2007年9月6日−9月7日
代表・世話人:老木 成稔(福井大学医学部)
所内対応者:久保 義弘(神経機能素子)
- (1)
- KCNEによるKCNQ1チャネル電位センサードメインの制御
中條浩一,久保義弘(生理研・神経機能素子)
- (2)
- 単粒子解析法によるイオンチャネルの構造解明
小椋俊彦,三尾和弘,佐藤主税(産総研・脳神経情報)
- (3)
- 固・液界面における蛋白質-蛋白質相互作用のNMR解析
大澤匡範,嶋田一夫(東大・院薬系)
- (4)
- KcsAカリウムチャネルゲーティングの1分子解析
清水啓史1,岩本真幸1,今野卓1,二瓶亜三子3,佐々木裕次2,老木成稔1
(1福井大・医,2SPring-8,3セイコーインスツル)
- (5)
- 巨大リポゾームを用いたブタ脳Septinによる脂質二重膜変形過程の直接観察
滝口金吾(名大・院理・生命理学・生体膜)
- (6)
- 古細菌における光利用戦略:エネルギー産生と情報変換の使い分け
須藤雄気(名大・理)
- (7)
- 電位依存性プロトンチャネル:プロトン透過の温度依存性
久野みゆき1,安藤啓之2,森畑宏一1,酒井啓1,清水啓史2,老木成稔2
(1大阪市大・院医・分子細胞生理,2福井大・医・分子生理)
- (8)
- 膜蛋白質におけるプロトン伝導
神取秀樹(名工大・院工)
- (9)
- CFTRチャネルゲーティングエンジンにおける“ミスファイア”メカニズム
清水宏泰,相馬義郎,T.-C. Hwang
(大阪医科大・基盤医学I・生理,ミズーリ大学・John M. Dalton心臓血管研)
- (10)
- 性ホルモン非ゲノム経路を介したNO産生による心筋カリウムチャネル制御機構
黒川洵子,浅田健,中村浩章,古川哲史(東医歯大・難研・生体情報薬理)
- (11)
- 心筋ミトコンドリアNa+/Ca2+交換(mNCX)の機能
金 鳳柱,松岡達(京大・院医・細胞機能制御)
- (12)
- HCNチャネルのS1領域の構造と機能の関係
石井孝広,中島則行,大森治紀(京大・院医・神経生物)
- (13)
- イオンチャネルの機能環境を探るための探査針を試験管内分子進化で作る試み
久保泰(産総研・脳神経情報・脳機能調節因子)
- (14)
- 分子動力学シミュレーションを用いた大腸菌機械受容チャネルMscLの開口過程の解析
澤田康之1,村瀬雅樹2,曽我部正博1,2,3
(1名大・院医・細胞生物物理,2JST・ICORP/SORST・細胞力覚,
3生理研・細胞内代謝)
- (15)
- 機械受容チャネルMscSの活性化・不活性化の分子メカニズム
野村健1,吉村建二郎1,2,曽我部正博1,3,4
(1JST・ICORP/SORST・細胞力覚,2筑波大・生命環境科学・構造生物,
3名大・院医・細胞生物物理,4生理研・細胞内代謝)
- (16)
- クラミドモナスの機械受容チャネルの奇妙な振る舞い
吉村建二郎(筑波大・院生命環境科学・構造生物科学)
【参加者名】
滝口金吾(名古屋大・大学院),須藤雄気(名古屋大・大学院),久野みゆき(大阪市立・大学院),黒川洵子(東京医科歯科大),皿井伸明(京都大・大学院),金鳳柱(京都大・大学院),岡千晶(京都大・大学院),車采映(京都大・大学院),王建武(京都大・大学院),佐藤主税(産業総合研究所),三尾和弘(産業総合研究所),相馬義郎(大阪医科大・基礎医学I),曽我部正博(名古屋大・大学院),澤田康之(名古屋大・大学院),野村健(名古屋大・大学院),吉村健二郎(筑波大・大学院),久保泰(産業総合研究所),神取秀樹(名古屋工業大・大学院),石井孝広(京都大・大学院),中島則行(京都大・大学院),大澤匡範(東京大・大学院),老木成稔(福井大・医学部),清水啓史(福井大・医学