生理学研究所年報 第29巻
 一般共同研究報告 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

 

1.イオンチャネル・受容体の動的構造機能連関

柳(石原)圭子,市島久仁彦(佐賀大学医学部)
久保義弘

 内向き整流性Kチャネルのゲーティングは,細胞内のポリアミンやMgイオン,細胞膜のホスファチジルイノシトールリン脂質(PIP2) やG蛋白質,細胞外のKイオン等,様々なイオンや分子とチャネルとの相互作用によって引き起こされるが,その分子メカニズムの多くは未だ仮説であり,チャネル構造との関係において十分に証明されていない。我々は本年度の研究においてG蛋白質によって活性化される内向き整流性カリウムチャネルを形成するKir3サブファミリーとG蛋白質による活性化を受けない内向き整流性カリウムチャネルを形成するKir2サブファミリー間で,Kir2.1とKir3.1の組み合わせがヘテロチャネルを形成することを免疫共沈降実験によって確認した。前年度までの免疫共沈降実験,機能欠損(dominant negative)型変異体を用いた電気生理学的実験,共焦点顕微鏡を用いた細胞内局在の観察実験より得られた結果を総合し,Kir2−Kir3サブファミリー間ではKir2.1とKir3.1およびKir2.1とKir3.4の組み合わせがヘテロチャネルを形成し得ると結論した。この事は,内向き整流性Kチャネルは生体組織から単離した細胞を用いた電気生理学的実験によって認知されるよりも分子多様性がきわめて大きい可能性を示唆している。また,これまでの研究の結果Kir2−Kir3ヘテロチャネルはG蛋白質による活性化を受けにくいことが示唆された。Kir2−Kir3ヘテロチャネルは,G蛋白質やPIP2を介したゲーティングの詳細を解明する手掛かりになると考えられる。

 

2.G蛋白質共役応答の調節に関する分子生物学的研究

齊藤修,藤井 聖司,清原 啓史(長浜バイオサイエンス大学,バイオサイエンス学部)
久保義弘

 RGSタンパクは,Ga のGAP 能をもつG 蛋白質共役受容体系の調節因子である。そのうち,両親媒性のN端のみを特徴とするプロトタイプ的なRGSが,B/R4ファミリーである。我々が研究を進めているB/R4メンバーのRGS8は,小脳特異的に発現しているRGSタンパクである。我々は,Gaiファミリーに選択性の高いRGS8とRGS8S(N端部9残基のみが異なる)の機能解析を行って,G蛋白質への親和性では説明できないRGS8のGq受容体選択性を見出した。そこでその分子機構にアプローチし,RGS8がそのN端のMPRRという配列をコアに,特定のGq受容体(ムスカリンM1)に直接結合して機能することを見出した。他方,Two-hybridスクリーニングによって,受容体結合能を持った足場蛋白質Spinophilin (SPL) が,RGS8結合蛋白質として同定された。そして更に,詳しい結合部位解析を行って,RGS8のSPL結合部が,前述のM1受容体の結合サイトMPRRと同一である事を突き止めた。そこで次に,実際にRGS8に対してSPLとM1受容体が競合して結合するのかどうか検討した。すると,SPL存在下でRGS8のM1結合が解除されてくることが明らかになった。SPLに幾つかの受容体の結合能が知られていることから考察すると,SPL結合によってRGS8の作業効率,さらに制御する受容体系が変化する可能性が十分考えられる。

 そこで,本年度はまずM1選択性を持つRGS8のGq系調節能がSPL存在下でどう変化するか,カエル卵母細胞の発現系を用いた電気生理学的解析によって検討した。結果,RGS8はM1系を抑制する調節能がある事,一方SPL単独では全くM1のGq応答には影響を与えない事,そしてRGS8にSPLが存在すると,SPLがRGS8のM1調節能をキャンセルする事が期待されたが,結果は最も強くM1系が抑制されることが判明した。この興味深い調節能増強は,おそらくM1/RGS8複合体がSPL発現によってM1/SPL/RGS8の複合体に変化すること,さらにこの複合体の方が調節効率が良いことを意味していると考えられる。そしておそらくSPLにM1結合能があるものと考えられた。そこで,実際にSPLにその能力があるのか,SPLの受容体結合部位のGST組み換え蛋白質を調製して,試験管内転写/翻訳で作成した全長M1受容体と反応させ,プルダウン実験で結合能を判定した。結果,やはりSPLにはM1結合能があることが分かり,M1/SPL/RGS8の複合体形成が高効率調節の仕組みであると考えられた。また,培養細胞に発現させたM1受容体の細胞膜分布を解析した結果,単独では細胞膜に一様に分布しているM1受容体が,SPLの共発現によって細胞の周辺部の膜に移動するのが観察され,実際の細胞内での相互作用も強く示唆された。今後は,SPL結合によってRGS8の制御する受容体系が変化するかどうか,そこに動的調節があるのかどうか研究を進めていく。

 

3.神経系発生分化過程での糖鎖動態の解析と医療への応用

辻崇一(東海大学未来科学技術共同研究センター糖鎖工学研究施設)
長谷純宏,長束俊治(大阪大学),中北慎一(香川大学),山中龍也(久留米大学)

 【はじめに】糖鎖は主に糖タンパク質や脂質などに結合し細胞表層に局在し,細胞間相互作用をはじめとして様々な役割を演じている。神経系の発生分化過程や病変に伴い,これら糖鎖の組成はダイナミックに変動することを示す状況証拠は多いが,その実態をまだ把握できていないのが現状である。そこで,糖鎖分析と糖鎖関連遺伝子群の発現解析を通じて発生分化過程の糖鎖変化を網羅的に把握し,それを基に様々な病気と糖鎖変化の関連を解析することを主たる目的とする。神経系の発生分化過程に参画する糖鎖関連遺伝子は少なくとも200前後はあると考えられるが,本共同研究ではまず手始めとしてシアル酸転移酵素ファミリーに焦点を絞って解析をする。それは,糖鎖の中でも非還元末端にシアル酸を持つ糖鎖が神経系機能や発生分化過程で様々な役割・機能を発現していると考えられているからである。同酵素ファミリーは少なくとも20種のメンバーからなり,今までの初歩的な解析からメンバーの中には神経系発生分化過程で時空間特異的な発現をするものがあることが明らかになっている。その実態を詳細に把握するために,個々の遺伝子が何時何処で発現し,あるいはシャットダウンするのかをまず明らかにする。

 【研究結果・考察】昨年に引き続きシアル酸転移酵素の発現解析を続行した。マウスC57BL6の神経系発生分化過程で発現時期が限定されていることが明らかになったメンバーについて,発現部位を特定するための基礎的な準備を開始した。発現量の多いものに関してはin situ hybridization を主に用いて解析を進め,少ないものに関してはin situ PCR系を確立するための条件検討をはじめた。今年度は基礎的なデータ収集でほぼ終わったが,ST6Gal-familyについて新しい知見が得られた。このファミリーは2種のメンバーで構成され,基質特異性など極めて良く似ているが,発現様式が全く異なっている。ST6Gal-I はE-12から成獣に至るまで発現量は低いものの,ほぼ全時期,全部位にユビキタスにmRNAの発現が見られるが,ST6Gal-II はP-1以降,極めて限られた部位にのみかなりの程度発現していることが明らかになった(投稿準備中)。今後,それらの部位でST6Gal-IIが合成に関与している複合糖質の検索,ならびに,他のファミリー構成メンバーについてまず発現解析を進める予定である。

 

4.神経細胞の移動および機能維持に対する細胞外シグナル分子の解析

馬場広子,山口宜秀,林明子,石橋智子,大谷嘉典(東京薬科大学薬学部)
村上志津子(順天堂大学医学部),清水健史(熊本大学発生医学研究センター)
那波宏之,渡部雄一郎(新潟大学),水野健作(東北大学大学院)
石川充(富山大学),柳原格(大阪府立星保健総合医療センター研究所)
山田真久(理化学研究所),神山淳(奈良先端科学技術大学院大学)

 神経細胞の分化,移動および興奮性の獲得・維持に関わる細胞内外の分子および作用機構の解明を目的として下記のことを明らかにした。

 有髄神経軸索の興奮伝導の発生・維持には,軸索・グリア間の密接なインタラクションが重要である。特に,軸索機能に直接関与する髄鞘形成には,軸索と髄鞘形成グリアだけではなく他のグリアとの関連も重要と考えられる。我々は理化学研究所古市貞一先生との共同研究で新規遺伝子が髄鞘形成時期に一致して脳梁および小脳白質のミクログリアに発現することを見出し,ミクログリアが髄鞘形成に関与する可能性が示唆された。髄鞘形成および再生においてミクログリアに一過性に発現する遺伝子の機能を脱髄マウス(池中一裕教授所有)および培養系を用いて解析中である。

