平成19年10月4日−10月5日
代表・世話人:久野 みゆき(大阪市立大学大学院医学研究科)
所内対応者:久保 義弘(神経機能素子研究部門)
- (1)
- グルタミン酸イメージングによる単一シナプスレベルでの素量子解析
廣瀬 謙造,坂本 寛和,飯沼 将,並木 繁行(名古屋大学大学院医学系研究科)
- (2)
- 蛍光グルタミン酸指示分子を用いたシナプス間隙からのグルタミン酸漏出の可視化
大久保 洋平,関谷 敬,並木 繁行,坂本 寛和,
飯沼 将,廣瀬 謙造,飯野 正光
(東京大学大学院医学系研究科)
- (3)
- 神経可塑性関連タンパクArcとPSDタンパク間の相互作用および
シナプス局在機構の解析
奥野 浩行,野中 美応,藤井 哉,竹本―木村 さやか,尾藤 晴彦
(東京大学大学院医学系研究科)
- (4)
- 腎マクラデンサ細胞の神経型一酸化窒素合成酵素
河原 克雅,川田 英明,安岡 有紀子,福田 英一(北里大学医学部)
- (5)
- Essential role for STIM1 in mast cell activation and anaphylactic responses
馬場 義裕,黒崎 知博
(横浜理化学研究所 免疫アレルギー科学総合研究センター)
- (6)
- プレシナプスアクティブゾーンタンパク質RIM1とVDCCbサブユニットとの結合が
神経伝達物質放出にもたらす新たな機能
森 泰生,清中 茂樹,若森 実,三木 崇史,瓜生 幸嗣
(京都大学大学院工学研究科)
- (7)
- KcsAカリウムチャネルゲーティング構造変化の1分子追跡
清水 啓史,岩本 真幸,今野 卓,二瓶 亜三子,佐々木 裕次,老木 成稔(福井大学医学部)
- (8)
- プリズム型全反射顕微鏡を用いた複数セカンドメッセンジャーの
リアルタイムモニター
最上 秀夫,安達 英輔,鈴木 優子,嘉副 裕,佐藤 洋平,櫻井 孝司,
上山 健彦,齋藤 尚亮,浦野 哲盟(浜松医科大学)
- (9)
- 細胞内情報伝達反応素過程の1分子解析
佐甲 靖志(理化学研究所)
- (10)
- マクロファージにおけるTRPV2チャネルの生理的機能
長澤 雅裕,中川 祐子,小島 至(群馬大学生体調節研究所)
- (11)
- 小脳脊髄変性症14型 (SCA14) 発症に関与するPKCgamma変異体の機能解析
足立 直子,小林 剛,高橋 英之,川崎 拓実,酒井 規雄,齋藤 尚亮
(神戸大学バイオシグナル研究センター)
- (12)
- 異種GPCR相互作用による中枢シナプス可塑性の調整
田端 俊英,上窪 祐二,狩野 方伸(大阪大学大学院医学系研究科)
- (13)
- 低分子量GTP結合蛋白の細胞内小胞上での活性変化の可視化
松田 道行(京都大学大学院生命科学研究科)
- (14)
- 接着斑におけるメカノトランスダクション:力学刺激によるアクチン重合の制御機構
平田 宏聡,辰巳 仁史,曽我部 正博
(生理学研究所・名古屋大学大学院医学系研究科)
- (15)
- 内耳蝸牛内高電位の成立機構
日比野 浩,任 書晃,倉智 嘉久(大阪大学大学院医学系研究科)
- (16)
- 膜電位−細胞長変換素子プレスチンの分子構築と動的構造変化
Kristin Rule,立山 充博,山本 友美,久保 義弘(生理学研究)
- (17)
- HCNチャネルによる骨代謝制御
納富 拓也,Tim Skerry, John Burford,川脇 順子,久野 みゆき
(大阪市立大学大学院医学研究科)
【参加者名】
