生理学研究所年報 第29巻 | |
計画共同研究報告 |
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図 カタユウレイボヤ胚での遺伝子発現をin situ hybridizationで見たもの |
本間光一(帝京大学薬学部),山口真二(帝京大学薬学部),蒲野淑子(総合研究大学院大学)
黒川竜紀,岡村康司
本研究課題では,鳥類(ニワトリ)を用いて胚発生と脳におけるVSPの役割を,生化学的,生理学的に解析することにより,その生理機能を明らかにすることを目的とした。
ニワトリVSPの構造決定
ホヤVSPと,独自に構造決定したニワトリVSPのアミノ酸配列を比較した結果,高い相同性を示し,ゲート電流活性,酵素活性に必要とされるアミノ酸も保存されていた。また,膜貫通領域の4番目の領域 (Segment4)は,正電荷を持つアミノ酸残基が2つの疎水性アミノ酸残基にはさまれながら4回以上繰り返し並ぶという特徴的な構造を示すことが分かった。
ニワトリVSPのゲート電流活性と酵素活性の測定
ゲート電流の定量解析を行った結果,膜電位依存的に電荷量が変化した。また,Segment4の正電荷を欠失させた蛋白質では電流が見られなくなることから,膜電位の感知はSegment4の移動に基づいていることが示唆された。酵素活性の測定結果では,ニワトリVSPがホスファターゼ活性を持ち,さらに膜電位依存性を持つことが分かった。
ニワトリVSPの遺伝子発現局在の解析
ニワトリの胚発生時と孵化後の脳における遺伝子発現を解析した結果,胚発生時では1日胚から7日胚まで発現しており,孵化後の脳では大脳・中脳・小脳に発現がみられた。また組織局在としては,胚発生時では体節・腎・消化管など様々な器官に発現しており,大脳では脳室に沿って,中脳では層構造に,小脳ではプルキンエ細胞や顆粒細胞に発現していることが示された。
ニワトリVSPの細胞形態におよぼす機能解析
ニワトリ培養線維芽細胞DF-1にVSP発現ベクターを遺伝子導入した。すると,細胞の形状が変化し,突起進展が見られるようになった。これは,VSPが細胞形態の維持や分化に関与している可能性をしめす。
本研究によりVSPは,高等脊椎動物である鳥類においても膜電位感受性,酵素活性が共に保存された膜蛋白であり,ニワトリの胚発生や脳機能において重要な役割を担っていることが示唆された。また,細胞の形態維持や分化に関与する可能性が示された。今後,VSP発現組織において,in vivo,in ovoでの過剰発現や遺伝子抑圧を行い,VSP遺伝子の重要性を示していくことが課題である。
学会発表
Yamaguchi S, Kamigaki H, Takano T, Homma K.J.Developmental expression of avian VSP: Electro-chemical signaling by membrane proteins-Biodiversity and Principle 2007.
鈴木和男,大島正道(国立感染症研究所),荒谷康昭(横浜市立大学)
大河内善史,岡村康司
電位依存性プロトンチャネルは貪食細胞の食機能と活性酸素生成において,細胞内pH,ファゴゾーム内pHおよび酵素活性化に関わる分子と考えられてきたが,その分子実体は長く不明であった。本研究では電位依存性プロトンチャネルVSOPが感染防御の主要な細胞である好中球とマクロファージにおいてどのようなメカニズムで生理機能に関わりかを明らかにし,感染防御機能におけるVSOPの役割を明らかにする。
VSOPのGene trap法によるノックアウトマウスのバッククロスを行い,B6については10代の掛け合わせが終了し,個体マウスを用いて感染実験を行う準備が整った。
正常マウスとノックアウトマウスから好中球を単離し,活性酸素産生能を比較したところ,ノックアウトマウスで,superoxide anionの産生が有為に減少しているという知見が得られた。パッチクランプ法による計測の結果,ノックアウトマウスでは,PMA刺激時においても静止時においても,電位依存性プロトンチャネル電流が見られなかった。Current clampモードでの計測によりPMA刺激時に膜電位が,正常マウス由来の好中球とどのように異なるかも検証を試みている。
学会発表:
口頭発表
Y. Okochi, M. Sasaki, H. Iwasaki, T. Kurokawa & Y. Okamura
「Biochemical characterization of voltage-gated proton channel, VSOP, in phagocytes」
42nd ANNUAL SCIENTIFIC MEETING OF ESCI IN Geneva, Switzerland, 26 29 MARCH 2008.