 生殖機能を司るGnRHニューロンの嗅上皮から脳への移動に反発性軸索ガイダンス分子が関与する可能性について,ニワトリ胚を用いてセマフォリン3A (Sema3A) とその機能的受容体であるニューロピリン1 (Np1) の発現パターンをin situ hybridization法と免疫組織化学法で調べた。脳内ではSema3Aの発現(図A青)はGnRHニューロン(茶)の移動経路周囲に見られ,移動中のGnRHニューロンの多くがNp1を共発現していた(図B矢印,Bar : A=100mm, B=20mm)。Np1共発現は脳への進入が盛んな時期に一致して強くなり,移動終了時には消失した。Sema3A−Np1シグナルはGnRHニューロンの脳内移動を調節している可能性が考えられる。

 胎仔期の大脳皮質においては,脳室周囲に未分化な神経幹細胞が存在し,ニューロンに分化すると脳の表層に向かって移動することが知られている。マウス子宮内DNA電気穿孔法(in utero electroporation法)を用いて,胎仔期のマウス脳室周囲の細胞にGSK3a,3bに対するshRNA発現ベクターを導入し,GSK3a,3b発現ノックダウンの効果を解析した。導入2日後に胎仔を固定し,凍結切片を作成してGFP陽性細胞を観察した結果,脳室周囲におけるBrdU陽性の増殖細胞の増加と,大脳皮質上層部におけるGFP陽性ニューロンの顕著な減少が観察された。この結果から,GSK3の不活化が大脳皮質において神経幹細胞からニューロンへの分化制御に関与すると考えられる。

図A 図B

図A

図B

 

5.ダイナミッククランプを用いた遺伝性不整脈疾患における不整脈発生機序の解明

伊藤英樹,堀江稔(滋賀医科大学 呼吸循環器内科)
井上剛,井本敬二(自然科学研究機構 生理学研究所)

 遺伝性不整脈疾患の主な病因は心筋イオンチャネルの遺伝子変異であり,その病態解析は遺伝子変異を有するcDNAを作成し,アフリカツメガエルの卵母細胞あるいは哺乳類培養細胞に強制発現させ,パッチクランプ法で電流測定をすることであった。よって現在までは,この変異チャネルの機能異常を“蛋白”レベルで解析することは可能であっても,“細胞”レベルでみられる異常を観察する手法はなかった。

 今回我々はダイナミッククランプ法という新たな手法を取り入れることで,遺伝子変異に関連した心筋細胞レベルでの異常を検討することを試みた。現在は培養細胞と心筋細胞を相互干渉させるためのプログラムをコンピューターに移植しているところであるが,シミュレーションを使用せずにリアルタイムに心筋活動電位波形の変化を検討できると考えている。

 遺伝性不整脈疾患のなかでもQT延長症候群はよく知られている疾患の一つであり,活動電位持続時間が延長することで生じる撃発活動 (triggered of activity) が致死性不整脈の原因である。正反対の活動電位変化をきたすQT短縮症候群もQT延長症候群と同様に致死性不整脈の原因となるが,ダイナミッククランプ法とQT短縮症候群のモデル変異をもちいて, 活動電位持続時間の短縮と致死性不整脈の関係を明らかにしたいと考えている。QT間隔を規定する活動電位持続時間は延長していても短縮していても異常電位を誘発するが,至適QT間隔を規定する要因をダイナミッククランプ法によって解決できると考えている。

 

6.X11/X11L ダブルノックアウトマウスの電気生理学的解析

齋藤 有紀,中矢 正,鈴木 利治(北海道大学大学院薬学研究院)
井上 剛,井本 敬二(生理学研究所)

 提案代表者によって単離されたX11L分子,およびその関連遺伝子であるX11分子は,神経系におけるアダプター分子として広く知られている。これらの分子の生理機能を明らかにするため,提案代表者はこの両分子のダブルノックアウトマウスを作成してきた。そこで本共同研究では,このダブルノックアウトマウスの電気生理学的解析を,主に海馬 (hippocampus) と嗅内皮質 (entorhinal cortex) に焦点を当てて研究を行った。実験手法としては,水平断スライス標本を作製し,海馬歯状回 (dentate gyrus) における顆粒細胞 (granule cell) および嗅内皮質第二層の細胞からホールセルパッチクランプ記録を行い,シナプス電流と膜特性に関して特に注目して研究を進めている。その結果,幾つかの異常が観察されてきたので,今後はそのメカニズムに関して検討する予定である。

 

7.大脳皮質視床シナプスにおける代謝型グルタミン酸受容体の役割


川上順子,南雲康行(東京女子医科大学・第一生理),宮田麻理子

 大脳皮質視床シナプスは視床投射細胞の大部分を占めるシナプスであり,そのポスト側には代謝型グルタミン酸受容体一型が存在していることが解剖学的に明らかになっている。しかしながら,これらのシナプス伝達への修飾作用は未だ十分あきらかになっていない。今年度は,イオンチャンネル型グルタミン酸受容体を阻害した状態で,大脳皮質視床シナプスを高頻度に刺激することにより,代謝型グルタミン酸受容体1型を介するslow current を観察した。30Hz以上でslow currentが観察されたが,その振幅は小脳プルキンエ細胞平行線維シナプスのそれに比べると小さい傾向にあった。一方で,代謝型グルタミン酸一型の拮抗薬を投与して通常のシナプス伝達に与える影響を観察したが,EPSCの電流値,paired pulse ratioにはほとんど影響を与えなかった。

 現在は大脳皮質視床シナプス伝達の修飾作用の観点から他の代謝型グルタミン酸受容体および,修飾分子について薬理学的に検討している。

 

8.遺伝子改変動物を利用した大脳皮質抑制性ニューロンにおける
神経活動の解明

柳川右千夫,柿崎利和,齊藤康彦,紫野正人(群馬大学・大学院医学系研究科)
川口泰雄,平林真澄(生理学研究所)

 大脳皮質におけるリズミックな神経活動,神経が同期して活動する現象,シナプス可塑性の形成には,抑制性ニューロンが行う神経情報処理が重要な役割を果たしていると考えられている。しかしながら,抑制性ニューロンは,多様な形態をもち,in vitroおよびin vivoで正確に同定することは困難である。我々が作成した抑制性ニューロンに特異的にVenus蛍光分子が発現するトランスジェニックラット(VGAT-Venusラット)の前頭皮質では,ほぼ全てのGABA陽性細胞とVenus蛍光細胞がほぼ一致すること,パルブアルブミンやソマトスタチン等の化学マーカーが野生型ラットと同じ特異的サブタイプに発現することを確認した。さらに,in vitro脳切片標本においてVenus標識ラットを用いることで,GABA細胞からの記録効率が極めて上がった。これを利用した結果,late-spiking タイプのニューログリアフォーム細胞がアクチン結合タンパク質であるアルファーアクチニンを発現していることや,6種類の化学マーカー(パルブアルブミン,ソマトスタチン,バソアクティブ・インテスティナル・ポリペプチド,コレシストキニン,カルレチニン,a-アクチニン)でGABAニューロン全体の95%以上を占めることをこれまでに明らかにした。そこで,今回,in vivo全動物標本においても,VGAT-Venusラットが皮質GABA細胞の同定に有効であるかを検討した。大脳皮質ニューロンから傍細胞記録を行い,スパイク形状や発火パターンから介在ニューロンと思われるものを染色したところ,Venusを発現していた。VGAT-Venusラットは,in vivoでのGABA細胞解析に有用であることを確認できた。

 大脳皮質抑制性ニューロンの形態学的および電気生理学的特性を理解するには,他の領域における抑制性ニューロンに関する知見が重要である。そこで,VGAT-Venusラット小脳皮質と舌下神経前位核におけるVenus陽性細胞の分布について検討した。

 

9.ラット大脳皮質内での線条体投射ニューロンとFS介在ニューロンの
神経結合

根東覚(東京大学 大学院医学系研究科 神経細胞生物学分野)
川口泰雄(生理学研究所)