松田道行(京都大学大学院生命科学研究科生体制御学),日比野浩,任書晃(大阪大学大学院医学系研究科 薬理学講座分子細胞薬),小島至,長澤雅裕,中川祐子(群馬大学生体調節研究所),曽我部正博(名古屋大学大学院医学系研究科・細胞生物物理),平田宏聡(JST・ICORP/SORST「細胞力覚」),飯野正光,大久保洋平,稲生大輔,久保田淳(東京大学大学院医学系研究科細胞分子薬理),尾藤晴彦,奥野浩行(東京大学・大学院医学系研究科・神経生化学分野),齋藤尚亮,足立直子(神戸大学バイオシグナル研究センター),森泰生,清中茂樹,三木崇史,瓜生幸嗣(京都大学大学院工学研究科合成・生物化学専攻),佐甲靖志(理化学研究所細胞情報研究室),馬場義裕,黒崎知博(理研免疫センター分化制御研究グループ),河原克雅(北里大学医学部生理学),川田英明(北里大学大学院医療系研究科細胞分子生理学),老木成稔(福井大学医学部・分子生理),最上秀夫(浜松医科大学・生理),田端俊英(大阪大学大学院医学系研究科・細胞神経科学属),上窪祐二(大阪大学大学院生命機能研究科),久野みゆき,納富拓也(大阪市立大学大学院医学研究科分子細胞生理学),川脇順子(大阪市立大学大学院医学研究科共同研究室),廣瀬謙造(名古屋大学大学院医学系研究科・細胞生理),根本知己(生理研脳機能計測センター),川上良介(生理研脳形態解析),毛利達磨(生理研細胞内代謝),西巻拓也(生理研生体恒常機能),古家園子(生理研生体情報解析室),稲村正子(生理研分子神経生理),川田英明(北里大学大学院医療系研究科),久保義弘,立山充博,中條浩一,伊藤政之,長友克広,松下真一,Batu KECELI,石井裕(生理研神経機能素子)
【概要】
細胞が担う機能は臓器によって多様であるが,一見異なる細胞反応においても共通のシグナリング機構が働いていることが少なくない。この細胞機能を制御するシグナリング機構(情報の流れ)の“普遍性”は自明のことにように思いがちである。しかし,個々の研究に没頭していると,自分の扱うものと異なる組織細胞で起こる現象やそのシグナリング機構の実態については案外知らないものである。時には虫瞰図から鳥瞰図へと広い視野で,あるいは異なった角度から考えてみることも,それぞれの研究を展開させていく上で有用であろう。本研究会は,細胞シグナリングの研究に携わりながら,日常の研究活動の場が違うため出会うことの少ない異分野の研究者が一堂に会して意見を交換する機会を創出するべく企画された。したがって,材料や方法論は問わず,細胞で何が起こっているかに興味をもっている研究者が,それぞれ取り組んでいる課題について自由に語るというスタイルをとった。結果として,神経,腎臓,マスト細胞,インスリン分泌細胞,マクロファージ,線維芽細胞,内耳有毛細胞,破骨細胞とバラエティに富む細胞を用いた研究が集まった。また,用いられた研究手法も分子生物学,分子イメージング,電気生理学,生化学,生物物理学など多岐に渡るものであった。一方,題材となった細胞応答は,分泌,代謝,受容体反応,電位調節,カルシウム応答,細胞骨格,細胞運動と全ての細胞に共通する現象であり,細胞機能を制御するシグナリングの普遍性にあらためて気づかされた。また,発表の多くに取り入れられていたように,近年の潮流のひとつである機能分子を特定した細胞シグナリング可視化の技術の進化とその普及の速さには目を見張るものがあった。専門分野の枠を超えた2日間に渡る発表と活発な討論を通して,各自の研究を多様な切り口から見直し発展させるきっかけが生まれることが期待された。
廣瀬 謙造,坂本 寛和,飯沼 将,並木 繁行
(名古屋大学大学院医学系研究科・細胞生理学)
脳機能の本質を支えるのは,シナプス伝達と呼ばれるシナプスにおける中枢神経細胞間の情報のやり取りである。しかし,シナプス伝達の様式にはいまだ不明な点が多い。中枢シナプス伝達様式を解明するための新しいアプローチとして,我々は代表的な中枢シナプス伝達物質であるグルタミン酸を直接に可視化するための蛍光プローブ (EOS:Glutamate (E) Optical Sensor) の開発を行なった。我々の開発したプローブは,低分子蛍光色素とAMPA型グルタミン酸受容体に由来するグルタミン酸結合蛋白質とからなるコンジュゲートであり,グルタミン酸が結合することによって蛍光強度変化が生ずる。海馬培養神経細胞をこのプローブで標識し,蛍光顕微鏡下でイメージングすることでシナプスにおいて放出されるグルタミン酸の観測を試みた結果,単発の活動電位の発生で誘発されるグルタミン酸放出を単一シナプスレベルで観測することに成功した。さらに,従来電気生理学的実験データの解析に用いられてきた素量子解析法をグルタミン酸イメージングのデータ解析に適用することで,単一シナプスレベルでのシナプス伝達様式の一端が明らかになってきた。この新しいアプローチを用いた最近の知見について紹介した。
