生理学研究所年報 第29巻
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行動・代謝分子解析センター

遺伝子改変動物作製室

【概要】

 脳が機能を発揮するということは,個体の行動・精神活動に直結する。それ故,脳機能を研究する際には個体レベルでの解析が必須となる。特に,分子生物学的技術と発生工学的技術を駆使して作製する遺伝子改変動物を利用することは非常に有益な解析手段といえる。マウスにおいてジーンターゲッティング法は確立しているが,脳研究分野で古くから汎用されてきたラットにおいては,この技術はいまだ未開発であり,非常に切望されている。遺伝子改変動物作製室では遺伝子改変動物(マウス,ラット)の作製技術を提供しつつ,遺伝子ターゲッティングによるノックアウトラットの作製,さらには,作製した遺伝子改変動物の脳研究への積極的応用を目指している。これまでにES細胞や精原細胞の株樹立を試みるとともに,核移植や顕微授精など,ラットにおける発生工学的技術の高度化に加えて,遺伝子改変動物を利用した高次脳の発達形成メカニズムの解明に取り組んできた。研究課題のうち下記の3題について具体的に示す。クローンラット開発に向け,(1)ラット卵子の自発的活性化機構の解明,(2) p34cdc2 kinase活性を支持する細胞周期停止因子の探索を行った。さらに,遺伝子改変マウスの脳研究への応用を目指して,(3)大脳皮質第一次視覚野上に存在する遠近感の認知に必須の機能ユニット“眼優位カラム”の可塑的形成メカニズムの解明研究を進めた。

 

p34cdc2 kinase活性低下に関わるCalmodulin依存性キナーゼ(CaMKII)の関与について

伊藤潤哉,平林真澄

 ラット再構築胚において高率に早期染色体凝集 (PCC)を誘起させることを目的に,p34cdc2 kinase活性を支持する細胞周期停止因子(CSF)を探索した。まず,ラットの系統によって自発的活性化率が異なる原因について,CSFの機能を有すると考えられているMosおよびp34 cdc2 kinase活性に焦点を当ててCSFの制御機構を検討した。自発的活性化がほとんど認められないSprague-Dawley (SD) 由来ラット卵子では,Mosおよびその下流のMEK (MAPKK),MAPKとも高い活性を維持し,cyclin B量も多く認められた。しかしSD由来ラット卵子をMEK抑制剤のU0126で処理するとMEK/MAPK活性の著しい低下が認められ,多くの卵子が活性化した。一方,多くの卵子が自発的に活性化するWistar由来ラット卵子では,Mos/MEK/MAPKの著しい低下が認められ,cyclin B量も著しく減少した。しかしproteasome抑制剤のMG132で処理したWistar由来ラット卵子ではMosおよびcyclin B量は高く維持され,自発的に活性化した卵子の割合も減少した。以上のことから,ラット卵子に特徴的で,クローン作製の障害となる自発的活性化という現象には,プロテアソームを介したMos/MEK/MAPKおよびp34cdc2 kinaseの不活性化が関与していると考えられた。以上の知見を応用し,PCCが効率的に誘起されるラット再構築胚の作製を進めているところである。

 

 

ラット成熟卵子中の核およびその周辺部はMII期の維持に必須である

伊藤潤哉,加藤めぐみ,平林真澄

 第二減数分裂中期(MII期)での減数分裂の停止には細胞周期停止因子(CSF)の高い活性が必須で,MAP kinase系 (Mos/MEK/MAPK) および成熟促進因子 (MPF; p34cdc2 kinase+cyclin B) が重要な役割を持つことが知られている。われわれは自発的に減数分裂を再開するラットMII卵子ではp34cdc2 kinase活性が低下すること,そして除核卵子ではその活性がさらに低下することを報告した。このことから核およびその周辺部はCSF活性の維持に必要であると考えられ,除核した卵子のMAP kinase系およびMPF活性について検討した。

 まず,SD系雌ラットの排卵卵子を除核あるいは除核と同容量の細胞質を除去し,操作完了直後および1時間培養後のp34cdc2 kinase活性を比較し,total cdc2およびcyclin Bをウェスタンブロット解析した。その結果,操作完了直後では,細胞質除去区,除核区ともp34cdc2 kinase活性に変化は認められなかったが,除核区ではその後1時間で有意に低下した。またこの区ではcyclin Bも有意に減少し,total cdc2もわずかに減少した。

 次に, 排卵卵子を除核後1時間まで培養し,p-MEK,p-MAPKの検出を行い,プロテアソーム阻害剤のMG132および脱リン酸化抑制剤のオカダ酸(OA)で処理した除核卵子のcyclin B,p-MAPKも測定した。その結果,未処理区のp-MEKおよびp-MAPKは培養1時間後まで変化しなかったが,除核区では両方の急激な減少が認められた。さらに除核卵子をOA処理した時,p-MAPKは増加し,MG132とOAの両処理ではcyclin Bとp-MAPKの両方が増加した。以上のことから,ラットMII卵子の核とその周辺部にはcyclin Bの分解とMEKの脱リン酸化の両方を抑制する因子が存在し,その働きによりCSF活性は高く維持されMII期で減数分裂を停止していると考えられた。

 

大脳皮質第一次視覚野上に存在する遠近感の認知に必須の機能ユニット
“眼優位カラム”の可塑的形成メカニズムの解明に向けて

冨田江一,三宝誠,山内奈央子,平林真澄

 大脳皮質第一次視覚野には,視覚の認知に必須と考えられている機能ユニットが多数存在する。中でも,遠近感の認知に重要と考えられる眼優位カラムは,発生研究および可塑性研究の一番の対象である。第一次視覚野において,同側眼から視覚入力をうける神経細胞群と反対側眼から入力を受ける神経細胞群それぞれは,別々にクラスターを形成している。さらに,これら同側眼クラスターと反対側眼クラスターは交互にパッチ上に並びカラム状構造をとっているため,各々同側・反対側眼優位カラムと呼ばれている。同側・反対側眼優位カラムは,出生前後の発生期,互いに混ざり合い各々見分けがつかない状態だが,発達期になると,外部からの視覚入力に促されて互いに分離を始め,成人期には同側・反対側が完全に分かれたカラム構造となる。しかしながら,この過程における詳細な分子メカニズムは明らかにされていない。当教室では,発生期から発達期にかけて,同側眼優位カラムに特異的に発現している因子群の単離に成功した。この中の1因子の遺伝子シークエンスを解析したところ,この因子は様々な制御因子の活性化と集積化をコントロールするシャペロン因子の1つであることが分かった。さらに,このシャペロンはalternative splicingにより少なくとも長さの違う2種類のフォームが存在すると予想されたので,現在これの真偽を解析中である。今後は,この2種類のフォームのうちいずれが同側眼優位カラムに特異的に発現しているか検討し,より特異的なフォームの個体レベルでの機能解析を行いたい。最終的に,発生期から発達期における,同側・反対側眼優位カラムの分離を促す分子メカニズムが明らかに出来ると期待している。

 


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