 前頭皮質は大脳基底核の入力部である線条体に強い出力繊維を送り,線条体の神経回路の活動を調節している。たとえば,線条体のGABA作動性投射細胞は特徴的な2層性の膜電位遷移状態をとることが知られているが,このリズムは皮質の細胞の律動的活動と関係していることが分かってきている。一方皮質−線条体路をつかさどる細胞は,大脳皮質の主に第5層にある錐体細胞と第22/3層にある錐体細胞のそれぞれ一部であることが既に知られているが,皮質内の回路に於いてその律動的な活動がどのように調節されているかはまだ未解明である。その機構の一つとして錐体細胞間に形成される反回性の興奮回路が考えられるが,それだけでは説明がつけられない。皮質内回路には興奮性の投射細胞以外に多種の介在性GABA細胞が存在し,回路の興奮性を微妙に調節している。今回私は,これらの介在細胞の中で,特に錐体細胞の発火の調節に重要と考えられる高頻度発火型介在神経細胞(FS細胞)と線条体投射錐体細胞の神経結合を,ラット脳から調整した急性スライス標本を用いて逆行性標識と2細胞同時記録を行うことにより電気生理学と形態学的な解析から調べた。FS細胞の細胞体からパッチクランプ法を用いて膜電位固定により興奮性シナプス電流を計測すると,その振幅の大きさから結合の強さにはペア間にばらつきがあることが分かった。記録を行った細胞を細胞内染色法により可視化して3次元再構築を行うと,FS細胞は,細胞体へのシナプス結合比率から所謂バスケット細胞と考えられた。シナプス結合部位はFS細胞の細胞体に近位の場所だけでなく,比較的遠位の樹状突起にもあることが分かった。シナプス結合の数は少なく1つのペア (n=1) と2つのペア (n=2)が得られた。シナプス電流の振幅とシナプス結合の細胞体からの距離について調べてみると,結合の数と相関が見られなかっただけでなく最も近い距離とも相関が見られなかった。シナプス電流の振幅の分布グラフとシナプス結合の数についてみると,結合数が1つのペアでは振幅の分布が単一のガウス分布で近似できたが,シナプス結合が2つのペアでは振幅の分布は複雑になっていた。

 

10.大脳基底核における虚血性障害後の神経再生誘導と機能解析

川原信隆(東京大学医学部付属病院)

 黒質−線条体ドーパミン系はパーキンソン病等の疾患に関係していることが示唆されている。脳虚血による線条体ニューロンおよびシナプスの再生過程,再生機構は不明である。一過性全脳虚血後には線条体の一部で神経細胞死が生じる。本年度本研究では,同部の脱落神経細胞を内在性神経幹細胞から誘導再生可能か否かを,各種成長因子を投与することで検証した。同時に再生神経細胞の表現型を,各種マーカーを用いて調べ,さらにスライスパッチクランプ法により,成熟ラット脳における再生神経細胞の成熟過程の検討を行なった。

 東京大学医学部脳神経外科学教室において作成されたラット全脳虚血モデルを用い,虚血後2日目より各種成長因子を脳室内に7日間投与すると同時に,腹腔内にBrdUを3日間投与して,42日後に作成した切片により線条体における再生神経細胞の有無を定量的に評価した。また,42日(6週)以降,10週,20週と追跡し,作成した脳切片からホールセル記録を行って,膜特性およびシナプス電流の解析を行なった。その結果,再生線条体ニューロンは生後発達変化に類似した再生成熟過程を辿ること,また,その過程で興奮性および抑制性のシナプス入力を受けて機能的なニューロンになることを見出した(論文投稿中)。本研究がヒトの脳虚血性疾患に対する新たな治療法確立につながることも期待したい。

 

11.海馬スライス培養におけるグルタミン酸作動性シナプスの
形態学的変化の調節機構

岡部繁男(東京大学医学部)

 海馬,小脳,線条体などの脳組織において樹状突起スパイン構造上に形成される興奮性シナプスは,個体レベルでの学習・記憶の形成において重要な役割を果たしている。本研究ではスパイン構造を構成する機能分子を直接in situにおいてモニターし,記憶・学習の際に起きる神経回路の機能的再編成とシナプス構造の変化の間の相関の分子的理解を目指す。これまでスライス培養で,見られていた現象を生体内で二光子顕微鏡により可視化し,神経回路網の変化を形態学的に明らかにする事を目指す。今年度は大脳皮質から蛍光シグナルを取得するための二つの手術方法−cranial window法とthin skull法−について,その技術の確認と両者の差異について検討した。Cranial window法ではマウス頭蓋骨に穴を開け,ガラスを接着剤で貼り付けた後にしばらく回復を待ってから観察を行う。頭蓋骨を薄く削りその骨を通してイメージングを行うthin skull法の場合には,骨の再成長が起きるので,観察は手術の直後から2-3日以内に限られる。Cranial window法を適用したマウスの場合には手術部位直下でグリア細胞の活性化が観察され,グリアによるシナプス動態の変化が誘導されている可能性が存在するが,thin skull法の場合にはその様な変化が見られず,よりintactな状態での神経回路の動態を観察することが出来る。実際にthin skull法で大脳皮質第1層の樹状突起のスパイン動態を定量すると,一ヶ月間に増減するスパインの比率は5%程度であり,大部分のスパインが安定であることを示していた。Thin skull法の欠点は大脳皮質の浅層しか蛍光色素の励起が効率良く起こせない点であり,これは光学系の改良などにより今後克服すべき問題と考えられる。

 

12.脳の左右差に関する統合的研究−体軸形成に異常を示す
変異マウスを用いたアプローチ

伊藤功(九州大学大学院理学研究院)

 成獣マウス海馬神経回路にはNMDA受容体NR2Bサブユニットの非対称なシナプス配置に基づく機能的・構造的左右非対称性が存在していることを我々は明らかにした。本研究はこの発見をさらに発展させ,脳の左右差の形成時期とこれに関与する遺伝子の解明。脳の左右差の行動学的意義の解明。および左右非対称な神経回路の形成に関与する細胞外シグナルの解明,をめざして総合的な検討を行うことを目的とする。

 本年度は,内臓系の左右軸形成機構と比較しつつ,脳の左右差の形成時期とその機構を解析することを目的として,体軸の形成に異常を示す変異マウス(ivマウス)を用いた解析を行った。その結果は,ivマウス海馬では左右の非対称性が消失していることが明らかになった(Kawakami et al., 2008)。また,ivマウスにおける左右差の消失は,右側異性を特徴としており,左右の海馬がともに右海馬の特徴を示すように変化していた。この結果は,左右差の形成機構が内蔵系と脳とでは異なっていることも示唆している。

 これらの成果に立脚し,左右差の形成と維持に関与するシグナルの同定を目指して,DNAマイクロアレイによる解析を行ったところいくつかの候補分子を得た。

 

13.大脳基底核の多角的研究−生理学的・解剖学的・工学的アプローチ−

高田昌彦(東京都医学研究機構東京都神経科学総合研究所)
泰羅雅登(日本大学 医学部)
深井朋樹(理化学研究所脳科学総合研究センター)
北野勝則(立命館大学 情報工学部)
南部篤

 神経回路の数理的モデルを作成し,シミュレーションを通して神経回路の機能を明らかにするという工学的アプローチが進んできている。本共同研究では,従来の生理学的・解剖学的方法に工学的手法を加え,大脳基底核の機能や大脳基底核疾患の病態を明らかにすることを目指している。

 とくに,パーキンソン病などの大脳基底核疾患において,大脳基底核がバースト発射や発振活動などの異常活動を示すことが知られており,これが大脳基底核疾患の病態に深く関わっていると考えられている。このような異常発射のメカニズムを数理工学的な手法で明らかにする第一段階として,本年度は,正常なサルの大脳基底核(とくに淡蒼球外節・内節)の発射パターンを工学者に提供し,モデル化することを試みた。

 

14.多チャンネル筋電図のオンライン解析システムの構築

松村道一,武井智彦(京都大学大学院人間・環境学研究科)
伊佐 正,関 和彦(生理学研究所)

 中枢神経活動の解析法として,神経発火をトリガーとした筋電図の加算平均法(Spike-triggered Average法)が存在する。通常この解析には一万回程度の加算平均が必要であり,従来,無作為の神経活動に対して長時間の記録を行った後,オフライン解析によって神経活動による筋出力の効果を検証するという方法がとられてきた。本共同研究では,多チャンネル筋電図に対してオンラインでSpike-triggered Average解析を行うシステムを開発することで,神経活動記録中に神経活動による筋出力の効果を検出し,より効果的に興味対象となる神経活動を探索する手法を確立することを目指した。なお研究内容のうち,解析システムの設計,解析プログラムの作成を松村,武井が担当し,筋電図・神経活動記録などシステムの生理学実験への適用を伊佐・関が担当した。

 まず慢性筋電図計測のため,サルの上肢筋肉16種類にワイヤー電極を慢性的に埋め込み,数ヶ月単位での安定した筋電図の導出を行った。これらの筋電図信号は,デジタル化したのち,PCメモリに常時バッファリングした。次に,サルの脊髄神経活動を細胞外記録し,その神経発火時点をオンラインで検出し,このトリガー信号を同じPCへと入力した。Spike-triggered Average法については,松村ら (Matsumura et al. J. Neurosci 1996) による細胞内電位の加算平均法を応用し,神経発火時点をトリガーとして全波整流した筋活動をオンラインで加算平均を行い,その解析結果をPC画面上に表示するプログラムを作成した。

