生理学研究所年報 第29巻
 研究会報告 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

2.イオンチャネル・トランスポーターと心血管機能
:学際的取り組みによる新戦略

2007年11月13日−11月14日
代表・世話人:古川哲史(東京医科歯科大学難治疾患研究所生体情報薬理分野)
所内対応者:久保義弘(自然科学研究機構生理学研究所神経機能素子研究部門)

(1)
虚血−再灌流による心筋機能障害:Na+/Ca2+交換機構阻害薬を用いた解析
行方衣由紀,高原 章,田中 光(東邦大学薬学部薬物学)
(2)
ラット動脈管におけるT型カルシウムチャンネルの役割の検討
赤池 徹,横山 詩子,全 紅,石川 義弘,南沢 享2
(横浜市立大学大学院医学研究科循環制御医学
早稲田大学先進理工学部生命医科学科2
(3)
Cav1.2チャネルのカルモジュリンおよびCa2+ 依存性調節
亀山正樹,韓冬雲,蓑部悦子,王午陽,はお麗英
(鹿児島大学大学院医歯学総合研究科神経筋情報生理学,
中国医科大学薬学院薬理学教室)
(4)
Structure of the CaV 2 IQ domain in complex with Ca2+ /calmodulin: High-resolution mechanistic implications for channel regulation by Ca2+
森 誠之,井上隆司
(福岡大学医学部医学科生理学,
福岡大学大学院医学研究科人体生物系細胞分子制御学)
(5)
L型Ca2+チャネルCaV1.2とCaV1.3の心臓ペースメーカー活動電位における役割
中瀬古寛子,赤羽悟美(東邦大学医学部医学科薬理学講座)
(6)
肥大心における低分子量G蛋白質RadによるL型カルシウムチャネル修飾について
村田光繁,木村至2,矢田浩崇,福田恵一
(慶應義塾大学医学部再生医学講座
東京医療センター感覚器センター分子細胞生物学研究部2
(7)
心臓の病的肥大におけるTRPCチャネルの役割
西田 基宏,黒瀬 等(九州大学大学院薬学研究院薬効安全性学分野)
(8)
LPA受容体刺激によって血管平滑筋細胞に誘導される,
活性酸素を介したシグナル伝達経路
伊豫田拓也1,2,Mei-Zhen Cui 1,岩本隆宏2
(テネシー大学獣医病理生物学1,福岡大医学部薬理学2
(9)
エピジェネテイック因子群と心臓発生,心疾患
竹内 純(東京工業大学グローバルエッジ研究院)
(10)
心筋における交感神経伸長と神経栄養因子
三輪佳子1,李 鍾国1,高岸芳子2,小谷 潔3,平林真澄4,神保泰彦3,児玉逸雄
(名古屋大学環境医学研究所 心・血管分野1
名古屋大学環境医学研究所 発生・遺伝分野2
東京大学大学院新領域創成科学研究科人間環境学専攻3
自然科学研究機構 生理学研究所行動・代謝分子解析センター4
(11)
G蛋白質サイクルモデル化による心臓副交感神経系調整の再現
村上慎吾,鈴木慎悟,倉智嘉久(大阪大学医学部薬理学講座)
(12)
レトロウィルスによるcDNA発現ライブラリーを用いた肺癌原因遺伝子の発見
間野博行(自治医科大学医学部ゲノム機能研究)
(13)
メタボローム解析によるガス分子を介した生体制御機構の探索と医学応用
末松 誠(慶應義塾大学医学部医化学)
(14)
内向き整流カリウムチャネルの低親和性スペルミンブロック
:細胞内領域チャネルポアの役割
石原圭子,Yan Ding-Hong(佐賀大学医学部生体構造機能学器官細胞生理分野)
(15)
心筋電気活動におけるKCNEタンパク質の機能的意義
豊田 太,丁 維光,松浦 博(滋賀医科大学生理学講座細胞機能生理学部門)
(16)
血管平滑筋でのCa2+スパークによる膜電位調節機構解明の新たなる展開
山村寿男,大矢進,今泉祐治
(名古屋市立大学大学院薬学研究科細胞分子薬効解析学分野)
(17)
性周期によるQT延長症候群不整脈リスク変動のシミュレーション
―プロゲステロンによる心筋イオンチャネル制御のデータを基に―
黒川洵子,古川哲史(東京医科歯科大学難治疾患研究所生体情報薬理学分野)