大久保 洋平1,関谷 敬1,並木 繁行2,坂本 寛和2,
飯沼 将2,廣瀬 謙造2,飯野 正光
(1東京大学大学院医学系研究科細胞分子薬理,
2名古屋大学大学院医学系研究科細胞生理)
前シナプス終末から放出されたグルタミン酸がシナプス間隙から漏れ出し,シナプス外に存在する受容体を活性化するという“グルタミン酸スピルオーバー”の存在を示唆する知見が報告されている。しかしながらこれまでの研究では,グルタミン酸動態は興奮性後シナプス電流の測定により間接的に推定されてきただけであり,グルタミン酸スピルオーバーに関する理解は非常に限られたものであった。我々は最近,GluR2サブユニットのグルタミン酸結合ドメインを用いて新規の蛍光グルタミン酸指示分子(glutamate (E) optical sensor, EOS) を開発した。本研究ではこのEOSを用いて,小脳平行線維−プルキンエ細胞間シナプス伝達により惹起されるグルタミン酸動態を可視化し,スピルオーバーの検出を試みた。平行線維の入力に依存して,シナプス間隙外においてEOSの蛍光強度の上昇が観察された。つまりグルタミン酸スピルオーバーを直接検出することに成功した。この方法によりスピルオーバーを誘発する条件を調べたところ,数本の近接した平行線維が生理的発火パターンを示せば誘発され得ることが明らかになった。加えて平行線維が高頻度で多数回入力すると,スピルオーバーしたグルタミン酸が波状に周囲に拡散するという特徴的な動態も観察された。そしてこの波状に拡散するグルタミン酸が,隣接したシナプスに浸入することでAMPA受容体を活性化し,シナプスクロストークを惹起することも示唆された。以上のことから,EOSを用いたシナプス間隙外グルタミン酸の直接的かつ詳細な測定により,グルタミン酸スピルオーバーに関して重要な知見が得られると期待される。
奥野 浩行,野中 美応,藤井 哉,竹本―木村 さやか,尾藤 晴彦
(東京大学・大学院医学系研究科・神経生化学分野)
神経特異的前初期遺伝子の一つArc 遺伝子は刺激に対して極めて高い発現誘導性を示し,シナプスの長期可塑性に重要な役割を果たしていることが示唆されている。また,近年,遺伝子改変マウスや遺伝子発現抑制法を用いた個体解析により,記憶・学習等の脳高次機能のおけるArc 遺伝子の関与を示唆する知見が蓄積されてきた。しかしながら,シナプス活動によるArc mRNAの発現誘導制御メカニズムやArc蛋白の樹状突起やスパインへの輸送メカニズム,そしてシナプスにおける機能という本質的な点に関しては不明である。
本研究においては,Arcの機能を生化学的・細胞生物学的手法を用いて解析することを目的とし,Yeast two-hybrid assay等を用いてArc結合蛋白の候補を検索した。その結果,Arcはさまざまなシナプス関連タンパクと結合する可能性が示唆された。このタンパクータンパク相互作用の生物学的・生理学的意義を解析するため,我々は蛍光エネルギー転移 (FRET) を応用した生細胞における相互作用の可視化を試みた。本研究では,任意の結合蛋白ペアからGFP由来蛋白でラベルされたFRETペアを単離する新しい方法を開発した。スクリーニングの結果得られたFRETペアを海馬神経細胞に導入したところ,FRETが樹状突起およびスパインで認められ,生神経細胞においてArcとPSD蛋白の相互作用を可視化することに成功した。生化学的・および細胞生物学的な解析結果と合わせ,神経活動依存的なArcのシナプス局在機構に関して考察を行った。
河原 克雅,川田 英明,安岡 有紀子,福田 英一(北里大学医学部生理学)
