生理学研究所年報 第29巻
 磁気共鳴装置共同利用実験報告 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

 

1.非侵襲統合脳機能計測技術を用いた高次視覚処理の研究

岩木直(独立行政法人産業技術総合研究所)
須谷康一(独立行政法人産業技術総合研究所)

 網膜における視覚刺激の「動き」に基づいて対象の物体を知覚する場合,低次視覚野から頭頂部へ至る背側視覚経路と側頭部へ至る腹側視覚経路の両方が寄与していると考えられる。本研究は,高次視覚情報処理にかかわる複数の脳領域間における神経活動の相互作用を,MEGとfMRIの両方を用いて得られる高精度な脳神経活動可視化技術を用いて,定量的に評価することを目的としている。

 このための第一段階として,視覚刺激の動きから物体が知覚される,MEG実験用の視覚刺激を作成するとともに,対応するMEGとfMRI実験データを統合的に解析する技術の開発を進めた。具体的には,申請者がこれまでの研究で開発してきたMEGデータを用いた脳内活動分布可視化アルゴリズムをベースに,fMRI計測データから得られる脳内活動の空間分布を先見情報として用いる統合データ解析モデルを作成した。すなわち,fMRIで得られる活動マップを,MEGデータからの脳内神経電流分布推定問題に対する先見情報として組み込むことにより,電気生理学的計測と血液動力学的計測で得られる脳活動データを統合的に扱うことのできるモデルを開発した。

 上記のMEG/fMRIデータ解析技術を用いて,視覚刺激の動きに基づく対象知覚にともなうMEG/fMRIデータ(平成21年度計測予定)の解析を行い,その脳活動ダイナミクスの高精度な可視化を図る。

図

 

2.磁気共鳴画像装置による脳賦活検査を用いたヒトの情動と
ストレス脆弱性に関する研究

飯高哲也(名古屋大学 大学院医学系研究科)

 本年度の研究では昨年度に引き続き,顔刺激と不快な音声刺激を同時に呈示することで被験者に情動的なストレスを与えるfMRI実験を行った。この実験では,最初に被験者に対して2種類の顔刺激(CS+とCS-)を呈示した。次いでCS+に対しては不快な音声刺激を同時に呈示し,CS-には音声刺激を加えなかった。これによりCS+に対する嫌悪条件付けが可能であった。この一連の課題遂行中に18名の健常被験者を対象として,fMRIを用いた脳賦活検査を行った。

 その結果として,CS+に対する学習相の扁桃体の活動は一過性に亢進した後に低下することが分かった。またこの領域の活動は,内側前頭前野の活動と平行していることが分かった。消去相では海馬,扁桃体,側座核などにCS+でCS-より有意に活動が亢進している領域を認めた。これらの結果はヒトが社会的活動を行っている間において,情動的なストレス刺激が脳内の活動に変化を与えている可能性を示唆するものである。

 さらに被験者から同意の上で,セロトニン・トランスポーター遺伝子多型(5-HTTLPR)の解析を行った。現時点ではLL+SL型12名とSS型12名の群間比較が可能になっている。2群間で脳活動が有意に異なっている領域は,学習相における前頭前野の活動であった。この結果は刺激の情動的特性に反応する扁桃体よりも,高次な判断や抑制に関わる前頭葉の活性の違いがストレス脆弱性に関与している可能性を示している。

 国際共同研究では,日本人被験者と米国における白人被験者における脳賦活の相違をfMRIを用いて検証した。中でも扁桃体の活動に関する人種差は,顔認知課題や情動的写真の呈示によって明らかになりつつある。その一部として下記の英文論文を発表した。その他にも集団主義と個人主義という2種類の性格傾向と前頭葉に関するfMRI研究を行った。ここでは人種に関わらず,前頭葉内側部の活動がこの性格傾向に関係していることを示した。

 Chiao J Y, Iidaka T, Gordon H L, Nogawa J, Bar M, Aminoff E, Sadato N, Ambady N, Cultural specificity in amygdala response to fear faces. Journal of Cognitive Neuroscience (in press)

 

3.非侵襲的脳機能検査による疲労・疲労感と学習意欲の評価法

渡辺恭良(大阪市立大学大学院医学研究科システム神経科学)
水野敬(大阪市立大学大学院医学研究科システム神経科学)
田中雅彰(大阪市立大学大学院医学研究科システム神経科学)
鴫原良仁(大阪市立大学大学院医学研究科システム神経科学)
定藤規弘(岡崎生理研大脳皮質機能研究系心理生理学研究部門)
田邊宏樹(岡崎生理研大脳皮質機能研究系心理生理学研究部門)

 これまでの我々の研究から,健常中学生あるいは小児慢性疲労症候群において,質問紙調査によりスコア化された学習意欲の程度と,注意の配分(二つ以上のことを同時に遂行すること)を必要とする仮名拾いテストの成績が関連することが明らかになっている。しかしながら,仮名拾いテストの神経基盤は十分明らかになっていない。そこで,本研究では,まず健常成人を対象に,仮名拾いテストの神経基盤についてfMRIを用いて検討した。仮名拾いテストは,紙面上に平仮名で記されたある物語を黙読し,物語の内容を理解しながら,同時に母音(あ,い,う,え,お)に○印をつける二重課題である。fMRIバージョンの課題では,物語の内容理解のみ,あるいは母音の判断のみを必要とするコンディション(single task)と,双方の処理を同時に必要とするコンディション(dual task)を設定し,single taskとdual task遂行時の神経賦活度を比較検討した。その結果,single taskおよびdual task遂行時に,いずれも共通してブローカ野の賦活はみられが,その賦活度は,dual task遂行時に,より亢進していた。dual task遂行時は,右帯状回皮質および右下頭頂葉の賦活がみられたが,single task遂行時は,これらの脳部位の賦活がみられなかった。以上の結果から,single taskに比べdual task遂行時には,ブローカ野を中心とした言語処理,および帯状回と頭頂葉を中心とした注意処理のさらなる動因が必要とされることが示唆された。今後,健常中学生および小児慢性疲労症候群を対象とした同課題の神経基盤についての検討を行う。