【参加者名】
末松誠(慶應義塾大学医学部医化学),間野博行(自治医科大学医学部ゲノム機能研究部),亀山正樹,蓑部悦子(鹿児島大学大学院医歯学総合研究科神経情報生理学),西田基宏(九州大学大学院薬学研究院薬効安全性学分野),村田光繁(慶應義塾大学医学部再生医学講座),石原圭子(佐賀大学医学部器官細胞生理分野),松浦博,丁維光,豊田太(滋賀医科大学生理学講座細胞機能生理学部門),鷹野誠(自治医科大学生理学教室),古川哲史,黒川洵子,笹野哲郎,大石咲子,角坂祥子(東京医科歯科大学難治疾患研究所生体情報薬理分野),竹内純(東京工業大学グローバルエッジ研究院),行方衣由紀(東邦大学薬学部薬物学講座),赤羽悟美,中瀬古寛子,伊藤雅方(東邦大学医学部医学科薬理学講座),渡邊泰秀(浜松医科大学医学部看護学科健康科学領域医療薬理学部門),森誠之(福岡大学医学部医学科生理学),岩本隆宏,伊豫田拓也(福岡大学医学部薬理学講座),南沢亨(早稲田大学先進理工学部生命医科学科),赤池徹(横浜市立大学大学院医学研究科循環制御医学),木村純子,坂本多穂(福島県立医科大学薬理学),山村寿男,舩橋賢司,村田秀道,池田知佳子,荻原和信,木村拓哉,水谷浩也),山本清司(名古屋市立大学大学院薬学研究科細胞分子薬効解析学分野),李鐘国,森島幹雄(名古屋大学環境医学研究所心・血管分野),村上慎吾名(大阪大学医学部薬理学講座),桑原宏一郎(京都大学医学部内分泌・代謝内科学),澤田光平,谷口智彦(エーザイ 創薬第1研究所),藤高啓右(名古屋市立大學),久保義弘,立山充博,中條浩一,伊藤政之,長友克広,松下真一,Batu KECELI,石井裕(生理研神経機能素子)

【概要】
 平成19年度は11月13日(火)−14日(水)の2日間,岡崎カンファレンスセンター2階小会議室で51名の参加者を集めて研究会を開催した。特別講演として,エピゲノム研究専門家である自治医科大学医学部ゲノム機能研究部間野博行教授,およびガスバイオロジーとメタボローム解析の専門家である慶應義塾大学医学部医化学講座末松誠教授による講演の2題と,15題の一般発表を行った。一般発表も学際的なアプローチを目指して,心臓電気生理8題に加えて,血管電気生理2題,心臓発生1題,血管発生1題,心臓再生1題,イオンチャネル構造解析1題,コンピューターモデリング1題,という多彩な領域からの発表を行った。また心臓電気生理に関しても,Caチャネル3題,Kチャネル3題,TRPチャネル1題,Na-Ca交換体1題と多岐にわたる発表が行われ,活発な質疑応答を行った。また13日の研究会の後に行われた懇親会でも,分野の異なった研究者が共同研究の可能性などに関して活発な意見交換を行った。

 学際的なアプローチとともに本年度の研究会の大きな目的の一つとして,若手研究者の積極的な参加および発表ということがあった。発表では,教授による発表は特別講演2題を含めて3演題だけにとどまり,大学院生による発表も2演題行われた。参加者に関しても,17名の大学院生と1名のポスドクが含まれ若手の参画のきっかけはつかめたものと考えている。また,今回は生理研のホームページから本研究会の開催を知り,参加された方も数名いらっしゃったことも追記したい。

 以上,心臓電気生理研究における学際的な取り組み,および若手研究者の参加,という2つの大きな目的はある程度達成することができ,心臓電気生理研究の新たな発展のきっかけとして重要な研究会となったものと考えられる。

 

(1) 虚血−再灌流による心筋機能障害
:Na+/Ca2+交換機構阻害薬を用いた解

行方衣由紀,高原章,田中光(東邦大学薬学部薬物学)