腎臓は,細胞外液の量,イオン組成などを調節できる唯一の器官である。糸球体近接装置(JGA )の構成要素であるマクラデンサ(MD) 細胞が, 尿細管糸球体フィードバック (TGF:tubuloglomerular feedback) 機構の塩濃度センサー的役割を果たし,糸球体濾過量(GFR)を制御している。MD細胞は,管腔内液の[NaCl] 変化に応答し,アデノシン・ATP・一酸化窒素(NO)・PGE2などの液性因子を放出する。これらの因子は協調的に作用し,近接する輸入細動脈壁の収縮/弛緩あるいは顆粒細胞からレニン分泌を促進し,GFRを維持・調節している。我々は,不死化したマウス培養遠位尿細管細胞からMD細胞株(NE-MD)を樹立し (Yasuoka Y et al, 2005),MD細胞に高発現している神経型一酸化窒素合成酵素(nNOS) の構造および機能を解析した。その結果,nNOSの発現量およびNO産生量は,細胞外液の[Cl-] 変化だけではなく,pHiと[Ca2+]iの影響を受ける事がわかった。またNE-MD細胞に発現しているnNOS蛋白 (55 kD, inducible) は,脳や心筋のnNOS蛋白(150-160 kD, constitutive) に比べ小さく(約1/3),還元ドメインの大半を欠失していた。MD細胞nNOSの特殊な構造が,TGF機構のシグナル系に必要な構造的理由になっている可能性がある。
馬場 義裕,黒崎 知博
(横浜理化学研究所 免疫アレルギー科学総合研究センター 分化制御研究グループ)
マスト細胞はアレルギー反応を引き起こすためのエフェクター細胞であり,アレルゲンの刺激によってマスト細胞が脱顆粒すると,ヒスタミン等のケミカルメディエーターが放出され,血管拡張,血管透過性の亢進,気道の狭窄などの即時型反応が起こり,さらに,サイトカインなどの作用で炎症を主体とする遅発型反応が起こる。これらの現象にカルシウムが関与する事が知られているが,ストア作動性カルシウム(store-operated calcium: SOC) チャネルを介するようなカルシウム流入および持続的カルシウムシグナルの役割は不明である。そこで我々はこの疑問にアプローチするため,小胞体カルシウムセンサーであり,SOC流入に必須の分子であるSTIM1を欠失させたノックアウトマウスを作製した。ホモNull変異マウスは分娩前後で致死であったが,胎仔肝細胞から分化させたSTIM1欠損マスト細胞を用いる事により,STIM1がIgE依存的な抗原刺激によるカルシウム流入に必須であることを明らかにした。さらに,STIM1がマスト細胞の脱顆粒,サイトカイン産生,そしてアナフィラキシー反応において重要な役割を果すことを見出しました。
森 泰生1,清中 茂樹1,若森 実1,2,三木 崇史1,瓜生 幸嗣(1京大・工,2東北大・歯)
神経線維を伝播してきた活動電位に正確に反応して「神経伝達」が生じるためには,前シナプスから後シナプスへの厳密な神経伝達物質の放出が必要である。プレシナプスのアクティブゾーンにおいては,シナプス小胞,電位依存性Ca2+チャネル (VDCC),SNAREタンパク質が「足場」タンパク質を介して集積することで,厳密な放出の制御を実現している。今回,我々はアクティブゾーンタンパク質として知られるRIM1のC末端とVDCCのbサブユニットが相互作用していることを明らかにした。様々な測定結果から,アクティブゾーンにおけるRIM1-VDCCbサブユニットの結合は,シナプス小胞をCa2+チャネル近傍につなぎとめ,Ca2+チャネルの不活性化を防ぐことでCa2+流入を持続させるという,神経伝達物質放出における2つの重要な役割を有していることを明らかにした。
清水 啓史1,岩本 真幸1,今野 卓1,二瓶 亜三子3,佐々木 裕次2,老木 成稔1
(1福井大学医学部・分子生理,
2 SPring-8大型放射光施設(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所,
3セイコーインスツル)