 

4.視覚障害者脳の身体像形成に関与する視覚野での運動感覚情報処理様式の研究

内藤栄一(独立行政法人情報通信研究機構& ATR脳情報研究所)

 研究代表者は,四肢の腱への振動刺激によって惹起される四肢の運動錯覚経験に関与する脳活動の研究を行っている(Naito et al. 2007)。健常者の右手,左手,右足,左足の運動錯覚に関連して,(1)錯覚を経験している体部位に対応した運動領野(反対側1次運動野,運動前野,補足運動野および帯状回運動皮質尾側部,同側小脳)が活動すること,(2)四肢の相違に無関係で,四肢共通に補足運動野吻側部,右半球前頭−頭頂葉および右大脳基底核が活動することなどを発見してきた。さらに近年,健常者が手の運動錯覚を経験している最中に,実際には動いていない手をみると,運動錯覚が減弱する現象を利用し,運動感覚に対する視覚の優位性の研究を行った。(1)上頭頂葉後部領域の活動が視覚の優位性に関与していること,(2)この活動の度合いは視覚の運動感覚に対する優位性(=視覚によってどの程度運動錯覚が減弱するかの度合い)と正の相関を示し,視覚の優位性が上頭頂葉後部領域で計算されていること,を示してきた (Hagura et al. 2007)。

 続いて,この視覚-運動感覚研究をさらに発展させた研究を行った(Hagura et al. 2008)。健常者が手の屈曲運動錯覚を経験している最中に,あらかじめビデオに記録された自分の手の屈曲または伸展映像をみるという状況を設定し,手の動きに関する視覚情報と運動感覚情報との脳内統合過程を解析した。手の屈曲運動錯覚量は,手の伸展映像をみることで,この速度に依存せずに一律に減弱したが,手の屈曲映像をみるとこの速度に依存した修飾を受けた。これらの場合に特有の脳内神経機序を調査するため,機能的核磁気装置で調査すると,手の屈曲映像をみて脳が手の運動感覚をアップデートしなければならない状況の時のみ,左小脳の活動を認めた。しかもこの活動は手の左右によらず,屈曲視覚情報が手の運動感覚と統合される場合に観察された。さらに,この左小脳の活動は,上記の四肢の相違に無関係に運動感覚処理に関係する右半球前頭−頭頂葉の活動と機能的結合を持っており,手の屈曲映像速度に依存して変化する運動錯覚経験量を反映することがわかった。

 これらは,身体情報処理に関連したヒト大脳皮質の右半球優位に対応するように,小脳左半球が身体情報処理に特化した機能を持ちうること,またこの機能は視覚・運動感覚など複数の感覚ソースからの情報のズレなどを統合することによる身体情報のアップデートである可能性を強く示唆した。パイロットで行った視覚障害者の運動感覚情報処理でも,この左小脳の賦活が認められていることから,ヒト小脳の身体感覚情報処理機能が明らかになってきた。

引用文献

 Naito et al. (2007) European Journal of Neuroscience 25: 3476-3487.

 Hagura et al. (2007) Journal of Neuroscience 27: 7047-7053.

 Hagura N, Oouchida Y, Aramaki Y, Okada T, Matsumura M, Sadato N, Naito E (2008) Visuokinesthetic Perception of Hand Movement Is Mediated by Cerebro-Cerebellar Interaction between the Left Cerebellum and Right Parietal Cortex. Cerebral Cortex doi:10.1093/cercor/bhn068.

 

5.顔認識における視覚情報統合メカニズムの解明

伊丸岡俊秀(金沢工業大学情報フロンティア学部)

 顔は個体の識別だけでなく個体の感情状態を他者に伝達する,社会的動物にとってきわめて重要なコミュニケーションツールである。これまでの研究では顔の認識はモジュール化されており,個体を識別するための情報と感情状態を表す表情は別々に処理されていると考えられている。しかし生態学的には,個体にとって重要な他者については,『誰がどういう表情をしているのか』といった個体識別情報と感情情報が統合されている必要があると考えられる。本研究では個体情報と感情の統合に関わる神経活動を明らかにする。

 実験では,まず被験者に対して2枚1対の顔写真からなる標準刺激を与え,その3秒後に顔写真1枚からなる比較刺激を与える。被験者の課題は比較刺激が標準刺激のうちの一枚と一致するかどうかを判断することである。今年度の実験では2006年度の課題から条件を減らし,標準刺激は(1)同一個体の異なる2つの表情(2)異なる個体の異なる表情(3)比較刺激とは異なる性の個体で構成されており,被験者は課題に答えるために(a)表情のみ,(b)表情と個体情報が統合された情報,(c)性別のみを記憶する必要があった。このような課題における標準刺激呈示から比較刺激呈示までの期間の脳活動をevent-related fMRIによって計測し,18名分のデータを収集した。