部),岩本真幸(福井大・医学部),辰巳仁史(名古屋大・医),森貴治(名古屋大学・理),柴田幹大(名古屋工業大・大学院),吉次麻衣子(名古屋工業大・大学院),川鍋陽(名古屋工業大・大学院),伊藤元博(名古屋工業大・大学院),古谷祐詞(名古屋工業大・大学院),高橋賢(名古屋大・医),小林千草(分子研),久木田文夫(統合バイオ),黒川竜紀(統合バイオ),大河内善史(統合バイオ),佐々木真理(統合バイオ),沼田朋大(生理研),久保義弘(生理研),立山充博(生理研),中條浩一(生理研),伊藤政之(生理研),長友克広(生理研),松下真一(生理研),石井裕(生理研)
【概要】
チャネル・トランスポータ・ポンプなど膜機能分子の構造・機能に関する情報が近年急速に蓄積し,分子機構についての理解が深まっている。分子が働く有様をダイナミックに捉えることこそ生理学の目指すところであるが,その目的を達成するための大きな前進が行われてきた。このような進歩の裏には基本的な手法の絶え間ない技術革新が基礎にある。そのような研究の初期に芽生えたアイデアや地道な実験の工夫などをじっくりと議論できるための場を作るべく本研究会を開催した。昨年に引き続き,膜機能蛋白質のダイナミクスに関する優れた研究成果に接することが出来た。トピックスは膜蛋白の局所構造,全体像,ダイナミック像から,イオン輸送,ゲーティングなどの詳細な機能までをカバーし,手法も電気生理学はいうにおよばず,分光学的方法から計算機科学の方法まで多岐にわたった。特に発表メンバーが少し変わり,本研究領域の新しい側面を展開することができた。中でも分光学的手法や遺伝子工学などの領域は急速な進展をしめし,さらなる発展を期待できる。本研究領域の研究者は日本ではいくつかの学会に分散しているため,一堂に会する機会が少ない。発表時間と討論の時間を十分とることにより,踏ン込んだ議論の場とすることができた。それぞれの研究領域のエキスパートが技術の粋を追求していることが研究者に刺激を与える。実際,いくつかの発表は世界的にもトップレベルの成果をだしていることがわかる。原子レベルの構造から一分子の機能・ダイナミクスまで,実験的・理論的解析が急速に展開している現状を把握でき,若い研究者が積極的に参加できる研究会に発展させたい。
中條 浩一,久保 義弘(生理学研究所 神経機能素子研究部門)
電位依存性K+チャネルのKCNQ1は,発現するb サブユニットKCNEの種類によって電流の性質が著しく変化する。KCNEによる修飾のメカニズムを知る目的で,システイン点変異をS4セグメントの細胞外側に存在するAla226に導入し,KCNQ1の電位センサーの動きがKCNE存在下でどのように変わるかをSCAM (substituted cysteine accessibility method) によって評価した。KCNE1存在下,非存在下ともにMTSESのA226Cへの修飾は脱分極時すなわち電位センサーがup stateにあるときに起こり,その修飾スピードはKCNE1存在下では非存在下に比べて約13倍遅かった。一方KCNE3存在下ではMTSESの修飾スピードは膜電位に依存せず,電位センサーが常にup stateにあると考えられた (Nakajo and Kubo, 2007)。以上の結果は,KCNE1がKCNQ1の電位センサーをdown stateに,KCNE3がup stateにそれぞれ安定化させていることを示唆する。
Nakajo K & Kubo Y (2007) KCNE1 and KCNE3 Stabilize and/or Slow Voltage Sensing S4 Segment of KCNQ1 Channel J Gen Physiol 130 : 269-281.