ポスター発表
A. El Chemaly, Y. Okochi, Y. Okamura & N. Demaurex
「Is the Hv1 proton channel required for the activity of the NADPH oxidase?」
42nd ANNUAL SCIENTIFIC MEETING OF ESCI IN Geneva, Switzerland, 26 29 MARCH 2008.
Aug;5(8):683-5.
宮脇敦史,筒井秀和,水野秀明,片山博幸(理化学研究所)
村田喜理,岡村康司,大河内善史
電位センサーはポア領域と並んで電位依存性チャネルの重要なモジュール構造であり,3次元結晶構造が解かれたことを契機に,ここ数年分子動作原理を巡って熱い論争が続いている。最近尾索類のゲノム情報から電位依存性チャネルの電位センサーモジュールと酵素モジュールを合わせもつ新規分子が同定され,電位センサータンパクの動作原理の解明とそれに基づく応用のための新しい材料が提供された。本研究では新規電位センサー蛋白において膜電位変化による分子内情報伝達機構を明らかにするとともに,モジュールの変異導入や他の分子との組換えにより新規機能の創成を目指した。
神経細胞においては,活動電位と呼ばれる動的な膜電位変化が起こる。神経回路の中を駆け巡る活動電位の時空間パターンを可視化するための実用的な光プローブが求められてきた。理研脳科学総合研究センター宮脇チームと自然科学研究機構生理学研究所神経分化研究部門の研究チームは,2005年以降,Ci-VSPの電位センサー領域を利用して蛍光性膜電位プローブを開発することを企て膜電位依存的なタンパク質の微妙な構造変化を蛍光信号の変化に効率よく変換するシステムを目指した。Ci-VSPの電位センサー領域に,たとえばオワンクラゲに由来する2種類の蛍光タンパク質(CFPとYFP)を融合し,純タンパク質性の膜電位感受性蛍光プローブを作製した。CFPの発光スペクトルとYFPの吸収スペクトルの間には重なりがあるため,CFPとYFPとの相対的空間配置に依存してCFPの励起エネルギーがYFPへ移動する現象(蛍光共鳴エネルギー移動)で発光させる。研究チームは,蛍光共鳴エネルギー移動に基づくさまざまなプローブ遺伝子を構築し,アフリカツメガエルの卵母細胞発現システムに導入し,それらの性能を解析した。同様のアプローチによる蛍光性膜電位プローブの開発は,ほかの研究チームでも精力的になされてきたが,感度が低いことが欠点として指摘されていた。
サンゴやイソギンチャクの仲間には蛍光タンパク質を産生するものがある。宮脇チームは有限会社アマルガムと共同で,これら海洋動物から蛍光タンパク質の遺伝子を取り出し,2002年に沖縄の海で採集した石サンゴのウミキノコとクサビライシを材料に,それぞれmUKGとmKOkという単量体の蛍光タンパク質を開発した。
mUKGは緑色の,mKOkはオレンジ色の蛍光を発する。mUKGの発光スペクトルとmKOk の吸収スペクトルの間に重なりがあるため,CFP/YFPと同様にmUKG/mKOkもまた蛍光共鳴エネルギー移動を検出するペアとして活用できる。mUKGとmKOk をCi-VSPの電位センサー領域に融合したコンストラクトを数多く作製し,膜電位変化に対する反応を調べそれらの中から著しい反応を示すものが見つかり,「Mermaid(マーメイド)」と命名した。Mermaidは,ほかの純タンパク質性の蛍光性膜電位センサーと比べて数倍から10倍の感度を示す。
培養細胞に発現させて膜電位変化に伴う蛍光信号を解析したところ神経細胞で起こる活動電位に相当する変化をリアルタイムに捉えることができた。さらに蛍光画像を高速に取得することができる顕微鏡システムを構築して,Mermaidを発現する大脳皮質神経細胞や心筋細胞の電気活動の広がりを直接的に可視化することに成功した。
今後,さまざまな動物種を使ってMermaidを発現する形質転換個体が作製されると期待される。Mermaidを特定のニューロンに発現させることにより,これまで不可能であった特定細胞種レベルでポピュレーションでの電気的活動のダイナミクスを解析できるようになり,脳の情報処理獲得の制御を知ることにつながるであろう。高感度の蛍光性膜電位プローブを心筋細胞などで発現させれば,in vivoレベルでの組織の生理の研究に役立つツールとなると期待される。非興奮性の細胞種で発現することができれば,これまで明らかにされなかった生理的な膜電位変化を解析することができる。実際,Ci-VSPは非興奮性の細胞種にも発現が検出されておりそうした存在の意義に迫ることができる。さらに膜電位を指標とするドラッグ・スクリーニングにも役立つことが期待される。
発表論文
Tsutsui H, Karasawa S, Okamura Y, Miyawaki A.Improving membrane voltage measurements using FRET with new fluorescent proteins.2008, Nature Methods Aug;5(8):683-5.