【結果と考察】現在までに4名分のデータの解析を行ったところ,両側紡錘状回,両側頭頂皮質および左外側前頭部で(b)>(a)>(c)という活動の違いが見られた。この違いは頭頂皮質および前頭部で顕著であった。

 主な興味の対象であった(a)条件と(b)条件の比較において違いが見られる領域があったが,(1)当初の予測と異なり(b)条件で被験者のパフォーマンズが落ち,課題難易度に差があると考えられること,(2)前頭で差が見られた領域から課題遂行に言語的処理が関与していた可能性が高いことの2点より,今回活動の違いが見られた領域の多くは実験の目的であった視覚情報統合に関わるものとは考えにくい。ただし,紡錘状回に見られた活動の違いは視覚情報処理における条件間の違いを反映すると考えられるため,今後はこの領域を中心に解析を進める予定である。

 

6.磁気共鳴画像診断用新規造影剤の開発と評価

阪原晴海(浜松医科大学医学部)
定藤規弘(自然科学研究機構生理学研究所)
竹原康雄(浜松医科大学医学部)
村松克晃(浜松医科大学医学部)

【目的】肝細胞癌(HCC)の高リスクグループであるウイルス性肝炎を対象とするMR全肝造影ダイナミックスタディにおいて,優れた造影剤の開発は欠かせない。Gd-DTPA-D1-Glc(OH)は,Gd-DTPAを基本骨格とし,4つのglucoseを付加したMRI造影剤であり,血管内滞留性を有するいわゆるblood-pool agentである。本研究の目的は,この造影剤のHCCイメージング製剤としての有用性を従前の造影剤との比較において確認し,その信号増強効果が腫瘍の血管増生によるのかその他の因子によるのかを調べることである。

【方法】雄性F344ラットに100ppmのnitrosodiethylamineを飲水投与することにより3カ月で,多血性のHCCモデルを作成した。最初に市販のMRI造影剤Gd-DTPA (0.1mmol/kg)による造影MRIを施行し(n=11),6時間以上の間隔をあけて,Gd-DTPA-D1-Glc(OH),0.0125mmol/kgによる造影MRIを行った (n=6)。撮影装置は3.0T超伝導装置を用いた。いずれの造影剤においても造影剤投与後,3D-VIVEによるT1強調冠状断像を3時相にわたり繰り返し撮影した。撮影終了後,肝臓を摘出し,ホルマリン固定後,組織をMRにて高空間分解能撮影した後,パラフィン包埋し,通常のヘマトキシリンエオジン染色(H&E)を行った。

【結果】モルベースで従前の造影剤の1/8のガドリニウム用量であるにもかかわらず,新しい造影剤は実験的多血性HCCにおいて,腫瘍のSNR(signal to noise ratio)ではほぼ同等(造影第1時相で27.9±5.7 vs. 29.6±6.4),背景肝とのCNR(contrast to noise ratio)では2倍以上(造影第1時相で5.3±4.5 vs. 3.1±6.4,p<0.05)の良好な造影効果を呈した。

【結論】新しいMRI造影剤Gd-DTPA-D1-Glc(OH)は,多血性HCCの動物モデルにおいて,Gd-DTPAと比較して,より低用量で同等(信号雑音比)あるいは2倍以上(腫瘍/背景肝実質のコントラスト雑音比)の強い造影効果を呈する優れた造影剤と考えられる。本造影剤による信号増強効果がHCC組織のVEGF等血管誘導物質の分泌発現と関連しているかどうか,検討中である。

 

7.ヒト大脳皮質における3次視覚皮質複合体(third tier visual complex)の
位置と視野再現

中村浩幸(岐阜大学 医学系研究科)
高橋豪(岐阜大学 医学系研究科)
白数正義(岐阜大学 医学系研究科)

 3次視覚皮質複合体(third tier visual complex)は,系統発生学的には霊長類で初めて出現する。しかし,霊長類の中においても多様な種差が報告されており,この複合体がいくつの領野からなりたっているか,また,それぞれの領野の境界や機能に関しても不明な点が多い。そこで,ヒト大脳皮質においてこの複合体がどのような構造を持っているのか明らかにする目的で,共同利用申請を行った。

 本年度は,実験のパラダイムや,デザインなど研究内容を打合せた。まず問題になったのは,視覚系のfMRI撮像において個体差が存在することである。高次視覚野の撮像ではきれいな記録が取れるヒトがまれで,数人のデータを平均することは難しい。したがって,何人かの被験者から記録してみて,その中で明らかな信号を記録できる個人から,集中して撮像する必要があることが明らかになった。次に問題になったのは,視覚皮質の研究は既に多数の報告があり,先行研究の内容を覆す実験結果の論文出版が難しいことである。したがって,実験の難易度が大きい割に,成果を得ることが困難な研究となる。さらに,どのようなパラダイムやデザインを使うかを考慮すると,あまり効率的な研究ではないことが明らかになった。

 そこで,現在私たちの教室で進行中の,辺縁系による神経活動制御に注目し,情動に関連する脳活動を研究することにした。ヒトの精神活動は,一見論理的に見えるが,実はほとんどすべて情動系のコントロール下にある。感覚入力でさえ,直接辺縁系の制御を受けていることが,私たちの先行研究で明らかになりつつある。したがって,高次脳機能を必要とする精神活動では,辺縁系の影響による大脳皮質の活動変化を観察できるはずである。具体的な実験内容は,2008年度の共同研究でさらに明らかにする予定である。