 本研究課題の成果として,(1) 多チャンネル筋電図をサンプリングし(16チャンネル,5kHz),PCメモリにバッファリングするシステムの構築,および (2) バッファリングされた筋活動をオンラインで加算平均するソフトウェアの開発を完了した。さらに,サルの脊髄(頸髄第5-8髄節)及び大脳皮質一次運動野から細胞外記録した発火活動に対して,これらのシステムを適応することに成功した。

 本研究課題によって構築した解析システムを用いることで,従来のオフライン解析のみの実験よりも効率的に興味対象の神経活動を探索し,それらを選択的に記録することが可能になると期待される。

 

15.マカクサルの中枢神経系の損傷からの運動機能回復に関する
組織学的研究

大石高生(京都大学霊長類研究所),肥後範行,村田弓(産業技術総合研究所)
伊佐正,齋藤紀美香

 指を独立に動かすことにより,物体の操作などの器用な運動を行えるのは,ヒトをはじめとする霊長類の特徴の一つである。皮質脊髄路を延髄レベルで切断すると指の器用な運動が永久に消滅する (Lawrence and Kuypers, 1968) が,切断が頚髄C4/5レベルの場合は運動機能が回復することが伊佐らによって示されている (Sasaki et al., 2004)。

 神経回路の構造的変化による機能代償がこの運動機能回復の基盤になっているという仮説を検討するため,構造変化のマーカー分子の一つであるGAP-43の発現を皮質脊髄路損傷ザルの脊髄で組織学的に検討した。神経伝達物質及びその小胞性トランスポーターとの二重染色を行ったところ,GAP-43陽性構造はvGluT1陽性興奮性ニューロン,5-HT陽性ニューロン,およびvAChT陽性ニューロンのものであり,vGluT2陽性ニューロン,抑制性ニューロンには少なかった。今後はこれらのvGluT1陽性興奮性ニューロン,5-HT陽性ニューロン,およびvAChT陽性ニューロンが神経回路内のどこに位置するものであるかを明らかにしたい。

 また,皮質脊髄路ニューロンの最大の起始部である一次運動野の指領域をイボテン酸で局所損傷した場合にも,指の運動がいったん失われるが,約一ヶ月後にはほぼ回復する。この機能回復の機構を明らかにするために,精密把握を訓練したサルを用いて,損傷前と損傷後の運動機能回復期にPETによる脳活動の検証を行った。損傷前に比べ,脳活動が顕著に亢進していた領域は,両側の腹側運動前野(F5),二次体性感覚野(S2),損傷と同側の頭頂間溝前部領域(AIP)であった。両側の腹側運動前野と二次体性感覚野に関しては,回復の初期よりも後期において脳活動の亢進が著明であった。これら複数の領域が,一次運動野損傷後の精密把握運動の機能代償に関わっていると考えられる。

 

16.運動発現を伝達する神経回路の解析と
その病態における機能回復に果たす役割に関する研究

大木紫(杏林大学医学部)
伊佐正

 皮質脊髄路は大脳皮質の運動関連領域から脊髄司令や感覚を制御する信号を伝達する重要な経路であるが,霊長類における皮質脊髄路の脊髄神経回路への作用の詳細はいまだ不明である。そこで我々は麻酔・非道化したマカクザルにおいて皮質脊髄路が脊髄回路に与える作用について解析を行っている。これまでの実験で,(1) 一次運動野の前肢領域から,ひとつシナプスを経由した間接的経路が脊髄の下肢髄節まで到達しており,前肢の運動に関連して下肢の姿勢などの制御に関与する。(2) 通常は同側の延髄錐体の電気刺激によって手指筋運動ニューロンにはシナプス電位は誘発されないが,ストリキニンを静脈注射すると多シナプス性の興奮性シナプス電位が誘発される,ことを見出してきた。本年度は新たな実験は行わず,これまでに蓄積されたデータ解析と組織標本の検索を行った。

 

17.慢性疼痛モデル動物における
大脳皮質体性感覚野ニューロンの可塑性
−電気生理学的解析と2光子励起を用いた形態学的研究の融合−

吉村恵(九州大学大学院医学研究院統合生理学)
古江秀昌(九州大学大学院医学研究院統合生理学)

 後肢皮下にアジュバントを注入して慢性炎症モデル動物を作製し,大脳皮質体性感覚野において如何なる可塑的変化が生じるかを調べた。In vivoパッチクランプ法および2光子励起顕微鏡を用い,皮膚への生理的感覚刺激に対する皮質ニューロンの膜電位変化およびCa2+濃度変化を炎症モデルおよび正常動物で比較した。行動学的解析により,炎症モデル後肢にvon Freyフィラメントを用いて機械的な刺激を加えて逃避行動を観察すると,健側や正常動物に比して患側の逃避行動の閾値はアジュバント注入直後から著明に減少した。その閾値の低下は1週間持続した。大脳皮質からのin vivoパッチクランプ法を用いて体性感覚野ニューロンから膜電位変化を記録すると,患部へ加えたピンチ刺激によって時間経過の遅い振幅の大きな脱分極を伴って活動電位が高頻度で発生した。また,down stateに対してup stateの時間が長いニューロンが多く観察され,これらの細胞はピンチ刺激に応答を示した。正常動物では,ピンチ刺激に対して応答を示すニューロン数がモデル動物に比して少なく,その応答に振幅の大きな脱分極は含まれなかった。次に,体性感覚野に予めCa2+指示薬を注入し,2光子励起顕微鏡を用いて体性感覚野ニューロンのCa2+濃度変化を記録した。炎症モデル動物では後肢のピンチ刺激に対してCa2+濃度が上昇し,その応答は刺激の間中持続した。また,後肢に受容野を持つ多くのニューロンが同期してCa2+応答を示した。一方,正常ではピンチ刺激に対してCa2+濃度を一過性に上昇させるニューロンが散在し,同期した応答は観察されなかった。以上より,炎症モデル動物における大脳皮質体性感覚野において,患部へ加えたピンチ刺激によって持続時間の長い脱分極や持続するCa2+濃度の上昇が観察され,さらに多くの皮質ニューロンが同期して興奮する事が示された。大脳皮質では痛み刺激に応答する細胞が少ないと考えられてきたが,本研究により痛み刺激に応答する細胞数が炎症モデルで増加する事が示唆された。モデル動物でみられた応答,特に振幅の大きな脱分極や持続時間の長いCa2+濃度の上昇は大脳皮質内の神経回路の可塑的変化によって起こるものと考えられるが,今後この点について更なる詳細な解析を行う事が必要である。

 

18.発達期におけるGABAB受容体の発現様式の変化と可塑性

神野尚三(九州大学大学院医学研究院基礎医学部門神経形態学分野)

 これまで提案代表者は,生理学研究所鍋倉淳一教授と共同で,中枢神経系の発達と可塑性についての集学的な研究に取り組んできた。平成19年度は,中枢神経系のシナプス可塑性にミクログリアが関与している可能性を,超微形態レベルで検討することを目標に研究を進め,以下の成果を挙げた。

【抗Iba1抗体による免疫電顕の技術的確立】
 ミクログリアの形態学的マーカーとしては,CD11bやレクチンなどが知られている。しかしながら,突起の末端まで可視化することは必ずしも容易ではない。このため私は,抗Iba1抗体を用いて,ABC-DAB法により,ミクログリアの突起を同定し,電子顕微鏡による突起の観察を試みた。実験の当初は,電子顕微鏡用に強く固定した組織では,抗Iba1抗体による突起の染色が不十分であり,光学顕微鏡用に固定を軽くした組織では,ミクログリアの構造の保持が極めて悪いという問題に悩まされた。このため,固定液,免疫反応など,実験条件の最適化に時間を費やした。最終的には,paraformaldehyde 4%+ glutaraldehyde 0.5%で灌流固定し,一次抗体の濃度を1:5,000とすることで,ミクログリアの突起を電子顕微鏡で観察することに成功した。

【ミクログリアの突起がシナプスに直接コンタクトしていることを電子顕微鏡により確認】
 正常マウスと,実験的に梗塞を起こしたマウスについて,ミクログリアの突起がシナプスにコンタクトしているかどうかを,Iba1に対する免疫電顕により,比較・検討した。正常マウスの大脳皮質では,ミクログリアの突起の先端が,シナプス前終末とスパインの両方に小さなコンタクトを形成していることを確認した。梗塞マウスでは,組織学的構造の保持の関係から,梗塞巣からやや離れた大脳皮質領野で認められる肥大化したミクログリアについて解析を進めた。これにより,梗塞マウスにおいては,ミクログリアの突起がシナプスを取り囲むように,大きなコンタクトを形成していることを見出した。これらの結果は,ミクログリアがシナプスの活動性を常にモニタリングし,可塑的変化に関与している可能性を示唆している。

 