小椋俊彦,三尾和弘,佐藤主税(産業技術総合研究所 脳神経情報研究部門)
TRPチャネルは様々な刺激を感受するmulti-sensorである。TRPC3はこのファミリーの中でも生理学的な研究の蓄積が多く,DiacylglycerolまたはホスホリパーゼC g との直接的結合により活性化する。さらには細胞内小胞体膜のIP3受容体とも結合し,その活性を調節する。このTRPC3の構造解析を,京大藤吉・森等との協力のもとクライオ電子顕微鏡像を用いて行い,高さ240Å幅200Åの隙間だらけの膨れあがった構造を持つことが分かった1)。外側はワイヤー状の構造で中心はイオンが入り込むと思われる小部屋状になっていた。この構造は多くの分子との結合を可能にすると思われ,マルチセンサーといわれるTRPチャネルとして極めて理にかなっている。
P2X2は痛みの伝達などに特化したチャネルである。生理研久保等と共同して行っている構造解析によって,その構造は細胞外部分が広がった3角錐様であることが判ってきた2)。
TRICは,細胞内の小胞体膜上に存在するKチャネルである。神経・筋肉などの興奮性細胞の小胞体は,その膜上のチャネルを通じて細胞質にCa2+を放出することで,様々な生理現象を起こす。しかしこの際,Caイオン放出による小胞体膜の膜電位の劇的な変動はない。これはCa2+放出とは逆向きに,TRICチャネルがKイオンを流入させるためであることが最近明らかになった3)。このTRICチャネルの構造は京大竹島等と共同で解析され,三角形に側面が角張った砲弾型であることが判明した。
1) J. Mol. Biol. 367(2), 373-383, 2007.
2) Biochem. Biophys. Res. Comm. 337(3), 998-1005, 2005.
3) Nature 448, 78-82, 2007.
大澤匡範,嶋田一夫(東京大学・大学院薬学系研究科)
膜蛋白質複合体における分子認識機構を解明するためには,複合体形成の場となっている脂質二重膜を含んだ系で解析する必要がある。これまでに我々は,膜タンパク質をアフィニティビーズに固定化した状態で脂質二重膜中に再構成する“bead-linked proteoliposome (BPL)”を開発し,実際にカリウムチャネルKcsAを再構成したBPLとチャネルブロッカーであるAgitoxin 2の相互作用の転移交差飽和 (TCS) 法による解析に成功した。しかし,ビーズなどの不溶性成分が試料に共存することで,NMRスペクトルが大きく広幅化し解析が困難になることが問題となっていた。そこで本研究では,試料のマジック角高速回転 (MAS) によりスペクトルの高感度化・高分解能化を図り,TCS法にて固・液界面における分子認識機構を解明するNMR測定法の開発を目的とした。
相互作用系として,ユビキチン(Ub)とユビキチン加水分解酵素 (YUH) (Kd=19mM) を選択した。YUHをビーズに固定化することによって,固・液界面の相互作用系とした。YUH固定化ビーズ共存下での2H,15N-UbのMAS条件下でのNMRスペクトルは,静止状態に比べ,分解能が劇的に改善された。TCS法の測定を行ったところ,Ub上のYUH結合界面選択的に交差飽和が観測され,本手法が固・液界面の相互作用系の解析に有用であることが示された。
清水啓史1,岩本真幸1,今野卓1,二瓶亜三子3,佐々木裕次2,老木成稔1
(1福井大・医,2SPring-8,3セイコーインスツル)
チャネルゲーティングにおける構造変化をリアルタイムで捉えるために1分子X線解析法を適用した。KcsAカリウムチャネルの細胞外ループに変異を導入し (52K),チャネル分子を基板へ倒立固定した。金結晶を細胞質ドメイン末端 (161C) に結合し,これに高輝度放射光 (SPring-8) を当て,発生する回折点の動きをビデオレートで観察した。KcsAチャネルがpH依存性であることを利用し,中性pHで閉状態,酸性pHでゲート開閉の動態を捉えた。閉状態ではチャネル分子長軸方向のわずかな曲がり運動がランダム熱運動として観察された。一方,ゲーティング下では大きな角度範囲の長軸のまわりにねじれ運動が観察された。これはKcsAサブユニット内のゲートヘリックスがグリシンヒンジで折れ曲がり,サブユニット間での協同的な構造変化によるものと考えられる。酸性pH下でも開チャネルブロッカーであるtetrabutylammonium (TBA) によりねじれ運動は停止した。表面プラズモン共鳴の実験結果と合わせると,TBA存在かでは開ロック状態にあると考えられる。ゲーティング運動を様々な角度から観察した。