 

8.呼吸困難感の中枢情報処理機構の解明

越久仁敬(兵庫医科大学生理学第一講座)
岡田泰昌(慶應義塾大学月ヶ瀬リハビリテーションセンター内科)
豊田浩士(生理学研究所大脳皮質機能研究系心理生理学研究部門)
定藤規弘(生理学研究所大脳皮質機能研究系心理生理学研究部門)

 呼吸困難感は呼吸器疾患における最も一般的な臨床症状であり,様々な情動反応を引き起こすと考えられている。その中枢情報処理機構の局在や情報処理過程は,これまで脳波解析とPETで主に検討されてきたが,測定方法や時間・空間解像度に問題があり,未だ解明されていない。我々は,fMRIを用いた呼吸困難感の中枢情報処理機構の解明を目指している。

 本実験では,呼吸抵抗負荷時の呼吸困難感を,換気量を変化させることなしに増減させ,fMRI信号の差分を計測することによって情報処理過程の解明を目指す。吸息時に吸気筋である上部肋間筋を振動させ,呼息時に呼気筋である下部肋間筋を振動させる同相胸壁振動刺激は,換気量を変化させることなく呼吸困難感を軽減させ,逆相胸壁振動刺激は呼吸困難感を増加させることが知られている。そこで,胸壁振動刺激を与えながらfMRIを行い,同相胸壁振動刺激時と逆相胸壁振動刺激時のfMRI信号の差分をとることにより,大脳皮質運動野あるいは脳幹呼吸中枢から生じる呼吸運動指令(respiratory motor command) に関連する脳領域を除去し,純粋に呼吸困難感に関与する脳領域の分離抽出を試みた。健常被検者7名に対して,粘性吸気抵抗負荷の下で,非金属製の胸壁振動装置を用い,無刺激,同相胸壁振動刺激,逆相胸壁振動刺激をそれぞれ30秒間,10サイクル繰り返し,その間のfMRI信号を計測した。その結果,無刺激−同相胸壁振動刺激,あるいは無刺激−逆相胸壁振動刺激間のfMRI信号差分では,振動感覚に対応する大脳皮質感覚野に信号が見られ,また予備実験時には4名で逆相より同相の方が呼吸困難感 (VAS) が軽減していたが,同相−逆相胸壁振動刺激間のfMRI信号差分では,有意な信号を検出し得なかった。次年度は,さらに被検者数を増やして検討する予定である。

 

9.fMRIを用いた両手運動を制御する神経基盤の解明

荒牧勇(独立行政法人情報通信研究機構未来ICTセンター)
定藤規弘(生理学研究所心理生理学研究部門)

 「両手鏡像運動は片手運動のように1ユニットとしてプログラムされている」という仮説を支持する行動実験は多い。一方で,脳活動からこの仮説の補強に成功した研究はない。

 両手運動を対象とした脳イメージング研究は「到達運動」や「周期運動」などを対象として数多く報告されているが,その殆どは「両手非鏡像運動は鏡像運動よりも困難であるため,ある脳部位の活動が大きい」という結論にとどまっている。その理由として,運動プログラムの問題を扱うならば,運動パラメータの初期入力過程が反映されるであろう「開始時」の脳活動に注目するのが効果的であるにもかかわらず,(1)到達運動研究では運動の「開始」と「持続」に関わる脳活動が区別しにくいこと,(2)周期運動研究では運動の「持続」に関わる脳活動に注目し,「開始」に関わる脳活動は無視していたこと,さらに(3)冒頭の仮説を検証する上でもっとも重要な片手運動との比較が行われていないこと,等が考えられる。

 本研究では,fMRIを用いて周期運動の「開始」と「持続」に関わる脳活動を分離し,両手鏡像運動,両手非鏡像運動,左右片手運動の比較を行った。注目する脳部位は,パーキンソン氏病患者に歩行の開始障害が観察されることから大脳基底核とした。

 すべての条件で運動開始時には被殻吻側に,持続時には被殻尾側に賦活が確認された。また,運動開始時の左被殻吻側の賦活は,両手鏡像運動において両手非鏡像運動よりも顕著に小さかった。さらに,両手鏡像運動での同部位の賦活量は,両手運動であるにもかかわらず,片手運動時の賦活量と同程度に過ぎなかった。被殻が運動の選択,タイミングの設定等に関わることが知られていることを考えると,この結果は,両手鏡像運動では左右の同名筋に対して同じ運動パラメータが利用できるため,運動開始のタイミング,効果器の選択といった運動開始時のパラメータ設定にかかる負荷が両手非鏡像運動よりも著しく減少することを示唆しているのかもしれない。

 

10.複雑な手指運動学習課題における運動技能学習の研究

河内山隆紀(株式会社 国際電気通信基礎技術研究所)