チャネル分子の立体構造がカリウムチャネルを中心に解明され,ゲートの開構造を示すものと閉構造を示すものが得られた。これらの静止像をもとに,ゲート開閉にどのような構造変化の経路をたどるか予想されてきた。ところが現在までに使われてきた分光学などの実験法は蛋白質の局所構造を解明することを目的としたもので,チャネル分子全体にわたる構造変化を明らかにすることはできない。そこで私達は1分子X線計測法によりKcsAカリウムチャネルのpH依存性ゲーティングをリアルタイムで捉えることを試みた。可溶化したKcsAチャネルを細胞外ループ領域で基板に固定し,細胞質ドメインに結合した金ナノ結晶からのX線回折スポットを追跡した。チャネルが静止状態にある中性pHではチャネル分子がわずかに曲がるbendingを示したが,開閉遷移をしめす酸性pHではチャネル軸を中心にねじれ運動twistingが発生した。これは膜貫通ヘリックスM2が中央部のヒンジで折れ曲がる運動様式を大域的に見たものに相当する。酸性pHでのtwisting運動は,開チャネルブロッカーであるTBA (tetrabutylammonium) 存在下で完全に停止した。twisting運動の起源は膜貫通領域に発すると考えられる。
最上 秀夫1,安達 英輔1,鈴木 優子1,嘉副 裕,佐藤 洋平2,櫻井 孝司3,
上山 健彦4,齋藤 尚亮4,浦野 哲盟1
(1浜松医科大学生理学,
2慶応大学システムデザイン工学,浜松医科大学光量子医学研究センター
3細胞イメージング,4神戸大学バイオシグナルセンター分子薬理)
近年の遺伝子工学の進歩及び光学機器の発展により,イメージング技術は生細胞における分子の時空間的解析とって非常に有効な手法となっている。今回我々は,新たにプリズム全反射顕微鏡を開発し,細胞機能の調節を行う主要なセカンドメッセンジャーであるCa2+,cAMP,DAG(ジアシルグリセロール)の同時可視化解析を行った。1)細胞内Ca2+測定はFura-2の蛍光強度変化,2) cAMP測定はepac1-camap (FRET-based cAMP indicator) の蛍光強度変化, 3) DAGは C1-mRFP(PKCg のDAG結合部位)の局在変化を指標とした。COS細胞及びインスリン産生細胞をこれらプローブで標識しそれぞれATPまたは高カリウム刺激を行って1) 2) を落射蛍光法3) を全反射蛍光法にて計測した。各細胞においてこれら刺激は同時に3つのシグナルを惹起された。更に,シグナルの重なり合いを考慮した上で検討した結果,生データにおいても互いのシグナルに質的な影響を及ぼすことなく測定可能なことが判明した。
佐甲 靖志(理化学研究所)
細胞内の情報処理は,蛋白質分子間の認識と修飾反応のネットワークによって担われている。単純な素反応がループやカスケードを作って組み合わされることにより高次情報処理機能を発現するというのが,一般的な考え方である。
我々は,細胞内1分子計測法を開発し,細胞増殖・分化に係わるEGF-Ras-MAPKシステムと呼ばれる細胞内情報処理ネットワークの解析を行っている。1分子計測法によって,情報伝達分子反応が複雑なダイナミクスを持つことが分かってきた。たとえば,EGFRとその活性化を認識する蛋白質Grb2の結合速度に異常な濃度依存性が見られ,反応記憶の存在も示唆されている。また,活性化型RasとそのエフェクターであるRaf1の分子認識が,Raf1の構造変化と新規な反応中間体を含むことも明らかになってきた。これらの情報伝達分子間の認識の複雑性は,細胞内の蛋白質発現量の変動を補償したり,情報分子の誤った活性化を防いだりするなどの生理的な意味を持つと考えられる。
単純な素反応の組み合わせではなく,情報処理機能を持った素子をさらに有機的に組織化した反応ネットワーク構造が,細胞情報処理の柔軟性や頑健性をもたらしているのではないだろうか。
長澤 雅裕,中川 祐子,小島 至(群馬大学生体調節研究所 細胞調節分野)