滝口 金吾(名古屋大学大学院理学研究科・生命理学専攻・生体膜機能)
細胞や細胞内小器官は生体膜によって外界と区切られ機能を維持している。生体膜においては脂質二重膜の直下に種々の蛋白質が集積しており,両者間の物理化学的相互作用によって膜の形態や性質が規定される。特に,自己集合性を併せ持つリン脂質親和性蛋白質や生体膜の裏打ち構造を構成する細胞骨格系蛋白質は脂質二重膜に形状変化を誘発したり,逆に安定化したりすることで,細胞運動,細胞質分裂などの重要な生命現象に必須の役割を果たしている。
本研究では,新規の生体膜形状制御蛋白質を探索すると共に,それらによる膜の変形過程を直接観察するため,暗視野顕微鏡下でブタ脳抽出液を巨大リポソームに作用させた。その結果,リポソームから多数の管状の膜突起が形成され伸長する現象が発見された。その原因蛋白質を探索同定したところ,この変形にはSeptinが必須であることが判明した。Septinはインビトロで重合してフィラメントやリング状の構造を形成でき,細胞内で膜が活発に変形しているところに局在していることが知られている。今回の発見によりSeptinが膜の形態形成に積極的に関与している可能性が示唆された。
本研究の成果は,リポソームの変形過程を直接観察する系が新しい膜作用蛋白質の探索に有効なことを示している。またこの系の発展利用によって,他の蛋白質による膜変形の過程も観察し,その機構の理解が容易になることが期待される。
須藤 雄気(名古屋大学大学院理学研究科・生命理学専攻・生体膜機能)
生物は長い進化の中で,光をエネルギー源もしくは情報源として利用する術を見出してきた。どのようなメカニズムでエネルギー変化と情報変換に機能分化しているのだろうか? 古細菌は,エネルギー変換を司る膜蛋白質(バクテリオロドプシン,BR)と,情報変換を司る膜蛋白質(センソリーロドプシンII, SRII)を持ち,機能分化を理解するための有用な生物である。我々は最近,BRからSRII様光センサーへの機能転換を試み,74%(約200残基)のアミノ酸が異なるにも関わらず,わずか3つ (1%) のアミノ酸置換で機能が変換されることがわかった(1, 2)。さらに光センサー型BRの構造・構造変化の解析を行ったところ,3つのアミノ酸残基の内,光励起に伴う1つのアミノ酸残基の変化が情報伝達を決める重要な要素であることがわかった(3)。BRにおいても1組の水素結合がエネルギー産生能を決定するという報告がなされており,蛋白質内部の非常に局所的な構造が機能を左右する「活性部位」であることが明らかになりつつある。
(1) Sudo and Spudich (2006) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103, 16129.
(2) Sudo et al. (2006) J. Biol. Chem. 281, 34239.
(3) Sudo et al. (2007) J. Biol. Chem. 282, 15550.
久野みゆき1,安藤啓之2,森畑宏一1,酒井啓1,清水啓史2,老木成稔2
(1大阪市立大学大学院医学研究科分子細胞生理学,2福井大学医学部分子生理学)
膜電位依存性プロトンチャネル (H+ channel) は,脱分極によって開口しH+ を選択的に透過させるチャネルである。多様な細胞に発現し,特にphagocytesにおいては,respiratory burstの遂行に欠かせないと考えられているが,そのH+ 透過メカニズムは未だ解明されていない。H+channel活性は温度変化に応じてダイナミックに変動する。しかし,これがH+ 透過の温度依存性を反映したものかどうかの証明はない。私達は,高密度にH+channelを発現するマイクログリアのホールセルH+ 電流を記録しながら一秒間だけ細胞を異なる温度のflowに暴露する温度ジャンプ法を工夫し,H+ 透過の温度依存性を検討した。数ミリ秒以内に種々の大きさの温度変化(DT:最大±15℃)を与えることが可能となり,温度ジャンプ前後のH+ 電流比 (Iratio = Ipost-jump / Ipre-jump) とDTよりQ10値を算出した。25℃におけるQ10値は1.5(活性化エネルギー:36.9 kJ/mol)で,water-filled poreをもつイオンチャネルで報告されている値とほぼ一致した。またQ10値は,4℃から49℃の間で温度が高くなるほど減少した。これらの温度特性はH+ channelのH+ 透過機構を考える上で重要な手がかりとなることが期待できる。