 本研究は,複雑な手指運動学習課題における運動技能の両手間転移に関する神経機構の解明を目標としている。

 どちらか片方の手で運動を学習することにより,その反対側の手の運動成績が向上することを運動学習の両手間転移と言う。この現象は,書字・描画などの視覚性運動学習課題において詳しく調べられてきた(Thut,1996, 1997; Obayashi, 2003; Anguera,2007)が,当課題は,視覚認知のレベルで起きる認知的技能学習の転移を含んでいるため,運動技能学習の転移を正確に評価しているとは言えない状況にあった。これまで我々は,2つの鉄球を手掌上で回転させる健身球回転運動課題を用いて,視覚や宣言的手続き記憶に因らない,手指の関節や筋の運動制御に関する運動技能学習を調べてきた(Matsumura, 2004)。本研究では,健身球回転運動課題を用い,複雑な手指運動に関する運動技能学習の両手間転移を検証した。

 被験者は,健常な男女40人である。両手間転移が評価できるように被験者を4群に分けた。すなわち,右手から左手への転移を評価する群とその逆を評価する群に加え,それぞれに転移を生じない統制群を設けた。MRIを撮像中にビデオ監視システムによる球の回転運動計測と被験者の腕より導出した筋電図(EMG)計測を行った。

 図1には,右手初回運動時の脳活動領域;右手学習群の右手運動時(1stR)vs. 左手→右手群の右手運動時(2ndR),および,右手転移運動時の脳活動領域;左手→右手群の右手運動時(2ndR)vs. 右手のみ学習群の右手運動時(1stR)を示した。また同様に左手に関しても初回および転移運動時の脳活動領域を示した。

 初回運動時には,両側小脳に加えて,両側運動前野−頭頂葉を中心とした活動が見られた。一方,転移運動時には,同側の運動前野(6野)から体制感覚野(3b野)および,反対側の3b野に活動が見られた。6野については,初回運動時と転移運動時で一部活動領域が重複していており,cross-activationが成立していた。6野は,両手間協調への関与が示唆されているが,本課題においても両手間情報の結節点として機能していると考えられる。

 現在,行動学的データの分析を継続中であり,今後は,行動学指標による学習の定量化と,それと脳活動との相関分析などを実施予定である。

 

図

 

11.サル類のMRIテンプレート作成とPET研究への応用

尾上浩隆(独立行政法人理化学研究所 分子イメージング研究プログラム)

 これまでに我々は,マカクサル(アカゲサル)に陽電子断層撮像法 (ositron emission tomography, PET) を用いた非侵襲的な脳機能イメージング法を適用して,視覚認知,時間知覚,記憶・学習などの脳高次機能に関わる神経機構について明らかにしてきた。小型の霊長類であるマーモセットには,ヒトの社会適応不全の動物モデルとして,小家族の集合体という社会構造の類似性,効率的な繁殖サイクルなど,マカクサルにはない霊長類動物モデルとしての特徴を持つ。また,非侵襲的に生体内分子動態を観察する分子イメージング技術は,遺伝/環境―機能分子―脳内回路―行動連関を解くために有用な技術である。しかし,これまでにマーモセットを用いた行動評価系に基づく分子イメージング研究は実現されていない。昨年度は,ヒト用のヘッドコイルやマカクサル用に特注されたサーフェースコイルを用いた撮像を行ったが,十分なシグナルの強度が得られず,皮質下構造が見分けられない解像度の低い画像であった。このことから,今年度は,マーモセット専用の8ch仕様のサーフェースコイルを設計,製作した。さらに,本コイルが装着可能な頭部固定装置を作製し,マーモセットの頭部を定位固定しての撮像が可能になった。現在,データ収集の条件等,調整中であり,条件決定後にマーモセット8頭の画像を収集し,テンプレートの作成を行う予定である。

 

12.単語復唱時の脳賦活研究

萩原裕子(首都大学東京大学院)
尾島司郎(科学技術振興機構)
定藤規弘(生理学研究所)

 人間は,他人の発した言葉を聞いて,同じことを繰り返して言う,すなわち,復唱をする能力を持つ。母語や外国語の学習における復唱の役割と,その神経基盤の解明が期待される。

 MRI計測では被験者の動きが計測ノイズと成り得るが,我々は被験者の復唱に伴う口の動きがノイズとならないようなパラダイムを考案している。

 予備実験において,種々の単語の復唱に伴う脳賦活領域を同定したところ,先行して行っていた光トポグラフィーによる計測結果と整合性のある結果が得られた。光トポグラフィーは被験者の動きに比較的強いという利点があるが,脳の領域に関する情報が得られないという弱点もある。我々のMRI計測では直接的に関係する脳領域を可視化することができ,さらに,光トポグラフィーでは原理的に調べることができない脳の深部のデータも得られている。

 今後さらにパラダイムを改善し,復唱に関わる神経基盤の解明を,より精密なレベルで行っていきたい。

 

13.コモン・マーモセットを用いた脳特異的レトロウイルスベクターの安全試験

清水惠司(高知大学 医学部)

 悪性グリオーマは,正常組織への高い浸潤能,放射線,化学療法耐性能を示すため,平均余命1年から1年半の難治性悪性腫瘍である。この腫瘍を根治するためには,既存の治療法とは異なる新規治療法の開発が必要である。過去に米国NIHで悪性グリオーマに対する自殺遺伝子HSVtk をコードするレトロウイルスを産生する細胞を患者脳内に移植し,遺伝子治療を実施したが,ウイルス力価の低さ,異種移植による低い細胞生着率のため,顕著な治療効果は得られなかった。我々は,この欠点を克服するために,パッケージング細胞の遺伝的改変と遠心濃縮により1x1011-12pfu/mlの高力価ウイルス溶液の調製を可能とした。さらに,自殺遺伝子HSVtk の発現制御にミエリン塩基性蛋白遺伝子のプロモーターを導入し,脳特異的高力価レトロウイルスベクターを構築した。これを用いた遺伝子治療にて,ガンシクロビル投与プロトコールの最適化をおこない,マウスグリオーマモデルを完治せしめた。