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図:MermaidのFRET変化量の電位依存特性 |
斎藤成也,隅山健太(国立遺伝学研究所)
蒲野淑子,増山和花(総合研究大学院大学)
西野敦雄,岡村康司(岡崎統合バイオサイエンスセンター)
バイオインフォマティクスの手法を用いてVSPなどのイオンチャネル関連分子について脊椎動物祖先型分子を推定し,その機能を発現実験により解析するとともに,脊椎動物の進化過程での機能改変のためゲノム的動態を明らかにすることを目的として以下の解析を行った。
前年度VSPについて進めた解析を,電位依存性プロトンチャネルについて進め,ウニ,珊瑚,ホヤ,マウス由来のVSOPの電気生理学的特性の比較を行った。その結果,同じ温度での測定で,マウス<ホヤ<珊瑚<ウニの順番で活性化速度が速くなり,生息温度との相関が考えられた。マウスとウニでは,20倍以上の速度の違いが見られた(最大値の半値に達するまでの時間での比較)。低温で生息する生物程,速い時定数の活性化を起こす傾向にあることは,VSOPを発現する貪食細胞が異なる温度でも生物種に適した効率での活性酸素産生を担えるように環境適応をしている可能性がある。今後,近縁種で異なる生息温度の種間での比較を行うことによりこの仮説を検証したい。
VSPについては,Xenopus VSPの膜電位依存性を他の動物種と比較する実験を行い,ホヤ<ゼブラフィッシュ<カエルの順で,閾値が右にシフトしていることがわかった。これまでほ乳類由来のVSPはゲート電流が確認できないことから,進化の過程で次第に電位センサーとしての機能が退化し,電位感受性を失った可能性が示唆された。このことは,前年度に明らかにした,ほ乳類での進化速度の増加と対応していると推察され,VSPの生理機能がほ乳類進化の過程で大きく変更された可能性がある。
学会発表
岡村康司,Thomas McCormack,黒川竜紀,斎藤成也「電位センサー蛋白の多様性から見た細胞膜電位シグナル伝達機構の進化」日本進化学会 シンポジウム2008.8
水村和枝,片野坂公明,申正樹,田口徹,妹尾詩織(名古屋大学環境医学研究所)
矢島弘毅(名古屋掖済会病院整形外科)
Sravan Mandadi,曽我部隆彰,柴崎貢志,富永真琴
(生理学研究所・岡崎統合バイオサイエンスセンター)
現在までに明らかになっている9つの温度感受性TRPチャネルのうち5つは体温近傍の温かい温度で活性化する。このうち,TRPV3, TRPV4は表皮ケラチノサイトに強く発現することが知られている。TRPV3, TRPV4は温度情報を電気信号に変換する温度センサーとして機能するが,温度感覚が感覚神経から中枢に伝達されて初めて生じることは,ケラチノサイトで感知された温度情報が何らかの形で感覚神経に伝達されることを示唆する。これまでの形態学的な研究から,ケラチノサイトと感覚神経の間にはシナプスのような構造は存在しないことが知られている。新生仔マウスの表皮ケラチノサイトと後根神経節細胞の共培養系を確立した。ケラチノサイトはCa2+要求性が小さく,Ca2+を必要とする感覚神経細胞との共培養は困難をきわめたが,最適条件を見いだした。その共培養の細胞に温度刺激を加えて,細胞内Ca2+濃度の変化を観察した。放出される物質が洗い流されないようにチェンバー溶液の流れを止めて,チェンバー自身を加熱した。40度までの温度刺激によって両細胞で細胞内Ca2+濃度増加が観察された。複数のATP受容体阻害剤を用いて実験行って感覚神経細胞での細胞内Ca2+濃度増加のみが特異的に阻害されたことから,温度刺激によってケラチノサイトからATPが放出されて感覚神経に発現するATP受容体に作用することが強く示唆された。これを以下の実験で検証した。イオンチャネル型ATP受容体P2X2を強制発現させたHEK293細胞をバイオセンサーとして用いて,マウスケラチノサイトと共培養して温度刺激によってケラチノサイトからATPが放出されること確認した。また,TRPV3欠損マウスではなく野生型マウスのケラチノサイトからATPが熱依存的に放出されることを生化学的に証明した。
野口光一,戴毅(兵庫医科大学医学部)