19.GABA作動性ニューロンの発達に伴うシナプス小胞動態の機能解析

桂林秀太郎(福岡大学薬学部薬学科臨床疾患薬理学教室)

 研究提案者は19年度から鍋倉研究室との共同研究を開始し,ニューロンが自己に多数のシナプス投射する初代培養単一細胞 (Autapse cultured single neuron) の作製方法を鍋倉研にて確立した。また,島状アストロサイトを効率よく作製するためのスタンプを共同開発した。

 一般的なAutapse cultured single neuronを用いた研究は興奮性シナプス伝達の解析が主流である。したがって本研究課題を遂行するに当たり,本年度は興奮性シナプス伝達の発達変化の定性実験を行った。実験は,単一ニューロンにおけるシナプス伝達の発達変化をDay in vitro (DIV) 7 – 9(培養初期),DIV 13 – 15(培養中期),DIV 21 – 27(培養後期)の3群に分類してパッチクランプ法を用いて解析した。結果,シナプスの発達とともにグルタミン酸作動性EPSC (Excitatory postsynaptic current) とReadily releasable vesicle pool (RRP) のサイズは増大し,1回の活動電位発火で開口放出されるシナプス小胞数も増加した。一方で伝達物質放出確率 (Vesicular release probability, Pvr) はシナプスの発達により低下した。興味深いことに,活動電位発火に同期放出するSynchronous release成分と非同期放出するAsynchronous release成分は発達とともに同程度増加し,両者の増加率に発達変化は認められなかった。すなわち,Synchronous releaseは放出確率が高く,Asynchronous releaseは低いことから,シナプスの発達によるPvrの低下は両成分の比率が変わることに起因しないことが判明した。

 以上の結果から,単一ニューロン培養下においてシナプスの発達によりPvrは低下することが明らかとなったが,その詳細なメカニズムは解明できなかった。また,DIV 7からDIV 27までに限ってはシナプス数の増加傾向が予測できた。現在は細胞外Ca2+濃度依存性に関して追究している最中である。加えて,GABA作動性シナプス伝達も今回の研究結果に類似した結論が得られると想像されるが,今後の課題である。

 

20.視床下部弓状核,室傍核ニューロンにおけるAMPキナーゼの
シグナル伝達と摂食行動制御

矢田俊彦,河野大輔,鳥谷真佐子,前島裕子,須山朝成,吉田なつ,山本早和子
中田正範,安藤明彦(自治医科大学医学部生理学講座統合生理学部門)
箕越靖彦,岡本士毅,鈴木敦

 グレリンの摂食促進作用は,主として視床下部摂食中枢の弓状核NPYニューロンの活性化を介している。一方AMPキナーゼは,摂食亢進に重要な役割をもつ細胞内シグナル分子である。そこで本研究は,グレリンによる弓状核NPYニューロン活性化がAMPキナーゼ活性化を介するかの検討を目的とした。成熟ラットの視床下部弓状核からニューロンを急性単離し,細胞内Ca2+濃度 ([Ca2+]i) をfura-2蛍光画像解析により測定し,その後免疫細胞化学的にNPYを染色し,NPYニューロンを同定しその[Ca2+]i応答を解析した。また免疫組織化学的にAMPキナーゼ及びその下流シグナル分子であるACCのリン酸化を測定した。グレリンは弓状核NPYニューロンの[Ca2+]iを増加させ,また,AMPキナーゼ及びACCのリン酸化を起し,AMPキナーゼの活性化が示された。さらに,AMPキナーゼのリン酸化は外液Ca2+除去条件下でも観察されたので,グレリンによるAMPキナーゼの活性化は[Ca2+]i増加の二次的結果ではない。NPYニューロンの[Ca2+]i増加はAMPキナーゼ阻害剤Compound Cにより抑制された。AMPキナーゼ活性化剤AICARとグレリンは同一のNPYニューロンに[Ca2+]i増加を起した。以上の結果より,グレリンによるNPYニューロン活性化は,少なくとも一部AMPキナーゼ活性化を介していることが明らかとなった (Kohno D., Sone H., Minokoshi Y., Yada T.: Biochem Biophys Res Commun. 366(2):388-392, 2008)。

 

21.中枢性エネルギー代謝調節系における
分子メカニズム基盤に関する生理学的研究

中里雅光,山口秀樹,十枝内厚次,柳重久,松尾崇
(宮崎大学医学部内科学講座神経呼吸内分泌代謝学分野)
箕越靖彦

 摂食やエネルギー代謝を調節するペプチドや神経伝達物質は,標的神経細胞の受容体に作用し,神経ネットワークを変化させることで生理作用を発現する。我々は,グレリン,神経ペプチドW,ニューロメジンU,アスビオシンなどの新規ペプチドを発見し(Nature 1999, Nature 2001, Nat Genet 2002等),機能的,解剖学的連関を明らかにしてきた。これらの神経ペプチドや末梢由来ホルモンの生物学的役割を詳細に検討するとともに,新たな生理活性物質を同定し,その生物活性を解析することを目的とした。

 我々は,細胞レベルで生体機能調節に重要なグレリン機能の低下が老化の一因であると考え,加齢性のグレリン機能の変化を解析した。グレリン投与は,高齢期においても摂食亢進と成長ホルモン分泌を亢進した (1)。グレリン分泌量の低下が,老化の促進に関与することから,グレリン補充療法の有効性が示唆された。一過性にエネルギー状態が負になる運動刺激はグレリン分泌を亢進することが期待できる。しかし,運動中の血中グレリン濃度は,一過性に減少した (2)。これはグレリンの末梢組織での利用が,亢進している可能性が考えられる。また,グレリン前駆蛋白から合成され,摂食抑制に機能することが報告されたオベスタチンについて解析を行ったが,摂食抑制等の生物活性は観察されなかった (3)。

 我々のグループは,ヒト甲状腺癌由来TT細胞の培養上清中から,新規ペプチド神経内分泌調節ペプチド-1と-2 (uroendocrine regulatory peptide (NERP)-1 and -2) を同定した(4)。NERPsは,ラット副腎髄質褐色細胞腫由来PC12細胞を神経成長因子で刺激することで発現が亢進するVGF蛋白の一部であることが分かった。VGF蛋白は神経細胞や下垂体に発現が多いことから,それぞれの特異抗体を作製し,免疫染色を行った結果,視床下部の室傍核と視索上核に陽性細胞を観察した。二重免疫染色を行った結果,NERP-1とNERP-2は,バソプレシンニューロン内のバソプレシンと同じ分泌顆粒に包埋されていた。NERPsは,高調食塩水とアンジオテンシンII 投与によるバソプレシン分泌を抑制した。その機序として,GABAを介する傍分泌的もしくは自己分泌的抑制機構が推察された。NERPsは,内因性の体水分調節ペプチドであることを明らかにした。

 

22.エネルギー代謝調節におけるDmbx-1の役割の解明

三木隆司(神戸大学大学院医学系研究科細胞分子医学)
箕越靖彦,志内哲也

 Dmbx-1は脳に発現するホメオドメイン型転写因子であるが,その生理的役割は全く不明であった。これを明らかにする目的でDmbx-1の遺伝子欠損(KO)マウスを作製したところ,KOマウスは著明な痩せと酸素消費量の亢進を認めた。これまでに我々はKOマウスで認められるエネルギー代謝制御異常のメカニズムを解明することを目指して解析を行い,KOマウスでは摂食促進ペプチドであるAgRPの作用が全く失われていることを明らかにした。またその分子メカニズムを明らかにする目的で,野生型マウスとKOマウスにAgRPを脳室内投与し,脳内の各部位におけるカテコラミンのターンオーバーを測定した。具体的には,視床下部,脳幹部,大脳皮質におけるnorepinephrineとdopamineのターンオーバーをAgRP投与群と非投与群で比較した。この結果,野生型マウスではAgRP投与により,視床下部のdopamineのターンオーバーが有意に増加することが明らかになった。一方,他の部位では明らかな増加は認められなかった。さらに,norepinephrineのターンオーバーは視床下部,脳幹部,大脳皮質いずれにおいてもAgRP投与で有意な変化は認められなかった。大変興味深いことにKOマウスでは視床下部のdopamineのターンオーバーはAgRP投与によって全く変化せず,Dmbx1がAgRPによるdopamineのターンオーバーの亢進に必須の役割を果たしていることが明らかになった (Fujimoto, Shiuchi et al., PNAS,2007)。

 さらに,Dmbx1の遺伝子発現が胎児期のみで認められ,発現部位もステージにより劇的に変化することから,胎児期にDmbx1を発現した神経細胞が最終的にどの神経細胞へと分化増殖するかを明らかにすることが極めて重要であることが明らかになった。これを解決する目的で,時間・空間的に遺伝子発現を制御できる新たな遺伝子改変マウスの作製と解析を開始し,Dmbx1の発現制御をconditionalに制御するためのDmbx1遺伝子座にloxPをノックインしたマウスと発現誘導型Creをノックインしたマウスの作製に成功した。これらのマウスは胎児期にDmbx1を発現した神経細胞の運命を形態学的,機能的に解析するうえで極めて有用なツールとなった。