TRPチャネル・スーパーファミリーのメンバーは,リガンド作動性,受容体活性化カルシウムチャネル分子としてさまざまな生理的役割を担っている。その中のTRPVファミリーのメンバーであるTRPV2は,Purkinje細胞,肝臓・腎臓の上皮細胞,膵ランゲルハンス島の内分泌細胞,消化管の神経内分泌細胞,肺・脾臓のマクロファージなどに高発現している。マクロファージでは,主にTRPV2が発現し,血清・fMLPの投与でPI-3キナーゼ依存性にチャネルの一部が細胞膜に移行して,持続的な細胞内カルシウムの上昇を生じる。さらに,TRPV2の細胞膜上の局在の検討により,TRPV2がfocal complexの特殊な形態であるポドソームに局在すること,このポドゾームにはRho, Rac, Cdc 42 などの低分子量G蛋白,paxillin ,Pyk2キナーゼ などが集積しTRPV2と共局在していることなどを報告した。今回,マクロファージにおけるTRPV2のノック・ダウンによる効果を検討した。それによりTRPV2のポドソーム局在は,チャネル自身の活性化とそれに続くpyk2の活性化により制御されていることが明らかになった。TRPV2チャネルによるカルシウム流入が,細胞膜におけるTRPV2チャネルの局在を制御し,この機構がマクロファージの接着,細胞運動に重要であると考えられる。
足立 直子1,小林 剛2,高橋 英之1,川崎 拓実1,酒井 規雄3,齋藤 尚亮1
(1神戸大学 バイオシグナル研究センター
2名古屋大学大学院 医学系研究科 細胞生物物理学
3広島大学大学院 医歯薬学総合研究科 神経・精神薬理学)
脊髄小脳変性症(SCA) 14型はPKCgamma のアミノ酸変異によって引き起こされる優勢遺伝型の神経変性症である。今回我々は,これらの変異がPKCgammaの酵素学的機能にもたらす影響を検討した。野生型PKCgamma発現細胞では,非発現細胞に比べ,刺激後,一過性に上昇した細胞内Ca2+ は酵素活性依存的に速やかに減少する。一方,SCA14変異体は,in vitro活性測定において高い酵素活性能を有したが,細胞外からのCa2+ 流入時間は延長したままであった。この現象は2-APB,SKF-96395によって阻害されることから,Ca2+ 流入にはTRPCチャネルの関与が考えられた。さらに,TRPC3チャネルを基質としてin vivo酵素活性測定を行った結果,野生型PKCgammaはチャネルをリン酸化するのに対し,変異体では有意なリン酸化は確認できなかった。そこで,全反射顕微鏡を用いて,PKCgammaの一分子における細胞質膜上での動態を観察したところ,変異体の膜滞在時間が野生型に比べて有意に短縮した。これらの結果より,野生型PKCgamma では刺激後,TRPCチャネルをリン酸化し,細胞外からのCa2+ 流入を止めるが,変異体はチャネルのリン酸化ができず,細胞内のCa2+ 濃度を適切に調節できないと考えられた。このような過剰なCa2+ 流入がSCA14において神経細胞死を引き起こす1つの原因になる可能性が示唆された。
田端 俊英1,上窪 祐二2,狩野 方伸1,3
(1阪大・院・医・細胞神経科学,2阪・院・生命機能・神経可塑性生理学,3東大・院・医・神経生理)
近年,中枢ニューロンにおいて異種のGタンパク共役型受容体 (GPCR) が近接発現/複合体化することが分ってきた。異種GPCRは相互作用を通じて複雑なシグナリングを行うが,その生理的意義は殆ど知られていなかった。
我々は小脳プルキンエ細胞において,1型代謝型グルタミン酸受容体 (mGluR1) がB型 g アミノ酪酸受容体 (GABABR) と複合体化していることを明らかにした。また脳髄液レベルのGABAやCa2+を受容したGABABRが,Gタンパク非依存的にmGluR1のリガンド感受性を増強することを発見した。一方,介在ニューロン・シナプスからspilloverした高濃度のGABAを受容したGABABRがGタンパク依存的にmGluR1シグナルを増強することが報告されている (Hirono et al., 2001)。さらに我々は,アデノシンがA1受容体を介してmGluR1シグナルをGタンパク依存的/非依存的に増強/抑制することを発見した。
Ca2+-GABABR相互作用を遮断すると,mGluR1によってトリガーされる小脳長期抑圧 (LTD) が誘導されなくなった。またGABA類似体によりGABABRを活性化するとLTDが促進された。この促進効果は小脳スライスでも観察された。さらに促進効果はGABABRとmGluR1の下流のクロストークに起因することが分った。これらの結果はGPCR相互作用が中枢シナプス可塑性の調整に寄与することを示唆している。