 本研究では,脳特異的高力価レトロウイルスベクターを臨床応用するために,霊長類(コモン・マーモセット)3匹を用いた毒性・発ガン性試験を実施した。患者に一回あたり投与する予定量の1x1011pfuのレトロウイルスをコモン・マーモセットの脳実質に投与し,経過観察をおこなった。3ヶ月後の血液検査,8ヶ月−12ヶ月後のMRIによる撮像,血液検査及び解剖において異常所見は観察されなかった。各組織からのウイルスゲノムの検出をPCR法にてDNA,RNAレベル共に実施した結果,残存ウイルスは検出されなかった。さらに,レトロウイルスベクターをもちいる際に問題となるRCR(Replication Competent Retroviruses)の有無の試験をFDA(米国食料医薬品局)の検査基準でおこなえる外部機関に委託した結果,RCRの混入は陰性である証明を得た。今後は,安全性試験の検体数を増やし,臨床試験の準備に着手する予定である。

 現在,我々は脳特異的高力価レトロウイルスベクターの前臨床段階試験に加え,安全性を考慮した腫瘍特異的治療用ベクターを構築した。これらの開発により,悪性脳腫瘍に限局せず,他組織由来の悪性腫瘍,他の疾患に有用な安全で効果の期待できるウイルスベクターを提供すると共に悪性脳腫瘍に対する遺伝子治療法の確立を目指している。

 

14.超常磁性酸化鉄ナノ粒子を用いたin vivo 分子イメージングの試み

定金理(基礎生物学研究所)
小松勇介(基礎生物学研究所)
廣川純也(基礎生物学研究所)
山森哲雄(基礎生物学研究所)

 脳活動をモニタする新しい試みとして,また脳活動を分子レベルで理解するために,近年注目されているMRIを用いた分子イメージング技術を試みている。今回の実験では神経活動依存的に転写されるc-fos遺伝子を対象とした。MRIの造影剤であるSPION(超常磁性酸化鉄ナノ粒子)を付加したc-fos mRNAに対するアンチセンスオリゴを脳室内に投与し,c-fos遺伝子の転写をともなう脳活動領域をMRIで観察することを目指した(Liu et al., 2007)。c-fosはアンフェタミンの投与により大脳基底核で発現上昇することが知られているので,先行文献と同様にアンフェタミン投与個体(今回はラット)とコントロール個体とを比較した。どちらの個体でも大脳基底核近辺にSPIONのシグナルは観察され,アンフェタミン投与個体でやや強いシグナルを得た。しかし,その後の組織学的観察では,神経細胞に取り込まれたSPIONの染色は前交連(anterior commissure)近辺に集中しており,c-fosの抗体染色の分布とは一致しなかった。また,投与部位が脳室を貫通している個体もあった。したがって,今回のMRIではSPION-アンチセンスの投与時における何らかのアーティファクトを主に観察している可能性が否定できない。前交連近辺に集中していた一つの可能性としては,アンチセンス投与時に用いるリポフェクチンにより,ミエリンなどの脂質領域への親和性が増したためかもしれない。今後投与条件を検討し,脳室に限定した安定した投与技術を確立して実験を行い,SPION-アンチセンスオリゴを用いた実験系の有用性を評価していきたい。

参考文献

 Liu CH et al.,(2007) ,J Neurosci, 27(3) :713-722.

 

15.情動とセロトニン系遺伝子に関するエピジェネティック研究

野村理朗(広島大学大学院総合科学研究科)

 従来の強化学習の理論的枠組のもとで発展した衝動性(impulsivity)に関する研究課題は,近年の高次脳機能計測技術の進展により,エージェントである内部モデルと脳という実体との比較・検討が可能となり,国際的に大きな関心の寄せられているテーマである。

 本研究は,ヒト脳高次機能への遺伝子と環境,およびその相互作用の関わりの解明を目指す一連の研究として,情動,および報酬に対して生じる衝動性へのセロトニン(5-HT)情報伝達系の関与について脳機能画像化法,およびゲノム学的手法を駆使してそれらの統合的研究を国際的レベルで行うことを目指すものである。具体的には,申請者の研究グループと,米国の研究グループの各々において衝動性と5-HTT,5-HT2A受容体の各遺伝子多型,中枢神経系,および行動指標にかかわる実験を個別に実施し,得られた結果を比較・統合し,総合的な検討を行う。

 今年度は,衝動性のメカニズムの機序に迫るための手法である報酬−罰Go/Nogo課題を用いた予備実験を実施した。なお,同課題での誤答は,反応してはならない刺激に反応するCER(Comission error),反応すべき刺激に対して反応をしないOER(Omission error) の二つのタイプに大別されるが,とくに前者のCERは「反応を抑制するコストよりも,反応出力が優先された結果」として反応制御の指標となる。したがって,Go/Nogo課題という系におけるCERの観測条件が重要となるため,上記課題の予備実験により,最適な諸条件(刺激数,提示時間,報酬・罰確率)を決定すべく実験系の確立を進めている。

 上記の手続きにより実験系が確立された後,fMRIを用いて衝動性の発現とその制御プロセスに関与する脳の空間的活動を検討する必要があるだろう。

 