 

23.随意運動発現を司る神経機構の研究

美馬達哉(京都大学大学院医学研究科)
島津秀紀(医療法人いちえ会伊月病院)
礒村宜和(理化学研究所)
逵本徹

 ヒトの脳波活動と上肢の筋電図活動の間には相関が認められる。この相関関係は大脳皮質運動野から筋肉への運動制御過程を反映している可能性がある。しかし,一次運動野が近隣の運動関連領野と関係しながら筋収縮をコントロールしていることは一見当然とも考えられるにもかかわらず,その神経機構は十分には解明されていない。我々は,動物実験を行うことによってこの仕組みを神経回路レベルで解明できる可能性があると考え,サルの大脳皮質フィールド電位と上肢筋電図活動の記録及び解析を行った。その結果,大脳皮質一次運動野と一次体性感覚野のベータ波領域の活動が筋電図活動と有意な相関を示すことを確認した。さらに同じベータ波領域で運動野と体性感覚野の間の情報は双方向性に流れるが,後者から前者への流れが優位であることを見出した。これは感覚野のベータ波領域の活動が運動のフィードバック制御に役立っている可能性を示唆する。

 

24.齧歯類および霊長類における大脳皮質錐体細胞への抑制性および
領域外からの入力の3次元的解析

一戸紀孝,冨岡良平,松下敦子,Kathleen S. Rockland
(独立行政法人理化学研究所・脳皮質機能構造研究チーム)
窪田芳之(生理学研究所)

 大脳皮質の神経細胞の中で多数を占める興奮性の錐体細胞の神経活動は興奮性・抑制性の多様な入力の影響を受けている。これらの入力が作るシナプスは,錐体細胞の樹状突起または細胞体表面に,入力の起源により特異的な分布をしていると考えられ,その分布は神経細胞の行っている計算上重要であると考えられている。本年度我々は,昨年度に引き続きこの錐体細胞表面への入力の分布に関して,3つのプロジェクトを行った。1つは,ラット周嗅皮質の各層の錐体細胞尖頭樹状突起へのparvalbumin (PV) 陽性GABAergic終末のシナプス分布の検討の継続で,昨年度に比べて例数を15個増やした。実験は,TE野にEGFPを感染細胞に発現させるアデノウィルスを注入し,周嗅皮質内の錐体細胞をGolgi様にラベルし,その切片でPVとGABAの終末マーカーvesicular GABA trasnportor (VGAT) を異なった蛍光色素で染め出し,共焦点顕微鏡を用いて,これらの終末の接触部位を検索した。その結果,尖頭樹状突起の細胞体からの距離が大きくなるにつれて,接触部位の密度が下がるが,0にはならないという昨年度の結果が確認された。2つめのプロジェクトはマカクザルの下側頭葉前部 (TE) の錐体細胞を,上と同様に下側頭葉後部 (TEO) へのウィルスの注入を用いてEGFP標識するとともに,順行性のトレーサーBDAをTEOに注入し,feedforward-feedback loopの存在と,そのシナプス結合部位について共焦点顕微鏡を用いて検討した。その結果,TEの5層の錐体細胞の尖頭樹状突起が4層を通る際に,TEOからの投射終末と接触することが示された。また,5層の細胞の樹状突起には6層の細胞に比べて,TEOからの終末が接触する数が少ないことも見いだし,国際誌に発表した。今年度は,上記の昨年から連続するプロジェクトに加え,亜鉛陽性終末の分布が4層では,5層の錐体細胞の尖頭樹状突起の分布と一次体性感覚野等ではよく一致することを見いだしたので,これらの関係を,電顕写真3次元再構築を使った検討をし,やはり5層の錐体細胞の尖頭樹状突起の幹から起こるスパインが主たるターゲットとなっているといういくつかの証拠を見いだしつつある。

 

25.エンハンサートラップ法によるゼブラフィッシュの神経発生
および神経機能の解析

武田洋幸(東京大学大学院理学系研究科生物科学・教授,提案代表者)
東島眞一(自然科学研究機構・岡崎統合バイオサイエンスセンター)

 本研究課題では,ゼブラフィッシュにおいてエンハンサートラップ法により,神経系の少数の細胞で発現するラインを見いだし,GFPを発現する特定のクラスの神経細胞の発生,機能を解析することを研究の目的とした。昨年度までの研究で,50系統を超える数のラインについてスクリーニングを行い,中枢神経系の少数の細胞でGFPの発現がみられるいくつかのラインを見いだした。そのうちの1つのライン,tol056に着目して研究を進めた。tol056ラインにおいては,後脳ではマウスナー細胞特異的にGFPの発現がみられ,また,脊髄においては非常に少数(各半体節あたりほぼ1つ)の交叉型介在ニューロン(Coloニューロンと名付けた)でGFPの発現が見られる。Coloニューロンから電気生理学記録をおこなった結果,これらの神経細胞は,逃避行動時のみに発火すること,また,マウスナー細胞と電気的シナプスを作っていること,さらに,反体側の運動ニューロンに抑制性のシナプスをつくっていることが明らかとなった。これらの結果は,Coloニューロンが,魚が逃避行動を行う際に,反体側の運動を即座に押さえる働きを担っている,という可能性を示唆する。この考えを確かめるために,現在,Coloニューロン群をレーザーで破壊した幼魚の表現型の解析を進めている。

 

26.発生現象における膜電位シグナル伝達の分子機構とその役割の解明

岡本治正(産業技術総合研究所脳神経情報研究部門)
海老原達彦(産業技術総合研究所脳神経情報研究部門)
吉田学(東京大学大学院理学系研究科)
木下典行(基礎生物学研究所)
稲葉一男(筑波大学下田臨海実験センター)
柴小菊(東京大学大学院理学系研究科)
岡村康司

 近年,発生現象における遺伝子発現のプログラムについては深い理解がなされるようになった。その一方で,左右非対称の形成など内在的な遺伝プログラム以外に発生過程の細胞生理学的現象の重要性が再認識されつつある。しかし,その分子基盤は未だ明確でなく,これまで研究が進んでこなかった。本研究では岡崎統合バイオサイエンスセンターと筑波大,産総研による共同実験の成果Murata et al. 435:2005, Natureの業績を核として,細胞内シグナル伝達や膜電位などの細胞生理機構の役割を,発生現象に着目して,両生類,尾索動物,哺乳類など動物種横断的に,理解することを目的とした。

 本年度は,発生の優れたモデル生物であるXenopus laviesのVSP相同分子をクローニングし,その分子特性の解析を行った。基礎生物学研究所の木下典行博士が相同分子のcDNAをXenopusのEstライブラリーから提供し,哺乳類発現ベクターであるpIRES2-EGFPに組み込んで,tsA201細胞へ強制発現させた。Whole cell patch recording法により,P over Nによるサブトラクションを行って,ゲート電流の計測を行ったところ,アフリカツメガエルのVSPでは,電荷—電圧曲線(Q-Vカーブ)がゼブラフィッシュやホヤのそれに比較してプラス側へシフトしていた。

 XenopusのVSPのタンパクの発現を確認する目的で,細胞内領域をGST融合タンパクとして大腸菌で発現させた。ウサギへの免疫により抗体の作成を試みたが,現在のところ,内在性のタンパクを認識できる抗体が得られず,再度,抗体の作成を試みる予定である。また,in situ hybridizationによる遺伝子発現様式についても今後の課題である。

 ホヤの実験系については,VSPが精子に発現することから,精子での膜電位変化の計測が必要と考え,最近計画共同研究(理化学研究所宮脇博士)の研究成果である,電位感受性プローブMermaidの遺伝子をホヤに強制発現させるためのプラスミドの構築を行いつつある。今後,これらのツールを用いて,発生過程での膜電位変化を明らかにしたい。

 

27.電子顕微鏡機能イメージング法の医学生物学への応用

金子康子,仲本準(埼玉大学・理工学研究科)
臼田信光,厚沢季美江(藤田保健衛生大学・医学部)
山口正視(千葉大学・真菌医学研究センター)
田中雅嗣(東京都老人総合研究所)
仁木宏典(国立遺伝学研究所)
前島一博(理化学研究所)
小暮健太郎(北海道大学・農学研究科)
新田浩二,重松秀樹,永山國昭(岡崎統合バイオ)

