーを一定に保つ重要な働きを担う。しかし,近年,この調節機構の異常が肥満,糖尿病,高血圧など,生活習慣病の発症と密接に関連することが明らかとなってきた。当部門では,視床下部における生体エネルギー代謝の調節機構を分子レベルで解明し,その分子機構を通して生活習慣病など様々な疾患の原因・治療法を明らかにしたいと考えている。本年度実施した主たる研究課題は次の通りである。1) AMPキナーゼによる生体エネルギー代謝の調節機構の解明,2) レプチン,神経ペプチド,BDNFによる糖・脂質代謝調節機構の解明,3) 脂肪酸酸化を促進するレプチン・シグナル伝達機構の解明,4) エネルギー代謝に及ぼすDmbx-1の調節作用の解明。

 

AMPキナーゼによる生体エネルギー代謝の調節機構の解明

箕越靖彦
岡本士毅
志内哲也
田中智洋(京都大学大学院医学研究科)
益崎裕章(京都大学大学院医学研究科)
窪田直人(東京大学大学院医学系研究科糖尿病代謝内科)
門脇孝(東京大学大学院医学系研究科糖尿病代謝内科)

 我々は,AMPキナーゼが,レプチンやアディポネクチンなどホルモンによって活性化し,骨格筋における脂肪の利用を促進すること,視床下部AMPキナーゼが摂食行動を制御することを明らかにしている。今回,視床下部AMPキナーゼによる生体エネルギー代謝の調節機構を明らかにするため,活性型並びに不活性型AMPキナーゼを視床下部にレンチウイルスを用いて発現させ,摂食行動に及ぼす影響を調べた。その結果,マウス視床下部室傍核に活性型AMPキナーゼを発現させると,摂食量が増加,肥満することに加え,食餌に対する嗜好性が変化することを見出した。さらにその作用発現には神経細胞での脂肪酸代謝が関わることを見出した。さらに我々は,レプチンによる骨格筋でのAMPキナーゼの活性化が,脳のメラノコルチン受容体を介すること,メラノコルチン受容体作動薬を脳室内に投与すると,レプチン抵抗性を有する肥満マウスにおいても骨格筋でのAMPキナーゼを活性化することを見出した。また,脂肪細胞で産生されるアディポネクチンが,末梢組織だけでなく,視床下部に作用してAMPキナーゼを活性化し,レプチンの作用に拮抗して摂食量を増加させることを見出した。

 

レプチン,神経ペプチド,BDNFによる糖・脂質代謝調節機構の解明

箕越靖彦,志内哲也,李順姫,戸田知得,斉藤久美子

 我々は,レプチンが摂食行動を抑制するだけでなく,視床下部−交感神経系を介して,褐色脂肪組織や骨格筋などエネルギー消費器官でのグルコースおよび脂肪酸の利用を促進することを明らかにしている。今回我々は,レプチンによるグルコースの取り込み促進作用に視床下部のメラノコルチン受容体が必須であることを明らかにした。

 さらに,レプチンだけでなく,視床下部に特異的に発現する神経ペプチド・オレキシンが,骨格筋でのグルコースの利用を選択的に促進することを見いだした。そして,この作用が骨格筋を支配する交感神経−b2アドレナリン受容体の働きによることを,各末梢組織のノルエピネフリン代謝回転速度の測定,b受容体ノックアウトマウスを用いた実験によって明らかにした。b受容体ノックアウトマウスの骨格筋にb2アドレナリン受容体を発現させると,その組織においてのみオレキシンによるグルコースの取り込み促進作用が回復した。

 さらに我々は,マウスに高脂肪食を摂取させると,脂肪細胞においてBDNFが発現することを見出した。また,発現したBDNFが,脂肪細胞自らに作用し,TrkB-T1受容体を介して血栓形成を促進するアディポカイン,PAI-1の発現を抑制することを明らかにした。その抑制作用に,転写因子であるFoxo1が関わることも見出した。

 

脂肪酸酸化を促進するレプチン・シグナル伝達機構の解明

箕越靖彦,鈴木敦

 本研究では,筋芽細胞株であるC2C12細胞を用いて脂肪酸酸化を促進するレプチンの作用機構を調べた。レプチンによってAMPキナーゼが活性化し,活性化したAMPキナーゼがacetyl-CoA carboxylase (ACC) をリン酸化してその活性を抑制すること,その結果,ACCの産物であるmalonyl-CoA量を低下して,malonyl-CoAによるミトコンドリア酵素CPT1への抑制作用を解除,ミトコンドリアでの脂肪酸酸化を促進することを明らかにした。さらに,活性化したAMPキナーゼが核内に移行して,脂肪酸酸化関連遺伝子の発現に関わる転写調節因子PPARaの発現を促進することを見出した。また,AMPキナーゼが活性化した後,細胞質に残るのか核内に移行するかを,AMPキナーゼ・bサブユニットのアイソフォームが決定することを見出した。すなわち,b1を持つAMPKは,ミトコンドリア膜に結合することによってACCをリン酸化し,ミトコンドリアでの脂肪酸酸化を直接促進する。これに対して,b2を持つAMPKは,膜に結合することなく,活性化すると核に移行して遺伝子発現を促進することを明らかにした。

 

エネルギー代謝に及ぼすDmbx-1調節作用の解明

三木隆司(神戸大学大学院医学研究科)
箕越靖彦,志内哲也

 Dmbx-1は,発生期の脳において一過性に発現するホメオドメイン型転写因子であり,その遺伝子欠損 (KO) マウスが著明なやせと酸素消費の亢進を認めることから,KOマウスでは脳におけるエネルギー代謝制御機構に異常を来していると考えられる。そこで,KO マウスの脳室内に様々な摂食調節神経ペプチドを投与し,各摂食調節系がKOマウスにおいてどのように変化しているかを調べた。その結果,このマウスは,摂食促進ペプチドであるAgRPの摂食促進作用が選択的に失われていることを見出した。さらに,野生型マウスとKOマウスにAgRPを脳室内投与し,脳内各部位におけるnorepinephrineとdopamineの代謝回転を測定したところ,野生型マウスで認められるAgRP投与後の視床下部でのdopamineの代謝回転亢進作用が,KOマウスでは全く変化しないことを発見した。このことからDmbx1は,AgRPによる摂食促進作用のみならず,dopamine代謝回転の亢進作用にも関与することが明らかとなった。Dopamineは,報酬系と密接に関連していることが知られているので,KOマウスの著明な「やせ」と拒食にdopamineニューロンの異常が関与している可能性がある。

 


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