松田 道行(京都大学大学院生命科学研究科生体制御)
細胞内小胞輸送は,細胞の生存に必須であるのみならず,細胞表面受容体の発現量のコントロールや,増殖因子の放出などを介して細胞内外の情報伝達を制御する重要な機構である。演者らは,蛍光共鳴エネルギー移動 (Fluorescence resonance energy transfer, FRET) の原理を用いた分子プローブを開発し,RasファミリーやRhoファミリーGTP結合蛋白による小胞輸送の制御機構を研究している。RhoファミリーG蛋白のひとつTC10は,グルコーストランスポーターの細胞表面への輸送に必須の分子である。このTC10が細胞内小胞上で高い活性を保ったまま存在すること,そして小胞が細胞膜に融合する直前に不活性化されることをFRETプローブと全反射蛍光顕微鏡との組み合わせを用いて可視化することに成功した。一方,RasファミリーG蛋白のR-Rasも開口放出を制御するという知見を最近得ている。R-Rasは他のRasファミリーG蛋白とは異なり,細胞内小胞に多く局在している。その分布は初期エンドソームマーカーと共局在を示した。FRETプローブを使ってその活性化状態を調べたところ,小胞では活性が高く,細胞膜では活性が低いことがわかった。さらにR-Rasの標的分子を解析したところ,R-RasがRgl2/Rlfを介してRalAを活性化し,これが開口放出を制御していることが分かった。これらの成果は,FRETプローブが低分子量GTP結合蛋白の時空間制御機構を解析する上で非常に強力なツールであることを示しているといえよう。
平田 宏聡1,2,辰巳 仁史3,曽我部 正博1,2,3
(1JST・ICORP/SORST「細胞力覚」,2生理研・細胞内代謝,3名大・医院・細胞生物物理)
繊維芽細胞や内皮細胞は,接着斑と呼ばれる超分子構造を形成し,細胞外基質と接着する。接着斑では,細胞外基質の受容体であるインテグリンが,クラスターを形成し,多様な細胞質タンパク質の集積を介してアクチン骨格と結合している。接着斑における分子組成,およびインテグリン−アクチン骨格間結合強度は細胞内外の力学的環境に応じて変化する。しかし,力学因子による接着斑モジュレーションの分子機構はほとんど不明である。接着斑ではアクチン重合が盛んであり,接着斑におけるF-アクチン量の調節はインテグリン−アクチン骨格間結合強度の調節に重要であると考えられている。そこで我々は,力学刺激が接着斑でのアクチン重合に及ぼす効果について調べた。繊維芽細胞について,ミオシンIIの阻害により細胞の収縮力発生を阻害すると,接着斑におけるアクチン重合活性は喪失した。ミオシンIIを阻害した状態で,細胞に持続伸展刺激を加えると,接着斑でのアクチン重合活性の回復がみられた。これらのことから,接着斑におけるアクチン重合は力学的負荷に依存していることが示唆された。また,接着斑でのアクチン重合活性は,アクチン調節関連タンパク質zyxinが多く集積した接着斑において高かった。zyxinの接着斑局在配列を過剰発現させることでzyxinの接着斑への集積を抑制すると,接着斑におけるアクチン重合活性が低下した。zyxinの接着斑への集積は,ミオシンIIの阻害で喪失し,持続伸展刺激で回復した。以上の結果から,力学的負荷依存的にzyxinが接着斑に集積し,それによって接着斑におけるアクチン重合が促進されることが示唆された。
日比野 浩,任 書晃,倉智 嘉久(大阪大学大学院医学系研究科)
内耳蝸牛は,外リンパ液・内リンパ液という細胞外液により満たされている。内リンパ液は150 mMのK+と,+80 mVの高電位(蝸牛内高電位:EP)を帯びる。蝸牛側壁を介したK+循環が,EP成立を司ると示唆されてきた。蝸牛側壁の上皮組織,血管条はEPに不可欠であり,基底・中間細胞を含む外層,辺縁細胞を有する内層と,血管から成る。血管条の4つのK+輸送装置−中間細胞と辺縁細胞の頂上膜に各々分布するK+チャネルKir4.1とKCNQ,辺縁細胞の基底側膜に局在するK+輸送体Na+,K+-ATPaseとNa+,K+,2Cl-共輸送体−がK+循環に重要である。