 心筋虚血−再灌流障害におけるNa+/Ca2+交換機構 (NCX) の寄与を特異的阻害薬SEA0400を用いて組織および細胞レベルで評価した。モルモット冠動脈灌流右心室標本でSEA0400は正常心筋の収縮機能および活動電位波形に影響を与えず,再灌流後に観察される収縮力低下および活動電位持続時間の短縮からの回復を促進させた。また再灌流時に発生した不整脈をSEA0400は抑制した。さらにSEA0400は虚血による心筋組織内ATP量の減少を抑制し,再灌流後のATP量回復を促進させた。次に虚血条件におけるミトコンドリア機能を単離心室筋細胞を用いて評価したところ,細胞質内Ca2+濃度の上昇と同時にミトコンドリアの膜電位低下およびCa2+濃度上昇が観察され,これらの時間経過はいずれもSEA0400で遅延した。さらに透過性細胞を用いてミトコンドリア内のCa2+動態を検討した結果,ミトコンドリア上のNCXはCa2+くみ出しに寄与していたがSEA0400はこの機構には無影響であった。以上の結果より心筋虚血−再灌流時には細胞膜上のNCXから流入したCa2+によってCa2+overloadが生じ,ミトコンドリアのCa2+濃度が上昇し,不可逆的な心筋機能障害に至ったと考えられた。細胞膜上のNCXを阻害することは心抑制を伴わずに虚血−再灌流障害を軽減する心筋保護治療戦略の有効な手段と期待できる。

 

(2) ラット動脈管におけるT型カルシウムチャンネルの役割の検討

赤池徹,横山詩子,全紅,石川義弘,南沢享2
(横浜市立大学大学院医学研究科循環制御医学
早稲田大学先進理工学部生命医科学科2

【背景】平滑筋収縮はVoltage-dependent Ca2+ channel (VDCC) を介した細胞内Ca2+の上昇により生じるため,VDCCは動脈管の閉鎖にも重要な役割を担っていると考えられる。我々は先行研究でT型VDCCの発現が出生前後に上昇することを報告した。

【目的】動脈管収縮及びリモデリングにおけるT型VDCCの役割を解明すること。

【方法】全ての実験でWistar ratの動脈管を用いた。1) 酸素分圧がa1GmRNAの発現に及ぼす影響をRT-PCR法で検討した。2) a1GのsiRNAとplasmidを用い,平滑筋細胞遊走能を検討した。3) 選択的T型VDCC阻害薬(R(-)-efonidipine)を用い,酸素による動脈管収縮へのT型VDCCの関与を検討した。

【結果】1) 低酸素分圧から正常酸素分圧への変化によって,a1GmRNAの発現は1.5倍に増加した。2) a1GsiRNAでa1Gの発現を抑制すると遊走能は対照に比べ53%まで低下した(p<0.05)。a1Gplasmidを過大発現させると,遊走能は60%亢進した(p<0.01)。3) 酸素による動脈管収縮を,R(-)-efonidipineは濃度依存症に抑制し,10-6Mで最大張力の74%まで拡張した(p<0.01)。

【結論】T型VDCCを介するCa2+ 流入は,出生後の動脈管の血管収縮やリモデリングを促進すると考えられた。

 

(3) Cav1.2チャネルのカルモジュリンおよびCa2+依存性調節

亀山正樹,韓冬雲,蓑部悦子,王午陽,はお麗英
(鹿児島大学大学院医歯学総合研究科神経筋情報生理学,
中国医科大学薬学院薬理学教室)

 心筋L型Ca2+チャネル (Cav1.2) は,Ca2+依存性促通(CDF) と不活性化(CDI)を示し,カルモジュリン (CaM) の関与が報告されているが,その機構については不明な点が多い。本研究では,CDFとCDIの機構を解明する目的で,当研究室のこれ迄の成果を基に仮説的モデルを考え,モルモット心室筋細胞を用いた実験により検証することを試みた。

【仮説】Cav1.2チャネルには,2カ所のCaM結合部位 (Aサイト及びIサイトとする)が存在し,CaMがAサイトに結合するとCDFが起こり,Iサイトに結合するとAサイトの状況に拘わらずCDIが起こる。

【結果】Insdie-outパッチで,種々のCa2+濃度 ( [Ca2+]i ) 条件の下,CaMおよびその変異体の濃度依存的作用を検討した。[Ca2+]i <100 nMの条件下で,0.15-2 mM CaM (+2.4 mM ATP) はCav1.2チャネルの開口確率を濃度依存的に増加させたが,より高濃度では抑制を示し,濃度−反応曲線はbell型となった。この曲線は,[Ca2+]iを増加させると左方にシフトした。Ca2+結合能の無いCaM変異体もbell型の濃度−反応曲線を示したが,[Ca2+]iによるシフトは見られなかった。これらの結果は,1) A及びIの両サイトは共にCa2+ -free CaM (apoCaM)とCa2+/CaMの両者を結合すること,2) CaM親和性はAサイトの方が高いこと,3) CaM親和性は,両サイト共にapoCaM<Ca2+/CaMであること,などを組み入れることでモデルと整合した。