神取秀樹(名古屋工業大学大学院工学研究科)
疎水的な膜内でイオンを輸送するチャネルやポンプは,内部に決まった輸送経路をもつと考えられる。構造生物学の進展により,数々のイオン輸送蛋白質の立体構造が決定され,メカニズムに関する生物物理学的な議論が,原子レベルでの構造化学的基盤の上で可能になった。しかしながら,イオン輸送は動的なものであり,静的な構造だけから機能をもたらす蛋白質のダイナミクスを議論するのは難しい。その点,光駆動性の蛋白質は高い時間分解能で機能発現のダイナミクスを追跡できるのが魅力である。
高度好塩菌のプロトンポンプであるバクテリオロドプシンは,詳細な立体構造と光による反応ステップ解析の有利さゆえ,メカニズムの理解が最も進んでいるイオン輸送蛋白質の1つである。実際に現在では,内部に結合した水分子の位置変化や水素結合変化が議論の焦点となっている。一方,最近のゲノム科学の進展により,バクテリオロドプシンの類似蛋白質として種々の光センサーや光駆動プロトン(あるいはカチオン)チャネルが発見され,ロドプシンにおけるプロトン伝導機構に関して新たな展開が見られている。
本講演では,バクテリオロドプシンにおける研究の現状と展望をご紹介するとともに,新たに発見されたロドプシンから得られる情報について,プロトン伝導という観点から話題を提供した。
清水宏泰,相馬義郎,T.-C. Hwang
(大阪医科大学 基盤医学I講座 生理学教室,
米国ミズーリ大学John M. Dalton心臓血管研究所)
CFTRチャネルは,2つのNucleotide Binding Domain (NBD) を持つABCトランスポータスーパーファミリーをメンバーで,NBDにおけるATP分子の結合と加水分解のサイクルによって得られた機械的駆動力を利用してチャネルゲートの開閉を行っていると考えられている。
このNBDエンジンにおいては,ATP2分子を挟み込んだ形でのNBD2量体の形成およびその解離を繰り返しており,CFTRチャネルではこの2量体形成によってチャネルゲートが閉から開状態に遷移し,ATPの加水分解に伴う2量体の解離に伴ってゲートが閉状態に戻るという作業仮説が提唱されている。
CFTRチャネルの平均開口時間はおよそ数100 msecであるが,確率は非常に低いがATPの除去後も数〜数10秒間以上開口状態を維持し続ける現象が存在することが知られている。この現象は,NBDエンジンでのATP加水分解が起こらない作動不良(ミスファイア)によるものであると考えられた。このミスファイアを起こすメカニズムについての考察を行った。
黒川 洵子,浅田 健,中村 浩章,古川 哲史
(東京医科歯科大学・難治疾患研究所・生体情報薬理学分野)
心臓機能における男女差は古くから知られている。その一例としてQT延長症候群の不整脈リスクは女性で高いことが挙げられ,性ホルモンが作用することが指摘されている。その分子メカニズムの一つとして,我々は男性ホルモンによる性ホルモン非ゲノム経路を介した一酸化窒素(NO) 産生を2005年に報告した。心筋で産生されたNOはイオンチャネルを制御して活動電位を短縮し不整脈に保護的に作用すると我々は考えている。NO産生によるcGMP依存的なL型Ca2+ 電流抑制に対し,cGMP 非依存的な遅延整流性 K+ 電流 (IKs) 増大のメカニズムはいまだ不明であった。そこでNOによるIKs増大のメカニズムの解明を目指し,心室筋細胞におけるパッチクランプ実験と発現系におけるbiotin-switch法を用いて実験を行ったところ,IKsチャネルaサブユニットであるKCNQ1のC末端Cys445におけるニトロソ化が関与していることを示唆する結果を得た。Living cell条件下でのKCNQ1蛋白のニトロソ化には,あるたんぱく質Xの共発現が必要であることも示しており,蛋白分子間相互作用もニトロソ化に関与していると考えられる。Cys445におけるニトロソ化がNOによるIKsチャネル機能制御の決定因子であるかどうかについては現在検討中である。