王勝蘭(兵庫医科大学大学院医学研究科)
富永真琴(生理学研究所・岡崎統合バイオサイエンスセンター)
2003年に侵害性冷刺激受容体として遺伝子クローニングされたTRPA1は,その後複数の侵害刺激(わさび,マスタードオイル,シナモンなど)によって活性化される侵害刺激受容の中心的分子として注目されている。炎症時に大量に放出されるトリプシン,トリプターゼがPAR2受容体の活性化からPIP2量の減少を介してTRPA1活性を増強させることを報告していたが,同じく炎症時に放出されるブラジキニンがそのGqに共役した代謝型受容体の活性化からPKA,PKCの両カスケードを介してTRPA1活性を増強させることが明らかとなった。両カスケードのうち,PKAの活性化がより強く働くことが分かり,このメカニズムによるTRPA1の活性化が炎症時痛の増強に関与することは,マウスを用いた個体レベルの解析で検証された。
宇理須恒雄,手老龍吾(分子科学研究所)
小中信典(徳島大学工学部)
内海裕一(兵庫県立大学高度産業科学技術研究所)
藤原邦代(兵庫県立大学大学院工学研究科)
南雲陽子(筑波大学大学院生命環境科学研究科)
柴崎貢志,富永真琴(生理学研究所・岡崎統合バイオサイエンスセンター)
分子科学・材料科学分野のシリコン表面ナノ制御技術およびアレイ構造形成技術と生命科学分野の膜タンパク発現・精製技術とを融合し,新たにシリコン基板上への膜タンパク/脂質二重膜の集積技術を開発するとともに,これを発展させて,シリコン電子集積回路と統合した,新規バイオ分子センサーを開発することを目的とする。さらに,単一チャンネル単一イオン計測など新たな膜タンパク電気生理特性の新規計測法や,ゲノム創薬用大規模スクリーニング応用素子の開発基盤を確立する。絶縁特性が良い事で知られているSOI (Si on Insulator) 構造のシリコン基板を用い,これにさらに酸化膜を形成することで,テフロン並の低雑音基板を実現できることを理論的示し,実際に,グラミシジン/DfPCの系でテフロン基板なみの低雑音で単一イオンチャンネル電流の観測に成功した。厚さ600mm のSOI基板に直径1mm前後の微細貫通孔を形成する技術を開発した。この微細貫通孔にカプサイシン受容体TRPV1を強制発現させたHEK293細胞を吸引,固定し,ホールセルモードを形成した。パッチ抵抗を数百MWにまで高めることができた。ついで,片側のチェンバーにカプサイシン溶液を流して,TRPV1チャンネルの活性化によると思われる電流の計測に成功した。今後,このシリコン基板をいかに効率よくカプサイシン感知センサーとして利用できるようにするか,検討を重ねていきたい。
門脇辰彦,辻内誠也,松浦宏典(名古屋大学大学院生命農学研究科)
曽我部隆彰,富永真琴(生理学研究所・岡崎統合バイオサイエンスセンター)
2003年に侵害性冷刺激受容体として遺伝子クローニングされたTRPA1は,その後複数の侵害刺激(わさび,マスタードオイル,シナモンなど)によって活性化される侵害刺激受容の中心的分子として注目されている。TRPAファミリーとTRPMファミリーに属するミツバチTRPチャネル6つをクローニングして哺乳類expression vectorに入れたコンストラクトを作成した。その6つのミツバチTRPチャネルをHEK293細胞に強制発現させて,Ca2+イメージング法を用いて温度感受性を検討した。ミツバチの体温はそれほど高くないので,HEK293細胞は33度で培養した。37度で培養した時には温度刺激による反応がみられなかった1つのTRPAサブファミリーに属するチャネルが33度で培養すると温度刺激に対して大きな反応を示した。このチャネル応答はCa2+イメージング法,全細胞型パッチクランプ法で確認し,Ca2+透過性の高い非選択性陽イオンチャネルとして機能することが判明した。また,このTRPAチャネルは哺乳類TRPA1チャネルに作用することが知られている複数の化合物によっても活性化することが分かった。ミツバチでは遺伝子改変個体を作成することが困難なため,このTRPAチャネルを強発現するショウジョウバエを作成して温度感受性を検討している。活性化温度閾値は細胞培養温度である33度より低いために,一度冷刺激を加えた後に熱刺激したときに活性化電流が観察される。培養温度が活性化温度閾値が低くて,温度上昇時にのみチャネルが活性することを確認すべく,昆虫細胞sf-9細胞やアフリカツメガエルを用いたアッセイ系の確立を目指している。