【結語】以上の結果から,2カ所のCaM結合部位を持つモデルは,CDFとCDIの機構をうまく説明できることが示された。また,従来の考えとは異なり,Ca2+-free条件下でも CaM (apoCaM) はCDFおよびCDI様の調節作用を起こしうることが示唆された。

 

(4) Structure of the CaV 2 IQ domain in complex with Ca2+ /calmodulin: High-resolution mechanistic implications for channel regulation by Ca2+

森誠之,井上隆司
(福岡大学医学部医学科生理学,
福岡大学大学院医学研究科人体生物系細胞分子制御学)

 P/Q型カルシウムチャネルにはCa2+-dependent facilitation (CDF) と呼ばれるチャネル活性化頻度の上昇に伴い,カルシウム流入を促進するポジティブフィードバック制御が観察される。このCDFの結果,伝達物質の放出が促進され,様々な神経や筋細胞の興奮パターンに急速な影響が促される。本研究はCDFの分子基盤を構造学的観点を交えて明らかにすることを目的とし,Cav2.1(P/Q型)IQドメインとCa2+ 仲介分子,カルモジュリン(CaM) の結晶複合体構造解析を行った。興味深いことに,この構造は機能的には逆のCa2+-dependent inactivationを引き起こすCav1.2 (L型) チャネルIQとCa2+CaMの複合体構造と非常に似た構造であることが明らかとなった。しかしながら,電気生理学的にシステム的アラニンスキャニングなどを用いて検討した結果,(1) IQモチーフの上流域に重要な結合部位が存在する,分子シュミレーションによる結合エネルギーとの相関から,(2) CaM N-lobeの結合が重要であること,(3) C-lobeとIQドメインの弱結合性がCDF発生に重要であるという結果などが,本研究から新たに導き出された。

 

(5) L型Ca2+チャネルCaV1.2とCaV1.3の
心臓ペースメーカー活動電位における役割

中瀬古寛子,赤羽悟美(東邦大学医学部医学科薬理学講座)

 洞房結節にはL型Ca2+チャネルa1サブユニットのCaV1.2とCaV1.3が発現しており,CaV1.3は活性化と不活性化の電位依存性がCaV1.2に比べ過分極側へシフトしていることが報告されている。本研究ではCaV1.3の電気生理学的特徴をCaV1.2と比較し,洞房結節のペースメーカー活動電位における役割を検討した。

 電位依存性不活性化 (VDI) キネティクスを解析したところ,CaV1.3はCaV1.2に比較してVDIが遅く,定常的な不活性化からの回復速度が速いことを見出した。細胞内カルボキシル末端(C末端)領域に着目し,CaV1.2のC末端領域をCaV1.3型に置換したキメラチャネルCTDを作成し解析を行った。その結果,CTDはCaV1.3型の遅いVDIを示し,C末端領域がCaV1.2とCaV1.3のVDI速度の差異を担うことが示唆された。洞房結節の活動電位波形で電位固定を行いCa2+チャネル電流を解析したところ,CaV1.3は緩徐脱分極相から活性化し始め,再分極相で再活性化が見られ,幅広い電位で活性化していた。さらに反復脱分極下において,CaV1.2に比較してCaV1.3とCTDではCa2+チャネル電流量が高いレベルで維持されていた。

 以上より,CaV1.3は活性化電位が深くかつVDIが遅いという特徴を有し,洞房結節のペースメーカー活動電位において緩徐脱分極相および活動電位幅の維持に重要な役割を担うことを明らかにした。

 