 氷包埋した生物試料を高コントラストで観察することが可能な電子位相差顕微鏡を用いてウイルス,バクテリア,真核細胞,動・植物組織など様々な生物試料を用いて応用研究を行った。また,細胞の機能を維持したまま,DNA,RNA,タンパク質など種々の生体高分子に顕微鏡下で検出可能な物質を取り込ませてラベル化し,機能分子を画像化する方法の検討を行った。

 電子位相差顕微鏡によりインフルエンザウイルスの観察を行い詳細な構造解析を行った。通常の電子顕微鏡では観察することが困難であったコアのリボ核酸タンパク質,表面のスパイクの1本1本を数えることができる高解像度の画像を得ることができた(Yamaguchi M, Danev R, Nagayama K, et al., J Struct Biol 162: 271-276, 2008; 山口正視,永山國昭ら,顕微鏡43(2): 115-120, 2008)。この研究成果は,これまで困難であったエンベロープウイルスのナノメートルレベルの構造解析に道を拓くものである。

 シアノバクテリア細胞内のDNAを可視化する方法を種々検討した。BrdUを加えた培養液中で24時間培養すると,シアノバクテリア細胞中の新規合成DNAにBrdUが取り込まれ,電子顕微鏡観察で細胞中に高電子密度の部位が確認できた。同様にBrdUを取り込ませた細胞を蛍光標識した抗BrdU抗体で処理し,蛍光顕微鏡で観察したところ,細胞中に2から4個存在するクロモソームのうち,特に桿状細胞の両端部に位置するクロモソームに強い蛍光が見られDNA合成部位が局在していた。さらにBrdUを取り込ませた細胞の超薄切片をEDX分析すると,細胞内のDNA繊維にBrを検出することができ,BrdUがDNAに取り込まれていることが確認できた。氷包埋したシアノバクテリアをヒルベルト微分電子顕微鏡法で観察すると細胞内の様々な繊維様構造を高コントラストで可視化することができる (Kaneko Y, Nitta K, Nagayama K, Plasma and Fusion Res. 2: S1-4, 2007)。今後BrdUなどの取り込みにより標識し,高電子密度化した細胞内DNAの高次構造を,電子位相差顕微鏡を活用して明らかにしていくことをめざす。

 

28.唾液タンパク質の分泌およびSortingにおける水輸送制御機構

杉谷博士,松木美和子,三井烈(日本大学・松戸歯学部・生理学講座)
橋本貞充(東京歯科大学,病理学講座)
細井和雄(徳島大学・歯学部・口腔生理学講座)
瀬尾芳輝(獨協医科大学・生理学講座)
村上政隆(自然科学研究機構・生理学研究所)

 唾液腺におけるタンパク質分泌は,主として自律神経系の交感神経の興奮により引き起こされる。分泌タンパク質は,唾液腺腺房細胞の粗面小胞体で合成され,ゴルジ装置などを介して修飾がなされ,分泌顆粒内に濃縮,貯蔵される。分泌顆粒は腺腔側の細胞膜近傍に輸送され,細胞膜とドッキングし,プライミングを受けた後に膜に融合することにより分泌タンパク質を放出する。一方で,細胞膜における水の輸送には水チャネルが関わっている。水チャネルはアクアポリン (AQP) とよばれるタンパク質であり,現在までにAQP0-AQP12までの13種類のAQPファミリーの存在が報告されている。我々の研究は,唾液腺におけるタンパク質分泌におけるAQPの役割を明らかにすることが目的である。現在,唾液腺にはAQP5の発現が認められており,我々はすでに,AQP5がラット耳下腺分泌顆粒膜に存在することを報告した。さらに,新たなAQPの発現を検討したところ,抗AQP6抗体に反応するバンドをイムノブロッティングにより認め,また,AQP6 mRNAの発現をRT-PCRにより確認したことから,ラット耳下腺腺房細胞におけるAQP6の発現を認めた。さらに,共焦点レーザー顕微鏡により,AQP6はタイト結合近傍に局在することを観察し,免疫電子顕微鏡を用いてそれを確認した。免疫電子顕微鏡の観察においては,分泌顆粒にもAQP6の局在が認められたので,ラット耳下腺よりパーコール密度勾配を用いて分泌顆粒を分離生成し,AQP6の発現を検討した。分泌顆粒膜画分にはAQP6の局在がイムノブロッティングにより認められ,さらに,分離分泌顆粒膜のAQP6を免疫電子顕微鏡法により確認した。AQP6は水チャネルであるが塩素イオンなどのハロゲン族を透過するイオンチャネルとしての機能を持つことが報告されていることから,分離分泌顆粒を用いて溶解実験を行なった。その結果,AQP6チャネルを開く水銀により溶解が促進した。また,非特異的な塩素イオンチャネル阻害剤であるDIDSにより水銀による分泌顆粒溶解が阻害されたことなどから,分泌顆粒膜でのイオンチャネルとしてAQP6が機能することが示唆された。これらの結果より,AQP6が分泌顆粒内浸透圧調節に関わること,また,開口放出に関してタンパク質分泌への関与などが考えられ,詳細な役割に関しての検討を継続している。

 

29.自律神経系中枢のMRIによる研究

瀬尾芳輝,若松永憲(獨協医科大学 医学部)
鷹股亮(奈良女子大学 生活環境学部)
荻野孝史(国立精神・神経センター 神経研究所)
森田啓之,田中邦彦(岐阜大学 大学院医学研究科)
吉本寛司(京都府立医科大学 大学院医学研究科)
村上政隆(生理学研究所)

 本研究は,獨協医科大学医学部,瀬尾を一般共同研究,「自律神経系中枢のMRIによる研究」の提案代表者として,獨協医科大学医学部,若松,奈良女子大学生活環境学部,鷹股,国立精神・神経センター神経研究所,荻野,岐阜大学大学院医学研究科,森田,田中,京都府立医科大学大学院医学研究科,吉本が共同研究者として参加し,生理学研究所,村上を所内対応者としての協力の下で行われた。MRI測定には,生理学研究所に設置してある高磁場,動物実験用MR装置 (Bruker Biospec 47/40) を使用したが,使用に際し生理学研究所の要請により,今年度も当該装置の年間消費量の冷媒(液体ヘリウム,液体窒素)代,約160万円を獨協医科大学医学部(瀬尾),奈良女子大学生活環境学部(鷹股),国立精神・神経センター神経研究所(荻野),岐阜大学大学院医学研究科(森田)の4グループが負担した。

 本研究の目的は,脳機能画像 (fMRI) 法を用いて自律神経系中枢における種々の神経活動を空間的・時間的に測定し,解析することである。あわせて自律神経系の神経活動の精密なMRI測定を可能とするプローブや造影剤,測定パルス系列などの測定方法の開発を行う。

1) 従来のMn造影MRI法は,静脈内に投与したMnを標的神経細胞周囲に分布させるため,浸透圧ショックにより血液−脳関門を破壊する必要があった。この方法は,確実に脳実質にMnを到達させることができるが,血液−脳関門破壊によるデメリットも大きい。また,血液−脳関門を破壊した脳の応答が正常脳の応答を反映しているかという疑問もある。従って,血液−脳関門を破壊しない,新たなMn造影MRI法が必要とされていた。Mnは,特異的あるいは非特異的膜透過機構を介して血液−脳関門あるいは血液−脳脊髄液関門を透過し,時間経過とともに血液中(脈絡層)⇒脳室⇒脳実質あるいは脳血管⇒脳実質へと徐々に移行する。我々は,これまで脳室内投与,脳実質内投与,血管内慢性投与,腹腔内投与等の様々なプロトコールを検討したが,本実験では,皮下投与したMnが脳実質へ移行していく時間経過を調べた。麻酔下のラットにMnCl2溶液を皮下投与し,脳実質のT1強調MRI画像およびT1値MRI画像の時間変化から脳実質のMn濃度の変化を定量化した。その結果,皮下投与したMnは血液中⇒脳室⇒脳実質へと徐々に移行し,投与後数時間でMn造影MRI法に必要なMn濃度に達することが分かった。この方法を用い,血液−脳関門を破壊しないMn造影MRI法が可能となり,本研究課題にも応用した。

 2) 摂食行動は,様々な要因により調節されているが,短期的な調節においては血糖値の低下が最も強力な刺激となる。血糖値低下に対して視床下部外側野のグルコース感受性ニューロンが重要な働きをしており,オレキシンニューロンやメラニン凝集ホルモン (MCH) ニューロンがグルコース感受性ニューロンであると言われている。我々は,オレキシンニューロンとMCHニューロンが外側野において異なる分布をし,糖利用を急性に阻害した際,MCHニューロンにおけるc-Fos発現はほとんど見られず,オレキシンニューロンにおいてc-Fos発現が増加することを免疫組織化学染色法により確認した。そこで本実験では,麻酔下のラットを用いて,糖利用が低下した際の視床下部における神経活動部位とその時間経過をMn造影MRI法により調べた。その結果,視床下部外側野の内側よりの脳弓周囲部位においてMRI信号強度の上昇が確認された。この部位は,免疫組織化学的にc-Fos発現が確認された部位とほぼ同様の部位であった。従って,糖利用低下時の視床下部外側野の活動をin vivo でMRIを用いて測定可能であることが示された。視床下部および延髄の他の部位における神経活動の変化については現在解析中である。