16.fMRI信号を用いた視知覚像の再構成

神谷之康(株式会社国際電気通信基礎技術研究所・脳情報研究所
上級・主任研究員/奈良先端科学技術大学院大学 客員准教授)
宮脇陽一(独立行政法人情報通信研究機構/株式会社国際電気通信基礎技術研究所・
脳情報研究所 研究員)
内田肇(奈良先端科学技術大学院大学 大学院生)

 fMRI信号によって,視覚刺激を与えた際のヒト脳活動を空間的に細かに知ることが出来る。近年,このfMRI信号の空間パターンと視覚刺激との対応関係を機械学習することにより,ヒトが何を見ているかをfMRI信号のみから予測可能になってきている(Kamitani & Tong, 2005など)。しかしながら,これまでの手法では,線分方位などの視覚特徴しか予測することができず,視覚画像そのものを「画像」として再構成することはできなかった。本研究では,画像の局所コントラストを多重解像度で予測する局所画像復号器を画像表現モデルに基づいて組み合わせることにより,ヒトが見ている任意のコントラストパターンを「画像」として再構成することを目指した。

 ランダム画像セッションと一般図形セッションの2種の実験を行った。ランダム画像セッションでは,フリッカする小さなチェッカーボード矩形パッチを最小単位として構成されるランダム画像を多数提示した。一般図形セッションでは,同じサイズの矩形パッチで幾何学図形を描画したもの5種類を提示した。これらの画像を提示中の視覚野のfMRI信号を計測した。

 ランダム画像セッション時の視覚野のfMRI信号から画像の局所コントラストを予測する局所画像復号器を,スパースロジスティック回帰(Yamashita, et al., 2008)を用いて構築した。このアルゴリズムは,fMRI信号の最適な荷重和係数を学習しながら,予測に関連のない信号を除去していくという特徴をもつ。同じ視野位置に対して複数の解像度でコントラストを予測できるように複数個の復号器の学習を同時に行い,それら復号器からの予測値を線形画像表現モデルに基づいて組み合わせ,提示画像のコントラストパターンを再構成した。続いて,構築した画像復号器を一般図形セッションのfMRI信号に対して適用し,新奇な一般図形が再構成できるかを検証した。

 構築された局所画像復号器は,中心視付近で特に高い精度で,提示画像のコントラストを予測可能であった。局所画像復号器を多重解像度で組み合わせた画像復号器は,一般図形にもよく汎化し,クリアな再構成画像を得ることができた。

 本手法の基礎原理は,BMI技術において要請される汎化性能の高い神経活動復号器を構成する上で有用であるとともに,ヒト視覚野での画像表現様式の解明に向けて重要な知見を与えるものであると期待される。

 

17.言語学習過程の脳の機能的な変化と,それに加齢が及ぼす影響の研究

Mueller Jutta(国立長寿医療センター研究所長寿脳科学研究部
Max Planck Institute for Human Cognitive and Brain Sciences)
中村昭範(国立長寿医療センター研究所長寿脳科学研究部)
小野健太郎(国立長寿医療センター研究所長寿脳科学研究部)
杉浦元亮(自然科学研究機構生理学研究所大脳皮質機能研究系心理生理学研究部門)
定藤規弘(自然科学研究機構生理学研究所大脳皮質機能研究系心理生理学研究部門)

 Language learning is a complex skill known to be susceptible to aging effects (Birdsong, 2001).The present fMRI study asks the question which brain mechanisms support semantic and syntactic learning in young and elderly adults. For this reason we used a learning task in which participants learned new semantic and syntactic information in a previously unknown language which was German.

 The experiment consisted of two sessions. In the first session participants learned a basic set of German sentences. In the second session which took place inside the fMRI scanner they were exposed to familiar sentences, to sentences with a new syntactic structure (passive construction) and to sentences with new words. The sentences were auditorily presented in alternating test and learning blocks (five test blocks, four learning blocks). Using this paradigm, we tested 20 young Japanese adults (age 20 - 26, 10 female) and 24 elderly subjects (age 60 - 72, 14 female).

 For the young participants behavioural results show that learning of the new syntactic rule could be accomplished faster compared to learning of the new words. For exploratory fMRI data analysis we analyzed the BOLD response of the two types of new sentences vs. familiar sentences for each block separately. First results point to common activation sites for syntactically and semantically new sentences in left anterior and middle frontal gyrus, supplementary motor area, bilateral insula, bilateral superior temporal lobe and the cerebellum. However, while syntactic activation was seen only in the first testing block, semantic activation was seen in the first and second testing block (cf. Figure 1). Further analyses which are planned to be done at the Max Planck Institute for Human Cognitive and Brain Sciences, Leipzig, include using the behavioural results as parametric regressors.

 In the elderly group 4 subjects had to be excluded due to technical problems and physiological abnormalities. Although 17 of the elderly subjects could learn to comprehend the miniature German in the pre-scanning training session, only 2 subjects showed clear learning effects during the fMRI session. Analyses that are currently conducted focus on structural anatomical differences between participants that were successful during training and those who were less successful.

 

Figure 1

(Figure legend)
Figure 1 : Mean contrasts between syntactically new sentences and familiar sentences (left row) and semantically new sentences and familiar sentences for each learning block separately. Talairach coordinates are x = -44, y = 17, z = 6. Areas lighting up are significant with p<.05 and using the false discovery rate control procedure suggested by Benjamini and Hochberg (1995).