(6) 肥大心における低分子量G蛋白質Radによる
L型カルシウムチャネル修飾について

村田光繁,木村 至2,矢田浩崇,福田恵一
(慶應義塾大学医学部再生医学講座
東京医療センター感覚器センター分子細胞生物学研究部2

 低分子量Ras関連G蛋白RGKファミリー(Rad, Gem, Rem) がL型Ca2+チャネルbサブユニットと結合しL型Ca2+電流(ICa,L) を抑制することが知られている。最近我々は,心臓において内因性Radが心筋L型Ca2+ 電流を調節することにより不整脈の発生に関わっていることを報告した。さらにRadのプロモーター活性が,カルシニューリン/NFAT系によって活性化することが報告されており,心肥大においてRadが重要な働きをしている可能性が示唆される。そこで本研究では肥大心におけるRadの意義について検討した。新生児ラット培養細胞をアンジオテンシンII (AngII) で刺激し心肥大を惹起した。Rad遺伝子の発現はAngII刺激後4時間に早期のピークをもつ増加を認め,さらに刺激3日後より再上昇を認めた。このAngII刺激によるRad遺伝子の増加はカルシニューリン阻害剤であるシクロスポリンA (CysA) により抑制された。また,I Ca,LはAngII刺激1日後ではコントロールと比較し変化を認めなかったが,刺激3日後には有意に減少していた。一方,ドミナントネガティブRadを強発現した細胞では,AngIIによるI Ca,L抑制作用の減弱を認めた。以上の結果より,RadはL型カルシウム電流量を調節することにより肥大心における収縮機能障害の発症とかかわっている可能性がある。

 

(7) 心臓の病的肥大におけるTRPCチャネルの役割

西田基宏,黒瀬 等(九州大学大学院薬学研究院薬効安全性学分野)

 心臓の病的肥大には,アンジオテンシン(Ang)やエンドセリン (ET) により誘発される細胞内Ca2+濃度 ([Ca2+]i)上昇とそれに続く転写因子Nuclear Factor of Activated T cells (NFAT)の活性化が関与すると考えられている。ラット新生仔の初代培養心筋細胞を用いて,NFAT活性化につながる[Ca2+]i上昇のメカニズムを調べた結果,我々はジアシルグリセロール (DAG) 感受性のTransient Receptor Potential Canonical (TRPC)チャネル (TRPC3/TRPC6) がAng II刺激によるNFAT活性化を仲介することを見出した。この過程には,DAGで誘発される膜電位のシフト(脱分極)とこれに付随した電位依存性L型Ca2+チャネルの活性化が関与していた。一方,ET-1刺激による長期的なNFAT活性化にTRPC6タンパクの発現増加が関与することも明らかにした。このメカニズムには,三量体G12ファミリー蛋白質 (G12/13) を介したシグナリング経路が関与していた。以上の結果から,神経体液性因子により受容体−G蛋白質を介して誘発される心肥大応答において,DAG感受性TRPCチャネルが重要な役割を果たすことを明らかにした。

 

(8) LPA受容体刺激によって血管平滑筋細胞に誘導される,
活性酸素を介したシグナル伝達経路

伊豫田拓也1,2,Mei-Zhen Cui 1,岩本隆宏2
(テネシー大学獣医病理生物学1,福岡大医学部薬理学2

 Lysophosphatidic Acid (LPA) はoxLDLを構成する分子の1つであり,粥状動脈硬化領域への集積が認められる。LPAは血管平滑筋細胞に作用して,Egr-1発現を介した凝血因子Tissue Factor (TF) の発現を誘導する。このTFによって活性化された血小板もLPAソースの1つであることから,この分子がエンドレスな血液凝固サイクルを誘導している可能性がある。今回,培養血管平滑筋細胞を用い,このEgr-1発現の機序について検討した。LPA刺激はERK,JNK,p38全てのリン酸化を誘導したが,この時ERK阻害剤がJNKの活性化を阻害した。さらにLPAが同細胞において活性酸素 (ROS) 産生を誘導する知見を既に得ていたが,ERK阻害剤がROS産生を抑制し,さらに抗酸化剤がJNKの活性化を阻害したことから,ERKとJNKがROSを挟んで縦に並んでいると推測された。ROS産生制御因子としてはPKCが知られているが,今回の系ではPKCdがERKの活性化を制御していた。また,Egr-1発現を検討したところ,上記で阻害効果の認められた阻害剤や抗酸化剤などがEgr-1発現を抑制した。最後にこの応答に関与するLPA受容体について検討したところ,LPA1が主としてこの応答に関与していることが示唆された。

 

(9) エピジェネテイック因子群と心臓発生,心疾患

竹内 純(東京工業大学グローバルエッジ研究院)

 心臓主要転写因子群 (Nkx,Tbx,Gata,Myocardin,Islet1)は,その多くがヒト先天性心疾患の原因遺伝子として知られており,発生過程においても重要な役割を担っていることが様々なモデル動物において報告されている。しかし,これまでの国内外の研究から既存の転写因子のみでは心臓分化誘導を引き起こせない。我々はその理由としてクロマチン構造状態にあると考え,染色体再構成因子群であるSWI/SNF複合体に着目し解析を行ってきた。