金 鳳柱,松岡 達(京都大学大学院 医学研究科 細胞機能制御学)
心筋ミトコンドリアNa+/Ca2+交換 (mNCX) のミトコンドリア膜電位 (Djm) と細胞質Na+依存性を明らかにする目的で,ミトコンドリアCa2+ (Ca2+m) とDjmを測定した。細胞質Na+依存性Ca2+m排出(mNCXの順交換)の初速度は脱分極状態で変化せず,Ca2+m排出に伴う膜電位変化も見られなかった。Ca2+m排出の初速度は細胞質Na+の増加に伴い増加した。一方,Ruthenium Red(Ca2+ユニポータ抑制剤)存在下に,600 nM Ca2+ 液を灌流するとCa2+ mは誘導された脱分極によって増加した。このCa2+ m増加はCGP-37157(mNCX 阻害剤) により抑制されたことから,mNCXの逆交換によると考えられた。しかし,脱分極時のCa2+ m増加は細胞質Na+ を増加させるにつれて増大し,見かけ上逆の細胞質Na+ 依存性を示した。細胞膜NCXモデルを基に,mNCXのコンピュータモデルを作成し解析したところ,実験条件下においては,mNCX順交換の膜電位依存性が見られないと予測された。しかし,ミトコンドリア内Na+濃度が細胞質Na+ の約50%と仮定すると,mNCX逆交換の膜電位依存性及び見かけ上逆のNa+ 依存性を再現する事ができた。
石井孝広,中島則行,大森治紀
(京都大学医学研究科神経生物学講座 第一生理学教室)
過分極で活性化される陽イオンチャネル(HCNチャネル)は心臓や神経細胞において,自発発火の制御など重要な役割を果たしている。HCNチャネルは構造的には電位依存性カリウムチャネルスーパーファミリーに属し,4種類のサブタイプが存在する。サブタイプにより活性化速度やcAMPに対する感受性に違いがあり,その違いが生理学的役割の違いに寄与していると考えられている。しかし,機能と構造との関係は解明されていない部分が多い。
我々は以前に,サブタイプ間の活性化速度の違いが第一膜貫通領域 (S1) の違いに関係していることを見つけた。今回はS1領域に点変異を導入し,変異体をアフリカツメガエル卵母細胞に発現させて電流を測定し解析した。S1領域に大きな疎水性の側鎖を持つトリプトファン残基を導入し,チャネル機能を解析したところ,19個の変異体のうち4個の変異体からは電流応答が消失した。その周期性からS1はアルファヘリックスをとることが示唆された。また別の2つの変異体では,いくら脱分極してもチャンルが閉じず,これらの変異が電位センサーの可動部分(S4領域)に影響を及ぼしていることが示唆された。さらに,S1とS4領域の直接の相互作用を調べるため両方にシステインを導入しその電流応答を解析した。
久保 泰
(産業技術総合研究所 脳神経情報研究部門 脳機能調節因子研究グループ)
天然の生理活性物質は,bungarotoxin,charybdotoxin,TTXなどで明らかなように,イオンチャネルや膜受容体の構造と活性相関などの分子基盤研究における分子プローブとして極めて有用な情報を提供する。私たちは,イオンチャネルや膜受容体を標的とする神経毒ペプチドを南米産サンゴヘビから探索し,12種類のa 型神経毒様ペプチドを同定した。それぞれの生理特性と遺伝子構造を解析する中で,これらのペプチド遺伝子が加速進化とよばれる特異な分子進化をしており,これらに共通する分子骨格 (scaffold) が標的分子に対して極めて柔軟性の高いものであることが予測された。これより,a 型神経毒ペプチドの分子骨格を保持してループ領域をランダム化したペプチドライブラリーを作製し,膜受容体のリガンド結合領域を含むタンパク質を新たな標的とするペプチドの選択を行なった(指向的分子進化)。その結果,IC50 が約100nMのペプチドが3種類単離され,そのうち2種類は膜受容体のアゴニスト,1種類はアンタゴニストとして作用することが判明した。現在,Ligand-gated ion channelについてこの技術の適用を試みている。
澤田 康之1 村瀬 雅樹2 曽我部 正博1,2,3
(1名古屋大学・大学院医学系研究科・細胞生物物理学分野,
2JST・ICORP/SORST・細胞力覚プロジェクト,3生理学研究所・細胞内代謝)