最上秀夫(浜松医科大学医学部)
富永真琴(生理学研究所・岡崎統合バイオサイエンスセンター)
TRPM2チャネルは2006年に温度感受性があることが分かり,膵b細胞での温度依存性インスリン放出に関与することが報告された。膵b細胞における高濃度グルコース刺激によって少なくとも1) Ca2+,DAG (Diacylglycerol) ,及びcAMPが同時に惹起されることがインスリン分泌第二相の形成に必要である。2) 更にインスリン開口胞出時における細胞膜近傍でのこれら分泌シグナルの変化,特に細胞膜近傍のCa2+変化が重要でありisoform選択的なPKC活性化の鍵となると考えている。よって,第二相の分泌様式に密接に関係していると考えられるTRPM2チャネルを介する上記シグナル変化,更にインスリン分泌に及ぼす影響を全反射蛍光顕微鏡などを用いてリアルタイムに検討して,膵b細胞におけるTRPM2チャネルの生理的意義を確立すること及びcADPribose 合成酵素であるCD38の役割を再評価することを目的とした。インスリン産生細胞株であるINS-1及びMin6細胞を接着性の少ない培養ディッシュに蒔くと形態的にも機能的にも本来のラ氏島の中の膵b細胞群に近いpseudoislet (PI) を形成することが知られている。TRPM2を安定発現細胞及びノックダウン細胞を用いてPIを作製して培養し,その培養環境下と同一条件下でグルコース刺激によるインスリン分泌シグナルの変化 (Ca2+, cAMP, DAG) をモニターすると同時にインスリン分泌を測定して,インスリン分泌細胞におけるTRPM2の役割の検討を行った。
山田勝也(弘前大学医学部)
富永真琴(生理学研究所・岡崎統合バイオサイエンスセンター)
中脳黒質網様部 (SNr) は運動制御を司る大脳基底核の出力核で,脳内で最も高頻度の自発発火活動を示すGABA作動性ニューロンから構成される。我々はマウス脳スライス標本を用いた細胞外記録により,SNrニューロンが視床下部摂食中枢ニューロンと同様,グルコース濃度の低下により自発発火活動が増大するグルコース感受性を有すること,ならびにドーパミン投与によりオシレーションを含む発火増大を示すことを見出した。
本研究では,これらの特性に寄与するシナプス伝達機構を明らかにする目的で,生後20日齢前後の野生型およびドーパミン受容体欠損マウスを用いてスライスパッチクランプ法による解析を行った。昨年度確立した,黒質緻密部からSNrへと伸びる樹状突起を保存したスライス標本のSNrニューロンからホールセル記録を行ない,近傍に細胞外電気刺激を与えることによりシナプス電流を誘発した。このシナプス電流にはnon-NMDAグルタミン酸性成分,NMDA性成分,GABA性成分の他に,これらをすべて薬理学的に遮断した状態で誘発される成分があり,この成分はstrychnineで遮断されたことから,グリシン受容体を介する成分と考えられる。中脳領域のニューロンでグリシン性シナプス入力を受けるニューロンは少なく,これがSNrニューロンのユニークな発火特性に寄与していることが示唆される。
高見茂,長谷川瑠美(杏林大学保健学部)
重本隆一
脳由来神経栄養因子 (BDNF) の膜受容体TrkBが,ラット嗅細胞軸索膜近傍に存在している事が,我々の研究室により包埋後イムノゴールド法を用いて明らかにされた。本共同研究では,Freeze-fracture replica immunolabeling (FRIL) 法を用いて,ラット嗅細胞軸索膜におけるTrkB分子の分布を観察する事を,平成19年度の目的とした。成獣Wisterラットを灌流固定後,嗅細胞軸索を含む嗅粘膜および嗅球組織を採取した。凍結割断用の前処理,凍結割断,割断面のカーボンおよびプラチナコート,SDS処理を行なった。これに,TrkB,あるいは脳組織ニューロン軸索のマーカーのひとつSNAP25抗体を用いたイムノゴールド法を行い,5 nmあるいは10 nm金粒子を標識した。