 マウスKOの結果,SWI/SNF複合体は心臓発生において重要な機能を持ち合わせていることが明らかとなり,in vivo transfection assay法により,心臓主要転写因子と協調的に作用することで,異所的な心筋マーカー発現が見受けられ,予定心臓領域において拍動する細胞集団の存在が確認され,心臓誘導が引き起こされた。このことから,心臓主要転写因子が機能する際にSWI/SNF複合体の存在が重要な役割を担っていると考察出来る。

 さらに,SWI/SNF複合体に変異が起こると左心室拡張機能障害を引き起こし,Tbx遺伝子と強固に会合して,Ca2+系イオンチャネル群の発現制御していることも明らかとなってきた。今回,心臓主要転写因子Tbx,NkxとエピジェネテイックなSWI/SNF因子が心臓誘導と心臓生理においてパートナーを選びながら特異的な機能をしていることを明らかにした。

 

(10) 心筋における交感神経伸長と神経栄養因子

三輪佳子1,李鍾国1,高岸芳子2,小谷潔3,平林真澄4,神保泰彦3,児玉逸雄
(名古屋大学環境医学研究所 心・血管分野1
名古屋大学環境医学研究所 発生・遺伝分野2
東京大学大学院新領域創成科学研究科人間環境学専攻3
自然科学研究機構 生理学研究所行動・代謝分子解析センター4

【目的】心筋における交感神経の伸長と神経-心筋接合形成の分子機構を調べる目的で,神経栄養因子の効果を検討した。

【方法】ラット新生仔由来心室筋細胞と上頸神経節交感神経細胞を近接培養し(間隔1 mm),神経伸長,神経−筋接合部形成に対するnerve growth factor (NGF: 50 ng/mL),glial cell line-derived neurotrophic factor (GDNF: 10 ng/mL) の効果を,免疫染色法,電子顕微鏡写真および多電極付培養皿を用いた細胞外電位記録法により調べ,NGF,GDNF非添加のControl群と比較した。

【結果】心筋細胞への交感神経の伸長は,NGF,GDNF添加いずれの群においても,Control群より促進していた。心筋細胞におけるsynapsinとb1-adrenergic receptor発現は,NGF添加群よりもGDNF添加群で亢進していた。電顕では,シナプス小胞を有する神経終末が心筋細胞に分布していた。細胞外電位記録では,心筋細胞自己拍動のゆらぎを反映するFractal指数(Lorenz plot)が,GDNF存在下で有意に増加した (GDNF vs Control 1.5 ± 0.02 vs 1.3 ± 0.08, p<0.05, n=3)。

【結論】NGF,GDNFは心筋内での交感神経の伸長を促し,GDNFはさらに神経−心筋の接合形成を促進する効果があることが示唆された。

 

(11) G蛋白質サイクルモデル化による心臓副交感神経系調整の再現

村上慎吾,鈴木慎悟,倉智嘉久(大阪大学医学部薬理学講座)

 心臓の機能は生理的心理的要求に応じ,交感神経と副交感神経からなる自律神経によって調整される。この制御は,受容体からG蛋白質を介したイオンチャネルへの情報伝達系によって実現されている。この心臓興奮制御の定量的な理解のために,我々の実験結果を基にし,G 蛋白質制御性 カリウムチャネルのムスカリン性活性化のモデル化を行うことで,副交感神経系制御のモデルを製作した。G 蛋白質制御 カリウムチャネルは,m2ムスカリン性受容体にカップリングしたG蛋白質のb g サブユニットによって活性化される。今回製作したモデルでは,この情報伝達系を2つの構成要素に分けた。一つはbgサブユニットとG 蛋白質制御 カリウムチャネルで構成され,もう一つはm2ムスカリン性受容体とG 蛋白質で構成される。G 蛋白質制御 カリウムチャネルに対するRGS蛋白質の役割に関する近年の我々の発見を取り込むことにより,モデルはアセチルコリンによるG 蛋白質制御 性カリウムチャネルの活性化の特性を再現することができた。このモデルにより,心臓興奮の神経制御に関する定量的な理解が進むと考えられる。

 

(12) レトロウィルスによるcDNA発現ライブラリーを用いた
肺癌原因遺伝子の発見

間野博行(自治医科大学医学部ゲノム機能研究)