 

18.機能的MRIを用いた非自国語模倣学習の神経基盤解明

吉田晴世(大阪教育大学)
横川博一(神戸大学)
定藤規弘(自然科学研究機構生理学研究所)

 第一言語におけるさまざまな心理言語学的・神経心理学的言語処理モデルを踏まえ,第二言語の獲得・処理・学習の神経基盤を機能的MRIを用いて描出することを目指している。言語習得において模倣はきわめて重要である。そこで模倣による言語学習過程,特に語彙習得過程を,行動学的指標とともに神経活動の変化を観察することにより解明する。仮説としては,視聴覚提示に模倣を加えることにより,単語記銘力が増大する。本年度は,大阪教育大学にて機能的MRI実施のための予備調査を行った。

<被験者>
 大阪教育大学生,グループ1(4名),グループ2(9名)

<語彙選定>
 長さ(シラブル数¥)がほぼ均一なウズベグ語30表現

 (A群:15表現,B群:15表現)。

<デザイン>
 1回目:使用するのはA群の語彙

 グループ1(模倣しない):顔面付きの音声VTRを7回ずつ流すが,聞くのみで模倣はしない。グループ2(模倣する):顔面付きの音声VTRを7回ずつ流し,その都度模倣する。

 繰り返しの直後に,両グループともに顔面付きの音声VTRを表現ごとに1回流し,それを繰り返した自分の音声を録音。

 2回目:使用するのはB群の語彙

 グループ1(模倣する):顔面付きの音声VTRを7回ずつ流し,その都度模倣する。グループ2(模倣しない):顔面付きの音声VTRを7回ずつ流すが,聞くのみで模倣はしない。
 繰り返しの直後に,両グループともに顔面付きの音声VTRを表現ごとに1回流し,それを繰り返した自分の音声を録音。

<評価>
 被験者全員(13名)に対し,ウズベグ語話者(モデル話者)が,「模倣をしてから録音したもの」と「模倣なしで録音したもの」の正確さと精度を測定。

判定A:意味が通じ,精度が高い
判定B:意味が通じ,精度が普通
判定C:意味が通じ,精度が低い
判定D:意味が通じない

<結果>
 模倣をしてから録音した場合の精度は,判定Aが10人,判定Bが1人,判定Cが2人であった。模倣をせずに録音した場合の精度は,判定Aが0人,判定Bが6人,判定Cが6人,判定Dが1人であった。

 このことは,模倣による繰り返し後の単語産出の精度の高さを表しているといえる。

 来年度はこの予備実験結果をもとに,第二言語の獲得・処理・学習の神経基盤を解明すべく,機能的MRIを用いて本格的な実験に入る予定である。

 

19.MRIによるサル脳構造の観察と電極定位

岡崎安孝(大阪大学大学院生命機能研究科)
田村弘(大阪大学大学院生命機能研究科)
郷田直一(生理学研究所)
小松英彦(生理学研究所)
藤田一郎(大阪大学大学院生命機能研究科)

 両眼立体視機能は,一次視覚野から後頭頂葉皮質に向かう頭頂葉経路で担われていると考えられてきた。しかし,近年われわれは,一次視覚野から下側頭葉皮質に向かう側頭葉経路に,両眼視差感受性細胞,相対視差情報を伝える細胞,両眼大域対応を算出する細胞が存在することを発見し,さらに奥行き判断の試行間変動と側頭葉細胞の活動ゆらぎが相関することを示した。これに基づき,側頭葉経路において,相対視差情報を必要とするような「細かい両眼立体視」,ならびに両眼大域対応がなされることで初めて成立する「奥行き面の知覚」が担われているという考えを提唱した。

 他グループにより,頭頂葉経路の細胞が,視野局所の絶対視差を伝え,両眼大域対応を伝えないこと,「粗い奥行き弁別」に関わることが示され,われわれ自身の結果と合わせて,側頭葉経路と頭頂葉経路の両方が両眼立体視に関わるものの,両者の立体視における機能は大きく異なるという結論にいたった。上述の生理学的根拠の多くは,側頭葉経路のV4野と頭頂葉経路のMT野の細胞の性質の比較に基づいており,両経路の他の領野における両眼視差情報処理の様式はいまだに不明の点が多い。

 本研究では,V3野,V3A野のニューロン活動を,覚醒行動中(注視課題遂行中)のサルから記録し,両眼立体視における役割の解明を目指す。V3,V3A野は,脳溝の奥に位置し,また,ニューロンの受容野構造や刺激反応特性などが確実な細胞同定基準になりえないため,サルごとに脳構造をMRIにより把握し,それに基づいて電極を刺入する必要がある。

 そこで,アカゲザル2頭の頭部MRI画像を撮影し,当該サルの脳回,脳溝構造の地図作成を行った(図1)。この地図に基づき,視覚前野V3野およびV3A野からの神経活動記録を可能にするための電極設置用チェンバーのとりつけを行った。手術後,十分な回復を得たのち,チャンバーと脳回,脳溝との相対位置を確認するため,再び,MRI画像の撮影を行い,チェンバーに取り付けた電極マニピュレータの操作により期待される電極刺入路を再構成した。現在,2頭のサルに対して,注視課題の訓練中である。訓練が完了次第,V3,V3A野のニューロン活動の記録を開始する予定である。

 

図

 


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