この組織試料をグリッドに乗せ,透過電子顕微鏡 (TEM) 観察を行なった。まず,嗅細胞軸索の形態学的同定を行なった。嗅粘膜では粘膜固有層内の軸索が集合している嗅神経線維束 (ONB),嗅球では,嗅球に入る前,および嗅球表層のONBを観察した。ONBの同定は可能であったが,ONBを構成する軸索と軸索を包むOlfactory ensheathing cell (OEC) との判別が膜内粒子の密度や分布パターンの上では困難であった。次に,各抗体の免疫反応性について検討した。嗅粘膜におけるSNAP25免疫反応は,特異的にみられなかった。TrkB免疫反応でも,SNAP25と同様,嗅粘膜では特異的な反応がみられなかった。一方,嗅球におけるTrkB免疫反応は,比較的特異的であった。
上記実験で用いた方法は,脳組織において至適な条件であったため,平成20年度は,特に嗅粘膜において,至適な実験条件を設定する必要がある。至適条件においてTrkBおよびSNAP25あるいは嗅細胞軸索やOECのマーカーで二重染色をする事によって,TrkBの分布を解析する必要がある。また,TrkBノックアウト動物を用いてコントロール実験を行う必要もある。
永雄総一,松野仁美,岡本武人,戸高宏(理化学研究所)
岡部繁男(東京医科歯科大学医学部)
首藤文洋(筑波大学大学院人間総合科学)
Wajeeha Aziz (CPSP (College of Physicians & Surgeons Pakistan))
久保義弘,重本隆一(生理学研究所)
眼球運動の学習のメカニズムと長期抑圧現象の関係を調べる為に,薬理学と電気生理学を用いた研究を行う。RNAマイクロアレイを用いて,記憶形成に関係する遺伝子を検索し小脳における記憶定着のメカニズムを解析する。小脳皮質のシナプス伝達可塑性である長期抑圧(LTD)が運動学習の原因であるという仮説が提唱されている。我々はマウスの眼球反射を用いて,長期と短期の運動学習をそれぞれ定量評価できるパラダイムを開発した。学習後に小脳皮質の出力を可逆的に遮断したところ,短期の学習の記憶は完全に消去されるのに対して,長期の学習の記憶は変化しなかった。さらに,長期の学習の記憶の痕跡が,皮質の出力先である前庭核に形成されていることと,LTDが短期と長期の学習に不可欠であることを見出した。これらの所見から,始めに小脳皮質のLTDにより学習の記憶痕跡が形成されるが,学習が長期間に及ぶと,記憶痕跡がその出力先の前庭核に移動し,そこで長期の記憶痕跡として固定化されるという仮説が示唆される。小脳皮質に形成された短期記憶の痕跡が,いつどのようにしてシナプスを越えて移動するか,そのメカニズムを実験的に検討した。マウスの水平性視機性眼球反応 (HOKR) の適応を用いた実験を行い,心理学で昔からよく知られている分散効果に,記憶痕跡の移動が関与していることと,記憶痕跡の移動が学習の開始後の数時間で生じることを見出した。サルを用いた実験により,マウスで得られた所見が霊長類で確認できるかを検討した。形態学の研究を行い,前庭核で形成される長期の運動記憶の痕跡を担うシナプスの部位を検討した。また,マイクロアレイ法を用いて,運動学習に相関して小脳皮質で発現が変動する遺伝子群を同定し,記憶痕跡の固定化に関与する可能性のある分子群を検討した。
饗場篤,葛西秀俊,越後瑠夏(神戸大学・大学院医学研究科)
井本敬二,宮田麻理子
代謝型グルタミン酸受容体一型には二つのサブタイプがある。一つはC末に長いdomainを有し,homerに結合するmGluR1aであり,他方は結合しないmGluR1bである。これら二つのサブタイプが細胞内にどのようなシグナルカスケードを駆動させ,ひいてはシナプス機能,生体にどのような役割を果たしているのかは十分明らかになっていない。そこで,mGluR1KOの小脳プルキンエ細胞のみに,このサブタイプのどちらかのみをレスキューさせたマウスにおいて,行動学的,電気生理学的な解析を網羅的に行った。平行線維シナプスの高頻度刺激によるmGluR1currentは30Hzあたりでは,mGluR1bレスキューマウスのほうが,mGluR1aマウスより小さい値を示したが,200Hz以上の高頻度では両者に差は認められなかった。行動ではmGluR1bレスキューマウスは協調運動能力は正常であるにもかかわらず,運動学習には障害みとめられた。mGluR1aマウスはこれらが正常であった。今後これらの行動の違いと電気生理学的所見の関連を検討する予定である。