 肺癌は我が国および欧米の癌死の第一位を占める予後不良の疾患であり,発癌機構の解明に基づく新たな治療法の開発が待たれていた。我々は微量の臨床検体から効率良くcDNAを発現させるレトロウィルスライブラリー構築法を開発し,それを用いて肺癌の原因遺伝子をスクリーニングした。具体的には喫煙歴を有する62才男性に生じた肺腺癌外科切除標本からcDNA発現ライブラリーを構築し,それをマウス3T3繊維外細胞に感染させた。その結果生じた形質転換フォーカスから感染レトロウィルスのcDNAを回収したところ,微少管会合タンパクEML4と受容体型チロシンキナーゼALKとが融合した新たな癌遺伝子EML4-ALKを発見することに成功した。EML4-ALKは恒常的に二量体化した,活性型チロシンキナーゼであり,3T3繊維芽細胞に形質転換フォーカスを作ると共にヌードマウスに皮下腫瘍を形成した。さらに本邦の肺非小細胞癌患者検体における同融合遺伝子の有無を確認したところ,約7%の症例でEML4-ALKが存在することが示された。これらEML4-ALK陽性肺癌は将来においてALKチロシンキナーゼ阻害剤の治療対象となると期待される。

 

(13) メタボローム解析によるガス分子を介した
生体制御機構の探索と医学応用

末松誠(慶應義塾大学医学部医化学)

 ガス状メディエータは生体内で生成される低分子で生体高分子の「隙間」に入り込み,部位特異的に結合してその機能を調節する特徴を持つ。我々は1994年にストレス誘導酵素であるheme oxygenase (HO) から生成される一酸化炭素 (CO) が肝臓の類洞血管を恒常的に弛緩させ,血流維持作用をもたらすことを報告した。これを契機として生体内でのCOがNOと類似の血管拡張物質であることを示唆する報告が多数提示されたが,両者は全く異なるガスメディエータであることをいくつかの実験から証明してきた。ガス分子の作用点やレセプタ分子を探索することは困難を極めるが,メタボローム解析技術を活用することにより戦略的に特定のガス分子の作用点を同定し,その生物学的考察を推進することが可能になった。 その結果低酸素応答で誘導される代表的な酵素であるHO-1由来のCOにより,methionineからcysteineを生成する酵素であるcystathionine beta synthaseが阻害され,thiol代謝リモデリングが起こることが明らかになった。さらに代表的なヘム蛋白であるhemoglobinは赤血球において酸素運搬体としてだけでなく,低酸素を感知しながらATP依存性の血管拡張を惹起するスイッチとして作用し,COはその作用を阻害, NOは活性化することが明らかになった。これら3つの現象はともにCOがヘムに結合すると6配位,NOが結合すると5配位をとるという蛋白のコンフォメーション変化の違いによるものである。COによる本酵素の活性制御は糖代謝酵素のメチル化制御を介したglucose代謝調節機構となっている可能性も示唆され,がん病巣の生育に伴う糖代謝のリモデリングにも密接な関連があることが考察された。

 

(14) 内向き整流カリウムチャネルの低親和性スペルミンブロック
:細胞内領域チャネルポアの役割

石原圭子,Yan Ding-Hong(佐賀大学医学部生体構造機能学器官細胞生理分野)

 Kir2内向き整流カリウムチャネルを流れる外向き電流は,作業心筋(心室筋・心房筋)やプルキンエ線維の静止電位維持や再分極相形成に重要な役割を担い,細胞内のスペルミン等の陽イオンによるチャネル・ブロックにより調節されている。Kir2.1チャネルのコンダクタンスにはブロックに対する感受性が異なる二成分がみられ,外向き電流の大部分は,ブロック感受性が低い小さなコンダクタンス成分を流れる事を私たちは以前に報告した (Ishihara & Ehara, 2004; Yan & Ishihara, 2005)。今回はKir2.1チャネル変異体のスペルミンによるブロックを解析した。その結果,膜貫通領域ポア内面に位置するAsp172側鎖の負電荷を中和する変異体 (D172N) は,野生型チャネルのブロック低感受性コンダクタンス成分と同等のブロック感受性を示すが,細胞内領域ポア内面のGlu224側鎖の負電荷を中和する変異体 (E224G) では,高感受性と低感受性のコンダクタンス成分の比率は変化せず,低感受性成分のブロック感受性が著しく低下する事が分かった。この結果は,Kir2.1チャネルにブロック感受性が異なる二状態があるという仮説を支持し,Kir2チャネルの細胞内領域ポア内面の負電荷は高親和性ブロックの際にポリアミンが結合する部位では無いが,低親和性ブロックが起きる際の結合部位である事が示唆された。

 

(15) 心筋電気活動におけるKCNEタンパク質の機能的意義

豊田太,丁維光,松浦博(滋賀医科大学生理学講座細胞機能生理学部門)