 

30.DNAおよびクロマチン高次構造の電子顕微鏡による解析

加藤幹男(大阪府立大学理学部)
永山国昭(岡崎統合バイオサイエンスセンター)

 DNAは,相補的ポリヌクレオチド鎖により二重らせん構造をとっており,通常の生理的環境下ではどのような配列でもほぼ同じような立体構造をとっている。一方,強く負の超らせん化状態にある場合などでは,配列依存的にさまざまな特殊高次構造をとることが知られている。我々は,負の超らせん化状態にあるポリプリン・ポリピリミジン配列や回文配列が,特異的なpHや塩濃度において分子内三重鎖構造やそれに類する特殊高次構造を形成することを化学修飾実験と電子顕微鏡観察によって明らかにしてきた。しかしながら,このような特殊高次構造形成能が示す生理的意義については現時点では不明なものが多い。

 ミニサテライトDNAのように,その遺伝子機能が不明確であるのにゲノム内に多くのコピー数を占め,また遺伝子マーカーとしても用いられるように多型度の高い領域が生じる原因を明らかにするために,我々はDNA高次構造特性に着目して解析をすすめている。ミニサテライト配列AL79は,1) 反復単位一本鎖DNAがミニヘアピン構造を形成すること,2) 負の超らせん化DNA (pAL79) トポアイソマーを酸性条件で二次元電気泳動すると,対照のDNA分子 (pUC19) とは異なり格子状に分離されること,3) 電子顕微鏡観察では酸性条件で作成した試料では分子形状の多様性が対照にくらべて高いことが明らかになった。さらに,4) 一本鎖領域のチミン塩基を優先的に修飾する過マンガン酸カリウムを用いた化学修飾実験の予備的な結果では,AL79ミニサテライトのそれぞれの反復単位内の特定の領域が開いて,部分的一本鎖構造を形成していることが示唆された。引き続き,他の配列組成をもつさまざまな縦列型反復配列について高次構造特性を解析し,ゲノム内増幅や変異をもたらす配列領域の構造的特徴を見出していきたい。また,今年度はクロマチン構造の電子顕微鏡観察にまでいたらなかったが,より生理的存在状態に近いクロマチン構造中に,特殊DNA高次構造が現れるかどうか検証したい。

 

31.伴侶動物の樹立腫瘍細胞株における生物学的特性の解明

酒井洋樹(岐阜大学応用生物科学部獣医学課程獣医病理学分野)
児玉篤史(岐阜大学応用生物科学部獣医学課程獣医病理学分野)
木村透(自然科学研究機構 動物実験センター)

 伴侶動物の腫瘍性疾患の中で,特に悪性腫瘍に関しては,腫瘍化メカニズムの詳細が未だ不明であることが多く,また,有効な治療法もほとんどない。しかし,腫瘍化メカニズムの解明や有効な抗がん剤の開発において,腫瘍細胞株を用いた研究は極めて重要であるにも関わらず,伴侶動物の腫瘍細胞の樹立および特性の解析はほとんど行われていない。そこで,本研究では岐阜大学獣医分子病態学分野において樹立された伴侶動物の腫瘍細胞株の生物学的特性について解明していくことを目的とした。

 腫瘍細胞株の樹立には,岐阜大学附属動物病院で摘出された伴侶動物の腫瘍組織を動物実験センターSPF動物飼育施設で飼育されているスキッドマウスの皮下に移植し,継代していく方法を用いた。我々の研究室では,伴侶動物から摘出された移植前の腫瘍および同施設で継代された腫瘍の組織診断を行った。また,腫瘍の浸潤や転移といったin vivoにおける可移植性腫瘍株の性質を明らかにした。同時に,免疫染色などの分子病理学的手法を用い,腫瘍細胞株における遺伝子発現を解析した。

 その結果,確立した伴侶動物の腫瘍細胞株は初期の性質を保持したまま継代維持できていることがわかった。ヒトの腫瘍細胞で用いる腫瘍マーカーの一部が利用できることが確認された。凍結融解後,腫瘍細胞はスキッドマウスに生着することも確認できた。今後は,ヒトの腫瘍細胞との類似性および相違点を解明する予定である。

 

32.犬糸状虫ミクロフィラリア(線虫類)の走光性特性にかかわる
光センサー物質の分析

早崎峯夫(山口大学農学部獣医学研究科家畜病院)
木村透(自然科学研究機構 動物実験センター)

 犬糸状虫ミクロフィラリアは光驚動反応様反応を示すが,その光認識機序は不明である。ミクロフィラリアは形態学的に眼点や光感覚器構造を有していないが,この反応からミクロフィラリアが明暗認識を有していることが示唆される。この研究では,この反応に関与する光の波長を精密に観測して,反応誘発の光波長依存性を確定し,ひいては,光センサー分子の実体に関する手がかりを得ることを目的とした。

 本年度実施した実験は次の二つである。①犬糸状虫寄生犬の血液中よりミクロフィラリアを無菌的に分離し組織培養液中に回収した。なお,ミクロフィラリアは申請者が所属機関(山口大学農学部)にて飼育する犬糸状虫寄生犬から採血により採取しプラスチック組織培養容器に密栓して持参し,実験に供した。②照射光波長は,近赤外光,赤色光,黄色光,緑色光,青色光,紫外光の各波長域について調べ,光驚動反応様行動を生じさせるための照射時間,光強度などの条件を検討した。

 その結果,当初予想していた赤色光とは異なる波長にミクロフィラリアが反応していることがわかった。今後は,基礎生物学研究所の大型スペクトログラフを用いた実験に移行して,光センサー分子の実体を解明する。

 

33.伴侶動物における機能性腫瘍の検索および腫瘍細胞の系統保存

丸尾幸嗣(岐阜大学応用生物科学部獣医学課程獣医分子病態学分野)
森崇(岐阜大学応用生物科学部獣医学課程獣医分子病態学分野)
木村透(自然科学研究機構 動物実験センター)

 伴侶動物の高齢化に伴い,小動物臨床において腫瘍性疾患の診断・治療は重要な課題となっている。また,腫瘍細胞自身が産生する生理活性物質が,生体の機能に様々な影響を及ぼすことがわかり,近年この機能性腫瘍細胞が注目されている。しかし,伴侶動物の腫瘍細胞を継代移植し,保存する例は極めて少ない。本研究の目的は,岐阜大学付属動物病院にて採取された機能性腫瘍細胞を継代し,系統的に保存する技術を確立することである。さらに,系統的に保存された腫瘍株の中から興味あるものに注目し,その腫瘍細胞が産生する因子を僅かなりとも解明することである。最終目標は,各種腫瘍細胞を系統保存する腫瘍バンクを作り,必要な腫瘍株を供するシステムを樹立することである。前年度腫瘍細胞の移植技術を確立し,5例ほど伴侶動物の腫瘍細胞を継代している。本年度は,この技術を駆使して例数を増やし,継代した腫瘍株の性質と患畜 (host) そのものの病態を照らし合わせ,腫瘍細胞の機能性を明らかにすることを目標とした。

 岐阜大学付属動物病院に来院した患畜で,臨床所見および各種検査成績から機能性腫瘍と診断されたものを対象とした。外科手術により採取された機能性腫瘍細胞をSCIDマウスに継代移植した。数代にわたってSCIDマウスに継代した後,この腫瘍組織を凍結保存にて半永久的に保存した。次いで,凍結保存した腫瘍を融解し,再びSCIDマウスに接種して,生着の有無を確認した。

 その結果,平成19年度末までに伴侶動物の腫瘍細胞を収集保存し,当初の目標である腫瘍バンクの礎を築くことができた。第二目標として,機能性を有すると思われる腫瘍細胞の候補を選抜することができた。具体的には,胸腺腫,肺癌および消化管間質腫瘍の細胞株である。

 これらの成果はアニテックス誌に特集号を組むと共に,第38回日本比較臨床医学会学術集会における2日間のシンポジウムで報告した。

 今後は,次の事項を目標に挙げる。

1.イヌ・ネコの腫瘍細胞の移植例を増やす

2.岐阜大学で保存している腫瘍細胞を自然科学研究機構動物実験センターに分与し,二機関で保管する。

3.移植成功例の多い肺癌または悪性乳癌細胞に焦点を合わせ,本細胞が生体に及ぼす作用を調べる。

4.1および2で得られた腫瘍細胞が産生する生理活性物質の手がかりを探索する。

 


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