大腸菌機械受容チャネルMscLは二回膜貫通へリックスを持つサブユニットのホモ5量体で構成されており,細胞膜の伸展で生じる膜張力を直接感受してゲーティング(開口)する膜蛋白質である。大腸菌MscLの3D構造は,同様の構造を有する結核菌MscLの結晶解析に基づいた信頼できるモデルが提案されている。このモデルを使って,分子動力学シミュレーションに基づいたいくつかのゲーティングモデルが提案されている。しかし,これらの先行研究では脂質膜とMscLタンパクとの間の相互作用が考慮されておらず,MscLがどの部位で膜面張力を受容し,それがどのようにゲーティングを導くかは明らかにされていない。そこで本研究では,蛋白質−脂質膜間の相互作用を考慮したモデルを作成して分子動力学シミュレーションを行い,開口過程の詳細な解析を行った。本モデルでは,脂質二重膜にMscLを埋め込んで平衡化した後,膜面に平行な方向の圧力を下げることで張力を発生させた。その結果,2ナノ秒程度の計算で,張力によるMscL開口の初期過程をシミュレートすることができた。そのとき,脂質膜に面するアミノ酸残基のうち細胞外面の油水界面近くに位置するPhe78のみが脂質分子と強く相互作用することが判明し,この残基がMscLの張力センサーであることが強く示唆された。本モデルを使い,開きやすい変異体 (G22N) や,開きにくい変異体 (F78N) のシミュレーションを行ったところ,実験結果と整合性のある結果が得られ,このモデルの有効性が示された。
野村 健1 吉村建二郎1,2 曽我部正博1,3,4
(1科学技術振興機構・ICORP/SORST・細胞力覚プロジェクト
2筑波大学・生命環境科学研究科・構造生物科学専攻
3名古屋大学・大学院医学系研究科・細胞生物物理
4生理学研究所・細胞内代謝)
大腸菌にはMscS,MscLと呼ばれる機械受容チャネルが発現している。低張刺激に晒されて菌体が膨張すると,閾値の低いMscSから順に開口してイオンを放出することで細胞の破裂死を防いでいる。MscSは膜3回貫通構造を有するサブユニットのホモ7量体で構成されている。MscSは細胞膜の伸展で生じる張力で活性化され,膜電位(脱分極)依存的に不活性化される。しかしこれらを統一的に説明できる分子モデルは提案されていない。本研究では,まず活性化機構を調べる目的で膜張力感知部位の同定を試みた。その結果,細胞内外面の油水界面に近い場所に位置するアミノ酸が脂質と強く相互作用してポアの開口を導く膜張力センサーであることが示唆された。一方,細胞内界面に位置する膜貫通領域連結ループの負電荷アミノ酸 (D62) と,これに接する細胞質領域の正電荷アミノ酸 (R128,R131) は強い静電相互作用で結びついていると考えられており,ポアの開口によるD62の膜面方向への放射状の拡大移動に伴ってR128,R131も移動し,細胞質領域が拡大されチャネルが開口することが示唆されている。そこでこれらのアミノ酸を置換して静電相互作用を阻害すると,チャネルの開口は抑制された。また脱分極時には,細胞内界面への正電荷の蓄積がD62を電気的に中和して,R128,R131との相互作用を阻害することで電位依存的不活性化を導くものと想像される。
吉村 建二郎(筑波大学・生命環境科学研究科・構造生物科学専攻)
従来,機械受容として細胞が外界からの機械刺激を受容する機構のみが知られていたが,最近,TRPチャネルが酵母の細胞内で機械受容を行っていること(Zhou et al, 2003) や,原核生物型機械受容チャネルMscSのホモログMSC1がクラミドモナスの細胞内に発現していること (Nakayama et al, 2007) が明らかになっている。これらの機械受容チャネルは外界の浸透圧変化に間接的に応答するという可能性と,細胞内膜系の組織化に必要であるという可能性が示唆されている。本発表では,MSC1を大腸菌に発現させてパッチクランプにより電気生理学的性質を調べた結果について,すでに結晶構造が明らかになっているMscSと対比させながら報告する。MscSはCl-の透過性はK+ の透過性より1.4倍大きいだけであるが,MSC1は7倍も大きかった。チャネルのコンダクタンスはMscSが1 nSであるのに対して,MSC1は0.4 nSしかなかった。MSC1が開く閾値はMscSの約1.6倍大きかった。興味深いことに,MSC1はチャネルが開くときの閾値は,閉じるときの閾値の約3倍も大きかった。このような顕著なヒステリシスは,MscSをはじめとする他の機械受容チャネルで見られない新奇な性質である。