血管条の細胞外空間 (Intrastrial Space:IS) を満たす液は,高Na+・低K+であるがEPと同程度の高電位 (ISP)を呈する。これがEPの起源とされてきたが,詳細は不明であった。我々はK+ 輸送装置の阻害下において,イオン電極法により蝸牛側壁の各部位の電位・K+ 濃度・組織抵抗を測定し,EPの成立機構を解析した。実測値と各々の膜のEK変化の予想値から,(1) ISの電気的隔絶,(2) ISPは中間細胞頂上膜のKir4.1を介したK+ 拡散電位により成立し,それにはK+ 輸送体でISのK+ 濃度が低く維持されることが必要であること,(3) EPはISPと辺縁細胞頂上膜のKCNQによるK+ 拡散電位の和であることが示された。
Kristin Rule1,2,,立山 充博1,山本 友美1,久保 義弘1
(1生理学研究所・神経機能素子研究部門,2Caltec)
内耳外有毛細胞は,10kHz 超という速い膜電位変化に追随して細胞長を変える。その分子基盤として,プレスチンという膜蛋白が,近年同定された。プレスチンは,Cl-トランスポーター蛋白群に属し,分子内に抱え込んだCl-イオンの電位依存的な動きにより,分子の「かさ」を変え,それが,外有毛細胞の長さの変化に結びつくと考えられている。我々は,プレスチンを対象として以下の研究を進めている。
[1] 精製蛋白を用いた単粒子構造解析
FLAG tag をつけたレコンビナント蛋白を Baculo virus - Sf9細胞を用いて発現させ,精製した。Native PAGE のデータ等は,4量体であることを示唆した。精製蛋白を負染色後,電顕撮影し,多数の粒子画像から3次元像を構築した。粒子サイズは,外耳内有毛細胞の表面に多数存在する粒子のサイズと同程度であった。この研究は,産総研・構造生理の,三尾和弘氏,小椋利彦氏,佐藤主税氏との共同研究による。
[2] FRET 法による電位依存的構造変化の解析
C末細胞内領域にCFPもしくはYFPを付加したプレスチン分子をHEK細胞に発現させ,全反射照明によりFRETの変化をモニターした。細胞の脱分極に伴うFRETの低下が観察された。この低下は,プレスチンによる非線形容量を失わせる薬剤,および点変異により消失したため,プレスチンの構造変化を反映しているものと考えられる。
納富 拓也1, 2,Tim Skerry 2,John Burford 2,川脇 順子3,久野 みゆき1
(1大阪市立大学大学院 医学研究科 分子細胞生理学
2シェフィールド大学 医学部 骨生物学部門 3大阪市立大学医学部共同研究室)
骨代謝回転は,多様な分子の影響を受けながら,骨形成と骨吸収のバランスで保たれている。それに関して,われわれはイオンチャネルの一種Hyperpolarization activated Cation-Nonselective channel (HCN) の骨組織での発現を確認した。HCNは生体活動に重要な役割を担っているが,骨組織での機能は明らかになっていない。そこで,HCNの骨代謝に及ぼす影響を検討した。
免疫染色法により,破骨細胞にはHCN1とHCN4の陽性像,骨髄細胞にはHCN2の陽性像,骨芽細胞にはHCN3の陽性像が認められた。特にHCN1は骨基質との接着部位である明帯と酸放出部位である波状縁に豊富に局在していた。パッチクランプ法による検討の結果,HCNは破骨細胞の膜電位決定に寄与しており,酸性環境下において,その活性を高めることで酸放出に影響を与えていた。
次にHCNの骨髄細胞分化における役割と骨髄細胞に発現しているHCN2の骨構造に及ぼす影響を検討した。その結果,HCNは骨芽細胞および破骨細胞への分化に関与しており,野生型マウスに比べてHCN2遺伝子欠損マウスの海綿骨・皮質骨の骨量減少と骨構造変化および骨強度の低下が認められた。
本研究の結果より,HCN1-4の骨組織での存在が始めて明らかにされた。さらに,HCNは骨芽細胞への分化と破骨細胞の膜電位調節をおこない,骨量・骨構造・骨強度の決定に関与していた。