篠原隆司(京都大学大学院医学研究科・遺伝医学講座分子遺伝学分野)
平林真澄(生理学研究所・遺伝子改変動物作製室)
【ラット精子幹細胞を用いたトランスジェニックラットの作成】
精子幹細胞からのノックアウト動物作製には,1)試験管内での精子幹細胞の遺伝子改変,2)遺伝子改変された幹細胞からの精子,子孫の作製が必要となる。昨年度我々はラット精子幹細胞をマウスで発生させ,そこから得た精子で子孫作製に成功したことを報告した (PNAS 103, 13624 (2006))。今年はこの2)のステップをさらに進め,遺伝子改変した精子幹細胞からの子孫作製をマウスへの異種移植法を用いて行った。今回は特にES細胞の遺伝子破壊によく利用されているレトロウイルス,レンチウイルスベクターを用いた検討を行った。
生後10日〜14日目のSDラットの精巣をトリプシンとコラゲナーゼにより酵素処理を施し,バラバラにした細胞にenhanced green fluorescence protein(EGFP)を発現するレトロウイルスもしくはレンチウイルスベクターを感染させた。ウイルス感染した培養細胞はブスルファン処理により不妊になったヌードマウスの精巣内に移植した。移植後,5ヶ月目に精巣をバラバラにし,EGFPを発現するラット生殖細胞を回収した。回収された細胞のうち,round spermatids, spermatozoaを用いて合計742個の卵細胞に顕微授精を行ったところ,31匹の産仔を得た。このうち15匹がEGFPを発現するトランスジェニックラットであった。興味深いことにレトロウイルスを用いた場合には産仔を得ることはできたが(6匹/312個の卵子),トランスジェニック動物を得ることができなかった。これはレンチウイルスの方が効率よく遺伝子改変に利用できることを示している(25匹/430個の卵子,15匹のトランスジェニック産仔)。
この作製効率は通常の前核へのDNA注入法を用いた場合に比較して,異種移植法を用いた場合の方が約5〜10倍の効率でトランスジェニックラットの作製ができることを示しており(10.3% vs. 〜2%),精子幹細胞を利用した場合の利点が明らかになった。
保地眞一(信州大学・繊維学部)
土屋隆司,辻岡那美,長瀬裕樹,渡辺香(信州大学大学院・工学系研究科)
平林真澄(生理学研究所・遺伝子改変動物作製室)
本研究ではKOラット作製技術の開発に道筋をつけるため,雄性生殖幹細胞であるA型精原細胞に着目して,生体内エレクトロポレーション法によるA型精原細胞への外来遺伝子導入,ならびにブスルファン処理したレシピエントラット精巣へのA型精原細胞移植を行った。
まずEGFP遺伝子溶液(3mg/ml)を2〜4週齢のウィスター系雄ラットの精細管内に注入し,エレクトロポレーション処理を施した。1ヶ月後にEGFP蛍光を呈した精巣の割合は3.4%(2/59)であり,EGFP陽性精巣から単離した円形精子細胞あるいは伸張精子細胞の0.9〜2.4%がEGFP蛍光を発した。これらのEGFP陽性生殖細胞を同系統雌由来の卵母細胞に顕微授精したが,EGFP-Tgラットの作出には成功しなかった。
次にEGFP遺伝子をホモに持つTgラットからA型精原細胞を調製し,胎仔期にブスルファン感作させた3週齢の雄ラット精巣に移植した。精原細胞移植から2.5〜4ヶ月後,71%(5/7)のレシピエント精巣でEGFP蛍光が認められた。一方,野生型ラット(未処理対照)の精巣に移植した場合,EGFP細胞の定着は起こらなかった。EGFP陽性精巣の凍結切片を作製してEGFPに対する免疫染色を施したところ,精細管の基底膜上に移植細胞が定着していること,精母細胞や円形精子細胞に至る分化が移植細胞由来で起こっていることが確認できた。この結果は,胎仔期のラット精巣をブスルファンで処理すると移植精原細胞の定着に必要な幹細胞ニッチが提供される,ということを示している。
河西春郎,野口潤,宮崎崇史,松崎政紀,本蔵直樹(東京大学医学部)