 心筋K+チャネルのKCNQ1 (Q1) はbサブユニットのKCNE1 (E1) と会合しIKsを構成する。一方,心臓には他のKCNEタンパク質の発現も示されてきており,心筋Q1はこれらとも会合し多様な性質のK+チャネルを構築している可能性がある。本研究は,KCNE2 (E2) およびKCNE3 (E3) によるQ1の機能調節を検討した。Q1を安定発現したCHO細胞にE1を導入するとIKs様の電流が得られ,E2やE3を導入すると常時活性化型のK+電流が誘発した。そこでE1とE2を同時に導入するとIKsと類似の時間依存性電流のみが記録されたが,Q1/E1電流とは性質が異なっていた。一方,E1とE3を共発現するとQ1/E1電流とQ1/E3電流の合算電流が誘発した。このことからE2やE3はE1存在下でもQ1と会合できることが示唆された。次にモルモット心筋細胞にRNA干渉法を適用しKCNEタンパク質の発現抑制が膜電流や活動電位におよぼす効果を検討した。E1あるいはE2を標的とした人工RNAを導入するとIKsが50-70%抑制された。

 一方,E3のノックダウンは IKsに影響をおよぼすことなく活動電位の延長を引き起こした。モルモット心筋再分極過程にE1のみならずE2やE3も寄与する可能性が示唆された。

 

(16)血管平滑筋でのCa2+スパークによる
膜電位調節機構解明の新たなる展開

山村寿男,大矢進,今泉祐治
(名古屋市立大学大学院薬学研究科細胞分子薬効解析学分野)

 平滑筋では,筋小胞体からの自発性Ca2+遊離によって,局所Ca2+濃度上昇(Ca2+スパーク)が生じる結果,大コンダクタンスCa2+活性化K+ (BK) チャネルの活性化を介して,筋緊張度が調節されている。本研究では,ウサギ門脈平滑筋細胞に共焦点蛍光顕微鏡もしくは全反射蛍光 (TIRF) 顕微鏡とパッチクランプ法を併用して,細胞内Ca2+ 濃度変化とBKチャネル活性を同時記録した。その結果,細胞膜直下で発生したCa2+スパークだけが自発一過性外向き電流 (STOC) と同期した。Ca2+スパークと同期した自発一過性過分極 (STH) も観察できた。Ca2+スパークとそれに対応するSTOCやSTHの上昇時間や半値幅は,それぞれ良く相関した。さらに,細胞膜表面に限局したTIRF領域(ガラス接着面より200 nm以内)において,Ca2+スパークを効率よく検出することが出来た。以上より,血管平滑筋細胞の局所部位で発生するCa2+スパークのより詳細な解析とその近傍に存在するBKチャネルの生理的意義の解明に,TIRF顕微鏡を用いた可視化画像解析が有用であることが分かった。

 

(17) 性周期によるQT延長症候群不整脈リスク変動のシミュレーション
―プロゲステロンによる心筋イオンチャネル制御のデータを基に―

黒川洵子,古川哲史(東京医科歯科大学難治疾患研究所生体情報薬理学分野)

 QT延長症候群における不整脈リスクは女性において有意に高く,性周期や周産期により変動する。臨床的には,高プロゲステロンレベル状態ではQT間隔が短く不整脈リスクが減少する傾向が報告されているが,メカニズムはいまだ解明されていない。我々は膜に限局した反応である非ゲノム作用に注目し,電気生理学的手法,生化学的手法によりプロゲステロン(P4)の心筋再分極相への作用を定量的に解析し,結果を活動電位シミュレーション(Luo-Rudyモデル)に導入して不整脈リスクへの影響を統合的に調べた。生理的濃度範囲のP4は,P4受容体の非ゲノム経路によるNO産生を介して,交感神経非刺激時には遅延整流カリウム電流を増大し,交感神経刺激時にはL型Ca2+ 電流を減少した。シグナル分子はカベオラに局在化しており,非ゲノム経路を担うP4受容体の新たな候補も見出した。性周期おける女性の血中P4濃度の最高値40.6 nMと最低値2.5 nMにおける実験データを活動電位シミュレーションに導入したところ,性周期に伴う活動電位幅の変動を再現することができた。さらに,先天性および薬剤による不整脈に対してP4は保護的作用を持ち,黄体期に保護的作用が増強されることが予測された。P4のデータを基にしたシミュレーションモデルは,女性の性周期によりダイナミックに変動する不整脈リスクを予測するという応用が将来的に期待される。

 


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