鍋倉淳一,和気弘明,高鶴裕介(生理学研究所)
【目的】河西研究室では2光子励起顕微鏡を用いた大脳海馬・皮質のシナプスの動態及び安定性の解析を行ってきており,動物in vivoでの実験を開始している。本共同研究では,生理学研究所生体恒常性発達機構研究部門で開発した新しい標識動物を共同利用することにより,回路形成に関係するシナプス前部・後部の統合的可塑性安定性の研究を行うための技術開発を行う。
【成果】前年度に引き続き,2光子励起法による大脳皮質シナプス可視化技術の改良を目的として共同研究を行ってきた。具体的には,thy-1プロモーターにGFPを導入したトランスジェニック動物H-lineおいては,明るい2光子蛍光が得られ,これに対して超短パルスレーザーのビーム性状,パワーやパルス幅などのスペックを最適化し,深部到達性の検討を進めた。この結果,大脳皮質の表面から800ミクロン位にある錐体細胞の細胞体,および樹状突起スパインは300ミクロン位まで観察が前年度までの研究で達成された。これに加え,ケプラーシステムの自動化により,ビーム経の組織深部の自動最適化を行い,大脳皮質全層(800ミクロン)の錐体細胞のスパイン構造がサブミクロンレベルでの明瞭な観察が達成できた。
これに加えて,樹状突起スパインの観察には,脳の呼吸や脈拍による微細な動きを押さえることが重要である。これには手術の術式および麻酔深度が影響することがわかった。ガラス窓の固定法などについて工夫を行うことにより,再現性よく固定のよい観察が可能となった。また,生体適合性のよい合成ポリマーをガラスにコートすることを検討した結果,神経細胞そのものがより鮮明に観察されることがわかってきた。現在,グリア細胞の反応について検討中である。
脳の2光子観察は大きな可能性を秘めているが,この手法による研究には引き続き多数のノウハウを蓄積する必要がある。脳の2光子観察を始めている研究室は日本では極めて少なく,本共同研究にある二つの研究室が協力することにより,今後も一層,効果的にこの分野の発展に貢献することが期待される。
八木健,平林敬浩,平山晃斉,岡山厚,村上貴洋(大阪大学大学院・生命機能研究科)
平林真澄,冨田江一,三宝誠,山内奈央子(生理学研究所・遺伝子改変動物作製室)
神経回路形成において,個々の神経細胞が適切な相手とシナプス結合を形成するには,細胞膜表面分子群による多様化分子認識機構の存在が想定される。
クラスター型プロトカドヘリン分子群であるCNR (Cadherin-relatedneuronalreceptor)/プロトカドヘリン(Pcdh) aファミリーはマウスでは14分子種が存在しており,いずれの分子種も1回膜貫通型分子であり,主に中枢神経で発現が認められている。Pcdha 遺伝子構造は各分子種ごとに異なる多様化した14個の縦列した可変領域エクソンと共通にスプライシングされる3つのエクソンからなる共通領域エクソンで構成され,各CNR/Pcdha分子種はひとつの可変領域エクソンと共通領域エクソンがスプライシングされ発現している。各分子種の発現様式を単一プルキンエ細胞レベルで解析した結果,一つのプルキンエ細胞ではCNR/Pcdhaは複数の分子種を発現し,その分子種の組み合わせは個々のプルキンエ細胞ごとに異なっていた。また,発現している各分子種について染色体由来を調べると,片方の染色体のみに由来するものが多数であったことから,同分子群はニューロンの個性(多様性)を担う分子であることが予想される。
そこで本研究ではCNR/プロトカドヘリンaファミリーの遺伝的多様性が,脳神経系においてどの様な役割をもつのかを明らかにすることを目的としCNR/プロトカドヘリンa 遺伝子に多様化をもたらす可変領域エクソンの数を変換したジーンターゲティングマウスの作製を行った。その結果,これまでに14種類の可変領域エクソンを1,4,10,18,24,27種類に変換させたマウスの作製に成功した。これらのマウスについて野生型マウスとの相違点を解析したところ,可変領域数を変換したマウスではPcdha 分子種の発現様式,神経投射に異常が認められた。
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